重力炉は人類を新たな段階へと導いた。
天文学者アストロ・アーチボルトは今から約30年前。人類に新たな動力、重力炉をもたらした。
半ば無尽蔵とも言うべき凄まじいエネルギーを前に、人々は歓喜し、これを迎え入れた。
そして世界は平和になる……訳もなく、次は食料を、それを作る土地を奪い合い始めた。
泥沼化した戦争を打破したのは、ある、条約。
管理競争基本条約。
戦争で人の住めなくなった土地の分配を決めるために国家同士が競争を行う。
それは人員、資金、領域、規模、あらゆる制約で管理された、戦争。
勝者に送られるのは土地と世界最大の重力炉からの大規模のエネルギー供給。
過剰な殺戮の無い管理された戦争。世界中のほぼ全ての国家がこれに賛同し、それは現在まで続いている。
「FWの動力源も重力炉である。重力炉には衝撃をエネルギーに出来るという特性が有るのはご存知だね。君はパイロットなのだから。
では、現行の兵器のなかでFWの動力だけが重力炉なのにもちゃんとした訳が有る。これは知ってるかな? 」
「はい。車両や航空機では十分な衝撃を得られず、二足歩行ならばそれが可能であったからです。
また、蓄電池の容量にも限界があり、なんとしてでも戦闘中に発電する必要があったのも理由のひとつですね。
化石燃料を必要とせず戦闘中に発電できる動力の存在。
様々な状況に対応でき、運用に際して、滑走路も平らな地面も必要としない汎用性の高さ。
人員削減、コスト削減、管理競争が望む、最高の兵器の形。それがFWです」
この講義、かれこれ2時間以上に及んでおり、乗り気でなかったマモルもまるで洗脳されたように生徒と成り果てていた。
「素晴らしい。では次だ、FWというのが重力炉を搭載した人型兵器の総称であるが、
それを細分化すると2種類に分かれている。その名称と特性を答えなさい」
「名称は、AF(アストロフレーム)とBF(バランサーフレーム)です。
AFはFWという兵器の基本であり、その特性は、重力炉で生み出したエネルギーのほぼ全てを自由に配分させられることです。
それにより、様々な局面に対応できる高い汎用性が特徴ですが、操縦難度が高いという欠点を持っています」
「BFはAFで自由に配分されていたエネルギーの多くをバランサーに使用し、操縦難度を大きく下げた凡庸的なFWです。
製造コストも同時に下げられているため、量産性が高いことも特徴のひとつです。
重力炉のエネルギーを主にバランサーに使用するため、武装を施すには更に動力源が必要であり、そのせいで鈍重なのがネックです」
パチパチパチ、と拍手で賞賛を送る博士は満足げな表情をして、「Aをいや、A+をあげたいくらいだよ」 などとブツブツ呟いている。
ふと時計をみてマモルはようやく時間がかなり過ぎていたことに気付く。はあ、と息を漏らすとトリップしていた博士がこちらに戻ってきた。
「もうこんな時間だ。さて、そろそろ君の機体を見に行こう」
マモルが何を言うよりも先に博士は白衣を羽織り外へと向かう、動いた空気にはオイルや金属の匂いが乗っていて、マモルの鼻を突いた。
部屋を出て廊下を数メートル、小さなプレハブ小屋の外には森林が広がっている。木の種類や気候から察するに、先の戦場から大して離れていないようだった。
階段を降りてぬかるんでる地面に立ち、鳥の鳴き声や湿った風、木の匂いを感じると、嫌に凝り固まっていた頭が澄んでいく。
博士のペースに飲まれっぱなしの現状をさっさと何とかしなければいけない。マモルは頭の隅に追いやられていた自分の意思を引っ張り出した。
ここに来てから、博士との会話しかまともにしていない。それも、博士の講義らしきものだけで、正直、意味がないものばかり。
まずは、自分を助けたその真意を探らなければいけない。それが、現状最も優先すべきことだ。
「はかせ! ちょうど良かった。じつは、見てもらいたいものが……」
駆け寄ってきたのは小柄な少年、妙に舌足らずで、顔立ちを見ても十代前半といったところだろう。その少年は観察するマモルに一瞥加え、眉をしかめた。
「この、おそらく僕のことを十代前半と思っている人が、あのAFのパイロットですか? 」
