ひょんなことから、謎のロボット『グレゴリオン』に乗り込むこととなってしまったエドという少年。
しかし本人としてみれば、そんなのまっぴらごめんな運命なので、当然のように反発してはロボットを降りました。
ついでに勝手に動かれると困るので、制御プログラムだか何だか、HAL‐800という丸っこい物体も引っこ抜いてきました。
これにて一安心、問題もなし。と行けばよかったのですが、エドを取り巻く周囲というものは、ものすごい勢いで変化していくのです。
まずエドが集落を歩いてみて気がついたことは、まとめてお亡くなりになったモヒカンたち悪漢よりも、突如として現れた破壊の権化、グレゴリオンの方を皆が恐れていることでした。
むしろモヒカンたちには同情するものの方が多い有様。確かにやりすぎたことは認めるところですが、それだって自分の意志ではないのに……と、エドはやや虚しくなります。
『そう悲観するものでもありませんよ、エドさん。なぁにこんな愚民ども、その気になればグレゴリオンでひと思いに……』
「お前はちょっと黙ってろ。ああもう、良かれと思ったことが全部裏目だ。これもそれもお前の責任だぞ、わかってるのか?」
『悪党に人権はありませんし、義務を果たさないうえで権利を主張するのも無意味です』
「悪党にだって五分の魂くらいは……いや、それはどうだか知れないが、とにかくああいうのはもうごめんだからな」
『あらやだエドさんってば、ノリノリだったくせにー』
「どこがだよっ!!」
この丸っこい物体とは、永遠に意思の疎通はできそうにありません。エドもさじを投げ、とりあえず集落を出て近くの森に隠したグレゴリオンのところへ戻ります。
そもそもこんな巨大ロボットが存在しなければ、もう少し平和な生活ができたのに。そう思うと、やるせなさも炸裂するというものです。エドは極めて不愉快な状況でした。
しかもそこで火に油を注ぐがごときものが、いわゆるまん丸な物体であって、
『さあ、エドさん。このままグレゴリオンで世界平和を目指そうじゃありませんか。具体的には逆らうものを皆殺し』とか言うので、エドはそのまま大地に丸っこい物体を叩きつけては、足でこう、ぐりぐりと。
『あ、やめてやめて。そっちの趣味はないんです』
「やかましいたまっころが! どうするんだよ、こんなのみんなにばれたら俺が完全に悪党じゃないか!」
『古来より、死人に口無しと言いまして……』
「なんでも殺せばいいってものじゃねーぞ!」
頭が痛くてかなわないエドでした。この球体と付き合っていると、頭痛薬がいくらあっても足りそうにありません。
とにかくエドとしても、あんな目に遭ったり遭わせたりするのはもうこりごりだったので、グレゴリオンとかいうロボットのことは忘れることにしました。
確かにあればあったで便利かもしれませんが、リンゴを剥くのに斬馬刀を用いるかのような真似をするわけにもいきません。つつましく生きるのに、巨大ロボットは邪魔なのです。
というわけで、エドは集落の方へと戻ろうとしました。そしてそこで、また気ままな食うや食わずの生活を……と、何やら集落の方が騒がしいことになっています。
近づいてみれば、ああなんてこと。集落は完全に制圧されていて、周囲を固めるのは『新統合政府』の軍隊ではありませんか。
新統合政府……終戦後にめちゃくちゃになった世界の中で、比較的まとまった秩序をもつ軍隊です。しかしその実態は世界の覇者を気取る、とある人物の私兵といった有様で、まったくカタギとは言えないものなのです。
そんな連中が集落を制圧して、何をしているのかと言えば、どうやら巨大なロボットの目撃情報……いわゆるグレゴリオンの行方を捜しているようなのです。
「引き渡した方がいいんだろうか、やっぱり」
『何を言うやらエドさんは。あんな屑どもにグレゴリオンを渡したりしたら、世界がめちゃくちゃになってしまうじゃないですか』
「今のままでも随分とめちゃくちゃだし、今さらだと思うがなぁ……」
ともかく集落にもぐりこんで情報を集めようとすれば、そんなエドのことを呼び止める人物がいました。振り向いてみれば、そこには金髪碧眼の、いかにもお嬢様っぽい人物が一名。
しかしお嬢様は軍服を着こなすのでしょうか? いや、お嬢様だからこそ着こなせるのでしょうか? ともかく。
「そこのあなた。この近くで巨大なロボットを見ませんでしたかしら?」
「見てないって言えば嘘になるけれど、それがどうかしたのかよ?」
エドとしては、なんとなくそのお嬢様にはお友達になれない雰囲気を感じてしまうのです。なので思わず強気に出てしまいます。
しかしその態度がまずかったのか、お嬢様だけれどもただのお嬢様ではない相手は、エドの前まで歩み寄ると唐突にその足をヒールで踏んづけました。
思わず飛び上がって騒ぎ立てるエドを、フンと鼻を鳴らしてにらみつけると、いかにも高慢で高飛車風味のお嬢様軍人は、びしっとエドの抱えているHAL‐800を指差します。
そして言うことには『その丸いものは何かしら? もしかして怪しいものではないでしょうね?』とのこと。確かに怪しいものには違いないのですが、これがグレゴリオンの制御プログラムとは口が裂けても言えません。
なのでエドは考えて、とりあえず『これはその、ただのボールだから!』と返事をします。
「そう、ただのボールなのですか。ではちょっとその場で蹴飛ばしてみてはくれませんかしら?」
「いやその、それはその……」
「できないのかしら? となるとますます怪しいですわね」
『失敬な女狐ですね。死ねばいいのに』
「今、何か言いましたかしら?」
エドは慌ててたまっころを大地に落とすと、それはもう楽しそうに蹴飛ばしては遊んで見せました。それで納得したのか、追及をやめて謎の軍人お嬢様は去っていきます。
『エドさん、今のは相当にひどいと思われるのですが』
「うるさいな。他に方法があったのか?」
『あの女狐を殴り倒し、マウントを取ってボッコボコにしてしまえばよかったのです』
「鉄砲持ってる相手にそんな真似できるかよ。それに軍人に逆らっていいことなんて、何もないんだ」
そこだけは、妙に真剣に呟くエド。しかしその真剣さをまったく理解しようともしないのがこのたまっころであり、ぶーぶーと文句を言ってはエドのいらいらを加速させます。
『確かにことわざでは、長芋には巻かれろと言いますが、そもそも意味がわからないことわざなので無視してしまえばよろしいのに』
「長芋じゃねぇよ、長いものだよ。なんだよその猟奇的なことわざは」
