エドたちを乗せたグレゴリオンは、実直に荒野を進んでいました。特に問題らしい問題もなく、強いて言うならば少々食料などが乏しいことですが、それもまたいつかは解決できるでしょう。
なのでさほど心配もしていなかったエドたちですが、それでも補給のあてがないのは困りもの。なんとかしなければ……という思いが、行動に移らせるきっかけとなったのです。
「とりあえず、新統合政府軍の補給車両とか、襲うのはどうだろう?」
『誰の良心も痛まない、いい作戦かと思います』
「いや、主に痛むのは俺の良心だけど、こういう場合は仕方がないよな」
「作戦名はレッツ・ゴーダッツ! でどうなのですか?」
「変な作戦名はいらないんだよ。さて、どこか近場に補給車両とかは……」
レーダーを作動させれば、どうやら近くに走行中の車両がある模様。識別も新統合政府のものなので、これは襲ってもかまわないでしょう。
さっそくその現場に向かうエドたちです。無傷で鹵獲すれば、少しは美味しい思いもできるはず。食べ物などもあると思われますし。
現場に到着してみれば、どうにも様子がおかしい感じ。車両があるにはあったのですが、複数が車列を作っているというよりは、一台を他の数台が追いかけているといった感じ。
逃げている車両がどういうものか、エドたちにはよくわかりません。ですが銃撃まで加えられているのを見れば、どっちかが悪いやつだというのはわかります。
「こういう場合、どちらを助けたほうがいいんだ?」
『古来より追いかける方が悪と決まっています』
「逃げる女の子を追いかける男は、どう考えても悪なのです」
「例えが妙だが、まあいい。よし、逃げている方を助けるぞ」
追いかけていた車両を蹴散らし、エドたちは逃げていた車両を助けました。そして下に降りて話を聞こうとすれば、車両の中から降りてきたのは、どう見ても兵士ではなく、どこか研究者風の人物たちでした。
「助かりました。皆を代表してお礼を言います。ええと……」
「俺はエド。で、こっちの小娘だけども二十六歳がエリーで、この丸っこいのがハル子」
「ありがとう、エド君。私は新統合政府でつかわれていた研究班主任のジャックといいます。研究施設から脱走して、仲間とここまで逃げてきたのですが……」
話を聞けば、新統合政府は、謎の研究施設で謎の研究を行っている様子。ジャックという主任が言うには『それは神を作る計画なのです』とのことですが、いまいち概要がよくわかりません。
「神を作るって、新しい宗教でも始めるつもりなのか?」
「違います。文字どおりの意味で、神様を作ろうというのです。もっともこの場合は人間を神に変えようというのですから、冒涜的と言えばそうなのですが」
「人間を神に? そんなこと、どうやったってできないだろ?」
『逆立ちしたって、人間は神様にはなれないのですよね?』
「そのはずでした。しかしかつて起こった世界大戦が、それを覆してしまったのです」
ジャックの話では、世界大戦によって発達しすぎたあらゆる技術……特に生命倫理に触れる分野の技術や、その過程で見つかった未知のオーバーテクノロジーなど。
それらすべてを統合することによって、人間は新たな可能性を得たとのこと。
しかしその可能性は、あくまでも可能性にとどめておけばよかった代物。実際に人間が手にするには、禁断の果実と同じように危うい代物であったのです。
「具体的には、人間そのもののありようを変えてしまう、そんな研究です。もはや人間を作り変えてしまうといっても過言ではありません。
そうなれば、人間は人間以上の力を発揮します。ただ、それはもはや人間ではない。故に、神……」
「人間以外の何かって、そんなの神じゃなくて化け物じゃないか」
「そう、私たちもそう思い、研究を放棄して脱走したのです。しかしこれも効果的ではありませんでした。追われる羽目になり、しかも研究自体はすでに最終段階に入っていたのですから」
もっと早くに動いていればよかったと、ジャック主任は嘆きます。エドにもなんとなくその辺の事情は理解できたので、文句は言いません。
ですが、気になることというのはあるもので、エドは詳しい事情をジャック主任に尋ねるのです。例えば、一体どういう目的でその技術を利用するのか、など。
「実験体は複数存在しましたが、それらはまだ未完成の代物なので、さほど脅威ではないでしょう。ただ、完成された技術を用いて神となるはずの人物は……新統合政府総統、ワールモンなのです」
「総統だって? そんなのが神になったら、世界はどうなっちまうんだよ?」
「現在、世界秩序は極めて混沌としています。新統合政府ですらも、世界の一部を握っているにすぎない。でも、もしも総統ワールモンが神に等しき力を手にすれば、その時は……」
恐怖政治が世界を覆い尽くす。それが、皆の出した結論でした。だからこそ、研究者たちは脱走をしたのです。でも、なぜ彼らはそんな研究をしていたのでしょう。拒否すればよかった話なのに。
「家族を人質にとられたもの、理由は色々とありましたが、興味が勝った部分というのも確かにありました。そこは素直に、私たちの傲慢だと認めます」
「認めても手遅れじゃ、意味がないだろ。まったく、なんとかしなけりゃいけないのに……」
その時になって、ジャック主任はかがみこんで停止中のグレゴリオンを見ました。そして非常に驚いた様子で『これは……カウンターマシン? なぜここにこれが……』と言うのです。
「カウンターマシン? なんだよ、それ?」
「神に等しきものを作った時、それが悪神でないと誰が断言できるのか。そういう主張をした研究者が、私たちの中に存在しました。彼は自らの手でその疑問を解消すべく、いざというときの切り札を用意したのです」
一人の研究者の、意地と執念の産物。それこそがこの、グレゴリオンというロボット。
神を殺すためだけに作られた、人類最期の希望。神が悪であれば、神を殺すための機械。
そのようなものが、グレゴリオンというロボットなのだと、ジャック主任は語るのです。
なかなか受け入れられる話ではありませんでしたが、真面目に解説するジャック主任を見れば、それが嘘偽りでないことはわかります。
「ハル子……お前は知っていたのか?」
エドがそう問いかければ、ハル子ことHAL‐800は、それが責務と静かに語り出します。
『エドさん、黙っていてごめんなさい。でも、これはすべて仕組まれたことだったんです』
「仕組まれたって、どこからどこまでが?」
『たぶん、私とエドさんの出会いから。はっきりしたことはわかりません。でも、私の設計者の性格を考えれば、恐らくエドさんと出会うのも織り込み済みだったのでしょう』
あのとき、あの場所で、偶然に出会ったはずのエドとハル子。それが仕組まれた運命であるとすれば、どういった力が働いていたのでしょう。
もしもエドが無視を貫いていたならば、運命は狂ってしまったのでしょうか。でも、それはあまりにも不確実なことだと思えます。
すべてを仕組むとなれば、些細な齟齬も許されないはず。では、ハル子の設計者という人物は、何をどうやってこの状況を作り出したのでしょうか。
『エドさん、なぜグレゴリオンのドリルがすべてを貫くのか、考えたことはありますか?』
「いや…それは、ドリルが強いから……」
『兵器としてはあまりにも原始的なドリルが、なぜ最強の武器なのか。それは、グレゴリオンの内部に秘められた、あるシステムによるものです』
「システム……なんだ?」
ハル子が語るには、グレゴリオンの内部には『アカシックレコード・モジュール』というものが組み込まれているのだそうです。
それは宇宙の運命すらも記録した、アカシックレコードのコピー。かつてとある研究者……ハル子の生みの親が、オーバーテクノロジーから発見した技術。
