引き金を絞る。
メインスクリーンに写ったスコープの映像。跳ね上がった銃口の先には空がある。まだ顔を出していない朝日が、地平線の縁を紫がかった紅に染めている。歪曲収差を起こした映像の周辺を良く見てみれば、平頂丘の上、無傷のまま佇む的が、映像の中心に引っ張られるようにして歪んでいた。
「だめだ、反動がとんでもない」
ガントレットからの抵抗を頼りにカシナートの安全装置を探り当て、銃に物理的なロックを掛ける。こんな高度なパントマイムができるのも、本来そこに無いはずのものをこの配線まみれの手袋が仮想してくれるからだ。
《一応マンマシーン用とありますが 実質アポリア専用の銃ですから 撃ちやすさよりも軽さですよ》
いじり倒した射撃管制システムを諦めて閉じ、リグの設定を呼び出す。どうも片手で撃つのは無理そうだと。ワンアクション増えるのは残念だけど、腰から抜いた後、左手でフォアエンドを掴む動作を追加する。
《これでも強烈なマズルブレーキがあるからまだましなほう だそうです》
「レンズが痛みそうだ」
それから数発撃って、最後の調整を済ませる。そうしている間にも、空の色は移ろい。紅から青へのあわい、それを何十も積み重ね。最後の試射をしたときには、薄闇のなかで色褪せていた的は、明快な赤と青の鮮やかなテクスチャを取り戻していた。遠目にぽつぽつと、みっともないひん曲がった穴が円の外縁に開いているのが見える。酷い収弾率。距離八〇〇なら、まあこんなものだ。
カシナートを腰に差し戻し、陽の下に露わになった荒野の寂しい風景を数拍眺める。灰色の酸性土壌、崩れかかった廃墟、あらゆるものが取り払われて打ち捨てられた空虚。灰色と青のあいだを揺れる空気を見る。
視界のどこかでモヒカン族が死に絶えていてもおかしくない。
《時間です》
アトラスの声。変わらない声。今までの《時間です》とは違う。今から行く場所は掛け値なし、混じりけなしの戦場だ。ここだって戦場だけど、それ以上に戦場である場所だ。
側頭の、今はもう退化した、はるか昔には耳を動かした筋肉が引きつっているのがわかる。自分の中の生き物の部分が、正直に“行きたくない”と申告する。どうして死に急ぐんだと。そこまでする理由なんてあるのか。動悸を速め、矢継ぎ早にグルダの顔を思い出させる。
たったそれだけ。
「ああ、行こう」
「だめだ、反動がとんでもない」
ガントレットからの抵抗を頼りにカシナートの安全装置を探り当て、銃に物理的なロックを掛ける。こんな高度なパントマイムができるのも、本来そこに無いはずのものをこの配線まみれの手袋が仮想してくれるからだ。
《一応マンマシーン用とありますが 実質アポリア専用の銃ですから 撃ちやすさよりも軽さですよ》
いじり倒した射撃管制システムを諦めて閉じ、リグの設定を呼び出す。どうも片手で撃つのは無理そうだと。ワンアクション増えるのは残念だけど、腰から抜いた後、左手でフォアエンドを掴む動作を追加する。
《これでも強烈なマズルブレーキがあるからまだましなほう だそうです》
「レンズが痛みそうだ」
それから数発撃って、最後の調整を済ませる。そうしている間にも、空の色は移ろい。紅から青へのあわい、それを何十も積み重ね。最後の試射をしたときには、薄闇のなかで色褪せていた的は、明快な赤と青の鮮やかなテクスチャを取り戻していた。遠目にぽつぽつと、みっともないひん曲がった穴が円の外縁に開いているのが見える。酷い収弾率。距離八〇〇なら、まあこんなものだ。
カシナートを腰に差し戻し、陽の下に露わになった荒野の寂しい風景を数拍眺める。灰色の酸性土壌、崩れかかった廃墟、あらゆるものが取り払われて打ち捨てられた空虚。灰色と青のあいだを揺れる空気を見る。
視界のどこかでモヒカン族が死に絶えていてもおかしくない。
《時間です》
アトラスの声。変わらない声。今までの《時間です》とは違う。今から行く場所は掛け値なし、混じりけなしの戦場だ。ここだって戦場だけど、それ以上に戦場である場所だ。
