北国へと向かう、エドたち一行。北国は、トンネルを抜けた先にあるといいますが、そんな戯言を抜かすのはハル子だけであったので、エドはまるっと無視しました。まん丸だけに。
ハル子はぶーぶーと文句を言ったのですが、所詮はまん丸人工無能。余計なことばかりくっちゃべるうえに、まったく役に立たないあたりが情けない限り。
エドはエリーと共にグレゴリオンの肩にいたのですが、次第に気温が下がってきたので、コックピットでハル子の文句に付き合うか、それとももうちょっと暖かい場所を探すか、しばし悩みました。
とりあえずしばらくは、とコックピットにもぐりこめば、ハル子がまたしても文句を言う始末です。
曰く『エリーとぴったりくっつくのはけしからん。すこぶる死んでください』というものだったのですが、
そもそもコックピットに二人は乗りすぎだし、おまけにコックピットの容積をとっているのが、そのハル子ことHAL‐800なのだから始末が悪いのです。
「文句を言うならお前が降りろよハル子。お前丸っこいくせに邪魔なんだから」
『酷い言い草ですね。この私がいなくなったら、誰がグレゴリオンを動かすのですか?』
「手動でも何とかなるんだろ。疲れたら交代すればいい」
『何気にサラッと酷いこと言いますねエドさんは。私への愛情はないのですか?』
「ない」
『泣きますよマジで』
その一方で、眠くなったのかエドの膝の上で丸くなって眠り始めるエリーです。
さすがに自称二十六歳がこれでいいのか、はなはだ疑問には思うところであったのですが、エドは特に気にしないことにしました。
まあ、暖かいといえば暖かいのだし、何よりもやはり女の子(?)にひっつかれているというのは嬉しいもの。たとえそれが極めて怪しい女の子(?)であったとしても。
さほど問題はなし。世はすべてこともなし。しかし神はそこにいるだけで平和でよろしいとは言うのですが、その一方でそこにいるだけでやかましい存在もいるわけで。
『エドさんは、女性に甘すぎると思います』
「お前だって女じゃないのか、一応……だろ?」
『ちょっと悩むあたりが憎らしいです。確かに私は女性ですが、そこな年齢詐称ロリババアとは違って、おっぱいもたゆんたゆんですし、ナイスなスタイルにヤローは垂涎というもので』
「どこからどう見ても球体だけどなぁ」
『外見で判断しないで欲しいものです。これでも設定上は超絶美少女なんですから』
設定だけならばいくらでも詐称できるんじゃ……とは言わない、優しいエドでした。
だがそんな彼らも、次第に薄曇ってきては寂しい気候に移り変わる周囲を見れば、言い争いどころではないと感じてしまうのです。
そう、いよいよ北国の中の北国エリア……ノースラント周辺へと入ったのです。
ノースラントは、旧文明で言えばかなり歴史のある地方であり、そこに生き残った人々も、歴史を重んじる古風な人間が多いというお話。
はっきりといえば機械文明とはあまり相容れないのであり、その辺を考えるとグレゴリオンが乗り込んでいって、どうなるものやらわかりません。
エリーの話では心配ないということであったのですが、こればっかりは不安にも思うエドでした。
まさか乗り込んだ先でいきなり攻撃されるとか……そう考えてしまうのも無理はない話。
だが実際には、現実はもうちょっとばかり過酷なものであり、その辺は寝こけている自称大人の女性にも問題はあったのですが……。
強い風と共に、雪がちらちらと舞い落ちてきます。そしてそれは次第に吹雪となり、視界を覆っていきます。
エドはハル子に命じてエアコンを強めに設定し、そのうえで視界の確保に努めようとしました。
まさかワイパーをかけるわけにもいかないので、メインカメラ周辺の電熱線を強めにして、雪がこびりつくのを防ぐ程度です。それでもやらないよりはよほどマシ。
「これが北国か。俺、もうちょっと優しいものをイメージしていたんだけどな」
『所詮は大自然の神秘、というよりは試練。そこに生きる者たちも、自然の脅威に性格がひん曲がっていると言います。そこの寝こけたロリババアを見ればわかるように、頭がかわいそうな人々がわんさかと鬱屈して』
「待て、なんか光った」
『なんかとはなんですか? もっと具体的にお願いします』
「それを調べるのがお前の役割じゃ……えっと、モニターを望遠に切り替え。光ったのは……あれか?」
エドがモニターを凝視すれば、そこにはなんと、完全武装の新統合政府の軍隊がわんさかと。
しかもあのとき戦ったタイプとは異なるロボットの姿もいくつか見えます。どうやら国境警備隊のようです。あらかじめ聞いていれば、ここまで接近しなかったのですが……。
「そのあらかじめ言っておいてくれるべき人間が、俺の膝で寝こけていやがるとは、どういうことだゴラァ! おいこらエリー、起きろよ!」
「むにゃ……その歳で処女とかそうじゃないとか、問題とすべきはそこではないのですよ……むにゃむにゃ」
『すこぶるむかつきますねこのロリババア。電気ショックでも送りますか?』
「待て、そうそう荒事ばかりでは解決するものも解決しないような……ほら、起きろよエリー!」
「むにゃむにゃ……そのもの、螺旋にてすべてを破壊せんとす。救国の巫女の手により、諌め、宥め、鎮めることができないときは、世界は終わるものと知れ……むにゃ……」
『寝ぼけにファンタジーが入るあたりが終わっています。やはりビリビリーッと電気を……』
もうそれしかないのか、とかエドも思います。しかし国境警備隊の攻撃が始まり、ぐらぐらとグレゴリオンが揺れ始めると、さすがにエリーも目覚めました。
目覚めたはいいのですが、どうやらまだ半分夢の中にいるらしく、『国境警備隊が展開しているので、国境への接近は十分に注意してくださるとよろしいです。それとピーナツバターは大事に使わないとお母様が怒ります』とか抜かすのです。
「ピーナツバターはどうでもいいんだよ! あと前半部分はここに来るまでに言えよ! くそっ、ここは逃げるが勝ちだ!」
『蹴散らしてしまう方が、問題も少ないかと思います』
「雪で視界も悪い、足元も悪い、おまけにお前ら頭も悪い。どうすればいいって?」
『何気なく酷いエドさんは、雪に埋もれてお亡くなりになった方がいいかと思います。あとそこなロリババア、どさくさまぎれにエドさんにしがみつかないでくださいズッコイです』
何が何やら、とりあえずエドはグレゴリオンを方向転換させて、国境警備隊の攻撃から逃れて行きました。そしてとある山脈のふもとで、ようやく一息ついたのですが……。
「びっくりしたのです。死ぬかと思ったのです」
