目が覚めると、何よりも先に部屋に充満している土と植物の匂いが鼻についた。
その後になって酷い頭痛と空腹感が襲ってきた。どちらも突然かつ、強力で思わずうなり声を上げた。
「おお、目が覚めたみたいだね。よかった、よかった」
うなり声を聞きつけたのか、中年男の少し掠れた声が俺に向かって飛んできた。引きずるような足音が接近してくるのが分かった。
体を起こそうにも言うことを聞かないので、首だけを何とか足音の方へ向けた。
「無理して動かない方がいい。お前さん、丸々二日間寝込んでいたからな」
ひょうきんな口調で白髪交じりの壮年男が俺に話しかけてきている。背は少し低く、小太り、白衣を着ているのだが、医者には見えなかった。
科学者とか技術者とか、恐らく、そのあたりの人種だろうと思った。
「自己紹介が先かな? それとも……」
男の言葉を遮ったのは、俺の腹の虫で、それを聞いてケタケタ笑いながら男はテーブルの上の器を手に取った。
男はスプーンでその中身を掬い、そのまま俺の口元へ寄せてきた。
無心になって俺は掬われたスープを啜る。一口食べる度に、体が温まるような感覚がした。
器の中のスープを全て飲み干すと、男は器をテーブルに放り、姿勢を正した。
「私は、ガイア=ルーズベルト。一応、科学者をやっている。君はの名前は?」
「自分は、マモル・サガミ。ヒノモトでFW(フレーム・ウォーカー)のパイロットをやっている」
そこまで自己紹介して、ようやく自分の置かれている状況に疑問を持った。場所にいる経緯の一切の記憶が無いからだ。
思い出すために、頭痛の少し治まった頭から記憶を掘り起こした。
(……そうだ、思い出した。俺は、撃墜されたんだ)
第26次管理競争、三回戦。ヒノモト対カリメア合衆国。俺の記憶はそこで途切れている。
* * *
『こちらチャーリー4。敵の猛攻撃に遭っている、救援求む!!』
(第3分隊(チャーリー)!? 司令部の直近だぞ。この速さでか!)
開戦からまだ20分。この進軍速度は異常事態に他ならなかった。戦闘機なんて汎用性に欠ける旧時代の代物をカリメアが使うわけも無く。
そんな速度で移動できる機体が、FW(フレーム・ウォーカー)5機を要する第3分隊を一方的に攻撃できるわけが無い。その搭乗者が普通のパイロットであれば。
「本丸は捨てられん。自分が低空航行で救援に向かう。エコー2、3は付いて来い。残りは第1分隊(アルファ)と合流しろ」
『了解!』
――――――――低空航行機能適用。
その操作でマモルの機体“イリギノ”は人型から流線型の飛翔形態へと変形する。
それはジェネレータからのエネルギーを全て推進装置に回し、高速移動を可能とする、ヒノモト製FWの一部に搭載されている特殊機能だ。
ヒノモトの可変FWは世界的にも有名で、マモルの駆るイリギノはその機能を柔軟に使えるように各所にカスタムが施されている、言わば特機であった。
低空航行を使用しても目的地までの所要時間2分24秒。長くて短い時間にマモルは焦りを感じていた。
それは、こんなことができる敵の存在に、マモルは心当たりがあったからだ。
4年前の管理戦争で華々しくデビューし、同年のカメリア優勝の立役者にして、現在も不動のトップガン。
“ザ・スター・スパングルド・バナー(SSB)”の異名を持つ、カルムケイン・ミリガン。
「こちらエコー1。チャーリー聞こえるか? 敵戦力および状況を確認したい。情報を要求する」
相手がカルムケインならば、マモルは全力を以って相手をしなければならない。それで落とせれば儲けものだ。
『こちらチャーリー4。敵は1機。“SSB”カルムケイン・ミリガンと断定』
「感謝する。こちらは後1分ほどで到着。持ちこたえてくれ」
通信を切ると同時に、マモルはエネルギーの一部を小型電磁投射砲に回しチャージを開始した。
多少の速度を犠牲にしても、カルムケインを捉えるには超音速のこの武装を使うしかない。
程なくして、戦闘により発生している黒煙が視界の先に映り始めた。電磁投射砲のチャージは未だ完了していない。
だが、それを待つわけにいかず、マモルは速度を落とさずに飛び込む事にした。リスクが高いが見返りも大きい、それに、こんなことを恐れていては、カルムケインには遠く及ばない。
