創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

グラインドハウス 第8話

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だれでも歓迎! 編集
 数日が経った。
 マコトは普段通りの日常に戻っていた。
 普通に起床し、普通に学校へ行き、普通に授業を受け、普通に帰宅し、普通に
眠る。
 何も変わらなかった。
 変化といえば、ユウスケの姿を見なくなったのと、明らかにマコトの口数が少
なくなったことくらいだった。
 マコトはあの日から、常に誰かの視線を感じていた。
 監視されている。
 もしかしたら被害妄想かもしれない。そうであってほしいが、そうである証拠
はどこにもない。
 だからマコトは他人との関わりを避けるようになり、最近は休み時間の度に誰
も居ない校舎裏などで1人、ただ時間が過ぎるのを待つようになったのだった。
 「無為」が自衛の手段だった。
 ときどき、マコトは恐ろしくなる。
 あの、自分が殺した(も同然の)相手プレイヤー……もう、名前も忘れてしまっ
た。
 それだけじゃない。あれほど胸を締め付けたコラージュへの憤りも、好奇心か
ら犯罪に手を貸したことへの罪悪感と、自らの愚かさに対する自責の思いも、時
間と共に確実に薄れていっている。
 コラージュが言っていたのは、こういうことか。
 ……静かな午後だった。
 腕時計をちらりと見る。すでに5時限目が始まっているが、このままサボろう

 目を閉じて、雀のさえずりを聞く。時折やさしく吹き抜ける風が木々の葉を奏
でる。
 ……どうせ死ぬなら、こんな日に死にたい。
 誰かの足音が耳に入る。
 マコトは目を開け、そちらを見た。
「アマギくん、こんなところに居たの?」
 そこに立っていたのは、マコトと同じ制服を着た、背の低い少年だった。
 髪は黒く、アクセサリーも身につけていない彼はマコトのクラスの――
「『委員長』……?」
「もう授業始まってるよ?」
 そう言いながらキムラはマコトの隣に腰を下ろす。
 彼の名前はコウタ・キムラ。マコトと同じクラスで、学級委員長をつとめてい
る、成績優秀な生徒だ。
 もしかしたら自分を探しに来たのだろうか。訊くと、彼は頷いた。
「うん。ちょっと訊きたいことがあって。」
「授業はいいのか?」
「別に大した授業じゃないし」
 キムラは上着の内側から煙草を取りだし、口にくわえて火を点ける。勧められ
たが、マコトは遠慮した。
 キムラは、長く煙を吐く。
「……それで」
 彼がそれきり何も話さないので、マコトの方から言う。
「『訊きたいこと』って?」
「……ああ、そうだった」
 キムラは携帯灰皿に煙草の灰を落とす。
「アマギくん、コバヤシくんと仲良いよね?」
 マコトは否定しなかったが、肯定もしなかった。
「最近コバヤシくん見かけないけどさ、どうしたのかなって。」
 その言葉で、キムラがユウスケと仲が良かったのを思い出した。
 キムラには難病を抱えた妹が1人いる。彼は彼女を本当に大切にしていて、ユ
ウスケとはお互いのそういうところにシンパシーを感じているらしかった。
「さぁ……知らね」
 マコトのその返答は本当が半分、嘘半分だった。
 ユウスケが姿を現さない理由は、きっとマコトに顔を合わすのが気まずいとか
、そんな理由だろう。あいつは、逃げてるんだ。マコトはそう考えていたが、そ
の考えに一番納得していないのも自分自身だった。
 俺はあいつのことをこれっぽっちも解っちゃいない。
「ふぅん?……アマギくんなら、何か知ってる気がしたんだけどな」
 キムラの言い回しに、マコトの心が身構える。
「なんで?」
「丁度コバヤシくんが来なくなったあたりから、君も様子が変わったように思え
たから。」
 マコトは苦笑する。
「そう見えるか?」
「もしかして、厄介ごと?」
「ああ――」
 頷いて、気づく。
「ほら、嘘だ。」
 キムラがしたり顔でこちらを見て笑うので、マコトは少し気分が悪くなった。
「――たしかに、トラブルだけどさ」
 マコトは肩をすくめ、精一杯に事態の軽さをアピールする。
「別に、そんな大したことじゃない。」
 自分の口ぶりが、あの日のアパートでのユウスケに被る。
「そう?じゃあ、いいけどさ。」
 キムラはタバコを地面に落とし、靴の底で火を消す。
「困ったらいつでも相談してよ?少しは力になれるかもだから。」
「ああ……ありがとう。」
 きっと相談することなんて、無い。言葉と裏腹にマコトはそう思っていた。
「……そういえば、妹さんはどう?」
 マコトはふと気になって訊いた。
 キムラは困ったような表情をする。
「いつも通り、良くないよ。」
「そうか……」
「でもこの間お医者さまが言ってたんだけど、新しい技術を使った手術をすれば
、治るかもだって。」
「へぇ、やったじゃん」
「ああ!でも……」
「ん?」
「いや、何でもない。」
 キムラは立ち上がる。尻をはたいて、ノビをした。
「それじゃ、俺ちょっと抜けるから、教師に何か訊かれてもしらばっくれといて
。」
「オーケー。」
 マコトは軽く手をふりながら、遠ざかるキムラを見送った。
 それからマコトも立ち上がる。
 キムラと話して、理解できた。
 手を差しのべてくれる友達を、巻き込まないためにその手を払う苦しみ。あの
アパートでユウスケがマコトと約束を交わしたとき、あいつも同じ気持ちだった
んだ。
 あの時かかってきた電話――きっとタルタロスからの――によってユウスケが
マコトと約束をしたとき、彼はどれほど苦しんだのだろう。
 ……ユウスケに謝ろう。結局、最終的にタルタロスに参加を決めたのは自分自
身なんだ。俺に、あいつを非難する資格はない。
 マコトは立ち上がった。服をはたく。
 学校に来ていないということは、きっと家に居るはずだ。行こう――
 マコトは学校を出た。