「ああそうだ。この、君の事を十代前半だと思っているのが、イリギノのパイロット、マモル・サガミ君だ」
「何ですか、その言い回しは。それに二人とも、何故そう思うんですか」
「ヒテイしないということは、そう思ってるんですね」
全くもって間違っていないのが実に悔しい。この場合一体どんな言葉で取り繕えば良いのか、見当がつかない。
「まあ、なれているんで、あまり気になさらず。ちなみに僕はもうすぐ18のおとなです」
(それって十代だし、誤差なんじゃ)
「誤差ではないです。もうお酒だって、きほん的にのみませんが、のめますし」
さっきから、こちらの思考が読まれているのは気のせいだろうか。とマモルは妙な違和感を感じて、その表情を僅かに曇らせた。
「気のせいです」
「こらこら、そろそろ相手の思考を勝手に決め付けて会話するのは止めなさい」
「はかせが乗せたんでしょう。予想があっていたら、おどろいてください。間違っていたら、わすれてください」
自分勝手というか、なんと言うか、超能力ではないにしても、その少年が持つ独特な雰囲気はマモルが今まで感じたことの無いものだった。
というか、完全に思考をトレースされていたことにマモルはいまだ驚きを隠せない。
「あたっていましたか、スゴいでしょう。これが僕のとくぎです」
誇らしげに胸を張る姿はどう見ても中学生だが、一旦無視した。先ほど心に決めたのにまた、相手の雰囲気にのまれていたからだ。
「自分の名前はマモル・サガミ。そろそろあなたの名前を教えてもらえないだろうか」
「これはしつれーしました。僕はミライ・アサヒといいます。よろしくです」
軽く握手を交わす。ミライという少年の掌は、見た目よりも硬く、ほとんど技術者のそれだった。
「ミライ君、見せたいものが有るんじゃなかったのかな?」
博士はブンブンと手を振るミライに向かってそういうと、ミライはパッと手を離し、真面目な表情を浮かべた。
ここの人間はみんなこうなのだろうか。もしそうだとしたら、相手をするだけですごく疲れそうだと、不意にマモルは不安になった。
「そうです。損傷のはげしかったみぎうでをBFのものに換えたんですが、なぜかうごかないんです」
「回路は繋がっているんだよね。となると、ハードではなくソフトの方が原因か」
「そう思いまして、はかせをお呼びしたんです。プログラムがフクザツで僕には難しいです」
二人の話している内容がイリギノに関することだとマモルにはすぐに分かった。
そして、右腕の動作しない原因と、その解決法も分かっていた。イリギノはマモルの機体だ。
「自分にはその原因に心当たりがあります。よろしければお教えしますが……
と、そこで頭に打算的な考えが過ぎった。これは自分が持てる数少ないカードだ、交渉をする上で確実に必要になる。
これは簡単に切ってはいけない。
「それには条件があります」
要領がつかめてない様子の二人、突然すぎたのは言われなくとも分かっている。
しかし、この二人の前でタイミングを見計らっていたら、いつまでたっても機会は無いだろう。
マモルはそう自分に納得させ、二人の出方を伺う。それに対し、ミライがあきれたような表情でわざとらしく両手で空気を煽った。
「またこのひとは、わけの分からないことを。そんなの、はかせにかかれば」
「ミライ君、イリギノが特殊な機体だと君も分かっているだろう。彼は我々よりもイリギノを理解している」
「マモル君。その情報を得るために、我々は何をすればいいのかな」
博士がミライの言葉を遮ったことで、コトはあらかたマモルの思惑通りに運んだ。
「いくつかの質問に答えてもらいます」
「さっきの講義でも質疑応答の時間をとっていなかったね。良いだろう、何でも聞きたまえ」
「それではまず最初に、アナタは何者ですか」
「自己紹介はしたはずだが、私はガイア・ルーズベルト、科学者だ」
「それは知っています。自分が聞いているのは、あなたの目的です。科学者がこんな戦場近くで何をしているんですか? 」
「ジャンクパーツを集めている。特にAFのものを優先して」
「その目的は?」
「新しいFWを作ることだ」
