第七話 情報は踊る
帝政ツルギスタンのホッカイドウ領事館内にあるハンス・グラーフ・ルドガーハウゼン大検卿の執務室は、その立場上、質の良い調度が整えられ、たいそう豪奢であるが、煌びやかな装飾は少なかった。
むしろ書棚に並んだ永久紙の本こそもっとも価値が高い事に、足繁く出入りする分析官は気付いていた。それは大剣卿が外征旅団司令官として併呑してきた星々の、今や文明開化の名の下に忘れ去られてしまったであろう文化の記録であり、残滓であった。
仕留めた猛獣の剥製のごとき代物であるのか、滅ぼした文明への哀悼なのか、そこまでは本人に問わねばなるまいが。
「…以上で昨日の戦闘結果に関する分析報告を終わります」
セラン諸惑星連合と日本が引き分けた翌日。分析官は既に何があったのかを突き止めていた。
「分析班の見解としては、セランのミネラーレ級を大破させた皇国の空間圧縮技術は未熟であり、恐るるに足らずと考えます」
「だろうな。圧縮空間の開放によって物体を飛翔させる現象は、本来なら星間マスドライバーにしか使用を許されない協定違反の戦略兵器だ。我々の知る性能で使えるのなら、トウキョウからでもここを楽に狙えるさ。それよりも、だ」
ルドガーハウゼンは執務机に上体を乗り出す。
「私が知りたいのはブレーディアンには効果的でなかった皇国の大砲が、なぜにセランの戦艦には打撃を与えているか、ここだよ」
「セランの戦艦には砲弾が内部に潜り込み、爆発するだけのスペースがありました。対し、我が方のブレーディアンの防護フィールドの先には、潜り込むだけの余地がありません。爆ぜて音が出る花火を、ゼリーに投げつけて中にめり込ませるのと、永久保存措置を施していない紙に投げるのと…その違いです」
「ブレーディアンは紙の方か」
「お気に障りましたら、仕様の違いと御理解ください」
「では、さしずめ儀仗兵は花火をぶつけただけで破れる安紙だな」
「反面、ダイガストの砲は連射速度や照準方法に原始的な部分を残している様子ですから、現場レヴェルで対策を講じて貰う事になるかと…私としましては、それよりも」
分析官は手に持ったレポート用の薄型端末にちらりと目を落とす。そこにはディアマンテ上空を旋回するミサイルと変わらない形状の飛行物体と、米軍機甲部隊の後方から自走式のランチャーで発射されているミサイルのような物体の静止画像が表示されていた。
「過日、ウォルト・デスティニーの傭兵団に混乱と同士撃ちを惹起させたアメリカ合衆国の電子妨害と、ジエイタイによるディアマンテへの索敵妨害ですが、同時期にハードウェア面への攻撃が始まった事が気に掛かります」
「これまでの前例ならばだ、当事者の与り知らぬ後方で情報の売買がなされた事件があったな。軍需産業の国有化の契機になった事件だ」
「はい…情報漏えいか、あるいは、我々の戦力は思ったよりも解析されているのやも知れません。地球の各国は非公式ではありますが、銀河帝国文明圏からの亡命者を受け入れています。彼等の持つ情報が、どこまでの物で、どれほど共有されているのか。私はその調査を具申いたします」
「70年程前に地球の殆どを巻き込んだ戦争を行い、その後に30年に及ぶ苛烈な情報戦による睨みあいを続け、結果としていびつな体質の国家を多数生み出して紛争の種としながらも、彼らは早くも順戦時体制にすらないと言う訳かね?」
「少なくとも、あのダイガストは一朝一夕には建造できません。まして一個人では」
「皇国はそれほどまでに亡命者を受け入れていると?…ああ、それも含めてはっきりさせるのか」
よかろう。ルドガーハウゼンは首肯した。
関係部署をすっ飛ばしての裁可だったが、どうせ手空きの者は配給の手配に使っている状態なのだ。意に沿わぬ仕事で腐らせるのだったら、情報部の連中に新たな仕事を与えた方が得策だろう。
「それと、私の頼み事はどうなっている?」
報告の終了間際に彼は思い出したように問うた。
分析官は報告資料の項目からそれを見つけ、進捗が良好な数少ない分野である事に内心で溜息をついた。
「明日発売だそうです」
「そうか」
ルドガーハウゼンはカイゼル髭の下で口を歪める。
整備士達が執心する下世話なグラビア誌の発売日の事ではない。ルドガーハウゼンが個人的に取材費用を工面してやったライターの記事が載った写真週刊誌の発売日だ。
その確認を最後に報告は終わり、分析官は退室する。
一人になった大剣卿の耳に遠ざかるエンジン音が聞こえてきた。実際のところ航宙船の内部に外界の音が伝播する事など有り得なく、それは任意で増幅された情報である。
窓――にあたるディスプレイ――に目を向けると、モンタルチーノ商会のトラックが積み下ろしを終え、帰ってゆくのが見えた。北海道と青森の各地で逮捕した違法営業者の解放を条件に、宇宙やくざには格安で物資の調達を行わせている。そういった手合いを使わねば占領地経営はすぐさま破綻する有様だった。
往時は国中に縦横に走る幹線道路が休む事無く使われ続けることによって、滞ることなく端々にまで物流が行き届き、高度情報化社会が成り立っていた。が、ツルギスタンはその流れを代替案も無しに止めてしまった。国場政権の経済焦土作戦もツルギスタンにとっては痛手だったが、現地の物不足はむしろ大手小売店の活動停止が原因だ。
日に何度も商品を入れる方式のコンビニエンスストアは言うを待たず、全国チェーンの大手スーパーマーケットも全国区に張り巡らせた物流システムが仇となり、補給の無いまま商品を消費し尽くした。
今や地元の非効率な個人経営の小売店のみが、個人の生産者との信用取引によって商品を取り寄せている状態だった。
大規模化、効率化して個人経営者を押し潰していった大手スーパーマーケットは、物流の破綻という非常時に際して何の対策も持ち得なかった。
野放図な膨張と破綻。
ルドガーハウゼンはそれが何かを暗喩しているようで、薄ら寒いものを感じていた。