 マコトはアパートの部屋の呼び鈴を鳴らす。反応は無かった。
 また居留守か?そう思って、前回と同様に声を出してノックをする。
 ……反応は無い。
 どうやら本当に留守みたいだ。また改めて来よう。
 そうして爪先を別の方向へ向けたときだった。
「……アマギさん?」
 目の前から歩いてきたのは中学生の女の子――ユウスケ・コバヤシの妹、エミ
  • コバヤシだった。制服を着ているのをみると、学校帰りだろう。
 マコトは「久しぶり」と返した。
「お久しぶりです。ウチに何か?」
 エミはマコトのそばに立った。
「いや、ユウスケ最近見ないからさ、もしかしたら家に居るかもって」
「兄ですか……」
 ふと、エミの表情が曇った。
 マコトは訊く。
「あいつに何かあったのか?」
「いえ、何かあったといいますか……」
 エミは軽く肩をすくめる。
「ただ、ここ最近帰ってきてないんですよね」
「え……?」
 耳を疑った。
「帰ってないって……いつから?」
「たしか、2日くらい前からだったと思います。」
「2日……」
「無断外泊は前からありましたが、やっぱり少し心配ですね。」
「ああ」
 『少し』じゃない。
 小さな虫が集団で足を這い上がるような、そんな感覚に襲われる。
「どこへ行ったか、心当たりは?」
「そうですね……」
 彼女は軽く考えて、首を振った。
「私には、ちょっと」
「そうか……」
 しかし言いながらマコトには心当たりがあった。



 もう二度とここに来るつもりは無かったのに。
 マコトは階段を上りきり、歯噛みした。
 埃まみれの広い部屋、その中心に座すマネキンの前にマコトは立った。
「『我は英雄に非ず、未だ此処に至るに値せず』。」
「会員証ノ提示ヲオ願イシマス。」
 このためにわざわざ家から持ってきたカードを見せつける。
「声紋合致。マコト・アマギ本人ト確認――」
「ユウスケ・コバヤシは来てるか?」
「ソノヨウナ質問ニハオ答エデキマセン」
「誰に訊けばわかる?」
「オーナーニオ願イシマス」
「わかった。」
 マコトはマネキンの横を過ぎ、エレベーターを呼ぶ。
 すぐに到着したそれに乗って、タルタロスへと降りた。
 足を踏み入れたエントランスの光景は以前来たときとほとんど変わっていない
。豪華絢爛な空間にガラの悪い若者たちがたむろしている。
 その時の記憶からコラージュの部屋への道をひっぱり出し、歩む。
 思ったより早くその部屋にはついた。
 ノックをするつもりは無い。マコトは乱暴に扉を開いた。
「度胸は買うよ」
 扉の向こうにはコラージュがすでにマコトを待ち構えていた。彼はくつろいで
いる様子で、高級なソファーに寝そべるように座り、ホットドックなどをかじっ
ている。
「だけど、僕の機嫌を損ねたら死んじゃうかもしれないってのに、わざわざそう
するのはいただけない。」
 コラージュは笑った。
 マコトは構わずズカズカと部屋に踏み込み、彼の傍らに立つ。
「ユウスケをどうした。」
「どうもしてないよ。」
 また、ホットドックをかじる。
「ただ僕たちは彼の希望を聞いただけ。」
「ユウスケは何を?」
「あれを見るといいよ。」
 彼が指差した先には大きなモニターがあった。そこには檻と、多くの人間たち
が俯瞰で映されている。
 あの会場だ――マコトはピンときた。
「おい、まさか!」
「もっと詳しい映像はコチラ」
 コラージュがリモコンをいじると映像が切り替わる。画面に大写しになったの
は、グラウンド・ゼロをプレイする1人の少年――
「――ユウスケッ!」
 マコトは思わず叫んでいた。
 画面の向こうから実況が聞こえる。
『――おおっとコバヤシ!粘る粘るねばねばネバネバァ!しかしやはり無謀だっ
たぁ!?』
「なんでアイツが!」
「理由はコチラ」
 また映像が切り替わる。今度画面に大写しになったのは、不気味な仮面を身に
つけた人物だった。
 あいつは、『タナトス』ッ!
「まさか、ユウスケ――!」
「そう」
 コラージュが言った。
「哀れなコバヤシ少年は、自らが巻き込んだ親友を、このタルタロスから永遠に
解放するために、頂点に立つタナトスへと挑んだのでありマス。」
 彼は芝居がかった口調でそう語る。
 マコトはまたコラージュの方を向いた。
「止めさせろ!今すぐに!」
 しかし直後、マコトの後方、モニター内からひときわ大きな歓声がまき起こる