「そう思うならもっと早めに警告してくれよな」
「眠気に負けたのですよ。人間は欲求には素直にならないといけないのです」
『オーケー、エドさん。その殴りたいという欲求に素直になりなさい』
さすがに女に手を出すのは恥ずかしいことなので、エドも自制しました。ですが、何が解決したわけでもないのが困りもの。
そもそもあんな連中が国境付近にいるのであれば、こっそり入国も難しいというお話。
では、これからどうすればいいのでしょう? 大いに悩むエド。大いにあくびをするエリー。大いに歯ぎしりをするハル子(原理は不明)。
と、その時でした。グレゴリオンの足元に、何やら人影が現れたのは。拡大してみると、防寒着に身を包んだ老人のようです。
「なんだろ、ついて来いって?」
『罠です、エドさん。ついてきたところを食べようという魂胆に違いありません。古典にもあります。ナマハゲーとかいう謎の化け物の伝承が』
「生だかハゲだか、なんでもいいけど、それよりも悪い人じゃなさそうだ。よし、ちょっと降りてみよう」
『エドさん、あなた最近私への扱いがぞんざいなような気が』
「気のせいだろ。よし、ハッチダウン!」
吹雪の外へ出てみると、そこは思いのほか寒くて仕方がないところでした。思わず震えあがるエド。それでも懸命に機体を滑り降り、足元にいた老人のところへと。
「えっと、あんたは……?」
問いかければ、老人がこう答えます。『ワシは見ての通りの通りがかりじゃが、お主らあの国境警備隊に追われておるのか?』と。
「まあ、そんな感じ。色々とあってさ、もっと国の奥まで行かなきゃいけないみたいなんだけど……」
「ふむぅ、しかしそのデカブツと一緒では……む?」
そんなとき、エドの頭の上から何かが落ちてきました。何かというか、エリーでした。
そしてそのままエドを下敷きにしては、ほえ~っとのんびりした様子。エドは頭にきましたが、女の子に手をあげては以下略。
ところがそんなエリーを見ては、老人が顔色を変えるのです。なぜだ、と思えば、老人が言うには『エリザベス皇女……生きておられたか!?』とかなんとか。
「エリザベス? なんだそのむやみやたらに大げさな名前は?」
「わたしの名前ですよ? 実はわたしは、この国の皇女だったのでした。びっくりですね」
そりゃびっくりだと、エドは倒れた自分を尻に敷く皇女様(?)に、それはもう呆れたため息をつくのでした。
さて、老人の家に案内された一行です。暖炉が極めて暖かいので、エドもほっと一息つきます。しかし問題はそういうところにあるのではなく、そう……。
「エリザベスだからエリー。わからなくはないけれどさ、そういうことはもっと早めに明かすものじゃないか?」
「秘すが花、言わぬが花、花は美しく散るとか言います」
『エドさん、もう遠慮せずに殴った方がいいかと』
「待て。もう少し話を聞いてから判断したい」
「賢明な考えだと思うのです。では、少しお話をするのですよ?」
で、エリーだかエリザベスだかが語ることには、ノースラントの皇女であるのがエリーであり、国を追われて流離うこと数週間。
なんかでかいロボットが現れたという噂を聞き、これは役立つかも……と勧誘に来たというのが、あの時の真相。
「とんでもなく行き当たりばったりな皇女様だな」
「でもでも、こうして国に凱旋できたわけなので、そこは問題ないと思うのですよ?」
『この女、凱旋という言葉の意味を知っていやがりますかね?』
「落ち着けハル子。確かに怒りたくなるのもわからないではないが、ここは一応、この子の国なんだぞ?」
「この子ではないのです。このおねーさんの国なのです。そしておねーさんは偉いので、敬ってへつらうといいと思います」
『エドさんエドさん、私に手足があったなら……』
「言うな今は待て。後で俺もなんとかしてみる」
まあ、そういうわけで、エリーはエリザベスという名で、皇女で国を救わなければいけないとかなんとか。
正直頭が痛いところでしたが、もっと痛むのはこれからの話で、エリーが言うには『救国の英雄、募集中』とのことで、エドは回れ右をして帰ろうとしました。
ですがそこをひっ捕まって、『英雄募集中。待遇は応相談。完全歩合制。ボーナスは年二回』とか言われたので、もう勘弁ならねぇぞと拳を振り上げたのですが。
「……殴るですか? 皇女のわたしが嫌いですか?」
涙目でそんなことを言われては、さすがに拳を下ろすしかなく。行き場のない怒りは、当然のようにまん丸ボディの憎いやつに振り向けられます。
「やいコラハル子。お前もお前でなんでこういうことになるって言わなかったんだよ!」
『私に振られても色々と困ってしまうのですが。そもそもこんな状況、私がいくら優秀な制御プログラムであっても予見できませんし』
「自分で優秀とか言うのなら、予測とか予想とかなんとかしてみろよ!」
『そう言われてもにゃー』
ゴチンと殴れば、エドの手が痛いことに。ハル子の方も痛かったらしく(原理不明)ぶーぶーと文句を言います。
「まあいい。俺はただの子供で、ここまでは成り行きだったけど、これ以上は変なことには顔を突っ込まないぞ。グレゴリオンが欲しければくれてやる。俺はここでサヨウナラだ」
「……あ」
『え、エドさん?』
老人の家を出るエド。外は大概に寒くて、思わずくしゃみをしてしまいますが、腐っても男の子。弱気は禁物と大股で歩き出します。
雪道はなかなか大変な悪路で、一歩歩くごとに体が沈んでいくような感じ。さすがに気のせいだろうとエドは思いましたが、実際にはかなりの勢いで埋まっている様子。
「これが、雪……って、感じ入ってる場合じゃないぞ! なんとかここから脱出を……」
しかし雪の勢いは弱まらず、哀れエドはすっぽりと雪の中に倒れ、そのまま……。
ぱちぱちという音は、懐かしい音。いつかどこかで聞いた音。さて、どこで聞いたのだろうと思えば、ごく最近のことだったような、そうでもないような。
自分を包む暖かいものは、ずっと昔に失った母親のものだろうか。そうだとすれば、嬉しいことだ。そう思うエドは、幸せの中にいると感じていました。
が、その幸せをぶち壊すのが、まるで自分の役目だといわんばかりにがなり立てる丸っこいやつでした。
『そこなロリババア、エドさんから離れなさい! 不健全です! 私だってまだハグしたことないのに!』
「うぅ、誰が誰をハグって……うあ?」
目を開けば、優しく微笑む彼女は……エリザベス、でしたっけ? エリーとか言っていたような気もします。でもそんな彼女が毛布でエドのことを抱いているのは、どういうわけでしょう?