むしろ書棚に並んだ永久紙の本こそもっとも価値が高い事に、足繁く出入りする分析官は気付いていた。それは大剣卿が外征旅団司令官として併呑してきた星々の、今や文明開化の名の下に忘れ去られてしまったであろう文化の記録であり、残滓であった。
仕留めた猛獣の剥製のごとき代物であるのか、滅ぼした文明への哀悼なのか、そこまでは本人に問わねばなるまいが。
「…以上で昨日の戦闘結果に関する分析報告を終わります」
セラン諸惑星連合と日本が引き分けた翌日。分析官は既に何があったのかを突き止めていた。
「分析班の見解としては、セランのミネラーレ級を大破させた皇国の空間圧縮技術は未熟であり、恐るるに足らずと考えます」
「だろうな。圧縮空間の開放によって物体を飛翔させる現象は、本来なら星間マスドライバーにしか使用を許されない協定違反の戦略兵器だ。我々の知る性能で使えるのなら、トウキョウからでもここを楽に狙えるさ。それよりも、だ」
ルドガーハウゼンは執務机に上体を乗り出す。
「私が知りたいのはブレーディアンには効果的でなかった皇国の大砲が、なぜにセランの戦艦には打撃を与えているか、ここだよ」
「セランの戦艦には砲弾が内部に潜り込み、爆発するだけのスペースがありました。対し、我が方のブレーディアンの防護フィールドの先には、潜り込むだけの余地がありません。爆ぜて音が出る花火を、ゼリーに投げつけて中にめり込ませるのと、永久保存措置を施していない紙に投げるのと…その違いです」
「ブレーディアンは紙の方か」
「お気に障りましたら、仕様の違いと御理解ください」
「では、さしずめ儀仗兵は花火をぶつけただけで破れる安紙だな」
「反面、ダイガストの砲は連射速度や照準方法に原始的な部分を残している様子ですから、現場レヴェルで対策を講じて貰う事になるかと…私としましては、それよりも」
分析官は手に持ったレポート用の薄型端末にちらりと目を落とす。そこにはディアマンテ上空を旋回するミサイルと変わらない形状の飛行物体と、米軍機甲部隊の後方から自走式のランチャーで発射されているミサイルのような物体の静止画像が表示されていた。
「過日、ウォルト・デスティニーの傭兵団に混乱と同士撃ちを惹起させたアメリカ合衆国の電子妨害と、ジエイタイによるディアマンテへの索敵妨害ですが、同時期にハードウェア面への攻撃が始まった事が気に掛かります」
「これまでの前例ならばだ、当事者の与り知らぬ後方で情報の売買がなされた事件があったな。軍需産業の国有化の契機になった事件だ」
「はい…情報漏えいか、あるいは、我々の戦力は思ったよりも解析されているのやも知れません。地球の各国は非公式ではありますが、銀河帝国文明圏からの亡命者を受け入れています。彼等の持つ情報が、どこまでの物で、どれほど共有されているのか。私はその調査を具申いたします」
「70年程前に地球の殆どを巻き込んだ戦争を行い、その後に30年に及ぶ苛烈な情報戦による睨みあいを続け、結果としていびつな体質の国家を多数生み出して紛争の種としながらも、彼らは早くも順戦時体制にすらないと言う訳かね?」
「少なくとも、あのダイガストは一朝一夕には建造できません。まして一個人では」
「皇国はそれほどまでに亡命者を受け入れていると?…ああ、それも含めてはっきりさせるのか」
よかろう。ルドガーハウゼンは首肯した。
関係部署をすっ飛ばしての裁可だったが、どうせ手空きの者は配給の手配に使っている状態なのだ。意に沿わぬ仕事で腐らせるのだったら、情報部の連中に新たな仕事を与えた方が得策だろう。
「それと、私の頼み事はどうなっている?」
報告の終了間際に彼は思い出したように問うた。
分析官は報告資料の項目からそれを見つけ、進捗が良好な数少ない分野である事に内心で溜息をついた。
「明日発売だそうです」
「そうか」
ルドガーハウゼンはカイゼル髭の下で口を歪める。
整備士達が執心する下世話なグラビア誌の発売日の事ではない。ルドガーハウゼンが個人的に取材費用を工面してやったライターの記事が載った写真週刊誌の発売日だ。
その確認を最後に報告は終わり、分析官は退室する。
一人になった大剣卿の耳に遠ざかるエンジン音が聞こえてきた。実際のところ航宙船の内部に外界の音が伝播する事など有り得なく、それは任意で増幅された情報である。
窓――にあたるディスプレイ――に目を向けると、モンタルチーノ商会のトラックが積み下ろしを終え、帰ってゆくのが見えた。北海道と青森の各地で逮捕した違法営業者の解放を条件に、宇宙やくざには格安で物資の調達を行わせている。そういった手合いを使わねば占領地経営はすぐさま破綻する有様だった。
往時は国中に縦横に走る幹線道路が休む事無く使われ続けることによって、滞ることなく端々にまで物流が行き届き、高度情報化社会が成り立っていた。が、ツルギスタンはその流れを代替案も無しに止めてしまった。国場政権の経済焦土作戦もツルギスタンにとっては痛手だったが、現地の物不足はむしろ大手小売店の活動停止が原因だ。
日に何度も商品を入れる方式のコンビニエンスストアは言うを待たず、全国チェーンの大手スーパーマーケットも全国区に張り巡らせた物流システムが仇となり、補給の無いまま商品を消費し尽くした。
今や地元の非効率な個人経営の小売店のみが、個人の生産者との信用取引によって商品を取り寄せている状態だった。
大規模化、効率化して個人経営者を押し潰していった大手スーパーマーケットは、物流の破綻という非常時に際して何の対策も持ち得なかった。
野放図な膨張と破綻。
ルドガーハウゼンはそれが何かを暗喩しているようで、薄ら寒いものを感じていた。
『国場政権と大江戸先進科学研究所…露骨な蜜月は利益誘導の復活か』
『大江戸先進科学研究所は新たな天下り先?』
『正気か?国場総理と大江戸先進科学研究所所長は旧知の仲だった』
その日発売の写真週刊誌の特集は、書きも書いたり、国場政権と大江戸先進科学研究所の癒着との文言が踊っていた。もともとセンセーショナルな煽りを行うゴシップ色の強い雑誌だったが、悪質なまでに他人に潔癖さを求める世人には飛ぶように売れた。
