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第8話  断罪! 未来都市最期の日! 前編

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 ※


「はぐれ研究員とは何か?だと?」
 いつだったか、最強無敵ロボの操縦席にまだ馴染みきっていないころだったのことは間違いないが、田所正男
は龍聖寺院光に尋ねたことがある。
 セイギベース3休憩室。西研究棟の影が落ちた中庭が見渡せる窓際のテーブルには、微糖と無糖の缶コーヒー
が向かい合っていた。
「“はぐれ研究員”、か……」
 龍聖寺院光という女は関係者たちからそういう肩書きで呼ばれていたし、また彼女自身が名乗ってもいた。
「そうだな」わざとらしい咳払いを挟んで「はぐれ研究員とは、学問の正道や倫理からはぐれた孤高の研究者を
指す分類だ」
 説明好きの白衣の女は、「この私のようにな」と付け加えて、偉そうに胸を張った。
「分かりやすいところでは、いわゆる“学会を追放されたマッドサイエンティスト”とか、そういう人種だな」
「ふむ」
 それは、田所正男の予想と概ね変わらない答えだった。
「もっとも、実態は、学閥やら権威やらの下らん争いで冷遇された者から、研究対象があまりにアホらしすぎて
話を聞いてもらえない者、トンデモ学者、オカルトマニア、倫理感のぶっ壊れた研究者、早すぎたパラダイムシ
フターまで、いろいろだがね。ちなみに、私は三番目だ!」
「あんたトンデモだったのか!」
「馬鹿にするでない、この馬鹿パイロット!」
 激昂した龍聖寺院光のチョップが田所正男の脳天に炸裂した。堪らずテーブルに伏す馬鹿パイロットに、トン
デモ学者は情け容赦のない怒声を浴びせる。
「陰陽道しかり! 錬金術しかり! 現代の常識から見ればオカルトであっても、提唱当時は最先端の科学だっ
たなどというのはよくある話だ! 今の最先端科学も、いかに筋道が通っていて再現性があろうとも、千年先の
科学者には表面的な理解にすぎないものに見えるかもしれん! そのへんの領域に手探りで切り込んでいくのは
我々こそなのだ!」
 興奮のあまり日本語が怪しいが、とにかくそういうことらしいなのだ!
「そ! そうでしたか。それはすごいですね。馬鹿にしてすみませんでした」
「分かればよろしい。さて、ついでに補足しておくが、はぐれ研究員の力は、はぐれパワーまたははぐれ仕事率
といい、ハイトックという単位で表すことができる。たとえば、まったく自慢にはならないが、私の最大はぐれ
パワーは7000ハイトック」
(よくわからん)
 恐らく人生で二度と耳にしないであろうローカルな単位の出現に、田所正男は大いに困惑した。
「身近な例を挙げると、夜行性の暴走族が300から400ハイトック、ご近所で蛇蠍のごとく嫌われている札
付きの悪がだいたい700ハイトックくらい、繁華街の裏通りを牛耳るヤクザの大親分でやっと1000ハイト
ック、『淫乱妹シスター 背徳の懺悔室』が1600ハイトック、田所カッコマンで2300ハイトック」
「なんか変なの混じってますけど、それより俺は何でそんなアホみたいに高いんですか」
「それは私にも不思議だった。よほどのことがあっても、常人で1000ハイトックの壁を越えることなどまず
ないはずだが」
 常人でいられるレベルの七倍はよほどのことがあったらしい龍聖寺院光は、何か得体の知れない興味深い物で
も見るような研究者の目でしげしげと田所正男を眺めてから、
「大丈夫か、田所カッコマン!? 悩み事なら聞くぞ!?」
「むしろ俺は博士の人生に何があったのか気になってきたんですが」
「いかん! それはいけない! はぐれ研究員の過去を詮索しては!」
 妙に真剣な声に、田所正男は曖昧な相槌を打つしかなかった。
「とにかくッ! このE自警団にはおよそ百人のはぐれ研究員がおり、活動方針も上級はぐれ研究員十名“十大
技師長”の合議制で決まる」
「十大……技師長……!?」
「英語でチーフ・テンという!」
「チーフ……テン……!?」
「この業界で長く生きていきたいなら……覚えておくんだ!」
 そう叫びながら、龍聖寺院光は出し抜けに白衣の懐からバッと何かを取り出した。
 それは、E自警団が全世界に向けて無料配布しているパンフレットだった。
 Q&A形式で、E自警団の創立理念、正義の味方としての活動内容、頼もしい保有戦力などが紹介されている
中、十大技師長についても簡単な解説が書かれていた。
 せっかくの機会なので、田所正男は目を通してみることにした。


【Q.E自警団十大技師長ってどういう人たちなの?】
【A.正義の味方E自警団でいちばん偉い、十人の上級はぐれ研究員のチームだよ。
 ちょっとはぐれているけど、全員とても頭のいい科学者たち、腕のいい技術者たちなんだ。十大技師長はみん
な協力し合って、正義のロボットをしこたまこさえたり、いろいろ調べたり、いろいろ話し合いで決めたりして
いるよ。】

●第一位 老獪なるギゼン・シャシェフスキ/最大はぐれパワー9600ハイトック
 十大技師長会議においては議長を務める老齢の博士。全盛期には実に10100ハイトックものはぐれパワー
を記録したほどの強大なはぐれ研究員である(E自警団発足以来、はぐれパワー10000ハイトックを超えた
のは彼くらいのものである)。大義のためには多少の犠牲はやむなしと嘯くが、みんなは“チョイ悪”を気取り
たいだけだと思って半笑いで聞いている。専門ははぐれ帝王学。

●第二位 嘲笑うジョージ・O・トナー/最大はぐれパワー9200ハイトック
 大物感をかもしだしているが別に普通。そのくせやけに最大はぐれパワーの数値が大きいので、捏造ではない
かとの疑いもある。いつも一番いい発言のタイミングを見計らっているが、よく言い損なって後で臍を噛んでい
るみたい。専門ははぐれ古典物理学。孫紅龍とキャラがかぶりがちで、やや影が薄い。最近頭の毛も薄くなって
きた。

●第三位 怒れるパン・ギフン/最大はぐれパワー8900ハイトック
 よく大声で怒鳴っているが、小物ということもありあまり威圧感はない。専門ははぐれ電気工学。ギゼン・シ
ャシェフスキに阿諛追従しているように見えて実は単に仲良しなだけである。

●第四位 大富豪ミスターハリケーン/最大はぐれパワー8400ハイトック
 鼻持ちならない超大金持ち。E自警団に多額の出資をしており、その意向は十大技師長にも無視することはで
きない。ただし、会議はだいたいサボっている。専門ははぐれ錬金術だが、まだ黄金を錬成するには至っていな
い。がんばってほしい。

