創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

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 何を読んでるんだ?ベケットだ。ベケット。小説家さ。リコは答えた。バスの車内は蒸されて、息苦しかった。乗客は、もういい加減うんざりしたような顔で、窓を開けて、風を顔に受けて、酔いを紛らしていた。
 兵士の抱えた突撃銃がカチカチと、車が揺れるごとに何かに当たって、カチカチと。ああ、苛々するな。俺が神経質なのかな。いや、みんなそう思っているだろう、間違いなく。リコは思った。暑かった。やや傾いた陽は、あらゆるものを平等に殺そうとしていた。涼しさは恐くなって、怯えて、どこかに隠れてしまったようだ。
 車は揺れた。つくりかけの基地までの道は、まだ完成していないらしかった。剥き出しの地面を、轍に沿って車は走っていた。乾いた砂がタイヤに巻き上げられて、窓にこびりついて、景色は少しずつ黄色にぼやけていった。
「酔わないのか」
 軍曹の質問に、まあね、とリコは答えて、本のページを一枚めくった。古びた本で、すべてのページが日に焼けて、茶色く変色していた。
「そんなに面白いのか」
 軍曹は尋ねた。ちっとも。リコは答えた。じゃあなんでそんなに熱心に読んでるんだ。参考にするためさ。参考。
「ひとつ、謎を追いかけてるんだ。友達のために」
「友達のために。そいつは、素晴らしいな」
 本当に素晴らしいよ。喜んだ軍曹が葉巻を勧めてきたので、リコはありがたく頂戴した。ナイフを持っていなかったので、それも借りた。
「その友達ってのは、これから向かう所で派手にやらかした奴なのかな」
 落ちた灰が本に挟まれないように注意しながら(借り物なのだ。グルダからの)、リコはまた一枚ページをめくった。車が大きく揺れて、前の席のエンジニアーが喚いた。持っていた飲み物をこぼしたのだ。軍曹は少しの間その事に気を取られて、すぐにまたリコに話しかけた。
「“クンルン平野の首狩り兎”?」
「困ったことに、どこまで話していいのかもよくわからないんだ」
「へえ、そりゃまた」
 軍曹は少し沈黙して、なにかを考えるようなそぶりをして、口を開いた。
「友達のため。悪くない。でもここがどこなのかを忘れない方がいいぜ。責任はいつも自分に返ってくるんだ」
 流れ弾には気をつけな。リコは「わかった」とだけ言った。事実、わかりきった事だった。
 軍曹は肩をすくめて、それっきり、黙ってしまった。
 車は振動する。時間は経過する。陽はますます傾く。
 冗談だったのかな。リコはしばらくして、ふと思った。まあ、確かめようがない。
 しかし、この本。『ゴドーを待ちながら』。実に退屈な本だ。こんなものをあのお嬢ちゃんは読んだのか。あの歳で。にわかには信じられない。
 とにかく、信じられないくらい退屈な本だった。何も起こらないし、何の答えも示されない。不快にすら思える。しかし、ここにはウラジミルの伝えたかった何かしらのヒントが隠されているのだと、そう信じてリコはその本を読み進めた。
 そんなものは単なる思い込みのような気がして、まあ、でも、とにかく読んでしまおうと決めた。
 決めたことは曲げない。リコはそういう男だった。

 誰かに肩を叩かれて、リコが次に顔を上げたときには。すっかり黄色く濁った窓の外に、蒼く巨大な残骸が跪いていた。



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