「もしかしなくても、暖めていた……とか?」
「もしかしなくても、暖めていたようです?」
なぜ疑問形なのかは、後で考えるとして、エドは体を起こしました。あちこち痛む気がしましたが、凍傷というものにはなっていない様子。
老人が温かいスープを持ってきては、『しもやけ程度じゃろう。とりあえず食え』と勧めるので、そのままごちそうになるエド。
美味しいスープは、多少野菜が多かったのですが、それでも体を暖めてくれました。
「……ありがとう」
「ありがとうされました」
「皇女様、その返しはやや不謹慎だと思われますが……」
「なぜですか? ありがとうされたときにはありがとうに感謝をしますか?」
「いや、ワシにはわかりませんが……」
エドはそんなボケ倒しを聞きつつ、ぺしぺしと自分の頬を叩きました。なんでそんな真似を? みたいなエリーには、なんでもないと一言告げて。
「ハル子、とりあえず国境警備隊、なんとかできそうか?」
『お望みとあらば、消し炭に』
「そこまではお望みじゃないんだよ。とりあえず突破して、首都まで行く。それくらいならいけるだろ?」
『やや不満な問題ですが、可能です』
よしと、エドは頷きました。そしてエリーの手をとって、今度こそしっかりと建物の外へ歩き出します。
「若者よ、皇女様をよろしく頼む」
「……ん」
老人とは短い挨拶を終え、そのまま歩くエド。その一歩は、力強く雪を踏みしめ……。
「……ぼふっ!?」
エリーと一緒になってぶっ倒れるエド。見れば忘れられかけていたハル子が、気合と根性で体当たりを仕掛けてきた様子(原理不明。反重力か?)。
「あ、悪い。じゃあ行くか」
『エドさんは大変酷い男の子ですが、この私がついていないとかわいそうです』
「……強がり?」
『このロリババア、プッチ殺しますよ!?』
まあ、こういうことがありました。その程度の話です。この先に続くにしては、あまりにも軽い話。でも、少しは大切なお話……。
「うおらぁ!」
ドカーンと爆発。木っ端微塵になる戦車。その上を踏み越えて、なおも走るグレゴリオン。
「んなろぉ!」
ドカーンと爆発。木っ端微塵になるロボット。気合と根性さえあれば、不可能を可能にするのが若さなのか? そういう問題ではないような気もしますが、グレゴリオンは絶賛・奮戦中です。
「ミサイル!? そんなもん、ぶん殴れば!」
飛来したミサイルをぶん殴って、木っ端微塵にするグレゴリオン。なんでも木っ端微塵というのは納得のいかない展開ですが、あるがままを受け入れることが人類の……。
「砲撃!? だったらぶん殴る!!」
戦車砲の一撃すらもぶん殴って片をつけるグレゴリオン。もう一方的というレベルじゃないような気もします。
ですが、これがあるがままの真実で、現実なのです。グレゴリオンは極めて性能を発揮し、何物をも寄せ付けない鉄壁のスーパーロボットとして君臨していました。
【そこなロボット! 我ら漆黒の三連星が……】
「うるさい潰れろ!」
【うぎゃーーー!?】
なんかまとめてぶっ潰したり、かと思えば新たに出現した、謎の機体ですらも……。
【ふふふ、この赤い超新星と言われるこの私を……】
「能書きはいいんだよ!」
【なんとーーーっ!?】
歯牙にもかけぬその強さ。まさに無敵・素敵・快適。同乗していたエリーが目を回しているのはさておき、エドは極めて熱血に暴れまわっています。
『エドさん、敵の隊長らしき機影を確認。高速でこちらに……』
【ここまでだ、野蛮なロボットめ! この新型ロボ、グレート……】
「うるさいボケーーー!!」
【なんでぇーーー!?】
ぶっ壊しました。それはもう、完膚なきまでに破壊しました。ドリルとか何とか、そういう問題ではありません。すべてを拳ひとつで叩きのめし、破壊したのです。
ここに至って、HAL‐800は一つの結論を出しました。人選は間違ってはいなかった。あのとき、彼に声をかけたことこそ、運命なのだと。
それはそれ、壊すものが無くなったところで、エドはグレゴリオンを走らせ、一気に国境を突破にかかりました。
雪の平原を超えれば、そこには歴史のありそうな城壁が見えます。エドは最後の加速をかけると、一気にその城壁を飛び越え……ドスンと着地しました。
「突破完了……か。ここが、首都か?」
膝の上で目を回しているエリーを揺すり起こせば、確かに見慣れた光景だと頷きます。
そこでようやく肩の荷が下りたような気がして、エドはふぅと一息つくのです。しかし、それはまだ始まりに過ぎませんでした。
着地したグレゴリオンの周囲に、大勢の人が集まってきます。さすがにやりすぎたか……と、エドもようやく反省しましたが、その時には周囲は人だかりで動けません。
「どうするんだ、これ……って、エリー?」
よじよじと膝から降り、ハッチを開けるエリー。そしてフードを外してはびしっとした姿勢で大勢の民衆の前に姿を表します。
その姿を見た民衆は、口々に歓声をあげます。『皇女様がご帰還なされたぞ!』とか、『これで俺たちも救われた!』とか、『ママ、あの人だれ?』とか……まあ、いろいろと。
「と、とりあえず一安心……か?」
『油断してはいけません。ナマハゲーの伝承によれば……』
「伝承はどうでもいいけどさ、一応はカリスマっての、あるんだな」
エドが見上げるその先には、凛々しく……かどうかは良くわからないのですが、姿勢を正して立つエリー……エリザベスの姿。
人々の視線を一身に受け、臆しもしないその態度は、エドにもは何だか眩しかったのです。
そんなこと、本人の前では一言も言えないのですが、確かにそう感じてしまったのです……。
さてさて、グレゴリオンを降りれば、エドたちはそのまま王宮へと通されました。
エリーは軽ーく歩いていきますが、エドにしてみればよくわからない場所なうえに、うかつに歩くとあちこち汚しそう。
なので恐る恐るという感じで歩くのですが、そんな彼を不思議そうに見るのがエリーです。
「歩くと怪我をしますか?」