『決ッ着ーッ!!当然すぎる結果に何も言えねーぜ!この挑戦はやっぱ無謀ッ!
蛮勇ッ!馬鹿の極みだったぁ!!』
 再びモニターを見る。映像はまた俯瞰視点に戻っていた。
『んじゃあさっさとやっちまうぜ!身の程知らずの馬鹿野郎には、キツいオシオ
キしなくちゃなあ!』
「やめろ……」
『レッツ、エクスキューションッ!!』
「やめろ!」
 マコトの叫びが届くはずもなく、スムーズに檻は引き上げられ、観客とユウス
ケを隔てるものが排除される。
 あっという間に暴徒たちは、ユウスケを覆い隠した。
 マコトはそれを確認する前にはすでに部屋を飛び出していた。
 全力で通路を疾走する。途中何回か他人にぶつかったが、気にする暇は無い。
 いくつかの角を曲がり、長いスロープを下りた先の、立派な扉。それを蹴破る
ようにして開け、中に飛び込む――
 ――しかし、会場内には誰も居なかった。
 あの不吉な2つの檻と、グラウンド・ゼロの筐体だけは相変わらず中心の舞台
の上にどんと据えられているが、他に人の影はどこにもない。
 この会場じゃなかったのか――?
 辺りを見渡してそう思ったマコトがつま先を出口に向けたときだった。
「いいや、ここであってるよ。」
 入り口のところに立ち、片手に食べかけのホットドッグを持ったコラージュが
そう言った。
「……じゃあ、何で誰も……?」
「答えはシンプル」
 狼狽えるマコトに構わず、コラージュは最後のひとかけらを口に押し込む。
「あれが『2日前』の映像だから。」
「『2日前』……ってことは」
「ユウスケ・コバヤシ君はとっくの昔にお亡くなりDEATH。」
 信じられないほどにあっさりと、彼は言った。
「そんな……!」
 思わず足から力が抜ける。床に両膝をついた。
 うつ向くと、コラージュが言う。
「あっあっダメ、ダメだよ。顔は上げなきゃ。」
 マコトはそんな言葉はもう聞いていなかった。が、近づいてきたコラージュが
目の前でしゃがみこんだので、ゆっくりと顔を上げて彼を見た。
 するとコラージュはマコトの表情を見て、満足げに微笑む。
「そうそう、その表情。」
 コラージュが何を言っているのか、マコトには理解できない。
 彼は再び立ち上がると、何かを思い付いたような仕草のあと、言った。
「会わせてあげようか」
 微笑むコラージュ。
「コバヤシくんに。」
 マコトは勢いよく立ち上がった。するとその様子を見て、コラージュはハハと
笑う。
「食い付きいいね。……じゃあ、ついてきて。」
 そうしてコラージュは踵を返し、出口へと向かう。
 マコトもついていく。
 部屋を出てすぐ横の、『従業員専用』とある扉を開けて薄暗い通路に入り、少
し行ったところの、ドアの無い広い部屋に入る。
 そこには見上げるほどに大きな機械があった。それは今は稼働していないらし
く、静かに空間を占有している。
 マコトはそれに目をくれず、コラージュを急かす。
「今会わせてあげるよ……ほら、これだ。」
 そうして彼が物陰から引き摺り出したのは、大きな缶だった。貼られたラベル
には2日前の日付と、『6』の数字がある。
 マコトの疑問の表情も無視し、コラージュは手際よくその蓋を開けた。
 中を覗きこむと、ますますわけがわからない。コラージュに促されるまま、マ
コトは缶のそばにかがみこんで、中に詰まっている黒い粉をつまんだ。
「それがコバヤシくんだよ」
 コラージュが言う。
 マコトは聞き返した。
「タルタロスはね、賭博以外にもいろいろやってるんだ。」
 彼は機械に手をつく。
「ド変態どものための『食用糞尿の販売』、三つ編みフェチロリコンたちのため
の『ビデオ撮影』、『人間家具の作成・販売』もある。……そして、ウチが業界
で最大シェアを持っているのが、『人肉食品の販売』。」
「『じんに……!』」
「例えばハンバーグだったりソーセージだったり、ケーキだったりプリンだった
り、肉をそのまま使うタイプもあれば、加工して粉にしたものを混ぜこむタイプ
もある。」
「おい、まさか」
「そう。」
 コラージュは缶を指差した。
「それは、そのための『人肉粉』6人分だよ。」
 言葉が出なかった。愕然とした。
 指に付着した粉を見る。赤黒いそれはサラサラとしていた。
 これが、もとは人間だった――?
 想像がつかない。だからユウスケが、『あの』ユウスケがこれになったと言わ
れても、実感が湧かなかった。
「想像つかない?」