もちろん完全再現とはいかなかったものの、その大まかな部分をコピーされたシステムは、あらゆる因果をその螺旋の中に刻み込んでいるのです。
そしてその螺旋こそが、グレゴリオンのドリルの力となる。平たく言えば、グレゴリオンのドリルは運命そのものの力を宿しているということ。
『グレゴリオンのドリルには、破壊できないものは存在しないというのが理屈です。故に、最強であると』
「でも、以前になんとかっていうロボットには通用しなかった」
『螺旋の力は、運命に抗うものの意志に強く左右されます。運命に流されるだけでは、螺旋に飲み込まれるだけ。でも、エドさんが運命にあくまでも逆らうのであれば……螺旋は暴力的なまでの力を発揮するでしょう』
わかったような、わからないような……そんな話でした。でも、まだ問題となることはあります。
例えばグレゴリオンがその、カウンターマシンというのは理解したとしても、ではグレゴリオンを操るエドは、神と戦わなければいけないということなのでしょうか。
『それが運命ならば、そうなるでしょう。世界の選択が、エドさんを選んだのであれば、すべてはそのように動くでしょう。私はただの介添人。HAL‐800という名の制御プログラムですから』
「そんな、俺にだって選択肢くらいは……」
『そうですね。でも、その選択すらも、すべては運命に刻み込まれている結果に過ぎないのです』
「だったら自主的な意思の決定っていうのは、無意味だっていうのか!?」
『すべては、運命のままに……』
エドは舌打ちをすると、その場から走りだしました。慌てて後を追おうとしたエリーは、ハル子の言葉にひきとめられます。
今はそっとしておいてあげてほしい、そうハル子は言うのです。だからエリーも、今はエドを追うことをやめました。でも、彼女にしてみれば、エドはとても不安定に見えたのですから、なんとか優しく抱きとめてあげたい……と、おねーさん的に思うのです。
『大丈夫です。エドさんは、強い子ですから』
そう呟くハル子こそが、最も不安を感じているのでしょうが、表には出しませんでした。
荒野をどれだけ走っても、グレゴリオンの姿が消えることはありません。巨体はどこまでもその姿をさらしています。
だからこそエドは、どこまでも逃げたかったのですが、足が言うことを聞かなくなれば、倒れるしかありませんでした。
「くそっ、何が運命だよ。俺は、そんなもののために今までこうしてやってきたのかよ?」
自分の意思で決めたことが、すべてシナリオ通りになっていたのだとすれば、そこには自由意志のかけらもない。
それでは自分は、まるで物語の登場人物で、決められた役を演じているだけではないか。
真に悪しき神がいるとすれば、それはこれから誕生するワールモンというものではなく、あくまでもこのような運命を用意した、本当の意味での神様でしょう。
因果だ螺旋だ、そう言われてもわかったものではありません。しかし頭の悪いエドにも、これだけはわかるのです。
「何をどうあがいても、俺が神と戦うのは運命ってことだろ……逃げられない運命……」
無様に倒れっぱなしだったエドは、ごろっと空を見上げました。薄雲のかかった空は、もう何年も青空を見せてはいません。
それほどまでに、世界は疲弊しています。だけど、人間はしぶとく生き続けているのです。
そのしぶとさの中には、人間の持つ業が含まれているだろうことは、否定できないでしょう。
それでも人間は、生きることを運命づけられているのかもしれません。そうでなければ、あの世界を焼き尽くす戦争で、すべて絶滅していたでしょうから。
「ここにいたんですか、エド君」
エドが顔を向ければ、そこには歩み寄ってくるジャック主任の姿がありました。
身を起して立ち上がれば、そんなエドの服の埃をはたいて落としてくれるジャック主任。
「もう、気持ちの整理はつきましたか?」
「……全然。正直、俺には何が何だかわからないよ」
「まあ当然でしょう。自分の運命がすべて決まっているなんて、思いたくはないですからね」
ジャック主任は、エドの瞳をまっすぐにのぞき込みながら続けます。まるでその瞳の奥に、遠い何かを見ているように。
「でも、いくらシナリオに沿って私たちが動かされているとしても、すべてを絶望するのは間違いかもしれません。だってそうでしょう?
私たちは役割を与えられ、動かされている存在。そうだとしても、そこに細かいアドリブを加えていくのは、私たち自身のはずです」
「大筋が決まっていても、細かいところは俺たちの自由だって……そういうこと?」
「そう考えないと、辛いだけでしょう?」
ジャック主任の言うことは、エドにもわかりやすかったのです。大きな流れの中においても、細かいすべてが決められているとは信じたくない。
もしもそれすらも認められないのであれば、それこそ人間の生きる意味がなくなってしまうから。だからこそ、人は、人々は……。
「エド君、希望を持ちましょう。世界は決して、そんなに悲しくはできていないと」
「……ん。ありがとう、ジャックさん。少し、楽になった」
「ジャックでいいですよ、エド君。それと、ありがとうの言葉は彼女たちに向けるべきでしょうね。心配していましたよ、あの子たちも」
「そうだな。戻るか」
二人はグレゴリオンのそばへ戻ります。すると飛びつくような勢いで、エリーがエドにしがみつきます。
「もう帰ってこないかと思って、心配したのですよ?」
「うん、悪い。ハル子にも、心配かけたか?」
『私は常に冷静ですので、どこぞのロリババアのように騒ぎ立てたりはしません』
「そっか。まあいいや。で、これからどうするかだけど……」
エドの考えでは、このまま逃げ回っていても埒が明かないので、直接的に新統合政府の首都に乗り込み、ささっと総統ワールモンとやらを倒してしまおうという感じでした。
確かに現状をうまく打破するには、それくらいの勢いは必要であるかもしれません。
話を聞いたジャック主任たちは、自分たちも何か協力すると言ってくれました。彼らにも罪悪感はあるのですから、そう言うのでしょう。
「よし、じゃあ新統合政府に殴り込みだ。ここからだと、どう向かえばいいんだ?」
『東へまっすぐです。そこに、新統合政府の首都、トンキーンがあります』
「東だな。よしみんな、出発するぞ!」
こうして一同が、目的のために出発しようとした時でした。キーンと高い音が響いたかと思うと、何かが上空をよぎって行ったのは。
振り仰げば、そこには白銀に輝く巨大ロボットの姿。どうやら敵に発見されてしまった様子です。
ジャック主任たちを逃がし、エドはグレゴリオンで迎撃することにします。エリーも一緒に逃がしたので、心置きなく戦えるというもの。ですが……。
【そこの恥知らずのロボット! わたくしの栄光を穢した罪、その身に刻むがよろしいですわ!】
「なんだ、この知っているような感じは……」
エドにはわからないことでしたが、相手は過去にエドに敗北してしまったあの女性、高飛車で仕方がない軍人お嬢様だったのです。
もちろんそんなことを知らないエドには無意味なことなのですが、彼女にしてみれば、あの敗北のおかげで散々だったのです。
出世の道は閉ざされたも同然なうえに、同僚たちからは冷ややかに笑われる始末。
だからこそ、決して許せないのです。グレゴリオンを破壊しなければ、メンツが立たないのです。その勢いは、マシンを操る挙動にも表れていました。
「なんだよ、こいつ……覇気がある?」
【負けられないのですわよ!!】
軽快な運動性で、グレゴリオンを翻弄する白銀のロボット。防戦一方のグレゴリオンには、なかなかその動きをとらえることができません。
ハル子のサポートを受けても、なおとらえきれない相手。そこには技量や性能以上に、操るものの心の力、勢いというものが反映されていました。
エドはまだ、完全に吹っ切れたわけではありません。まだまだ迷いは多くあります。