「いや、変なところ踏んだら賠償とか……」
「あまり意味がないと思うのです。そこの絨毯はとても高いですが、わたしは昔に牛乳をこぼして怒られました」
「それは値段とか以前の問題じゃ……」
「つきましたのですよ?」
大きな扉。そこを開けば、いわゆるひとつの『玉座』というものがありました。さすがにエドは場違いな気がして、そのまま退散しようとしたのですが、エリーにひっ捕まって引きずられていきます。
「お父様とお母様はどこですか?」
「は、はい。我々の努力も虚しく……」
「ではわたしが国を継ぐのですか?」
「そ、そういうことになるかと……」
「それはそれで面倒が省けてよいことなのです。さっそく国民に演説するのですよ?」
それはそれで、と片づけてよい問題なのか、エドは思いっきり悩みました。が、テキパキと演説の支度を整える周囲の人間たちを見れば、変なのは自分の方かと疑ってしまいます。
『エドさん、ご心配なく。変なのは間違いなく周囲です』
「俺はそうは思えないよ……両親の事とか、それはそれでとかで流せる問題じゃないだろ?」
『流せるんじゃないですか? 少なくともあのロリババアはそういうつもりのようですが』
そういうものかなぁ……とエドが思っていると、演説台の支度が整えられ、そこにこほんと咳ばらいをしつつ立つエリーがいました。
「あーあー、国民の皆さん、聞こえているですか? ラジオで失礼するですが、わたしはエリザベス・スッテン・コロリン皇女ですか? それはともかく、皆さんに悲しいお知らせと嬉しいお知らせがあります」
「なんだかすげーツッコミたいぞ」
『今は静かにしているべきかと』
「悲しいお知らせは、わたしの両親、前国王とかがお亡くなりになったことです。国葬にしたいところですが、状況が状況なので省くのです。そして嬉しいお知らせは、この国をもう一度独立させるために、戦う僕らのヒーローが現れたということなのです」
誰のこと? とエドは首をかしげます。誰のこと? とハル子は首をかしげます(原理不明)。そこへエリーが駆け寄ってきては、ずいずいと演台の方へとエドを引っ張っていくのです。
「ま、待て! それはない! いくらなんでもありえない!」
「乗りかかった船は泥船ですか? そんなひどいことは言いませんですよね?」
「言いたいけど言えないだろ、ラジオだかなんだかで全国放送中に!」
「では黙っていると良いと思います。みんなのヒーロー、エド……エド……エド?」
「ただのエドだよ! 本名なんか知るか!」
「タダノ・エド! 生まれは不明ですが、割と役に立つよい子ですよ?」
「お前悪意あるだろ絶対に!」
そんな騒動もありましたが、とりあえずエドはノースラントの英雄ということになってしまいました。本人は超絶に不服だったのですが、放送されたものは取り返しもつかないというもの。
先ほどから多くの人が、あてがわれた豪華な部屋を訪れては、あれやこれやと騒々しいのです。
英雄賛歌はどうでもいいのですが、他者に頼りきりで自分たちから何も動こうとしない民衆には、かなり呆れているエドなのです。
「あいつら、俺が来なかったら何もしなかったんじゃないか……?」
思わず愚痴も出てしまいます。それを聞いたハル子がころころと転がりながら『人間の本質は、他力本願モラトリアムですよ?』とか言いますが、そこを蹴っ飛ばすエドです。
『エドさんは八つ当たりが過ぎると思います』
「うるさいな。俺だって腹が立つこともあるんだよ」
『でしたらあのお姫様にじかに談判してはどうでしょう?』
「それができれば苦労もないんだ……」
首都までエリーを送り届けて、それで一件落着だったはずの、この道中。それが何でこんなことになったのか、エドにはさっぱりわかりません。
それでも原因は過剰にのめり込みすぎた自分にあるのだと、ちょっぴり自覚もあったので、ますます悩ましく思うのです。
そんな風に悶々としていると、扉を開いてそのエリーが入ってきました。
エドはイライラしながら『いらっしゃいませエリザベス・ナントカカントカさま。ご機嫌はいかがですかね!』と言葉をぶつけたのですが、キョトンとするだけのエリーです。
「お部屋は快適じゃないですか?」
「すこぶる快適だよ」
「ご飯はもうすぐですよ?」
「別に腹は減ってない」
「お風呂は一緒に入るのですか?」
「はいらねーよっ!」
ころころと転がりながら、ハル子は『このビッチ、このビッチ、このビッチ……』と繰り返しますし、エリーは小首をかしげて『では何が希望なのかがわかりませんです?』と言いますし、エドは心底嫌になってしまいました。
彼が望もうと、望まざると、物語は動くのです。多くの謎は、謎と呼べるのかもわかりませんが、確かに解決へ向けて進んでいくのです。
グレゴリオンというロボット。ただのロボットだったなら、それだけでエドも悩まずにすむでしょう。しかし現実というものは、彼の予想を大きく逸脱していくのですから……。
・第五話に続く……
ハル子はぶーぶーと文句を言ったのですが、所詮はまん丸人工無能。余計なことばかりくっちゃべるうえに、まったく役に立たないあたりが情けない限り。
エドはエリーと共にグレゴリオンの肩にいたのですが、次第に気温が下がってきたので、コックピットでハル子の文句に付き合うか、それとももうちょっと暖かい場所を探すか、しばし悩みました。
とりあえずしばらくは、とコックピットにもぐりこめば、ハル子がまたしても文句を言う始末です。
曰く『エリーとぴったりくっつくのはけしからん。すこぶる死んでください』というものだったのですが、
そもそもコックピットに二人は乗りすぎだし、おまけにコックピットの容積をとっているのが、そのハル子ことHAL‐800なのだから始末が悪いのです。
「文句を言うならお前が降りろよハル子。お前丸っこいくせに邪魔なんだから」
『酷い言い草ですね。この私がいなくなったら、誰がグレゴリオンを動かすのですか?』
「手動でも何とかなるんだろ。疲れたら交代すればいい」
