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創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

TONTO;Capriccio

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匿名ユーザー

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 目を覚ます。一瞬、ここがどこなのかを見失う。グルダは新聞と向かい合っていないし、窓の向きも違う。二段ベッドの底は見えない。部屋は汚れていない、むしろ漂白されたように白い。
 私は思い出した。昨日、次の基地に着いたのだ。
 寝慣れないベッドから起き上がって、服を着て、入り口のドアを開ける。ドアの脇に置かれた朝食を取り、定められた量、定められた方法で食べる。適切な量。適切な作法。適切な時間の範囲、適切な回数食器を動かす。
 食べ終えてからシンクに向かって、口をすすいで、歯を磨く。これも同様だ。往復の回数は規定されている。五十。そうして、最後にもう一度口をすすぐ。
 誰が定めたのか知らない。少なくとも、自分で定めたわけではない。それは確かだ。だけれども、それはずっと前から規定されていたことで、ということは、親に定められたのだろう。
 私には口うるさい母と、寡黙な父がいた。思い出はほとんど無い。ただ、海外で過ごしたいくつかの光景や感触がふと思い出される。ロサンゼルスの冷たい海。ロンドンの速い雲、霧。トウキョウの夜景はスピナーが走っていそうな具合だった。高速道路は、ソラリスの映像そのままだった。
 父が大使だったから、きっとそのせいだろう。私は世界をよく周った。飛行機の中で観る映画はどれも面白くて、だから飛行機に乗ることが大好きだった。目的地に着くと、いつも次の場所に行くことを楽しみにしていた。私にとって世界を周るということは、映画を観ることと同義だった。
 いつからだろう。私から目的や、目標と呼べるものが失われたのは。私はどこかで何かを間違えて、結局、ここへ行き着くことになった。戦争映画が取り立てて好きだったわけではないのだけれど。私はいつの間にかそこに描かれた世界にいた。
 私をここに押し出したのは何だったのだろう。父と母がテロリズムの犠牲になったから。それとも、ひょっとしたら、私の骨の中にも愛国心が刷り込まれていて、そこから産み出された血液に従ったのか。
 そうせざるを得なかっただけのような気がする。私は、怒ることも恨むことも得意ではなかったのに、その振りをし続けて、どこか違う場所へたどり着いてしまった。
 いいや、そういうわけではない。私はここに至らざるをえなかった。
 私には元々何も無かった。何も掴もうとしていなかった。
 私はエストラゴンのように拳銃を握ることなんてできなかった。彼のようには、木に登れなかったのだ。
「准尉、司令が呼んでいましたよ」
 部屋を出ると、若い二等兵にそう呼び止められた。私は彼に司令室の位置と、ついでにハンガーの場所を尋ねて、礼を言ってから、その場を離れた。彼がヤケに嬉しそうにしているのが気になったけれど、すぐにそのことを忘れた。
 何の用事なのだろう。一瞬、昨日のアトラスとの行き違いのことが思い出されたが、それは違うだろうと考え直した。アトラスは私の事を告発したけれど、それは結局うまくいかなかったのだ。
《極めて不本意ですが IPAに対しての情報開示が制限されているようです》
 昨日の最後の跳躍の時に、アトラスは不満そうにそう言った。私も彼女も、言い争いに疲れていた。彼女の機械的な側面はいつの間にか剥がれて、アポリアのオペレータに相応しい、感情的な調子に変化していた。要するに怒っていたのだ。
《別に構いません どうせこの作戦が終わるまで引き伸ばされただけです あなたはその後できちんと裁かれるでしょう》
 それは私に話していい種類の話なのか、と尋ねると、アトラスはワインでも引っ掛けそうな勢いで、そう私を呪った。
 私は二等兵に教えられた通りに殺風景な通路を進んで、『司令室』と書かれたプレートのあるドアをノックした。どうぞ、とくぐもった声がしたので、ドアを開けた。
『良心か、それで頭が痛む』
 マーロン・ブラントが神父に言った。白と黒と灰色の平面的な世界で、彼は悩んでいた。私はというと、扉に手を掛けたまま、彼の写るスクリーンを眺めて、困惑していた。「閉めてくれないか」部屋の奥でしわがれた声がした。「眩しくて観づらい」私はドアを閉めた。
「掛けたまえ、楽にしてくれていい」
 真っ暗な部屋で、老人が映画を観ていた。私は言われた通りに、彼の向かい側の椅子に腰掛けた。老人の横顔をうかがって、視線の先のスクリーンを見た。スクリーンのなかでは目まぐるしく人が動く。それに反比例して、こちら側では何も起こらない。私は困り果てつつ、警部にシャドーボクシングを見せるマーロン・ブラントを眺める。
『でも、賭博師は裏を狙った』。 
 目が慣れてくると、段々と部屋の様子がわかってきた。物置のようなこぢんまりとした部屋で、本来あるはずの家具はすっかり取り払われて、安物の長机がひとつと、パイプ椅子がふたつ、あとは映写機とそれを載せる台。スクリーン。そこに映る『波止場』。長机にはポットと、マグカップがひとつ置いてある。
「久しぶりだな、ウラジミル君」老人が言った。視線はスクリーンに向いたままだ。
「失礼ですが、どなたですか」
「覚えていないのかね、産まれたばかりの君を真っ先に抱いたのは、私だったのだが」
 そうして、彼は私に名乗った。その名前に聞き覚えは無かった。
「まあいい、そのことが本題じゃあない。君のアポリアのことだ」
 老人は、私のアポリアの損傷を、細かすぎるくらいに細かく伝えて、私に判断を仰いだ。
「どう思う」
「相当痛めつけられてますね」