 思考を読み取ったかのように、コラージュはまた微笑む。機械から手を離した。
「まぁそうだろうね。……なんなら、詳しい加工方法を教えてあげようか。まず
は手作業で腸内を洗浄――」
「やめろ!」
 マコトは耳をふさいだ。これ以上聞いたら、実感が湧いてしまう。ユウスケが
これになったと、認めてしまう。
「――したあと、各部位を切開してインプラントとかの不純物を摘出。その後ま
るごと専用のミキサーにかけて骨も肉もドロドロに――」
 しかしコラージュは楽しげに説明を続ける。その視線はマコトの顔に注がれて
いて、彼が恐怖と不快感にマコトの表情が歪むのを楽しんでいるのははたから見
ても明らかだった。
「やめてやれ、コラージュ。」
 だがそれは遮られる。
 不満げな表情をするコラージュと共にマコトが声の聞こえた入り口を見やると
、そこには見覚えのある大きなシルエットがあった。
「お前のその悪趣味、見てて気持ちのいいものじゃない」
「だったら見なきゃいいのに」
 部屋に足を踏み入れるその影は仮面をしていた。あの恐ろしげな風貌はマコト
はさっき見たばかり。あの映像の中で――
「――タナトス……」
 タナトスはコラージュの前を横切り、マコトの声を無視して、缶の蓋を拾って
またはめなおす。
 その動作はゆったりとしたもので、マコトがタナトスが映像の中でしたことを
思い出し、心を怒りの炎で満たすには充分な余裕のあるものだった。
「よくもアイツを!」
 マコトは叫び、立ち上がった。
 しかしその恫喝はタナトスには無意味だったようで、彼は全く動じず、自らが
先ほど蓋をした缶の上に腰かける。
「『アイツを』……なんだ?」
 彼のボイスチェンジャーを通した声がマコトに語りかける。
「よくもアイツを――」
「――『殺した』、か?」
 死の神がこちらをまっすぐに見た。
 マコトの手は怒りのために震えている。
「……勘違いしてもらっては困る。私は挑戦を受けたのだ。自ら命を捨てたのは
、彼だ。」
「だから何だ!それでも殺したのはお前たち――タルタロスだろう!」
「いいや違う。彼の死は……自殺だ。」
 マコトはたじろぐ。
「……どういうことだ。」
「僕たちはちゃんと警告したんだよ」
 コラージュが口を挟む。彼はどこか退屈そうにしていた。
「『君の実力じゃ万にひとつも勝ち目は無い』って。」
「だがそれでも彼は私と戦うことを選んだ。」
 タナトスの言葉――
「万にひとつも勝ち目は無いのに、『君をタルタロスから解放するため』と己を
無理やり納得させて、『逃げた』のだ。」
 黙りこむマコト。
「彼は君への罪悪感に耐えられなかったのだ。君への罪を心に刻んで無様に生き
るよりも、『悲劇のヒーロー』という己に酔って、美しく人生を終わらせること
を選んだのだ。」
「なんて卑怯なナルシスト!」
 コラージュが芝居がかったポーズをしながら叫ぶ。
「同じことを今まで何人にもしてきたというのに!いいやそもそも、そんなに心
優しい人間ならタルタロスになんか関わりやしなかっただろうに!」
「ユウスケ・コバヤシは……正真正銘のクズだった。」
「……だから、お前たちは悪くないっていうのか」
 うつむくマコトの声は震えていた。
 コラージュが耳障りな声で笑う。
「ここまできてまだ善悪を持ち出すの?」
「誰が悪い、じゃない」
 対称的に静かなタナトス。
「誰が悪いかと言うならば、それは全員だ。私も悪い。コラージュも悪い。君も
悪い。ユウスケ・コバヤシも悪い。タルタロスに足を踏み入れた時点で、全員が
悪い。だが、そうじゃない。」
「そう――」
 また、コラージュ。
「――僕たちはねぇ、アマギくん。君たちの信仰するそれとは根本的に違う倫理
観で生きてるんだよ。そこには君たちの世界の善悪ではくくれないものが山ほど
ある!」
「それでも……!」
「『それでも』?」
「……ユウスケが死んで、悲しむ人が居るんだ!」
「だから言ったでしょ?コバヤシくんの死は自殺も同然、悲しませるのは――彼
自身だよ。」
 コラージュはそう言った。
 それから沈黙があった。
 マコトは潤む両目を手のひらで押さえて、ただ立ち尽くしている。コラージュ
はあくびをし、座したままのタナトスは静かにマコトを見ていた。
「……コラージュ」
 マコトが呟くように言った。呼ばれたコラージュはもうこの空気に飽き飽きし
ているらしく、面倒くさそうに返事をする。
「このタルタロスの頂点に立てば――タナトスを倒せば、願いが叶うんだよな?