側頭の、今はもう退化した、はるか昔には耳を動かした筋肉が引きつっているのがわかる。自分の中の生き物の部分が、正直に“行きたくない”と申告する。どうして死に急ぐんだと。そこまでする理由なんてあるのか。動悸を速め、矢継ぎ早にグルダの顔を思い出させる。
たったそれだけ。
「ああ、行こう」
兵站部に注射器のくっ付いたアンプルを渡されて、今日が月曜日だと知った。この日になるとどうしてもオーウェルの二分間憎悪を思い出すのだけど。毎週恒例の光景。傭兵は遠巻きに、数列に並んで衛生兵から注射を受けるIPFの兵士達を眺めている。私は自分で打った。いままでにもう何度打ったか知らない。いつも同じ場所に刺すので、神経が鈍って、もう痛みは感じなかった。
護衛の準備は出来ていた。ただの送りにしては大きすぎる兵力が気になったけれど。
ルゴシは集合地点にはいなかった。吸血鬼らしく朝に弱いのだろう。銘々のチームがミーティングを済ませて車両に乗り込み、私を先頭にして出発する。
灰色の砂漠用迷彩の施された車両縦隊、それを後ろに引き連れて進むのは奇妙な気分だった。私だけが目立っている。落ち着かなくて、気持ち悪くなることがわかっていても、仮想スクリーンで何度も後方を確認してしまう。左右に小刻みに揺れながら、強化骨格とその操縦者を胎に詰め込んだ六輪の輸送車が私の後方を走っている。「命令なんで」私と握手した強化骨格チームの隊長は笑いながらおどけてみせた。ここに来たとき、最初に話しかけてきたあの兵士だ。「馬鹿みたいだってのは誰もがわかってますよ、でも冗談っていうのはまじめな顔をしてするもんですし」彼もあの中にいる。
と、その彼からの無線。ユーコピ、アイコピ。決まりきったやりとり。
《兔さん あんたのコールサインはなんだっけ》
「ジミネズ、ザーィツだ」
《ザーィツ ありがとう ビーグル よかった どうやらお前の訊き間違いじゃなかったらしい それで合ってる それで――》
ブツリ。ノイズ。無線は切れた。もう一度仮想スクリーンで後方を確認する。脳内に浮かび上がった印象は、今度は装甲車たちの艶消しの装甲を強く意識させる。面白いもので。言語目。背面と側面カメラから得た情報を脳の言語野にコンパイルして伝える技術のはずが、私の場合必ず確かな像を伴って意識に現れる。リコによると、仮想スクリーンと呼ばれるこの現象は共感覚によって引き起こされ、誰にでも現れるわけではなくて、この部分の脳の感覚領域の重なり合いには個人差があるから、らしい。仮想スクリーンに映るのは実際に見える光景ではなく、与えられた情報から私の脳が経験に基づいて気ままに想像した光景。ただの妄想。
《彼ら 傭兵ですね》
「盗み聞きは趣味が悪い」私は気も無く注意してみせる。もうこなれたものだ。
《あなたのためですよ どうもあのコマンダーは欲が出たみたいですね ついでに捕虜を奪還するつもりだそうです 傭兵まで引っ張り出して》
「どうせ死んでるのに」
とはいえ、吸血鬼らしい淫らな考え。私を餌にするわけだ。どうだろう、なかなかに分の悪い賭けのような気がするけど、リターンはどのくらいだろう。うまくいったらルーマニアの古城に帰れるのかもしれない。だとしたら彼にとって願ってもないことだ。寝なれた棺桶に帰れるということ。きっとやる価値はある。
《たまに思うんですけど あなたの妄想はちょっと異常ですよ》
「知ってる」
でも重要な行為だ。しかし妄想が膨れ上がる警戒心のストッパーになってるなんてことをいちいちアトラスに説明する気は起きない。
致死性精神病って知ってる。
統合失調症の幻覚症状がなんで起きるか。
ドーパミンの過剰分泌がまわりまわって心臓や脳の血管を叩きのめすんだけど。一般的には急性心不全で片付けられるから、問題になったことはほとんどない。
過剰な警戒心はいともたやすく人を殺す。現実には注意すべきことが多すぎる。妄想、と称されるものは、その範囲を限定するためのストッパー、脳の機能の一部。現実のあらゆる可能性を警戒するより、宇宙人や政府のエイジェントのせいにしたほうが体への負担が格段に和らぐのだ。