民主党を支持する圧力団体は早速これに食いつき、その日のうちに官庁街でシュプレヒコールを上げ始める。彼等は彼等で民主党政権時代の厚遇――仕分け対象から外される等――を、自民党への禊払いをしたいテレビ局に手の平を返して取り上げられ苦境に陥っていたので、まさに渡りに船だった。
そしてこの人も…
「領土問題に対して愛国心に基づく感傷的措置ばかりとってはならない」キリッ
鳩山田 前内閣総理大臣は至極真面目な顔で言ったものだが、侵略者を迎えた国の政治家が国会で口にするのは明らかにどうかという内容だった。
「まして自分の友人の研究所に多額の補助を行い、軍事研究をさせて、その兵器で戦争をするとは、どういう事でしょうか?あなたは日本に戦場を作っているんですよ?わかってますか?」
もうとっくに戦争状態なんだよ。与党側から野次が飛ぶ。
国場道昭内閣総理大臣は鳩山田の泳ぎがちな目を真正面から捉えて答えた。
「まことに遺憾な話ではあるが、現在の日本は既に戦時下です。それは私の年来の友人の研究成果を防衛目的に使わなくとも起こった事であり、あなたの指摘は根本的に間違っている。まして島嶼防衛を放棄したあなた方の政権運営を省みれば、去年に銀河列強が攻めて来たならば戦火が国中に広がったのは予想に硬くない」
「私ならばアジア共同体の名の下にダイガストを供用し、中国、韓国と共同の防衛体制を築けました」
なぜこの手の野放図な融和主義者は、自分たちが有利なままに他民族との共生が出来ると抜かすのだろう。連合赤軍にせよポリシェビキにせよ中国共産党にせよ、皆が皆、同じ思想と人種同士で粛清ばかりをしてきたのに。
国場総理は頭痛に耐えながら口を開く。
「中韓との共同防衛体制といいますが、昨年7月に中華人民共和国で制定された国防動員法が、人民解放軍の戦線悪化に伴って実際に施行され、在日中国人とその資産を中国のものであるとして拉致同然に持ち去られたのを、あなたは覚えていないのか?一方的な円の収奪から始まった市場の混乱は、民主党政権に止めを刺した事件だったと我々は記憶していますが?鳩山田さん、あなたはそういう輩と、足並みを揃えられるとでも言うのか?あの折の被害額すらまだ算出中だというのに?」
「中国も追い詰められていたんです!日本人はそういう他人の不幸を、自分の不幸と思うようにならないといけないのです!!」
「それはあなたに決められることではない!そして、私達政治家は後世、国民がそのような余裕や豊かさを得たときに、この国がまだ日本であり、日本人が住んでいる大地である事を守らねばならないと考える」
「横暴だ!傲慢だ!このファシストめ、日本は日本人だけのものじゃないぞ!!」
あんたは何処の国の政治家だ。
何を言う、国という旧い概念に縛られた老害が。
与野党双方の議員から一斉に野次が飛び、ネームプレートが飛び、資料が飛んで、ついに拳が飛んだ。
野党は国場政権の防衛政策を不透明性や癒着といった、いつもの文言でレッテルを貼って糾弾しようと画策したのだが、自分達が政権担当時にまるでダメだった分野であるため、問題を蒸し返された挙句にグダグダになってその日の国会は終了した。
わざと国会を紛糾させての、与党側の時間稼ぎだろうと噂された。
なお政権与党である自民党に媚を売らねばならないマスコミは、民主党不利のこの椿事を珍しく放送している。が、その内容は鳩山田の失言に焦点が当てられ、あいも変わらず、お茶の間のテレビしか見ない層には事の本質がぼやかされていた。
それはあたかも太平洋戦争中に大本営発表を垂れ流し続けた、検証能力を放棄したマスコミの再来のようであった。
『大江戸先進科学研究所は新たな天下り先?』
『正気か?国場総理と大江戸先進科学研究所所長は旧知の仲だった』
その日発売の写真週刊誌の特集は、書きも書いたり、国場政権と大江戸先進科学研究所の癒着との文言が踊っていた。もともとセンセーショナルな煽りを行うゴシップ色の強い雑誌だったが、悪質なまでに他人に潔癖さを求める世人には飛ぶように売れた。
民主党を支持する圧力団体は早速これに食いつき、その日のうちに官庁街でシュプレヒコールを上げ始める。彼等は彼等で民主党政権時代の厚遇――仕分け対象から外される等――を、自民党への禊払いをしたいテレビ局に手の平を返して取り上げられ苦境に陥っていたので、まさに渡りに船だった。
そしてこの人も…
「領土問題に対して愛国心に基づく感傷的措置ばかりとってはならない」キリッ
鳩山田 前内閣総理大臣は至極真面目な顔で言ったものだが、侵略者を迎えた国の政治家が国会で口にするのは明らかにどうかという内容だった。
「まして自分の友人の研究所に多額の補助を行い、軍事研究をさせて、その兵器で戦争をするとは、どういう事でしょうか?あなたは日本に戦場を作っているんですよ?わかってますか?」
もうとっくに戦争状態なんだよ。与党側から野次が飛ぶ。
国場道昭内閣総理大臣は鳩山田の泳ぎがちな目を真正面から捉えて答えた。
「まことに遺憾な話ではあるが、現在の日本は既に戦時下です。それは私の年来の友人の研究成果を防衛目的に使わなくとも起こった事であり、あなたの指摘は根本的に間違っている。まして島嶼防衛を放棄したあなた方の政権運営を省みれば、去年に銀河列強が攻めて来たならば戦火が国中に広がったのは予想に硬くない」
「私ならばアジア共同体の名の下にダイガストを供用し、中国、韓国と共同の防衛体制を築けました」
なぜこの手の野放図な融和主義者は、自分たちが有利なままに他民族との共生が出来ると抜かすのだろう。連合赤軍にせよポリシェビキにせよ中国共産党にせよ、皆が皆、同じ思想と人種同士で粛清ばかりをしてきたのに。
国場総理は頭痛に耐えながら口を開く。
