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グラインドハウス 第10話

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匿名ユーザー

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 次の日、マコトが学校から帰ろうと下駄箱で靴を出していると、突然に声をか
けられた。
「アマギくん。」
 親しげでありながら礼儀はわきまえている、クラスメイトへの呼び掛けの模範
のような調子でそう言ったのはコウタ・キムラ――マコトのクラスの学級委員長――だった。
 マコトが彼の方に顔を向けると、彼は何やら神妙な面持ちでいる。
 どうしたのか、とマコトが訊くと、彼は言った。
「今日、これからいいかな……コバヤシくんのことで、ちょっと。」


 ポテトが乗ったトレイを手に席に戻ると、キムラは携帯電話を閉じ、マコトを見た。
「ポテトだけ?」
「ああ」
「ハンバーガーとかは?」
「腹減ってないし。」
 ゆっくり話せる場所を、と学校の近くにあるファーストフード店に入ったのは
失敗だったかもしれない。マコトは前回タルタロスでコラージュの話を聞いてか
らというもの、肉を口にするのを避けるようになっていた。
 そんな彼に向かいあって座るキムラのトレイにはてりやきバーガーのセットが
乗っかっている。気分が悪くなって、マコトは目を逸らす。
「そんなこと言って」
 キムラがニヤリとして人差し指を軽くマコトに向ける。
「お金無いんでしょ。バイトしてないんだろ?」
「どこ情報だよそれ」
「コバヤシくん情報」
 笑えなかった。
「……それで、今日は?」
 しばらくして、マコトはポテトをくわえて言った。
 キムラはてりやきバーガーの包み紙を、ソースが手につかないように丁寧にた
たんでトレイに置く。コーラを一口飲んで、それから答えた。
「今日さぁ」
 キムラはマコトではなく、トレイ上の広告を見ていた。なんでもない話をする
体を保ちたいのかもしれないが、不自然だ。
「先生が言ってたけど」
 キムラは少し声を落とす。
「行方不明だよね……コバヤシくん。」
 マコトは曖昧に頷いた。
 そうだった。ユウスケの母はついに(やっと)警察に捜索願を提出し、当然それ
は学校にも伝えられ、それを受けて今日のホームルームで担任の教師はクラスメ
イト全員に「コバヤシが最近悩んでいる様子は無かったか」、などという見当外
れなアンケートをとったのだった。マコトは紙を白紙で出した。
「ああ、そうだな。……心配だ。」
 白々しく、マコトはそう言う。
 タルタロスの薄暗い部屋の缶に収められたあの赤黒い粉を、心配?
 なんだか少し可笑しく思えて、マコトはわずかに吹き出す。
「何が可笑しいんだよ」
 その様を見たキムラが不快そうに言った。
「いや、べつに。」
 マコトは軽く頭を振って、改めてキムラを見る。
「それで――また、俺が何か知ってるんじゃないかって?」
「……うん、そう。」
 頷くキムラ。
 マコトは椅子に座りなおす。
「悪いけど、俺は何も知らないよ。」
 そう言って、マコトはまたポテトを口に運んだ。何か飲み物も頼めばよかった。
 会話はそこで途切れた。それでもキムラはマコトの様子を伺うようにチラチラ
と見ていたが、やがて軽く息を吐いて、立ち上がる。
「ちょっとトイレに」
 そうしてトイレへ消えていくキムラを見送って、少しの間マコトは1人でポテト
を消化していたが、ズボンのポケットから感じた不意の振動にその手を止めた。
 震える携帯電話をポケットから引っ張り出し、開く。電話だ――耳に当てる。
「もしもし」
「こんばんは、アマギさん。」
 事務的な、聞いたことのない声。しかしマコトはすぐに理解した。
「タルタロスか」
「はい。次回の対戦カードと日時が決定いたしましたのでお伝えいたします。」
「ちょっと待ってくれ、メモを……」
 言いながらマコトはトイレの方を目で窺い、それから手帳を取り出した。
「……よろしいですか?」
「ああ。」
「ではお伝えいたします。日時は明後日、土曜日午後3時ちょうどとなっております。
もしも都合がつかないのでしたら今、仰ってください。」
「……多分、大丈夫。」
「では次に対戦相手についてお伝えいたします。」
「ああ」
「登録名は『ケルベロス』。現在まで3ゲームを経験しているプレイヤーです。こちら