『長芋も長いものも同じです。ミソもクソも一緒とか言います。しかしどう考えても一緒とは思えないし下品な表現なので、私は好きませんが』
「だったら黙ってろよ。でも、気になるな。なんでこんなに早く、新統合政府の連中が駆け付けるんだ?」
本来ならば、多少の出来事には無関心を決め込むのが、彼ら新統合政府です。確かにことがことだけにナーバスになるのもわかりますが、だからと言ってこんな田舎にこれだけの規模の軍隊を差し向けてくるなんて。
どうにも解せない。そう思いつつ、たまっころを抱えて集落の中を進んでいくエド。
すると向こうの方で、何かの騒ぎが起こっていました。駆けつけてみると、どうやら新統合政府軍の兵士が、略奪を行っている様子です。
「あんたら、弱い者いじめはやめろよ!」
思わず飛び出したエドですが、相手はまったく聞く耳を持ちません。それどころか近くではあの高飛車なお嬢様軍人が、うっすらと微笑みながら様子を眺めているのです。
「おい、あんた! やめさせろよあんな真似は! それでも軍人かよ、最低の略奪者じゃねーか!」
エドがそう文句を言いますと、まだ名も知らぬお嬢様曰く『戦場において略奪行為は普通でしょう? 略奪をしない軍隊というものがあったらお目にかかりたいですわ』と、まったく平然とした様子。
さすがに頭にきたエドは、無法を働く兵士たちに飛びかかって……そのままコテンパンに叩きのめされて、ボコボコの有様で大地に転がってしまいました。
兵士たちが去って行った後、エドは一人取り残されます。誰も助けようとはしません。それどころか、とばっちりを恐れてか、遠巻きに眺めるだけなのです。
所詮は人間の本質とは、こういうものなのでしょう。何が起ころうとも、自分が最低限の被害で済むのならば、それが一番だという考え。
それは、エドだって同じはずでした。だけども彼は、まだ少年で、若さという武器と勘違いを身につけていたのです。
確かに孤児として生きてきたエドとしては、余計なことに首を突っ込むのは危険だとは理解できていました。その一方で、人間の本質は、そんなにひどいものではないという希望もあったのです。
「あいつら、くそっ! いくらなんでもひどすぎるぞ!」
『大丈夫ですか、エドさん? 頭はおかしくなっていませんか?』
「そんな心配をするな。もう怒った、こうなったらあいつら全員まとめて叩きだしてやる!」
『グレゴリオンでしたら、いつでも起動できますが?』
「……それしかないか。まったく、お前と出会ってから、ろくなことが起きやしないぞ!」
『責任転嫁も極まったものですねぇ』
とにかくエドは走り出すと、森の中に隠したグレゴリオンに乗り込みました。そして所定の位置にHAL‐800をセットすると、すぐにグレゴリオンを立ち上げます。
慌てたのは集落に駐留していた軍隊で、すぐに様々な武器で応戦を試みます。しかしそんなもの、グレゴリオンの前では豆鉄砲にもならないのです。
「お前ら、ここから出て行けよ!」
『もっとはっきり言うべきかと。お前ら、ここで死ねと』
「殺すつもりはないんだよ! ここから素直に立ち去ってくれれば……なんだ?」
その時、エドは正面に現れた謎の存在に、目を奪われます。
それは巨大な人型のロボットで、グレゴリオンとどこか似通った雰囲気を持っていました。
もっともグレゴリオンが武骨な巨人というのに対して、もっと洗練された、スマートな存在でしたが。
『エドさん、エドさん。どうやら新統合政府もロボットを持ち出してきていたようです。ここは三十六計、叩きのめせば勝ちと言いますので、プッチ殺してしまいましょう』
「いくらなんでも無理があるような……というか勝てるのか、あんなのに?」
『グレゴリオンは素敵に無敵ですよ? あんなヘロヘロなロボットごときに負ける要素はこれっぽっちも……』
……と、その敵対するロボットから、通信が入ります。聞けばそこからの声は、間違いなくあの高慢で高飛車なお嬢様のものでした。
【そこなロボット、すぐさま投降しなさいな! パイロットも悪いようにはいたしません。ひっ捕まえて銃殺にするだけですわよ!】
「何が銃殺だ、ふざけんな! そっちこそここから帰れよ! みんなが迷惑してるんだぞ!」
【まあ、こちらが優しく説得しているというのに、その態度は生意気ですわね。銃殺ではなく車輪挽きの刑で決定ですわ】
「なんでそうやって悪化してるんだ馬鹿!」
あんまりと言えばあんまりな状況に、エドは極めて不愉快になりました。
とりあえず目の前のロボットを倒さなければ、状況も改善しない様子です。
なのでエドは覚悟を決めて、敵対するロボットを倒すことに決めました。いくら知った顔が乗っていても、殺さなければ何とかなるような……そういう感じです。
『エドさんも遠慮せずに殺してしまえばよろしいのに。どうせ生きる価値のかけらもないような人種なのですし』
「だからってミンチにしていいわけがあるか。動けない程度に痛めつければいいんだよ」
『甘くてぬるい、いわゆる甘ヌルですね。まあ、エドさんがそう言うのであれば、そうすればいいんじゃないでしょうかね!』
「なんでキレるんだ……」
ともあれ、ここに戦いが始まるのは確実となりました。エドはグレゴリオンを敵に相対させ、しっかりと構えをとらせます。
一方の敵ロボットも構えをとると、そのまま格闘戦を……と思いきや、いきなり無数の小型の物体を発射してきました。
ミサイルか何かか、と思ったところ、どうもそうではない様子。しかしそのあとの動きに、エドは大いに驚きました。
なにしろその小型の物体たちは、まるで意思があるかのように飛行すると、グレゴリオンの周囲から雨のようなレーザーを発射してきたのです。
【ふふ、遠隔誘導兵器であるテトラからは、何人たりとも逃れられませんわよ?】
「テトラ? なんだよ、反則っぽいぞそれ!」
『落ち着いてくださいエドさん。所詮はただの手品です。損傷も軽微ですし、何も慌てる必要はありません』
「いやでも、このまま受け続けたら……」
『グレゴリオンの装甲は伊達ではありません。レーザーなんてちょっとスズメバチに刺された程度のもの』
「それってかなり痛いってことじゃないか!?」
そんなボケとツッコミをしている間にも、チクチクと誘導型レーザー砲台の攻撃は続きます。
一方的なその攻撃に、エドは何とも不安で仕方がありません。一撃が弱くても、数が重なればどうなるか……HAL‐800は無責任に『ぬるい、ぬるすぎます!』とか言うだけですし、ここは自分がしっかりしなければと思うのです。