●第五位 つぶやくブランカ/最大はぐれパワー7850ハイトック
 年甲斐のないロリータファッションが印象的。要所要所で何かテキトーなことを呟くだけの人畜無害な存在で
ある。専門ははぐれ言語学。萌えないしどうでもいい。

●第六位 サボるホセ・イシュー・ジンコ/最大はぐれパワー7800ハイトック
 サボることが生き甲斐。あまりにサボるため本当に実在するのかしばしば疑われているが恐らくほぼ間違いな
く実在する。専門ははぐれ哲学。

●第七位 叱咤する龍聖寺院光/最大はぐれパワー7000ハイトック
 ヒーローらしさ、正義の味方の在り方、そういったものに並々ならぬこだわりを持つ謎めいた美女。「寺」や
「院」と付く雅な名前に憧れた挙げ句、両方を採用した欲張りさん。専門ははぐれロボット工学。しかも美女。

●第八位 人を食った孫紅龍/最大はぐれパワー6700ハイトック
 人食いの禁忌を侵したと言われているが、本人が「人間なんて不味くて食えたもんじゃねーよ」と肉まんをガ
ツガツ頬張りながら頑なに否定したことから、しょせん根も葉もない噂だったという話に落ち着いた。十大技師
長きっての皮肉屋。専門ははぐれ材料工学。

●第九位 最後の良心・菊野くすり/最大はぐれパワー6600ハイトック
 医師免許を剥奪されて久しい闇医者。世界中の紛争地域に出没しては、怪しげな薬や謎の技術をバンバン使用
して怪我人や病人を分け隔てなく救う。無償であることもあり、パッと見では聖人に見えなくもないが、その医
療行為は頭のてっぺんから足の爪先まで違法という、まさに違法の塊とでもいうべき危険人物である。専門はは
ぐれ闇医学。

●第十位 若きアブドゥルアジズ/最大はぐれパワー4000ハイトック
 十大技師長では珍しくまともな良識の持ち主だが、やはり常人と一線を画すはぐれパワーを持つ(常人ではど
れほどはぐれても瞬間最大はぐれパワー1000ハイトックがいいとこであり、はぐれ研究員でも3000ハイ
トックの壁を越えられる者は一握りである)。専門ははぐれロボット心理学。あまり知られていないことだが、
専門外のはぐれ宇宙生物学ではぐれノーベル賞を受賞した秀才。

(文責:E自警団広報部部長 はぐれ研究員イーフ・ラス/最大はぐれパワー1750ハイトック)


(真人間がひとりもいないな……)
 思っても口には出さなかった田所正男は、さすが後に“愛の戦士”となるだけの男であった。
「かようにE自警団は、まさにはぐれ研究員の組織と言っていい……」
 そこで、龍聖寺院光は窓の外に目をやった。地上の不正全てを見晴るかそうとしているかのようなその横顔を
田所正男はよく覚えている。
「しかぁしッ! 世界には無所属のはぐれ研究員や、悪のはぐれ研究員もウジャウジャいる。……いや、ウジャ
ウジャウジャかなっ? もちろん、悪の総本山ワルサシンジケートにもな。いずれ君が戦うことになるのは、そ
ういう悪のはぐれ研究員、そしてそのはぐれ研究員の理解すら及ばぬ人類最狂の“狂博士”たち、奴らの創り出
す恐るべき巨大ロボットなのだ!」
「フッ……相手にとって不足はない! 見ていてください、博士! 俺と最強無敵ロボ・ネクソンクロガネの最
強コンビこそが最強だということ!」
 ちょうど綺麗に話が纏まったので、田所正男は帰路についた。
 それから数ヶ月の間に、カッコマンとなった田所正男と最強無敵ロボ・ネクソンクロガネは、ロボヶ丘の平和
を乱す悪を次々と打ち砕いていったのだが――



 ※


 山あいの城跡のように荒漠たる、かつてのセイギベース3。ロボヶ丘において正義の味方が秘密基地とした場
所の、それが成れの果てであった。
 悪の真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネの魔手にまさぐられて、今やそこには何も残ってはいない。
 司令室も、格納庫も、射出台も、訓練室も、会議室も、研究室も、資料室も、食堂も、仮眠室も、トイレも、
龍星寺院光研究員の秘密の部屋も、中庭の隅に咲いた一輪の花も。
 とにかく何もだ。
 ロボヶ丘において善が悪に駆逐された、その事実を象徴する光景である。
 もはやそこには正義の御旗が勇壮にたなびくこともなく、
 もはやそこから黒い最強無敵ロボが飛び出すこともなく。
 しかしそこには、今、二人の男がいる!
「ボル……カッコマン!?」
「そうだ」
 ひとり。
 田所正男。過去形にはなるが、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネのパイロット、田所カッコマンとして悪と戦
ってきた少年である。敗北し、全てを失い、しかし再び立ち上がるか!?
「それは……ッ!?」
「すなわち究極正義の体現者」
「一体……ッ!?」
「伝説のボルカッコマンスーツを纏い、カッコマン本来の役割を果たす」
「何だッ!?」
「最強のカッコマンだ」
 もうひとり。
 全身から吹き出すとてつもない悪さによって田所正男の正義の魂を蘇らせた男。悪の総本山ワルサシンジケー
トの大首領ドン・ヨコシマ。
 またの名をヒズミ・ワールドシェイカー・ヨコシマ。御伽噺の悪竜を思わせる容貌魁偉なる男。正義の味方た
る者にとっては、いずれ必ず打ち倒すべき宿命の敵対者であるはずだ。
 教典も十字架も携えはしないのに、冒涜的にも黒の神父服を纏って厳かに立つ。今この時は、銀色のスーツケ
ースをぶらりと手に提げていた。
「最強のカッコマン、ボルカッコマン! 俺ですら知らないような正義の秘密を、国際的な悪の大親分である貴
様が、何故!?」
「最強の正義を規定し得る者がいるとすれば、それは最大の悪たる私だけだ」
 その言葉はまた、ボルカッコマン試験なるものを開く権限を有することの理由でもあっただろう。
 地獄の炎にも世界の果ての吹雪にもたとえられる双眸を眼窩の奥に光らせて、ヨコシマは少年を見下ろす。
 量られている!
 後退さろうとする脚を、田所正男は意志の力で、前へ。
 ボルカッコマン試験! ボルカッコマンの資格を有するかを確かめるためのものであるというその試験は既に
始まっているというのか。
「……もうひとつ分からないことがある! 何故、悪の総元締めが俺たち正義の味方に味方するような真似をす
るんだ! 部下の悪者に悪いと思わないのか!」
「言ったろう、私は“最大の悪”なのだよ」
 それ以上に口にするべき説明などないとばかりに、ヨコシマは傲然と言い切った。
「なるほど、何だかよく分からないが、分かった!」
「結構」
 実のところ田所正男に分かったのは、ドン・ヨコシマが名実共に悪者業界における超大物であるらしいという
ことで、それはつまり何かせせこましく小狡い悪巧みがあってこんなことをしているわけではなさそうだという
ことだった。
 ならば、何を迷うことがある!?
 ない!
「だったら行くぞ、俺は、最強のボルカッコマン試験ッ!」
 いかずち迸る黒雲の下、負けじと少年は吼える。
 号令は、ドン・ヨコシマの凶悪な笑みだった。
 誰も聞いたことのない伝説のボルカッコマン試験、その第一の試練とは!?
 果たして燃える瞳の田所正男は、悪の総元締めドン・ヨコシマ仕掛ける、ボルカッコマン試験をクリアするこ
とができるのであろうか!?
 ボルカッコマンになれたとて、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネもなしで、魔都ロボヶ丘に平和を取り戻すこ
とができるのであろうか!?
 頑張れ、田所正男!
 頑張る彼を見守ってくれ、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ!