その一方で、失うものがこれ以上ない彼女には、もう迷いは何もないのです。その差が、勝負の結末にまで影響を与えそうな勢い。
【お亡くなりなさい、この下郎が! 哀れに叫んで無様に死になさいな!】
「こいつ、調子に乗っていると思う……!」
『エドさん、攻撃を受けすぎです。このままでは敵地に乗り込む前に、余計なダメージが蓄積されてしまいます』
「わかってる! だけどこいつの勢いは、まるでカミカゼをやっているみたいだ!」
鋭いクローで装甲を抉りに来る敵に、カウンターでパンチを浴びせるグレゴリオン。
その一撃が敵の装甲をひしゃげさせましたが、まったく気にもせずにさらに攻撃を仕掛けてくる敵機。執念、あるいは悪しきオーラのようなものが、その背後に見えた気がして、エドは思わず叫んでいました。
「あんたはっ! 死にたいわけでもないだろうにさ!」
【負けるくらいならば、死んだ方がマシというものですわ!!】
「そんなに命を軽視する相手に、素直に負けてやれるものか!」
【お黙りなさい、この悪魔が! わたくしからすべてを奪った化け物が……!】
「俺は人間だ! 神とか悪魔とか、そんなものはっ!」
ドンッと、グレゴリオンのパンチが、敵機の頭を吹き飛ばしました。そのまま崩れ落ちる敵ロボットに、ハル子がとどめを刺すように言います。
でも、エドはそうしませんでした。負けてもなんでも、生きていればいつかはいいこともある。そう信じていたからです。
だけど、その敵機が爆発に包まれた……いわゆる自爆をした時、エドは悔しさのあまりに叫ぶしかないのです。
「なんで、そうやって死に急ぐんだよ、馬鹿ヤロー!!」
……首都での決戦を前に、余計な浪費をしてしまったエドたちです。あまり損害はないものの、エドの精神的な負担の方は心配でした。
グレゴリオンのメンテは、ジャック主任たちが行いましたが、エドの心ばかりは直せるものではないので、自然治癒に任せるのです。
グレゴリオンは自動操縦……つまりハル子の動かすに任せて、エドは車両の中で静かに揺られていきます。
その隣に心配そうに寄り添うのが、エリーなのですが、彼女にもどうすればいいのかはよくわかりません。
ただ、今はギュッと手を握っていてあげたい。そう思い、エドの手を離さずに、そばにつきっきりになるのです。
エドのメンタル的な部分は、まだ少年でしかないのですから、いわゆるナイーブなのは当然です。
だからそのケアにも細心の注意を払うべきなのですが、こういうときにうまく対処できるスキルを持つ人間は、残念ながらそばにいません。
それでもエリーの存在は、少しばかりはエドの心をほぐしていました。少なくともいないよりはマシ……という言い方は不適当でしょうが、助けにはなっているのです。
「戦うことに意味を求めるのって、おかしいことなのかな……」
「なんですか?」
「いや、なんとなく。死んでいったあの敵もさ、戦う意味は持っていたはずなんだ。でも、俺は流されて戦って、勝って、それで相手は死んで……」
エドの言いたいことは、エリーにはあまりよくわかりませんでした。でも、何か言葉をかけることができるとしたら、そう……。
「エドに、戦う意味がないというのなら、その意味に、わたしがなっては駄目ですか?」
「エリーが、俺の戦う意味に?」
「帰りを待つ辛さは、よくわかっているつもりなのですよ? だから、帰ってきてくれたら嬉しいのです。帰れない怖さがあるのなら、帰れる喜びもあるはずです。わたしがエドの帰れる場所になったら、迷惑ですか?」
エドはその言葉は、とても嬉しく思いました。だから素直に、ありがとうと言ったのです。
がたんと車が揺れます。思わずエドに寄りかかってしまうエリー。お互いの距離が近くなれば、そこには瞳をのぞきこめる距離にいる二人の姿がありました。
「……エリー?」
エリーはそっと目を閉じて、エドに顔を近づけます。そしてそのまま、唇を……。
『このロリババア! 私のエドさんに何をしようとしているのですか!!』
突如として響いた声。突如として持ち上げられる車。ぶらぶらと揺すられて、車内を転げまわりながら、エリーは舌打ちをしました。
まったく、エドという少年を籠絡するには、邪魔が多すぎる。だけど、エリーは諦めるつもりはありませんでした。
だって、エドという少年は、彼女の好みにとてもよく合っていたのですから。おねーさん的には、メロメロというものだったのです。
さて、ある程度東へ進んだところで、エドは一度ジャック主任たちとは別行動をとることにしました。
まだ気持ちの整理がつかないところもあったのですが、それでもなんとか元気を出して、ジャック主任たちにエリーを預けます。
エリーは一緒に行きたがったのですが、ここからの戦い、コックピットに乗せたままでは戦いにくいし、何よりも危険だからと説得しました。
「それに、帰る場所になるんだろ?」
そこまでエドに言われては、エリーも黙るしかありませんでした。こうして二手に分かれて、トンキーンに侵攻することになったのです。
ジャック主任たちはここからトンキーンに潜入して、かく乱工作を行います。その隙にエドたちがグレゴリオンで一気に敵の心臓……総統ワールモンを倒す。
運が良ければ、まだ神に変化していない状態のワールモンを叩けるかもしれません。
作戦的には王道ですが、まず問題はないと思えます。ただ、どうしても避けられない戦いというものはあるので、そこだけが不安なのですが。
そんなことを考えている間にも、トンキーンに配備された敵部隊からの攻撃が始まります。
もちろんグレゴリオンがそう簡単にやられるものでもないのですが、豆鉄砲でも当たりどころでは大変なことになる可能性だってあります。
可能な限り損傷を受けないように、注意しつつエドは進みます。今回は敵の総統だけを叩ければよいので、敵の相手はあまりしないように心がけているのです。
当然、邪魔で仕方がない相手は、パンチ一発粉砕していきますが、そんなに時間をかけていられないのもまた現実。
「急がなきゃ、奇襲の意味がないぜ!」
『エドさん、ジャック主任さんたちからの連絡です。正面の総統官邸にワールモンがいるとの情報が』
「そこを潰せば、全部終わりだ。行くぞ、ハル子!」
『了解です、エドさん』
一気に突き進むグレゴリオンを止められるものは、誰もいませんでした。その勢いのままに、エドは総統官邸まで突進し、先制のパンチで建物を粉々にします。
もちろんそれですべてが終わるとは思えなかったので、何度も瓦礫を叩き潰して、息の根を止めるように破壊します。
そこまでやって、どうにかこれで……と、その時でした。漆黒の闇が辺りに立ちこめ、重々しく、不愉快な雰囲気が周囲から圧迫してきたのは。
「くそっ、一足遅かったのか?」
『高エネルギー反応、確認。エドさん、回避を』
グレゴリオンが身をかわせば、そこをビームの粒子がなぎ払って行きました。
どうやら総統ワールモンは、すでに神に等しき存在へと変化してしまっているようです。
【どこの誰だ……我が夢を妨げるものは……】
「この声、ワールモンか?」
【我が夢は、神と等しき力を手に入れ、真なる自由を世界にもたらすこと……人々の本当の意味での解放を成し遂げるため、この身をささげた……それを……!】
漆黒の波動に包まれた物体が、高速でグレゴリオンに体当たりを仕掛けてきます。思わずガードの構えをとったエドですが、その衝撃に一気に弾き飛ばされそうになります。
「こいつ、強いぞ!」
『大丈夫です、エドさん。損傷は極めて軽微です』
「今のは運が良かっただけだ。でも、直撃を受ければ危ない!」
高速で飛翔する漆黒の物体は、まさに禍々しき悪神そのものでした。周囲を見境なく破壊していくそのさまは、どうあっても止めなければいけない存在だと認識させるだけです。
