HARU×haru
夢の様な、奇妙な悪夢の話。
異なる世界に存在しており、決して出会う筈の無かった、同じ因子を持つ人間同士が、出会う。出会ってしまった。
片方の人間は、この物語の主人公であり、変わらぬ平穏な日々を謳歌する、普通の少女、神守遥。
片方の人間は、距離も、次元も、時空も超えながら、とある目的を成就せんと終わりなき戦いに身を委ねる、普通を逸脱した少女、一条遥。
本来ならばまず、出会う機会が無い「遥」と「遥」。お互いの存在に驚嘆しながらも、同じ「遥」として強く絆を結びあう、二人。
不可思議で、現実味の無い非現実な現実の中でも、しっかりと絆を育む二人の前に、ゼノクレスなる破壊者が現われ何もかも壊し尽くす。
心苦しくも、神守を元居た日常へと帰す為、相棒であるリヒターと共に、ゼノクレスに挑む一条。
リヒターの奮闘により辛勝したかと思えた、が、一条の想像以上にゼノクレスは頑丈であるが故、形勢は更に悪化してしまう。
悪化を通り越し、最早最悪の状態にまでゼノクレスに追い詰められる一条。そこに颯爽と訪れる、正義の味方という希望の光。
正義の味方、安田俊明とシュタムファータァの助太刀によって、一条は窮地を脱する。
好転とは言い難いが、最悪からは一応抜け出した、現状。その折、一条は安田に思いもよらない台詞を言い放つ。決着は、自分の手で付けると。
同時刻、一条の剣幕に押され、避難しようとした神守はその途中、渋く、ワインレッドの様な赤毛色の髪の毛が特徴的な男に呼び止められる。
奇妙だと心では思っていながらも、足を止めてその男が担ぐケースを受け取る神守。中には、神守の部活道具である弓矢と弓が収納されていた。
自分に出来る事を苦悩しながらも見出す事が出来た神守は、同じ「遥」である一条を救う為に行動を開始する。
それぞれの思惑が、別々の場所で静かに交錯する。この戦いの行く末は、神でさえ知らない。
パラべラム!
×
廻るセカイ andmore
降り続けて何時間経っただろうか。未だにコンクリートの地面を打ちつけ、無造作に水溜りを成形する豪雨は止む兆しが無い。
機関銃のように浴びせられる雨水の中で、二体の機械で造られた巨人が、互いに充分動ける間合いを計りながら、じっと睨みあう。
滑らかな曲線と直線が巧みに入り混じったデザインに、美しさすら感じる。聖なる雰囲気を漂わせる、純白の巨人の名はシュタムファータァ。
この世界、否、セカイに於ける、正義の味方だ。ヒロイックなスタイルも、それに拍車を駆けている。
シュタムファータァに対する、一件ユーモラスだが計り知れない不気味さを秘めた丸っこい腹部に、箱が積み重なった様な脚部、一際の慈悲無く得物を狩り取る巨大なカギ爪に、アンバランスなほどに細い、人間の様な左腕。
何の表情も映さない点の様な二つのカメラアイが特徴的な、淀んだ黄金色の巨人の名は、ゼノクレス。この世界に舞い降りた、破壊者であり敵、だ。
数秒前までは熾烈な接近戦を行っていた二機だが、再び距離を取り合う事で牽制し合う。
この屋上というフィールドは、余計な障害物が無い分、一度近寄り合えば存分に戦う事が出来る。が、それは良いとして。
一度この様に距離を取り合うと、シュタムファータァも、ゼノクレスも自分から仕掛けようとはしない。
ゼノクレスの方は何を考えているかは分からないが、シュタムファータァからすると、正直接近戦を再び行う事はご免蒙りたい。一秒でも早く、決着を付けたい。
そう考えているのはシュタムファータァ自身だけでなく、シュタムファータァ内の、とあるゲームを模したコクピットに座するパートナー、安田俊明も同様である。
俊明がそう考えるのは、一重に屋上へと入る出入り口で、ニ機の戦いを見守っている少女、一条遥からとある頼み事を承諾したからだ。
その頼み事とは、準備が整うまで、ゼノクレスの足を止めてほしいという物である。真の決着は自分の手で付けると、一条は言った。
あいつ――――――――ゼノクレスという厄災を呼び寄せた原因である自分に、その厄災を収めるケジメを付けさせてほしいと。
一条の頼み事を俊明は承諾した。承諾自体はした、が、正直な所俊明は頭を悩ましている。
足を止めろと言われても、足を止めるそれ以前に、ゼノクレスへと攻撃する手段がまるで思いつかない為だ。
それは巨体に反する機動性の高さや、下手な攻撃ではまるでダメージにならない頑丈さもあるが、最もな問題は只一つ。
数分前、俊明はシュタムファータァに一つ、指示を出した。
その指示とは、戦闘中ずっと気になっていた、ゼノクレスが全く使おうとしないカギ爪の反対側、左腕に対して攻撃を仕掛けてみろ、という指示だ。
あれほどまでに、左腕を使う事を躊躇う事には深く理由があると考えた俊明は、油断を突く事でシュタムファータァに攻撃を仕掛けさせようと考えた。
もしかしたら急所かもしれないし、あるいは武器の一種かもしれない。あるいは別の何かか。何にせよ、収穫があればそれに越した事は無い。
いざ実行に移してみた結果だが、想像以上に恐ろしい結果が待っていた。
ゼノクレスはその左腕、否、正確には左手で、シュタムファータァの得物の一つである白鳳をいとも簡単に鷲掴みすると、瞬く間に白鳳を消し炭の様にして、消滅させてしまった。
何か武器ではあろうと思ってはいたが、まさか物体をそのまま消滅させてしまう武器だとは、俊明は夢にも思わなかった。あれでは触れられる事自体アウトだ。
どうする……。右腕には嫌というほど危険性を理解しているカギ爪、されど左腕は、物体を瞬く間に消滅させてしまう原理の分からない何か。
これに機動力と装甲の厚さを考慮すると、とても足を止める、程度の事すら出来ない。情けないとは思うが、それが俊明にとって正直な心境だ。
それにしても、只でさえ自分達が下手に手出しできないのに、あの女は何を考えているんだ……?
と、失礼だとは思いながらも、俊明は背後の出入り口で準備を整えたらしい一条の方をちらりと振り向く。
「何を考えて……」
視界に映った一条の行動に、俊明は目を丸くする。困惑している、と言っても良いかもしれない。
一条はあの手に持っている、真っ黒な杖をその場に立てて……いや、違う。
どんな方法で刺したのか……いや、まさかの馬鹿力か? 一条は杖を地面へと深々と突き刺して、その近くに立っている。これではまるで……ゼノクレスが襲ってくるのを待っているかの様だ。
その行動の真意がまるで分からず、俊明はどこか間の抜けた声でボソリと呟いた。
「何考えてんだ……? アンタ……」
まさか本気で、奴と戦うつもりなのか? あれだけボロボロにされたのに? 俊明は一条の行動に理解できない、とまでは言わないが大きく疑問符を浮かべている。
立ち上がれなくなる位、ズタボロにされたというのに、まだ戦おうとする。その滅茶苦茶な度胸もさる事ながら、あの杖。
あんな杖で何が出来るって言うんだ。しかも抜けなくなる位、深々と突き刺して。本気で分からない。何がしたいのか。
まさか……まさか諦めて降参するっていう合図じゃないだろうな。だったら俺達は何の為に戦って……。
『ヤスっちさん!』
シュタムファータァの半ば金切り声の様な大声に、俊明の思考はすぐさま、戦闘へと切り替わる、こういう一瞬の切り替えは、長い戦いの中で俊明が編み出したスキルだ。
先に手を出してきたのはゼノクレスの方だった。両脚部の後方に備われているスラスターから、機動力の高さの理由である、黒色の粒子を撒き散らしながらカギ爪を掲げて突進してくる。
爆発的な加速で突撃してくるゼノクレスの前で躊躇していたら、致命傷を負う事は目に見えている。俊明は凛とした口調で、シュタムファータァに指示する。
「すぐさま回避行動しつつ、迎撃だ!」
『分かりました!』
一度受けた技は、パターンとして記憶している。故にシュタムファータァはゼノクレスの突進攻撃に対して適切な回避行動を取る。
白鳳は失ってしまったものの、もう一刀の得物、銀凰を肩まで回しながら、突っ込んでくるゼノクレスをシュタムファータァは左方へと舞う様に、半回転して避ける。
ゼノクレスが背後でギリギリ、紙一重で掠った。その瞬間に一人と一機は冷やりとした感覚を抱きながらも、次の行動に移る。
回転時の遠心力を使いながら、ゼノクレスを銀凰で斬り付け―――――――ようとしたが、そこにゼノクレスの姿は無い。
ゼノクレスはシュタムファータァを無視して、逸れる事無く正面出入り口に立つ、一条へと突進し続ける。スピードを緩める様子は全く無い。
俊明はゼノクレスのその行為に首を捻ったが――――――――瞬時に、しまった! とゼノクレスの目的に勘付く。
俊明は思い返す。奴はまず誰を標的としていた? 誰に危害を加えていた?
そうだ、先輩に酷似しているあの女だ。あくまで奴は、俺達の事を厄介払いしてただけだ。ターゲットに纏わりつく邪魔な存在として。
本来の標的が自分の前に丸腰で出てきたのなら、そちらを優先するのは当たり前だ。俺は……守るべき対象を危険に晒してしまった。なんて馬鹿野郎だ。
俊明は無意識に歯軋りすると、シュタムファータァへと切迫した声で叫ぶ。
「シュタムファータァ! 奴を……奴を止めてくれ!」
『今すぐ止めます!』
俊明から指示される前から、シュタムファータァはゼノクレスを出せる限りの全速力で追う。決して追い付けない距離ではない。
だが、ゼノクレスは既に一条の目前にまで急接近していた。カギ爪を天高く掲げたまま、スラスターを下方へと切り替え、一条の目前で急停止する。
例え今から斬れたとしても、振り下ろされるカギ爪を止める事は出来ない。何故ならカギ爪はもう、一条へと振り下ろされている最中だからだ。
飛び道具……飛び道具さえあれば……! そう俊明は思うが、周囲には飛び道具はおろか、投げる物すらない。
「間に合え!」
『間に……合えっ!』
銀凰を両手持ちして、シュタムファータァがゼノクレスの背後へと一気に距離を詰めて、一刀両断の構えを取る。
だが……最早、何もかも遅い。ギロチンの如く、無慈悲な刃を光らせるカギ爪が、一条へと振り下ろされてしまった。
完全に両断出来る距離、に入ったが、もう無意味だ。例え斬り付ける事は出来ても、一条を救う事ははもう、出来ない。
「嘘だ……」
カギ爪が一条と共に、コンクリ造りな為、相当な強度である筈の地面を乱暴に抉った。その際、辺り一面を灰色の粉塵が覆い隠す。
そのせいで、一条の姿も、ゼノクレスも見えなくなった。けれど何が起きたかは、粉塵が晴れるのを待つまでもないだろう。
シュタムファータァは力無く、銀凰から両手を離して腕を下げる。何も言えず、ただ目の前の惨劇を見つめる。
俊明は目の前で起こった出来事に、両手で両目を隠していたが、激しく震えている両手を離して、心の底から絶唱する。
「おい……返事しろよ。おい……」
「返事しろぉぉぉぉぉぉぉ!」
××××××
非常用の蛍光灯が心許なくぼんやりと点いている、薄暗い非常用階段を、遥は息を荒げながらひたすら駆け昇り続ける。
恐らく、今ショッピングモール内に居るのは遥だけだろう。何故今、遥が非常用階段を昇っているかの経緯だが……。
感覚共有で、一条の居場所が屋上だと分かった遥だが、正直弱った。屋上へと行く手段がほぼ無いからである。
エレベーターは勿論、エスカレーターすらも停止している。一応普通の階段でも屋上一歩手前までは行く事が出来るが……屋上へと出れるドアは閉鎖されているから、何の意味も無い。
けれど確か壁……というかドアにに大きな穴が開いていた様な……いや、気のせいだと遥は思う。
あんな厚いドアを壊せる筈が……じゃあ、一条さんは何処からあんな景色を見てたの? あれ? いや、けど……。
いけない、余計な事ばかりが頭の中に浮かぶ。遥は両頬を強く叩き邪念を取り払う。今は只、屋上に向かう事だけを考えようと思う。
肝心の、何故遥が非常用階段を昇っているかだが。遥は多分、正門である屋上へと出れるドア自体は締まっていても、避難経路であるこちらの方のドアなら開いているかもと考えたのだ。
誰も、恐らく従業員でさえ利用しない屋上だし、避難経路のドアが開きっぱなしでも何も不思議じゃない。そんな感じで、遥は少しばかり希望を抱いている。
普段、非常用階段は非常時以外、入ってはいけない場所ではある。だがこんな事態だ、四の五の言っている場合じゃない。
……とは言え、ちょっぴり遥は罪悪感を感じている。そんな非常時以外は入っていけない、というルールを破る事に。
普段の学校生活でも、日常生活でも規則正しくルールをキッチリと守っているで遥にとって、この程度のルール違反も少々気になるのである。
まぁ、今回ばかりは仕方が無い、という事にしておく。そういう事にしておこう。
それにしても……普段、あまり意識して使わない為、割と軟弱である足の筋肉が次第に張ってきており、悲鳴を上げている。だが、遥は昇るのを止めない。
今正に、もう一人の自分が命に危険が及ぶレベルの窮地に陥っているのだ。それを見過ごして自分だけ安全な生活に戻ろうなんて虫が良すぎると、遥は思う。
絶対に諦めない。この手で一条さんを救うまで、遥は走り続ける。ただひたすら、階段を昇り続ける。
……けど。と、遥は一旦立ち止まって見上げた。
両目に映るのは、屋上まで上下交互に伸びていく、光も先も見えないほど長い長い階段。一体何段まであるのか……。
まるで無限に続くのではないかと錯覚するほどに、遥は延々と階段を昇り続けている。遥の精神的なガッツとは裏腹に、肉体は素直に反応している。
明日確実に筋肉痛、否、今すぐにでも筋肉痛になりそうな位、足は固く張っている。その上、何だか腹まで空いてきた。
これじゃあ、屋上に行く前に力尽きてしまう……。階段の上り下りがこんなにハードな事とは思いつつも、遥は再び、段差へと足を乗せる。
「……まだ」
あの赤毛男から授かった、自分の部活動の道具が入っている、肩に掲げたケースのヒモを、ギュッと強く握る。遥はキッと、階段を睨み上げる。
「まだまだ……行ける!」
早く行かないと、一条さんが大変な目に会う。トンデモなく酷い目にあわされる、かもしれない。
一条さんは今も深く傷つきながらも、必死に戦ってくれている。それなのに……それなのに、私がこれ位でへこたれてどうする。
遥は自分の心と体に活を入れる。これくらいの疲れ、なんて事無い。再び駆け出そうとした、その時。
数秒間、大きく階段が揺れ、遥はその場にしゃがんだ。揺れが収まるのを待って、立ち上がる。
一体何が屋上で起きているのか見当もつかないが、もしかしたら状況が……悪く、なっているのかもしれない。
居ても立ってもいられなくなって、遥は持てる力を振り絞り、階段を駆け昇り始める。駆け昇りながら、遥は切に思う。
無事でいて、一条さん。必ず……無事でいて。
××××××
少しばかり時間を戻すと共に、視点を「一条」遥の視点に変える。
ほんの僅か、どうにかではあるが、体力が回復した。一条は階段の段差から立ち上がり、まだ痛みが引く両足をどうにか動かして、シュタムファータァが破壊したドアから外に出る。
そして起動させた通信機で、接触対象に入っている安田俊明へと通信を入れた。もしかしたら通らないかもしれないと危惧していたが、ちゃんと通信出来て安堵する。
