第十五話 いつか、約束の空
五月も半ばに入ったところで列強の地球侵略は再開された。
慌ただしく列強の侵攻計画が発表され、地球の各国の指導者達は束の間の頭痛・腹痛の無い日々に別れを告げる。あるいは東南アジアや南米の幾つかの途上国では敗戦を間近にした休戦交渉が再開され、また英連邦や旧ソの独立国家共同体は、気紛れな戦場指定によって名目上の広大な国土内を右往左往させられる。
本邦でも五月の後半にセラン諸惑星連合との三度目の会戦が、半月遅れで執行される事となり、関係各所が慌ただしく動き出した。
太平洋の入口に陣取るセラン諸惑星連合は、例によって日本の領海を要求していた。戦場は海上となり、矢面となる空自・海自にも陣触れが出される。
空自内で電子欺瞞用の装備の行方が不明という、あってはならない事が判明したのは、この段になってからだった。
上を下への大騒ぎの後、機材が教育隊である第21飛行隊に誤って届けられたと分かったのは、現地の整備士たちが訓練用のミサイルにしては何か違うなと首を傾げつつ、欺瞞装備をパイロンに取り付けて通電させた後であった。
悪い事は重なるもので、21飛行隊のF-2B(複座型)に増設されていた航宙機のコンピューターは、出処が同じだった欺瞞装備を自機に最適化させてしまう。こうなるとソフトウェアの問題であり、ハードウェアのプロである整備士達ではお手上げになってしまった。
ダイガストの出撃準備でてんやわんやの大江戸先進科学研究所から技師が到着したのは、限定戦争開始まで24時間を切っていた。
本来受領する筈だった第3航空隊のF-2が浜松基地へと駆けつけ、プログラムの書き換えを含む積み替え作業が不眠不休で行われたのだが、五機ほどが間に合わず、事態は混迷の度を増してゆく。
不運の極め付けとして、21飛行隊のF-2Bに積まれた増設コンピューターは、説明なしで通常型のパイロットが使うには変更点が多すぎた。この辺り、工業製品化と口を酸っぱくして言う割に、大江戸博士自身が共通化・マニュアル化を欠いた机上の空論で突っ走った所為だといえる。
本人は絶対に認めないだろうが。
結果、柘植隼人准尉ほか三名の訓練生に教官一名を加えた五名は、誰に文句を言える訳でもなく、戦場に向かう事になってしまった。
隼人はマスクから供給される圧縮酸素が原因とは思えない、強い喉の渇きを覚えていた。
キャノピーの向こうには先導する教官の機を先頭に、仲間たちが居並んでいる。斜め下がりに一本の線を作って飛ぶ雁行だ。目を細めると少し先に、第3飛行隊の18機のF-2の列が見えた。もっと先には先行した二つの飛行隊のF-15、36機あまりが飛んでいる筈だが、そこまでは肉眼では見えない。
『風見よぅ、俺はとんでもない空(ところ)を飛んでるぞ』
隼人が友人の現状を知らぬが内に漠然と感じたのも無理からん事で、まるで現実感が無いフライトだった。この大編隊もさるものだが、首を巡らせて後方を見ると目に入る、あのシャベルの刃に翼を付けたような、大鳳とかいう巨人機には遠近感を失いそうになる。巨人機の左右には機体の老朽化が問題視されて久しいF-4EJ改が寄り添うように飛んでおり、これまた何のためなのだろうと疑問が湧く。
要らぬ思索に意識を傾けすぎたせいか機が僅かに傾き、隼人は慌てて前方に意識を集中した。
『落ち着け、慌てるな。どうせジャミング弾を放ったらUターンするだけなんだ』
自分に言い聞かせ、右手に握ったサイドスティック方式の操縦桿の存在を確かめなおす。
宅急便みたいなものだ。誰だってできるんだ。『ブービー』だって関係ないんだ。