「中韓との共同防衛体制といいますが、昨年7月に中華人民共和国で制定された国防動員法が、人民解放軍の戦線悪化に伴って実際に施行され、在日中国人とその資産を中国のものであるとして拉致同然に持ち去られたのを、あなたは覚えていないのか?一方的な円の収奪から始まった市場の混乱は、民主党政権に止めを刺した事件だったと我々は記憶していますが?鳩山田さん、あなたはそういう輩と、足並みを揃えられるとでも言うのか?あの折の被害額すらまだ算出中だというのに?」
「中国も追い詰められていたんです!日本人はそういう他人の不幸を、自分の不幸と思うようにならないといけないのです!!」
「それはあなたに決められることではない!そして、私達政治家は後世、国民がそのような余裕や豊かさを得たときに、この国がまだ日本であり、日本人が住んでいる大地である事を守らねばならないと考える」
「横暴だ!傲慢だ!このファシストめ、日本は日本人だけのものじゃないぞ!!」
あんたは何処の国の政治家だ。
何を言う、国という旧い概念に縛られた老害が。
与野党双方の議員から一斉に野次が飛び、ネームプレートが飛び、資料が飛んで、ついに拳が飛んだ。
野党は国場政権の防衛政策を不透明性や癒着といった、いつもの文言でレッテルを貼って糾弾しようと画策したのだが、自分達が政権担当時にまるでダメだった分野であるため、問題を蒸し返された挙句にグダグダになってその日の国会は終了した。
わざと国会を紛糾させての、与党側の時間稼ぎだろうと噂された。
なお政権与党である自民党に媚を売らねばならないマスコミは、民主党不利のこの椿事を珍しく放送している。が、その内容は鳩山田の失言に焦点が当てられ、あいも変わらず、お茶の間のテレビしか見ない層には事の本質がぼやかされていた。
それはあたかも太平洋戦争中に大本営発表を垂れ流し続けた、検証能力を放棄したマスコミの再来のようであった。
二日過ぎて、都内お台場。もうすっかり定着した感のある二つのビルが球体をはさんだ某テレビ局社屋前に、一台のライトバンが停車する。
「…そんなわけでお台場でテレビに出演する事になったのだ」
ウホッ、良い観光スポット…と言ったかどうだか定かでないが、大江戸博士は誰にとでもなく呟いた。
今や総理と並ぶ渦中のこの人にも取材が殺到したが、『雑誌等の編集可能な媒体は一切ナシ・テレビの生放送のみ応相談』という難題を出したら、食いついてきたのがバラエティで有名なお台場の局だけだった。
キジも鳴かずば撃たれまいに。運転手の鷹介は何でわざわざ台風みたいのものを呼び込むものかと渋面を作る。
「じゃあ博士、時間になったら迎えに来ますんで」
野放しにするのが躊躇われたが、大江戸博士は構わん構わんと大笑する。
あんたが構わなくてもね。鷹介は不本意だが、いつまでも路傍に停めてもおけず、ライトバンのサイドブレーキを外した。無茶振りのせいか、駐車場所も確保されていなかった。
「…仕方ない、スタバでも探してお茶でも」
「うーんと、ね」
助手席の透が目をキラキラさせて、観光雑誌のお台場特集を開いているのを目視確認し、鷹介は閉口した。
見開きを食い入る用に見つめ、あご筋に人差し指をおいて何やら悩ましい問題にぶつかっているらしい。
そうしていると如何にも華の女子大生であり、人里離れた富士山麓の研究所に研究室の大江戸『教授』が引き篭もっているから自分もそこに詰めるよりなく、挙句には研究所の手伝いまでさせられているのだから、本来ならば不憫と言うのだろう。
「悩んでると時間無くなるぞ」
「ええッ!?」
と、まるでこの世の終わりのような反応。鷹介は微苦笑を浮かべながら、
「回りきれなきゃ、また来れば良いだろ。お前が免許無くたってね、車だろうが飛行機だろうが使えるのが、いるだろ、身近に」
「いいのかな、女の子の買い物って、長いよ」
「今に始まった事じゃないだろ、特にお前の場合」
「それもそうだね…じゃあ、約束だね。期待しちゃうよ?」
「ウィルコ(will comply…できたらやる、の意)」
「だぁめ、ラジャー(確実にやるという意味で了解、の意)じゃないと」
鷹介は幼馴染が軍事用語に乗ってきたのに目を丸くし、それから微苦笑から苦味を抜いて言った。
「ラジャー」
「よろしい」
幼馴染の笑顔は贔屓目抜きに魅力的であった。
…とか若者たちがラブでコメをしているうちに、大江戸博士出演の時間は近づいてくる。お台場を舞台にした人気刑事ドラマで使われた、某人造人間なアニメのBGMに良く似たのが聞こえてくるような緊迫感がスタジオに流れる。
枠は午後のメロドラマを潰しての、夕方のニュースの拡大版だった。
ニュースの内容は製作会社や特集で紹介する店等への配慮から削れなかったが、既に金を払って放送権を購入している韓流ドラマだったら文句を言われる筋合いはない、そういう生臭い判断だった。
短いリハーサルもつつが無く終え、ついに、その時が来てしまう。
画面には仰々しくも古めかしいフォントで『緊急特別企画、あの大江戸先進科学研究所所長と生対談!!』なる見出しが躍った。
手短にここまでの限定戦争の推移と、ダイガストの奮闘、それに昨日の国会中継の映像が流れてゆく。
夕刻のニュースから先倒しの老名物キャスターと大江戸博士とが、狭い部屋でテーブルを挟んで一人がけのソファに各々腰を落ち着けた。まぁ、全て大道具で構築されたスタジオ内の偽装部屋だが。
通り一遍等の挨拶を終え、キャスターが番組の趣旨と大江戸博士の紹介をざっとおこなうと、彼は改めて嘆息を漏らした。
「しかし工学、エネルギー科学、考古学の博士号とは、凄まじい肩書きですね」
「いわゆる論文博士というやつだよ」
「その集大成が、あのダイガストですか?」
「あんたね、真理の探求者をつかまえて、研究がそれで終わりですかと聞くのは、失礼とは思わんかね」
と、大江戸多聞、テレビだろうが生放送だろうがお構いなしである。初っ端から年下に痛罵された老キャスターは瞬時、目を丸くしたが、こういう人なんだろうなぁ、と納得して次の話題に移る。
「失礼しました。それでは昨今、写真週刊誌で取り上げられていた博士と国場首相が古くから交友があった、という記事ですが。これは本当なのですか?」