何か大きな秘密を隠している。マモルはそれを確信した。博士は少し焦っているようで、さっきまでの落ち着きが無くなっていた。
この調子で押していけば博士がボロを出すだろう。マモルはそんな気がしてきた。
「FWを作って、何を企んでいるんです」
「それを教えるのは時間がかかるだろうから、後にしないか? 私は早くイリギノを動かせるようにしなくてはならない。
君がここに残るとしても、戻るとしても、ね」
「自分が残る? いや、戻るというのは? 」
「言葉通りの意味さ、個人的には残って協力してもらいたいんだが、強制はしない。君の意思に任せる」
マモルは思わず言葉を失い、無意識に右手で自分の胸に触れた。
清潔なシャツの下には包帯が巻かれているが、擦っても痛みは殆ど無い。あるのは脈打つ鼓動と、包帯の凹凸だけ。
それは、マモルの命は彼らに救われたという事実を示していた。例え相手の真意が何であろうと、それだけは揺ぎ無い。
「その判断は博士のお話を聞いてからにします。お時間お取りして申し訳ありませんでした」
とにかく、マモルは博士を信じることにした。命の恩人に恩を返したい。このやり取りで最後に残ったのは、そんな感情だった。
「そうときまれば、いそぎましょう。あの機体を早くうごかしてみたいです」
ミライはマモルと博士の背中を押して走り出した。走りにくくても、不思議と心地良かった。
イリギノの換装した右腕は、動きが鈍いが問題なく動作した。
搭載されている9基の重力炉のうちの5基が破損しているが、戦闘するわけでもないのでイリギノ自体の起動にはなんら問題が無い。
そんなこんなで、イリギノの動作確認は大きな問題も無く、終わった。
乗りたいと駄々をこねるミライをなだめるのがマモルにとって一番大変な仕事だった。
マモルが食堂で一人コーヒーを飲みながら休んでいると、テレビに見覚えのあるキャスターが写っていた。
話題は専ら管理競争のことであったが、他の国のことはあまり興味が無かったため、ぼんやりと眺めているだけだった。
『先日行われたカリメア対ヒノモト戦で行方不明となっていた相模 衛 大尉の遺体が
昨夜未明、搭乗機のイリギノの残骸とともに、発見されました』
マモルは、耳を疑った。
『相模大尉はJAF-02-GR、イリギノの専属パイロットとして前回大会から多大な活躍を見せていました。
今大会ではその実力を評価され、遊撃部隊の隊長に任命されるなど今後の活躍にも期待される人物でした』
『彼の、いや、あの機体の穴を埋めるのは難しいでしょうね。強豪カリメアを突破したのは評価できますが、
ソリアのアルマゾフ兄弟や智奈の一成錚々隊、今大会は各国の強豪ひしめく混戦となっていますから、
なんとしてでも代役を用意しなければヒノモトの優勝は遠いでしょう』
『彼はそれだけ重要な人物であったと?』
『JAF-02-GRを彼のように操縦できるパイロットはそういません。彼の操縦技術は8年に及ぶの血の滲むような訓練の成果ですから、
今大会中に同じ力を持つパイロットを用意するのは、まず無理でしょうね。それも、JAF-02-GRがあればの話です
ヒノモトにとって彼の死と機体の大破はそれだけ大きな損失ということです』
『彼はその戦闘能力だけでなく、精神面においても重要な人物であったと聞きます、
そんな彼について同僚たちの言葉をまとめたVTRをお送りいたします』
「これって、あなたのことですよね?」
目を奪われていたマモルに、素っ頓狂で舌足らずな声がかかった。カップと砂糖のビンをテーブルに置いてミライは椅子に座る。
死んでないからあなたの事じゃないか。いや、こっちにいるのがユーレイの可能性も。
などと、口を動かしたまま、角砂糖を次々とコーヒーに投下しているミライ。ビンの中身が空っぽになるまでそれは続いた。
「とにかく、あなたはもう死んでしまったみたいです。帰るばしょなくなってしまいましたね」
「そうらしいね、死んでしまったんだからしょうがないかな」
ははは。と、マモルは笑い声を出すが、声も目も、心も何も笑ってなかった。
「これで何人目だろうか、こうして、生きながら死んでいった人は」
食堂に偶然足を運んだ博士が、鎮痛な面持ちのマモルに声を掛けた。