しかし、なかなかグレゴリオンには捕まえることができません。速さが段違いなので、パンチを当てるのにも無理があります。
なんとかして一撃でも、とは思うのですが、エドの目では追えても、パンチが当たらないのです。
「どうすればいいんだ、こいつ!」
『エドさん、落ち着いてください。要するに小うるさいハエを叩き潰す要領です。ブーンと来たところをパシーンと……』
「そううまく行くもんか! だけど、他に方法がないのなら……」
思い切って、大きく身を開けて、ワールモンが飛び込んでくるのを待ち構えるグレゴリオン。
そしてそこに、超高速で飛来するワールモン。タイミングを合わせ、グレゴリオンは広げた両手で……。
「ぶっ潰れろっ!」
バシーンと、バシーンと。両の手でワールモンを叩き潰すグレゴリオン。ぐちゃっという音と共に潰れてあとかたもなくなる漆黒の悪神。
【わ、我が立たなければ……本当の神は……無慈悲な、無邪気な、無節操な神は……世界を滅ぼすというのに! ぐおおぉぉっ!!】
こうして、あっけないほど簡単に、最後の戦いは終わりました。すべての元凶は消えて、これでもう、ワールモンのような邪な野望を抱く者はいなくなるでしょう。
これにて、めでたしめでたし。誰もがハッピーエンド。何もかもがすべて……。
【……さて、そろそろ話をまとめに入りますか。正義を貫いたヒーローたちは、次なる冒険のために、新たな戦いに身を投じていくのです。これがいわゆる続編的思考であり、人気シリーズの幕開けというものですよねぇ】
その声は、天高くから降り注いできました。思わず空を見上げたエドたちは、そこにあまりにも眩しい光を目にして、一瞬意識を飛ばし、そして……。
……そこは、不思議な空間でした。どこまでも続くかのように錯覚させる、真っ白な空間。
その上に、グレゴリオンはぽつんと立っていたのです。エドは周囲を把握しようとしましたが、うまく状況がつかめません。
「ハル子、何かわかるか?」
『光学、赤外線、電磁波……あらゆるスキャンで反応なし。この空間は、ある種の異次元空間だと思われます』
「異次元だって? そんな、馬鹿な」
とても信じられる話ではありません。そもそもなぜこんなことになってしまったのでしょう。
神を名乗る悪は倒したのです。それなのにどうしてまだ変なことが続かなければならないのでしょう。
そんな彼らのもとに、声が響きます。
【やあ、ようこそ私のもとへ。君たちには本当に感謝している。おかげでわずかばかりの認知度も受けられたし、評判も賛否両論。笑いが止まらないよあっはっは】
「誰だよ、お前……?」
【神だよ。正真正銘のね。君たちを生み出した、いわゆるストーリーライターというものさ。すべては私のシナリオの上で動き、すべては私のシナリオの上で終結する。故に、私は神なのさ】
わけがわかりませんが、随分と不遜なことを言っている様子です。自らを神と名乗るものに、ろくな人間はいません。
そもそも人間かどうかは知りませんが、まともじゃないのは確かです。なのでエドも、その声に大いに反発しました。
「ふざけるな! お前なんかのために、ここまで色々とやってきたわけじゃないんだぞ!」
【ふむぅん、どうも君らは自分の立場がわかっていないと見える。神の前には、創作物などはゴミのようなもの。自由自在に書き換えられるからこそ、その価値は無価値に等しいというのに】
「何が無価値だ! 俺たちは自由に生きて、自由に歩いてきたはずだ! それをお前みたいな変な奴が、自分の手柄のように語るな!」
【実際に私の手柄なんだけれども。ここまでストーリーとキャラクターを動かしてきた、この私こそ称賛されるべきなんだよ】
「何を……あんたは!」
話が噛み合いません。そもそも話を合わせること自体が、無理だと思えます。
それほどまでに、お互いの距離は絶望的に開いていると思えました。だからこそ、エドはむかっ腹が立つのです。
「お高いところからくだらないことを垂れ流していないで、こっちに下りてきやがれ!」
【嫌だよめんどくさい。そもそも創作物と神が同じ土俵で争ってどうするんだい? 神は神、故に君らは絶対服従。それが、理というものだろう?】
エドはとても頭に来たので、その声に向かってグレゴリオンの中指を突き立てました。
あまりにも下品なその挑発は、さすがに神を自称する存在にも気に障ったようです。
【ふーむ、どうやら思い知らせないといけないらしいね。君らがどういう存在で、どういう扱いを受けるべきなのか……この神の力を知るがいい】
とたんにものすごい圧力が、上空からグレゴリオンを押し潰そうとしてきました。
ギシギシと悲鳴を上げる機体。あまりにも桁が違う力に、グレゴリオンですらも耐えられそうにありません。
「こいつ、なめるな! ハル子、出力上げろ!」
『やっていますが、これ以上は上がりません』
【無駄だよ。グレゴリオン自体も、私の設定でしかない。その限界性能も、当然私の考えの範疇。ああ、壊しはしない。次回作でも十分に暴れてもらわないといけないからね】
「次回作、だって?」
【グレゴリオン第二部。今度の敵はなににしようか、今から考えているところさ。主人公などもスライドで登場させるつもりだけれども、あまりにも君らが反発するなら、主人公交代ってのもありかな?】
言っている意味は良くわからないのですが、とてつもなくふざけたことだとは理解できます。
だからエドは、懸命にグレゴリオンを操って、襲い来る苦痛を耐えようとするのです。
でも、それも限界の様子でした。エドの気力も、体力も、グレゴリオンの力も、すべては限界に来ていたのです。
【さてさて、次回作でまた会いましょう。さようなら……】
と、その時でした。一人の男が飛び出すと、グレゴリオンを……エドを叱責したのです。
「諦めるな、男ならば! ドリルがその胸にある限り、何者にも屈するな!」
「あんた、確か……」
グレゴリオンの合体パーツを受け取った時の、あの男。その正体は不明でしたが、今ならばなんとなくわかる気もします。
「グレゴリオンには、人の希望が詰まっているのだ! 多くの無意味に消費されていく命たち……気まぐれで終わる命たち、それらの絶望と、悲しみと、祈りが! そのグレゴリオンには託されているのだ!」
【予定外の動きをする……これがキャラが勝手に動くというものかな? しかしそれがどうした、問題はないよ】
「その自由な動きこそが、閉塞したこの世界を打破し、希望をもたらすのだ! さあ、少年! 今こそ真なる真のドリルの時だ! その螺旋で……運命を撃ち砕け!」
【よし、まずはあんたから消えるんだ】
その途端、男の姿がふっと掻き消えました。エドはなんとなく悟りました。あの男は、もう二度と現れないと。この世界には出現しないと。
だからエドは、大きく吠えて、HAL‐800に命じるのです。
「ハル子、ドリルモード!!」
『イエス、エド。たとえ十万世界の神々とて、抗う術は無きこの力。無限の螺旋が生み出すは、慈悲・許し・そして解放への哀歌。今、ここに轟くは、一人の少年が歌う歌。怒りと悲しみと、わずかな希望を乗せた、その歌は……!』
「うおおぉぉっ!! バスタードリルゥゥゥッ!!」
天に向かって突き上げられたドリルが、あらゆるものを巻き込んで高速回転します。
その勢いには、空間がゆがみ、時間さえも捻じ曲げられ、神を自称する存在すらも引き裂いていきます。
【馬鹿な……馬鹿な! 創作物が、創造されたものが、創造主に反逆するなんて……あり得ないいいいい!! こちらが指示しなければ、生きることもできない連中があああああ!!】
「俺たちをなめるなよ、この野郎! 頼まれなくたって、俺たちは生きてやるんだ!!」
【お、おのぉぉれえぇぇぇ!!】
そして、何もかもが無に還り……暗転。
NotFound
NotFound
NotFound
NotFound
NotFound
rewrite...