とにかくこのまま攻撃を受け続けていては危ないと思ったので、エドは思い切って敵ロボットに突進を仕掛けました。慣れない操作でも、なんとかその程度はできます。
しかし思いっきり殴りかかろうとしたときです。ガキーンと衝撃が走り、見えない壁がグレゴリオンの拳を受け止めたのです。
「なんだ、バリアか!?」
【ふふふ、無駄のムダムダですわ。この新統合政府軍のフラグシップ・ヒュペーリオンには絶対防壁という最強の盾があるのですわよ? ただのパンチごときで破ろうだなんて……無様で滑稽でお笑いですわ】
「くそっ、ふざけやがって……何か手はないのか?」
沿うエドが聞けば、HAL‐800は待っていましたとばかりにこう言うのです。
『エドさん、こうなれば必殺技を使うしかありません。そうすればあの憎たらしい女狐も瞬く間に挽肉に』
「挽肉はどうでもいいんだよ。とりあえずぶん殴れればそれでいいんだ。それで、必殺技って?」
『はい。それは男のロマン。それは男のシンボル。それは男のそそり立つアレなソレ。その名も……ドリルです!』
エドはポカーンとした。なぜドリル? 何がドリル? そもそもこのグレゴリオンにはドリルなんてついていないはず。
やたらと頑強な手足のほかに、武器らしい武器もない。それなのに何がドリルなのか? エドは大いに悩みました。が、あまりにもHAL‐800が自信満々にドリルについて語るものだから、仕方なく信じてみようと考えました。
HAL‐800が言うには、グレゴリオンはその機体を構成する物質を変化させ、自由自在に形状変化を起こせるとのこと。簡単に言えば変形可能なのだとか。
で、その機能を使うと、腕をドリルに変えることなど朝飯前なのだというのです。
「でも、なんでドリルなんだよ? 剣とか何とか、他にもいろいろあるだろうに」
『エドさんにはドリルの良さがわかっていません。ドリルこそ魂、ドリルこそ命、ドリルこそ森羅万象なのですよ?』
「よくわかんねぇやめんどくさい。とりあえずドリルでいくぜ!」
『その意気です。困った時はドリルっておけば、おおむね問題ありません』
グレゴリオンの右腕が、ドリルに変化します。そして思い切り振り抜いたそれが、高速回転をしつつヒュペーリオンの絶対防壁というバリアにぶつかり……。
【そ、その程度のでこの絶対防壁が破れるはずがありませんわ。無駄な努力はその程度にしておきなさい、この下郎が!】
「うるせえ! 無駄かどうだかは、やってみてから考えるんだよ! うおぉっ!」
『その輝きはドリル! その煌めきはドリル! 燃える心は正義のドリル! 今、必殺の……!』
「いけえぇ、ドリルゥゥゥッ!!」
パリーンと音が響き、目に見えないバリアが破れます。そしてドリルは猛烈な勢いでヒュペーリオンを貫き、一気に破壊してしまったのです。
さすがにやりすぎたと思ったエドは、すぐにドリルを引っ込めます。それでも大破したのには変わりがなく、ヒュペーリオンはどうっとその場に倒れてしまいます。
【認めない……認めませんわ! わたくしをこのような目にあわせるなんて、そこのパイロット……あなただけは絶対に許しませんわよ!】
「うるさい! お前みたいな人の痛みのわからない奴なんか、何度でもぶっ倒してやる!」
『そうですそうです。勘違いお嬢様は一昨日来た上で死にくさってください』
まあ、こういうことがあった、ということ。新統合政府軍はすべて撤退し、集落は平和を取り戻したのです。
しかし、そのことを大っぴらに誇ることができないのが、エドたちでもあったわけで。
HAL‐800は『名乗り出て称賛を浴びるがよいと思います』と言うのだが、どう考えてもそれだけでは済まないと、エドには思えたのです。
軍隊を追い返したのは、それでいい。しかしその前の出来事を考えれば、どう考えても褒められるだけでは済みそうにない。
だからエドは、厄介事がこれ以上巻き起らないうちに、この場を離れようと思ったのでした。
グレゴリオンに乗り込んだまま、移動を開始するエド。この場合どこへ向かうべきか、明確なあてはないのですが。
しかしとりあえずはここに留まることにより、またしてもへんな連中がやってくる恐れは高い。だからこそ、とにかく移動だけはしておこうと思うのです。
広がるのは荒野。遠く見えるのはかつて繁栄していた都市の廃墟。そんな中を、ずしずしと歩いていくグレゴリオン。
『どこへ向かうのですか、エドさん?』
「わからない。ただ、こいつを隠せて、ついでにうまい具合に飯とかが食える場所があれば……」
『グレゴリオンで食事は賄えると思いますが?』
「どうやって? こいつで食糧が作れるのか?」
『いえ、手近な町や村を襲って、ごっそりといただいてしまおうという計画が』
「そういうのはいいんだよ馬鹿! というかどっちが悪だかわかりゃしないだろうがよ!」
なんにしても、前途は多難である様子。行く先が見えないのには慣れているエドではあったのですが、それでもこの現状には正直困ったものだと思うわけで。
そもそもただの一匹狼……いや、一匹野犬でしかなかった自分が、このような目に遭うとは、だれが思っただろうか? エドにだって寝耳に水、二階から目薬の話なのです。
それでも現実として、このように流離う羽目になってしまっている。
問題は山積みで、解決には程遠い。しかしそれでも、まだエドは楽観視している方ではありました。
何とかなる。きっとうまくいく。根拠はなくても、そのようにして生きてきたのだから……。
さて、夜になったので、エドはグレゴリオンを手近な岩場の陰に隠しました。巨体がすべて隠れるものでもないのですが、夜目には岩場と一体化して見えるだろうと。
そうやって一息ついて、機体から降ります。取り外したまん丸制御プログラムを抱えて地上に立てば、今まで自分がいかに高い所にいたのかが感じられるのです。
「信じられないよな、こんなふざけたことになっているなんて」
『きっぱり現実ですが、何か?』
「わかってるよそんなこと。それでも俺は、こんな巨大ロボットなんかに乗ることになるなんて、まったく思っちゃいなかったんだぞ?」
『男の子なら、巨大ロボットはあこがれでドリームのはずだと、データには』
「いつの時代のデータだよ。迷惑だから書き変えておけよ」
そのような話をしていると、不意に何者かの気配が近づいてくるのが感じられました。
慌ててたまっころを抱えなおして、岩場の陰に隠れるエド。すると向こうからやってきたのは、一人の人間のようでした。
しかし状況的には、少しばかりおかしいと思えます。このような人里を離れた荒れ地を、一人で出歩く人物。一体何者なのでしょう?