「戦闘で行方不明者が出ると、見つかるまで管理競争を中断しなければいけない。
その条約に違反しないように、こうして死者は作られる。全く以って、おかしな条約だよ」
博士は博士なりにマモルを激励しているつもりだったのだろう。
マモルの耳に届いてこそいるが、その真意を推し量れるほどの余裕は今のマモルには無い。
かと言って何かを考えてるわけでもなく、ただ思考が停止しているだけだ。
「マモル君。イリギノはもう動かせる。それで君の居るべき場所に帰りなさい」
静かに、博士は言った。
マモルは、ぼんやりと宙を眺める。自分の居るべき場所、思い浮かぶのはかつての仲間たち。
共に苦難を乗り越え、喜びを分かち合い、時に争い、時に励ましあい、長い時間を共有した大切な仲間たち。
「帰ります。自分の居場所へ」
ミライは口を挟もうとしたが、言葉が出なかった。こんな、魂の抜けた亡骸のような人間に何かを言えるほどミライは愚かではない。
博士は無言のままうなずき、食堂から踵を返した。その足音とキャスターの淡々とした声だけが、響いていた。
――――――――博士。
マモルは博士を呼び止めた。残念そうな博士の後姿は今のマモルでも見るに絶えなかったのだ。
「イリギノは、命の恩人である博士に差し上げます。使ってやってください」
博士は一瞬戸惑った表情を見せたが、マモルの意思を感じ取って、感謝の意を述べた。
* * *
マモルは僅かばかりの食料を受け取り、パイロットスーツに着替えた。ところどころ裂けていたり、焦げていたがまだ着ることが出来た。
部屋を出ると博士が待っていて。博士は車まで案内すると言い、マモルの前を歩き始めた。
ジープのドアを開けてマモルが乗り込むと博士は懐から出した拳銃のようなものをマモルに渡した。
「日没までには管理区域に着く。その少し前に車は引き返すが、その照明弾を上げれば嫌でも見つけてくれるだろう」
「ありがとうございます。それでは、また……。いえ、さようならと言うべきですかね」
「君と話すのは楽しかったよ、それでは機会があれば“また”会おう」
博士は笑顔でマモルを見送った。マモルもそれに笑顔で返した。
車に揺られること数十分、静かなドライバーに道を任せてマモルは少し遠くの風景を見ていた。
殆ど木に遮られてしまってはいるが、その隙間から見える風景もなんだか感慨深いものが有る。
深い森の中に入り、窓が一面緑に覆われる。道なき道を突き進んでいくジープの中はひどい揺れに苛まれていた。
「ちょっと、止めてくれませんか?」
マモルは揺れの中に妙な振動が混ざっているのを感じた。運転手は神妙な雰囲気を汲み取り一旦車を止める。
地面の振動では無く空気の振動。遠くから響く重低音が二人の耳に届いた。
「今の音は一体?」
運転手の声に続いて、二度目の重低音。更に三度、四度。それは、一定のリズムを刻み少しずつ移動している。
二足歩行する巨大な何かが近くに居るらしい。……それがFWであることは間違いない。
「もう少し見晴らしのいいところに移動してください」
「分かりました」
マモルの予想は的中した。積んであった双眼鏡が捉えたのは、3機のFW。
機体の配置からみて、捜索隊で有るようだが、何故かそれぞれ武装が施されていた。
彼らは何を探しているのか、何故武装しているのか。マモルの頭に疑問が飛び交う。
その答えを出すのにあまり長い時間は必要としなかった。
大破した機体を手に入れ、人知れずFWを作っている人たちがこの森にいる。
もしあのFWの目的が博士たちだったら。そう思った瞬間、マモルは運転手にさっきの場所へ戻るように伝えた。
運転手は言われるがまま、車を飛ばす。
マモルにとって博士や博士の仲間はもう他人ではなかった。死んでほしくない、純粋にそう思った。
博士は言っていた「協力してもらいたい」と。どんな風に力を貸せばいいのか今ようやく分かった気がした。
自分に出来ること、それは、戦うこと。
世界の兵士だった自分は世界から葬られた。ならば、自分の力の使い道は自分で決める。
自分の意思を以って、俺はこの世界を見極める。
そう、決意した。
第2話 <生まれ変わったら何になりたい?> -fin-