 第八話  断罪! 未来都市最期の日!




 ※


 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ、また田所カッコマンに対して、ロボヶ丘の一般市民たちの抱いている印象
はさまざまであった。
 ――巨大ロボット犯罪者から都市を守ってきた正義のヒーロー。
 ――英雄的行動によって超法規的に黙認される無頼の戦闘兵器。
 喝采を送る者もいれば危険視する者もいるが、悪山エリスの場合は、そのどちらでもなった。他のいくらかの
人々が向ける「勝手にやっててくれ」的などこか冷めた視線とも、また少し違っている。
 強大なメカ恐竜を引っ提げてたびたびロボヶ丘を恐怖のどん底に陥れた悪のマッドサイエンティスト・悪山悪
男の、実の孫娘であるからだろうか。
 しかし、だからといって、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ、また田所カッコマンに対して、特別の敵愾心が
あるわけでもないのだった。
 悪山エリスが彼らに向けていた感情は、むしろ、どちらかといえば好意に近い。
(おじいちゃんの“生き甲斐”に付き合ってくれる、何だろう? 同好の士とまで言ってしまったら、あんまり
かな?)
 それでは本当に、子どもっぽいヒーローごっこ遊びだ。そんなことを考えては苦笑が零れる。
 全力で敵対してくれる(それに敵対できるだけの力がある)“正義の味方”がいるからこそ、悪山悪男が充実
した余生を満喫できていることも、一面の事実ではあるだろう。そういえば、飼育下の生き物なども適度な緊張
感があるほうが長生きするという研究結果があったような気がする。
 その最強無敵ロボ・ネクソンクロガネも、既にこの世にはない。
 国際犯罪組織ワルサシンジケートからやって来たシロガネ四天王。彼ら操る悪の真最強無敵ロボ・ネクソンシ
ロガネの前に敗れ去り、地上から完全に消滅させられたからだ。
 好敵手撃破の第一報を耳にした悪山悪男の反応は淡々としたものだったが、それからのメカ恐竜設計開発への
没頭のしようは狂的とすら言えた。
 悪山エリスにしても、寂寥感とでもいうべき感傷が、わずかだが、ある。
 そして、今ではそれだけではなく、こうも思っている。
(……意外と、あの人たちの存在は大きかったのかも)
 それほどに、犯罪者たちが野放しになったロボヶ丘の惨状といったらなかったのである。
 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネを血祭りに上げた真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネは、“全ての悪者たち
の用心棒”を名乗り、手始めに警察や都市防衛軍を粉砕した。事態はこれまで最強無敵ロボと悪のマッドサイエ
ンティストが繰り広げてきたような、いわば“プロレスめいた”戦闘では済まず、全体の秩序の崩壊と再構築に
及んでいる。悪のための治安だ。
 シロガネ四天王、いやその更に上役のワルサシンジケート最上級エージェント・イッツァ・ミラクルを頂点と
した、“悪の王国”の誕生だった。
 その国是がいかなるものかは、一時間ほども実際に街を歩いてみれば分かる。
 いるわ、いるわ!
 奮発して購入したロボでやりたい放題悪行三昧に狼藉を働く悪党ども!
 銀行強盗!
 ATM荒らし!
 ロボの威を借る恐喝!
 騒音を撒き散らす!
 自動販売機でドミノ倒し!
 スピード違反!
 気晴らしに建物を破壊!
 食い逃げ!
 とうに荒らされきった宝石店で、金目の物がまだ残ってないか血眼になって探す!
 贈賄!
 しつこいナンパ!
 しつこいナンパが失敗した腹立ちまぎれに放火!
 通せんぼ!
 粗大ゴミの不法投棄!
 泥棒したペンキで大規模な落書き!
 芸術作品と言い張り猥褻な落書き!
 ロボ同士で大喧嘩!
 生身でも大喧嘩!
 覗き!
 手柄の横取り!
 万引き!
 何ということだろう!
 そこでは、およそ悪さという悪さの全てが公然と行われていた。悪徳蔓延るがために火と硫黄の雨に焼かれた
という伝説の都市ソドムとゴモラが『わくわくどうぶつふれあいパーク』に思えるほどの圧倒的地獄。
 ここが今の未来都市ロボヶ丘なのだ。悪山エリスの暮らす街だ。
(ひどい。まるで悪者の展覧会みたい……)
 人はここまで悪くなれるのか。
 今までの平和なロボヶ丘は何だったのだろう。
 物陰に身を潜めて通りすがりの暴走族をやり過ごしながら、悪山エリスは力なく嘆息した。
 悪のマッドサイエンティスト・悪山悪男の孫娘にして消極的な共犯者として、悪の一員であると自覚する彼女
ではあったが、このような醜悪としか言いようのない光景はなかなか我慢しづらいものがあった。
 人類の尊厳なきこの世界を演出しているイッツァ・ミラクルとかいう男は、いわば典型的な“死の商人”であ
るらしい。
 ここ数日は、悪者たちのみならず、虐げられる善良な市民の側にも営業攻勢を掛け、自衛のためだとロボを買
わせようという動きがあるとも聞く。敵味方に分かれて戦争が泥沼化すれば、それだけ金が儲かるからだ。
 たちの悪いことに、もしイッツァ・ミラクルの汚い目論見に勘付いたとしても、ワルサシンジケートからロボ
を買わなければまず直近の脅威を凌ぐことができない。
 そしてロボ同士の小競り合いの果てに善良なる市民が勝利したとしても、未来都市ロボヶ丘に平和が訪れるこ
とはない。
 やられた悪者が、真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネを担ぎ出せば、何もかもお終いだからだ。
(何とかしたいなら、真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネを叩くしかないってこと)
 そうでなければ、どうあっても巨悪の掌の上。完全な袋小路である。
 そして――
 もしも最強無敵ロボ・ネクソンクロガネなき今のロボヶ丘に、これを打破し得る者がいるとすれば、
(おじいちゃん……)
 それは恐らく悪のマッドサイエンティスト・悪山悪男のメカ恐竜をおいて他にはあるまい。
 しかし当の悪山悪男はどうやら街がどうなるとかそういうことには特段の興味もないと嘯き、ここのところは
“究極悪のメカ恐竜”を造るのだとかで地下に籠りきりである。
 もっとも、そのメカ恐竜さえ完成すれば、真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネとの間に、戦いのひとつやふた
つ容易く勃発しそうではある。いざとなれば我が身を危険に晒して祖父が戦う理由になってみるのもやむなしと
悪山エリスは密かに覚悟を決めていた。
 組み上げられたフレームから推察するに、モデルとなったのは悪山悪男お気に入りの暴君竜(ティラノサウル
ス・レックス)。
 得体の知れない訪問客との会話から盗み聞いたその名は、
 ――“暴帝・ダイノスワルイド”――
 それが、悪山エリスにとっての最後の希望と言えた。
(……そろそろかな?)
 詮無い考えもそこそこに、ロボの爆音が遠ざかるのを待って、臆病な小動物のように警戒しながら、崩落した
ビルの瓦礫から背を離す。抱きかかえているのはよれよれの段ボール箱だった。
 まだ“おつかい”の途中である。
 市街の中央とは思えない交通量およそゼロの大通りを横切って、一〇メートル、二〇メートル。
 ようやく視界の端に黄ばんだ天幕が見える。安心にわずか顔がほころぶ。
 善良なる市民の避難所である。
「おー、帰ったかエリスー! 悪いんだけど包帯! 大至急ヨロシク!」
「はあい!」
 飛んできた声に半ば反射的に答えてから、悪山エリスは段ボール箱の中をまさぐった。
 犯罪者たちの楽園と化した今のロボヶ丘では、医療物資などは代用品にも事欠く有り様である。
 どうにか清潔っぽい布切れを見繕い、依頼主のもとに小走りする。
 天幕の下は、難民キャンプながらの様相を呈していた。そこそこ整理整頓されてはいたが、清潔というのは憚
られる。どうにも雑然としているのは、あらゆる意味で余裕に乏しいことの表れだった。
 ただし、これでもロボヶ丘ではましな“医療施設”である。
 歯止めの掛からなくなっていた犯罪者たちが、とびきり屑なことに病院や学校をも見境なく襲撃した時期があ
ったからだ。
「お待たせしました、先生」
「サンキュ」
 シートの上に臥せった四人の怪我人を一度に診ていた女が、患者から視線を外さずに包帯を受け取る。
 “先生”。
 今このキャンプでそう呼ばれているのは、日に焼けた肌をした中年女ただひとりだった。
 さすらいの女医、菊野くすりと名乗った謎の人物。その診察や処置は見様によってはひどく雑というか荒っぽ
いものだったが、少ない物資の中で最善を尽くすことに手慣れた印象もあった。世界中の紛争地域を巡って傷病
者を治療していると聞いて、さもありなんと納得する。
 その正体が、E自警団十大技師長の第九位、“最後の良心”菊野くすりであること、彼女が実はとうに無免許
の闇医師であることなど、悪山エリスはおろか一般市民には誰ひとりとして知る由もなかった。
(立派な人、なんだよね?)
 時折投薬しながら目を爛々と輝かせているのを見るとやや不安にも思われたが、事実として菊野女医の処置で
命を救われた者も多い。このキャンプ自体、もともとは彼女の医療テントから大きくなっていったものだった。
 死に瀕していた田所カッコマンが一命を取り留めたのも彼女のおかげである。
 悪山エリスが今こうしてボランティーアで菊野女医を手伝っているのもその縁だった。
「田所少年はどうだったー?」
 手際よく包帯を巻き巻きしながら、菊野女医は悪山エリスに尋ねた。
「それが、……いなくなってました」
「いなくなってたぁ?」
 そこで、菊野女医は初めて悪山エリスと目を合わせた。
「いなくなってたって……。あー……そーお……そーなんだーあ……」
 感心しているのか何なのか、しきりにうなずく。わざとらしいほどの動作だったが、数日の付き合いでこれが
特に含みもない、彼女にとっての相槌の一種であるらしいことが悪山エリスにも分かってきた。
 あの日。
 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネが、悪の真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネに敗れ去った、その翌朝のこと
を悪山エリスは思い出す。
 あれには、ほんとうに驚かされた。
 田所カッコマンが、通学路でぼろ雑巾のようになって倒れていたことにもびっくりしたが、ヘルメットの下の
素顔が高校の先輩である田所正男だったことにもびっくりした。
 二、三回ほど会話を交わしたことがあるくらいで、知り合いと呼ぶのも憚られるような関係であるが、まさか
あの気障な人が正義の味方などやっていたとは!
 田所正男は素人目にも瀕死の重体であり、悪山エリスはすぐに携帯端末の救急番号を押しこんだのだが、受け
入れ先はおろか緊急出動の余裕すらなかった(悪山エリスがロボヶ丘の異変について初めて知ったのがその時で
ある)。
 そこに偶然通りすがったのが、菊野くすり女医だった。
 悪山エリスは、悪山悪男が用意している隠れ家のひとつを治療室として提供し、神掛かった処置で一命を取り
留めた田所正男は、そこにそのまま匿われたのだった。もっともこれは、悪山エリスの完全な独断であり、本来
の家主の知るところではない。
 結果論としては、病院に受け入れる余裕がなくて不幸中の幸いだったと、悪山エリスは思っている。
 田所カッコマンが生きていると知れたら、それを狙って真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネやその邪悪な仲間
たちが襲ってくるだろうと想像はつくからだ。
 悪山エリスの最後の希望が悪山悪男と“ダイノスワルイド”ならば、一般市民にとっての希望とは今もって田
所カッコマンと最強無敵ロボ・ネクソンクロガネなのである。そのことは悪者たちも分かっているはずだった。
 その田所正男が失踪した。
 時間を見つけて毎日のように隠れ家に様子を見に行ってはいたが、当然ずっと見張っているというわけにもい
かない。しかし未だに全治にほど遠いあんな体で出ていくとは思わなかった。
「……大丈夫でしょうか」
「心配?」
 大丈夫かと呟いてこそみたが、問われて改めて考えてみるとそうでもない。いわば“恩人”に無断で出て行っ
て帰らないことを責めるような気も特にない。“悪の女”の端くれだけあってずいぶんドライというか薄情なこ
とだと自嘲気味に鼻を鳴らす。
 しかし、自己弁護するわけではないが、こうも思うのだ。
 田所正男が、偉大なる悪のマッドサイエンティストと対をなす“正義の味方”であるならば、何を押してもき
っと行かなくてはならないところに行くのではないか?
 そのことについては、よほど奇妙な“信頼”があった。
「まあ、大丈夫でしょ。ほら、まだ全然ヤングなんだからさ――」
 菊野女医が大雑把な応急処置の片手間にひどくいい加減な励ましを口にした時だった。