『何気にサラッと酷いこと言いますねエドさんは。私への愛情はないのですか?』
「ない」
『泣きますよマジで』
その一方で、眠くなったのかエドの膝の上で丸くなって眠り始めるエリーです。
さすがに自称二十六歳がこれでいいのか、はなはだ疑問には思うところであったのですが、エドは特に気にしないことにしました。
まあ、暖かいといえば暖かいのだし、何よりもやはり女の子(?)にひっつかれているというのは嬉しいもの。たとえそれが極めて怪しい女の子(?)であったとしても。
さほど問題はなし。世はすべてこともなし。しかし神はそこにいるだけで平和でよろしいとは言うのですが、その一方でそこにいるだけでやかましい存在もいるわけで。
『エドさんは、女性に甘すぎると思います』
「お前だって女じゃないのか、一応……だろ?」
『ちょっと悩むあたりが憎らしいです。確かに私は女性ですが、そこな年齢詐称ロリババアとは違って、おっぱいもたゆんたゆんですし、ナイスなスタイルにヤローは垂涎というもので』
「どこからどう見ても球体だけどなぁ」
『外見で判断しないで欲しいものです。これでも設定上は超絶美少女なんですから』
設定だけならばいくらでも詐称できるんじゃ……とは言わない、優しいエドでした。
だがそんな彼らも、次第に薄曇ってきては寂しい気候に移り変わる周囲を見れば、言い争いどころではないと感じてしまうのです。
そう、いよいよ北国の中の北国エリア……ノースラント周辺へと入ったのです。
ノースラントは、旧文明で言えばかなり歴史のある地方であり、そこに生き残った人々も、歴史を重んじる古風な人間が多いというお話。
はっきりといえば機械文明とはあまり相容れないのであり、その辺を考えるとグレゴリオンが乗り込んでいって、どうなるものやらわかりません。
エリーの話では心配ないということであったのですが、こればっかりは不安にも思うエドでした。
まさか乗り込んだ先でいきなり攻撃されるとか……そう考えてしまうのも無理はない話。
だが実際には、現実はもうちょっとばかり過酷なものであり、その辺は寝こけている自称大人の女性にも問題はあったのですが……。
強い風と共に、雪がちらちらと舞い落ちてきます。そしてそれは次第に吹雪となり、視界を覆っていきます。
エドはハル子に命じてエアコンを強めに設定し、そのうえで視界の確保に努めようとしました。
まさかワイパーをかけるわけにもいかないので、メインカメラ周辺の電熱線を強めにして、雪がこびりつくのを防ぐ程度です。それでもやらないよりはよほどマシ。
「これが北国か。俺、もうちょっと優しいものをイメージしていたんだけどな」
『所詮は大自然の神秘、というよりは試練。そこに生きる者たちも、自然の脅威に性格がひん曲がっていると言います。そこの寝こけたロリババアを見ればわかるように、頭がかわいそうな人々がわんさかと鬱屈して』
「待て、なんか光った」
『なんかとはなんですか? もっと具体的にお願いします』
「それを調べるのがお前の役割じゃ……えっと、モニターを望遠に切り替え。光ったのは……あれか?」
エドがモニターを凝視すれば、そこにはなんと、完全武装の新統合政府の軍隊がわんさかと。
しかもあのとき戦ったタイプとは異なるロボットの姿もいくつか見えます。どうやら国境警備隊のようです。あらかじめ聞いていれば、ここまで接近しなかったのですが……。
「そのあらかじめ言っておいてくれるべき人間が、俺の膝で寝こけていやがるとは、どういうことだゴラァ! おいこらエリー、起きろよ!」
「むにゃ……その歳で処女とかそうじゃないとか、問題とすべきはそこではないのですよ……むにゃむにゃ」
『すこぶるむかつきますねこのロリババア。電気ショックでも送りますか?』
「待て、そうそう荒事ばかりでは解決するものも解決しないような……ほら、起きろよエリー!」
「むにゃむにゃ……そのもの、螺旋にてすべてを破壊せんとす。救国の巫女の手により、諌め、宥め、鎮めることができないときは、世界は終わるものと知れ……むにゃ……」
『寝ぼけにファンタジーが入るあたりが終わっています。やはりビリビリーッと電気を……』
もうそれしかないのか、とかエドも思います。しかし国境警備隊の攻撃が始まり、ぐらぐらとグレゴリオンが揺れ始めると、さすがにエリーも目覚めました。
目覚めたはいいのですが、どうやらまだ半分夢の中にいるらしく、『国境警備隊が展開しているので、国境への接近は十分に注意してくださるとよろしいです。それとピーナツバターは大事に使わないとお母様が怒ります』とか抜かすのです。
「ピーナツバターはどうでもいいんだよ! あと前半部分はここに来るまでに言えよ! くそっ、ここは逃げるが勝ちだ!」
『蹴散らしてしまう方が、問題も少ないかと思います』
「雪で視界も悪い、足元も悪い、おまけにお前ら頭も悪い。どうすればいいって?」
『何気なく酷いエドさんは、雪に埋もれてお亡くなりになった方がいいかと思います。あとそこなロリババア、どさくさまぎれにエドさんにしがみつかないでくださいズッコイです』
何が何やら、とりあえずエドはグレゴリオンを方向転換させて、国境警備隊の攻撃から逃れて行きました。そしてとある山脈のふもとで、ようやく一息ついたのですが……。
「びっくりしたのです。死ぬかと思ったのです」
「そう思うならもっと早めに警告してくれよな」
「眠気に負けたのですよ。人間は欲求には素直にならないといけないのです」
『オーケー、エドさん。その殴りたいという欲求に素直になりなさい』
さすがに女に手を出すのは恥ずかしいことなので、エドも自制しました。ですが、何が解決したわけでもないのが困りもの。
そもそもあんな連中が国境付近にいるのであれば、こっそり入国も難しいというお話。
では、これからどうすればいいのでしょう? 大いに悩むエド。大いにあくびをするエリー。大いに歯ぎしりをするハル子(原理は不明)。