どんケツ、という有り難くないTACネームを付けられた隼人は、訓練生の中でも生え抜きの優秀者達に交じって飛ぶのに異様な体の強張りを感じていた。
初陣の緊張か、訓練に手応えを得られない事による自信の喪失か。シートの据わりの悪さまでがいちいち気に障るのは、決して集中できているとは言えなかった。
慌ただしく列強の侵攻計画が発表され、地球の各国の指導者達は束の間の頭痛・腹痛の無い日々に別れを告げる。あるいは東南アジアや南米の幾つかの途上国では敗戦を間近にした休戦交渉が再開され、また英連邦や旧ソの独立国家共同体は、気紛れな戦場指定によって名目上の広大な国土内を右往左往させられる。
本邦でも五月の後半にセラン諸惑星連合との三度目の会戦が、半月遅れで執行される事となり、関係各所が慌ただしく動き出した。
太平洋の入口に陣取るセラン諸惑星連合は、例によって日本の領海を要求していた。戦場は海上となり、矢面となる空自・海自にも陣触れが出される。
空自内で電子欺瞞用の装備の行方が不明という、あってはならない事が判明したのは、この段になってからだった。
上を下への大騒ぎの後、機材が教育隊である第21飛行隊に誤って届けられたと分かったのは、現地の整備士たちが訓練用のミサイルにしては何か違うなと首を傾げつつ、欺瞞装備をパイロンに取り付けて通電させた後であった。
悪い事は重なるもので、21飛行隊のF-2B(複座型)に増設されていた航宙機のコンピューターは、出処が同じだった欺瞞装備を自機に最適化させてしまう。こうなるとソフトウェアの問題であり、ハードウェアのプロである整備士達ではお手上げになってしまった。
ダイガストの出撃準備でてんやわんやの大江戸先進科学研究所から技師が到着したのは、限定戦争開始まで24時間を切っていた。
本来受領する筈だった第3航空隊のF-2が浜松基地へと駆けつけ、プログラムの書き換えを含む積み替え作業が不眠不休で行われたのだが、五機ほどが間に合わず、事態は混迷の度を増してゆく。
不運の極め付けとして、21飛行隊のF-2Bに積まれた増設コンピューターは、説明なしで通常型のパイロットが使うには変更点が多すぎた。この辺り、工業製品化と口を酸っぱくして言う割に、大江戸博士自身が共通化・マニュアル化を欠いた机上の空論で突っ走った所為だといえる。
本人は絶対に認めないだろうが。
結果、柘植隼人准尉ほか三名の訓練生に教官一名を加えた五名は、誰に文句を言える訳でもなく、戦場に向かう事になってしまった。
隼人はマスクから供給される圧縮酸素が原因とは思えない、強い喉の渇きを覚えていた。
キャノピーの向こうには先導する教官の機を先頭に、仲間たちが居並んでいる。斜め下がりに一本の線を作って飛ぶ雁行だ。目を細めると少し先に、第3飛行隊の18機のF-2の列が見えた。もっと先には先行した二つの飛行隊のF-15、36機あまりが飛んでいる筈だが、そこまでは肉眼では見えない。
『風見よぅ、俺はとんでもない空(ところ)を飛んでるぞ』
隼人が友人の現状を知らぬが内に漠然と感じたのも無理からん事で、まるで現実感が無いフライトだった。この大編隊もさるものだが、首を巡らせて後方を見ると目に入る、あのシャベルの刃に翼を付けたような、大鳳とかいう巨人機には遠近感を失いそうになる。巨人機の左右には機体の老朽化が問題視されて久しいF-4EJ改が寄り添うように飛んでおり、これまた何のためなのだろうと疑問が湧く。
要らぬ思索に意識を傾けすぎたせいか機が僅かに傾き、隼人は慌てて前方に意識を集中した。
『落ち着け、慌てるな。どうせジャミング弾を放ったらUターンするだけなんだ』
自分に言い聞かせ、右手に握ったサイドスティック方式の操縦桿の存在を確かめなおす。