『ハロー! ハロー!』

 バタバタと人びとを威かすように、避難所の天幕が一斉に揺れ動く。
 吐き気すら催す激しい振動と恐怖は、しかし地震のものではない!
『愛すべき一般市民たちめ! こんなところに隠れていようとは! まったく度し難き一般市民ども!』
 乗用車も通れぬほどの幅の路地に、強引に分け入ってそれは来る。圧倒的なパワーに物を言わせ、両側のビル
の壁面を抉ってだ。ゴリゴリと、ゴリゴリと!
 キャンプのあらゆる者が、顔を蒼白にしてそれを待つしかなかった。悪山エリスも、菊野くすり女医も。
 それは、ロボだった。
 犯罪者操る悪のロボだ。
 それは、悪の総本山ワルサシンジケート驚異の技術が生んだ、純然たる破壊活動のための操縦型ロボット。い
わゆるワルキューレ規格にあるひとつ。
 大小のコンテナを組み上げたかのような、武骨なる機体であった。細い腕と、無限軌道の脚。そして胴体を貫
く、常識外れの超長砲身!
『ハロー? ハロー? ……何と? 恐怖のあまりにノーリアクションか? ……無理もない! 何故なら吾輩
であるからな!』
 拡声機を通したノイズ混じりの声には、黒々とした“悪意”。人びとの平和な時間をお気楽に台無しにするこ
とが愉快で愉快で堪らない! そういう人間の声だった。
『アジアマフィアの最大手“チャイニーズドラゴン”において歴代最恐といわれた男、ドン・エフィール様であ
るからな!』
 戦車よりも長大な砲身の奥で、獣の唸るような不気味な音。
 殺戮が、始まった。