「おいこら、相手が何者なのかわかるか?」
『グレゴリオンから切り離された私に、何を期待しているのですか? 人間で言えば首チョンパされたも同然なうえに、目玉をほじくられたようなものなんですよ?』
「気持ち悪い例えをするなよ。待て、こっちに来る」
静かに息をのんで、エドは接近してくる気配を待ちます。するとそこに現れたのは、深くフードをかぶった、小柄な人物。
どうやら追手などの類ではなさそうですが、それでも警戒するに越したことはありません。
エドは用心深く、隠れたまま様子をうかがいました。すると……。
「あ、あの……どなたかいらっしゃいますですか? 怪しいものではないので、どうか出てきていただきたいのですよ?」
女の子の声です。どうして女の子? というのは、エドにもさっぱりわかりませんでした。
しかし女の子が困った声をあげているというのであれば、そこは男としては出ていかなければならないでしょう。というわけで、エドはたまっころを抱えて静かに女の子らしき人物の前に出て行きました。
「えっと、何? 誰? 何の用?」
「あ、やっぱりいらしたのですね。はじめましてなのです。わたしはエリザベ……じゃなくて、エリーと言いますです」
ぺこりとお辞儀をする、フードをかぶった女の子。その中身が気になるところでしたが、エドはとりあえず問題はないと判断しました。
少し喋りがとろくさいところはありますが、まず悪い人間であるとは思えなかったからです。
「で、そのエリーだか何だかが、俺に何の用が?」
「はいなのです。最近、ここらへんで新統合政府軍を圧倒した謎のロボットが出現したというお話を聞きまして、その行方を捜していたのですが……」
岩陰にそびえる鉄のロボットを見上げつつ、エリーと言う女の子は言葉を続けます。
「そのロボットに、ぜひとも力を借りたいのです。具体的にはわたしを救ってほしいのです」
「よくわかんないけど、どういうんだ?」
「実はわたし、新統合政府に国を追われているのです。なにしろわたし、国ではちょっと有名な人物なので、なんとかして戻って国を取り戻したいとか思うのです」
国を取り戻すとは、また大きく出たものだと、エドは思いました。そもそもがそんな大それたこと、いくらグレゴリオンがあっても無理なんじゃないかと思います。
相手をするとなれば、国家規模の戦いになるでしょう。そこへロボット一機で何ができるものやら。それこそ大勢の兵士と兵器があれば、話は違うのでしょうが……。
「お願いしますです、ええと……」
「エドだ。苗字も名前もひっくるめて、エドでいい」
「はい、エド。どうかお願いするのです。おねーさんの頼みを聞いてくれないでしょうか?」
さりげなく聞き流すところでしたが、エドはそのへんてこな言葉に違和感を覚えました。
おねーさんとか抜かすということは、彼女はエドよりも年上なのでしょうか? 確かにエドはまだ少年ですが、それでも目の前のフードっ子の雰囲気を考えれば、それほど歳の差は……。
「そのフードさ、外してくれないか?」
「ははぁ、いいのです。でもでも、おねーさんが美人過ぎて腰を抜かしても知らないのですよ?」
そっとフードを外す彼女。そこから出てきたのは、どう考えてもまだローティーンの女の子でした。エドと比べても、若干年下なんじゃないかと思えます。
「確かにかわいいのは認めるけどさ、それでおねーさんってのは無理があるんじゃないか?」
「うーん、でもでも、わたしはこれでも二十六歳なのですよ?」
エドは思わずずっこけました。
なにしろ、どう見てもローティーンな女の子が、その二倍の年齢を申告したとなれば、嘘をついているのか、それとも神をも冒涜しているのか……どっちにしても不敬で仕方がありません。
生きとし生けるもの、年齢と言うものは平等に姿かたちを変えさせるものです。それをなんでこんな馬鹿げた方向へ突き抜けているのか。エドは頭が痛くなってしまうのです。
「ま、まあ、年齢はどうでもいいんだ。自己申告だしな。それよりも問題は、国を救うとかそういう話だ。俺には無理だよどう考えても。グレゴリオン一機で、なんとかできるものでもないだろうし」
「そんなことはないのです。古来より素敵に無敵な一機のロボットが、戦況をひっくり返したという例はたっぷりとあるのです。常識なのですよ?」
「俺、そんな歴史知らないぞ?」
「サブカルチャーの中では、ごく普通のことなのですよ?」
「そりゃ一般的にフィクションってやつじゃねぇか!」
頭の痛さも極まってきたエドです。どうやら自称二十六歳の彼女は、妄想と現実の区別もつかないレベルの頭の持ち主の様子。
これでは国を救うというお話も、どこまでが真実なのやら。エドは関わらない方が良かったかと、いまさらながらに後悔しました。
……と、こういう感じで、出会いが重なっていきます。何がどう転ぶのかわからないのが運命ですが、その運命も、時にはとんでもない出会いや経験を与えてくれるもの。
エドにとっては、たまっころとの出会いと同等に、彼女……エリーとの出会いは、衝撃的展開だったのです。
もっとも、これから先、さらに衝撃的展開が待ち構えているとは、エドも思わなかったでしょう。こんなもの、まだまだ序の口なのですから。
グレゴリオン。HAL‐800。エリー。その三つの存在が、エドの運命を大きく変えていきます。それはもう、ゆっくりのんびりする暇もないほどに。
さてさて、物語はまだ始まったばかり。エドという少年にとっては、ここからがいわゆる本筋。さあ、これから彼は、どういう迷惑に巻き込まれていくのでしょうか……?