で独自につけているランキングでは、アマギさんの2つ上に位置しておりますが、バラ
ンス的には『ケルベロスやや有利』に留まると判断いたしました。」
「え?」
「いかがなさいましたか?」
「登録名って……」
「登録名とは、タルタロス登録時に登録される、タルタロス内部でのみ通用する名前でございますが。」
「……そういえば、あったな。」
 マコトの額を冷や汗が伝う。
 思い出した。タルタロスとの契約時に記入した書類に、たしかそんな欄があった。そし
て、俺はいい名前が思い付かなかったから、その欄に――
「アマギさんは『マコト・アマギ』と本名で登録されております。」
 ――どこまで間抜けなんだ俺は。
「……わかった。じゃあちょっと悪いけれど、その登録名を変更するのはできる?」
「今、でございますか?」
「今。」
「……少々お待ちください。」
 『少々』待った。
「……お待たせいたしました。手数料として1万円ほどいただければ、今すぐの変更は可能です。」
「頼む。」
 マコトは最初にコラージュから渡された報酬には手をつけていない。その程度は問題ではなかった。
「了解しました。では、変更後の名前をどうぞ。」
「えーと……」
 そこまで言って、マコトは詰まる。名前を考えていなかった。
「そうだな……」
 早くしないとキムラがトイレから戻ってきてしまう。マコトはもうどうでもよくなった。
「じゃあ、『ああああ』で。」
「その名前はすでに使われております。」
「マジか」
「はい」
「じゃあ『もょもと』」
「その名前も使えません」
「タルタロスの住人ふざけすぎだろ」
「そちらこそ真面目に考えてください」
「わかったよ、そうだな……」
 マコトは少し考える。『タルタロス』と『タナトス』にリベンジするのにふさわしい名前――
「――『オルフェウス』。」
「……その名前で、よろしいですか?」
「ああ。」
「では登録名を『オルフェウス』に変更いたします。手数料は3日以内にタルタロスまでお願いします。」
「わかった。」
「では、話を戻します。ほかに何かご質問は?」
「……いや、無い。」
「了解いたしました。これで今回の連絡は終わりです。あなた様の勝利をお祈りいたしております。」
「わかった。」
 電話は丁寧に切られた。
 マコトは携帯電話をしまう。憂鬱さが息と一緒に漏れた。
 だけど、逃げない。
 どうせ今回戦う相手――『ケルベロス』は自分と同じ人殺しだろう。いや、すでに相手は
3ゲームを経験しているらしいから、殺した人数では向こうが上にちがいない。
 相手は悪いやつなんだから、今さら躊躇う必要もないはずだ。
 ……相手『も』だな。
 それ以上余計なことを考えそうになって、またポテトを口に押し込む。
 また横目でトイレを見た。遅いな、キムラ。
 と、そう思った直後、キムラが姿を現した。
「いやーまいったよ」
 席に戻りながらキムラが言う。
「小さい方のトイレが2つあって、片方故障中でさ、もう片方は怖い感じのマッチョなヤンキーが使ってたのよ」
「へぇ」
「それでしかもその人むっちゃ長い間出そうとしてるのね?仕方なく後ろで待ってたらいきな
り『何見てんだ』って絡まれかけてー」
「マジかよ?」
「うん。んで、『ウゼー』って思ったんだけど、その時気づいたんだ。」
「何に?」
「そいつチン○出しっぱなしだったのよ。」
 笑うキムラ。マコトも空気を読んで笑う。
「んで、それそいつに言ったらズボンにしまいはじめたからその間に逃げてきたわ。」
「マジ?だったら早く店出ないとヤバくね?」
「いや、ああいうのは3歩歩けば忘れる脳ミソしてるから、必要ないよ。」
「つーかさ」
「ん?」
「これメシ食うとこで話すような話じゃないだろ」
 2人はまた笑った。



 しばらくして、店を出て、キムラと別れた。
 駅へ向かう人の流れに紛れ、夜の街を歩く。
 イヤホンをして道を歩いていると、周囲の人たちが自分の意識から蹴り出されるの
が感じられる。
 他人を意識しないことでしか世界に触れられないのか。もし、自分の意識から蹴り
出された他人がその瞬間にこの世から居なくなっても、何も感じないんだろうな。
 『自分の意識していないものは実はこの世に存在していないんじゃないか』そんな
思考実験があったことを思い出す。
 そんなことを考えながら駅前の広場に足を踏み入れ、そこでマコトはポケットが振
動していることに気づいた。
 携帯電話を取りだし、ディスプレイの番号を見る。見覚えがあった。