 ※


 未来都市ロボヶ丘から特急列車で二時間と少し。
 あらゆる叡智、あらゆる技術が吹き溜るといわれる国際都市、メカニッ京は大メカロポリス。
 その数千メートル上空において上下する、“会議室”の存在を知らぬ者はおるまい。
 全金属製飛行船に分類される空中戦艦と呼ぶことも出来よう。
 高硬度金属板にばっちり覆われた紡錘形の巨大船体。秘伝のガス。巡航ミサイルの直撃を受けて「痒い……」
で済む防御システム。ド派手なファイアーパターンはダサいと大評判だ。
 ケンケンゴー号。燃える天空の城に付けられた愛称である。
 武闘派市民団体、E自警団。警察や軍隊でも対抗できぬ巨悪を討つ、無頼無法の正義の味方。その保有する移
動要塞がひとつ。
 今日も疎らにそこに集うのは、十人のはぐれ研究員からなるE自警団の意思決定機関、“十大技師長(チーフ
テン)”だった。
「ネクソニウム爆弾“断罪X”で、ロボヶ丘のしつこい悪を一般市民ごと根絶やし?」
 ――悪の真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネをいかにして破壊するか?
 老獪なるギゼン・シャシェフスキを議長とした彼らの会議は、およそ正義の味方の結論とは思えぬ最低最悪の
方向に収拾したかに見えた。
 生死不明となっていた彼女が、包帯ぐるぐる巻きになって姿を現すまでは!
「そんな暴挙、この龍聖寺院光が許すわけないだろうが! 貴様らの脳味噌は冷凍うどんか!」
 深手を負ったか車椅子のシートに身を沈めながら、その一喝ときたら海千山千のはぐれ研究員たちをも怯ませ
る大迫力。
 壊滅したセイギベース3主任のはぐれ研究員。彼女こそが十大技師長の第七位、叱咤する龍聖寺院光! かっ
こいい漢字をもりもり盛ったそのかっこいい名前は、もちろん苗字からして偽名である!
「マジすか!」
「生きておったのか」
「ゴキブリ並のしぶとさだな」
「いや……もしかしたらこいつは、ゴキブリ以上だ……!」
「おのれ龍聖寺院……! この“怒れるパン・ギフン”を、怒られるパン・ギフンにするとは!」
「龍聖寺院研究員!? よくご無事で!」
「……無事でもないがな。無事ではないが、フッ! ……絶好調ッ! だッ!」
 めいめいが好き勝手なことを口にする中、若きアブドゥルアジズは椅子から腰を浮かせて、彼女の生還を心か
ら喜んだ。
 彼は十大技師長には珍しい真人間であり、性格はともかく一応の良識くらいはある龍聖寺院光とはまだウマが
合うのだった。
「ヒーローは転んでもただでは起きない。七転べば八手に入れる……そういうことね」
 年甲斐もなくふりふりのゴシックロリータ衣装に身を包んだ女、つぶやくブランカがその二つ名の通りにぼそ
ぼそと呟く。わずかに上がった口角から、「またうまいことをいってしまった」と自画自賛していることは明ら
かだった。……別にうまくないが、そのあたりを指摘してくれる親切な人はいない。
「って、おい、私の話を聞いていたか!? ギゼンシャ・シェフスキ議長!」
 仲良く鷲鼻と団子鼻を寄せて「……うどんって何だっけ?」「麺類です」などとひそひそ会話を交わしていた
ギゼン・シャシェフスキとパン・ギフンに、龍聖寺院光の怒声が飛んだ。
「あの……わしの名前切るとこ世界一間違ってるよ?」
「ああ悪い。違和感がないからつい……」
「それどういう意味!?」
「まあまあギゼン議長閣下、落ち着いて」
 口を挟んだのは、嘲笑うジョージ・O・トナーだった。十大技師長第二位の席に納まりながら、いまいち影が
薄いことを気にしている彼は、こういう場を利用してその発言力を維持しようとするのだ。
「もはや十大技師長ですらない、一介の女はぐれ研究員ごときのいちゃもんに、まともに取り合う必要はないで
しょう」
 ジョージ・O・トナーの口元に浮かぶ厭らしい笑みを見て、ギゼン・シャシェフスキも平静を取り戻す。敵か
らすると腹立たしいことこの上ないにやけた笑みは、彼らの同類に伝染しやすい表情でもある。
「っそ、そうだった!」
 自分に分があると知った途端に調子づいて、ギゼン・シャシェフスキが一気呵成に攻勢に出る。
「龍聖寺院光女史ィ! 君はたった今、十大技師長をクビになったのではなかったか!?」
「出ていきたまえ! 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネを破壊された責任はおおまか君にある! よってここに
十大技師長第七位、いやE自警団団員としての全ての権限を剥奪する!」
「そんなもんはこの際どうでもいい!」
「不退去罪の現行犯で警察に突き出すぞ!」
「どやかましいわ!」
 無法無頼の正義の味方の長としては些か小物にすぎるギゼン議長の発言を、龍聖寺院光の大喝が押し潰す。
「龍聖寺院研究員、お体に障ります……」
 第九位代理ストリキニーネ・本郷の言葉ももはや空しい。
「E自警団憲章にこうある! “E自警団は、正義を定義する”。その意味するところは、内なる正義にのみ従
うということだ! この龍聖寺院光は、龍聖寺院光の良心に則って、ここで貴様たちを止めるだけだ!」
 国際犯罪撲滅組織E自警団に、警察や軍隊のような武力を持つ正当な理由など欠片も存在しない。しかしそれ
故に国家や民族の制限を無視して、迅速に強引に事態に対応できるのだ。やむなく余計に被害を拡大させてしま
い民衆に石を投げられることになっても、領空侵犯の罪でスクランブルを掛けてきた正規軍にミサイルをブチこ
まれようとも、物ともせずにだ。
 E自警団十大技師長第七位“叱咤する龍聖寺院光”は、その精神を当のE自警団の技師長たち相手に体現して
みせようというのだ!
「出てけ!」
「断る! 断罪Xの使用承認を撤回しろ!」
「そうはいかん!」
「この……ぐずぐずした……萎びたニンジン野郎ッ!」
「鼻のことだよねそれ!?」
「――ていうかさ、その話、ちょっと待ってくれるかな」
 どちらも一歩も引かじと額をぶつけ合う醜い争いに、割って入る声があった。
「お、お前は!」
 一方通行の通信機だけデンとテーブルに乗せた第六位、サボるホセ・イシュー・ジンコ?
 多忙につき代理を寄越した第九位、最後の良心・菊野くすり?
 いや、違う!
 上等な白のジャケットと仕立てのよい赤いシャツを、すらりとした長身に纏った青年だった。ちょっと悪趣味
な金ぴかのネクタイを縫い止めるピンは、激しい旋風に花弁を散らす薔薇の彫刻。オールバックのヘアスタイル
と並ぶ、彼のトレードマークである。
 E自警団十大技師長の第四位に名を刻む伊達男。
 その男、
「大富豪……ミスターハリケーン!?」
「ハーイ」
 龍聖寺院光も思わずガンの飛ばし合いを止めて叫んでいた。
「遅刻だぞッ!」
「金に物を言わせて言わせてもらうけど、時間なら金で買収済さ」
「で、出た」