天文学者アストロ・アーチボルトは今から約30年前。人類に新たな動力、重力炉をもたらした。
半ば無尽蔵とも言うべき凄まじいエネルギーを前に、人々は歓喜し、これを迎え入れた。
そして世界は平和になる……訳もなく、次は食料を、それを作る土地を奪い合い始めた。
泥沼化した戦争を打破したのは、ある、条約。
管理競争基本条約。
戦争で人の住めなくなった土地の分配を決めるために国家同士が競争を行う。
それは人員、資金、領域、規模、あらゆる制約で管理された、戦争。
勝者に送られるのは土地と世界最大の重力炉からの大規模のエネルギー供給。
過剰な殺戮の無い管理された戦争。世界中のほぼ全ての国家がこれに賛同し、それは現在まで続いている。
「FWの動力源も重力炉である。重力炉には衝撃をエネルギーに出来るという特性が有るのはご存知だね。君はパイロットなのだから。
では、現行の兵器のなかでFWの動力だけが重力炉なのにもちゃんとした訳が有る。これは知ってるかな? 」
「はい。車両や航空機では十分な衝撃を得られず、二足歩行ならばそれが可能であったからです。
また、蓄電池の容量にも限界があり、なんとしてでも戦闘中に発電する必要があったのも理由のひとつですね。
化石燃料を必要とせず戦闘中に発電できる動力の存在。
様々な状況に対応でき、運用に際して、滑走路も平らな地面も必要としない汎用性の高さ。
人員削減、コスト削減、管理競争が望む、最高の兵器の形。それがFWです」
この講義、かれこれ2時間以上に及んでおり、乗り気でなかったマモルもまるで洗脳されたように生徒と成り果てていた。
「素晴らしい。では次だ、FWというのが重力炉を搭載した人型兵器の総称であるが、
それを細分化すると2種類に分かれている。その名称と特性を答えなさい」
「名称は、AF(アストロフレーム)とBF(バランサーフレーム)です。
AFはFWという兵器の基本であり、その特性は、重力炉で生み出したエネルギーのほぼ全てを自由に配分させられることです。
それにより、様々な局面に対応できる高い汎用性が特徴ですが、操縦難度が高いという欠点を持っています」
「BFはAFで自由に配分されていたエネルギーの多くをバランサーに使用し、操縦難度を大きく下げた凡庸的なFWです。
製造コストも同時に下げられているため、量産性が高いことも特徴のひとつです。
重力炉のエネルギーを主にバランサーに使用するため、武装を施すには更に動力源が必要であり、そのせいで鈍重なのがネックです」
パチパチパチ、と拍手で賞賛を送る博士は満足げな表情をして、「Aをいや、A+をあげたいくらいだよ」 などとブツブツ呟いている。
ふと時計をみてマモルはようやく時間がかなり過ぎていたことに気付く。はあ、と息を漏らすとトリップしていた博士がこちらに戻ってきた。
「もうこんな時間だ。さて、そろそろ君の機体を見に行こう」
マモルが何を言うよりも先に博士は白衣を羽織り外へと向かう、動いた空気にはオイルや金属の匂いが乗っていて、マモルの鼻を突いた。
部屋を出て廊下を数メートル、小さなプレハブ小屋の外には森林が広がっている。木の種類や気候から察するに、先の戦場から大して離れていないようだった。
階段を降りてぬかるんでる地面に立ち、鳥の鳴き声や湿った風、木の匂いを感じると、嫌に凝り固まっていた頭が澄んでいく。
博士のペースに飲まれっぱなしの現状をさっさと何とかしなければいけない。マモルは頭の隅に追いやられていた自分の意思を引っ張り出した。
ここに来てから、博士との会話しかまともにしていない。それも、博士の講義らしきものだけで、正直、意味がないものばかり。
まずは、自分を助けたその真意を探らなければいけない。それが、現状最も優先すべきことだ。
「はかせ! ちょうど良かった。じつは、見てもらいたいものが……」
駆け寄ってきたのは小柄な少年、妙に舌足らずで、顔立ちを見ても十代前半といったところだろう。その少年は観察するマモルに一瞥加え、眉をしかめた。
「この、おそらく僕のことを十代前半と思っている人が、あのAFのパイロットですか? 」