『増援だぁ? 洒落てんじゃねぇか』
オープン回線で飛んできたのは他でもない、カルムケインの声だった。大胆不敵、天衣無縫。その傲慢さは裏づけがあるから許される事だった。
全身白地に赤いライン、特徴的な右肩の青い装甲と白い星。見まごうことのない派手な機体に向かって、マモルは更に機体を加速させる。
カルムケインとの交差は意識暗転(ブラックアウト)ギリギリの速度で行われた。
避けられはしたが、さすがの奴もこの速度では反撃することは叶わず、マモルの到着を無傷で許した。
しかし、こんな速度で低空の敵に特攻する事はまさに自殺行為。
なぜなら、特攻の先に待っているのは、避けようない地面だからだ。
あたりを揺さぶる凄まじい重低音。イリギノが地面に激突した音だ。
土煙が立ち込める中、高周波の音と白い光が衝突地点からかすかに放たれ始めていた。
「低空航行機能解除。重力炉、出力上昇」
衝突の際に発生した運動エネルギーを吸収して、重力炉はその出力を劇的に上昇させる。
音叉のような音がコクピット内にも響き始めていた。
それは重力炉の活動が活発になっている何よりの証拠であり、とどのつまり、
リスクを超えマモルは絶大な見返りを手に入れたのだ。
生み出されたエネルギーの大半を電磁投射砲に送り込み、
独特の発射音を置き去りにして超音速の飛翔体をカルムケインめがけて発射。
それは乱機動をとっていたカルムケインの機体の左肩を貫き、破壊した。
大きくバランスを崩すカルムケインに二の矢を放つ。その攻撃は右足の装甲板を掠めただけで、決定打には至らなかった。
最大威力の攻撃を二発放ったことで電磁投射砲は廃熱を余儀なくされた。
『テメェ、コラ! 奇襲したくせに仕留め損なってんじゃねーぞ!!』
味方からの通信では無い。
被弾し、錐揉み状態であるにも関わらず、カルムケインには未だ軽口を叩く余裕が有ったのだ。
マモルはそんなカルムケインの姿に恐怖感を抱いた。
「オールチャーリー! 今しかない。叩き込め!!」
電磁投射砲から通常のアサルトライフルに切り替えマモルは可能な限りカルムケインに発砲する。
味方からの援護があれば、と弾丸をばら撒くマモルであったが、
周囲の異変に気付くのはカルムケインが体勢を整えた後だった。
『んなモンとっくの昔にスクラップだ、俺を舐めてんじゃ……』
弾丸は、イリギノからしか放たれていなかった。
味方全員が到着したとき既に戦闘可能な状態では無かったのだ。
マモルの到着が遅かったのではない、カルムケインが早すぎるのだ。
『ねぇぞ!!』
その声と同時に、強烈な閃光がマモルの視界を埋め尽くす。
即座にカメラの切り替えが行われるが、その一瞬が明暗を分かつ、特にこの戦闘では。
左腕の盾で、左側の守りを固め、前方から右側に向かってアサルトライフルをばら撒き、有効になったカメラで上空をカヴァーする。
一瞬でとったそれらの行動が、マモルの命をつなぐことになる。
左腕に連続した衝撃が襲いかかる。構えた盾が敵からの攻撃を防ぎ、その位置を知らせる。
盾越しに敵に反撃するが、敵の攻撃は収まらず、二機を隔たる盾は見る見るうちに削られていく。
小型キャノン砲でも数発耐えられる盾がこうも易々と削られていくことが、マモルは信じられなかった。
敵は少なくとも既に5機のFWを落としている上に先ほどの被弾。
パイロットの技能とかそういう問題ではなく、機体の総火力が有りすぎる。そのことにマモルは驚きを隠せなかった。
『隊長! 遅くなりました、スンマセン。今から援護します!』
カルムケインの弾丸が止んだ一瞬後に弾丸のシャワーが敵に向かって降り注ぐ。
それを機に弾丸を放ちながら後退し、マモルは森林に身を隠した。
「エコー2、エコー3。救援助かる。敵は単機だが、一個小隊に相当する火力を有している、迂闊に接近するな」
『『了解』』
『おいおい、ドンだけ奇襲するつもりだよ? こっちは片腕なんだから、ちょっとは加減してくれろよな?』
度重なる敵のふざけた態度にマモルは強い不快感を覚えていた。
自らの失態がその不快感の一因であることにすら気づかないくらいにマモルは苛々していた。
「エコー、耳を傾けるな。これは戦争だ」