俊明は若干不信感を抱いてはいるものの、一条との会話に興味を抱いてくれた上、協力―――――――ゼノクレスを足止めしてくれると約束してくれた。
もしも俊明にきっぱりと話す事を拒否された上、協力さえも断られたら、一条はどうしようもないと思った。
その事を考慮してはいたが、俊明は一条の事を認めたうえで、一条の言う事を承諾してくれる。その事が一条にとっては嬉しい。とても、嬉しい。
しかし……足止めしてほしい、というのは些か無茶だったかもしれない。と、一条は思う。
何たって、一条とリヒターでさえ激しく手を焼いた相手だ。それを一人で対処しろとは酷にも程がある。
カギ爪がただでさえ厄介なのに、あんなに俊敏に動くんじゃ、如何足止めすれば良いのかと、安田君は本気で悩んでそうだ、と一条は思う。
それはゼノクレスが底知れない強さを秘めているだけではなく、シュタムファータァとゼノクレスの相性が悪い事もその理由にあった。
一条は協力者である、センジュという女性からこの世界に移転する前、この世界での接触対象……言うなれば、会っておくべき存在の一端。
シュタムファータァについての特性を教えて貰っていた。シュタムファータァが何者かから、シュタムファータァの戦い方、戦闘遍歴までありとあらゆる特性を学んだ。
その中で、奇妙な事に、シュタムファータァはリヒターと同じく、近距離戦で真価を発揮する、言うなればショートレンジでの戦いを主にした機体である事を知る。
そういう訳だから、もしも遠距離や中距離を主体に戦う敵に出くわしたら、パートナーである安田俊明と共に戦術を練って欲しい、とも言われた。
目の前の敵は遠距離でも中距離でも無い、寧ろ同じ近距離戦を想定した敵、であるのに全くこちらの思い通りに戦えない。
一体これはどういう事なのかと、一条は思う。何故、リヒターもシュタムファータァも、ゼノクレスに太刀打ちできないのか。
答えは至極簡単で、ゼノクレスの全てがあらゆる意味で、ニ機より勝っているから。だからここまで煮え湯を飲まされている。
戦術も何もあったもんじゃないと、一条は自嘲する。本来ならば得意というか、リヒターにとって有利な筈の接近戦主体の敵であるのに、ここまでしてやられるとは。
無意識にふぬけた笑い声から口から洩れてくる。一条に握られているリヒタ―がその笑い声に不安に思ったのか、話しかけてきた。
<マスター……? どうかなさいましたか?>
「ごめん、リヒター……。とても笑う場面じゃないよね」
そうリヒターに言いながらも、一条の口元は何故だか笑みを作っている。
あまりにも自分が情けなさすぎる為に、怒るのを通り越して笑っているのかもしれない。それもあるが、一条が笑っているのにはもう一つ、理由がある。
それは、安田俊明とシュタムファータァという、心強い味方が現れたからだ。それだけで、最悪の状況下は免れた。なら、次に考える事は一つ。
勝利だ。何をしても、目の前の奴に勝つ。諦める事さえしなければ、きっと勝てる。心の中でそう、自分を鼓舞しながら、一条はリヒターに伝える。
「リヒター、良いかな?」
<何なりと>
リヒターの返事に一条は頷くと、言葉を続けた。次にリヒターに出す指示で、全てを終わらせる。
「安田君とシュタムファータァを、多分奴は無視するよ。何でか分かる?」
<何故か、ですか? ……本来のターゲットが現われたからそちらを優先する為、でしょうか?>
「ご名答。だから今からここに立って、あいつを待ち変えるよ。リヒター」
明るい声でリスクが高すぎる事を堂々と言いのける一条に、リヒターは流石に異を唱える。
異を唱える、とは言ったが、それはあくまで大切なマスター、一条の身を案じての異だ。
<マスター……申し訳ありませんがその作戦はあまりに危険すぎます。奴の機動性は非常に高く、本来の姿に戻った私でさえ、苦戦致しました。
それを……失礼を承知で申しますが、マスターが対処出来るとは私は思えません。……無謀な行動は死に直結します>
「それでもね、リヒター」
一条の口調には、弱気さも恐れも迷いも、そういう負の感情は一切見えない、その口調から垣間見れるのは、確固たる強き意思から来る、覚悟だけだ。
こうなった時の一条には一切ブレは生じない。その行動を絶対にやり遂げる。それだけしか、一条の頭の中には無い。
リヒターが心配してくれている事は、痛いほど理解出来る。実際自分でもリスク、いや、成功度は非常に低いとは思う。
けれど、もうそれしか無い。あいつに……何もかも滅茶苦茶にしたあいつをぶっ倒せる方法はそれしかないと、一条は思う。
「それでも、こうするしか奴を倒せないの。お願い、リヒター。私に協力して」
リヒターはしばし、押し黙る。マスターの安全を優先するべきか、それともマスターに忠を尽くすべきか、悩んでいるのか。
数十秒程の沈黙の後、リヒターの本体である、綺麗な球体の中で、淡い深紅の光が一寸光った。リヒターは一条へと、考えた末の答えを出す。
<……分かりました。けれど、無理はしないでください。マスター>
「ありがとう……リヒター」
リヒターの返事に、一条の顔は自然に温かな微笑みを浮かべている。一条のそのその微笑みには、不思議な安心感を覚える。
一条はリヒターを何故か、地面に向けて突き立てると、グッと強く力を込めて、リヒターをそのままグリグリと、地面に深く突き刺していく。
ちょっとやそっとではまず動かない位に、深々と刺さっている為動けなくなったリヒターは、素直に一条へと質問する。
<マスター、一体何をするつもり……ですか?>
「大丈夫、ちゃんと考えてるから。あ、そうだリヒター」
一条は球体、リヒターの本体を指で撫でながら、リヒターに伝える。
「私がパラべラム! って叫んだら、思いっきりあいつをとっついてね。何も考えずに全力で」
一条は正面で、シュタムファータァへと攻撃を仕掛けるゼノクレスを見据える。
と、一条の予測通りに、ゼノクレスはシュタムファータァを無視して、一条とリヒターの方へと真正面から突進してくる。
ターゲットは最初から一条とリヒターに定めていた様だ。シュタムファータァに見向きもせず、こちらに向かって一直線に向かってくる。
右腕のカギ爪を大きく天へと掲げて、ゼノクレスは一条の元へと獲物を喰らう猛獣の如く、カギ爪を振り下ろしてきた。
「おいで……そのままここまで、おいで」
猛獣の牙、の様にギラついたカギ爪の刃を全開にして、急停止したゼノクレスは何の遠慮も躊躇もする事無く、カギ爪を一条へと下ろしてくる。
後ろでシュタムファータァが肉薄するが、もう間に合わないだろう。
「間に合え!」
『間に……合えっ!』
俊明とシュタムファータァの声がハッキリと聞こえる。その声の震え、焦りに、何だかんだ言って、二人とも優しい子だと一条は思う。
死の淵に立っているからだろうか、下りてくるカギ爪の動きは、不思議にスローモーションに、とても鈍く見える。
一条はリヒター……否、リヒターのあくまで外付けの部分である「杖」から手を、リヒターの本体である「球体」へと移し――――――――。
瞬間、限りなく鈍くなっていた時間が、一気に元に戻る。
一条は一瞬、ほんの一瞬、カギ爪が頭部へと降りてくる寸前に、勢い良く杖から球体を摘まみ出すと、後方へと飛び跳ねて、受け身をする様に転げ回った。
一条の目の前でゼノクレスがカギ爪で杖もろとも地面を抉り出した。後一歩遅かったら、あのカギ爪で一条は惨い姿になっていただろう。
激しく動いたせいで傷口が開いたのか、それとも僅かでも掠ってしまったのか、体勢を立て直すと額からじわりと血が垂れてきて、視界がまたも揺らぐ。
が、その揺らいでいる視界の中でも、ハッキリと敵の姿は映り込んでいる。
それは、憎き仇にして、この世界から排除すべき敵。一条の目には、見えている。シュタムファータァが刻んでくれた、うっすらと浮かんでいる、罰印の傷痕が。
拳を握り、一条はリヒターを四本指の上に乗せると、力強くリヒターを親指で、ゼノクレスに向かって弾いた。
勢い余ったのか、地に突っ込んでおり抜けなくなっているカギ爪を抜こうとしているゼノクレスの前に、球体姿のリヒターが、浮かぶ。
一条は叫ぶ。リヒターを本来の姿へと戻す、その言葉を。
「パラべラム!」
一条は心の底からの叫びに呼応する様に、リヒターが球体から、本来の姿である漆黒の巨人へと変形した。
突如目の前に、リヒターが現れた事に驚嘆しているのか、ゼノクレスは右手を固く握りしめて構えているリヒターを呆然と見つめている。
一条はリヒターに、全てにケリを付ける事となる、最後の行動を叫ぶ。
「とっつけ、リヒター!」
<イエス、マイマスター>
リヒターは一条より授かりしマナ、大いなる力の源をありったけ、右手に込める。その込められたマナの量は凄まじく、リヒターの拳にマナが火焔の様に揺らめく。
腹部に見えている、シュタムファータァが刻んでくれた罰印の傷痕。容赦する事も、手加減する事も無く、リヒターはその傷痕目掛けて全力でマナを纏わせた鉄拳を叩き込む。
ダメージがそうとう蓄積されていたのか、リヒターの鉄拳は非常に強固だったゼノクレスの装甲を粉砕し、淡い光へと昇華させていきながら、巨体を後方へと吹き飛ばした、
叩き込まれたマナはゼノクレスに深刻なダメージを与えるだけで留まらず、発散する様に周辺のドアすらも粉々に昇華させていく。
ゼノクレスは成すすべなく、屋上の末、手摺が設置された端まで吹き飛ばされた。手摺にぶつかる寸前で、動きが停止する。
持ちうる全てのマナを攻撃へと転用した、リヒターの「とっつき」は、完璧な形でゼノクレスへと放たれた。
ゼノクレスは糸の切れた操り人形の如く、ゆらりとよろめくと、その場にうつ伏せとなって突っ伏した。
起動している事を示す、頭部のカメラアイが赤から灰色へと色褪せていき、やがて沈黙する。どうやら今度こそ本当に、ケリが付いた様だ。
「……終わっ、た」
ゼノクレスのその様子を見、一条の両膝はすとん、と地面に下りる。全身の力が抜けていく。苦しく長い戦いにようやく、終止符が下りた事に体が安堵している。
やっと勝つ事が出来た。最後に勝利を掴んだのは一条達の方だった。その証拠に、リヒターが立っている。その証拠に、ゼノクレスは倒れている。
正直あまりにも無茶、というか無謀すぎる作戦だった。
いや、作戦とも呼べない、お粗末な考えだった。リヒターのあくまで「側」の部分である杖を、地に突き刺す事で動けなくして、そちらに注意を逸らさせる。
一条の目論見通り、ゼノクレスは杖に向かって一条ごと攻撃してきた。そこで一条はリヒターの「本体」である球体を寸前で回避しながら摘まみ出した。
杖そのものが「本体」であると認識しているゼノクレスは、一条の予想通りの行動を取った。
もしもゼノクレスが球体の方が「本体」だと知っていたらきっと……と、少しばかりゾッとする。そういう意味では実に危険な賭けでもあった。
オートマタは、「本体」を杖ないし、それに準ずる物からから取り外せる事が出来る。もしこの事を知らなかったら、とっくの昔に死んでいた、と一条は思う。
この小さく普段は気にする事が無い情報が、一条とリヒタ―、ひいては俊明とシュタムファータァを勝利へと導いた。
杖の状態からそのまま変形させる事も最初は考えたが、それでは結局正面からぶつかり合い、力比べとなりリヒターが押されてしまう。
だから「本体」を「側」から離す事で数秒程でも間合いが取れると共に油断を誘う事が出来たのが、リヒターとゼノクレスの勝敗を決めた。
一条は最大の功労者であるリヒターへと顔を向ける。労う言葉を言おうとした、その瞬間。
リヒターが右手を開くと、一条の反対側にゴロンと倒れた。拳を付き出したまま倒れているのがシュールだ。
「リヒター!?」
一条はリヒターの元へと素早く寄り添った。リヒターはマナを殆ど消費して体が動かないのか、僅かに頭部だけを一条に傾けて、言う。
<申し訳ございません……マスター。マナを殆ど消費、してしまい……動けません>
「今すぐマナを送ってあげるからね。本当に……本当に有難う、リヒター。お疲れ様」
そう、リヒターに感謝しつつ労う一条の声と口調は涙ぐんでいた。いや、実際目からポロポロと涙が零れている。
深く傷つきながらも、確固たる勝利を掴んでくれた事への喜びか、それともボロボロになってまでも、忠義に尽くしてくれたへの感謝か。
恐らく両方の意味で、一条は涙を流している。腕で涙を拭い、直接リヒターの装甲に手を付けて、一条はマナを送り込む。
所々、装甲等に損傷が激しいものの、幸いな事に駆動系に異常は見えない。マナを送り込めれば、戦う事は無理でも、どうにか動く事自体は出来る様になるだろう。
一条は直感で、リヒターに残されているマナの貯蓄率が満タンを百%だとすれば、二十%程度である事に気づく。
残りの八十%をつぎ込むには……ニ時間位の時間を必要とする。だが、それでも一条は付き添うつもりである。ニ時間、マナを供給しようと思う。
「リヒター、どこか痛む所とか無い?」
<は特に……大丈夫です。気を使わせてしまい、すみません。マスター>
「そんな気を使うなんて……遠慮しないでよ、リヒター」
リヒターにマナを送りながら、一条はリヒターに微笑む。その微笑みは前に神守遥に見せた、穏やかで優しい笑みと同じだった。
「私達、パートナーでしょ?」
<……はい>
「お取り込み中……悪いんだが」
声がして、一条はそちらの方向に顔を向ける。シュタムファータァが立っており、一条とリヒターを見つめている。
声を掛けてきたのは俊明だ。その声には目の前の事が信じられないという惑いと、良く分からないが一先ず戦いが終わった事へのホッとした感じが伺える。
一条は無言のまま、ポケットからカードを取り出すとヘッドフォンへと変化させる。
「おぉ、すげえ。……って、もうそれは良いよ。頭がキンキンする」
「そう? ならごめんね」
ヘッドフォンをカードに戻し、再びリヒターにマナを供給しながら、一条は俊明とシュタムファータァへと、言葉を紡いだ。
「それじゃあ……約束通り、一切合財全てを話すね」
「私達の正体、そして……何故、貴方達の事を知っているかを」
THE
STRANGE
DREAM
最終回(1)
一条達がゼノクレスと死闘を繰り広げた、ショッピングモールの屋上から幾分離れた場所。
人々から忘れ去られ、侘びしさすらも無くなった、ただただ空虚である、剥き出しの鉄筋と、埃塗れのフロア。
廃墟、否、廃墟と化した巨大なビルの高層階で、雨音に混じってトランプを叩き付ける音が聞こえる。
「また俺とお前か……」
「どうやら、その様ですね」
丸太を彷彿とさせる程に太い両腕、否、両腕だけでなく、全身に鎧の様に筋肉を纏わしている、胡坐を掻いた非常に大柄な男が、指に挟んだ一枚のトランプにじっと熱視線を向ける。
大男に対面するのは、尻にハンカチを置いて座っている、黒尽くめのスーツに黒い帽子、胡散臭いサングラスを目に掛けた、とても胡散臭い顔つきの男。
どうやらこの二人は今、ババ抜きに興じている様だ。大男の手にはカードが一枚、サングラスの手にはジョーカーと、大男が手にしているカードと同じ銘柄のカードの二枚が挟まっている。
この勝負をニヤつきながら見ている、中身は一体何なのか、自らの身長以上に長いケースを傍らに置き、壁に寄りかかっている鷲の様に鋭い眼光の男。