 大半は私のせいなのだけど、と心の中で付け加える。損傷は脚の第二間接部分、および鼠系靭帯に集中していた。着地の際、バランスを取るために最も繊細に動かす箇所だ。本当に神がかったアポリア乗りは膝周りを柔らかく使い、それらの磨耗を防ぐのだけど。残念ながら私の腕は二流だった。
「今後の運用に耐えうると思うかね?」
「どれも自分で修復可能な箇所です。夜ごとにこまめに行えば、なんとかなるかと」
「しかし確証は持てない」
「戦場に確たるものなんて何もありませんし、この機体以上、どころか、以外があるわけでもない」
「あるといったら?」
 スクリーンの中で、主人公の兄は悪党に決断を迫られていた。彼が助かるには、弟を差し出さなければならない。悪党で満たされた小屋の中は張り詰めていた。そのシーンでようやく、老人はスクリーンから目を離し、こちらに向き直った。
 真正面から見た彼の顔は、リコのものよりもっと深いシワで覆われていて、酷く醜く、嫌悪すら感じられた。いまさら気づいたのだが、彼の服装は緑の軍服ではない。真っ白な白衣だ。彼は私の前に置かれたマグカップにコーヒーを注いだ。注ぎ終えてから、中指で二度、長机を叩いた。とても強く。ウッドベースを弾くように。彼は懐からファイルを取り出して、こちらによこした。『Werdna』と安っぽい紙でラベリングされている。
「アポリアの最新型だ、NATOに先週届けられた」
「すばらしい性能ですね」
 私は、渡された資料を流し見ながら、そう言った。本当にすばらしい性能だった。ほとんど化け物じみている。歩兵の支援を視野に入れた設計で、対戦車用に作られたものであることは一目でわかった。確かにアポリアがそれなりの装備で上から戦車を攻めれば、かなりの有効打になりうるかもしれない。
 問題はトントだな。私は思った。あれは味方の援護射撃も無意味にするから。
「長時間の運用も考えられているようで、耐久試験も済んでいますね。試作機じゃないのか」
「今回の作戦にも合っているだろう」
 と言うより、今回の作戦のためにあるような機体ですね、と私は声に出さずに呟いた。ふと、昨日戦った傭兵達の事が思い出される。あの奇妙で不幸な遭遇戦が無ければ、私のアポリアがここまで傷つくことも無かった。
 私をあそこまで誘導したのは誰だっただろう。なぜ彼らはあそこにいたのだろう。彼らを雇ったのは誰だったのだろう。
「使うかね」
「使いません」
『俺はタイトルマッチにだって挑戦できたはずだ』
 マーロン・ブラントの演じるボクサー崩れのゴロツキは怒っていた。悲しんでいて、嘆いていた。失望もしていたし、後悔もしていた。それら全てを兄にぶつけていた。兄は銃を握ったまま、苦しそうに眼を見開く。
 大した演技だった。マーロン・ブラントはこの作品で一度目のアカデミー主演男優賞を取った。
 トン、と大きい音がした。老人が長机を叩いたのだ。
「何が問題かね」
「経験値の移譲ができません」私はコーヒーに口を付けて、問題点を指摘した。
「経験値は、機体の磨耗を防ぐとともに、突発的に起こるトラブルを防ぐ効果があります」
 使い慣れた、磨り減った道具を好む人が多いのと同じ理由だ。アポリアはソフトとハードの両面からそれを再現している。必ずしも新品が最良であるわけではない。もちろん、使い慣れた古臭い道具が最良であり続ける事もまた、無いのだけれど。
「それだけでも十分すぎるほどですが、一度も乗ったことの無いような乗り物で、かなり困難なものになるだろうと予測される作戦に出向きたくは無い、と一兵士として考えます」
 視線を上げる。いつの間にか、老人は私の前に座ることを止めていた。私は空になった目の前のパイプ椅子を眺めた。金属のパイプ部分に、マーロン・ブラントが歪められて写りこんでいる。どのシーンだろう。私はその歪んだ白黒の映像と知識を照らし合わせて、どのカットか推測しようとしていた。
 妙だな。私は思った。何が妙なのかすらわからない。つまり妙なのは私自身か。
「信じてくれないかもしれないが、君をそのような存在にしたことを、私なりに悔いているのだよ」
 背後で老人の声がした。真後ろだ。振り向こうとする。振り向けない。手に持ったマグカップを長机の上に戻そうとする。できない。いや、やりたくない。そうしてはいけない気がする。何かに反しているような、でもいったい何に?
「君はいつだって誰かの道具に過ぎないし、君もそれに気がついているだろう。だけれど、それは君を救ってもいるわけだ」
 老人が私の背後を行ったり、来たりしている。声は近づいたり、離れたりする。私は動けないまま、脳の大部分をパイプ椅子に写ったシーンの推察にあてている。老人の声は続く。
「君は責任から逃れることができる。というより、君に責任という概念は存在しない。当たり前だ。銃で誰かを殺したとして、その銃に責任があるわけが無いものな。当たり前の話だ。君は権利や意思を放棄したが、代わりに罪から逃れることができた。君は罪悪感に苦しむこともないし、高潔さや正義を示す必要も無い。君は誰にだって平等だし、君にとって誰もが敵で、味方だろう」
「君は停止しているはずだ。君は目まぐるしく何かを考えて、動いているが、結果的に何も変わっていない。見掛けの上で、君は止まってしまっている。成長も幸福も無いが、腐敗も不幸も無い」
 老人は私からそっとマグカップを取り上げた。固まった指を一本一本外すようにして。
「君の主張はまったく正当なものだったよ、ウラジミル君。私もまったく同意見だ。NATOに対して盲目的に従うのはあまりよろしくない」
ここでようやく、私はその可能性について思い当たった。この状況は、どう考えてもそういう事だ。馬鹿馬鹿しい、冷静に考えてみれば、こんな事はあるはずが無い。
「マーロン・ブラントは二度アカデミー賞を取った。一度目はギャングに立ち向かう青年で。二度目は冷酷無比な老いたギャングで……なかなか皮肉だろう」
 老人は最後に、楽しそうにそう笑って、ちくり、と二の腕に痛みが走った。
 私は目を覚ました。