「出ちゃった……」
 つぶやくブランカと、若きアル・アブドゥルアジズが恐れおののく。
「どうでもいい会議の時はいないくせに、どうしてこういう時だけ!」
「また……また金が喋るってのか……! ちくしょう……!」
 第二位嘲笑うジョージ・O・トナーや第八位人を食った孫紅龍ですら、平時の余裕を失っていた。
 大富豪ミスターハリケーンは、その異名に違わぬお金持ちである。
 鼻持ちならないとてつもないお金持ちである。
 硬貨はおろか紙幣の持ち合わせがないからと道端の自動販売機を一台丸ごと購入し、買ったはいいが結局どう
しようもなかったので力ずくでこじ開け、好きな銘柄のジュースだけで喉の渇きを潤したという逸話はあまりに
有名。その話を思い出すとき、さしもの十大技師長といえど、その辣腕と傲慢さに戦慄を禁じ得ないのだ。
 はぐれ研究員でありながらE自警団最大のパトロンでもあり、その発言力は絶大だった。もっとも、会議には
ほとんど欠席しているので、即断即決即実行すればさほど横槍を入れて来ることはない。
 ミスターハリケーンは大鷲のように大袈裟に両腕を広げて朗々と言った。
「金に物を言わせて言わせてもらうけど、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネは僕のポケットマネーで造ったよう
なものだし、僕がここE自警団にがっぽり資金援助しているのは龍聖寺院博士の成果に期待しているからっての
も理由のひとつなんだ。つまり……」
「つ、つまり……?」
「最強無敵ロボ・ネクソンクロガネの賠責や龍聖寺院博士の処遇について僕抜きで話を進められると、僕は損し
ていることになってしまう。……ちょっと考えてもみてくれよ、このミスターハリケーンが損をするなんて! 
それは、太陽が西から昇るのと同じだ」
「くっ……金に物を言わせおって!」
「ありがとう。最高の褒め言葉だ」
(なんだこいつら……)
 緑の髪の女ストリキニーネ・本郷の冷えきった眼差しに気づく者はいなかった。
「……分かった。龍聖寺院光研究員の処遇については再考しよう」
「議長!?」
「――私のことなどどうでもいい!」
 驚愕するパン・ギフンの声を遮って、またも龍聖寺院光は吠える。
「それより断罪Xだ! 私の愛するロボヶ丘を焼くなんて、させはしないんだぞ!」
 頑なな彼女に、老人たちがうんざりと視線を交わし合い、密やかに連携を強める。
 “そろそろ本気を出そうぜ”という合図だ。彼らとて海千山千の十大技師長、小娘に言われっぱなしで終わ
る、ただの無能で怠惰なだけの無能ではない。
「焼くも何も、現在進行形で悪人どもに焼かれておるだろうが」
「さっきから聞いていれば、龍聖寺院研究員は仕事に私情を挟みすぎではないのか」
「それこそ他の都市ならいいのかという話だ」
「そんなことは言っていない! ……無辜の一般市民はどうなってもいいというのか!」
 会議室の空気は、いつのまにか酷薄なものへと変わっていた。
「正義のためには多少の犠牲は付き物だぜ。まあ、この国の警察だの軍隊だのは無理かもしれんが、E自警団
には関係ない、批判なんざ物ともせずに正義を執行できる。“内なる正義に従って”な」
「ジョージ・O・トナー……安全圏からよくもそんなことが言えたものだ」
「別に俺は、危険地帯にいたって同じこと言うけどな。それくらいの覚悟はあるんだ。俺にだってな」
「口だけなら何とでも!」
「パイロットに安全圏から指示を出していた女がよくも言う」
 四面楚歌な上に完全に言い負かされた龍聖寺院光が、グゥッと押し黙る。
 意地の悪い揚げ足取りでしかない意見もあるが、事実としてそこに落ち度を感じていなくもない生真面目な
性格の当人には反論しづらい。加えて、今この場に龍聖寺院光に加勢できるような論客がいないのが痛い。
「そうだ、君の意見も聞いておこう、ミスターハリケーン。構わんね?」
 タイミングを見計らって、ギゼンは矛先を変えた。
「そっちはどうでもいいかな」
「ええいクソ! 期待はしていなかったよ金だけ男!」
「金に物を言わせて言わせてもらうけど、金を持っているということは全てを持っているというのと同じだ」
 ミスターハリケーンにしても、無条件で何でも龍聖寺院光に味方してくれるわけではもちろんない。この場
には中立の者すらいないのだと思い知らされる。
「――龍聖寺院研究員」
 突き崩すなら今だと素早く判断した老獪なるギゼン・シャシェフスキが攻勢に出る。しゃがれ声には、どこ
か優しげな響きさえあった。それは、旅人を手招きする妖怪の類いにも似ていた。
「まず大前提として、真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネはここで破壊せねばならん。よほど強大な大ネクソ
ン級がこちらにあれば、敵の撤退を強いる程度の防衛戦を繰り返したってよいが、最強無敵ロボ・ネクソンク
ロガネを損失した今となっては、回せる戦力などない」
「どこかのボンクラちゃんのせいでね」
 つぶやくブランカが地味に心を抉る援護射撃。
「破壊するには“断罪X”しかない。そしてやるからには失敗は許されない」
「たとえば、もし善良な市民にだけ伝わるように避難勧告を出せたとしよう。……どうなると思う? 賭けて
もいいが、絶対に漏れるぞ?」
「そしてみすみす千載一遇のチャンスをフイにして、真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネはいよいよ手が付け
られなくなる……っと」
「このまま悪の勢力が拡大すれば、ロボヶ丘だけの問題では済まなくなるかもな」
「それとも、何かもっと冴えた代案があるか? そうであるならば、聴こうじゃないか! なあ、みんな?」
 ジョージ・O・トナーが理解者のような口振りで鷹揚に促すが、彼らにも分かっているのだ。
 そんなものは、ないと。
 真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネは強すぎる。世界の大型ネクソンタイプに頭を下げて防衛圏を離れても
らえたとしても、刺し違えてやっと斃せるかどうかといったところだ。
 追い詰められた龍聖寺院光の体感時間がじわじわと伸びていく。
「……なあ、龍聖寺院よ。わしだって何も好き好んで虐殺がしたいわけではない。そりゃあ、龍聖寺院の思っ
ているように、ロボヶ丘からシロガネ四天王や悪者たちだけを速やかに排除して、善良な市民をみんな救う。
それが完璧にできればどんなにいいか。……そう思っとるよ? ほんとだよ?」
 ギゼン・シャシェフスキは、夢みる少女に現実を突きつけるように言った。
「しかしな、しかしだ。現実的に考えてそれは、無理なんだ。ただの、“理想”だよ」
 まともな反論など、思いつきはしなかった――