もう一人は、全く興味が無いのだろう、何処から持ち出してきたのか、リクライニングチェアに座り女性雑誌を読んでいる女。
そして、かつて窓が設置されていたであろう縁に立ち、双眼鏡で何処か……一条達が居る屋上を、双眼鏡で眺めている、上から下まで真っ白なスーツの男。
全く共通性が見いだせない、奇妙な程外見がバラバラなこの五人であるが、目的は一つである。だがそれはまだ、明かす事は出来ない。
大男がじっとカードを睨む。その剣幕には恐ろしい威圧感を感じるが、サングラスはニヤニヤしており全く怯える様子は無い。
大男はその図体に似合わず、指を細やかに動かしてどちらが自分の持っているカードの銘柄なのか、決めかねている様だ。
これでジョーカーを引いてしまえば終わりだ。よほど神経を集中させているのか、大男は非常に真剣な表情を浮かべている。
「さぁ~どちらでしょうか? 早く決めて下さい」
「喋るな、気が散る。俺は今神経を集中させてるんだ……!」
たかがと言ったらアレだが、ババ抜きに物凄く真剣になっている大男の姿はどこか可愛らしい。
「良し、決めたぞ! こっちだ!」
高らかにそう。声を発しながら、大男がカードを引き抜いた。
同時に白スーツの男が双眼鏡を下ろすと、サングラスに向かって声を掛けてきた。その口調は呆れている様に聞こえる。
「おい、イッツァミラクル。ゼノクレスが落ちたぞ。どういう事だ」
「えっ、ホントですか?」
大男がカードを抜いたのを華麗にスルーして、サングラスはカードを持ったまま立ち上がると、白スーツの方へと歩み寄る。
当たりだった様だ。同じ銘柄を当てた大男は、子供の様な歓喜の声を上げる。だが、サングラスだけでなく女はもとより、眼光の鋭い男すら何時の間にか睡眠をとっても完全スルーである。
にも関わらず、大男はどうだ! やはり俺は運が良い! と、楽しそうに一人で騒いでいる。
白スーツから双眼鏡を受け取り、サングラスは双眼鏡を通じて屋上を覗いてみる。
サングラスの視界に映っているのは、うつ伏せになって沈んでおり、今度こそ再起動が不可能に見えるゼノクレスの姿。
白スーツは軽薄な笑みを浮かべながら、実に皮肉っぽい口ぶりでサングラスに言った。
「タウエルンを元にした、か。あれほど温く軟弱な機体ならば、奴のモデルとなるタウエルンはとうの昔に沈んでいるな。
一体何処を参考にしたのかは知らんが、外見だけ取り繕った所で中身が整わなければガラクタに過ぎんぞ?」
「おやおやまぁ……本当に沈んちゃってますね」
白スーツの皮肉など全く聞いていなかったかの様に、飄々とした感じで、サングラス男はそう呟いた。
「あれでまだ戦えると思っているのか。貴様の目は節穴を通り越して潰れているのか」
「本当に辛辣な言い分ですね。申し訳ありませんが、まだ貴方達の出番はありませんよ」
笑みを浮かべていた白スーツの顔付きが変わる。緩んでいる口元が、締まり、どこか怒りを孕んでいる様に見える。
だがあくまで冷静なトーンを保ったまま、白スーツはサングラスに聞く。
「どういう……意味だ?」
「ブラックキューブ、ご存知ですよね? タウエルンに使用されているエネルギーなのですが」
サングラスの言葉に白スーツは無言で頷く。屋上を覗き続けながら、サングラスは二言を発する。
「太陽光を吸収する事で真価を発揮するエネルギーで、ロボットを動かすだけでなく、ビーム兵器に転用出来たり、またナノマシンに使用する事で敵機の装甲を侵食し溶かす事が出来る……。
タウエルンとの戦闘を経験してきた貴方達なら、アレの面倒臭さは嫌というほど実感してる筈です。そんなブラックキューブを、ゼノクレスは搭載しています。タウエルンと同じく」
「飛行能力や機動力の高さはアレのお陰か」
「はい。ブラックキューブの恩恵です。ですが……」
サングラスは双眼鏡を外して白スーツへと顔を向ける。その顔は笑顔だ。不気味なほど、満面の、気持ちの悪い笑顔だ。
「先程までエビル様がご覧になられていたゼノクレスの姿は、あくまで第一形態です。ブラックキューブの真価……いえ、ゼノクレス自身の本領は、まだまだ発揮しておりません。
ゼノクレスの本領は第二形態、被っている装甲を脱ぎ捨てた先にあります。そしてここからが重点なのですが」
サングラス男は、手元のカードを空に向けた。鋭い雷鳴と共に雷が落ちてきて、部屋が一瞬眩くなる。
「第二形態となったゼノクレスの機動性は、第一形態を遥かに凌ぎます。防御性を犠牲にする代わりに、運動性を突きつめましたからね。
武器にも抜かりはありません。左腕、いえ、左手には触れる物をナノマシンを介して溶かす、いえ、消滅させるイレイザーポイズン。
右腕には、タウエルンのソーラーキャノンに負けず劣らずの威力を持つ、小型ソーラキャノンを積んでおり抜かりはありません。
「一々まどろっこしいな……。結論を言え」
「そうですね……ではハッキリと言わせて頂きます」
「リヒター・ペネトレイターも、シュタムファータァもゼノクレス……いえ」
「ゼノクレス第二形態、ゼノブレイカーによって抹消されます。存在ごとね」
雷に照らされて、トランプ内のジョーカーが笑う。意地の悪いその顔は、サングラスの笑顔と瓜二つだ。
(2)に続く
HARU×haru
あまりにも濃い粉塵の中で、一条の姿は勿論、ゼノクレスの姿さえも見えない。
シュタムファータァは只、立ち尽くしている。目の前で一つの命が消えた。何も、出来なかった。何もかもが、遅すぎた。
俊明は間に合わなかった悔しさとも、一条を殺したゼノクレスに対する憎しみとも、様々な感情が渦巻き頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
無意識に両手を強く握り、深く俯く。目の前が見れない。申し訳無いというか、上手く言えないが前を見る事が、出来ない。
「畜生……」
『ヤスっちさん……』
俊明はひたすらに後悔する。もう何を考えても仕方が無いが……それでも、悔やむ。
何故、ゼノクレスがあの人も標的に入れている事を忘れていたのか……。戦っている中でその事をすっかり忘れていた。
自分達の戦いに必死になり過ぎて、周りが見えていなかった。シュタムファータァに落ち度は無い。全ては、指示が遅れた俺のせいだ。
俊明は只、悔やむ。あまりにも呆気なく一条が犠牲になったせいか、涙は出てこない。けれどどうしようもなく、悲しい。いや、哀しいなんて一言で表せる感情じゃない。
『……ヤスっちさん』
これじゃあ……これじゃあ、イェーガーとかそういう奴らと戦ってきた意味が無い。目の前の人一人守れずに、何が正義の味方だ。
『あの、ヤスっちさん? 聞いてますか?』
俺はどうすればいい……。死んでしまったあの人に、何と詫びれば良い。いや、詫びた所で何も帰ってこない。
『ヤスっちさん、あの、聞いて下さい』
どれだけ謝っても俺は……俺は取り返しのつかな
『ヤスっちさん! 良いから前を見て下さい!』
「何だよさっきから!」
何度も呼びかけてくるシュタムファータァに俊明が半ばキレ気味に聞く。
シュタムファータァは膨れているのか、何も言わないまま人差し指を、粉塵の中へと向けた。
次第に粉塵が時間が立ち、降り続ける雨にかき消されていく。……と。
「……何?」
そこには、ゼノクレスによって凄惨な死体と化した遥の姿は無い。代わりに見た事の無い、シュタムファータァの様な姿をした黒い巨人が立っていた。
俊明もシュタムファータァも直感、それが一条の持っていた杖の正体という事に気づく。というか、それ以外ないだろう。
その巨人が地面に刺さっているカギ爪が抜けないのか、動きが止まっているゼノクレス目掛けて、右ストレートをぶち込んだ。
次の瞬間、ゼノクレスはその右ストレートをモロに食らった為か、凄まじい勢いで地面を擦りながら、吹っ飛ばされていく。
「って危ねぇ! 避けろシュタムファータァ!」
俊明に言われるまでも無く、シュタムファータァはこっちに吹っ飛んでくるゼノクレスを避ける。
しばらくすると、ゼノクレスの動きは止まり、手摺付近でノックダウンした様に転倒した。起き上がる様子は無い。
『……倒されましたね』
「倒され……ちゃったな」
あれほど苦戦して戦っていたゼノクレスが、今では完全に沈黙している。あの様子だと、もう復活しそうにない。
まさかあんなあっさりと倒されるとは思いもよらず、俊明もシュタムファータァも呆気に取られ呆然としている。
まぁ……何にせよ、一番の障害は取り除かれた様だ。この後まだまだやる事はあるだろうが……今は、それだけで良い。
「取りあえず……あいつに近づいてみるか」
『そうですね』
恐る恐る、俊明とシュタムファータァは出入口まで歩いていき、一条と巨人の元へと近づいていく。
そこには、ゼノクレスを倒した巨人を看病……? しているのか、巨人の装甲に両手をのせて話しかけている一条がいた。
話している内容は分からないが、泣いている所を見ると感謝でもしているのだろうか。……声を掛けてみるか、と俊明は思い実行に移す。
「お取り込み中……悪いんだが」
一条が俊明に気付いて顔を向けてきた。
するとポケットからカードを取り出すとヘッドフォンへと変化させる。
良く分からないが凄い技術に感嘆しながらも、俊明は頭に通信してくる事を前もって断る。
「おぉ、すげえ。……って、もうそれは良いよ。頭がキンキンする」
「そう? ならごめんね」
ヘッドフォンをカードに戻すと、再び巨人を看病しながら、一条はシュタムファータァと、中にいる俊明を見上げながら、話し出す。
「それじゃあ……約束通り、一切合財全てを話すね」
「私達の正体、そして……何故、貴方達の事を知っているか」
THE
STRANGE
DREAM
最終回(2)
「まず改めて……私の名前は一条遥。この子の名前は、私のパートナーであるリヒタ―・ペネトレイタ―。そうね……どう説明すれば良いか分からないけど……」
『私と同じ様な存在ですか? こう……戦闘を目的としたロボットと言いますか』
シュタムファータァがそう言うと、一条は深く頷き、再び話しだす。
「うん、大体そんな感じ。それで私が一体何者なのかというと……。
貴方達と関わっている先輩、神守遥さんと世界は違うけど同じ存在……と言ったら分かりやすいかな?」
一条の言葉に、俊明は素直に首を横に振る。正直、全く分からない。
「すまん……アンタが言わんとしてる事は何となく理解しようと思うんだが……」
『つまり……神守さんと同一人物という事ですか? 違う世界、いえ、言いかえれば並行世界という別の可能性に存在する』
シュタムファータァはどうやら理解している様だが、俊明は正直、理解が追い付かない。
あまりにも話が突拍子が無さすぎるというか、現実感が無さすぎるというか。まぁ、ロボットと普通に話している世界で何を言っているとは思うが。
「うん、そういう事。シュタム……ううん、紫蘇ちゃんって呼んだ方が良いかな」
『どちらでも構いません』
「そう。じゃあ、紫蘇ちゃん、それに安田君。遅れちゃったけど二人共、私とリヒターに協力してくれて、本当に有難う。
……それと、ごめんなさい。貴方達の世界に、あんな厄災を持ちこんで……」
と感謝しつつも謝罪する一条。厄災とは、と考えてシュタムファータァも俊明も、ゼノクレスの事だと気付く。
「アンタが謝る必要は無いだろ。建物を壊したり、人を傷つけたのはあいつのせいだ。アンタのせいじゃない。
『そうですよ。謝らないでください。あれは……あれは一条さんがこの世界に来なくても何れ……』
「シュタムファータァ?」
『……ごめんなさい、何でも無いです。続きをお願いします。一条さん』
一瞬、シュタムファータァの脳裏に妙なイメージが浮かんだ。このセカイに大軍を成して飛行するゼノクレスという恐ろし過ぎるイメージが。
しかし気のせいだという事でそのイメージを受け流す。きっと、気のせい。
小さく頷き、再び一条は自らの事を話し始める。
「それでどうして私が貴方達の事を知っていたか、という事について話すね」
「あぁ、それが今一番知りたかったんだ。俺はともかく、何でシュタムファータァの事まで……つか、よく紫蘇って名前まで知ってたな」
「うん。教えて貰ったからね。先生に」
先生? 予想だにしていなかったその言葉に俊明は頭を少し捻りつつも、今は黙って一条の話に耳を傾ける。
「まず、信じてもらえるかどうか……ううん。今は本当の事として信じてほしい事なんだけど。
私とリヒターは色んな世界を廻ってるの。時間も時空も飛び超えて。その旅の中で、私は将来戦力となる存在に接触してるの。
色んな世界でそういう存在に会ってきてて、この世界でそれに該当するのが……貴方達」
「ちょ……ちょっと、待ってくれ」
思わず俊明は一条の話を遮った。只でさえ理解の範疇を超えているのに、一条の話の規模はあまりにも大きくなりすぎている。
時間と時空を飛び越え? 戦力となる存在? 訳が分からない。まぁそう言うと神守、先輩と同じ存在って時点で無茶苦茶だが。
にしても理解が追い付かない。取りあえず俊明は自分自身言葉を確かめる様に、一条に聞く。
「戦力……戦力って言ったな? それってどういう意味なんだ? まさか……何か大きな戦争とか起こるのか? それで俺達の力が必要だと?」
「それはまだ分からない。けれど……けれど何れ、安田君と紫蘇ちゃんの様に、大きな力を持つ存在が必要となる出来事が起きる。それだけは本当。
だからこのセカイに来る前に、私をサポートしてくれる人、私は先生って呼んでるんだけど……。
センジュ・キサラギって人がいてね。その人から、貴方達の事をくまなく教えて貰ったの。どんな性格でどんな生活をしていて、どんな戦い方をしてきたかを」
「つまり俺達の事を知っていたのは、その、センジュって人から前もって教えて貰ったからなんだな? ……で、何でセンジュはそんな事を知ってんだよ」
「それは……色々あってね。けど、貴方達の生活を脅かす為だとか、そういう事は一切無いから安心して」
と優しい頬笑みを浮かべる一条が、俊明はなんだか怖い。けれどその事にとやかく言っていても話が進まない為、話を黙って聞く。
「私が旅を続けている目的にはそれが一つ」
「目的の……一つ?」
『目的の一つ……って言いました? 一条さんが世界を周ってる理由って……他にあるんですか?』
シュタムファータァの問いに、一条は少しばかり考え事をしているのか、俯く。数十秒程すると、ゆっくりと顔を上げて、話し出す。
「私が旅をしている目的は、戦力となる存在に接触する事。それと……これは私の個人的な理由だけど、師匠と再会する事」
『師匠……ってそのまんまの意味での師匠か? それか、そういう感じの人って意味?」
「そのまんまの意味だよ。凄く尊敬してる人でね。だから師匠って呼んでるの。けど……何時からか私の前からいなくなっちゃって。
だからずっと、色んな世界で師匠を探してるんだ。強くなって成長した私を見て貰える日まで私の旅は……終わらないかな。いや、終わりは無いんだけど」
そう語る一条の目はどこまでも澄んでいて、一際の淀みも不安もない様に、俊明は思う。強い人だ。とても強く気丈な人だと。
事態も状況も、一条が話している内容すら、まだスッキリと飲み込めても理解も追い付いていない。けれど。
けれど今は心から、目の前の一条が生きていて良かったと、俊明は思う。死んでいなくて良かった、と、物凄くホッとしている。態度には出ないが。