と、その時でした。グレゴリオンの足元に、何やら人影が現れたのは。拡大してみると、防寒着に身を包んだ老人のようです。
「なんだろ、ついて来いって?」
『罠です、エドさん。ついてきたところを食べようという魂胆に違いありません。古典にもあります。ナマハゲーとかいう謎の化け物の伝承が』
「生だかハゲだか、なんでもいいけど、それよりも悪い人じゃなさそうだ。よし、ちょっと降りてみよう」
『エドさん、あなた最近私への扱いがぞんざいなような気が』
「気のせいだろ。よし、ハッチダウン!」
吹雪の外へ出てみると、そこは思いのほか寒くて仕方がないところでした。思わず震えあがるエド。それでも懸命に機体を滑り降り、足元にいた老人のところへと。
「えっと、あんたは……?」
問いかければ、老人がこう答えます。『ワシは見ての通りの通りがかりじゃが、お主らあの国境警備隊に追われておるのか?』と。
「まあ、そんな感じ。色々とあってさ、もっと国の奥まで行かなきゃいけないみたいなんだけど……」
「ふむぅ、しかしそのデカブツと一緒では……む?」
そんなとき、エドの頭の上から何かが落ちてきました。何かというか、エリーでした。
そしてそのままエドを下敷きにしては、ほえ~っとのんびりした様子。エドは頭にきましたが、女の子に手をあげては以下略。
ところがそんなエリーを見ては、老人が顔色を変えるのです。なぜだ、と思えば、老人が言うには『エリザベス皇女……生きておられたか!?』とかなんとか。
「エリザベス? なんだそのむやみやたらに大げさな名前は?」
「わたしの名前ですよ? 実はわたしは、この国の皇女だったのでした。びっくりですね」
そりゃびっくりだと、エドは倒れた自分を尻に敷く皇女様(?)に、それはもう呆れたため息をつくのでした。
さて、老人の家に案内された一行です。暖炉が極めて暖かいので、エドもほっと一息つきます。しかし問題はそういうところにあるのではなく、そう……。
「エリザベスだからエリー。わからなくはないけれどさ、そういうことはもっと早めに明かすものじゃないか?」
「秘すが花、言わぬが花、花は美しく散るとか言います」
『エドさん、もう遠慮せずに殴った方がいいかと』
「待て。もう少し話を聞いてから判断したい」
「賢明な考えだと思うのです。では、少しお話をするのですよ?」
で、エリーだかエリザベスだかが語ることには、ノースラントの皇女であるのがエリーであり、国を追われて流離うこと数週間。
なんかでかいロボットが現れたという噂を聞き、これは役立つかも……と勧誘に来たというのが、あの時の真相。
「とんでもなく行き当たりばったりな皇女様だな」
「でもでも、こうして国に凱旋できたわけなので、そこは問題ないと思うのですよ?」
『この女、凱旋という言葉の意味を知っていやがりますかね?』
「落ち着けハル子。確かに怒りたくなるのもわからないではないが、ここは一応、この子の国なんだぞ?」
「この子ではないのです。このおねーさんの国なのです。そしておねーさんは偉いので、敬ってへつらうといいと思います」
『エドさんエドさん、私に手足があったなら……』
「言うな今は待て。後で俺もなんとかしてみる」
まあ、そういうわけで、エリーはエリザベスという名で、皇女で国を救わなければいけないとかなんとか。
正直頭が痛いところでしたが、もっと痛むのはこれからの話で、エリーが言うには『救国の英雄、募集中』とのことで、エドは回れ右をして帰ろうとしました。
ですがそこをひっ捕まって、『英雄募集中。待遇は応相談。完全歩合制。ボーナスは年二回』とか言われたので、もう勘弁ならねぇぞと拳を振り上げたのですが。
「……殴るですか? 皇女のわたしが嫌いですか?」
涙目でそんなことを言われては、さすがに拳を下ろすしかなく。行き場のない怒りは、当然のようにまん丸ボディの憎いやつに振り向けられます。
「やいコラハル子。お前もお前でなんでこういうことになるって言わなかったんだよ!」
『私に振られても色々と困ってしまうのですが。そもそもこんな状況、私がいくら優秀な制御プログラムであっても予見できませんし』
「自分で優秀とか言うのなら、予測とか予想とかなんとかしてみろよ!」
『そう言われてもにゃー』
ゴチンと殴れば、エドの手が痛いことに。ハル子の方も痛かったらしく(原理不明)ぶーぶーと文句を言います。
「まあいい。俺はただの子供で、ここまでは成り行きだったけど、これ以上は変なことには顔を突っ込まないぞ。グレゴリオンが欲しければくれてやる。俺はここでサヨウナラだ」
「……あ」
『え、エドさん?』
老人の家を出るエド。外は大概に寒くて、思わずくしゃみをしてしまいますが、腐っても男の子。弱気は禁物と大股で歩き出します。
雪道はなかなか大変な悪路で、一歩歩くごとに体が沈んでいくような感じ。さすがに気のせいだろうとエドは思いましたが、実際にはかなりの勢いで埋まっている様子。
「これが、雪……って、感じ入ってる場合じゃないぞ! なんとかここから脱出を……」
しかし雪の勢いは弱まらず、哀れエドはすっぽりと雪の中に倒れ、そのまま……。
ぱちぱちという音は、懐かしい音。いつかどこかで聞いた音。さて、どこで聞いたのだろうと思えば、ごく最近のことだったような、そうでもないような。
自分を包む暖かいものは、ずっと昔に失った母親のものだろうか。そうだとすれば、嬉しいことだ。そう思うエドは、幸せの中にいると感じていました。
が、その幸せをぶち壊すのが、まるで自分の役目だといわんばかりにがなり立てる丸っこいやつでした。
『そこなロリババア、エドさんから離れなさい! 不健全です! 私だってまだハグしたことないのに!』
「うぅ、誰が誰をハグって……うあ?」
目を開けば、優しく微笑む彼女は……エリザベス、でしたっけ? エリーとか言っていたような気もします。でもそんな彼女が毛布でエドのことを抱いているのは、どういうわけでしょう?