人は生きていく。たとえ神の手助けがなくても。
少年は荒野を目指す。少女は想う人に祈る。そう、それがごく自然な、世界の選択なのだ。
だからこそ、神の呪縛から逃れた彼らには、お約束のようなハッピーエンドしか、用意されてはいないのである。
いや、用意すらされていないのかもしれない。本当の意味でのハッピーエンドは、彼ら自身が切り開く道の、先にあるのだろうから……。
「その格好も結構似合うな、ハル子?」
「恥ずかしいですね、思ったよりも。まさか生身の体を手に入れられるとは思わなかったので、その……」
「照れるなよ。せっかくおっぱい大きいんだし、もっと誇れよ」
「あー、本当に大きいと、逆に邪魔ですね、これ」
「エド……そろそろ行きますですよ? わたしたちの結婚式まで、もう時間がないのです」
「そこなロリババア、さらっと聞き捨てならないことを言いますが、エドさんはこのハル子さまの大事な大事なパートナーであることをお忘れなく!」
「……今まで丸っこかったくせに、おっぱい大きいし、ずるい……」
「ほほほ、所詮はロリババアもツルツルペッターンな現状には勝てないようで。おほほほ!」
「はいはい、ケンカやめ。ほら、出発しようぜ。これから俺たちの、本当の物語を作って行かなきゃいけないんだからさ」
「あ、そうでした。ではエドさん、お手をどうぞ」
「ずるいのですよ。エドの手はわたしと繋ぐのです」
「両手に花とか、そういうのは現実にはありえねーですので。きりきり選んでくださいね、エドさん?」
「選んで、エド?」
「お前ら、そういう選択を俺に振るか……?」
「だって、ねぇ?」
「エド、優柔不断極まりないのです」
「くそっ、せっかくだから俺は一人で走るぜ!」
「ちょっとエドさん、それは反則です! 頼れるかわいいパートナー、ハル子さまをお忘れなく!」
「エリーにお任せ……とか言ってみるテスト」
物語は、続く。
それは、あなたの知らないところかもしれないし、もしかしたら知っているところかもしれない。
そこで彼は、彼女らは、本当に生き生きと、幸せに生きるのだろう。
先のことはわからない。予測もできない。だが、だからこそ、彼らの物語は輝くのだ。
とりあえず、今はわかることだけを書き記す。
すなわち、めでたしめでたし、なのだ。
【おしまい】
なのでさほど心配もしていなかったエドたちですが、それでも補給のあてがないのは困りもの。なんとかしなければ……という思いが、行動に移らせるきっかけとなったのです。
「とりあえず、新統合政府軍の補給車両とか、襲うのはどうだろう?」
『誰の良心も痛まない、いい作戦かと思います』
「いや、主に痛むのは俺の良心だけど、こういう場合は仕方がないよな」
「作戦名はレッツ・ゴーダッツ! でどうなのですか?」
「変な作戦名はいらないんだよ。さて、どこか近場に補給車両とかは……」
レーダーを作動させれば、どうやら近くに走行中の車両がある模様。識別も新統合政府のものなので、これは襲ってもかまわないでしょう。
さっそくその現場に向かうエドたちです。無傷で鹵獲すれば、少しは美味しい思いもできるはず。食べ物などもあると思われますし。
現場に到着してみれば、どうにも様子がおかしい感じ。車両があるにはあったのですが、複数が車列を作っているというよりは、一台を他の数台が追いかけているといった感じ。
逃げている車両がどういうものか、エドたちにはよくわかりません。ですが銃撃まで加えられているのを見れば、どっちかが悪いやつだというのはわかります。
「こういう場合、どちらを助けたほうがいいんだ?」
『古来より追いかける方が悪と決まっています』
「逃げる女の子を追いかける男は、どう考えても悪なのです」
「例えが妙だが、まあいい。よし、逃げている方を助けるぞ」
追いかけていた車両を蹴散らし、エドたちは逃げていた車両を助けました。そして下に降りて話を聞こうとすれば、車両の中から降りてきたのは、どう見ても兵士ではなく、どこか研究者風の人物たちでした。
「助かりました。皆を代表してお礼を言います。ええと……」
「俺はエド。で、こっちの小娘だけども二十六歳がエリーで、この丸っこいのがハル子」
「ありがとう、エド君。私は新統合政府でつかわれていた研究班主任のジャックといいます。研究施設から脱走して、仲間とここまで逃げてきたのですが……」
話を聞けば、新統合政府は、謎の研究施設で謎の研究を行っている様子。ジャックという主任が言うには『それは神を作る計画なのです』とのことですが、いまいち概要がよくわかりません。
「神を作るって、新しい宗教でも始めるつもりなのか?」
「違います。文字どおりの意味で、神様を作ろうというのです。もっともこの場合は人間を神に変えようというのですから、冒涜的と言えばそうなのですが」
「人間を神に? そんなこと、どうやったってできないだろ?」
『逆立ちしたって、人間は神様にはなれないのですよね?』
「そのはずでした。しかしかつて起こった世界大戦が、それを覆してしまったのです」
ジャックの話では、世界大戦によって発達しすぎたあらゆる技術……特に生命倫理に触れる分野の技術や、その過程で見つかった未知のオーバーテクノロジーなど。
それらすべてを統合することによって、人間は新たな可能性を得たとのこと。
しかしその可能性は、あくまでも可能性にとどめておけばよかった代物。実際に人間が手にするには、禁断の果実と同じように危うい代物であったのです。
「具体的には、人間そのもののありようを変えてしまう、そんな研究です。もはや人間を作り変えてしまうといっても過言ではありません。
そうなれば、人間は人間以上の力を発揮します。ただ、それはもはや人間ではない。故に、神……」
「人間以外の何かって、そんなの神じゃなくて化け物じゃないか」
「そう、私たちもそう思い、研究を放棄して脱走したのです。しかしこれも効果的ではありませんでした。追われる羽目になり、しかも研究自体はすでに最終段階に入っていたのですから」
もっと早くに動いていればよかったと、ジャック主任は嘆きます。エドにもなんとなくその辺の事情は理解できたので、文句は言いません。
ですが、気になることというのはあるもので、エドは詳しい事情をジャック主任に尋ねるのです。例えば、一体どういう目的でその技術を利用するのか、など。
「実験体は複数存在しましたが、それらはまだ未完成の代物なので、さほど脅威ではないでしょう。ただ、完成された技術を用いて神となるはずの人物は……新統合政府総統、ワールモンなのです」
「総統だって? そんなのが神になったら、世界はどうなっちまうんだよ?」
「現在、世界秩序は極めて混沌としています。新統合政府ですらも、世界の一部を握っているにすぎない。でも、もしも総統ワールモンが神に等しき力を手にすれば、その時は……」
恐怖政治が世界を覆い尽くす。それが、皆の出した結論でした。だからこそ、研究者たちは脱走をしたのです。でも、なぜ彼らはそんな研究をしていたのでしょう。拒否すればよかった話なのに。
「家族を人質にとられたもの、理由は色々とありましたが、興味が勝った部分というのも確かにありました。そこは素直に、私たちの傲慢だと認めます」
「認めても手遅れじゃ、意味がないだろ。まったく、なんとかしなけりゃいけないのに……」
その時になって、ジャック主任はかがみこんで停止中のグレゴリオンを見ました。そして非常に驚いた様子で『これは……カウンターマシン? なぜここにこれが……』と言うのです。
「カウンターマシン? なんだよ、それ?」
「神に等しきものを作った時、それが悪神でないと誰が断言できるのか。そういう主張をした研究者が、私たちの中に存在しました。彼は自らの手でその疑問を解消すべく、いざというときの切り札を用意したのです」
一人の研究者の、意地と執念の産物。それこそがこの、グレゴリオンというロボット。
神を殺すためだけに作られた、人類最期の希望。神が悪であれば、神を殺すための機械。
そのようなものが、グレゴリオンというロボットなのだと、ジャック主任は語るのです。
なかなか受け入れられる話ではありませんでしたが、真面目に解説するジャック主任を見れば、それが嘘偽りでないことはわかります。
「ハル子……お前は知っていたのか?」
エドがそう問いかければ、ハル子ことHAL‐800は、それが責務と静かに語り出します。
『エドさん、黙っていてごめんなさい。でも、これはすべて仕組まれたことだったんです』
「仕組まれたって、どこからどこまでが?」
『たぶん、私とエドさんの出会いから。はっきりしたことはわかりません。でも、私の設計者の性格を考えれば、恐らくエドさんと出会うのも織り込み済みだったのでしょう』
あのとき、あの場所で、偶然に出会ったはずのエドとハル子。それが仕組まれた運命であるとすれば、どういった力が働いていたのでしょう。