「それで……アンタ達はこれからどうするんだ?」
俊明がそう質問すると、一条はシュタムファータァ、そして俊明の目を真っ直ぐ見つめながら答える。
「この子をある程度まで回復させたら、今日中にこのセカイから旅立つつもり。
本当はあいつが壊してきた所を……ここの屋上とか、下の階とかを修復したいとは思うけど、先生から、他の世界に必要以上に干渉してはならないって言われてるからね……」
「だからアンタが気にする事無いだろ。あのデカい変なのがぶっ壊したんであって、アンタのせいじゃないさ。
……いや、全く気にするなとは言わないけど、少なくともアンタとリヒターが居なかったら、もっと酷い事になってたぜ。だからさ」
『ヤスっちさんの言う通りです。一条さんとリヒターさんが居てくれたからこそ、最悪の状況を免れたんです。だからそう……落ち込まないで下さい』
「二人とも……」
一条は目を閉じてゆっくりと開ける。穏やかで優しく、可愛らしく微笑む。その姿に、俊明は少しだけドキッとする。
当り前ではあるが、先輩の姿と重なって見えて。戦っている時の張り詰める様な雰囲気とはまるで違う、今の一条の雰囲気に、俊明はこの状態がこの人の本来の姿、素なんだろうなと思う。
「……優しいね、安田君も、紫蘇ちゃんも、だけど、旅立つ前に、やれる事はやっておくつもり。崩落してるガラスとかリヒターと一緒に片づけるよ。
それに……もう一度、旅立つ前に会いたい人がいるしね」
「会いたい人?」
「うん。私……もう一人な神守さんに。最後に伝えたい事があって」
と、その時だった。
沈んでいて二度と起き上がらない筈のゼノクレスから音がした。錆びていてぎこちなく回転する、歯車の様な機械音が。
異変に即座に気付き、一条は視線をゼノクレスへと向け、シュタムファータァは振り向く。俊明も身構える。
リヒタ―によって完全に打ちのめされた……筈だが、ゼノクレスは小刻みに気味悪く、ガタガタと音を出しながら、起き上がろうとする。
「まだ倒し切れてなかったか……シュタムファータァ!」
『トドメを刺してきます』
「……待って」
トドメを刺そうとするシュタムファータァを、一条は制する。一条の制止に、俊明は一先ずシュタムファータァに踏み止ませる。
下手に動かず、状況を見極めなければと一条は考える。にしても、仕留め切れなかった事に対して、一条は頭の中で舌を打つ。
リヒターの攻撃はしっかり通った……と思ったが、まだ甘かったのだろうか? 確実に決着を付けられると思ったのに……。
脚部や胸部の装甲や、武器であるカギ爪が起き上がっていくにつれて落ちていく。否、切り離されていく様だ。
やがて、頭部が左右に切り離され、全く別の姿をしたゼノクレス……否、ゼノクレスらしき何かが姿を現す。
まるで装甲という名の拘束具から解き放たれる様に、あるいは、蛹から華麗に孵る蝶の様に。
その何かは、人間の姿を模していた。遠目から見たらまんま人間に見えるかもしれない。
何かの外見は、人かと思うほど細くスマートであり、さっきまで戦っていた重圧な巨体とはまるで正反対だ。
黒々とした、漆黒という表現が当てはまる機体色の上に、血管のように細やかに、そして大量に這っているグロテスクな赤いラインが、胸から手足に伸びている。
何かの手足は、否、その全身自体が、人体その物を真似ている。非常に均整の取れており、無駄と呼ばれる部分など一欠けらもない。
何か―――――――ゼノクレスの第二形態、ゼノブレイカーが、ゆっくりと一条達の方を向いた。
ゼノブレイカーが人体を模しているのは身体だけではなく、頭部も同様だ。彫刻を思わせる様な、人間の目鼻立ちを真似た顔。だが無機質なその顔は温かみなど全く感じさせない。
左腕は、物体を消滅させるあの武器、イレイザ―・ポイズン。カギ爪が外れた右腕は、漆黒の機体色の中でやけに目立つ黄金色に塗られている。
胸部には、恐らく動力部であろう部分が毒々しい深紅の光を放っており、そこから全身に掛けてラインが伸びており、同じ様に発光している
頭頂部のトサカを思わせる排出口から、黒色の粒子が煙のように排出される。
細いツインアイが一条とシュタムファータァを捉えて、ツインアイ内の、目玉の様な赤く丸いパーツが光った。
「アンタ達はそこで待っててくれ。次は俺達の手で、奴にケリを付ける」
「けど……」
そう言って、俊明は一条に伝える。だが、一条としては手助けしたい。けれど今は……リヒターに尽力するのが最優先だ。
「……分かった。だけど決して油断しないで。最初の段階でも苦戦した相手だから」
『大丈夫です』
シュタムファータァも、一条に伝える。その声には、一条に応える様な、強い信念を感じる。
『私達は負けません。絶対に、貴方とリヒターさんを守ってみせます。何たって私達は』
「正義の味方、だからな」
『正義の味方、ですから』
俊明とシュタムファータァの声が、一つの声の様に重なる。一条は只、一人と一機を深く信頼して、見守る事にする。
銀凰を両手に持ち直し、ゼノブレイカーへと鋭い視線を向ける。向けながら一歩づつ、歩き出す。
ゼノブレイカーも、抜け殻であるゼノクレスだった時の装甲等を踏み潰しながら、シュタムファータァの方へと歩き出す。
シュタムファータァは思う。銀凰をすぐさま、斬り付ける事が出来る距離まで縮めたい。もうゼノクレスの時みたいに先方を取られるのはまっぴらだ。
するとゼノブレイカーは歩みを止め、深くしゃがむと両手を地面に置いて、クラウチングスタートの様な体勢を取った。
頭部を見上げ、シュタムファータァを睨みつける。瞬間、ゼノブレイカーが後ろ脚を蹴り上げて地面を抉りながら疾走する。
タイミングを合わせる様にシュタムファータァも疾走する。二機が真正面から衝突するまで、後数秒も掛からない。
新たな戦いのゴングを鳴らす様に、雷鳴が響く。
最終話(2)
シュタムファータァとゼノブレイカーが今正に衝突しあい、その様子を白スーツ達が高みの見物をしている頃。
ショッピングモールの入り口付近で、傘を差したりレインコートを着た野次馬達でごった返していて、警察までも駆り出され、混乱状態の中。
人々の波をするり、するりと、一人の男がすり抜けて、ショッピングモールへと近づいていく。男は強い雨が降っているにも拘らず、傘を差す事無く雨を浴びている。
男は相当使い込まれている為か、薄汚れてはいるが逆にそれが渋い雰囲気を感じさせてくれる、フードの着いたロングコートを羽織っている。
顔がすっぽり隠れるほどにフードを深く被り、表情は伺えない。と、男はどこからか携帯を取り出した。
取り出すとタイミング良く、着信を知らせるバイブレーションが鳴る。開いて通話ボタンを押し、男は電話を掛けてきた相手と会話しだす。
「よう。そっちはどうだ?」
「ヘンヨか。今目的地に着いた。そっちは?」
「狙撃ポイントに着いたんで飯食ってる。あいつらの姿も、あの……なんつったっけ? ゼノ何とかと」
「ゼノクレスだ」
「そうそう、ゼノクレス。お前が言ってたそいつと、シュタムファータァの戦闘を見える。けどよ、リヒト」
「ん?」
「お前、ゼノクレスって見るからに重そうだけど、動き自体は早いデブだって言ったよな。
けど、俺が今見てる奴は人間みたいに細い、つうかガリガリだぞ。お前、もしかしてデマ掴まされたんじゃないよな?」
電話の相手である、ヘンヨという男の言葉に、フードを被った男――――――――リヒトは僅かに見上げて、屋上に目を向ける。
その目は何を映しているかは分からないが、リヒトの顔付きはどこか険しく感じる。
「……第二形態に移行した様だな。ゼノクレスは」
「第二形態? おいおい、聞いてねえぞそんなの」
「一応ゼノクレスの情報自体は掴んだ。だが、あくまでそれは第一形態、デブな状態での情報でな。
第二形態に変形する事までは掴めたんだが、詳しい情報までは掴み損ねたんだ」
電話口の向こうで、ヘンヨは溜息を吐いた音が聞こえる。
「……それ、一番重要っつうか、一番掴まなきゃいけない情報だったんじゃないか?」
「あぁ、その通りだ。第一形態はともかく、第二形態までは名前すらも分からん。ここからが、本当の勝負になる。遥達にとって」
「その通りだって、お前……まぁ、何にせよ一条の譲ちゃんとシュタムファータァに委ねるしかねえか。
取り合えず俺は俺の仕事をこなすだけだ。あいつらが動き出したら俺も動く。それで良いな?」
「あぁ、頼む。っとすまん。割り込みだ。切るぞ」
急にキャッチが入って、リヒトはヘンヨとの通話を一旦中断し、そちらと話す事にする。
キャッチを入れてきた男の声は、先ほどのヘンヨに比べていく分若く感じる。
「俺です。こちらでもヘンヨさんと同じく指定ポイントに到着しました」
「おう、隆昭か。もう一回くらい整理しといた方が良いんじゃないか。自分のやるべき事」
「それは何度もシュミレーションしてるんで、問題無いです。けど一つ」
隆昭、という名のその声の男、いや、青年は声のトーンを落として、その一つについて話し出す。
「一つ、なんだ?」
「どうしても聞きたかったんですが……助太刀しなくて良いんですか? シュタムファータァと、安田俊明を」
「……不安か?」
「正直に言えばとても……不安です。遥さんはリヒターがパワーダウンしていて戦える状態じゃないし。
シュタムファータァと安田俊明は、例え、経験を積んできているとしても、ゼノクレス……いえ、ゼノブレイカーに、真っ向から太刀打ちできる程の実力はまだ……」
「神守、の方は今何してる?」
「今、どんな経由を辿っているかは分かりませんが、ケースを受け取った為、屋上に向かっている所です。
けれどリヒトさん……その……」
隆昭は言葉に出すのを迷っているのか、一端言い淀む。だが、敢えてハッキリとした口調で、リヒトに言い放つ。
「彼女には非常に失礼だとは思いますが……彼女は、神守遥はどこにでもいる、普通の人間です。
この世界にいる遥は、言うなれば普通の生活を送り、普通に暮らしてきた、そんな人です。
俺からすれば、彼女をこの戦いに巻き込むべきでは……巻き込むべきでは、無かったと思います。俺自身の本音は、ですが」
隆昭の言葉に、リヒトはしばし黙する。黙し、やがてゆっくりと、隆昭を諭すように語りだす。
「そうだな……。お前の言う通り、神守遥は本当に普通の人間だ。
普通の人生を送り、極々平穏で平和な日常を送っていた、普通の少女だよ。戦いから程遠い位置のな」
「ならどうして……ならどうして、彼女を巻き込んだんです? リヒトさん。俺には……俺には分かりません」
「なぁ、隆昭。お前の言いたい事も良く分かるし、理解も出来る。
けどな、お前も分かってるだろうが、何れこの世界も、俺達が居た世界の様に大きな混沌が訪れる事は確定してるんだ。
その時が来たら、神守遥はその混沌の中に巻き込まれる側になってる。シュタムファータァに触れ、セカイに関わってしまった事と……遥と、同一存在である故にな」
突如として突風が吹いて、被っていたフードが勢い良く後ろへと下がり、リヒトの顔が露わになる。
ヘンヨとはまた違う、燃えたぎる様な、鮮烈な赤色の髪の毛がまず目を引く。顔立ちは整っており、子供の様な無邪気さと、大人の余裕を兼ね合わした様な不思議な魅力がある。
それでいて、どんな苦難や困難も楽しもうとする無邪気さと共に、如何なる障害だろうと軽々と超えてみせんとする、果敢さと勇敢さも感じさせる。
何よりその目力は強く、弟子の一条遥と良く似ている。否、一条遥がリヒトに似てきたのか。
リヒトは言葉を紡ぐ。苦悩する隆昭に、答えを提示する様に。
「その混沌が訪れてからじゃ、もう遅いんだ。隆昭。遅かれ早かれ……いや、早い時期から覚醒出来なきゃ、神守遥はその時何が起きても、立ち向かう事が出来なくなる。
だから俺は敢えて、彼女自身に覚醒を促せる為にこんな事をしてる。俺を非情だと、残酷で人でなしだと、罵ってくれても構わないぜ、隆昭。だがな。
お前も分からない話じゃないだろ。ヴィルティックに……いや、未来の自分自身から、覚醒する為の力を授かり未来を変えようとしてるお前なら」
隆昭はリヒトの言葉に何を思っているのか、返事を返してこない。じっと、リヒトは隆昭の返事を待つ。
数十秒程すると、隆昭は再び話しだす。その口調と声にはどこか、反省している様に思う。
「……出過ぎた事を言って、済みませんでした。だけどリヒトさん、理解はしても納得できない事は俺にもあるって事だけ、伝えておきます」
「分かったよ。お前はお前の今すべきことをしてくれ。俺から言えるのはそれだけだ」
「俺は俺のやるべき事を遂行します。安田俊明とシュタムファータァに動きが見えたらで、良いんですよね」
「そっちは頼んだぜ。俺は中に入って、あいつらの襲撃に備えておく。それと、遥の方は任しとけ」
「リヒトさん。最後に一つだけ」
再びフードを深く被って、リヒトはショッピングモールへと歩き出す。周囲を複数の警備員が見張っている、が。
不思議な事に、警備員は誰一人、リヒトの存在に気づく様子は無い。まるでリヒトは気配、否、存在ごと自分を消しているかのようだ。
「もしも……もしも神守遥が覚醒しなかったら、どうするつもりです?」
「その時には」
「俺の手で、カタを付けるだけだ。弟子の分までな」
リヒトは携帯を閉じた。瞬間、リヒトの姿が消える。その様子を見た者は、誰もいない。
(3)に続く
夢の様な、奇妙な悪夢の話。
異なる世界に存在しており、決して出会う筈の無かった、同じ因子を持つ人間同士が、出会う。出会ってしまった。
片方の人間は、この物語の主人公であり、変わらぬ平穏な日々を謳歌する、普通の少女、神守遥。
片方の人間は、距離も、次元も、時空も超えながら、とある目的を成就せんと終わりなき戦いに身を委ねる、普通を逸脱した少女、一条遥。
本来ならばまず、出会う機会が無い「遥」と「遥」。お互いの存在に驚嘆しながらも、同じ「遥」として強く絆を結びあう、二人。
不可思議で、現実味の無い非現実な現実の中でも、しっかりと絆を育む二人の前に、ゼノクレスなる破壊者が現われ何もかも壊し尽くす。
心苦しくも、神守を元居た日常へと帰す為、相棒であるリヒターと共に、ゼノクレスに挑む一条。
リヒターの奮闘により辛勝したかと思えた、が、一条の想像以上にゼノクレスは頑丈であるが故、形勢は更に悪化してしまう。
悪化を通り越し、最早最悪の状態にまでゼノクレスに追い詰められる一条。そこに颯爽と訪れる、正義の味方という希望の光。
正義の味方、安田俊明とシュタムファータァの助太刀によって、一条は窮地を脱する。
好転とは言い難いが、最悪からは一応抜け出した、現状。その折、一条は安田に思いもよらない台詞を言い放つ。決着は、自分の手で付けると。
同時刻、一条の剣幕に押され、避難しようとした神守はその途中、渋く、ワインレッドの様な赤毛色の髪の毛が特徴的な男に呼び止められる。
奇妙だと心では思っていながらも、足を止めてその男が担ぐケースを受け取る神守。中には、神守の部活道具である弓矢と弓が収納されていた。
自分に出来る事を苦悩しながらも見出す事が出来た神守は、同じ「遥」である一条を救う為に行動を開始する。
それぞれの思惑が、別々の場所で静かに交錯する。この戦いの行く末は、神でさえ知らない。
パラべラム!