・第三話に続く……
しかし本人としてみれば、そんなのまっぴらごめんな運命なので、当然のように反発してはロボットを降りました。
ついでに勝手に動かれると困るので、制御プログラムだか何だか、HAL‐800という丸っこい物体も引っこ抜いてきました。
これにて一安心、問題もなし。と行けばよかったのですが、エドを取り巻く周囲というものは、ものすごい勢いで変化していくのです。
まずエドが集落を歩いてみて気がついたことは、まとめてお亡くなりになったモヒカンたち悪漢よりも、突如として現れた破壊の権化、グレゴリオンの方を皆が恐れていることでした。
むしろモヒカンたちには同情するものの方が多い有様。確かにやりすぎたことは認めるところですが、それだって自分の意志ではないのに……と、エドはやや虚しくなります。
『そう悲観するものでもありませんよ、エドさん。なぁにこんな愚民ども、その気になればグレゴリオンでひと思いに……』
「お前はちょっと黙ってろ。ああもう、良かれと思ったことが全部裏目だ。これもそれもお前の責任だぞ、わかってるのか?」
『悪党に人権はありませんし、義務を果たさないうえで権利を主張するのも無意味です』
「悪党にだって五分の魂くらいは……いや、それはどうだか知れないが、とにかくああいうのはもうごめんだからな」
『あらやだエドさんってば、ノリノリだったくせにー』
「どこがだよっ!!」
この丸っこい物体とは、永遠に意思の疎通はできそうにありません。エドもさじを投げ、とりあえず集落を出て近くの森に隠したグレゴリオンのところへ戻ります。
そもそもこんな巨大ロボットが存在しなければ、もう少し平和な生活ができたのに。そう思うと、やるせなさも炸裂するというものです。エドは極めて不愉快な状況でした。
しかもそこで火に油を注ぐがごときものが、いわゆるまん丸な物体であって、
『さあ、エドさん。このままグレゴリオンで世界平和を目指そうじゃありませんか。具体的には逆らうものを皆殺し』とか言うので、エドはそのまま大地に丸っこい物体を叩きつけては、足でこう、ぐりぐりと。
『あ、やめてやめて。そっちの趣味はないんです』
「やかましいたまっころが! どうするんだよ、こんなのみんなにばれたら俺が完全に悪党じゃないか!」
『古来より、死人に口無しと言いまして……』
「なんでも殺せばいいってものじゃねーぞ!」
頭が痛くてかなわないエドでした。この球体と付き合っていると、頭痛薬がいくらあっても足りそうにありません。
とにかくエドとしても、あんな目に遭ったり遭わせたりするのはもうこりごりだったので、グレゴリオンとかいうロボットのことは忘れることにしました。
確かにあればあったで便利かもしれませんが、リンゴを剥くのに斬馬刀を用いるかのような真似をするわけにもいきません。つつましく生きるのに、巨大ロボットは邪魔なのです。
というわけで、エドは集落の方へと戻ろうとしました。そしてそこで、また気ままな食うや食わずの生活を……と、何やら集落の方が騒がしいことになっています。
近づいてみれば、ああなんてこと。集落は完全に制圧されていて、周囲を固めるのは『新統合政府』の軍隊ではありませんか。
新統合政府……終戦後にめちゃくちゃになった世界の中で、比較的まとまった秩序をもつ軍隊です。しかしその実態は世界の覇者を気取る、とある人物の私兵といった有様で、まったくカタギとは言えないものなのです。
そんな連中が集落を制圧して、何をしているのかと言えば、どうやら巨大なロボットの目撃情報……いわゆるグレゴリオンの行方を捜しているようなのです。
「引き渡した方がいいんだろうか、やっぱり」
『何を言うやらエドさんは。あんな屑どもにグレゴリオンを渡したりしたら、世界がめちゃくちゃになってしまうじゃないですか』
「今のままでも随分とめちゃくちゃだし、今さらだと思うがなぁ……」
ともかく集落にもぐりこんで情報を集めようとすれば、そんなエドのことを呼び止める人物がいました。振り向いてみれば、そこには金髪碧眼の、いかにもお嬢様っぽい人物が一名。
しかしお嬢様は軍服を着こなすのでしょうか? いや、お嬢様だからこそ着こなせるのでしょうか? ともかく。
「そこのあなた。この近くで巨大なロボットを見ませんでしたかしら?」
「見てないって言えば嘘になるけれど、それがどうかしたのかよ?」
エドとしては、なんとなくそのお嬢様にはお友達になれない雰囲気を感じてしまうのです。なので思わず強気に出てしまいます。
しかしその態度がまずかったのか、お嬢様だけれどもただのお嬢様ではない相手は、エドの前まで歩み寄ると唐突にその足をヒールで踏んづけました。
思わず飛び上がって騒ぎ立てるエドを、フンと鼻を鳴らしてにらみつけると、いかにも高慢で高飛車風味のお嬢様軍人は、びしっとエドの抱えているHAL‐800を指差します。
そして言うことには『その丸いものは何かしら? もしかして怪しいものではないでしょうね?』とのこと。確かに怪しいものには違いないのですが、これがグレゴリオンの制御プログラムとは口が裂けても言えません。
なのでエドは考えて、とりあえず『これはその、ただのボールだから!』と返事をします。
「そう、ただのボールなのですか。ではちょっとその場で蹴飛ばしてみてはくれませんかしら?」
「いやその、それはその……」
「できないのかしら? となるとますます怪しいですわね」
『失敬な女狐ですね。死ねばいいのに』
「今、何か言いましたかしら?」
エドは慌ててたまっころを大地に落とすと、それはもう楽しそうに蹴飛ばしては遊んで見せました。それで納得したのか、追及をやめて謎の軍人お嬢様は去っていきます。
『エドさん、今のは相当にひどいと思われるのですが』
「うるさいな。他に方法があったのか?」
『あの女狐を殴り倒し、マウントを取ってボッコボコにしてしまえばよかったのです』
「鉄砲持ってる相手にそんな真似できるかよ。それに軍人に逆らっていいことなんて、何もないんだ」
そこだけは、妙に真剣に呟くエド。しかしその真剣さをまったく理解しようともしないのがこのたまっころであり、ぶーぶーと文句を言ってはエドのいらいらを加速させます。
『確かにことわざでは、長芋には巻かれろと言いますが、そもそも意味がわからないことわざなので無視してしまえばよろしいのに』
「長芋じゃねぇよ、長いものだよ。なんだよその猟奇的なことわざは」
『長芋も長いものも同じです。ミソもクソも一緒とか言います。しかしどう考えても一緒とは思えないし下品な表現なので、私は好きませんが』