宅急便みたいなものだ。誰だってできるんだ。『ブービー』だって関係ないんだ。
どんケツ、という有り難くないTACネームを付けられた隼人は、訓練生の中でも生え抜きの優秀者達に交じって飛ぶのに異様な体の強張りを感じていた。
初陣の緊張か、訓練に手応えを得られない事による自信の喪失か。シートの据わりの悪さまでがいちいち気に障るのは、決して集中できているとは言えなかった。
海に浮かぶ全長800メーターもの濃緑色の直方体は、セラン諸惑星連合の主力航宙艦ミネラーレ級ディアマンテ・ウーノの雄姿である。
凪いだ海の表面には形ばかりのうねりがあったが、ディアマンテの絶壁の如く切り立った側舷に阻まれれば、たちまち白い泡となって消えた。その光景は海の王者が泰然と身を横たえているようにも見えるが、内側では第三次駿河沖会戦の開始と共に、船員達が狭い艦内通路を駆け回る修羅場である。
「応急班、待機所に到着」
「対空見張り員、特設監視所で上空監視開始」
ディアマンテのCIC(戦闘指揮中枢)では、これまでに聞き慣れない単語が飛び交っていた。
応急班は戦闘に参加しない船務の要員を掻き集め、ダメージコントロール用に増員させていた。対空見張り員は従来のセンサー以外に、電子戦機を人間の目で直接確認させるために、装甲内に増設した監視所に詰めさせている。どちらもこれまでの戦訓から導き出したものだった。
実際に動き出すまでは効果の程は解らないし、今回の攻勢で彼らが無用に終ればそれに越した事はない。しかしユリウス・パトリキオス艦長には、そうは問屋が卸してくれないであろう予感がしていた。
戦争とは相手がいるものだ。こちらが前回煮え湯を飲まされたジエイタイの電子戦攻撃に対抗策を練ったように、向こうもまた、全く同じ手を使ってくるとは考え難かった。
だからこそ副官が読み上げるジエイタイの陣容には、パトリキオスは些か懐疑的であった。
「今回のジエイタイは最前列に双発戦闘機37機、その後ろに単発戦闘機が23機です。前回と同じく、前衛の双発機が対空任務、後衛の単発機が大型誘導弾と電子戦機のキャリアー兼、対空任務の後詰めを行うと思われます。また前衛にはダイガストの片割れの航空機も確認されています。
更に航空部隊の後方にダイガストの輸送機と、直衛らしき双発航空機が2機、距離をとって巡航しています。この輸送機と前衛部隊との通信量の増大が確認されていますので、何らかの指揮管制を行っているものかと」
極めて常識的な範囲で優秀である副官は、自軍航空隊の敵方への優越を疑っておらず、事務的に航空戦力の数を読みあげた。そして次が本番と言わんばかりに、CICの中央に立てられたディスプレイの4つの光点へ、苛立たしげな目を向けるのだった。
「次に海上戦力ですが、敵航空部隊の更に後方、Eレンジの最外郭で4隻が輪形陣にて航行中。外側3隻は通常型の戦闘艦艇ですが、中央の1隻は全通甲板型。甲板上にはダイガストの片割れの戦車型が乗っています。彼らの企図する処は前回と同様に、大型誘導弾と電子戦による飽和攻撃と見せかけた、圧縮空間の強制展張による爆発物の直接投射でしょう」
「本当に、そうだろうか?」
パトリキオスの言葉が僅かに区切れていたのは、それを口にすることが躊躇われたからである。既に戦闘は始まっているのに、指揮官が迷っているのでは、兵が困るというものだ。しかし口にしてしまった物は引っ込めようが無い。彼はCIC内に聞こえないように声のトーンを落とした。
「既に割れた手の内を、性懲りもなく使うものだろうか?極論するのなら、本艦が離水すれば水平線の向こうの艦艇だって主砲の射程内だぞ」