×
廻るセカイ andmore
降り続けて何時間経っただろうか。未だにコンクリートの地面を打ちつけ、無造作に水溜りを成形する豪雨は止む兆しが無い。
機関銃のように浴びせられる雨水の中で、二体の機械で造られた巨人が、互いに充分動ける間合いを計りながら、じっと睨みあう。
滑らかな曲線と直線が巧みに入り混じったデザインに、美しさすら感じる。聖なる雰囲気を漂わせる、純白の巨人の名はシュタムファータァ。
この世界、否、セカイに於ける、正義の味方だ。ヒロイックなスタイルも、それに拍車を駆けている。
シュタムファータァに対する、一件ユーモラスだが計り知れない不気味さを秘めた丸っこい腹部に、箱が積み重なった様な脚部、一際の慈悲無く得物を狩り取る巨大なカギ爪に、アンバランスなほどに細い、人間の様な左腕。
何の表情も映さない点の様な二つのカメラアイが特徴的な、淀んだ黄金色の巨人の名は、ゼノクレス。この世界に舞い降りた、破壊者であり敵、だ。
数秒前までは熾烈な接近戦を行っていた二機だが、再び距離を取り合う事で牽制し合う。
この屋上というフィールドは、余計な障害物が無い分、一度近寄り合えば存分に戦う事が出来る。が、それは良いとして。
一度この様に距離を取り合うと、シュタムファータァも、ゼノクレスも自分から仕掛けようとはしない。
ゼノクレスの方は何を考えているかは分からないが、シュタムファータァからすると、正直接近戦を再び行う事はご免蒙りたい。一秒でも早く、決着を付けたい。
そう考えているのはシュタムファータァ自身だけでなく、シュタムファータァ内の、とあるゲームを模したコクピットに座するパートナー、安田俊明も同様である。
俊明がそう考えるのは、一重に屋上へと入る出入り口で、ニ機の戦いを見守っている少女、一条遥からとある頼み事を承諾したからだ。
その頼み事とは、準備が整うまで、ゼノクレスの足を止めてほしいという物である。真の決着は自分の手で付けると、一条は言った。
あいつ――――――――ゼノクレスという厄災を呼び寄せた原因である自分に、その厄災を収めるケジメを付けさせてほしいと。
一条の頼み事を俊明は承諾した。承諾自体はした、が、正直な所俊明は頭を悩ましている。
足を止めろと言われても、足を止めるそれ以前に、ゼノクレスへと攻撃する手段がまるで思いつかない為だ。
それは巨体に反する機動性の高さや、下手な攻撃ではまるでダメージにならない頑丈さもあるが、最もな問題は只一つ。
数分前、俊明はシュタムファータァに一つ、指示を出した。
その指示とは、戦闘中ずっと気になっていた、ゼノクレスが全く使おうとしないカギ爪の反対側、左腕に対して攻撃を仕掛けてみろ、という指示だ。
あれほどまでに、左腕を使う事を躊躇う事には深く理由があると考えた俊明は、油断を突く事でシュタムファータァに攻撃を仕掛けさせようと考えた。
もしかしたら急所かもしれないし、あるいは武器の一種かもしれない。あるいは別の何かか。何にせよ、収穫があればそれに越した事は無い。
いざ実行に移してみた結果だが、想像以上に恐ろしい結果が待っていた。
ゼノクレスはその左腕、否、正確には左手で、シュタムファータァの得物の一つである白鳳をいとも簡単に鷲掴みすると、瞬く間に白鳳を消し炭の様にして、消滅させてしまった。
何か武器ではあろうと思ってはいたが、まさか物体をそのまま消滅させてしまう武器だとは、俊明は夢にも思わなかった。あれでは触れられる事自体アウトだ。
どうする……。右腕には嫌というほど危険性を理解しているカギ爪、されど左腕は、物体を瞬く間に消滅させてしまう原理の分からない何か。
これに機動力と装甲の厚さを考慮すると、とても足を止める、程度の事すら出来ない。情けないとは思うが、それが俊明にとって正直な心境だ。
それにしても、只でさえ自分達が下手に手出しできないのに、あの女は何を考えているんだ……?
と、失礼だとは思いながらも、俊明は背後の出入り口で準備を整えたらしい一条の方をちらりと振り向く。
「何を考えて……」
視界に映った一条の行動に、俊明は目を丸くする。困惑している、と言っても良いかもしれない。
一条はあの手に持っている、真っ黒な杖をその場に立てて……いや、違う。
どんな方法で刺したのか……いや、まさかの馬鹿力か? 一条は杖を地面へと深々と突き刺して、その近くに立っている。これではまるで……ゼノクレスが襲ってくるのを待っているかの様だ。
その行動の真意がまるで分からず、俊明はどこか間の抜けた声でボソリと呟いた。
「何考えてんだ……? アンタ……」
まさか本気で、奴と戦うつもりなのか? あれだけボロボロにされたのに? 俊明は一条の行動に理解できない、とまでは言わないが大きく疑問符を浮かべている。
立ち上がれなくなる位、ズタボロにされたというのに、まだ戦おうとする。その滅茶苦茶な度胸もさる事ながら、あの杖。
あんな杖で何が出来るって言うんだ。しかも抜けなくなる位、深々と突き刺して。本気で分からない。何がしたいのか。
まさか……まさか諦めて降参するっていう合図じゃないだろうな。だったら俺達は何の為に戦って……。
『ヤスっちさん!』
シュタムファータァの半ば金切り声の様な大声に、俊明の思考はすぐさま、戦闘へと切り替わる、こういう一瞬の切り替えは、長い戦いの中で俊明が編み出したスキルだ。
先に手を出してきたのはゼノクレスの方だった。両脚部の後方に備われているスラスターから、機動力の高さの理由である、黒色の粒子を撒き散らしながらカギ爪を掲げて突進してくる。
爆発的な加速で突撃してくるゼノクレスの前で躊躇していたら、致命傷を負う事は目に見えている。俊明は凛とした口調で、シュタムファータァに指示する。
「すぐさま回避行動しつつ、迎撃だ!」
『分かりました!』
一度受けた技は、パターンとして記憶している。故にシュタムファータァはゼノクレスの突進攻撃に対して適切な回避行動を取る。
白鳳は失ってしまったものの、もう一刀の得物、銀凰を肩まで回しながら、突っ込んでくるゼノクレスをシュタムファータァは左方へと舞う様に、半回転して避ける。
ゼノクレスが背後でギリギリ、紙一重で掠った。その瞬間に一人と一機は冷やりとした感覚を抱きながらも、次の行動に移る。
回転時の遠心力を使いながら、ゼノクレスを銀凰で斬り付け―――――――ようとしたが、そこにゼノクレスの姿は無い。
ゼノクレスはシュタムファータァを無視して、逸れる事無く正面出入り口に立つ、一条へと突進し続ける。スピードを緩める様子は全く無い。
俊明はゼノクレスのその行為に首を捻ったが――――――――瞬時に、しまった! とゼノクレスの目的に勘付く。
俊明は思い返す。奴はまず誰を標的としていた? 誰に危害を加えていた?
そうだ、先輩に酷似しているあの女だ。あくまで奴は、俺達の事を厄介払いしてただけだ。ターゲットに纏わりつく邪魔な存在として。
本来の標的が自分の前に丸腰で出てきたのなら、そちらを優先するのは当たり前だ。俺は……守るべき対象を危険に晒してしまった。なんて馬鹿野郎だ。
俊明は無意識に歯軋りすると、シュタムファータァへと切迫した声で叫ぶ。
「シュタムファータァ! 奴を……奴を止めてくれ!」
『今すぐ止めます!』
俊明から指示される前から、シュタムファータァはゼノクレスを出せる限りの全速力で追う。決して追い付けない距離ではない。
だが、ゼノクレスは既に一条の目前にまで急接近していた。カギ爪を天高く掲げたまま、スラスターを下方へと切り替え、一条の目前で急停止する。
例え今から斬れたとしても、振り下ろされるカギ爪を止める事は出来ない。何故ならカギ爪はもう、一条へと振り下ろされている最中だからだ。
飛び道具……飛び道具さえあれば……! そう俊明は思うが、周囲には飛び道具はおろか、投げる物すらない。
「間に合え!」
『間に……合えっ!』
銀凰を両手持ちして、シュタムファータァがゼノクレスの背後へと一気に距離を詰めて、一刀両断の構えを取る。
だが……最早、何もかも遅い。ギロチンの如く、無慈悲な刃を光らせるカギ爪が、一条へと振り下ろされてしまった。
完全に両断出来る距離、に入ったが、もう無意味だ。例え斬り付ける事は出来ても、一条を救う事ははもう、出来ない。
「嘘だ……」
カギ爪が一条と共に、コンクリ造りな為、相当な強度である筈の地面を乱暴に抉った。その際、辺り一面を灰色の粉塵が覆い隠す。
そのせいで、一条の姿も、ゼノクレスも見えなくなった。けれど何が起きたかは、粉塵が晴れるのを待つまでもないだろう。
シュタムファータァは力無く、銀凰から両手を離して腕を下げる。何も言えず、ただ目の前の惨劇を見つめる。
俊明は目の前で起こった出来事に、両手で両目を隠していたが、激しく震えている両手を離して、心の底から絶唱する。
「おい……返事しろよ。おい……」
「返事しろぉぉぉぉぉぉぉ!」
××××××
非常用の蛍光灯が心許なくぼんやりと点いている、薄暗い非常用階段を、遥は息を荒げながらひたすら駆け昇り続ける。
恐らく、今ショッピングモール内に居るのは遥だけだろう。何故今、遥が非常用階段を昇っているかの経緯だが……。
感覚共有で、一条の居場所が屋上だと分かった遥だが、正直弱った。屋上へと行く手段がほぼ無いからである。
エレベーターは勿論、エスカレーターすらも停止している。一応普通の階段でも屋上一歩手前までは行く事が出来るが……屋上へと出れるドアは閉鎖されているから、何の意味も無い。
けれど確か壁……というかドアにに大きな穴が開いていた様な……いや、気のせいだと遥は思う。
あんな厚いドアを壊せる筈が……じゃあ、一条さんは何処からあんな景色を見てたの? あれ? いや、けど……。
いけない、余計な事ばかりが頭の中に浮かぶ。遥は両頬を強く叩き邪念を取り払う。今は只、屋上に向かう事だけを考えようと思う。
肝心の、何故遥が非常用階段を昇っているかだが。遥は多分、正門である屋上へと出れるドア自体は締まっていても、避難経路であるこちらの方のドアなら開いているかもと考えたのだ。
誰も、恐らく従業員でさえ利用しない屋上だし、避難経路のドアが開きっぱなしでも何も不思議じゃない。そんな感じで、遥は少しばかり希望を抱いている。
普段、非常用階段は非常時以外、入ってはいけない場所ではある。だがこんな事態だ、四の五の言っている場合じゃない。
……とは言え、ちょっぴり遥は罪悪感を感じている。そんな非常時以外は入っていけない、というルールを破る事に。
普段の学校生活でも、日常生活でも規則正しくルールをキッチリと守っているで遥にとって、この程度のルール違反も少々気になるのである。
まぁ、今回ばかりは仕方が無い、という事にしておく。そういう事にしておこう。
それにしても……普段、あまり意識して使わない為、割と軟弱である足の筋肉が次第に張ってきており、悲鳴を上げている。だが、遥は昇るのを止めない。
今正に、もう一人の自分が命に危険が及ぶレベルの窮地に陥っているのだ。それを見過ごして自分だけ安全な生活に戻ろうなんて虫が良すぎると、遥は思う。
絶対に諦めない。この手で一条さんを救うまで、遥は走り続ける。ただひたすら、階段を昇り続ける。
……けど。と、遥は一旦立ち止まって見上げた。
両目に映るのは、屋上まで上下交互に伸びていく、光も先も見えないほど長い長い階段。一体何段まであるのか……。
まるで無限に続くのではないかと錯覚するほどに、遥は延々と階段を昇り続けている。遥の精神的なガッツとは裏腹に、肉体は素直に反応している。
明日確実に筋肉痛、否、今すぐにでも筋肉痛になりそうな位、足は固く張っている。その上、何だか腹まで空いてきた。
これじゃあ、屋上に行く前に力尽きてしまう……。階段の上り下りがこんなにハードな事とは思いつつも、遥は再び、段差へと足を乗せる。
「……まだ」
あの赤毛男から授かった、自分の部活動の道具が入っている、肩に掲げたケースのヒモを、ギュッと強く握る。遥はキッと、階段を睨み上げる。
「まだまだ……行ける!」
早く行かないと、一条さんが大変な目に会う。トンデモなく酷い目にあわされる、かもしれない。
一条さんは今も深く傷つきながらも、必死に戦ってくれている。それなのに……それなのに、私がこれ位でへこたれてどうする。
遥は自分の心と体に活を入れる。これくらいの疲れ、なんて事無い。再び駆け出そうとした、その時。
数秒間、大きく階段が揺れ、遥はその場にしゃがんだ。揺れが収まるのを待って、立ち上がる。
一体何が屋上で起きているのか見当もつかないが、もしかしたら状況が……悪く、なっているのかもしれない。
居ても立ってもいられなくなって、遥は持てる力を振り絞り、階段を駆け昇り始める。駆け昇りながら、遥は切に思う。
無事でいて、一条さん。必ず……無事でいて。
××××××
少しばかり時間を戻すと共に、視点を「一条」遥の視点に変える。
ほんの僅か、どうにかではあるが、体力が回復した。一条は階段の段差から立ち上がり、まだ痛みが引く両足をどうにか動かして、シュタムファータァが破壊したドアから外に出る。
そして起動させた通信機で、接触対象に入っている安田俊明へと通信を入れた。もしかしたら通らないかもしれないと危惧していたが、ちゃんと通信出来て安堵する。
俊明は若干不信感を抱いてはいるものの、一条との会話に興味を抱いてくれた上、協力―――――――ゼノクレスを足止めしてくれると約束してくれた。
もしも俊明にきっぱりと話す事を拒否された上、協力さえも断られたら、一条はどうしようもないと思った。
その事を考慮してはいたが、俊明は一条の事を認めたうえで、一条の言う事を承諾してくれる。その事が一条にとっては嬉しい。とても、嬉しい。
しかし……足止めしてほしい、というのは些か無茶だったかもしれない。と、一条は思う。
何たって、一条とリヒターでさえ激しく手を焼いた相手だ。それを一人で対処しろとは酷にも程がある。
カギ爪がただでさえ厄介なのに、あんなに俊敏に動くんじゃ、如何足止めすれば良いのかと、安田君は本気で悩んでそうだ、と一条は思う。
それはゼノクレスが底知れない強さを秘めているだけではなく、シュタムファータァとゼノクレスの相性が悪い事もその理由にあった。
一条は協力者である、センジュという女性からこの世界に移転する前、この世界での接触対象……言うなれば、会っておくべき存在の一端。