「ああそうだ。この、君の事を十代前半だと思っているのが、イリギノのパイロット、マモル・サガミ君だ」
「何ですか、その言い回しは。それに二人とも、何故そう思うんですか」
「ヒテイしないということは、そう思ってるんですね」
全くもって間違っていないのが実に悔しい。この場合一体どんな言葉で取り繕えば良いのか、見当がつかない。
「まあ、なれているんで、あまり気になさらず。ちなみに僕はもうすぐ18のおとなです」
(それって十代だし、誤差なんじゃ)
「誤差ではないです。もうお酒だって、きほん的にのみませんが、のめますし」
さっきから、こちらの思考が読まれているのは気のせいだろうか。とマモルは妙な違和感を感じて、その表情を僅かに曇らせた。
「気のせいです」
「こらこら、そろそろ相手の思考を勝手に決め付けて会話するのは止めなさい」
「はかせが乗せたんでしょう。予想があっていたら、おどろいてください。間違っていたら、わすれてください」
自分勝手というか、なんと言うか、超能力ではないにしても、その少年が持つ独特な雰囲気はマモルが今まで感じたことの無いものだった。
というか、完全に思考をトレースされていたことにマモルはいまだ驚きを隠せない。
「あたっていましたか、スゴいでしょう。これが僕のとくぎです」
誇らしげに胸を張る姿はどう見ても中学生だが、一旦無視した。先ほど心に決めたのにまた、相手の雰囲気にのまれていたからだ。
「自分の名前はマモル・サガミ。そろそろあなたの名前を教えてもらえないだろうか」
「これはしつれーしました。僕はミライ・アサヒといいます。よろしくです」
軽く握手を交わす。ミライという少年の掌は、見た目よりも硬く、ほとんど技術者のそれだった。
「ミライ君、見せたいものが有るんじゃなかったのかな?」
博士はブンブンと手を振るミライに向かってそういうと、ミライはパッと手を離し、真面目な表情を浮かべた。
ここの人間はみんなこうなのだろうか。もしそうだとしたら、相手をするだけですごく疲れそうだと、不意にマモルは不安になった。
「そうです。損傷のはげしかったみぎうでをBFのものに換えたんですが、なぜかうごかないんです」
「回路は繋がっているんだよね。となると、ハードではなくソフトの方が原因か」
「そう思いまして、はかせをお呼びしたんです。プログラムがフクザツで僕には難しいです」
二人の話している内容がイリギノに関することだとマモルにはすぐに分かった。
そして、右腕の動作しない原因と、その解決法も分かっていた。イリギノはマモルの機体だ。
「自分にはその原因に心当たりがあります。よろしければお教えしますが……
と、そこで頭に打算的な考えが過ぎった。これは自分が持てる数少ないカードだ、交渉をする上で確実に必要になる。
これは簡単に切ってはいけない。
「それには条件があります」
要領がつかめてない様子の二人、突然すぎたのは言われなくとも分かっている。
しかし、この二人の前でタイミングを見計らっていたら、いつまでたっても機会は無いだろう。
マモルはそう自分に納得させ、二人の出方を伺う。それに対し、ミライがあきれたような表情でわざとらしく両手で空気を煽った。
「またこのひとは、わけの分からないことを。そんなの、はかせにかかれば」
「ミライ君、イリギノが特殊な機体だと君も分かっているだろう。彼は我々よりもイリギノを理解している」
「マモル君。その情報を得るために、我々は何をすればいいのかな」
博士がミライの言葉を遮ったことで、コトはあらかたマモルの思惑通りに運んだ。
「いくつかの質問に答えてもらいます」
「さっきの講義でも質疑応答の時間をとっていなかったね。良いだろう、何でも聞きたまえ」
「それではまず最初に、アナタは何者ですか」
「自己紹介はしたはずだが、私はガイア・ルーズベルト、科学者だ」
「それは知っています。自分が聞いているのは、あなたの目的です。科学者がこんな戦場近くで何をしているんですか? 」
「ジャンクパーツを集めている。特にAFのものを優先して」
「その目的は?」
「新しいFWを作ることだ」