「あるもなにも、国ちゃん大ちゃんで呼び合う60年来の友人だよ。もの心ついた時にはもう焼け野原なんて見かけなくなっていたがね、それでも年中腹を空かして、偉くなって腹いっぱい食ってやるって約束したもんだ。そんな国ちゃんが今や総理大臣たぁ、確かに、偉くなったもんだよ」
「約束ですか。それが過剰に果たされていると、写真週刊誌が糾弾していますが、どう思われますか?」
「俺も見たよ、ひどいもんだね。注目を浴びてる人間を叩きたくて性がないんだろ。あんたらはどうなんだ?こんな番組を組んでるんだ、当然、税務署には問い合わせたんだろうな?研究所のホームページに財務諸表も挙げてるが、当然、調べたんだよな?去年にはキッチリ事業仕分けも食らってるからな、良ぅく見てくれよ」
まるで博徒である。局の立てた段取りではここで『しどろもどろ』にして本題に移り、ダイガストの秘密の一つでも聞き出そうとしていたのだが、台本通りにはゆかない。
キャスターも内心でこりゃとんでもないのが来たものだと苦笑いしながら、早くも次の質問にうつす。
「そのあたりの検証は今回の趣旨とは違いますから。ですが、実際に大江戸先進科学研究所ではどのような研究がされているのでしょう?ダイガストの情報は厳重な管制下にあって、閲覧もできませんね」
「去年におたくらが面白がって撮影していた事業仕分けで説明したよ、うちは」
「それは…手元の資料には、無いですねぇ」
「ほぉ、人和(れんほー)だっけ?あのおばさん議員の台詞を取り上げて持て囃してたようだが、撮影していた割りに内容は控えてなかったのか。仕分けされた事業の内容も追っかけず、議員のパフォーマンスだけテレビで流してた、ってわけだな。おたくらこそ民権主体党から幾ら貰ったんだ?」
「これは手厳しいですね。私たちも『わかりやすさ』を基本姿勢に…」
「そこだよ」
大江戸博士はずいと老キャスターを指差す。
「わかりやすさをニュースがモットーにしてどうするんだ?それじゃ、あんたらの情報の噛み砕き方が垂れ流されるだけだろう。それにわかりやすさと言うわりには、今年の冬の除雪費用が仕分けられた事を殆どの国民が判ってなかったろ」
「それは前政権の不手際であって…」
「あんたらマスコミを信じて民主党に投票した人も結構いるだろう。マスコミは加害者側だと認識を持つべきだよ。たった一つの広告代理店に金回りを牛耳られ、出資者の要求に沿った流行を捏造し、大株主が外国企業の放送局すらある始末で…」
「あ、質問の趣旨と離れてきてしまいましたね」
「そうだな。だがこれだけは言わせてもらおう。地球が銀河列強に分割統治されれば、全てのメディアは他の星系同様、GBCに取って代わられるだろう。現地法人として買収される企業もあるだろうが、その中に自分たちが入っていられると楽観するのは止めたほうが良い。何しろ買収の対象は地球上の全メディアだからな。自分達だけ知らん顔で、これまで通り官と民の対立構造を煽ってりゃ飯が食えると思っていたら、改めたほうがいいぜ」
キャスターは何も答えず、ただ手元の資料から次の質問に移る旨を伝えた。
大江戸博士は鼻を鳴らして先を促した。
「では次の質問ですが…ダイガストとは、具体的にどのような意味がある名前なのでしょうか」
「造語だよ、そりゃ。強いて言うなら、強そうな名前にした」
博士、とんでもないぶっちゃけ振りで即答。
「なんと言っても侵略宇宙人と戦う防衛ロボットだ、子供達が憧れて、大人も何だか知らんが期待できると、そう思える名前を目指した。ガンダムって着けるわけにゃいかんだろ、版権的に考えて」
「そうですね…」
キャスター、絶句しながら次の質問に目を通す。
「で、ではですね、そのダイガストですが…GBCの放送中にあった、地球以外の技術が使われているという指摘は、本当なのですか?」
「守秘義務とか、加えて今じゃ国防機密とかもあるんでね、そのての質問には肯定も否定もしない事にしてる。政府の情報開示を待ってくれ」
「GBCの番組内では技術の出所が宇宙からの亡命者と指摘されていましたが、実際に宇宙人と交渉があったのですか?」
「それについても、俺は答えられる立場に無い。太陽系外からの亡命者ならアメリカがそれなりに情報開示しているから、そっちを取材したらどうだ?改良型F-22のアクティヴ・ステルス技術とか、対レーザー用の高拡散煙幕とか、そのあたりの出所は開示されてるぞ。だいたい、宇宙人と交渉なんて言ってて良いのか?むこうも同じホモ・サピエンスだぞ」
「霊長類人科ということですか?」
老キャスターは目をしばたかせる。
大江戸博士はようやく思ったような反応を得られ、内心でにんまりとした。
「さよう、動物界後生動物亜界脊索動物門羊膜亜門哺乳網真獣亜網正獣下網霊長目真猿亜目狭鼻猿下目ヒト上科ヒト科ヒト下科ホモ族サピエンス種サピエンス亜種、その系譜だよ。生物学的には最後のサピエンス亜種で区分できるかどうか、それくらいには近しいはずだ」
「確かに地球を訪れている銀河列強の人々は、私たちと外見の違いが無いように見えますが…」
「GBCでも言ってたろう、銀河帝国文明圏は汎人類種による星間文明だ、って」
「複数の星に、同じような人類がいるという事でしょうか?」
「まぁ論理的に整理してゆけば、そいう事になるな。不思議とは思わんかね?地球46億年、生命40億年の中で、霊長類が現れたのは6500万年前。この進化の仮のタイムスパンを、全ての生命誕生の可能性のある惑星に当て嵌めて、地球と銀河帝国文明圏の諸惑星で諸条件が同時に揃うのは、どれほどの確率か?」
「論理的な整理は出来そうに無いですね」
老キャスターはささやかな反撃を試みる。
大江戸博士の言っている事は、百面ダイスを100個振るって、指定された数のゾロ目の出る確率を出すようなものであった。もちろん天文学的な不毛で空しい計算の末には、多少のズルや条件緩和の法則が見つかるかも知れない。しかしそれよりも、
「より常識的に考えるならば、確率は人為的にバラ撒かれた、とする方がしっくり来ないかね」