シュタムファータァについての特性を教えて貰っていた。シュタムファータァが何者かから、シュタムファータァの戦い方、戦闘遍歴までありとあらゆる特性を学んだ。
その中で、奇妙な事に、シュタムファータァはリヒターと同じく、近距離戦で真価を発揮する、言うなればショートレンジでの戦いを主にした機体である事を知る。
そういう訳だから、もしも遠距離や中距離を主体に戦う敵に出くわしたら、パートナーである安田俊明と共に戦術を練って欲しい、とも言われた。
目の前の敵は遠距離でも中距離でも無い、寧ろ同じ近距離戦を想定した敵、であるのに全くこちらの思い通りに戦えない。
一体これはどういう事なのかと、一条は思う。何故、リヒターもシュタムファータァも、ゼノクレスに太刀打ちできないのか。
答えは至極簡単で、ゼノクレスの全てがあらゆる意味で、ニ機より勝っているから。だからここまで煮え湯を飲まされている。
戦術も何もあったもんじゃないと、一条は自嘲する。本来ならば得意というか、リヒターにとって有利な筈の接近戦主体の敵であるのに、ここまでしてやられるとは。
無意識にふぬけた笑い声から口から洩れてくる。一条に握られているリヒタ―がその笑い声に不安に思ったのか、話しかけてきた。
<マスター……? どうかなさいましたか?>
「ごめん、リヒター……。とても笑う場面じゃないよね」
そうリヒターに言いながらも、一条の口元は何故だか笑みを作っている。
あまりにも自分が情けなさすぎる為に、怒るのを通り越して笑っているのかもしれない。それもあるが、一条が笑っているのにはもう一つ、理由がある。
それは、安田俊明とシュタムファータァという、心強い味方が現れたからだ。それだけで、最悪の状況下は免れた。なら、次に考える事は一つ。
勝利だ。何をしても、目の前の奴に勝つ。諦める事さえしなければ、きっと勝てる。心の中でそう、自分を鼓舞しながら、一条はリヒターに伝える。
「リヒター、良いかな?」
<何なりと>
リヒターの返事に一条は頷くと、言葉を続けた。次にリヒターに出す指示で、全てを終わらせる。
「安田君とシュタムファータァを、多分奴は無視するよ。何でか分かる?」
<何故か、ですか? ……本来のターゲットが現われたからそちらを優先する為、でしょうか?>
「ご名答。だから今からここに立って、あいつを待ち変えるよ。リヒター」
明るい声でリスクが高すぎる事を堂々と言いのける一条に、リヒターは流石に異を唱える。
異を唱える、とは言ったが、それはあくまで大切なマスター、一条の身を案じての異だ。
<マスター……申し訳ありませんがその作戦はあまりに危険すぎます。奴の機動性は非常に高く、本来の姿に戻った私でさえ、苦戦致しました。
それを……失礼を承知で申しますが、マスターが対処出来るとは私は思えません。……無謀な行動は死に直結します>
「それでもね、リヒター」
一条の口調には、弱気さも恐れも迷いも、そういう負の感情は一切見えない、その口調から垣間見れるのは、確固たる強き意思から来る、覚悟だけだ。
こうなった時の一条には一切ブレは生じない。その行動を絶対にやり遂げる。それだけしか、一条の頭の中には無い。
リヒターが心配してくれている事は、痛いほど理解出来る。実際自分でもリスク、いや、成功度は非常に低いとは思う。
けれど、もうそれしか無い。あいつに……何もかも滅茶苦茶にしたあいつをぶっ倒せる方法はそれしかないと、一条は思う。
「それでも、こうするしか奴を倒せないの。お願い、リヒター。私に協力して」
リヒターはしばし、押し黙る。マスターの安全を優先するべきか、それともマスターに忠を尽くすべきか、悩んでいるのか。
数十秒程の沈黙の後、リヒターの本体である、綺麗な球体の中で、淡い深紅の光が一寸光った。リヒターは一条へと、考えた末の答えを出す。
<……分かりました。けれど、無理はしないでください。マスター>
「ありがとう……リヒター」
リヒターの返事に、一条の顔は自然に温かな微笑みを浮かべている。一条のそのその微笑みには、不思議な安心感を覚える。
一条はリヒターを何故か、地面に向けて突き立てると、グッと強く力を込めて、リヒターをそのままグリグリと、地面に深く突き刺していく。
ちょっとやそっとではまず動かない位に、深々と刺さっている為動けなくなったリヒターは、素直に一条へと質問する。
<マスター、一体何をするつもり……ですか?>
「大丈夫、ちゃんと考えてるから。あ、そうだリヒター」
一条は球体、リヒターの本体を指で撫でながら、リヒターに伝える。
「私がパラべラム! って叫んだら、思いっきりあいつをとっついてね。何も考えずに全力で」
一条は正面で、シュタムファータァへと攻撃を仕掛けるゼノクレスを見据える。
と、一条の予測通りに、ゼノクレスはシュタムファータァを無視して、一条とリヒターの方へと真正面から突進してくる。
ターゲットは最初から一条とリヒターに定めていた様だ。シュタムファータァに見向きもせず、こちらに向かって一直線に向かってくる。
右腕のカギ爪を大きく天へと掲げて、ゼノクレスは一条の元へと獲物を喰らう猛獣の如く、カギ爪を振り下ろしてきた。
「おいで……そのままここまで、おいで」
猛獣の牙、の様にギラついたカギ爪の刃を全開にして、急停止したゼノクレスは何の遠慮も躊躇もする事無く、カギ爪を一条へと下ろしてくる。
後ろでシュタムファータァが肉薄するが、もう間に合わないだろう。
「間に合え!」
『間に……合えっ!』
俊明とシュタムファータァの声がハッキリと聞こえる。その声の震え、焦りに、何だかんだ言って、二人とも優しい子だと一条は思う。
死の淵に立っているからだろうか、下りてくるカギ爪の動きは、不思議にスローモーションに、とても鈍く見える。
一条はリヒター……否、リヒターのあくまで外付けの部分である「杖」から手を、リヒターの本体である「球体」へと移し――――――――。
瞬間、限りなく鈍くなっていた時間が、一気に元に戻る。
一条は一瞬、ほんの一瞬、カギ爪が頭部へと降りてくる寸前に、勢い良く杖から球体を摘まみ出すと、後方へと飛び跳ねて、受け身をする様に転げ回った。
一条の目の前でゼノクレスがカギ爪で杖もろとも地面を抉り出した。後一歩遅かったら、あのカギ爪で一条は惨い姿になっていただろう。
激しく動いたせいで傷口が開いたのか、それとも僅かでも掠ってしまったのか、体勢を立て直すと額からじわりと血が垂れてきて、視界がまたも揺らぐ。
が、その揺らいでいる視界の中でも、ハッキリと敵の姿は映り込んでいる。
それは、憎き仇にして、この世界から排除すべき敵。一条の目には、見えている。シュタムファータァが刻んでくれた、うっすらと浮かんでいる、罰印の傷痕が。
拳を握り、一条はリヒターを四本指の上に乗せると、力強くリヒターを親指で、ゼノクレスに向かって弾いた。
勢い余ったのか、地に突っ込んでおり抜けなくなっているカギ爪を抜こうとしているゼノクレスの前に、球体姿のリヒターが、浮かぶ。
一条は叫ぶ。リヒターを本来の姿へと戻す、その言葉を。
「パラべラム!」
一条は心の底からの叫びに呼応する様に、リヒターが球体から、本来の姿である漆黒の巨人へと変形した。
突如目の前に、リヒターが現れた事に驚嘆しているのか、ゼノクレスは右手を固く握りしめて構えているリヒターを呆然と見つめている。
一条はリヒターに、全てにケリを付ける事となる、最後の行動を叫ぶ。
「とっつけ、リヒター!」
<イエス、マイマスター>
リヒターは一条より授かりしマナ、大いなる力の源をありったけ、右手に込める。その込められたマナの量は凄まじく、リヒターの拳にマナが火焔の様に揺らめく。
腹部に見えている、シュタムファータァが刻んでくれた罰印の傷痕。容赦する事も、手加減する事も無く、リヒターはその傷痕目掛けて全力でマナを纏わせた鉄拳を叩き込む。
ダメージがそうとう蓄積されていたのか、リヒターの鉄拳は非常に強固だったゼノクレスの装甲を粉砕し、淡い光へと昇華させていきながら、巨体を後方へと吹き飛ばした、
叩き込まれたマナはゼノクレスに深刻なダメージを与えるだけで留まらず、発散する様に周辺のドアすらも粉々に昇華させていく。
ゼノクレスは成すすべなく、屋上の末、手摺が設置された端まで吹き飛ばされた。手摺にぶつかる寸前で、動きが停止する。
持ちうる全てのマナを攻撃へと転用した、リヒターの「とっつき」は、完璧な形でゼノクレスへと放たれた。
ゼノクレスは糸の切れた操り人形の如く、ゆらりとよろめくと、その場にうつ伏せとなって突っ伏した。
起動している事を示す、頭部のカメラアイが赤から灰色へと色褪せていき、やがて沈黙する。どうやら今度こそ本当に、ケリが付いた様だ。
「……終わっ、た」
ゼノクレスのその様子を見、一条の両膝はすとん、と地面に下りる。全身の力が抜けていく。苦しく長い戦いにようやく、終止符が下りた事に体が安堵している。
やっと勝つ事が出来た。最後に勝利を掴んだのは一条達の方だった。その証拠に、リヒターが立っている。その証拠に、ゼノクレスは倒れている。
正直あまりにも無茶、というか無謀すぎる作戦だった。
いや、作戦とも呼べない、お粗末な考えだった。リヒターのあくまで「側」の部分である杖を、地に突き刺す事で動けなくして、そちらに注意を逸らさせる。
一条の目論見通り、ゼノクレスは杖に向かって一条ごと攻撃してきた。そこで一条はリヒターの「本体」である球体を寸前で回避しながら摘まみ出した。
杖そのものが「本体」であると認識しているゼノクレスは、一条の予想通りの行動を取った。
もしもゼノクレスが球体の方が「本体」だと知っていたらきっと……と、少しばかりゾッとする。そういう意味では実に危険な賭けでもあった。
オートマタは、「本体」を杖ないし、それに準ずる物からから取り外せる事が出来る。もしこの事を知らなかったら、とっくの昔に死んでいた、と一条は思う。
この小さく普段は気にする事が無い情報が、一条とリヒタ―、ひいては俊明とシュタムファータァを勝利へと導いた。
杖の状態からそのまま変形させる事も最初は考えたが、それでは結局正面からぶつかり合い、力比べとなりリヒターが押されてしまう。
だから「本体」を「側」から離す事で数秒程でも間合いが取れると共に油断を誘う事が出来たのが、リヒターとゼノクレスの勝敗を決めた。
一条は最大の功労者であるリヒターへと顔を向ける。労う言葉を言おうとした、その瞬間。
リヒターが右手を開くと、一条の反対側にゴロンと倒れた。拳を付き出したまま倒れているのがシュールだ。
「リヒター!?」
一条はリヒターの元へと素早く寄り添った。リヒターはマナを殆ど消費して体が動かないのか、僅かに頭部だけを一条に傾けて、言う。
<申し訳ございません……マスター。マナを殆ど消費、してしまい……動けません>
「今すぐマナを送ってあげるからね。本当に……本当に有難う、リヒター。お疲れ様」
そう、リヒターに感謝しつつ労う一条の声と口調は涙ぐんでいた。いや、実際目からポロポロと涙が零れている。
深く傷つきながらも、確固たる勝利を掴んでくれた事への喜びか、それともボロボロになってまでも、忠義に尽くしてくれたへの感謝か。
恐らく両方の意味で、一条は涙を流している。腕で涙を拭い、直接リヒターの装甲に手を付けて、一条はマナを送り込む。
所々、装甲等に損傷が激しいものの、幸いな事に駆動系に異常は見えない。マナを送り込めれば、戦う事は無理でも、どうにか動く事自体は出来る様になるだろう。
一条は直感で、リヒターに残されているマナの貯蓄率が満タンを百%だとすれば、二十%程度である事に気づく。
残りの八十%をつぎ込むには……ニ時間位の時間を必要とする。だが、それでも一条は付き添うつもりである。ニ時間、マナを供給しようと思う。
「リヒター、どこか痛む所とか無い?」
<は特に……大丈夫です。気を使わせてしまい、すみません。マスター>
「そんな気を使うなんて……遠慮しないでよ、リヒター」
リヒターにマナを送りながら、一条はリヒターに微笑む。その微笑みは前に神守遥に見せた、穏やかで優しい笑みと同じだった。
「私達、パートナーでしょ?」
<……はい>
「お取り込み中……悪いんだが」
声がして、一条はそちらの方向に顔を向ける。シュタムファータァが立っており、一条とリヒターを見つめている。
声を掛けてきたのは俊明だ。その声には目の前の事が信じられないという惑いと、良く分からないが一先ず戦いが終わった事へのホッとした感じが伺える。
一条は無言のまま、ポケットからカードを取り出すとヘッドフォンへと変化させる。
「おぉ、すげえ。……って、もうそれは良いよ。頭がキンキンする」
「そう? ならごめんね」
ヘッドフォンをカードに戻し、再びリヒターにマナを供給しながら、一条は俊明とシュタムファータァへと、言葉を紡いだ。
「それじゃあ……約束通り、一切合財全てを話すね」
「私達の正体、そして……何故、貴方達の事を知っているかを」
THE
STRANGE
DREAM
最終回(1)
一条達がゼノクレスと死闘を繰り広げた、ショッピングモールの屋上から幾分離れた場所。
人々から忘れ去られ、侘びしさすらも無くなった、ただただ空虚である、剥き出しの鉄筋と、埃塗れのフロア。
廃墟、否、廃墟と化した巨大なビルの高層階で、雨音に混じってトランプを叩き付ける音が聞こえる。
「また俺とお前か……」
「どうやら、その様ですね」
丸太を彷彿とさせる程に太い両腕、否、両腕だけでなく、全身に鎧の様に筋肉を纏わしている、胡坐を掻いた非常に大柄な男が、指に挟んだ一枚のトランプにじっと熱視線を向ける。
大男に対面するのは、尻にハンカチを置いて座っている、黒尽くめのスーツに黒い帽子、胡散臭いサングラスを目に掛けた、とても胡散臭い顔つきの男。
どうやらこの二人は今、ババ抜きに興じている様だ。大男の手にはカードが一枚、サングラスの手にはジョーカーと、大男が手にしているカードと同じ銘柄のカードの二枚が挟まっている。
この勝負をニヤつきながら見ている、中身は一体何なのか、自らの身長以上に長いケースを傍らに置き、壁に寄りかかっている鷲の様に鋭い眼光の男。
もう一人は、全く興味が無いのだろう、何処から持ち出してきたのか、リクライニングチェアに座り女性雑誌を読んでいる女。