もしもエドが無視を貫いていたならば、運命は狂ってしまったのでしょうか。でも、それはあまりにも不確実なことだと思えます。
すべてを仕組むとなれば、些細な齟齬も許されないはず。では、ハル子の設計者という人物は、何をどうやってこの状況を作り出したのでしょうか。
『エドさん、なぜグレゴリオンのドリルがすべてを貫くのか、考えたことはありますか?』
「いや…それは、ドリルが強いから……」
『兵器としてはあまりにも原始的なドリルが、なぜ最強の武器なのか。それは、グレゴリオンの内部に秘められた、あるシステムによるものです』
「システム……なんだ?」
ハル子が語るには、グレゴリオンの内部には『アカシックレコード・モジュール』というものが組み込まれているのだそうです。
それは宇宙の運命すらも記録した、アカシックレコードのコピー。かつてとある研究者……ハル子の生みの親が、オーバーテクノロジーから発見した技術。
もちろん完全再現とはいかなかったものの、その大まかな部分をコピーされたシステムは、あらゆる因果をその螺旋の中に刻み込んでいるのです。
そしてその螺旋こそが、グレゴリオンのドリルの力となる。平たく言えば、グレゴリオンのドリルは運命そのものの力を宿しているということ。
『グレゴリオンのドリルには、破壊できないものは存在しないというのが理屈です。故に、最強であると』
「でも、以前になんとかっていうロボットには通用しなかった」
『螺旋の力は、運命に抗うものの意志に強く左右されます。運命に流されるだけでは、螺旋に飲み込まれるだけ。でも、エドさんが運命にあくまでも逆らうのであれば……螺旋は暴力的なまでの力を発揮するでしょう』
わかったような、わからないような……そんな話でした。でも、まだ問題となることはあります。
例えばグレゴリオンがその、カウンターマシンというのは理解したとしても、ではグレゴリオンを操るエドは、神と戦わなければいけないということなのでしょうか。
『それが運命ならば、そうなるでしょう。世界の選択が、エドさんを選んだのであれば、すべてはそのように動くでしょう。私はただの介添人。HAL‐800という名の制御プログラムですから』
「そんな、俺にだって選択肢くらいは……」
『そうですね。でも、その選択すらも、すべては運命に刻み込まれている結果に過ぎないのです』
「だったら自主的な意思の決定っていうのは、無意味だっていうのか!?」
『すべては、運命のままに……』
エドは舌打ちをすると、その場から走りだしました。慌てて後を追おうとしたエリーは、ハル子の言葉にひきとめられます。
今はそっとしておいてあげてほしい、そうハル子は言うのです。だからエリーも、今はエドを追うことをやめました。でも、彼女にしてみれば、エドはとても不安定に見えたのですから、なんとか優しく抱きとめてあげたい……と、おねーさん的に思うのです。
『大丈夫です。エドさんは、強い子ですから』
そう呟くハル子こそが、最も不安を感じているのでしょうが、表には出しませんでした。
荒野をどれだけ走っても、グレゴリオンの姿が消えることはありません。巨体はどこまでもその姿をさらしています。
だからこそエドは、どこまでも逃げたかったのですが、足が言うことを聞かなくなれば、倒れるしかありませんでした。
「くそっ、何が運命だよ。俺は、そんなもののために今までこうしてやってきたのかよ?」
自分の意思で決めたことが、すべてシナリオ通りになっていたのだとすれば、そこには自由意志のかけらもない。
それでは自分は、まるで物語の登場人物で、決められた役を演じているだけではないか。
真に悪しき神がいるとすれば、それはこれから誕生するワールモンというものではなく、あくまでもこのような運命を用意した、本当の意味での神様でしょう。
因果だ螺旋だ、そう言われてもわかったものではありません。しかし頭の悪いエドにも、これだけはわかるのです。
「何をどうあがいても、俺が神と戦うのは運命ってことだろ……逃げられない運命……」
無様に倒れっぱなしだったエドは、ごろっと空を見上げました。薄雲のかかった空は、もう何年も青空を見せてはいません。
それほどまでに、世界は疲弊しています。だけど、人間はしぶとく生き続けているのです。
そのしぶとさの中には、人間の持つ業が含まれているだろうことは、否定できないでしょう。
それでも人間は、生きることを運命づけられているのかもしれません。そうでなければ、あの世界を焼き尽くす戦争で、すべて絶滅していたでしょうから。
「ここにいたんですか、エド君」
エドが顔を向ければ、そこには歩み寄ってくるジャック主任の姿がありました。
身を起して立ち上がれば、そんなエドの服の埃をはたいて落としてくれるジャック主任。
「もう、気持ちの整理はつきましたか?」
「……全然。正直、俺には何が何だかわからないよ」
「まあ当然でしょう。自分の運命がすべて決まっているなんて、思いたくはないですからね」
ジャック主任は、エドの瞳をまっすぐにのぞき込みながら続けます。まるでその瞳の奥に、遠い何かを見ているように。
「でも、いくらシナリオに沿って私たちが動かされているとしても、すべてを絶望するのは間違いかもしれません。だってそうでしょう?
私たちは役割を与えられ、動かされている存在。そうだとしても、そこに細かいアドリブを加えていくのは、私たち自身のはずです」
「大筋が決まっていても、細かいところは俺たちの自由だって……そういうこと?」
「そう考えないと、辛いだけでしょう?」
ジャック主任の言うことは、エドにもわかりやすかったのです。大きな流れの中においても、細かいすべてが決められているとは信じたくない。
もしもそれすらも認められないのであれば、それこそ人間の生きる意味がなくなってしまうから。だからこそ、人は、人々は……。
「エド君、希望を持ちましょう。世界は決して、そんなに悲しくはできていないと」
「……ん。ありがとう、ジャックさん。少し、楽になった」
「ジャックでいいですよ、エド君。それと、ありがとうの言葉は彼女たちに向けるべきでしょうね。心配していましたよ、あの子たちも」
「そうだな。戻るか」
二人はグレゴリオンのそばへ戻ります。すると飛びつくような勢いで、エリーがエドにしがみつきます。
「もう帰ってこないかと思って、心配したのですよ?」
「うん、悪い。ハル子にも、心配かけたか?」
『私は常に冷静ですので、どこぞのロリババアのように騒ぎ立てたりはしません』
「そっか。まあいいや。で、これからどうするかだけど……」
エドの考えでは、このまま逃げ回っていても埒が明かないので、直接的に新統合政府の首都に乗り込み、ささっと総統ワールモンとやらを倒してしまおうという感じでした。
確かに現状をうまく打破するには、それくらいの勢いは必要であるかもしれません。
話を聞いたジャック主任たちは、自分たちも何か協力すると言ってくれました。彼らにも罪悪感はあるのですから、そう言うのでしょう。
「よし、じゃあ新統合政府に殴り込みだ。ここからだと、どう向かえばいいんだ?」
『東へまっすぐです。そこに、新統合政府の首都、トンキーンがあります』
「東だな。よしみんな、出発するぞ!」
こうして一同が、目的のために出発しようとした時でした。キーンと高い音が響いたかと思うと、何かが上空をよぎって行ったのは。
振り仰げば、そこには白銀に輝く巨大ロボットの姿。どうやら敵に発見されてしまった様子です。
ジャック主任たちを逃がし、エドはグレゴリオンで迎撃することにします。エリーも一緒に逃がしたので、心置きなく戦えるというもの。ですが……。
【そこの恥知らずのロボット! わたくしの栄光を穢した罪、その身に刻むがよろしいですわ!】
「なんだ、この知っているような感じは……」
エドにはわからないことでしたが、相手は過去にエドに敗北してしまったあの女性、高飛車で仕方がない軍人お嬢様だったのです。
もちろんそんなことを知らないエドには無意味なことなのですが、彼女にしてみれば、あの敗北のおかげで散々だったのです。
出世の道は閉ざされたも同然なうえに、同僚たちからは冷ややかに笑われる始末。
だからこそ、決して許せないのです。グレゴリオンを破壊しなければ、メンツが立たないのです。その勢いは、マシンを操る挙動にも表れていました。
「なんだよ、こいつ……覇気がある?」
【負けられないのですわよ!!】
軽快な運動性で、グレゴリオンを翻弄する白銀のロボット。防戦一方のグレゴリオンには、なかなかその動きをとらえることができません。
ハル子のサポートを受けても、なおとらえきれない相手。そこには技量や性能以上に、操るものの心の力、勢いというものが反映されていました。
エドはまだ、完全に吹っ切れたわけではありません。まだまだ迷いは多くあります。
その一方で、失うものがこれ以上ない彼女には、もう迷いは何もないのです。その差が、勝負の結末にまで影響を与えそうな勢い。