「もしかしなくても、暖めていた……とか?」
「もしかしなくても、暖めていたようです?」
なぜ疑問形なのかは、後で考えるとして、エドは体を起こしました。あちこち痛む気がしましたが、凍傷というものにはなっていない様子。
老人が温かいスープを持ってきては、『しもやけ程度じゃろう。とりあえず食え』と勧めるので、そのままごちそうになるエド。
美味しいスープは、多少野菜が多かったのですが、それでも体を暖めてくれました。
「……ありがとう」
「ありがとうされました」
「皇女様、その返しはやや不謹慎だと思われますが……」
「なぜですか? ありがとうされたときにはありがとうに感謝をしますか?」
「いや、ワシにはわかりませんが……」
エドはそんなボケ倒しを聞きつつ、ぺしぺしと自分の頬を叩きました。なんでそんな真似を? みたいなエリーには、なんでもないと一言告げて。
「ハル子、とりあえず国境警備隊、なんとかできそうか?」
『お望みとあらば、消し炭に』
「そこまではお望みじゃないんだよ。とりあえず突破して、首都まで行く。それくらいならいけるだろ?」
『やや不満な問題ですが、可能です』
よしと、エドは頷きました。そしてエリーの手をとって、今度こそしっかりと建物の外へ歩き出します。
「若者よ、皇女様をよろしく頼む」
「……ん」
老人とは短い挨拶を終え、そのまま歩くエド。その一歩は、力強く雪を踏みしめ……。
「……ぼふっ!?」
エリーと一緒になってぶっ倒れるエド。見れば忘れられかけていたハル子が、気合と根性で体当たりを仕掛けてきた様子(原理不明。反重力か?)。
「あ、悪い。じゃあ行くか」
『エドさんは大変酷い男の子ですが、この私がついていないとかわいそうです』
「……強がり?」
『このロリババア、プッチ殺しますよ!?』
まあ、こういうことがありました。その程度の話です。この先に続くにしては、あまりにも軽い話。でも、少しは大切なお話……。
「うおらぁ!」
ドカーンと爆発。木っ端微塵になる戦車。その上を踏み越えて、なおも走るグレゴリオン。
「んなろぉ!」
ドカーンと爆発。木っ端微塵になるロボット。気合と根性さえあれば、不可能を可能にするのが若さなのか? そういう問題ではないような気もしますが、グレゴリオンは絶賛・奮戦中です。
「ミサイル!? そんなもん、ぶん殴れば!」
飛来したミサイルをぶん殴って、木っ端微塵にするグレゴリオン。なんでも木っ端微塵というのは納得のいかない展開ですが、あるがままを受け入れることが人類の……。
「砲撃!? だったらぶん殴る!!」
戦車砲の一撃すらもぶん殴って片をつけるグレゴリオン。もう一方的というレベルじゃないような気もします。
ですが、これがあるがままの真実で、現実なのです。グレゴリオンは極めて性能を発揮し、何物をも寄せ付けない鉄壁のスーパーロボットとして君臨していました。
【そこなロボット! 我ら漆黒の三連星が……】
「うるさい潰れろ!」
【うぎゃーーー!?】
なんかまとめてぶっ潰したり、かと思えば新たに出現した、謎の機体ですらも……。
【ふふふ、この赤い超新星と言われるこの私を……】
「能書きはいいんだよ!」
【なんとーーーっ!?】
歯牙にもかけぬその強さ。まさに無敵・素敵・快適。同乗していたエリーが目を回しているのはさておき、エドは極めて熱血に暴れまわっています。
『エドさん、敵の隊長らしき機影を確認。高速でこちらに……』
【ここまでだ、野蛮なロボットめ! この新型ロボ、グレート……】
「うるさいボケーーー!!」
【なんでぇーーー!?】
ぶっ壊しました。それはもう、完膚なきまでに破壊しました。ドリルとか何とか、そういう問題ではありません。すべてを拳ひとつで叩きのめし、破壊したのです。
ここに至って、HAL‐800は一つの結論を出しました。人選は間違ってはいなかった。あのとき、彼に声をかけたことこそ、運命なのだと。
それはそれ、壊すものが無くなったところで、エドはグレゴリオンを走らせ、一気に国境を突破にかかりました。
雪の平原を超えれば、そこには歴史のありそうな城壁が見えます。エドは最後の加速をかけると、一気にその城壁を飛び越え……ドスンと着地しました。
「突破完了……か。ここが、首都か?」
膝の上で目を回しているエリーを揺すり起こせば、確かに見慣れた光景だと頷きます。
そこでようやく肩の荷が下りたような気がして、エドはふぅと一息つくのです。しかし、それはまだ始まりに過ぎませんでした。
着地したグレゴリオンの周囲に、大勢の人が集まってきます。さすがにやりすぎたか……と、エドもようやく反省しましたが、その時には周囲は人だかりで動けません。
「どうするんだ、これ……って、エリー?」
よじよじと膝から降り、ハッチを開けるエリー。そしてフードを外してはびしっとした姿勢で大勢の民衆の前に姿を表します。
その姿を見た民衆は、口々に歓声をあげます。『皇女様がご帰還なされたぞ!』とか、『これで俺たちも救われた!』とか、『ママ、あの人だれ?』とか……まあ、いろいろと。
「と、とりあえず一安心……か?」
『油断してはいけません。ナマハゲーの伝承によれば……』
「伝承はどうでもいいけどさ、一応はカリスマっての、あるんだな」
エドが見上げるその先には、凛々しく……かどうかは良くわからないのですが、姿勢を正して立つエリー……エリザベスの姿。
人々の視線を一身に受け、臆しもしないその態度は、エドにもは何だか眩しかったのです。