そして、かつて窓が設置されていたであろう縁に立ち、双眼鏡で何処か……一条達が居る屋上を、双眼鏡で眺めている、上から下まで真っ白なスーツの男。
全く共通性が見いだせない、奇妙な程外見がバラバラなこの五人であるが、目的は一つである。だがそれはまだ、明かす事は出来ない。
大男がじっとカードを睨む。その剣幕には恐ろしい威圧感を感じるが、サングラスはニヤニヤしており全く怯える様子は無い。
大男はその図体に似合わず、指を細やかに動かしてどちらが自分の持っているカードの銘柄なのか、決めかねている様だ。
これでジョーカーを引いてしまえば終わりだ。よほど神経を集中させているのか、大男は非常に真剣な表情を浮かべている。
「さぁ~どちらでしょうか? 早く決めて下さい」
「喋るな、気が散る。俺は今神経を集中させてるんだ……!」
たかがと言ったらアレだが、ババ抜きに物凄く真剣になっている大男の姿はどこか可愛らしい。
「良し、決めたぞ! こっちだ!」
高らかにそう。声を発しながら、大男がカードを引き抜いた。
同時に白スーツの男が双眼鏡を下ろすと、サングラスに向かって声を掛けてきた。その口調は呆れている様に聞こえる。
「おい、イッツァミラクル。ゼノクレスが落ちたぞ。どういう事だ」
「えっ、ホントですか?」
大男がカードを抜いたのを華麗にスルーして、サングラスはカードを持ったまま立ち上がると、白スーツの方へと歩み寄る。
当たりだった様だ。同じ銘柄を当てた大男は、子供の様な歓喜の声を上げる。だが、サングラスだけでなく女はもとより、眼光の鋭い男すら何時の間にか睡眠をとっても完全スルーである。
にも関わらず、大男はどうだ! やはり俺は運が良い! と、楽しそうに一人で騒いでいる。
白スーツから双眼鏡を受け取り、サングラスは双眼鏡を通じて屋上を覗いてみる。
サングラスの視界に映っているのは、うつ伏せになって沈んでおり、今度こそ再起動が不可能に見えるゼノクレスの姿。
白スーツは軽薄な笑みを浮かべながら、実に皮肉っぽい口ぶりでサングラスに言った。
「タウエルンを元にした、か。あれほど温く軟弱な機体ならば、奴のモデルとなるタウエルンはとうの昔に沈んでいるな。
一体何処を参考にしたのかは知らんが、外見だけ取り繕った所で中身が整わなければガラクタに過ぎんぞ?」
「おやおやまぁ……本当に沈んちゃってますね」
白スーツの皮肉など全く聞いていなかったかの様に、飄々とした感じで、サングラス男はそう呟いた。
「あれでまだ戦えると思っているのか。貴様の目は節穴を通り越して潰れているのか」
「本当に辛辣な言い分ですね。申し訳ありませんが、まだ貴方達の出番はありませんよ」
笑みを浮かべていた白スーツの顔付きが変わる。緩んでいる口元が、締まり、どこか怒りを孕んでいる様に見える。
だがあくまで冷静なトーンを保ったまま、白スーツはサングラスに聞く。
「どういう……意味だ?」
「ブラックキューブ、ご存知ですよね? タウエルンに使用されているエネルギーなのですが」
サングラスの言葉に白スーツは無言で頷く。屋上を覗き続けながら、サングラスは二言を発する。
「太陽光を吸収する事で真価を発揮するエネルギーで、ロボットを動かすだけでなく、ビーム兵器に転用出来たり、またナノマシンに使用する事で敵機の装甲を侵食し溶かす事が出来る……。
タウエルンとの戦闘を経験してきた貴方達なら、アレの面倒臭さは嫌というほど実感してる筈です。そんなブラックキューブを、ゼノクレスは搭載しています。タウエルンと同じく」
「飛行能力や機動力の高さはアレのお陰か」
「はい。ブラックキューブの恩恵です。ですが……」
サングラスは双眼鏡を外して白スーツへと顔を向ける。その顔は笑顔だ。不気味なほど、満面の、気持ちの悪い笑顔だ。
「先程までエビル様がご覧になられていたゼノクレスの姿は、あくまで第一形態です。ブラックキューブの真価……いえ、ゼノクレス自身の本領は、まだまだ発揮しておりません。
ゼノクレスの本領は第二形態、被っている装甲を脱ぎ捨てた先にあります。そしてここからが重点なのですが」
サングラス男は、手元のカードを空に向けた。鋭い雷鳴と共に雷が落ちてきて、部屋が一瞬眩くなる。
「第二形態となったゼノクレスの機動性は、第一形態を遥かに凌ぎます。防御性を犠牲にする代わりに、運動性を突きつめましたからね。
武器にも抜かりはありません。左腕、いえ、左手には触れる物をナノマシンを介して溶かす、いえ、消滅させるイレイザーポイズン。
右腕には、タウエルンのソーラーキャノンに負けず劣らずの威力を持つ、小型ソーラキャノンを積んでおり抜かりはありません。
「一々まどろっこしいな……。結論を言え」
「そうですね……ではハッキリと言わせて頂きます」
「リヒター・ペネトレイターも、シュタムファータァもゼノクレス……いえ」
「ゼノクレス第二形態、ゼノブレイカーによって抹消されます。存在ごとね」
雷に照らされて、トランプ内のジョーカーが笑う。意地の悪いその顔は、サングラスの笑顔と瓜二つだ。
(2)に続く
HARU×haru
あまりにも濃い粉塵の中で、一条の姿は勿論、ゼノクレスの姿さえも見えない。
シュタムファータァは只、立ち尽くしている。目の前で一つの命が消えた。何も、出来なかった。何もかもが、遅すぎた。
俊明は間に合わなかった悔しさとも、一条を殺したゼノクレスに対する憎しみとも、様々な感情が渦巻き頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
無意識に両手を強く握り、深く俯く。目の前が見れない。申し訳無いというか、上手く言えないが前を見る事が、出来ない。
「畜生……」
『ヤスっちさん……』
俊明はひたすらに後悔する。もう何を考えても仕方が無いが……それでも、悔やむ。
何故、ゼノクレスがあの人も標的に入れている事を忘れていたのか……。戦っている中でその事をすっかり忘れていた。
自分達の戦いに必死になり過ぎて、周りが見えていなかった。シュタムファータァに落ち度は無い。全ては、指示が遅れた俺のせいだ。
俊明は只、悔やむ。あまりにも呆気なく一条が犠牲になったせいか、涙は出てこない。けれどどうしようもなく、悲しい。いや、哀しいなんて一言で表せる感情じゃない。
『……ヤスっちさん』
これじゃあ……これじゃあ、イェーガーとかそういう奴らと戦ってきた意味が無い。目の前の人一人守れずに、何が正義の味方だ。
『あの、ヤスっちさん? 聞いてますか?』
俺はどうすればいい……。死んでしまったあの人に、何と詫びれば良い。いや、詫びた所で何も帰ってこない。
『ヤスっちさん、あの、聞いて下さい』
どれだけ謝っても俺は……俺は取り返しのつかな
『ヤスっちさん! 良いから前を見て下さい!』
「何だよさっきから!」
何度も呼びかけてくるシュタムファータァに俊明が半ばキレ気味に聞く。
シュタムファータァは膨れているのか、何も言わないまま人差し指を、粉塵の中へと向けた。
次第に粉塵が時間が立ち、降り続ける雨にかき消されていく。……と。
「……何?」
そこには、ゼノクレスによって凄惨な死体と化した遥の姿は無い。代わりに見た事の無い、シュタムファータァの様な姿をした黒い巨人が立っていた。
俊明もシュタムファータァも直感、それが一条の持っていた杖の正体という事に気づく。というか、それ以外ないだろう。
その巨人が地面に刺さっているカギ爪が抜けないのか、動きが止まっているゼノクレス目掛けて、右ストレートをぶち込んだ。
次の瞬間、ゼノクレスはその右ストレートをモロに食らった為か、凄まじい勢いで地面を擦りながら、吹っ飛ばされていく。
「って危ねぇ! 避けろシュタムファータァ!」
俊明に言われるまでも無く、シュタムファータァはこっちに吹っ飛んでくるゼノクレスを避ける。
しばらくすると、ゼノクレスの動きは止まり、手摺付近でノックダウンした様に転倒した。起き上がる様子は無い。
『……倒されましたね』
「倒され……ちゃったな」
あれほど苦戦して戦っていたゼノクレスが、今では完全に沈黙している。あの様子だと、もう復活しそうにない。
まさかあんなあっさりと倒されるとは思いもよらず、俊明もシュタムファータァも呆気に取られ呆然としている。
まぁ……何にせよ、一番の障害は取り除かれた様だ。この後まだまだやる事はあるだろうが……今は、それだけで良い。
「取りあえず……あいつに近づいてみるか」
『そうですね』
恐る恐る、俊明とシュタムファータァは出入口まで歩いていき、一条と巨人の元へと近づいていく。
そこには、ゼノクレスを倒した巨人を看病……? しているのか、巨人の装甲に両手をのせて話しかけている一条がいた。
話している内容は分からないが、泣いている所を見ると感謝でもしているのだろうか。……声を掛けてみるか、と俊明は思い実行に移す。
「お取り込み中……悪いんだが」
一条が俊明に気付いて顔を向けてきた。
するとポケットからカードを取り出すとヘッドフォンへと変化させる。
良く分からないが凄い技術に感嘆しながらも、俊明は頭に通信してくる事を前もって断る。
「おぉ、すげえ。……って、もうそれは良いよ。頭がキンキンする」
「そう? ならごめんね」
ヘッドフォンをカードに戻すと、再び巨人を看病しながら、一条はシュタムファータァと、中にいる俊明を見上げながら、話し出す。
「それじゃあ……約束通り、一切合財全てを話すね」
「私達の正体、そして……何故、貴方達の事を知っているか」
THE
STRANGE
DREAM
最終回(2)
「まず改めて……私の名前は一条遥。この子の名前は、私のパートナーであるリヒタ―・ペネトレイタ―。そうね……どう説明すれば良いか分からないけど……」
『私と同じ様な存在ですか? こう……戦闘を目的としたロボットと言いますか』
シュタムファータァがそう言うと、一条は深く頷き、再び話しだす。
「うん、大体そんな感じ。それで私が一体何者なのかというと……。
貴方達と関わっている先輩、神守遥さんと世界は違うけど同じ存在……と言ったら分かりやすいかな?」
一条の言葉に、俊明は素直に首を横に振る。正直、全く分からない。
「すまん……アンタが言わんとしてる事は何となく理解しようと思うんだが……」
『つまり……神守さんと同一人物という事ですか? 違う世界、いえ、言いかえれば並行世界という別の可能性に存在する』
シュタムファータァはどうやら理解している様だが、俊明は正直、理解が追い付かない。
あまりにも話が突拍子が無さすぎるというか、現実感が無さすぎるというか。まぁ、ロボットと普通に話している世界で何を言っているとは思うが。
「うん、そういう事。シュタム……ううん、紫蘇ちゃんって呼んだ方が良いかな」
『どちらでも構いません』
「そう。じゃあ、紫蘇ちゃん、それに安田君。遅れちゃったけど二人共、私とリヒターに協力してくれて、本当に有難う。
……それと、ごめんなさい。貴方達の世界に、あんな厄災を持ちこんで……」
と感謝しつつも謝罪する一条。厄災とは、と考えてシュタムファータァも俊明も、ゼノクレスの事だと気付く。
「アンタが謝る必要は無いだろ。建物を壊したり、人を傷つけたのはあいつのせいだ。アンタのせいじゃない。
『そうですよ。謝らないでください。あれは……あれは一条さんがこの世界に来なくても何れ……』
「シュタムファータァ?」
『……ごめんなさい、何でも無いです。続きをお願いします。一条さん』
一瞬、シュタムファータァの脳裏に妙なイメージが浮かんだ。このセカイに大軍を成して飛行するゼノクレスという恐ろし過ぎるイメージが。
しかし気のせいだという事でそのイメージを受け流す。きっと、気のせい。
小さく頷き、再び一条は自らの事を話し始める。
「それでどうして私が貴方達の事を知っていたか、という事について話すね」
「あぁ、それが今一番知りたかったんだ。俺はともかく、何でシュタムファータァの事まで……つか、よく紫蘇って名前まで知ってたな」
「うん。教えて貰ったからね。先生に」
先生? 予想だにしていなかったその言葉に俊明は頭を少し捻りつつも、今は黙って一条の話に耳を傾ける。
「まず、信じてもらえるかどうか……ううん。今は本当の事として信じてほしい事なんだけど。
私とリヒターは色んな世界を廻ってるの。時間も時空も飛び超えて。その旅の中で、私は将来戦力となる存在に接触してるの。
色んな世界でそういう存在に会ってきてて、この世界でそれに該当するのが……貴方達」
「ちょ……ちょっと、待ってくれ」
思わず俊明は一条の話を遮った。只でさえ理解の範疇を超えているのに、一条の話の規模はあまりにも大きくなりすぎている。
時間と時空を飛び越え? 戦力となる存在? 訳が分からない。まぁそう言うと神守、先輩と同じ存在って時点で無茶苦茶だが。
にしても理解が追い付かない。取りあえず俊明は自分自身言葉を確かめる様に、一条に聞く。
「戦力……戦力って言ったな? それってどういう意味なんだ? まさか……何か大きな戦争とか起こるのか? それで俺達の力が必要だと?」
「それはまだ分からない。けれど……けれど何れ、安田君と紫蘇ちゃんの様に、大きな力を持つ存在が必要となる出来事が起きる。それだけは本当。
だからこのセカイに来る前に、私をサポートしてくれる人、私は先生って呼んでるんだけど……。
センジュ・キサラギって人がいてね。その人から、貴方達の事をくまなく教えて貰ったの。どんな性格でどんな生活をしていて、どんな戦い方をしてきたかを」
「つまり俺達の事を知っていたのは、その、センジュって人から前もって教えて貰ったからなんだな? ……で、何でセンジュはそんな事を知ってんだよ」
「それは……色々あってね。けど、貴方達の生活を脅かす為だとか、そういう事は一切無いから安心して」
と優しい頬笑みを浮かべる一条が、俊明はなんだか怖い。けれどその事にとやかく言っていても話が進まない為、話を黙って聞く。
「私が旅を続けている目的にはそれが一つ」
「目的の……一つ?」
『目的の一つ……って言いました? 一条さんが世界を周ってる理由って……他にあるんですか?』
シュタムファータァの問いに、一条は少しばかり考え事をしているのか、俯く。数十秒程すると、ゆっくりと顔を上げて、話し出す。