 コラージュは肯定し、ニヤリと口端をつり上げた。
「だけど、死者を生き返らせるのは、無理だよ。」
「わかってる。」
 マコトは涙を拭う。ギッと力強く2人を睨み付けた。
「だけど例えば、『タルタロスを完全に消滅させる』と願えば、それが叶うんだ
ろ。」
 マコトのその言葉を聞いて、コラージュは心から嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「もちろんだよ!君はタナトスに挑むつもりなんだね!」
 頷く。
「ううん、良いねぇ!僕はそういうのは大好きだ!じゃあ、早速セッティングを
――!」
「――だけどそれは、今じゃない。」
 コラージュの動きがピタリと止まる。
 マコトはタナトスを見据えた。
「今の俺じゃあ、お前に勝てないだろ」
 タナトスは頷く。
「そうだな。私には負ける要素がなにも無い。」
「だから」
 マコトは足を部屋の出口に向けた。歩み出す。
「『強くなる』、このタルタロスで生き延びて。強くなってから、お前を倒す。

「自分の望みを叶えるために多くの他人を犠牲にするのか?それは君の言う『悪
』ではないのか?」
 背後からの声に出口のそばで立ち止まって、振り向かずに言った。
「『善』とか『悪』とか……もう、わかんねーよ。」


 タルタロスを出て、エリュシオンを出た。
 駐車場を横切り、暗くなり始めた通りへ出る。
 駅へと向かおうとして、ふと、足を止めた。
 辺りを眺める。マコトの周囲では顔も知らない人々が先を急ぎ、道路には自動
車が絶え間なく行き交う。その向こうにもさらに数えきれない人々の姿……。
 『街を歩いていてすれ違った人間が、次の日にはもうこの世に居ないかもしれ
ない。』そんなこと、誰も考えていやしないんだ。
 しかし確実にこの街では毎日のように人間が死んでいる。
 人は死と共に生きているんだ。そんな当たり前のことに、俺は気づいていなか
った。
 ……虚しさがマコトの心を支配していた。
 だが、同時にその隅でくすぶり始めたものがある。
 ――よくも、ユウスケを。
 たしかにタナトスやコラージュの言うとおりかもしれない。あいつの死は自殺
だったのかもしれない。
 だけどそれ、違うだろう?
 そもそもタルタロスさえ無ければ、タナトスやコラージュが存在していなけれ
ば、ユウスケは死ななかったんだ。
 殺したのは、やはり『タルタロス』。
 それ以上の余計なことを考えそうになって、マコトは頭の中で自分を殴り付け
た。
 駄目だ、やつらに与しては――
 頭を振って、マコトは雑踏の中へと消えた。

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