 急いでイヤホンを外し、足を止めて電話に出る。
「もしもし。」
「こんばんは。」
 聞こえてきたのは女性の声――
「コンドウさんですね。」
「ええ。今少し時間いいかしら?」
 電話口で黒髪の女性、アヤカ・コンドウは言った。
 マコトは返事をし、辺りを窺いつつ近くの街灯に寄りかかる。
「ありがとう。でも手短に伝えるわね。」
「はい。」
「今後の捜査方針が決まりました。」
 マコトは素早く目で辺りを見回した。
「今後、君には『トロイの木馬』になってもらうわ。」
「え?」
「詳しく説明するわね」
 マコトは携帯電話を握りなおした。


「まず第1に、タルタロスのリーダーであるコラージュとタナトス、彼らを今のまま
逮捕するのは得策ではないわ。」
「なんでですか」
「『彼らは直接殺人を犯していないから』よ。もしこのまま私たちがタルタロスに乗
り込んでも、彼らは殺人でなく過失致死の罪に留まるわ」
「だから何故?」
 マコトは自分の語気がわずかに荒くなっているのがわかった。
「『殺人罪』の成立には『殺意』が必要なの。彼らは『ゲームをプレイし、檻を上げ
るだけ』だから、『殺意は無かった』と言われてしまえばそれまでよ。」
「そんなわけねーだろ!」
 つい大声が出た。道行く何人かがこちらを見たので、マコトは顔を背ける。
「残念ながら、そうなるわね。実際殺意は無いのかもしれないし……。その辺りの立
証をするのは私たちと検察の仕事だけど……ここだけの話」
 アヤカは声を潜めた。
「……どうやら警察上層部にも彼らの顧客がいるようなのよ。」
 言葉が出ない。
「誰かはわからないけれど、その人物のせいで私たちも思うように動けないでいるわ。」
 ふと、その言にマコトは何かひっかかるものを感じた。
「それに、君から聞いたタルタロスのその他の業務内容から推測するに、他の犯罪組織と
の繋がりも充分考えられる。ならば、なるべく奥深くまで切り込みたい。」
 マコトは黙りこむ。悔しかった。
「……いい?」
「……ああ。」
「じゃあ、続けるわね。第2に、だから君にはトロイの木馬になってもらうわ。」
「それがよくわからないんですが。」
「簡単よ。」
 ひと呼吸。
「君は『内部からタルタロスを破壊する手助け』をしてくれればいい。」
「内部からって……もしかして」
「具体的に言えば、『コラージュたちの信頼を勝ち取り、こちらの勢力をタルタロスへ送
り込む手助けをしてくれればいい』ということ。」
「それってつまり」
 喉の渇きをマコトは感じる。
「『他のプレイヤーを殺してもいい』……ってことか。」
「そうね。」
 愕然とした。が、すぐに思い直す。
 『他のプレイヤーもどうせ人殺しだ。だから殺してもかまわない』と、自分もそう考えただろう?
 彼女も同じことを考えているだけだ……
 しかし、やはりひっかかる。
「心配しなくても、君のことは私が守るわ。協力者をつける。」
「協力者?」
「ええ」
 アヤカは頷く。
「信頼できる人よ。」
「名前は?」
「さぁ?」
「『さぁ?』って……」
「名前はわからないけれど、信頼はできるわ。」
「コンドウさん、あなたは――」
 もう我慢できない。
「――あっちがわの人間ですか?」
 マコトの言葉に、彼女は少し考えるような間をとった。
「『あっちがわ』とは?」
「『タルタロスがわ』ということです。」
「私を疑っているのね。」
 頷くマコト。
「はっきり言って、あなたのやり方はとても警察のものとは思えない。」
「そうね。」
 アヤカは驚くほど素直に認めた。
 意外に感じるマコト。
「――まったく、そのとおりだわ。」
 もう一度彼女はくりかえした。その口調には反省するような含みがある。
「……あんたは誰だ。」
 マコトはもう、彼女へも牙を向けていた。
「私は――」
「正直に言え。」
「――警視庁、刑事部――」
 次の瞬間、マコトは耳を疑った。
「――『管理官』。アヤカ・コンドウよ。」
 息をのむ。
「……それを信用しろってのか。」
「ええ。」
「証拠は」
「いくらでも出せる。」
 言い切る彼女。マコトは認めざるを得なかった。
「……なんで嘘をついてた。管理官とか、超偉いじゃねーか。」
「そうね。でも管理官じゃあ君の前に立って話を聞くことはできなかったわ。」
「それだけが理由か。」
「大部分はね。君に信用してもらうためにやったことだけど、結果的に嘘をつく
形になってしまってごめんなさい。」
「なんで、そこまでして」
「答えるわ。私の目的は――」