アサルトライフルをリロードしながら冷めた口調で言い放ち、それが終わると同時に再度攻撃を開始した。
三機による多方向からのアサルトライフルとマシンガンによる掃射で敵を追いやる、敵が防戦一方であったため、状況を整理する余裕が生まれてきた。
先ほどの猛攻撃は敵機の背中に搭載されたガトリングであること、
右腕には近接ブレードのみが搭載されていること、
腰部に搭載されたランチャーはフラッシュロケット発射装置であること、
それらは予測の域を出ないが、先ほどまでの戦闘と左腕とその装備を失ったことでカルムケインはその戦闘能力を大きく失っていたのは確実であった。
でなければ、自分はこうして立っていない。
「エコー、敵の閃光弾と近接格闘に注意しろ、決して近づけるな」
『『了解』』
概ね良好であるが、敵の回避技能が高く、3機でも有効打は与えられずにいる。
接近すれば命中率を上げることができるが、リスクが高すぎるため、実行できない。
かと言ってこのまま続けても、弾薬が尽きれば、その場で全員なぶり殺しにされるのは明らか。
『こちらエコー4、ただいまそちらにブラボー1、ブラボー2が向かっています。敵の撃退後、5機で司令部の直衛に回ってください』
堂々巡りを続けていた思考を絶った一報、それはマモルにとって歓喜すべき内容であった。
『ブラボー1って、ミスティ中尉が!? 良かったですね、隊長!』
「喜ぶべきは増援だ、誰であろうと関係ない。そこを穿き違えるなエコー3」
『照れなくていいんですよ、隊長。もうみんな知ってますよ、隊長と中尉のコト・・・
『隊長を困らせるんじゃないよ、エコー3。そして、言葉を慎みなさい。戦闘中よ』
わずかな心のゆとり、いや、この場合油断と言った方が正しいだろう。増援という甘美な餌に三人は油断した。そして、綻びが生じた。
「エコー3! 今すぐ射撃を止めろ!!」
叫んだときにはもう遅い。
3機はお互いのリロードをカヴァーし合っていた。
今のエコー2のリロードをカヴァーするための弾丸がエコー3のマガジンの中にはもう無いということに気づくのが遅すぎた。
そして、カルムケインはそれに気付いていた。
『ヴァカのやることは理解不能だなぁ。オイ』
カルムケインはイリギノへ、ガトリングをばら撒きながら残弾わずかなエコー3へ突進した。
エコー3はそれに応戦するが、すぐに弾が尽きカルムケインの接近を簡単に許した。
マモルはその場に釘付けにされ、ただ傍観するしかできなかった。
ブレードは容易くエコー3の装甲を断ち切る、バターを切るように、何の抵抗も無く、エコー3は撃沈した。
「クッソォォォォォォォッ!!!」
気付けば飛び出していた。
ライフルを連射しながら、最大推力で敵に突撃していく。カルムケインの注意は近くにいるエコー2ではなく、イリギノに向いていた。
『いまさら特攻かよ! もっと前にやってればあいつは落ちなかったんじゃねぇのか?』
――――――――黙れ。
ガトリングで迎撃するカルムケイン、それに対し盾を前に出して突破し、弾丸を叩き込む。一発、二発、三発。
銃口が敵に触れるその直前、今度は反対に向かって持てる推力を傾ける。
ガトリングの砲身が自分に向くのを見計らって盾を放り投げ、盾の内側のミサイルランチャーに弾丸を叩き込む。
爆発が2機の間で発生し、お互いの視覚を奪う。
すぐさま左腕に格納されているブレードを展開し、敵の左側から切りかかる。
寸でのところで敵はその見えざる攻撃をブレードで受け止め、動きの止まったイリギノへ、ガトリングを向ける。
ライフルの銃身で敵を殴打するとガトリングの制御はほんの僅かに遅れ、イリギノの身を翻す余裕を生み出した。
ガトリングの弾丸をなんとか回避しながらライフルでガトリングを打ち抜く。
カルムケインに残された武装はこれでブレードとフラッシュロケットだけになった。
再度、マモルの視界は閃光に包まれる、その瞬間、鍔迫り合いが解かれ、左手が軽くなった。
ライフルで見えないカルムケインに殴りかかったが、残ったのはライフル損傷の信号だけ、ほんの一瞬の延命。
その僅かな一瞬は到着した増援の援護攻撃の時間を与え、マモルの命をつないだ。
イリギノは突如何かに引っ張られ、カルムケインの懐から脱出した。