 ※


 日本神話最大の怪物、八俣遠呂智の頭上には、常に雲気が掛かっていたという。
 朦朧とし始めた頭脳が、そんな益体もない知識を引き出す。
 未来都市ロボヶ丘の外れセイギベース3跡地の上空にもまた、数刻前より嵐の黒雲が渦巻いていた。
 連れて来たのは、ヒズミ・ワールドシェイカー・ヨコシマという、“怪物”だ。
「――もういいだろう。お前の実力は分かった」
 ヨコシマは言った。情の一粒すら天秤の上より除いた、厳格なる裁定者の言葉だ。一度下された判決はおよそ
覆ることのないだろうと思わせる――
「失格だ」
 田所正男は土くれをぎりと噛み締めながらそれを聴いた。地べたの石片が頬を引き裂く。
 ヨコシマによって打ち倒され、田所正男は地に伏していた。断末魔のトカゲのように手を突いて立ち上がろう
とするが、もはやどこにも力が入らない。深海にいるように体が重い。

 ボルカッコマン試験、第一の試練――“ヒズミ・ワールドシェイカー・ヨコシマと戦え!”

 格闘戦である。
 ロボなどという上等なものもなければ、武器も防具もない。目を覆いたくなるほどに野蛮で、顔を背けたくな
るほどに原始的な。知性なき獣じみた本能剥き出しの敵意のぶつけ合い。
 判定は、失格。
 田所正男に、ボルカッコマンの資格なし――
 ヨコシマの判断は極めて速やかだった。見方を変えれば、田所正男が立っていられなくなったのが早かったと
も言える。
「しかしこれでお前も、自分の実力が分かったのではないか? そんなことでは、ロボヶ丘に蔓延る小悪党にす
ら及ばんぞ」
 死者に沙汰を言い渡し終えた地獄の閻魔のような眼差しが、田所正男を見下ろす。
(何て強さだ……!)
 ワルサシンジケート大首領たるヨコシマは、徒手空拳での戦闘にも長けていた。
 風か雷か。
 まやかしの類もされてないはずなのに、単純極まる動作の起こりをまるで察知することが出来ない。視えたと
思った時には既に遅く、防御を上から貫く攻撃が突き刺さっている!
 殴打蹴撃の重さに意識を揺さぶられては、反撃も儘ならなかった。
 捨て身で繰り出したうちの幾らかは当たったが、とても効いている気がしない。もはや筋肉の質からして、田
所正男とはまったくの別物。鋼の肉体であった。
 開始の戦鐘鳴ってより数分は我が身を削るようにしてダメージレースに食らいついていたが、すぐに体力気力
ともに限界を迎えた。
 そもそもが歩き回ることすら無理のある“手負い”ではある。
 とはいえ、本人にそれを言い訳にするつもりは毛頭ない。だいいちヨコシマは万全のコンディションであれば
渡り合えるなどという次元の敵ではない。
(ボルカッコマンになるには、これほどのレベルが必要だというのか!)
 場面を区切るように、硬質な音がする。
 一度きり、ヨコシマが手を打ったのだった。
「……この判定は私としても残念だが、なに、ボルカッコマンになれなくとも、戦うことは出来る」
 唐突にこんなわけのわからない試練を課しておいて、見限るのはあっさりとしたものだ。もしも、田所正男が
自分の不甲斐なさを度外視できるような男なら、このあたりで文句のひとつも言っただろう。
「罠を仕掛け、生身を狙い撃ち、ロボを奪う。避難を手伝い、瓦礫を掻き分けて怪我人を救う。鍛え上げ、強く
なるのもいい」
 落ち着いた声の響きはまるで神父の説法のようで、聴きようによっては穏やかですらあった。
「お前もそうするつもりだったはずだな。自分が何者であっても、ひたむきに自分の出来ることをする、このヨ
コシマは、それを尊い意志だと認めよう」
 もちろんだ。
 うなずきかけてやめた。
 確かにそうだ。きっと田所正男は、無力であっても劣勢であっても、全てを賭けて悪と戦ったに違いない。そ
うであるが故に、田所正男はカッコマンなのだ。
 ――しかし、である。
 ここで今この男の慰めじみた言葉に同調してはならないと、心のどこかが叫んでいた。考えるまでもない、心
の中の“正義”がだ。
 厭な動悸が耳の奥を突く。全身の血が、赤黒いどろどろの溶岩になっているようだった。
 全身の毛穴という毛穴が、不吉な兆しを察してざわついている。
 何だ――?
「その上で、現実を突きつけよう」
 ヨコシマの口の端は、わずか浮いていた。