結局、どれも進化の過程で生まれた必要な機能だった。すべては正確に機能しているというわけ。それを短いスパンでしか眺めず、健康なんてありもしないものを信仰して、正常な動作を病気のように扱って、排除したがるなんてどうにも滑稽な話だと思わないか。つまりこれは自らの持つ恒常性に逆らった遠まわりな自殺、というわけ。生命の本質を、誰もがニヤニヤしながら放棄している、それをよしとする社会、高速化する社会、時間がない時間がない、目に付くものを手当たり次第にダメにしていく、自己がでしゃばっている。より高位のシステムに組み込まれてる。容赦なく、物理的な。死に急いでいる、滅び急いでいる。
けれど異常なことなんてなにも起こっていない、これからも起こらない。あるいは、異常なことだらけで、そしてこれからも異常なことだらけだ。どちらか一方。
気が滅入ってくる。
ともあれ、アトラスにそんな話をしたところで、知識のひけらかしにしかならない。でも、そうでないことがどこにあるだろう。それにどんなに空恐ろしい話でも、文句をたれる私のような半可通の存在を含めて。完璧なシステムの完璧な動作なのだ。
それにしても、どれもこれもエストラゴンからの受け売りだな。相変わらず、私なんてものはどこにもいない。
ルゴシは集合地点にはいなかった。吸血鬼らしく朝に弱いのだろう。銘々のチームがミーティングを済ませて車両に乗り込み、私を先頭にして出発する。
灰色の砂漠用迷彩の施された車両縦隊、それを後ろに引き連れて進むのは奇妙な気分だった。私だけが目立っている。落ち着かなくて、気持ち悪くなることがわかっていても、仮想スクリーンで何度も後方を確認してしまう。左右に小刻みに揺れながら、強化骨格とその操縦者を胎に詰め込んだ六輪の輸送車が私の後方を走っている。「命令なんで」私と握手した強化骨格チームの隊長は笑いながらおどけてみせた。ここに来たとき、最初に話しかけてきたあの兵士だ。「馬鹿みたいだってのは誰もがわかってますよ、でも冗談っていうのはまじめな顔をしてするもんですし」彼もあの中にいる。
と、その彼からの無線。ユーコピ、アイコピ。決まりきったやりとり。
《兔さん あんたのコールサインはなんだっけ》
「ジミネズ、ザーィツだ」
《ザーィツ ありがとう ビーグル よかった どうやらお前の訊き間違いじゃなかったらしい それで合ってる それで――》
ブツリ。ノイズ。無線は切れた。もう一度仮想スクリーンで後方を確認する。脳内に浮かび上がった印象は、今度は装甲車たちの艶消しの装甲を強く意識させる。面白いもので。言語目。背面と側面カメラから得た情報を脳の言語野にコンパイルして伝える技術のはずが、私の場合必ず確かな像を伴って意識に現れる。リコによると、仮想スクリーンと呼ばれるこの現象は共感覚によって引き起こされ、誰にでも現れるわけではなくて、この部分の脳の感覚領域の重なり合いには個人差があるから、らしい。仮想スクリーンに映るのは実際に見える光景ではなく、与えられた情報から私の脳が経験に基づいて気ままに想像した光景。ただの妄想。
《彼ら 傭兵ですね》
「盗み聞きは趣味が悪い」私は気も無く注意してみせる。もうこなれたものだ。
《あなたのためですよ どうもあのコマンダーは欲が出たみたいですね ついでに捕虜を奪還するつもりだそうです 傭兵まで引っ張り出して》
「どうせ死んでるのに」
とはいえ、吸血鬼らしい淫らな考え。私を餌にするわけだ。どうだろう、なかなかに分の悪い賭けのような気がするけど、リターンはどのくらいだろう。うまくいったらルーマニアの古城に帰れるのかもしれない。だとしたら彼にとって願ってもないことだ。寝なれた棺桶に帰れるということ。きっとやる価値はある。
《たまに思うんですけど あなたの妄想はちょっと異常ですよ》
「知ってる」
でも重要な行為だ。しかし妄想が膨れ上がる警戒心のストッパーになってるなんてことをいちいちアトラスに説明する気は起きない。
致死性精神病って知ってる。
統合失調症の幻覚症状がなんで起きるか。
ドーパミンの過剰分泌がまわりまわって心臓や脳の血管を叩きのめすんだけど。一般的には急性心不全で片付けられるから、問題になったことはほとんどない。