【お亡くなりなさい、この下郎が! 哀れに叫んで無様に死になさいな!】
「こいつ、調子に乗っていると思う……!」
『エドさん、攻撃を受けすぎです。このままでは敵地に乗り込む前に、余計なダメージが蓄積されてしまいます』
「わかってる! だけどこいつの勢いは、まるでカミカゼをやっているみたいだ!」
鋭いクローで装甲を抉りに来る敵に、カウンターでパンチを浴びせるグレゴリオン。
その一撃が敵の装甲をひしゃげさせましたが、まったく気にもせずにさらに攻撃を仕掛けてくる敵機。執念、あるいは悪しきオーラのようなものが、その背後に見えた気がして、エドは思わず叫んでいました。
「あんたはっ! 死にたいわけでもないだろうにさ!」
【負けるくらいならば、死んだ方がマシというものですわ!!】
「そんなに命を軽視する相手に、素直に負けてやれるものか!」
【お黙りなさい、この悪魔が! わたくしからすべてを奪った化け物が……!】
「俺は人間だ! 神とか悪魔とか、そんなものはっ!」
ドンッと、グレゴリオンのパンチが、敵機の頭を吹き飛ばしました。そのまま崩れ落ちる敵ロボットに、ハル子がとどめを刺すように言います。
でも、エドはそうしませんでした。負けてもなんでも、生きていればいつかはいいこともある。そう信じていたからです。
だけど、その敵機が爆発に包まれた……いわゆる自爆をした時、エドは悔しさのあまりに叫ぶしかないのです。
「なんで、そうやって死に急ぐんだよ、馬鹿ヤロー!!」
……首都での決戦を前に、余計な浪費をしてしまったエドたちです。あまり損害はないものの、エドの精神的な負担の方は心配でした。
グレゴリオンのメンテは、ジャック主任たちが行いましたが、エドの心ばかりは直せるものではないので、自然治癒に任せるのです。
グレゴリオンは自動操縦……つまりハル子の動かすに任せて、エドは車両の中で静かに揺られていきます。
その隣に心配そうに寄り添うのが、エリーなのですが、彼女にもどうすればいいのかはよくわかりません。
ただ、今はギュッと手を握っていてあげたい。そう思い、エドの手を離さずに、そばにつきっきりになるのです。
エドのメンタル的な部分は、まだ少年でしかないのですから、いわゆるナイーブなのは当然です。
だからそのケアにも細心の注意を払うべきなのですが、こういうときにうまく対処できるスキルを持つ人間は、残念ながらそばにいません。
それでもエリーの存在は、少しばかりはエドの心をほぐしていました。少なくともいないよりはマシ……という言い方は不適当でしょうが、助けにはなっているのです。
「戦うことに意味を求めるのって、おかしいことなのかな……」
「なんですか?」
「いや、なんとなく。死んでいったあの敵もさ、戦う意味は持っていたはずなんだ。でも、俺は流されて戦って、勝って、それで相手は死んで……」
エドの言いたいことは、エリーにはあまりよくわかりませんでした。でも、何か言葉をかけることができるとしたら、そう……。
「エドに、戦う意味がないというのなら、その意味に、わたしがなっては駄目ですか?」
「エリーが、俺の戦う意味に?」
「帰りを待つ辛さは、よくわかっているつもりなのですよ? だから、帰ってきてくれたら嬉しいのです。帰れない怖さがあるのなら、帰れる喜びもあるはずです。わたしがエドの帰れる場所になったら、迷惑ですか?」
エドはその言葉は、とても嬉しく思いました。だから素直に、ありがとうと言ったのです。
がたんと車が揺れます。思わずエドに寄りかかってしまうエリー。お互いの距離が近くなれば、そこには瞳をのぞきこめる距離にいる二人の姿がありました。
「……エリー?」
エリーはそっと目を閉じて、エドに顔を近づけます。そしてそのまま、唇を……。
『このロリババア! 私のエドさんに何をしようとしているのですか!!』
突如として響いた声。突如として持ち上げられる車。ぶらぶらと揺すられて、車内を転げまわりながら、エリーは舌打ちをしました。
まったく、エドという少年を籠絡するには、邪魔が多すぎる。だけど、エリーは諦めるつもりはありませんでした。
だって、エドという少年は、彼女の好みにとてもよく合っていたのですから。おねーさん的には、メロメロというものだったのです。
さて、ある程度東へ進んだところで、エドは一度ジャック主任たちとは別行動をとることにしました。
まだ気持ちの整理がつかないところもあったのですが、それでもなんとか元気を出して、ジャック主任たちにエリーを預けます。
エリーは一緒に行きたがったのですが、ここからの戦い、コックピットに乗せたままでは戦いにくいし、何よりも危険だからと説得しました。
「それに、帰る場所になるんだろ?」
そこまでエドに言われては、エリーも黙るしかありませんでした。こうして二手に分かれて、トンキーンに侵攻することになったのです。
ジャック主任たちはここからトンキーンに潜入して、かく乱工作を行います。その隙にエドたちがグレゴリオンで一気に敵の心臓……総統ワールモンを倒す。
運が良ければ、まだ神に変化していない状態のワールモンを叩けるかもしれません。
作戦的には王道ですが、まず問題はないと思えます。ただ、どうしても避けられない戦いというものはあるので、そこだけが不安なのですが。
そんなことを考えている間にも、トンキーンに配備された敵部隊からの攻撃が始まります。
もちろんグレゴリオンがそう簡単にやられるものでもないのですが、豆鉄砲でも当たりどころでは大変なことになる可能性だってあります。
可能な限り損傷を受けないように、注意しつつエドは進みます。今回は敵の総統だけを叩ければよいので、敵の相手はあまりしないように心がけているのです。
当然、邪魔で仕方がない相手は、パンチ一発粉砕していきますが、そんなに時間をかけていられないのもまた現実。
「急がなきゃ、奇襲の意味がないぜ!」
『エドさん、ジャック主任さんたちからの連絡です。正面の総統官邸にワールモンがいるとの情報が』
「そこを潰せば、全部終わりだ。行くぞ、ハル子!」
『了解です、エドさん』
一気に突き進むグレゴリオンを止められるものは、誰もいませんでした。その勢いのままに、エドは総統官邸まで突進し、先制のパンチで建物を粉々にします。
もちろんそれですべてが終わるとは思えなかったので、何度も瓦礫を叩き潰して、息の根を止めるように破壊します。
そこまでやって、どうにかこれで……と、その時でした。漆黒の闇が辺りに立ちこめ、重々しく、不愉快な雰囲気が周囲から圧迫してきたのは。
「くそっ、一足遅かったのか?」
『高エネルギー反応、確認。エドさん、回避を』
グレゴリオンが身をかわせば、そこをビームの粒子がなぎ払って行きました。
どうやら総統ワールモンは、すでに神に等しき存在へと変化してしまっているようです。
【どこの誰だ……我が夢を妨げるものは……】
「この声、ワールモンか?」
【我が夢は、神と等しき力を手に入れ、真なる自由を世界にもたらすこと……人々の本当の意味での解放を成し遂げるため、この身をささげた……それを……!】
漆黒の波動に包まれた物体が、高速でグレゴリオンに体当たりを仕掛けてきます。思わずガードの構えをとったエドですが、その衝撃に一気に弾き飛ばされそうになります。
「こいつ、強いぞ!」
『大丈夫です、エドさん。損傷は極めて軽微です』
「今のは運が良かっただけだ。でも、直撃を受ければ危ない!」
高速で飛翔する漆黒の物体は、まさに禍々しき悪神そのものでした。周囲を見境なく破壊していくそのさまは、どうあっても止めなければいけない存在だと認識させるだけです。
しかし、なかなかグレゴリオンには捕まえることができません。速さが段違いなので、パンチを当てるのにも無理があります。
なんとかして一撃でも、とは思うのですが、エドの目では追えても、パンチが当たらないのです。
「どうすればいいんだ、こいつ!」
『エドさん、落ち着いてください。要するに小うるさいハエを叩き潰す要領です。ブーンと来たところをパシーンと……』
「そううまく行くもんか! だけど、他に方法がないのなら……」
思い切って、大きく身を開けて、ワールモンが飛び込んでくるのを待ち構えるグレゴリオン。
そしてそこに、超高速で飛来するワールモン。タイミングを合わせ、グレゴリオンは広げた両手で……。
「ぶっ潰れろっ!」
バシーンと、バシーンと。両の手でワールモンを叩き潰すグレゴリオン。ぐちゃっという音と共に潰れてあとかたもなくなる漆黒の悪神。
【わ、我が立たなければ……本当の神は……無慈悲な、無邪気な、無節操な神は……世界を滅ぼすというのに! ぐおおぉぉっ!!】
こうして、あっけないほど簡単に、最後の戦いは終わりました。すべての元凶は消えて、これでもう、ワールモンのような邪な野望を抱く者はいなくなるでしょう。
これにて、めでたしめでたし。誰もがハッピーエンド。何もかもがすべて……。