「私はこれからロボヶ丘の住民を虐殺する」

 悪竜の毒息のように口から吐き出されたのは、絶対的強者としての殺戮の布告だった。
 田所正男は我が耳を疑った。
「……な、に……!?」
「虐殺するといった」
 平然と忌まわしい言葉が繰り返される。
「本気で言っているのか!?」
「当然だ」
 ヨコシマの答えは断然たるものだった。
 第一の試練の失格判定がフェイクであり、その上で挑発しているのか? そんな都合のいいことも考えたが、
どうやらそうではない。
 ヨコシマは、やる気だ。
 裏切られたような気分だった。
 ヨコシマのことは、悪であるなりの美学を貫く、一本筋の通った人物であるとすら思っていた。たとえば、殺
戮を楽しむような極度に破綻した人格の持ち主ではないようだ、などと――。
 今にして思えば、愚かにすぎる。
 そもそも、田所正男はヨコシマのことをほとんど何も知らない。理解した気になっていただけだ。悪を目的と
し、悪を手段とし、ただ悪である魔人たちの王。怪物の頭脳に宿る異形の精神は、田所正男には量れない。
「……何故だ! どうしてそんなことを言う……ッ!」
「実は今しがた、悪山悪男から新たなメカ恐竜を譲り受けたばかりでな。この“原始暴帝”、果たしてどれほど
のものか。ボルカッコマンと戦わせて確かめる予定だったが、いやはやそううまくいかないものだ。しかし、せ
めて都市ひとつ壊滅させるくらいの実験はしておかねば」
「お前はぁッ!」
 ヨコシマが言い終える前に、田所正男は立ち上がっていた。
 不思議なもので、あれほど重かった体が、この時だけは言うことを聞いた。
 呼吸を整え、拳を構え、ただちに戦闘態勢を確立する。
 “最大の悪”を名乗る男は、嘲るように一層と唇を歪めた。
「いっちょう前にヒーロー気取りか。やめておけ。ここで虐殺に赴く私を止めようなどと、今のお前に“出来る
こと”ではない」
 それだけで、本能が納得させられてしまう。人類に、これは止められない。
 ヨコシマという男は、一個の災害、たとえば嵐に似ていた。
「それでも、殺させはしない!」
 田所正男は気合で持ち堪えて、その前に立ちはだかる。
「どうやって止めるつもりだ?」
 ヨコシマが鼻で笑った。
「権能を封印して相手してやった私に手も足も出なかったお前が」
「だが止める!」
「ボルカッコマンどころか、カッコマンですらなく、最強無敵ロボもないお前が?」
「何が何でも止める!」
「不可能だ」
 咆哮した田所正男の鳩尾を、ヨコシマの正拳が突風のように撃ち抜く。
 やられた。
 ただの一撃で激痛を伴う痺れが全身に波及。悲鳴すら出せずに崩れ落ちる。
「これがお前の“現実”だ、一般市民、田所正男」
 意識が遠ざかっていく。
(これが、現実?)
 ――そうだったのかもしれないと思う。
 視界がにわかに掻き曇る。
 スーパーヒーロー“田所カッコマン”なんてものはシンデレラの魔法で、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ
もはぐれ研究員・龍聖寺院光もただ一夜だけの幻。引き剥がされればこの通り、何も残らない。
 いい気になっていても、現実の田所正男は、ひとりぼっちの無力な子供だ。
 本物の暴力の前には、こうして蹴散らされるだけの存在だったのだ。
 それを思い知らされた。
 ヨコシマが田所正男にはまったく興味をなくしたように歩み去っていく。大地が踏み締められる規則的な震
動がある。このまま、あの悪魔のような男をロボヶ丘に行かせてはだめだ。みんな殺されてしまう。
 しかし、今の自分に出来ることはもう何もない……。
(俺は、こんなにも弱かったのか……)
 ヨコシマの言う通り、ボルカッコマンどころか、カッコマンですらなく、最強無敵ロボもない。
 ただの一般市民だ。
 カッコつけて悪者に挑んだところで、こうして返り討ちにされるだけ。
(だから、これから強くなればいいのでは?)
 ふと浮かび上がったその考えは、なかなかどうして健全で魅力的な提案であるように思えた。
 今はまだ無理だ。とてもヨコシマには勝てない。
 裸の王様をやっている小悪党のロボくらいなら、まだどうにか出来るかもしれない。だが、ヨコシマは強す
ぎる。だったら後回しにしてしまえばいいのだ。
 思考がじわじわと戦意を虫食んでいく。
 どうしようもないことは、どうしようもない。
 明日のために今日の屈辱を忍ぶのだ。怪我がよくなったら、一心に体を鍛え上げよう。そうしていつか“最
強の正義”になった時、ヨコシマを斃して人びとの仇を取るのだ。
 考えれば考えるほど、破綻のない、現実的な希望のある未来だった。少なくとも、こんな状態であんな怪物
に突っ掛かっていって犬死にするよりはよほどいい。
 我ながら、正しい選択だと思う。
(見ていろ、ヨコシマ。田所正男は、ここに、いつか必ず“最強の正義”となることを誓う――)
 むしろ陶酔したようなふわふわした気分のまま、田所正男は失神した。
 そのうち絶対にやり遂げてみせる。
 今日、見殺しにする人びとのためにも――



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