「私が旅をしている目的は、戦力となる存在に接触する事。それと……これは私の個人的な理由だけど、師匠と再会する事」
『師匠……ってそのまんまの意味での師匠か? それか、そういう感じの人って意味?」
「そのまんまの意味だよ。凄く尊敬してる人でね。だから師匠って呼んでるの。けど……何時からか私の前からいなくなっちゃって。
だからずっと、色んな世界で師匠を探してるんだ。強くなって成長した私を見て貰える日まで私の旅は……終わらないかな。いや、終わりは無いんだけど」
そう語る一条の目はどこまでも澄んでいて、一際の淀みも不安もない様に、俊明は思う。強い人だ。とても強く気丈な人だと。
事態も状況も、一条が話している内容すら、まだスッキリと飲み込めても理解も追い付いていない。けれど。
けれど今は心から、目の前の一条が生きていて良かったと、俊明は思う。死んでいなくて良かった、と、物凄くホッとしている。態度には出ないが。
「それで……アンタ達はこれからどうするんだ?」
俊明がそう質問すると、一条はシュタムファータァ、そして俊明の目を真っ直ぐ見つめながら答える。
「この子をある程度まで回復させたら、今日中にこのセカイから旅立つつもり。
本当はあいつが壊してきた所を……ここの屋上とか、下の階とかを修復したいとは思うけど、先生から、他の世界に必要以上に干渉してはならないって言われてるからね……」
「だからアンタが気にする事無いだろ。あのデカい変なのがぶっ壊したんであって、アンタのせいじゃないさ。
……いや、全く気にするなとは言わないけど、少なくともアンタとリヒターが居なかったら、もっと酷い事になってたぜ。だからさ」
『ヤスっちさんの言う通りです。一条さんとリヒターさんが居てくれたからこそ、最悪の状況を免れたんです。だからそう……落ち込まないで下さい』
「二人とも……」
一条は目を閉じてゆっくりと開ける。穏やかで優しく、可愛らしく微笑む。その姿に、俊明は少しだけドキッとする。
当り前ではあるが、先輩の姿と重なって見えて。戦っている時の張り詰める様な雰囲気とはまるで違う、今の一条の雰囲気に、俊明はこの状態がこの人の本来の姿、素なんだろうなと思う。
「……優しいね、安田君も、紫蘇ちゃんも、だけど、旅立つ前に、やれる事はやっておくつもり。崩落してるガラスとかリヒターと一緒に片づけるよ。
それに……もう一度、旅立つ前に会いたい人がいるしね」
「会いたい人?」
「うん。私……もう一人な神守さんに。最後に伝えたい事があって」
と、その時だった。
沈んでいて二度と起き上がらない筈のゼノクレスから音がした。錆びていてぎこちなく回転する、歯車の様な機械音が。
異変に即座に気付き、一条は視線をゼノクレスへと向け、シュタムファータァは振り向く。俊明も身構える。
リヒタ―によって完全に打ちのめされた……筈だが、ゼノクレスは小刻みに気味悪く、ガタガタと音を出しながら、起き上がろうとする。
「まだ倒し切れてなかったか……シュタムファータァ!」
『トドメを刺してきます』
「……待って」
トドメを刺そうとするシュタムファータァを、一条は制する。一条の制止に、俊明は一先ずシュタムファータァに踏み止ませる。
下手に動かず、状況を見極めなければと一条は考える。にしても、仕留め切れなかった事に対して、一条は頭の中で舌を打つ。
リヒターの攻撃はしっかり通った……と思ったが、まだ甘かったのだろうか? 確実に決着を付けられると思ったのに……。
脚部や胸部の装甲や、武器であるカギ爪が起き上がっていくにつれて落ちていく。否、切り離されていく様だ。
やがて、頭部が左右に切り離され、全く別の姿をしたゼノクレス……否、ゼノクレスらしき何かが姿を現す。
まるで装甲という名の拘束具から解き放たれる様に、あるいは、蛹から華麗に孵る蝶の様に。
その何かは、人間の姿を模していた。遠目から見たらまんま人間に見えるかもしれない。
何かの外見は、人かと思うほど細くスマートであり、さっきまで戦っていた重圧な巨体とはまるで正反対だ。
黒々とした、漆黒という表現が当てはまる機体色の上に、血管のように細やかに、そして大量に這っているグロテスクな赤いラインが、胸から手足に伸びている。
何かの手足は、否、その全身自体が、人体その物を真似ている。非常に均整の取れており、無駄と呼ばれる部分など一欠けらもない。
何か―――――――ゼノクレスの第二形態、ゼノブレイカーが、ゆっくりと一条達の方を向いた。
ゼノブレイカーが人体を模しているのは身体だけではなく、頭部も同様だ。彫刻を思わせる様な、人間の目鼻立ちを真似た顔。だが無機質なその顔は温かみなど全く感じさせない。
左腕は、物体を消滅させるあの武器、イレイザ―・ポイズン。カギ爪が外れた右腕は、漆黒の機体色の中でやけに目立つ黄金色に塗られている。
胸部には、恐らく動力部であろう部分が毒々しい深紅の光を放っており、そこから全身に掛けてラインが伸びており、同じ様に発光している
頭頂部のトサカを思わせる排出口から、黒色の粒子が煙のように排出される。
細いツインアイが一条とシュタムファータァを捉えて、ツインアイ内の、目玉の様な赤く丸いパーツが光った。
「アンタ達はそこで待っててくれ。次は俺達の手で、奴にケリを付ける」
「けど……」
そう言って、俊明は一条に伝える。だが、一条としては手助けしたい。けれど今は……リヒターに尽力するのが最優先だ。
「……分かった。だけど決して油断しないで。最初の段階でも苦戦した相手だから」
『大丈夫です』
シュタムファータァも、一条に伝える。その声には、一条に応える様な、強い信念を感じる。
『私達は負けません。絶対に、貴方とリヒターさんを守ってみせます。何たって私達は』
「正義の味方、だからな」
『正義の味方、ですから』
俊明とシュタムファータァの声が、一つの声の様に重なる。一条は只、一人と一機を深く信頼して、見守る事にする。
銀凰を両手に持ち直し、ゼノブレイカーへと鋭い視線を向ける。向けながら一歩づつ、歩き出す。
ゼノブレイカーも、抜け殻であるゼノクレスだった時の装甲等を踏み潰しながら、シュタムファータァの方へと歩き出す。
シュタムファータァは思う。銀凰をすぐさま、斬り付ける事が出来る距離まで縮めたい。もうゼノクレスの時みたいに先方を取られるのはまっぴらだ。
するとゼノブレイカーは歩みを止め、深くしゃがむと両手を地面に置いて、クラウチングスタートの様な体勢を取った。
頭部を見上げ、シュタムファータァを睨みつける。瞬間、ゼノブレイカーが後ろ脚を蹴り上げて地面を抉りながら疾走する。
タイミングを合わせる様にシュタムファータァも疾走する。二機が真正面から衝突するまで、後数秒も掛からない。
新たな戦いのゴングを鳴らす様に、雷鳴が響く。
最終話(2)
シュタムファータァとゼノブレイカーが今正に衝突しあい、その様子を白スーツ達が高みの見物をしている頃。
ショッピングモールの入り口付近で、傘を差したりレインコートを着た野次馬達でごった返していて、警察までも駆り出され、混乱状態の中。
人々の波をするり、するりと、一人の男がすり抜けて、ショッピングモールへと近づいていく。男は強い雨が降っているにも拘らず、傘を差す事無く雨を浴びている。
男は相当使い込まれている為か、薄汚れてはいるが逆にそれが渋い雰囲気を感じさせてくれる、フードの着いたロングコートを羽織っている。
顔がすっぽり隠れるほどにフードを深く被り、表情は伺えない。と、男はどこからか携帯を取り出した。
取り出すとタイミング良く、着信を知らせるバイブレーションが鳴る。開いて通話ボタンを押し、男は電話を掛けてきた相手と会話しだす。
「よう。そっちはどうだ?」
「ヘンヨか。今目的地に着いた。そっちは?」
「狙撃ポイントに着いたんで飯食ってる。あいつらの姿も、あの……なんつったっけ? ゼノ何とかと」
「ゼノクレスだ」
「そうそう、ゼノクレス。お前が言ってたそいつと、シュタムファータァの戦闘を見える。けどよ、リヒト」
「ん?」
「お前、ゼノクレスって見るからに重そうだけど、動き自体は早いデブだって言ったよな。
けど、俺が今見てる奴は人間みたいに細い、つうかガリガリだぞ。お前、もしかしてデマ掴まされたんじゃないよな?」
電話の相手である、ヘンヨという男の言葉に、フードを被った男――――――――リヒトは僅かに見上げて、屋上に目を向ける。
その目は何を映しているかは分からないが、リヒトの顔付きはどこか険しく感じる。
「……第二形態に移行した様だな。ゼノクレスは」
「第二形態? おいおい、聞いてねえぞそんなの」
「一応ゼノクレスの情報自体は掴んだ。だが、あくまでそれは第一形態、デブな状態での情報でな。
第二形態に変形する事までは掴めたんだが、詳しい情報までは掴み損ねたんだ」
電話口の向こうで、ヘンヨは溜息を吐いた音が聞こえる。
「……それ、一番重要っつうか、一番掴まなきゃいけない情報だったんじゃないか?」
「あぁ、その通りだ。第一形態はともかく、第二形態までは名前すらも分からん。ここからが、本当の勝負になる。遥達にとって」
「その通りだって、お前……まぁ、何にせよ一条の譲ちゃんとシュタムファータァに委ねるしかねえか。
取り合えず俺は俺の仕事をこなすだけだ。あいつらが動き出したら俺も動く。それで良いな?」
「あぁ、頼む。っとすまん。割り込みだ。切るぞ」
急にキャッチが入って、リヒトはヘンヨとの通話を一旦中断し、そちらと話す事にする。
キャッチを入れてきた男の声は、先ほどのヘンヨに比べていく分若く感じる。
「俺です。こちらでもヘンヨさんと同じく指定ポイントに到着しました」
「おう、隆昭か。もう一回くらい整理しといた方が良いんじゃないか。自分のやるべき事」
「それは何度もシュミレーションしてるんで、問題無いです。けど一つ」
隆昭、という名のその声の男、いや、青年は声のトーンを落として、その一つについて話し出す。
「一つ、なんだ?」
「どうしても聞きたかったんですが……助太刀しなくて良いんですか? シュタムファータァと、安田俊明を」
「……不安か?」
「正直に言えばとても……不安です。遥さんはリヒターがパワーダウンしていて戦える状態じゃないし。
シュタムファータァと安田俊明は、例え、経験を積んできているとしても、ゼノクレス……いえ、ゼノブレイカーに、真っ向から太刀打ちできる程の実力はまだ……」
「神守、の方は今何してる?」
「今、どんな経由を辿っているかは分かりませんが、ケースを受け取った為、屋上に向かっている所です。
けれどリヒトさん……その……」
隆昭は言葉に出すのを迷っているのか、一端言い淀む。だが、敢えてハッキリとした口調で、リヒトに言い放つ。
「彼女には非常に失礼だとは思いますが……彼女は、神守遥はどこにでもいる、普通の人間です。
この世界にいる遥は、言うなれば普通の生活を送り、普通に暮らしてきた、そんな人です。
俺からすれば、彼女をこの戦いに巻き込むべきでは……巻き込むべきでは、無かったと思います。俺自身の本音は、ですが」
隆昭の言葉に、リヒトはしばし黙する。黙し、やがてゆっくりと、隆昭を諭すように語りだす。
「そうだな……。お前の言う通り、神守遥は本当に普通の人間だ。
普通の人生を送り、極々平穏で平和な日常を送っていた、普通の少女だよ。戦いから程遠い位置のな」
「ならどうして……ならどうして、彼女を巻き込んだんです? リヒトさん。俺には……俺には分かりません」
「なぁ、隆昭。お前の言いたい事も良く分かるし、理解も出来る。
けどな、お前も分かってるだろうが、何れこの世界も、俺達が居た世界の様に大きな混沌が訪れる事は確定してるんだ。
その時が来たら、神守遥はその混沌の中に巻き込まれる側になってる。シュタムファータァに触れ、セカイに関わってしまった事と……遥と、同一存在である故にな」
突如として突風が吹いて、被っていたフードが勢い良く後ろへと下がり、リヒトの顔が露わになる。
ヘンヨとはまた違う、燃えたぎる様な、鮮烈な赤色の髪の毛がまず目を引く。顔立ちは整っており、子供の様な無邪気さと、大人の余裕を兼ね合わした様な不思議な魅力がある。
それでいて、どんな苦難や困難も楽しもうとする無邪気さと共に、如何なる障害だろうと軽々と超えてみせんとする、果敢さと勇敢さも感じさせる。
何よりその目力は強く、弟子の一条遥と良く似ている。否、一条遥がリヒトに似てきたのか。
リヒトは言葉を紡ぐ。苦悩する隆昭に、答えを提示する様に。
「その混沌が訪れてからじゃ、もう遅いんだ。隆昭。遅かれ早かれ……いや、早い時期から覚醒出来なきゃ、神守遥はその時何が起きても、立ち向かう事が出来なくなる。
だから俺は敢えて、彼女自身に覚醒を促せる為にこんな事をしてる。俺を非情だと、残酷で人でなしだと、罵ってくれても構わないぜ、隆昭。だがな。
お前も分からない話じゃないだろ。ヴィルティックに……いや、未来の自分自身から、覚醒する為の力を授かり未来を変えようとしてるお前なら」
隆昭はリヒトの言葉に何を思っているのか、返事を返してこない。じっと、リヒトは隆昭の返事を待つ。
数十秒程すると、隆昭は再び話しだす。その口調と声にはどこか、反省している様に思う。
「……出過ぎた事を言って、済みませんでした。だけどリヒトさん、理解はしても納得できない事は俺にもあるって事だけ、伝えておきます」
「分かったよ。お前はお前の今すべきことをしてくれ。俺から言えるのはそれだけだ」
「俺は俺のやるべき事を遂行します。安田俊明とシュタムファータァに動きが見えたらで、良いんですよね」
「そっちは頼んだぜ。俺は中に入って、あいつらの襲撃に備えておく。それと、遥の方は任しとけ」
「リヒトさん。最後に一つだけ」
再びフードを深く被って、リヒトはショッピングモールへと歩き出す。周囲を複数の警備員が見張っている、が。
不思議な事に、警備員は誰一人、リヒトの存在に気づく様子は無い。まるでリヒトは気配、否、存在ごと自分を消しているかのようだ。
「もしも……もしも神守遥が覚醒しなかったら、どうするつもりです?」
「その時には」
「俺の手で、カタを付けるだけだ。弟子の分までな」
リヒトは携帯を閉じた。瞬間、リヒトの姿が消える。その様子を見た者は、誰もいない。
(3)に続く