過剰な警戒心はいともたやすく人を殺す。現実には注意すべきことが多すぎる。妄想、と称されるものは、その範囲を限定するためのストッパー、脳の機能の一部。現実のあらゆる可能性を警戒するより、宇宙人や政府のエイジェントのせいにしたほうが体への負担が格段に和らぐのだ。
結局、どれも進化の過程で生まれた必要な機能だった。すべては正確に機能しているというわけ。それを短いスパンでしか眺めず、健康なんてありもしないものを信仰して、正常な動作を病気のように扱って、排除したがるなんてどうにも滑稽な話だと思わないか。つまりこれは自らの持つ恒常性に逆らった遠まわりな自殺、というわけ。生命の本質を、誰もがニヤニヤしながら放棄している、それをよしとする社会、高速化する社会、時間がない時間がない、目に付くものを手当たり次第にダメにしていく、自己がでしゃばっている。より高位のシステムに組み込まれてる。容赦なく、物理的な。死に急いでいる、滅び急いでいる。
けれど異常なことなんてなにも起こっていない、これからも起こらない。あるいは、異常なことだらけで、そしてこれからも異常なことだらけだ。どちらか一方。
気が滅入ってくる。
ともあれ、アトラスにそんな話をしたところで、知識のひけらかしにしかならない。でも、そうでないことがどこにあるだろう。それにどんなに空恐ろしい話でも、文句をたれる私のような半可通の存在を含めて。完璧なシステムの完璧な動作なのだ。
それにしても、どれもこれもエストラゴンからの受け売りだな。相変わらず、私なんてものはどこにもいない。
ナラスの街は昨日上から見た通り、複雑な形をしていた。エスニックな土造りの伝統的な家から、かすかに近代の息吹の掛かったコンクリートの固まりまで。街の背中を支える山への入り口を始点にして、平地に近づくにつれて建物の密度は濃くなり、広がってゆく。要するに扇状。道はどれも狭く、建物と建物の間には縄で吊るされたぼろぼろの看板がぶら下がっている。ところどころ電線の途切れた木製の電柱が、建物の間からぽつぽつ頭を覗かせている。
それら全ての前、扇の外辺、荒地との境には、急ごしらえの柵。積まれた土嚢。装甲車。監視用の鉄塔。
街のディティールをぼんやりと眺めているときには既に、私のアポリアは必死に地面を蹴っていた。後方の縦隊を置いてきぼりにして。私がフットペダルを踏むと、左右に細かなステップを混ぜながら、私の『マーフィー』は全速で前進する。時折機関銃の弾がトントの効果範囲に飛び込んできて、少しだけトントの処理速度が落ちる。対戦車ミサイルがどこかで、見当違いな地面を抉った、その振動がメインカメラを震わせる。私はさらに細かなステップを踏むよう、フットペダルを小刻みに圧す。と、前方に積まれた土嚢が爆発した。味方の、迫撃砲での援護射撃。近づく毎に増す弾の勢いが、ほんの一瞬弱まる。
錆びた柵と、積まれた土嚢を、飛び越える。
《ザィーツ ジミネズだ エスコートはこれでおしまい こちらはこの辺りに圧力を掛け続ける すこしは楽になるはずだ》
「ジミネズ。わかった、ありがとう。お元気で」
そう送ってから、一際強く地面を蹴り、手近な建物の屋上まで跳ね上がる。足元で振動。私を狙った対戦車ミサイルがまたも見当違いな場所を叩いた。なんとなく様子がおかしいことを嗅ぎ取って、背面カメラで後方の確認をすれば、いつの間にここまで来たのか、バリケードを破った六輪の装甲車が胎を開いたところだった。周囲にコイン大の索的用ロボットを散らすようにしながら、四メートル近い背丈を持つ細身の強化骨格、『コボルト』の影が装甲車からいくつもせり上がって、その場を一時的に制圧して、陣地に開けた穴を維持しようとする。状況を不利と見た敵兵達が、AKや無反動砲を抱えて、背を向けて、近くの建物まで逃げようとし、獰猛な三十口径が右から左へ薙射されて、彼らは勢い良く前に向かってつんのめり、倒れ、うずくまり、動かなくなった。
《もういいでしょう》
「今この場所に向かって応援が来てる。タイミングをずらしたい」