「彼等が海上に展開できる戦力で、ディアマンテに対抗できる可能性のあるものと考えた場合、選択肢は無いのでは?むしろ皇国とツルギスタンの戦闘を見ますに、彼等は限定戦争という行為を逆手に取っている節すらあります。ダイガストしかり、我々に対する大規模な航空兵力しかり…敵主力を見逃したとあっては先進国の沽券に関わります」
「我々は自分たちが押し付けたルールで首を絞められているわけか」
「最低限のルールは守られるべきでしょう。我々は遵法精神の無い蛮族とは違うのです」
「ルール無用の宇宙海賊相手に船団護衛している方が楽なんだがね。あいつ等ならば、いの一番に頭を潰したって文句を言うやつはいない」
パトリキオスは自分たちにこそ軍事オプションの選択肢が無いという事実に辟易となる。その唯一の方法を、さも勇ましく口にせねばならぬ事に、なんとも情けない気分にさせられた。
「メテオールを発艦させろ。目標に変更なし。各機、最善を尽くして敵航空部隊の撃滅にあたれ」
ディアマンテの甲板の前半分に一斉に20の縦孔が開き、そこから垂直発射式のミサイルの如く、三角形の全翼機が飛び立ってゆく。
セラン諸惑星連合の制空・制宙両用戦闘攻撃機メテオールは高度10000メーターを易々と駆け上りながら、機体下部に収納した足――出力偏向ノズルを兼ねた降着機を僅かに動かし、軌道を放物線を描くように変えてゆく。
放物線の終着点はF-15Jの集団であり、科学技術の違いからくる速度を武器に、頭上を抑えて一気呵成に襲い掛かる算段だった。
凪いだ海の表面には形ばかりのうねりがあったが、ディアマンテの絶壁の如く切り立った側舷に阻まれれば、たちまち白い泡となって消えた。その光景は海の王者が泰然と身を横たえているようにも見えるが、内側では第三次駿河沖会戦の開始と共に、船員達が狭い艦内通路を駆け回る修羅場である。
「応急班、待機所に到着」
「対空見張り員、特設監視所で上空監視開始」
ディアマンテのCIC(戦闘指揮中枢)では、これまでに聞き慣れない単語が飛び交っていた。
応急班は戦闘に参加しない船務の要員を掻き集め、ダメージコントロール用に増員させていた。対空見張り員は従来のセンサー以外に、電子戦機を人間の目で直接確認させるために、装甲内に増設した監視所に詰めさせている。どちらもこれまでの戦訓から導き出したものだった。
実際に動き出すまでは効果の程は解らないし、今回の攻勢で彼らが無用に終ればそれに越した事はない。しかしユリウス・パトリキオス艦長には、そうは問屋が卸してくれないであろう予感がしていた。
戦争とは相手がいるものだ。こちらが前回煮え湯を飲まされたジエイタイの電子戦攻撃に対抗策を練ったように、向こうもまた、全く同じ手を使ってくるとは考え難かった。
だからこそ副官が読み上げるジエイタイの陣容には、パトリキオスは些か懐疑的であった。
「今回のジエイタイは最前列に双発戦闘機37機、その後ろに単発戦闘機が23機です。前回と同じく、前衛の双発機が対空任務、後衛の単発機が大型誘導弾と電子戦機のキャリアー兼、対空任務の後詰めを行うと思われます。また前衛にはダイガストの片割れの航空機も確認されています。
更に航空部隊の後方にダイガストの輸送機と、直衛らしき双発航空機が2機、距離をとって巡航しています。この輸送機と前衛部隊との通信量の増大が確認されていますので、何らかの指揮管制を行っているものかと」
極めて常識的な範囲で優秀である副官は、自軍航空隊の敵方への優越を疑っておらず、事務的に航空戦力の数を読みあげた。そして次が本番と言わんばかりに、CICの中央に立てられたディスプレイの4つの光点へ、苛立たしげな目を向けるのだった。