そしてすぐさまイリギノに代わり、赤紫色の機体がカルムケインの懐へ飛び込んだ。
『こちら、ブラボー1、エコー1は後方支援に回ってくれ』
ヒノモトの近接格闘の女王、ミスティ・ヴァイオレットと、その機体イスジラニ。
マモルにとってこれほど頼もしい増援はいない。それが物質的な側面だけではないのはマモル自身よく知っていた。
『流石に分が悪ぃな』
カルムケインは装甲の一部をパージ、爆発させ、機体を反転させた。
『逃がさない』『逃がさん!』
エコー2、ブラボー2が爆煙に向かって一斉射撃、爆発の衝撃を受けたミスティは機体を立て直している最中であった。
『んじゃ、サイナラ』
ジェットエンジンの爆音が響き、爆煙の中からカルムケインは凄まじい速度で飛び出した。
これが、あの火力の機体をたった20分でここまで進行させた手段であった。それでも、あの速度にマモルのイリギノは追い付ける。
「自分が追撃します。この機体とレールガンならやつを捉えられる。今やらなくては、次は壊滅させられてしまう」
『深追いは止めるべきだ、貴方の機体も消耗している』
『そうです、敵はカルムケインだけではないんですよ! 隊長は補給を済ませ司令部の直衛に回るべきです』
『いや、ここでマモルがやらないと奴は補給を済ませ帰って来る。そうなると、こちらの負けは確実だ』
二人の言葉に反抗しているミスティの言葉を聴くや否やマモルはすぐに低空航行機能を適用する。
電磁投射砲を一発撃つ分を残して全てのエネルギーを推力に回す。
そしてそのまま真っ直ぐ、カルムケインの追跡を開始。迷いは既に断ち切られていた。
矢のように吹き飛ぶ景色も、風切り音も、体にかかる重圧も全く気にならない。
マモルの頭はカルムケインを討つことで一杯だった。
飛行開始から数分以内にマモルはカルムケインの姿を捉える。
敵もこちらの接近に気付いているらしく、機体の首尾線を揺らし、照準を掻き乱している。マモルは静観を保ち、少しずつ距離をつめていく。
もとより、必中の距離まで接近をするつもりだった。
こちらの方が速度で勝っている上、直進できない敵に接近するのは容易く、確実に2機の距離は詰まっていた。
三度のフラッシュロケット、この速度、この距離で当ててくるカルムケインは他ならぬ天才だと再認識させられる。
だが、同じ攻撃を何度も何度も食らってられない。一瞬イリギノを減速させ、自動制御よりも早くマニュアルでカメラを切り替えた。
いまさら見失うわけにはいかない。
敵は直線軌道で敵は先ほどよりも降下し地面近くを軽やかな様子で加速していた、しかし、距離は殆ど離れていない。
これは、敗北の危機ではなく相手の作った好機。敵をセンターに捉えたと同時に、マモルは迷いなく電磁投射砲の引き金を引いた。
人間で言うと、鎖骨から右肩付近、飛翔体は敵機に着弾し、機体の基幹機能とバランスを打ち抜いた。次弾は無い。
『クソッ!! 痛ってぇ!! 三下ぁ! 何しやがった!!』
速度を失い始めた敵機にダメ押しの追撃、ブレードによる近接格闘を仕掛けに、マモルは最後の加速をはじめる。
『……引っかかるなよ。お前は落ちろ、三下』
マモルの体を衝撃が襲う、イリギノは突如爆発に包まれた。何が起きたのか考えも及ばない。敵の攻撃なら、いつかも分からない。
わけの分からないまま、イリギノは機体の制御を失い、その凄まじい速度のまま戦闘領域外に向かって飛んでいく。
錐揉みになり、二度三度地面に接触。自動操縦の誤作動による容赦の無い急加速、幾度にわたる衝突はマモルの意識を削いでいった。
地面に激しく打ち付けられ、機体の動きが止んだと時を同じくして、マモルの意識は絶たれた。
* * *
これが、俺が博士に助けられるまでの経緯。
自らの意思でなく、与えられた能力で生きていた頃の自分の、最後の戦い。
「あなたが、傷の手…あて…を……?」
空腹が満たされると、次に襲ってきたのは眠気。意識を保てないほどの強烈な眠気に言葉を減らされていく。
頭がかき回され、まぶたが重くなっていく感覚に苛まれて、徐々に体の力が抜けていった。
「まだ休んでいなさい。話は全て、それからだ」
その言葉を聴きながら、俺の意識は深遠へと落ちていった。