「だったら黙ってろよ。でも、気になるな。なんでこんなに早く、新統合政府の連中が駆け付けるんだ?」
本来ならば、多少の出来事には無関心を決め込むのが、彼ら新統合政府です。確かにことがことだけにナーバスになるのもわかりますが、だからと言ってこんな田舎にこれだけの規模の軍隊を差し向けてくるなんて。
どうにも解せない。そう思いつつ、たまっころを抱えて集落の中を進んでいくエド。
すると向こうの方で、何かの騒ぎが起こっていました。駆けつけてみると、どうやら新統合政府軍の兵士が、略奪を行っている様子です。
「あんたら、弱い者いじめはやめろよ!」
思わず飛び出したエドですが、相手はまったく聞く耳を持ちません。それどころか近くではあの高飛車なお嬢様軍人が、うっすらと微笑みながら様子を眺めているのです。
「おい、あんた! やめさせろよあんな真似は! それでも軍人かよ、最低の略奪者じゃねーか!」
エドがそう文句を言いますと、まだ名も知らぬお嬢様曰く『戦場において略奪行為は普通でしょう? 略奪をしない軍隊というものがあったらお目にかかりたいですわ』と、まったく平然とした様子。
さすがに頭にきたエドは、無法を働く兵士たちに飛びかかって……そのままコテンパンに叩きのめされて、ボコボコの有様で大地に転がってしまいました。
兵士たちが去って行った後、エドは一人取り残されます。誰も助けようとはしません。それどころか、とばっちりを恐れてか、遠巻きに眺めるだけなのです。
所詮は人間の本質とは、こういうものなのでしょう。何が起ころうとも、自分が最低限の被害で済むのならば、それが一番だという考え。
それは、エドだって同じはずでした。だけども彼は、まだ少年で、若さという武器と勘違いを身につけていたのです。
確かに孤児として生きてきたエドとしては、余計なことに首を突っ込むのは危険だとは理解できていました。その一方で、人間の本質は、そんなにひどいものではないという希望もあったのです。
「あいつら、くそっ! いくらなんでもひどすぎるぞ!」
『大丈夫ですか、エドさん? 頭はおかしくなっていませんか?』
「そんな心配をするな。もう怒った、こうなったらあいつら全員まとめて叩きだしてやる!」
『グレゴリオンでしたら、いつでも起動できますが?』
「……それしかないか。まったく、お前と出会ってから、ろくなことが起きやしないぞ!」
『責任転嫁も極まったものですねぇ』
とにかくエドは走り出すと、森の中に隠したグレゴリオンに乗り込みました。そして所定の位置にHAL‐800をセットすると、すぐにグレゴリオンを立ち上げます。
慌てたのは集落に駐留していた軍隊で、すぐに様々な武器で応戦を試みます。しかしそんなもの、グレゴリオンの前では豆鉄砲にもならないのです。
「お前ら、ここから出て行けよ!」
『もっとはっきり言うべきかと。お前ら、ここで死ねと』
「殺すつもりはないんだよ! ここから素直に立ち去ってくれれば……なんだ?」
その時、エドは正面に現れた謎の存在に、目を奪われます。
それは巨大な人型のロボットで、グレゴリオンとどこか似通った雰囲気を持っていました。
もっともグレゴリオンが武骨な巨人というのに対して、もっと洗練された、スマートな存在でしたが。
『エドさん、エドさん。どうやら新統合政府もロボットを持ち出してきていたようです。ここは三十六計、叩きのめせば勝ちと言いますので、プッチ殺してしまいましょう』
「いくらなんでも無理があるような……というか勝てるのか、あんなのに?」
『グレゴリオンは素敵に無敵ですよ? あんなヘロヘロなロボットごときに負ける要素はこれっぽっちも……』
……と、その敵対するロボットから、通信が入ります。聞けばそこからの声は、間違いなくあの高慢で高飛車なお嬢様のものでした。
【そこなロボット、すぐさま投降しなさいな! パイロットも悪いようにはいたしません。ひっ捕まえて銃殺にするだけですわよ!】
「何が銃殺だ、ふざけんな! そっちこそここから帰れよ! みんなが迷惑してるんだぞ!」
【まあ、こちらが優しく説得しているというのに、その態度は生意気ですわね。銃殺ではなく車輪挽きの刑で決定ですわ】
「なんでそうやって悪化してるんだ馬鹿!」
あんまりと言えばあんまりな状況に、エドは極めて不愉快になりました。
とりあえず目の前のロボットを倒さなければ、状況も改善しない様子です。
なのでエドは覚悟を決めて、敵対するロボットを倒すことに決めました。いくら知った顔が乗っていても、殺さなければ何とかなるような……そういう感じです。
『エドさんも遠慮せずに殺してしまえばよろしいのに。どうせ生きる価値のかけらもないような人種なのですし』
「だからってミンチにしていいわけがあるか。動けない程度に痛めつければいいんだよ」
『甘くてぬるい、いわゆる甘ヌルですね。まあ、エドさんがそう言うのであれば、そうすればいいんじゃないでしょうかね!』
「なんでキレるんだ……」
ともあれ、ここに戦いが始まるのは確実となりました。エドはグレゴリオンを敵に相対させ、しっかりと構えをとらせます。
一方の敵ロボットも構えをとると、そのまま格闘戦を……と思いきや、いきなり無数の小型の物体を発射してきました。
ミサイルか何かか、と思ったところ、どうもそうではない様子。しかしそのあとの動きに、エドは大いに驚きました。
なにしろその小型の物体たちは、まるで意思があるかのように飛行すると、グレゴリオンの周囲から雨のようなレーザーを発射してきたのです。
【ふふ、遠隔誘導兵器であるテトラからは、何人たりとも逃れられませんわよ?】
「テトラ? なんだよ、反則っぽいぞそれ!」
『落ち着いてくださいエドさん。所詮はただの手品です。損傷も軽微ですし、何も慌てる必要はありません』
「いやでも、このまま受け続けたら……」
『グレゴリオンの装甲は伊達ではありません。レーザーなんてちょっとスズメバチに刺された程度のもの』
「それってかなり痛いってことじゃないか!?」
そんなボケとツッコミをしている間にも、チクチクと誘導型レーザー砲台の攻撃は続きます。
一方的なその攻撃に、エドは何とも不安で仕方がありません。一撃が弱くても、数が重なればどうなるか……HAL‐800は無責任に『ぬるい、ぬるすぎます!』とか言うだけですし、ここは自分がしっかりしなければと思うのです。
とにかくこのまま攻撃を受け続けていては危ないと思ったので、エドは思い切って敵ロボットに突進を仕掛けました。慣れない操作でも、なんとかその程度はできます。