「次に海上戦力ですが、敵航空部隊の更に後方、Eレンジの最外郭で4隻が輪形陣にて航行中。外側3隻は通常型の戦闘艦艇ですが、中央の1隻は全通甲板型。甲板上にはダイガストの片割れの戦車型が乗っています。彼らの企図する処は前回と同様に、大型誘導弾と電子戦による飽和攻撃と見せかけた、圧縮空間の強制展張による爆発物の直接投射でしょう」
「本当に、そうだろうか?」
パトリキオスの言葉が僅かに区切れていたのは、それを口にすることが躊躇われたからである。既に戦闘は始まっているのに、指揮官が迷っているのでは、兵が困るというものだ。しかし口にしてしまった物は引っ込めようが無い。彼はCIC内に聞こえないように声のトーンを落とした。
「既に割れた手の内を、性懲りもなく使うものだろうか?極論するのなら、本艦が離水すれば水平線の向こうの艦艇だって主砲の射程内だぞ」
「彼等が海上に展開できる戦力で、ディアマンテに対抗できる可能性のあるものと考えた場合、選択肢は無いのでは?むしろ皇国とツルギスタンの戦闘を見ますに、彼等は限定戦争という行為を逆手に取っている節すらあります。ダイガストしかり、我々に対する大規模な航空兵力しかり…敵主力を見逃したとあっては先進国の沽券に関わります」
「我々は自分たちが押し付けたルールで首を絞められているわけか」
「最低限のルールは守られるべきでしょう。我々は遵法精神の無い蛮族とは違うのです」
「ルール無用の宇宙海賊相手に船団護衛している方が楽なんだがね。あいつ等ならば、いの一番に頭を潰したって文句を言うやつはいない」
パトリキオスは自分たちにこそ軍事オプションの選択肢が無いという事実に辟易となる。その唯一の方法を、さも勇ましく口にせねばならぬ事に、なんとも情けない気分にさせられた。
「メテオールを発艦させろ。目標に変更なし。各機、最善を尽くして敵航空部隊の撃滅にあたれ」
ディアマンテの甲板の前半分に一斉に20の縦孔が開き、そこから垂直発射式のミサイルの如く、三角形の全翼機が飛び立ってゆく。
セラン諸惑星連合の制空・制宙両用戦闘攻撃機メテオールは高度10000メーターを易々と駆け上りながら、機体下部に収納した足――出力偏向ノズルを兼ねた降着機を僅かに動かし、軌道を放物線を描くように変えてゆく。
放物線の終着点はF-15Jの集団であり、科学技術の違いからくる速度を武器に、頭上を抑えて一気呵成に襲い掛かる算段だった。
その日の航空自衛隊の前衛を務めるF-15Jは36機と多勢ではあったが、内訳を見れば茨城県百里基地の305飛行隊と、石川県小松基地の303飛行隊の混成であり、厚木の航空総隊に一括指揮されるとは言え、飛行隊間に格別の連携があるわけではなかった。
また、近代的な空軍にとって不可欠と言える早期警戒管制機は、戦闘に直接身を晒さない事を列強側に非難される為、今回も出撃は見合わせていた。それを言ってしまうと厚木基地地下壕の航空総隊はどうなのよ、とか思わない事もないが、突っ込まれないので制服組の皆さんはまるっと無視した。
なお、今回は戦域スレスレに溺者救助を名目に、潜水艦を含む多数の艦艇が張り付いており、甲板上では航空総隊へと送られるデータやら戦闘記録の収集やらに余念がない。
そして彼らの機材が記録を始めた戦闘は、以下のようにして始まった。
各飛行隊に二機づつ交じるF-15DJ(複座型)のセンシング機能付与型がメテオールの上方よりの接近を感知し、各機へと方位を指定、中距離空対空ミサイルAAM-4を放つ。この際、小松基地の近代化改修を終えたF-15は機体間のデータリンクを行い、素早く飛行隊内での諸元を揃え、文字通り一斉の発射を行った。