何か大きな秘密を隠している。マモルはそれを確信した。博士は少し焦っているようで、さっきまでの落ち着きが無くなっていた。
この調子で押していけば博士がボロを出すだろう。マモルはそんな気がしてきた。
「FWを作って、何を企んでいるんです」
「それを教えるのは時間がかかるだろうから、後にしないか? 私は早くイリギノを動かせるようにしなくてはならない。
君がここに残るとしても、戻るとしても、ね」
「自分が残る? いや、戻るというのは? 」
「言葉通りの意味さ、個人的には残って協力してもらいたいんだが、強制はしない。君の意思に任せる」
マモルは思わず言葉を失い、無意識に右手で自分の胸に触れた。
清潔なシャツの下には包帯が巻かれているが、擦っても痛みは殆ど無い。あるのは脈打つ鼓動と、包帯の凹凸だけ。
それは、マモルの命は彼らに救われたという事実を示していた。例え相手の真意が何であろうと、それだけは揺ぎ無い。
「その判断は博士のお話を聞いてからにします。お時間お取りして申し訳ありませんでした」
とにかく、マモルは博士を信じることにした。命の恩人に恩を返したい。このやり取りで最後に残ったのは、そんな感情だった。
「そうときまれば、いそぎましょう。あの機体を早くうごかしてみたいです」
ミライはマモルと博士の背中を押して走り出した。走りにくくても、不思議と心地良かった。
イリギノの換装した右腕は、動きが鈍いが問題なく動作した。
搭載されている9基の重力炉のうちの5基が破損しているが、戦闘するわけでもないのでイリギノ自体の起動にはなんら問題が無い。
そんなこんなで、イリギノの動作確認は大きな問題も無く、終わった。
乗りたいと駄々をこねるミライをなだめるのがマモルにとって一番大変な仕事だった。
マモルが食堂で一人コーヒーを飲みながら休んでいると、テレビに見覚えのあるキャスターが写っていた。
話題は専ら管理競争のことであったが、他の国のことはあまり興味が無かったため、ぼんやりと眺めているだけだった。
『先日行われたカリメア対ヒノモト戦で行方不明となっていた相模 衛 大尉の遺体が
昨夜未明、搭乗機のイリギノの残骸とともに、発見されました』
マモルは、耳を疑った。
『相模大尉はJAF-02-GR、イリギノの専属パイロットとして前回大会から多大な活躍を見せていました。
今大会ではその実力を評価され、遊撃部隊の隊長に任命されるなど今後の活躍にも期待される人物でした』
『彼の、いや、あの機体の穴を埋めるのは難しいでしょうね。強豪カリメアを突破したのは評価できますが、
ソリアのアルマゾフ兄弟や智奈の一成錚々隊、今大会は各国の強豪ひしめく混戦となっていますから、
なんとしてでも代役を用意しなければヒノモトの優勝は遠いでしょう』
『彼はそれだけ重要な人物であったと?』
『JAF-02-GRを彼のように操縦できるパイロットはそういません。彼の操縦技術は8年に及ぶの血の滲むような訓練の成果ですから、
今大会中に同じ力を持つパイロットを用意するのは、まず無理でしょうね。それも、JAF-02-GRがあればの話です
ヒノモトにとって彼の死と機体の大破はそれだけ大きな損失ということです』
『彼はその戦闘能力だけでなく、精神面においても重要な人物であったと聞きます、
そんな彼について同僚たちの言葉をまとめたVTRをお送りいたします』
「これって、あなたのことですよね?」
目を奪われていたマモルに、素っ頓狂で舌足らずな声がかかった。カップと砂糖のビンをテーブルに置いてミライは椅子に座る。
死んでないからあなたの事じゃないか。いや、こっちにいるのがユーレイの可能性も。
などと、口を動かしたまま、角砂糖を次々とコーヒーに投下しているミライ。ビンの中身が空っぽになるまでそれは続いた。
「とにかく、あなたはもう死んでしまったみたいです。帰るばしょなくなってしまいましたね」
「そうらしいね、死んでしまったんだからしょうがないかな」
ははは。と、マモルは笑い声を出すが、声も目も、心も何も笑ってなかった。
「これで何人目だろうか、こうして、生きながら死んでいった人は」
食堂に偶然足を運んだ博士が、鎮痛な面持ちのマモルに声を掛けた。