 実際、うたた寝していたのは数分のことらしい。私は少しの気恥ずかしさを感じつつ、質問に答えてくれた工兵に謝った。伸びをして、ベンチに圧されて軋んだ背骨を引き伸ばす。筋肉の引き攣れる心地良い痛みを感じつつ、どんな夢だったかを思い出そうとする。すでに印象はぼやけていて、様々な記憶と架空の入り混じった、夢らしい夢だったとしか思い出せない。
 基地司令に呼び出されて、申し出を断ったあと、私はハンガーへ向かった。私のアポリアの修復はもう少しかかるとのことで、適当に待っている間に、寝てしまったらしい。
どうかしている。体調というものの管理は昔から苦手だったけれど、ここ最近は特に酷い。だってこう考えている間にも、眠気がにじり寄ってくるのだ。透明な霧みたいに。
 怠惰な温かさがハンガーを満たしている。思考が溶け出す温度だ。ぼんやりと、天井から吊り下げられた私のアポリアを眺める。脚の点検は既に終わったようで、今は上半身の外殻を取り外しているところだった。見た目に反して子供でも持ち上げられるほど軽いそれらを取り外すと、中身の基盤があらわになる。様々なセンサーやコードののたくるその表面は奇妙にグロテスクで、生物を感じさせる。基盤そのものが人間の骨そっくりの形だからかもしれない。油圧系の中枢を覆う部分は肋骨に、そこに乗る、アームを吊り下げる部分は鎖骨に見える。そういえば、それら全体を後ろから支えるシャフトも背骨に見えないこともない。
 錯覚というものは偉大なもので、何でもかんでも擬人化してしまうものらしいな、と私は思った。それとも、本当に生物を参考にしているのだろうか。
 ふと、シンナーの匂いがして、私はなんとなくその元を追いかけた。この基地のハンガーはずいぶん小さなもので、それはすぐに見つかった。トラックの上に横倒しにされ、暗緑色の覆いがかけられている。
「ワードナが気になりますか」
 トラックに近寄ると、覆いを掛け終えようと工兵が話しかけてきた。ワードナ。私はそれがなんだったか考えて、思い出した。基地司令がやたらと勧めてきた新型だ。私は首を横に振った。興味はあったが、これ以上シンナーの匂いを嗅ぎたくなかった。
「この後これはどうなるんだろう」
「しばらくここに置いたままで、あなたみたいなアポリア乗りが来るのを待ちますよ」
 勿体ない話だ。
「そういえば、ワードナって愛称か」
「ええ、マーフィーの正式な後継機。ベケット社の虎の子ですね」
 工兵はどこか誇らしげにそう言った。私はというと、あの機体はそんな名前だったのかと少し驚き、どうして自分はそのことを知らなかったのだろうと考えて、今まではアポリアで通じていたし、特に不便もなかった事に気がついた。
新しいものが作られて、古いものに名前がつく。こうして生きている間にも、確かに時間は流れているらしい。
そうしてみると、不揃いな凹凸を刻む暗緑色の覆いは、確かに、何かの区切りを示そうとしているように思えた。


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