スタジオ内に撮影スタッフたちの声なき瞠目が広がる。
すぐさまカンペに詳しく聞き出せとの指示が殴り書きされ、老キャスターは野次馬じみた段取りの変更にやれやれと首を横に振るった。
「…にわかには信じられない話ですが、何か、その証拠になるようなものは?」
「状況証拠というやつだな。銀河帝国文明からの亡命者に、身体検査のひとつもしない訳にはゆかんだろ。一昔前だが、世界の碩学たちがアメリカのエリア51に招待された事があった。当然その中には俺も含まれていたのだが、その折に見た資料にはDNA解析も含まれとったよ。確かに地球人との差異は人種ていどのモノだったな。同祖論はその折に得た我々の共通認識だった…ま、どこが始祖(オリジナル)であるのかは結論が出なかったがね」
大江戸博士はアメリカの話であるからそうしたものか、大仰に肩をすくめて見せた。
スタジオ内は俄然盛り上がっていた。
エリア51などUFOマニアのたわ言に過ぎない筈が、それが唐突に真実であると、宇宙人の実例つきで証言する人間が現れた。いや、そんな世界に変わってしまったのだ。
スタッフ達はまるで変革の最先端にいるかのように錯覚し、熱に浮かされたように大江戸博士の発言に飛びついてゆく。
老キャスターだけは、これUFO特番じゃ無ぇんだけどなぁ…と内心で渋面を作っていた。
結局その日の対談は矢追純一の再評価と、対抗馬の大槻教授へのオファーが殺到するような、その程度のお粗末な結果になってしまった。なんのかんのと煙にまかれた形だ。
なお、大江戸博士は衆人注目の中で自説をぶち上げられて大層ご満悦であったとか、なんとか。
「…そんなわけでお台場でテレビに出演する事になったのだ」
ウホッ、良い観光スポット…と言ったかどうだか定かでないが、大江戸博士は誰にとでもなく呟いた。
今や総理と並ぶ渦中のこの人にも取材が殺到したが、『雑誌等の編集可能な媒体は一切ナシ・テレビの生放送のみ応相談』という難題を出したら、食いついてきたのがバラエティで有名なお台場の局だけだった。
キジも鳴かずば撃たれまいに。運転手の鷹介は何でわざわざ台風みたいのものを呼び込むものかと渋面を作る。
「じゃあ博士、時間になったら迎えに来ますんで」
野放しにするのが躊躇われたが、大江戸博士は構わん構わんと大笑する。
あんたが構わなくてもね。鷹介は不本意だが、いつまでも路傍に停めてもおけず、ライトバンのサイドブレーキを外した。無茶振りのせいか、駐車場所も確保されていなかった。
「…仕方ない、スタバでも探してお茶でも」
「うーんと、ね」
助手席の透が目をキラキラさせて、観光雑誌のお台場特集を開いているのを目視確認し、鷹介は閉口した。
見開きを食い入る用に見つめ、あご筋に人差し指をおいて何やら悩ましい問題にぶつかっているらしい。
そうしていると如何にも華の女子大生であり、人里離れた富士山麓の研究所に研究室の大江戸『教授』が引き篭もっているから自分もそこに詰めるよりなく、挙句には研究所の手伝いまでさせられているのだから、本来ならば不憫と言うのだろう。
「悩んでると時間無くなるぞ」
「ええッ!?」
と、まるでこの世の終わりのような反応。鷹介は微苦笑を浮かべながら、
「回りきれなきゃ、また来れば良いだろ。お前が免許無くたってね、車だろうが飛行機だろうが使えるのが、いるだろ、身近に」
「いいのかな、女の子の買い物って、長いよ」
「今に始まった事じゃないだろ、特にお前の場合」
「それもそうだね…じゃあ、約束だね。期待しちゃうよ?」
「ウィルコ(will comply…できたらやる、の意)」
「だぁめ、ラジャー(確実にやるという意味で了解、の意)じゃないと」
鷹介は幼馴染が軍事用語に乗ってきたのに目を丸くし、それから微苦笑から苦味を抜いて言った。
「ラジャー」
「よろしい」
幼馴染の笑顔は贔屓目抜きに魅力的であった。
…とか若者たちがラブでコメをしているうちに、大江戸博士出演の時間は近づいてくる。お台場を舞台にした人気刑事ドラマで使われた、某人造人間なアニメのBGMに良く似たのが聞こえてくるような緊迫感がスタジオに流れる。
枠は午後のメロドラマを潰しての、夕方のニュースの拡大版だった。
ニュースの内容は製作会社や特集で紹介する店等への配慮から削れなかったが、既に金を払って放送権を購入している韓流ドラマだったら文句を言われる筋合いはない、そういう生臭い判断だった。
短いリハーサルもつつが無く終え、ついに、その時が来てしまう。
画面には仰々しくも古めかしいフォントで『緊急特別企画、あの大江戸先進科学研究所所長と生対談!!』なる見出しが躍った。
手短にここまでの限定戦争の推移と、ダイガストの奮闘、それに昨日の国会中継の映像が流れてゆく。
夕刻のニュースから先倒しの老名物キャスターと大江戸博士とが、狭い部屋でテーブルを挟んで一人がけのソファに各々腰を落ち着けた。まぁ、全て大道具で構築されたスタジオ内の偽装部屋だが。
通り一遍等の挨拶を終え、キャスターが番組の趣旨と大江戸博士の紹介をざっとおこなうと、彼は改めて嘆息を漏らした。
「しかし工学、エネルギー科学、考古学の博士号とは、凄まじい肩書きですね」
「いわゆる論文博士というやつだよ」
「その集大成が、あのダイガストですか?」
「あんたね、真理の探求者をつかまえて、研究がそれで終わりですかと聞くのは、失礼とは思わんかね」
と、大江戸多聞、テレビだろうが生放送だろうがお構いなしである。初っ端から年下に痛罵された老キャスターは瞬時、目を丸くしたが、こういう人なんだろうなぁ、と納得して次の話題に移る。
「失礼しました。それでは昨今、写真週刊誌で取り上げられていた博士と国場首相が古くから交友があった、という記事ですが。これは本当なのですか?」
「あるもなにも、国ちゃん大ちゃんで呼び合う60年来の友人だよ。もの心ついた時にはもう焼け野原なんて見かけなくなっていたがね、それでも年中腹を空かして、偉くなって腹いっぱい食ってやるって約束したもんだ。そんな国ちゃんが今や総理大臣たぁ、確かに、偉くなったもんだよ」