【……さて、そろそろ話をまとめに入りますか。正義を貫いたヒーローたちは、次なる冒険のために、新たな戦いに身を投じていくのです。これがいわゆる続編的思考であり、人気シリーズの幕開けというものですよねぇ】
その声は、天高くから降り注いできました。思わず空を見上げたエドたちは、そこにあまりにも眩しい光を目にして、一瞬意識を飛ばし、そして……。
……そこは、不思議な空間でした。どこまでも続くかのように錯覚させる、真っ白な空間。
その上に、グレゴリオンはぽつんと立っていたのです。エドは周囲を把握しようとしましたが、うまく状況がつかめません。
「ハル子、何かわかるか?」
『光学、赤外線、電磁波……あらゆるスキャンで反応なし。この空間は、ある種の異次元空間だと思われます』
「異次元だって? そんな、馬鹿な」
とても信じられる話ではありません。そもそもなぜこんなことになってしまったのでしょう。
神を名乗る悪は倒したのです。それなのにどうしてまだ変なことが続かなければならないのでしょう。
そんな彼らのもとに、声が響きます。
【やあ、ようこそ私のもとへ。君たちには本当に感謝している。おかげでわずかばかりの認知度も受けられたし、評判も賛否両論。笑いが止まらないよあっはっは】
「誰だよ、お前……?」
【神だよ。正真正銘のね。君たちを生み出した、いわゆるストーリーライターというものさ。すべては私のシナリオの上で動き、すべては私のシナリオの上で終結する。故に、私は神なのさ】
わけがわかりませんが、随分と不遜なことを言っている様子です。自らを神と名乗るものに、ろくな人間はいません。
そもそも人間かどうかは知りませんが、まともじゃないのは確かです。なのでエドも、その声に大いに反発しました。
「ふざけるな! お前なんかのために、ここまで色々とやってきたわけじゃないんだぞ!」
【ふむぅん、どうも君らは自分の立場がわかっていないと見える。神の前には、創作物などはゴミのようなもの。自由自在に書き換えられるからこそ、その価値は無価値に等しいというのに】
「何が無価値だ! 俺たちは自由に生きて、自由に歩いてきたはずだ! それをお前みたいな変な奴が、自分の手柄のように語るな!」
【実際に私の手柄なんだけれども。ここまでストーリーとキャラクターを動かしてきた、この私こそ称賛されるべきなんだよ】
「何を……あんたは!」
話が噛み合いません。そもそも話を合わせること自体が、無理だと思えます。
それほどまでに、お互いの距離は絶望的に開いていると思えました。だからこそ、エドはむかっ腹が立つのです。
「お高いところからくだらないことを垂れ流していないで、こっちに下りてきやがれ!」
【嫌だよめんどくさい。そもそも創作物と神が同じ土俵で争ってどうするんだい? 神は神、故に君らは絶対服従。それが、理というものだろう?】
エドはとても頭に来たので、その声に向かってグレゴリオンの中指を突き立てました。
あまりにも下品なその挑発は、さすがに神を自称する存在にも気に障ったようです。
【ふーむ、どうやら思い知らせないといけないらしいね。君らがどういう存在で、どういう扱いを受けるべきなのか……この神の力を知るがいい】
とたんにものすごい圧力が、上空からグレゴリオンを押し潰そうとしてきました。
ギシギシと悲鳴を上げる機体。あまりにも桁が違う力に、グレゴリオンですらも耐えられそうにありません。
「こいつ、なめるな! ハル子、出力上げろ!」
『やっていますが、これ以上は上がりません』
【無駄だよ。グレゴリオン自体も、私の設定でしかない。その限界性能も、当然私の考えの範疇。ああ、壊しはしない。次回作でも十分に暴れてもらわないといけないからね】
「次回作、だって?」
【グレゴリオン第二部。今度の敵はなににしようか、今から考えているところさ。主人公などもスライドで登場させるつもりだけれども、あまりにも君らが反発するなら、主人公交代ってのもありかな?】
言っている意味は良くわからないのですが、とてつもなくふざけたことだとは理解できます。
だからエドは、懸命にグレゴリオンを操って、襲い来る苦痛を耐えようとするのです。
でも、それも限界の様子でした。エドの気力も、体力も、グレゴリオンの力も、すべては限界に来ていたのです。
【さてさて、次回作でまた会いましょう。さようなら……】
と、その時でした。一人の男が飛び出すと、グレゴリオンを……エドを叱責したのです。
「諦めるな、男ならば! ドリルがその胸にある限り、何者にも屈するな!」
「あんた、確か……」
グレゴリオンの合体パーツを受け取った時の、あの男。その正体は不明でしたが、今ならばなんとなくわかる気もします。
「グレゴリオンには、人の希望が詰まっているのだ! 多くの無意味に消費されていく命たち……気まぐれで終わる命たち、それらの絶望と、悲しみと、祈りが! そのグレゴリオンには託されているのだ!」
【予定外の動きをする……これがキャラが勝手に動くというものかな? しかしそれがどうした、問題はないよ】
「その自由な動きこそが、閉塞したこの世界を打破し、希望をもたらすのだ! さあ、少年! 今こそ真なる真のドリルの時だ! その螺旋で……運命を撃ち砕け!」
【よし、まずはあんたから消えるんだ】
その途端、男の姿がふっと掻き消えました。エドはなんとなく悟りました。あの男は、もう二度と現れないと。この世界には出現しないと。
だからエドは、大きく吠えて、HAL‐800に命じるのです。
「ハル子、ドリルモード!!」
『イエス、エド。たとえ十万世界の神々とて、抗う術は無きこの力。無限の螺旋が生み出すは、慈悲・許し・そして解放への哀歌。今、ここに轟くは、一人の少年が歌う歌。怒りと悲しみと、わずかな希望を乗せた、その歌は……!』
「うおおぉぉっ!! バスタードリルゥゥゥッ!!」
天に向かって突き上げられたドリルが、あらゆるものを巻き込んで高速回転します。
その勢いには、空間がゆがみ、時間さえも捻じ曲げられ、神を自称する存在すらも引き裂いていきます。
【馬鹿な……馬鹿な! 創作物が、創造されたものが、創造主に反逆するなんて……あり得ないいいいい!! こちらが指示しなければ、生きることもできない連中があああああ!!】
「俺たちをなめるなよ、この野郎! 頼まれなくたって、俺たちは生きてやるんだ!!」
【お、おのぉぉれえぇぇぇ!!】
そして、何もかもが無に還り……暗転。
NotFound
NotFound
NotFound
NotFound
NotFound
rewrite...
人は生きていく。たとえ神の手助けがなくても。
少年は荒野を目指す。少女は想う人に祈る。そう、それがごく自然な、世界の選択なのだ。
だからこそ、神の呪縛から逃れた彼らには、お約束のようなハッピーエンドしか、用意されてはいないのである。
いや、用意すらされていないのかもしれない。本当の意味でのハッピーエンドは、彼ら自身が切り開く道の、先にあるのだろうから……。
「その格好も結構似合うな、ハル子?」
「恥ずかしいですね、思ったよりも。まさか生身の体を手に入れられるとは思わなかったので、その……」
「照れるなよ。せっかくおっぱい大きいんだし、もっと誇れよ」
「あー、本当に大きいと、逆に邪魔ですね、これ」
「エド……そろそろ行きますですよ? わたしたちの結婚式まで、もう時間がないのです」
「そこなロリババア、さらっと聞き捨てならないことを言いますが、エドさんはこのハル子さまの大事な大事なパートナーであることをお忘れなく!」
「……今まで丸っこかったくせに、おっぱい大きいし、ずるい……」
「ほほほ、所詮はロリババアもツルツルペッターンな現状には勝てないようで。おほほほ!」
「はいはい、ケンカやめ。ほら、出発しようぜ。これから俺たちの、本当の物語を作って行かなきゃいけないんだからさ」
「あ、そうでした。ではエドさん、お手をどうぞ」
「ずるいのですよ。エドの手はわたしと繋ぐのです」
「両手に花とか、そういうのは現実にはありえねーですので。きりきり選んでくださいね、エドさん?」
「選んで、エド?」
「お前ら、そういう選択を俺に振るか……?」
「だって、ねぇ?」
「エド、優柔不断極まりないのです」
「くそっ、せっかくだから俺は一人で走るぜ!」
「ちょっとエドさん、それは反則です! 頼れるかわいいパートナー、ハル子さまをお忘れなく!」
「エリーにお任せ……とか言ってみるテスト」
物語は、続く。
それは、あなたの知らないところかもしれないし、もしかしたら知っているところかもしれない。
そこで彼は、彼女らは、本当に生き生きと、幸せに生きるのだろう。
先のことはわからない。予測もできない。だが、だからこそ、彼らの物語は輝くのだ。
とりあえず、今はわかることだけを書き記す。
すなわち、めでたしめでたし、なのだ。
【おしまい】