切り離されたミサイル群は最初こそロケットモーターの燃焼による白煙を曳いたが、すぐにそれも治まり、距離が開くとともに視認できる要素は皆無になった。このあたり、有名なアニメのミサイル演出のように、不規則な軌道による白煙を曳いて四方八方から、と言うような威勢の良い話にはならなかった。
続いてF-15Jのセンシング機能付与機に積み込まれた偵察ポッドは、セラン諸惑星連合のメテオールが回避行動をとり始めた事を捉える。彼等のコクピットを更に狭くしている後付けの液晶ディスプレイ上の、敵を示す赤い三角群が慌ただしく動いていた。
個々の性能の許す限りの速度を銘々が勝手にとるが故に、結果として一列の編隊飛行のようになっていたメテオールだが、急激な機動変更を行って群れを離れるものや、いっそ増速するものによって、仮初めの編隊は『ブレイク』した。
程なく自衛隊のパイロット達が爆炎を視認する。しかし偵察ポッドは敵機の総数が20から減少していないことを伝えていた。
互いの交戦意志は明白であるからして、中距離ミサイルで先制しても戦果は期待できない。敵機はレーザーでもってミサイルを迎撃したのだろう。
悪態をつく暇もなく、F-15は飛行隊ごとに左右に別れた。メテオールを左右から押し包むような機動と共に、編隊の中の何機かが機体後部から白煙を伴う物体を次々と放り出す。
それは赤外線探知式の誘導を欺瞞する熱源(フレアー)でも、電波式誘導を阻害する欺瞞紙(チャフ)でもない。
物体は直ぐに破裂して内容物を散布させ、数瞬後には戦場となる空域に薄く白色を刷いた。列強の標準的なレーザー兵器を拡散させる分子の雲…と、言うと聞こえは良いが、要は空気中にばら撒いた微細なゴミの煙幕だった。
公証では効果時間は10分程度と言われているが、多数の機体が入り混じって大気を撹拌する状況で、それがどれほど真に迫る数値かは解らない。それでも接敵までの間に、遠距離から一方的に熱線で切り刻まれる事態は回避できる筈だった。
つまり、空戦は瞬時に至近距離からのどつき合いへと退化した。
両軍のパイロットはそれを理解しているのだろう、示し合わせたように最初の一合が行われる空域へと殺到する。馬上槍を構えた騎士よろしく、だ。
幾機かのメテオールからレーザー照射が行われたが、空域を薄く染める白色の靄の中を直進する間には、可視光線は見る間に輝きを失い、文字通り消失する。航空総隊の指令所では何人かのパイロットから歓声があがったのを記録していたが、そもそも指令所内での歓声の方が大きい有様だった。
が、指令所の賑わいも水が引くように収まる。
モニター上の敵味方を示す三角形がついぞ接触したのだ。
また、近代的な空軍にとって不可欠と言える早期警戒管制機は、戦闘に直接身を晒さない事を列強側に非難される為、今回も出撃は見合わせていた。それを言ってしまうと厚木基地地下壕の航空総隊はどうなのよ、とか思わない事もないが、突っ込まれないので制服組の皆さんはまるっと無視した。
なお、今回は戦域スレスレに溺者救助を名目に、潜水艦を含む多数の艦艇が張り付いており、甲板上では航空総隊へと送られるデータやら戦闘記録の収集やらに余念がない。
そして彼らの機材が記録を始めた戦闘は、以下のようにして始まった。
各飛行隊に二機づつ交じるF-15DJ(複座型)のセンシング機能付与型がメテオールの上方よりの接近を感知し、各機へと方位を指定、中距離空対空ミサイルAAM-4を放つ。この際、小松基地の近代化改修を終えたF-15は機体間のデータリンクを行い、素早く飛行隊内での諸元を揃え、文字通り一斉の発射を行った。