第1話 <男が兵士を辞めるまで> -fin-
その後になって酷い頭痛と空腹感が襲ってきた。どちらも突然かつ、強力で思わずうなり声を上げた。
「おお、目が覚めたみたいだね。よかった、よかった」
うなり声を聞きつけたのか、中年男の少し掠れた声が俺に向かって飛んできた。引きずるような足音が接近してくるのが分かった。
体を起こそうにも言うことを聞かないので、首だけを何とか足音の方へ向けた。
「無理して動かない方がいい。お前さん、丸々二日間寝込んでいたからな」
ひょうきんな口調で白髪交じりの壮年男が俺に話しかけてきている。背は少し低く、小太り、白衣を着ているのだが、医者には見えなかった。
科学者とか技術者とか、恐らく、そのあたりの人種だろうと思った。
「自己紹介が先かな? それとも……」
男の言葉を遮ったのは、俺の腹の虫で、それを聞いてケタケタ笑いながら男はテーブルの上の器を手に取った。
男はスプーンでその中身を掬い、そのまま俺の口元へ寄せてきた。
無心になって俺は掬われたスープを啜る。一口食べる度に、体が温まるような感覚がした。
器の中のスープを全て飲み干すと、男は器をテーブルに放り、姿勢を正した。
「私は、ガイア=ルーズベルト。一応、科学者をやっている。君はの名前は?」
「自分は、マモル・サガミ。ヒノモトでFW(フレーム・ウォーカー)のパイロットをやっている」
そこまで自己紹介して、ようやく自分の置かれている状況に疑問を持った。場所にいる経緯の一切の記憶が無いからだ。
思い出すために、頭痛の少し治まった頭から記憶を掘り起こした。
(……そうだ、思い出した。俺は、撃墜されたんだ)
第26次管理競争、三回戦。ヒノモト対カリメア合衆国。俺の記憶はそこで途切れている。
* * *
『こちらチャーリー4。敵の猛攻撃に遭っている、救援求む!!』
(第3分隊(チャーリー)!? 司令部の直近だぞ。この速さでか!)
開戦からまだ20分。この進軍速度は異常事態に他ならなかった。戦闘機なんて汎用性に欠ける旧時代の代物をカリメアが使うわけも無く。
そんな速度で移動できる機体が、FW(フレーム・ウォーカー)5機を要する第3分隊を一方的に攻撃できるわけが無い。その搭乗者が普通のパイロットであれば。
「本丸は捨てられん。自分が低空航行で救援に向かう。エコー2、3は付いて来い。残りは第1分隊(アルファ)と合流しろ」
『了解!』
――――――――低空航行機能適用。
その操作でマモルの機体“イリギノ”は人型から流線型の飛翔形態へと変形する。
それはジェネレータからのエネルギーを全て推進装置に回し、高速移動を可能とする、ヒノモト製FWの一部に搭載されている特殊機能だ。
ヒノモトの可変FWは世界的にも有名で、マモルの駆るイリギノはその機能を柔軟に使えるように各所にカスタムが施されている、言わば特機であった。
低空航行を使用しても目的地までの所要時間2分24秒。長くて短い時間にマモルは焦りを感じていた。
それは、こんなことができる敵の存在に、マモルは心当たりがあったからだ。
4年前の管理戦争で華々しくデビューし、同年のカメリア優勝の立役者にして、現在も不動のトップガン。
“ザ・スター・スパングルド・バナー(SSB)”の異名を持つ、カルムケイン・ミリガン。
「こちらエコー1。チャーリー聞こえるか? 敵戦力および状況を確認したい。情報を要求する」
相手がカルムケインならば、マモルは全力を以って相手をしなければならない。それで落とせれば儲けものだ。
『こちらチャーリー4。敵は1機。“SSB”カルムケイン・ミリガンと断定』
「感謝する。こちらは後1分ほどで到着。持ちこたえてくれ」
通信を切ると同時に、マモルはエネルギーの一部を小型電磁投射砲に回しチャージを開始した。
多少の速度を犠牲にしても、カルムケインを捉えるには超音速のこの武装を使うしかない。
程なくして、戦闘により発生している黒煙が視界の先に映り始めた。電磁投射砲のチャージは未だ完了していない。
だが、それを待つわけにいかず、マモルは速度を落とさずに飛び込む事にした。リスクが高いが見返りも大きい、それに、こんなことを恐れていては、カルムケインには遠く及ばない。