しかし思いっきり殴りかかろうとしたときです。ガキーンと衝撃が走り、見えない壁がグレゴリオンの拳を受け止めたのです。
「なんだ、バリアか!?」
【ふふふ、無駄のムダムダですわ。この新統合政府軍のフラグシップ・ヒュペーリオンには絶対防壁という最強の盾があるのですわよ? ただのパンチごときで破ろうだなんて……無様で滑稽でお笑いですわ】
「くそっ、ふざけやがって……何か手はないのか?」
沿うエドが聞けば、HAL‐800は待っていましたとばかりにこう言うのです。
『エドさん、こうなれば必殺技を使うしかありません。そうすればあの憎たらしい女狐も瞬く間に挽肉に』
「挽肉はどうでもいいんだよ。とりあえずぶん殴れればそれでいいんだ。それで、必殺技って?」
『はい。それは男のロマン。それは男のシンボル。それは男のそそり立つアレなソレ。その名も……ドリルです!』
エドはポカーンとした。なぜドリル? 何がドリル? そもそもこのグレゴリオンにはドリルなんてついていないはず。
やたらと頑強な手足のほかに、武器らしい武器もない。それなのに何がドリルなのか? エドは大いに悩みました。が、あまりにもHAL‐800が自信満々にドリルについて語るものだから、仕方なく信じてみようと考えました。
HAL‐800が言うには、グレゴリオンはその機体を構成する物質を変化させ、自由自在に形状変化を起こせるとのこと。簡単に言えば変形可能なのだとか。
で、その機能を使うと、腕をドリルに変えることなど朝飯前なのだというのです。
「でも、なんでドリルなんだよ? 剣とか何とか、他にもいろいろあるだろうに」
『エドさんにはドリルの良さがわかっていません。ドリルこそ魂、ドリルこそ命、ドリルこそ森羅万象なのですよ?』
「よくわかんねぇやめんどくさい。とりあえずドリルでいくぜ!」
『その意気です。困った時はドリルっておけば、おおむね問題ありません』
グレゴリオンの右腕が、ドリルに変化します。そして思い切り振り抜いたそれが、高速回転をしつつヒュペーリオンの絶対防壁というバリアにぶつかり……。
【そ、その程度のでこの絶対防壁が破れるはずがありませんわ。無駄な努力はその程度にしておきなさい、この下郎が!】
「うるせえ! 無駄かどうだかは、やってみてから考えるんだよ! うおぉっ!」
『その輝きはドリル! その煌めきはドリル! 燃える心は正義のドリル! 今、必殺の……!』
「いけえぇ、ドリルゥゥゥッ!!」
パリーンと音が響き、目に見えないバリアが破れます。そしてドリルは猛烈な勢いでヒュペーリオンを貫き、一気に破壊してしまったのです。
さすがにやりすぎたと思ったエドは、すぐにドリルを引っ込めます。それでも大破したのには変わりがなく、ヒュペーリオンはどうっとその場に倒れてしまいます。
【認めない……認めませんわ! わたくしをこのような目にあわせるなんて、そこのパイロット……あなただけは絶対に許しませんわよ!】
「うるさい! お前みたいな人の痛みのわからない奴なんか、何度でもぶっ倒してやる!」
『そうですそうです。勘違いお嬢様は一昨日来た上で死にくさってください』
まあ、こういうことがあった、ということ。新統合政府軍はすべて撤退し、集落は平和を取り戻したのです。
しかし、そのことを大っぴらに誇ることができないのが、エドたちでもあったわけで。
HAL‐800は『名乗り出て称賛を浴びるがよいと思います』と言うのだが、どう考えてもそれだけでは済まないと、エドには思えたのです。
軍隊を追い返したのは、それでいい。しかしその前の出来事を考えれば、どう考えても褒められるだけでは済みそうにない。
だからエドは、厄介事がこれ以上巻き起らないうちに、この場を離れようと思ったのでした。
グレゴリオンに乗り込んだまま、移動を開始するエド。この場合どこへ向かうべきか、明確なあてはないのですが。
しかしとりあえずはここに留まることにより、またしてもへんな連中がやってくる恐れは高い。だからこそ、とにかく移動だけはしておこうと思うのです。
広がるのは荒野。遠く見えるのはかつて繁栄していた都市の廃墟。そんな中を、ずしずしと歩いていくグレゴリオン。
『どこへ向かうのですか、エドさん?』
「わからない。ただ、こいつを隠せて、ついでにうまい具合に飯とかが食える場所があれば……」
『グレゴリオンで食事は賄えると思いますが?』
「どうやって? こいつで食糧が作れるのか?」
『いえ、手近な町や村を襲って、ごっそりといただいてしまおうという計画が』
「そういうのはいいんだよ馬鹿! というかどっちが悪だかわかりゃしないだろうがよ!」
なんにしても、前途は多難である様子。行く先が見えないのには慣れているエドではあったのですが、それでもこの現状には正直困ったものだと思うわけで。
そもそもただの一匹狼……いや、一匹野犬でしかなかった自分が、このような目に遭うとは、だれが思っただろうか? エドにだって寝耳に水、二階から目薬の話なのです。
それでも現実として、このように流離う羽目になってしまっている。
問題は山積みで、解決には程遠い。しかしそれでも、まだエドは楽観視している方ではありました。
何とかなる。きっとうまくいく。根拠はなくても、そのようにして生きてきたのだから……。
さて、夜になったので、エドはグレゴリオンを手近な岩場の陰に隠しました。巨体がすべて隠れるものでもないのですが、夜目には岩場と一体化して見えるだろうと。
そうやって一息ついて、機体から降ります。取り外したまん丸制御プログラムを抱えて地上に立てば、今まで自分がいかに高い所にいたのかが感じられるのです。
「信じられないよな、こんなふざけたことになっているなんて」
『きっぱり現実ですが、何か?』
「わかってるよそんなこと。それでも俺は、こんな巨大ロボットなんかに乗ることになるなんて、まったく思っちゃいなかったんだぞ?」
『男の子なら、巨大ロボットはあこがれでドリームのはずだと、データには』
「いつの時代のデータだよ。迷惑だから書き変えておけよ」
そのような話をしていると、不意に何者かの気配が近づいてくるのが感じられました。
慌ててたまっころを抱えなおして、岩場の陰に隠れるエド。すると向こうからやってきたのは、一人の人間のようでした。
しかし状況的には、少しばかりおかしいと思えます。このような人里を離れた荒れ地を、一人で出歩く人物。一体何者なのでしょう?