「約束ですか。それが過剰に果たされていると、写真週刊誌が糾弾していますが、どう思われますか?」
「俺も見たよ、ひどいもんだね。注目を浴びてる人間を叩きたくて性がないんだろ。あんたらはどうなんだ?こんな番組を組んでるんだ、当然、税務署には問い合わせたんだろうな?研究所のホームページに財務諸表も挙げてるが、当然、調べたんだよな?去年にはキッチリ事業仕分けも食らってるからな、良ぅく見てくれよ」
まるで博徒である。局の立てた段取りではここで『しどろもどろ』にして本題に移り、ダイガストの秘密の一つでも聞き出そうとしていたのだが、台本通りにはゆかない。
キャスターも内心でこりゃとんでもないのが来たものだと苦笑いしながら、早くも次の質問にうつす。
「そのあたりの検証は今回の趣旨とは違いますから。ですが、実際に大江戸先進科学研究所ではどのような研究がされているのでしょう?ダイガストの情報は厳重な管制下にあって、閲覧もできませんね」
「去年におたくらが面白がって撮影していた事業仕分けで説明したよ、うちは」
「それは…手元の資料には、無いですねぇ」
「ほぉ、人和(れんほー)だっけ?あのおばさん議員の台詞を取り上げて持て囃してたようだが、撮影していた割りに内容は控えてなかったのか。仕分けされた事業の内容も追っかけず、議員のパフォーマンスだけテレビで流してた、ってわけだな。おたくらこそ民権主体党から幾ら貰ったんだ?」
「これは手厳しいですね。私たちも『わかりやすさ』を基本姿勢に…」
「そこだよ」
大江戸博士はずいと老キャスターを指差す。
「わかりやすさをニュースがモットーにしてどうするんだ?それじゃ、あんたらの情報の噛み砕き方が垂れ流されるだけだろう。それにわかりやすさと言うわりには、今年の冬の除雪費用が仕分けられた事を殆どの国民が判ってなかったろ」
「それは前政権の不手際であって…」
「あんたらマスコミを信じて民主党に投票した人も結構いるだろう。マスコミは加害者側だと認識を持つべきだよ。たった一つの広告代理店に金回りを牛耳られ、出資者の要求に沿った流行を捏造し、大株主が外国企業の放送局すらある始末で…」
「あ、質問の趣旨と離れてきてしまいましたね」
「そうだな。だがこれだけは言わせてもらおう。地球が銀河列強に分割統治されれば、全てのメディアは他の星系同様、GBCに取って代わられるだろう。現地法人として買収される企業もあるだろうが、その中に自分たちが入っていられると楽観するのは止めたほうが良い。何しろ買収の対象は地球上の全メディアだからな。自分達だけ知らん顔で、これまで通り官と民の対立構造を煽ってりゃ飯が食えると思っていたら、改めたほうがいいぜ」
キャスターは何も答えず、ただ手元の資料から次の質問に移る旨を伝えた。
大江戸博士は鼻を鳴らして先を促した。
「では次の質問ですが…ダイガストとは、具体的にどのような意味がある名前なのでしょうか」
「造語だよ、そりゃ。強いて言うなら、強そうな名前にした」
博士、とんでもないぶっちゃけ振りで即答。
「なんと言っても侵略宇宙人と戦う防衛ロボットだ、子供達が憧れて、大人も何だか知らんが期待できると、そう思える名前を目指した。ガンダムって着けるわけにゃいかんだろ、版権的に考えて」
「そうですね…」
キャスター、絶句しながら次の質問に目を通す。
「で、ではですね、そのダイガストですが…GBCの放送中にあった、地球以外の技術が使われているという指摘は、本当なのですか?」
「守秘義務とか、加えて今じゃ国防機密とかもあるんでね、そのての質問には肯定も否定もしない事にしてる。政府の情報開示を待ってくれ」
「GBCの番組内では技術の出所が宇宙からの亡命者と指摘されていましたが、実際に宇宙人と交渉があったのですか?」
「それについても、俺は答えられる立場に無い。太陽系外からの亡命者ならアメリカがそれなりに情報開示しているから、そっちを取材したらどうだ?改良型F-22のアクティヴ・ステルス技術とか、対レーザー用の高拡散煙幕とか、そのあたりの出所は開示されてるぞ。だいたい、宇宙人と交渉なんて言ってて良いのか?むこうも同じホモ・サピエンスだぞ」
「霊長類人科ということですか?」
老キャスターは目をしばたかせる。
大江戸博士はようやく思ったような反応を得られ、内心でにんまりとした。
「さよう、動物界後生動物亜界脊索動物門羊膜亜門哺乳網真獣亜網正獣下網霊長目真猿亜目狭鼻猿下目ヒト上科ヒト科ヒト下科ホモ族サピエンス種サピエンス亜種、その系譜だよ。生物学的には最後のサピエンス亜種で区分できるかどうか、それくらいには近しいはずだ」
「確かに地球を訪れている銀河列強の人々は、私たちと外見の違いが無いように見えますが…」
「GBCでも言ってたろう、銀河帝国文明圏は汎人類種による星間文明だ、って」
「複数の星に、同じような人類がいるという事でしょうか?」
「まぁ論理的に整理してゆけば、そいう事になるな。不思議とは思わんかね?地球46億年、生命40億年の中で、霊長類が現れたのは6500万年前。この進化の仮のタイムスパンを、全ての生命誕生の可能性のある惑星に当て嵌めて、地球と銀河帝国文明圏の諸惑星で諸条件が同時に揃うのは、どれほどの確率か?」
「論理的な整理は出来そうに無いですね」
老キャスターはささやかな反撃を試みる。
大江戸博士の言っている事は、百面ダイスを100個振るって、指定された数のゾロ目の出る確率を出すようなものであった。もちろん天文学的な不毛で空しい計算の末には、多少のズルや条件緩和の法則が見つかるかも知れない。しかしそれよりも、
「より常識的に考えるならば、確率は人為的にバラ撒かれた、とする方がしっくり来ないかね」
スタジオ内に撮影スタッフたちの声なき瞠目が広がる。
すぐさまカンペに詳しく聞き出せとの指示が殴り書きされ、老キャスターは野次馬じみた段取りの変更にやれやれと首を横に振るった。