『増援だぁ? 洒落てんじゃねぇか』
オープン回線で飛んできたのは他でもない、カルムケインの声だった。大胆不敵、天衣無縫。その傲慢さは裏づけがあるから許される事だった。
全身白地に赤いライン、特徴的な右肩の青い装甲と白い星。見まごうことのない派手な機体に向かって、マモルは更に機体を加速させる。
カルムケインとの交差は意識暗転(ブラックアウト)ギリギリの速度で行われた。
避けられはしたが、さすがの奴もこの速度では反撃することは叶わず、マモルの到着を無傷で許した。
しかし、こんな速度で低空の敵に特攻する事はまさに自殺行為。
なぜなら、特攻の先に待っているのは、避けようない地面だからだ。
あたりを揺さぶる凄まじい重低音。イリギノが地面に激突した音だ。
土煙が立ち込める中、高周波の音と白い光が衝突地点からかすかに放たれ始めていた。
「低空航行機能解除。重力炉、出力上昇」
衝突の際に発生した運動エネルギーを吸収して、重力炉はその出力を劇的に上昇させる。
音叉のような音がコクピット内にも響き始めていた。
それは重力炉の活動が活発になっている何よりの証拠であり、とどのつまり、
リスクを超えマモルは絶大な見返りを手に入れたのだ。
生み出されたエネルギーの大半を電磁投射砲に送り込み、
独特の発射音を置き去りにして超音速の飛翔体をカルムケインめがけて発射。
それは乱機動をとっていたカルムケインの機体の左肩を貫き、破壊した。
大きくバランスを崩すカルムケインに二の矢を放つ。その攻撃は右足の装甲板を掠めただけで、決定打には至らなかった。
最大威力の攻撃を二発放ったことで電磁投射砲は廃熱を余儀なくされた。
『テメェ、コラ! 奇襲したくせに仕留め損なってんじゃねーぞ!!』
味方からの通信では無い。
被弾し、錐揉み状態であるにも関わらず、カルムケインには未だ軽口を叩く余裕が有ったのだ。
マモルはそんなカルムケインの姿に恐怖感を抱いた。
「オールチャーリー! 今しかない。叩き込め!!」
電磁投射砲から通常のアサルトライフルに切り替えマモルは可能な限りカルムケインに発砲する。
味方からの援護があれば、と弾丸をばら撒くマモルであったが、
周囲の異変に気付くのはカルムケインが体勢を整えた後だった。
『んなモンとっくの昔にスクラップだ、俺を舐めてんじゃ……』
弾丸は、イリギノからしか放たれていなかった。
味方全員が到着したとき既に戦闘可能な状態では無かったのだ。
マモルの到着が遅かったのではない、カルムケインが早すぎるのだ。
『ねぇぞ!!』
その声と同時に、強烈な閃光がマモルの視界を埋め尽くす。
即座にカメラの切り替えが行われるが、その一瞬が明暗を分かつ、特にこの戦闘では。
左腕の盾で、左側の守りを固め、前方から右側に向かってアサルトライフルをばら撒き、有効になったカメラで上空をカヴァーする。
一瞬でとったそれらの行動が、マモルの命をつなぐことになる。
左腕に連続した衝撃が襲いかかる。構えた盾が敵からの攻撃を防ぎ、その位置を知らせる。
盾越しに敵に反撃するが、敵の攻撃は収まらず、二機を隔たる盾は見る見るうちに削られていく。
小型キャノン砲でも数発耐えられる盾がこうも易々と削られていくことが、マモルは信じられなかった。
敵は少なくとも既に5機のFWを落としている上に先ほどの被弾。
パイロットの技能とかそういう問題ではなく、機体の総火力が有りすぎる。そのことにマモルは驚きを隠せなかった。
『隊長! 遅くなりました、スンマセン。今から援護します!』
カルムケインの弾丸が止んだ一瞬後に弾丸のシャワーが敵に向かって降り注ぐ。
それを機に弾丸を放ちながら後退し、マモルは森林に身を隠した。
「エコー2、エコー3。救援助かる。敵は単機だが、一個小隊に相当する火力を有している、迂闊に接近するな」
『『了解』』
『おいおい、ドンだけ奇襲するつもりだよ? こっちは片腕なんだから、ちょっとは加減してくれろよな?』
度重なる敵のふざけた態度にマモルは強い不快感を覚えていた。
自らの失態がその不快感の一因であることにすら気づかないくらいにマモルは苛々していた。
「エコー、耳を傾けるな。これは戦争だ」