そんなこと、本人の前では一言も言えないのですが、確かにそう感じてしまったのです……。
さてさて、グレゴリオンを降りれば、エドたちはそのまま王宮へと通されました。
エリーは軽ーく歩いていきますが、エドにしてみればよくわからない場所なうえに、うかつに歩くとあちこち汚しそう。
なので恐る恐るという感じで歩くのですが、そんな彼を不思議そうに見るのがエリーです。
「歩くと怪我をしますか?」
「いや、変なところ踏んだら賠償とか……」
「あまり意味がないと思うのです。そこの絨毯はとても高いですが、わたしは昔に牛乳をこぼして怒られました」
「それは値段とか以前の問題じゃ……」
「つきましたのですよ?」
大きな扉。そこを開けば、いわゆるひとつの『玉座』というものがありました。さすがにエドは場違いな気がして、そのまま退散しようとしたのですが、エリーにひっ捕まって引きずられていきます。
「お父様とお母様はどこですか?」
「は、はい。我々の努力も虚しく……」
「ではわたしが国を継ぐのですか?」
「そ、そういうことになるかと……」
「それはそれで面倒が省けてよいことなのです。さっそく国民に演説するのですよ?」
それはそれで、と片づけてよい問題なのか、エドは思いっきり悩みました。が、テキパキと演説の支度を整える周囲の人間たちを見れば、変なのは自分の方かと疑ってしまいます。
『エドさん、ご心配なく。変なのは間違いなく周囲です』
「俺はそうは思えないよ……両親の事とか、それはそれでとかで流せる問題じゃないだろ?」
『流せるんじゃないですか? 少なくともあのロリババアはそういうつもりのようですが』
そういうものかなぁ……とエドが思っていると、演説台の支度が整えられ、そこにこほんと咳ばらいをしつつ立つエリーがいました。
「あーあー、国民の皆さん、聞こえているですか? ラジオで失礼するですが、わたしはエリザベス・スッテン・コロリン皇女ですか? それはともかく、皆さんに悲しいお知らせと嬉しいお知らせがあります」
「なんだかすげーツッコミたいぞ」
『今は静かにしているべきかと』
「悲しいお知らせは、わたしの両親、前国王とかがお亡くなりになったことです。国葬にしたいところですが、状況が状況なので省くのです。そして嬉しいお知らせは、この国をもう一度独立させるために、戦う僕らのヒーローが現れたということなのです」
誰のこと? とエドは首をかしげます。誰のこと? とハル子は首をかしげます(原理不明)。そこへエリーが駆け寄ってきては、ずいずいと演台の方へとエドを引っ張っていくのです。
「ま、待て! それはない! いくらなんでもありえない!」
「乗りかかった船は泥船ですか? そんなひどいことは言いませんですよね?」
「言いたいけど言えないだろ、ラジオだかなんだかで全国放送中に!」
「では黙っていると良いと思います。みんなのヒーロー、エド……エド……エド?」
「ただのエドだよ! 本名なんか知るか!」
「タダノ・エド! 生まれは不明ですが、割と役に立つよい子ですよ?」
「お前悪意あるだろ絶対に!」
そんな騒動もありましたが、とりあえずエドはノースラントの英雄ということになってしまいました。本人は超絶に不服だったのですが、放送されたものは取り返しもつかないというもの。
先ほどから多くの人が、あてがわれた豪華な部屋を訪れては、あれやこれやと騒々しいのです。
英雄賛歌はどうでもいいのですが、他者に頼りきりで自分たちから何も動こうとしない民衆には、かなり呆れているエドなのです。
「あいつら、俺が来なかったら何もしなかったんじゃないか……?」
思わず愚痴も出てしまいます。それを聞いたハル子がころころと転がりながら『人間の本質は、他力本願モラトリアムですよ?』とか言いますが、そこを蹴っ飛ばすエドです。
『エドさんは八つ当たりが過ぎると思います』
「うるさいな。俺だって腹が立つこともあるんだよ」
『でしたらあのお姫様にじかに談判してはどうでしょう?』
「それができれば苦労もないんだ……」
首都までエリーを送り届けて、それで一件落着だったはずの、この道中。それが何でこんなことになったのか、エドにはさっぱりわかりません。
それでも原因は過剰にのめり込みすぎた自分にあるのだと、ちょっぴり自覚もあったので、ますます悩ましく思うのです。
そんな風に悶々としていると、扉を開いてそのエリーが入ってきました。
エドはイライラしながら『いらっしゃいませエリザベス・ナントカカントカさま。ご機嫌はいかがですかね!』と言葉をぶつけたのですが、キョトンとするだけのエリーです。
「お部屋は快適じゃないですか?」
「すこぶる快適だよ」
「ご飯はもうすぐですよ?」
「別に腹は減ってない」
「お風呂は一緒に入るのですか?」
「はいらねーよっ!」
ころころと転がりながら、ハル子は『このビッチ、このビッチ、このビッチ……』と繰り返しますし、エリーは小首をかしげて『では何が希望なのかがわかりませんです?』と言いますし、エドは心底嫌になってしまいました。
彼が望もうと、望まざると、物語は動くのです。多くの謎は、謎と呼べるのかもわかりませんが、確かに解決へ向けて進んでいくのです。
グレゴリオンというロボット。ただのロボットだったなら、それだけでエドも悩まずにすむでしょう。しかし現実というものは、彼の予想を大きく逸脱していくのですから……。
・第五話に続く……