「…にわかには信じられない話ですが、何か、その証拠になるようなものは?」
「状況証拠というやつだな。銀河帝国文明からの亡命者に、身体検査のひとつもしない訳にはゆかんだろ。一昔前だが、世界の碩学たちがアメリカのエリア51に招待された事があった。当然その中には俺も含まれていたのだが、その折に見た資料にはDNA解析も含まれとったよ。確かに地球人との差異は人種ていどのモノだったな。同祖論はその折に得た我々の共通認識だった…ま、どこが始祖(オリジナル)であるのかは結論が出なかったがね」
大江戸博士はアメリカの話であるからそうしたものか、大仰に肩をすくめて見せた。
スタジオ内は俄然盛り上がっていた。
エリア51などUFOマニアのたわ言に過ぎない筈が、それが唐突に真実であると、宇宙人の実例つきで証言する人間が現れた。いや、そんな世界に変わってしまったのだ。
スタッフ達はまるで変革の最先端にいるかのように錯覚し、熱に浮かされたように大江戸博士の発言に飛びついてゆく。
老キャスターだけは、これUFO特番じゃ無ぇんだけどなぁ…と内心で渋面を作っていた。
結局その日の対談は矢追純一の再評価と、対抗馬の大槻教授へのオファーが殺到するような、その程度のお粗末な結果になってしまった。なんのかんのと煙にまかれた形だ。
なお、大江戸博士は衆人注目の中で自説をぶち上げられて大層ご満悦であったとか、なんとか。
バラク・オハマ アメリカ合衆国大統領は記者会見で正式にロズウェル事件を認め、それが銀河帝国文明圏からの亡命者との接触であった事実を明かした。世界に先駆けてのカミングアウトに、しかしアメリカ合衆国国民は『そんなところだけチェンジされても』と、反応は冷ややかだった。
度重なる軍縮と『大きな政府』への舵きりに辟易した沸騰しやすい国民は、失われて久しい『強いアメリカ』というスローガンを求めていた。中間選挙に大敗したオハマ陣営も、その要望に応えざるを得ない状況に追い込まれていたのだ。
合衆国全体が太平洋戦争を髣髴とさせる戦時体制へと移行するのに、さして時間は掛からないと言われている。
なお、その会見は大江戸博士の対談から2日後に行われた。2日で彼の発言は風化した事になる。
狙ってやった事なのか。ルドガーハウゼン大剣卿は晴れぬ疑念に、見事なカイゼル髭の下の顎筋を擦りあげた。
手元のレポートには融資したゴシップ・ライターからの情報がまとめられている。
曰く、ダイガストの主動力機関はオオエドモーターと仮称される高効率エネルギー変換機関が用いられ、キューブと呼ばれる高エネルギー蓄積素子を消費して稼動する。
『技術の出所を判らせない為の当たり障りの無い情報だろうな。それも、おそらくは偽の』
真偽のほどは情報分析係に任せるとして、当面はゴシップ・ライターには頑張って貰わねばなるまい。
今回の騒動は民権主体党の安全保障面の不甲斐無さに、そこを突いて自立民主党が切り返したせいで有耶無耶になりつつあった。が、冷静な目を持たねばならぬ筈の皇国の国民が安い正義感と国益とを天秤に架けてくれるのなら、その自尊心を精々利用するべきだ。
ウォルト・デスティニーのように交戦国が一枚岩に成ってしまっては元も子もない。
原則は最優先、学識者は絶対、現場は無視、公務員は悪。全くその点、この国に蔓延した概念の何と付け入りやすい事か。
『あとはエリア51に招かれたというプロフェッサー・オオエド達の構成だな』
多目的情報ボードには『地球防衛戦線』なる、ライターが追い切れなかった不確定情報が点灯していた。
ルドガーハウゼンは何らかの尻尾を掴んだ手応えを感じていた。
と、彼の耳にまたしてもモンタルチーノ商会の大型トラックのエンジン音が聞こえてくる。秘密を垣間見たような 高揚感は現実を前に容易く打ち砕かれ、彼は鋭い舌打ちを洩らしたものだった。
度重なる軍縮と『大きな政府』への舵きりに辟易した沸騰しやすい国民は、失われて久しい『強いアメリカ』というスローガンを求めていた。中間選挙に大敗したオハマ陣営も、その要望に応えざるを得ない状況に追い込まれていたのだ。
合衆国全体が太平洋戦争を髣髴とさせる戦時体制へと移行するのに、さして時間は掛からないと言われている。
なお、その会見は大江戸博士の対談から2日後に行われた。2日で彼の発言は風化した事になる。
狙ってやった事なのか。ルドガーハウゼン大剣卿は晴れぬ疑念に、見事なカイゼル髭の下の顎筋を擦りあげた。
手元のレポートには融資したゴシップ・ライターからの情報がまとめられている。
曰く、ダイガストの主動力機関はオオエドモーターと仮称される高効率エネルギー変換機関が用いられ、キューブと呼ばれる高エネルギー蓄積素子を消費して稼動する。
『技術の出所を判らせない為の当たり障りの無い情報だろうな。それも、おそらくは偽の』
真偽のほどは情報分析係に任せるとして、当面はゴシップ・ライターには頑張って貰わねばなるまい。
今回の騒動は民権主体党の安全保障面の不甲斐無さに、そこを突いて自立民主党が切り返したせいで有耶無耶になりつつあった。が、冷静な目を持たねばならぬ筈の皇国の国民が安い正義感と国益とを天秤に架けてくれるのなら、その自尊心を精々利用するべきだ。
ウォルト・デスティニーのように交戦国が一枚岩に成ってしまっては元も子もない。
原則は最優先、学識者は絶対、現場は無視、公務員は悪。全くその点、この国に蔓延した概念の何と付け入りやすい事か。
『あとはエリア51に招かれたというプロフェッサー・オオエド達の構成だな』
多目的情報ボードには『地球防衛戦線』なる、ライターが追い切れなかった不確定情報が点灯していた。
ルドガーハウゼンは何らかの尻尾を掴んだ手応えを感じていた。
と、彼の耳にまたしてもモンタルチーノ商会の大型トラックのエンジン音が聞こえてくる。秘密を垣間見たような 高揚感は現実を前に容易く打ち砕かれ、彼は鋭い舌打ちを洩らしたものだった。