アサルトライフルをリロードしながら冷めた口調で言い放ち、それが終わると同時に再度攻撃を開始した。
三機による多方向からのアサルトライフルとマシンガンによる掃射で敵を追いやる、敵が防戦一方であったため、状況を整理する余裕が生まれてきた。
先ほどの猛攻撃は敵機の背中に搭載されたガトリングであること、
右腕には近接ブレードのみが搭載されていること、
腰部に搭載されたランチャーはフラッシュロケット発射装置であること、
それらは予測の域を出ないが、先ほどまでの戦闘と左腕とその装備を失ったことでカルムケインはその戦闘能力を大きく失っていたのは確実であった。
でなければ、自分はこうして立っていない。
「エコー、敵の閃光弾と近接格闘に注意しろ、決して近づけるな」
『『了解』』
概ね良好であるが、敵の回避技能が高く、3機でも有効打は与えられずにいる。
接近すれば命中率を上げることができるが、リスクが高すぎるため、実行できない。
かと言ってこのまま続けても、弾薬が尽きれば、その場で全員なぶり殺しにされるのは明らか。
『こちらエコー4、ただいまそちらにブラボー1、ブラボー2が向かっています。敵の撃退後、5機で司令部の直衛に回ってください』
堂々巡りを続けていた思考を絶った一報、それはマモルにとって歓喜すべき内容であった。
『ブラボー1って、ミスティ中尉が!? 良かったですね、隊長!』
「喜ぶべきは増援だ、誰であろうと関係ない。そこを穿き違えるなエコー3」
『照れなくていいんですよ、隊長。もうみんな知ってますよ、隊長と中尉のコト・・・
『隊長を困らせるんじゃないよ、エコー3。そして、言葉を慎みなさい。戦闘中よ』
わずかな心のゆとり、いや、この場合油断と言った方が正しいだろう。増援という甘美な餌に三人は油断した。そして、綻びが生じた。
「エコー3! 今すぐ射撃を止めろ!!」
叫んだときにはもう遅い。
3機はお互いのリロードをカヴァーし合っていた。
今のエコー2のリロードをカヴァーするための弾丸がエコー3のマガジンの中にはもう無いということに気づくのが遅すぎた。
そして、カルムケインはそれに気付いていた。
『ヴァカのやることは理解不能だなぁ。オイ』
カルムケインはイリギノへ、ガトリングをばら撒きながら残弾わずかなエコー3へ突進した。
エコー3はそれに応戦するが、すぐに弾が尽きカルムケインの接近を簡単に許した。
マモルはその場に釘付けにされ、ただ傍観するしかできなかった。
ブレードは容易くエコー3の装甲を断ち切る、バターを切るように、何の抵抗も無く、エコー3は撃沈した。
「クッソォォォォォォォッ!!!」
気付けば飛び出していた。
ライフルを連射しながら、最大推力で敵に突撃していく。カルムケインの注意は近くにいるエコー2ではなく、イリギノに向いていた。
『いまさら特攻かよ! もっと前にやってればあいつは落ちなかったんじゃねぇのか?』
――――――――黙れ。
ガトリングで迎撃するカルムケイン、それに対し盾を前に出して突破し、弾丸を叩き込む。一発、二発、三発。
銃口が敵に触れるその直前、今度は反対に向かって持てる推力を傾ける。
ガトリングの砲身が自分に向くのを見計らって盾を放り投げ、盾の内側のミサイルランチャーに弾丸を叩き込む。
爆発が2機の間で発生し、お互いの視覚を奪う。
すぐさま左腕に格納されているブレードを展開し、敵の左側から切りかかる。
寸でのところで敵はその見えざる攻撃をブレードで受け止め、動きの止まったイリギノへ、ガトリングを向ける。
ライフルの銃身で敵を殴打するとガトリングの制御はほんの僅かに遅れ、イリギノの身を翻す余裕を生み出した。
ガトリングの弾丸をなんとか回避しながらライフルでガトリングを打ち抜く。
カルムケインに残された武装はこれでブレードとフラッシュロケットだけになった。
再度、マモルの視界は閃光に包まれる、その瞬間、鍔迫り合いが解かれ、左手が軽くなった。
ライフルで見えないカルムケインに殴りかかったが、残ったのはライフル損傷の信号だけ、ほんの一瞬の延命。
その僅かな一瞬は到着した増援の援護攻撃の時間を与え、マモルの命をつないだ。
イリギノは突如何かに引っ張られ、カルムケインの懐から脱出した。