 マコトは再び息をのむ。
「――『タナトスを殺すこと』よ。」
「タナトスを……?」
 意外だった。彼女の口からそんな暴力的な言葉が出るとは。
「私はタナトスを、合法的に、殺したい。だから、わざわざ通報センターにまで根
をまわして、タルタロスに関わりそうな話は全部私のところへ持ってくるようにさせていたの。」
「いったい、奴と何が?」
「知りたい?」
 ふ、と冷たい感覚がマコトの首筋を走った。
「……いや、いい。」
「そうしたほうがいいわ。でもお詫びに、1つだけ教えてあげる」
 マコトは言葉を待った。
「私の理由は、君と同じよ。」
 ハッとした。
「復讐……か?」
「――ええ。これで少しは、信用してもらえるかしら。」
 ……確かに。もし今彼女が言ったことが全て本当だったなら、身分を偽ったことも、
この警察とは思えないやり方も、ギリギリ納得できる。
 しかし、肝心の復讐の理由はぼかしているし、口からでまかせの可能性も否定しきれない。
 だが、俺には選択肢は無いだろう。
 たとえどんなに灰色でも、これが現時点で自分に与えられた唯一の反撃のカードなのだから。
「……わかった、信用するよ。」
「ありがとう。」
「……ということは、もしかしてアンタは今、警察とは関係無しに動いているのか?」
「半分はね。タルタロスを制圧するための実力はやはり必要だし、上から押さえられてても、
そのくらいは準備できるわ。捜査本部の話も本当よ。」
「じゃあ今、アンタは捜査本部に身を置きながら、それとは独立して秘密に俺と関わっているのか?」
「ええ、だいたいそんな感じよ。」
「大丈夫なのか?それって……」
 アヤカは自嘲するように少し笑う。
「正直なところ、かなりキツいわ……こんなことしてるのバレたら懲戒免職どころか実刑だし。」
「……それほどまでに、タナトスをやりたいのか。」
「ええ。」
 その声ははっきりとしていた。
「……わかった。あんたを信用する。」
 すると、彼女はくすくすと笑う。
 「なんだよ」と訊くと、「それ、二度目」と言われた。
「……そ、それはそうと!」
 なんだか気恥ずかしくなって、頭をかく。
「さっき言ってた『協力者』って、どんなやつだ?」
「ああ、そうそう」
「名前すらわからないって、どういうことだよ。」
「正確には、本名がわからないだけで、名前はあるわ。」
「それは?」
「通称『サイクロプス』。」
「……またギリシャ神話かよ。」
「面白い偶然よね。」
「そいつはどんなやつ?」
「サイクロプスは、その筋では有名な、凄腕のハッカー、プログラマーよ。タルタロスとは関係が無いわ。」
「『その筋』って、ヤバい筋か。」
「だからこそ信用できる。ああいう業界は信用が全てだから、お互いに交わした
契約通りにしていれば、敵になることは無いわ。」
「そういうもんか」
 マコトは街灯に手をつく。そろそろ立っているのに疲れてきた。
「――で、そいつと協力してタルタロスに亀裂を入れろ、と。」
「そういうこと。さらに詳しい算段はサイクロプスと合流してからまた。」
「そいつとはいつ会える?」
「準備ができたら向こうから君に接触してくるわ。少なくとも3日以内には会える予定よ。」
「わかった。」
 それから2人は簡単な挨拶を交わし、電話を切った。
 駅前の広場でマコトはひとり、物思いにふける。
 なんだか、今日は色んなことがあった。
 次の戦いは『ケルベロス』で、日は明後日……。
 アヤカの人物像も掴めた。『タナトスを殺すため』に、彼女はマコトに協力してくれている。
肝心の理由は教えてくれなかったが、それが真実であるなら、彼女は心強い味方でいてくれるはずだ。
 そしてそんな彼女が自分のために用意してくれた協力者、『サイクロプス』。3日以内に自分
の前に現れてくれるそうだが……
 ……いったいどんな人物なのだろう。凄腕のハッカーだとか言われても、想像がつかない。
 名前からは屈強な男がイメージされるが、そんなやつが頭脳労働か。いや、逆にアリか?
 もしかしたら白髪のスティーブン・セガールが両目にペットボトルの蓋をつけたような姿をしているのかも。
 ……マンガの読みすぎか。
 とにかく、自分がすべきことは1つだけ。
 2日後の戦いのために、いつかタルタロスを滅ぼすために、腕を磨くこと。
 そのためにマコトが向かうべきは目の前にある駅ではなかった。

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