「戦闘で行方不明者が出ると、見つかるまで管理競争を中断しなければいけない。
その条約に違反しないように、こうして死者は作られる。全く以って、おかしな条約だよ」
博士は博士なりにマモルを激励しているつもりだったのだろう。
マモルの耳に届いてこそいるが、その真意を推し量れるほどの余裕は今のマモルには無い。
かと言って何かを考えてるわけでもなく、ただ思考が停止しているだけだ。
「マモル君。イリギノはもう動かせる。それで君の居るべき場所に帰りなさい」
静かに、博士は言った。
マモルは、ぼんやりと宙を眺める。自分の居るべき場所、思い浮かぶのはかつての仲間たち。
共に苦難を乗り越え、喜びを分かち合い、時に争い、時に励ましあい、長い時間を共有した大切な仲間たち。
「帰ります。自分の居場所へ」
ミライは口を挟もうとしたが、言葉が出なかった。こんな、魂の抜けた亡骸のような人間に何かを言えるほどミライは愚かではない。
博士は無言のままうなずき、食堂から踵を返した。その足音とキャスターの淡々とした声だけが、響いていた。
――――――――博士。
マモルは博士を呼び止めた。残念そうな博士の後姿は今のマモルでも見るに絶えなかったのだ。
「イリギノは、命の恩人である博士に差し上げます。使ってやってください」
博士は一瞬戸惑った表情を見せたが、マモルの意思を感じ取って、感謝の意を述べた。
* * *
マモルは僅かばかりの食料を受け取り、パイロットスーツに着替えた。ところどころ裂けていたり、焦げていたがまだ着ることが出来た。
部屋を出ると博士が待っていて。博士は車まで案内すると言い、マモルの前を歩き始めた。
ジープのドアを開けてマモルが乗り込むと博士は懐から出した拳銃のようなものをマモルに渡した。
「日没までには管理区域に着く。その少し前に車は引き返すが、その照明弾を上げれば嫌でも見つけてくれるだろう」
「ありがとうございます。それでは、また……。いえ、さようならと言うべきですかね」
「君と話すのは楽しかったよ、それでは機会があれば“また”会おう」
博士は笑顔でマモルを見送った。マモルもそれに笑顔で返した。
車に揺られること数十分、静かなドライバーに道を任せてマモルは少し遠くの風景を見ていた。
殆ど木に遮られてしまってはいるが、その隙間から見える風景もなんだか感慨深いものが有る。
深い森の中に入り、窓が一面緑に覆われる。道なき道を突き進んでいくジープの中はひどい揺れに苛まれていた。
「ちょっと、止めてくれませんか?」
マモルは揺れの中に妙な振動が混ざっているのを感じた。運転手は神妙な雰囲気を汲み取り一旦車を止める。
地面の振動では無く空気の振動。遠くから響く重低音が二人の耳に届いた。
「今の音は一体?」
運転手の声に続いて、二度目の重低音。更に三度、四度。それは、一定のリズムを刻み少しずつ移動している。
二足歩行する巨大な何かが近くに居るらしい。……それがFWであることは間違いない。
「もう少し見晴らしのいいところに移動してください」
「分かりました」
マモルの予想は的中した。積んであった双眼鏡が捉えたのは、3機のFW。
機体の配置からみて、捜索隊で有るようだが、何故かそれぞれ武装が施されていた。
彼らは何を探しているのか、何故武装しているのか。マモルの頭に疑問が飛び交う。
その答えを出すのにあまり長い時間は必要としなかった。
大破した機体を手に入れ、人知れずFWを作っている人たちがこの森にいる。
もしあのFWの目的が博士たちだったら。そう思った瞬間、マモルは運転手にさっきの場所へ戻るように伝えた。
運転手は言われるがまま、車を飛ばす。
マモルにとって博士や博士の仲間はもう他人ではなかった。死んでほしくない、純粋にそう思った。
博士は言っていた「協力してもらいたい」と。どんな風に力を貸せばいいのか今ようやく分かった気がした。
自分に出来ること、それは、戦うこと。
世界の兵士だった自分は世界から葬られた。ならば、自分の力の使い道は自分で決める。
自分の意思を以って、俺はこの世界を見極める。
そう、決意した。
第2話 <生まれ変わったら何になりたい?> -fin-