そしてすぐさまイリギノに代わり、赤紫色の機体がカルムケインの懐へ飛び込んだ。
『こちら、ブラボー1、エコー1は後方支援に回ってくれ』
ヒノモトの近接格闘の女王、ミスティ・ヴァイオレットと、その機体イスジラニ。
マモルにとってこれほど頼もしい増援はいない。それが物質的な側面だけではないのはマモル自身よく知っていた。
『流石に分が悪ぃな』
カルムケインは装甲の一部をパージ、爆発させ、機体を反転させた。
『逃がさない』『逃がさん!』
エコー2、ブラボー2が爆煙に向かって一斉射撃、爆発の衝撃を受けたミスティは機体を立て直している最中であった。
『んじゃ、サイナラ』
ジェットエンジンの爆音が響き、爆煙の中からカルムケインは凄まじい速度で飛び出した。
これが、あの火力の機体をたった20分でここまで進行させた手段であった。それでも、あの速度にマモルのイリギノは追い付ける。
「自分が追撃します。この機体とレールガンならやつを捉えられる。今やらなくては、次は壊滅させられてしまう」
『深追いは止めるべきだ、貴方の機体も消耗している』
『そうです、敵はカルムケインだけではないんですよ! 隊長は補給を済ませ司令部の直衛に回るべきです』
『いや、ここでマモルがやらないと奴は補給を済ませ帰って来る。そうなると、こちらの負けは確実だ』
二人の言葉に反抗しているミスティの言葉を聴くや否やマモルはすぐに低空航行機能を適用する。
電磁投射砲を一発撃つ分を残して全てのエネルギーを推力に回す。
そしてそのまま真っ直ぐ、カルムケインの追跡を開始。迷いは既に断ち切られていた。
矢のように吹き飛ぶ景色も、風切り音も、体にかかる重圧も全く気にならない。
マモルの頭はカルムケインを討つことで一杯だった。
飛行開始から数分以内にマモルはカルムケインの姿を捉える。
敵もこちらの接近に気付いているらしく、機体の首尾線を揺らし、照準を掻き乱している。マモルは静観を保ち、少しずつ距離をつめていく。
もとより、必中の距離まで接近をするつもりだった。
こちらの方が速度で勝っている上、直進できない敵に接近するのは容易く、確実に2機の距離は詰まっていた。
三度のフラッシュロケット、この速度、この距離で当ててくるカルムケインは他ならぬ天才だと再認識させられる。
だが、同じ攻撃を何度も何度も食らってられない。一瞬イリギノを減速させ、自動制御よりも早くマニュアルでカメラを切り替えた。
いまさら見失うわけにはいかない。
敵は直線軌道で敵は先ほどよりも降下し地面近くを軽やかな様子で加速していた、しかし、距離は殆ど離れていない。
これは、敗北の危機ではなく相手の作った好機。敵をセンターに捉えたと同時に、マモルは迷いなく電磁投射砲の引き金を引いた。
人間で言うと、鎖骨から右肩付近、飛翔体は敵機に着弾し、機体の基幹機能とバランスを打ち抜いた。次弾は無い。
『クソッ!! 痛ってぇ!! 三下ぁ! 何しやがった!!』
速度を失い始めた敵機にダメ押しの追撃、ブレードによる近接格闘を仕掛けに、マモルは最後の加速をはじめる。
『……引っかかるなよ。お前は落ちろ、三下』
マモルの体を衝撃が襲う、イリギノは突如爆発に包まれた。何が起きたのか考えも及ばない。敵の攻撃なら、いつかも分からない。
わけの分からないまま、イリギノは機体の制御を失い、その凄まじい速度のまま戦闘領域外に向かって飛んでいく。
錐揉みになり、二度三度地面に接触。自動操縦の誤作動による容赦の無い急加速、幾度にわたる衝突はマモルの意識を削いでいった。
地面に激しく打ち付けられ、機体の動きが止んだと時を同じくして、マモルの意識は絶たれた。
* * *
これが、俺が博士に助けられるまでの経緯。
自らの意思でなく、与えられた能力で生きていた頃の自分の、最後の戦い。
「あなたが、傷の手…あて…を……?」
空腹が満たされると、次に襲ってきたのは眠気。意識を保てないほどの強烈な眠気に言葉を減らされていく。
頭がかき回され、まぶたが重くなっていく感覚に苛まれて、徐々に体の力が抜けていった。
「まだ休んでいなさい。話は全て、それからだ」
その言葉を聴きながら、俺の意識は深遠へと落ちていった。
第1話 <男が兵士を辞めるまで> -fin-