「おいこら、相手が何者なのかわかるか?」
『グレゴリオンから切り離された私に、何を期待しているのですか? 人間で言えば首チョンパされたも同然なうえに、目玉をほじくられたようなものなんですよ?』
「気持ち悪い例えをするなよ。待て、こっちに来る」
静かに息をのんで、エドは接近してくる気配を待ちます。するとそこに現れたのは、深くフードをかぶった、小柄な人物。
どうやら追手などの類ではなさそうですが、それでも警戒するに越したことはありません。
エドは用心深く、隠れたまま様子をうかがいました。すると……。
「あ、あの……どなたかいらっしゃいますですか? 怪しいものではないので、どうか出てきていただきたいのですよ?」
女の子の声です。どうして女の子? というのは、エドにもさっぱりわかりませんでした。
しかし女の子が困った声をあげているというのであれば、そこは男としては出ていかなければならないでしょう。というわけで、エドはたまっころを抱えて静かに女の子らしき人物の前に出て行きました。
「えっと、何? 誰? 何の用?」
「あ、やっぱりいらしたのですね。はじめましてなのです。わたしはエリザベ……じゃなくて、エリーと言いますです」
ぺこりとお辞儀をする、フードをかぶった女の子。その中身が気になるところでしたが、エドはとりあえず問題はないと判断しました。
少し喋りがとろくさいところはありますが、まず悪い人間であるとは思えなかったからです。
「で、そのエリーだか何だかが、俺に何の用が?」
「はいなのです。最近、ここらへんで新統合政府軍を圧倒した謎のロボットが出現したというお話を聞きまして、その行方を捜していたのですが……」
岩陰にそびえる鉄のロボットを見上げつつ、エリーと言う女の子は言葉を続けます。
「そのロボットに、ぜひとも力を借りたいのです。具体的にはわたしを救ってほしいのです」
「よくわかんないけど、どういうんだ?」
「実はわたし、新統合政府に国を追われているのです。なにしろわたし、国ではちょっと有名な人物なので、なんとかして戻って国を取り戻したいとか思うのです」
国を取り戻すとは、また大きく出たものだと、エドは思いました。そもそもがそんな大それたこと、いくらグレゴリオンがあっても無理なんじゃないかと思います。
相手をするとなれば、国家規模の戦いになるでしょう。そこへロボット一機で何ができるものやら。それこそ大勢の兵士と兵器があれば、話は違うのでしょうが……。
「お願いしますです、ええと……」
「エドだ。苗字も名前もひっくるめて、エドでいい」
「はい、エド。どうかお願いするのです。おねーさんの頼みを聞いてくれないでしょうか?」
さりげなく聞き流すところでしたが、エドはそのへんてこな言葉に違和感を覚えました。
おねーさんとか抜かすということは、彼女はエドよりも年上なのでしょうか? 確かにエドはまだ少年ですが、それでも目の前のフードっ子の雰囲気を考えれば、それほど歳の差は……。
「そのフードさ、外してくれないか?」
「ははぁ、いいのです。でもでも、おねーさんが美人過ぎて腰を抜かしても知らないのですよ?」
そっとフードを外す彼女。そこから出てきたのは、どう考えてもまだローティーンの女の子でした。エドと比べても、若干年下なんじゃないかと思えます。
「確かにかわいいのは認めるけどさ、それでおねーさんってのは無理があるんじゃないか?」
「うーん、でもでも、わたしはこれでも二十六歳なのですよ?」
エドは思わずずっこけました。
なにしろ、どう見てもローティーンな女の子が、その二倍の年齢を申告したとなれば、嘘をついているのか、それとも神をも冒涜しているのか……どっちにしても不敬で仕方がありません。
生きとし生けるもの、年齢と言うものは平等に姿かたちを変えさせるものです。それをなんでこんな馬鹿げた方向へ突き抜けているのか。エドは頭が痛くなってしまうのです。
「ま、まあ、年齢はどうでもいいんだ。自己申告だしな。それよりも問題は、国を救うとかそういう話だ。俺には無理だよどう考えても。グレゴリオン一機で、なんとかできるものでもないだろうし」
「そんなことはないのです。古来より素敵に無敵な一機のロボットが、戦況をひっくり返したという例はたっぷりとあるのです。常識なのですよ?」
「俺、そんな歴史知らないぞ?」
「サブカルチャーの中では、ごく普通のことなのですよ?」
「そりゃ一般的にフィクションってやつじゃねぇか!」
頭の痛さも極まってきたエドです。どうやら自称二十六歳の彼女は、妄想と現実の区別もつかないレベルの頭の持ち主の様子。
これでは国を救うというお話も、どこまでが真実なのやら。エドは関わらない方が良かったかと、いまさらながらに後悔しました。
……と、こういう感じで、出会いが重なっていきます。何がどう転ぶのかわからないのが運命ですが、その運命も、時にはとんでもない出会いや経験を与えてくれるもの。
エドにとっては、たまっころとの出会いと同等に、彼女……エリーとの出会いは、衝撃的展開だったのです。
もっとも、これから先、さらに衝撃的展開が待ち構えているとは、エドも思わなかったでしょう。こんなもの、まだまだ序の口なのですから。
グレゴリオン。HAL‐800。エリー。その三つの存在が、エドの運命を大きく変えていきます。それはもう、ゆっくりのんびりする暇もないほどに。
さてさて、物語はまだ始まったばかり。エドという少年にとっては、ここからがいわゆる本筋。さあ、これから彼は、どういう迷惑に巻き込まれていくのでしょうか……?
・第三話に続く……