眼下の悲惨な光景に気分が悪くなったのか、それとも痺れを切らしたのか。アトラスの言葉に私はそう返した。目標の隘路への入り口にどれほど敵がいるか知らないが、時間が経てば経つほど条件は悪くなる。けれど、今進むわけにはいかない。
「挟み撃ちされるからね、餌になってもいいけど、殺されるのはごめんだ」
《こんな目立つ場所で待つ意味は?》
「どこにも逃げれない下の道路よりはマシ」
ちょうど私がそう言った時に、爆音と共に隣の建物から炎が噴き出た。窓という窓から墨のように黒い煙と、それに埋もれた鮮やかな紅い炎が空に向かって零れ落ちる。ガソリンか何かに引火したのだろう。
《どのくらい持ちますかね 彼らは》
私はアトラスに答えず、空を見上げた。音が聴こえた気がしたのだ。しばらく目を凝らして、雲の陰にその姿を認めて、少し笑った。
「まあ、なんとかなるんじゃない」
青空を背に、特徴的なデルタ翼の黒い影が三つ、いっそゆったりと羽を広げていた。
それら全ての前、扇の外辺、荒地との境には、急ごしらえの柵。積まれた土嚢。装甲車。監視用の鉄塔。
街のディティールをぼんやりと眺めているときには既に、私のアポリアは必死に地面を蹴っていた。後方の縦隊を置いてきぼりにして。私がフットペダルを踏むと、左右に細かなステップを混ぜながら、私の『マーフィー』は全速で前進する。時折機関銃の弾がトントの効果範囲に飛び込んできて、少しだけトントの処理速度が落ちる。対戦車ミサイルがどこかで、見当違いな地面を抉った、その振動がメインカメラを震わせる。私はさらに細かなステップを踏むよう、フットペダルを小刻みに圧す。と、前方に積まれた土嚢が爆発した。味方の、迫撃砲での援護射撃。近づく毎に増す弾の勢いが、ほんの一瞬弱まる。
錆びた柵と、積まれた土嚢を、飛び越える。
《ザィーツ ジミネズだ エスコートはこれでおしまい こちらはこの辺りに圧力を掛け続ける すこしは楽になるはずだ》
「ジミネズ。わかった、ありがとう。お元気で」
そう送ってから、一際強く地面を蹴り、手近な建物の屋上まで跳ね上がる。足元で振動。私を狙った対戦車ミサイルがまたも見当違いな場所を叩いた。なんとなく様子がおかしいことを嗅ぎ取って、背面カメラで後方の確認をすれば、いつの間にここまで来たのか、バリケードを破った六輪の装甲車が胎を開いたところだった。周囲にコイン大の索的用ロボットを散らすようにしながら、四メートル近い背丈を持つ細身の強化骨格、『コボルト』の影が装甲車からいくつもせり上がって、その場を一時的に制圧して、陣地に開けた穴を維持しようとする。状況を不利と見た敵兵達が、AKや無反動砲を抱えて、背を向けて、近くの建物まで逃げようとし、獰猛な三十口径が右から左へ薙射されて、彼らは勢い良く前に向かってつんのめり、倒れ、うずくまり、動かなくなった。
《もういいでしょう》
「今この場所に向かって応援が来てる。タイミングをずらしたい」
眼下の悲惨な光景に気分が悪くなったのか、それとも痺れを切らしたのか。アトラスの言葉に私はそう返した。目標の隘路への入り口にどれほど敵がいるか知らないが、時間が経てば経つほど条件は悪くなる。けれど、今進むわけにはいかない。
「挟み撃ちされるからね、餌になってもいいけど、殺されるのはごめんだ」
《こんな目立つ場所で待つ意味は?》
「どこにも逃げれない下の道路よりはマシ」
ちょうど私がそう言った時に、爆音と共に隣の建物から炎が噴き出た。窓という窓から墨のように黒い煙と、それに埋もれた鮮やかな紅い炎が空に向かって零れ落ちる。ガソリンか何かに引火したのだろう。
《どのくらい持ちますかね 彼らは》
私はアトラスに答えず、空を見上げた。音が聴こえた気がしたのだ。しばらく目を凝らして、雲の陰にその姿を認めて、少し笑った。
「まあ、なんとかなるんじゃない」
青空を背に、特徴的なデルタ翼の黒い影が三つ、いっそゆったりと羽を広げていた。
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