切り離されたミサイル群は最初こそロケットモーターの燃焼による白煙を曳いたが、すぐにそれも治まり、距離が開くとともに視認できる要素は皆無になった。このあたり、有名なアニメのミサイル演出のように、不規則な軌道による白煙を曳いて四方八方から、と言うような威勢の良い話にはならなかった。
続いてF-15Jのセンシング機能付与機に積み込まれた偵察ポッドは、セラン諸惑星連合のメテオールが回避行動をとり始めた事を捉える。彼等のコクピットを更に狭くしている後付けの液晶ディスプレイ上の、敵を示す赤い三角群が慌ただしく動いていた。
個々の性能の許す限りの速度を銘々が勝手にとるが故に、結果として一列の編隊飛行のようになっていたメテオールだが、急激な機動変更を行って群れを離れるものや、いっそ増速するものによって、仮初めの編隊は『ブレイク』した。
程なく自衛隊のパイロット達が爆炎を視認する。しかし偵察ポッドは敵機の総数が20から減少していないことを伝えていた。
互いの交戦意志は明白であるからして、中距離ミサイルで先制しても戦果は期待できない。敵機はレーザーでもってミサイルを迎撃したのだろう。
悪態をつく暇もなく、F-15は飛行隊ごとに左右に別れた。メテオールを左右から押し包むような機動と共に、編隊の中の何機かが機体後部から白煙を伴う物体を次々と放り出す。
それは赤外線探知式の誘導を欺瞞する熱源(フレアー)でも、電波式誘導を阻害する欺瞞紙(チャフ)でもない。
物体は直ぐに破裂して内容物を散布させ、数瞬後には戦場となる空域に薄く白色を刷いた。列強の標準的なレーザー兵器を拡散させる分子の雲…と、言うと聞こえは良いが、要は空気中にばら撒いた微細なゴミの煙幕だった。
公証では効果時間は10分程度と言われているが、多数の機体が入り混じって大気を撹拌する状況で、それがどれほど真に迫る数値かは解らない。それでも接敵までの間に、遠距離から一方的に熱線で切り刻まれる事態は回避できる筈だった。
つまり、空戦は瞬時に至近距離からのどつき合いへと退化した。
両軍のパイロットはそれを理解しているのだろう、示し合わせたように最初の一合が行われる空域へと殺到する。馬上槍を構えた騎士よろしく、だ。
幾機かのメテオールからレーザー照射が行われたが、空域を薄く染める白色の靄の中を直進する間には、可視光線は見る間に輝きを失い、文字通り消失する。航空総隊の指令所では何人かのパイロットから歓声があがったのを記録していたが、そもそも指令所内での歓声の方が大きい有様だった。
が、指令所の賑わいも水が引くように収まる。
モニター上の敵味方を示す三角形がついぞ接触したのだ。
一機のF-15Jが機を翻して降下に入ると、狙いすましたようにメテオールがその背後に着いた。二本足を付けたブーメランのような異星の戦闘機は、その足の先端に据え付けられた推進器を偏向ノズルとして振り回し、抜群の機動性でもってF-15Jの後背を狙ってくる。しかし、セラン諸惑星連合のパイロットが攻撃位置を定めるよりも早く、後ろに着かれたF-15Jの僚機が、すぐさまメテオールの背後を狙った。
メテオールのセンサーが赤外線の照射――短距離ミサイルのロックオン――を感知するや、何もない中空を蹴ったような異常な機動でもって離れてゆく。さも忌々しげに。
自衛隊機は形振り構わず二機一組でメテオール一機にあたっていた。1番機が交戦、2番機はその後背を守る。これだけでも徹底すれば、1番機がドッグファイト中に無防備な後背を別の敵機に衝かれる心配はない。更に飛行隊長・中隊長のセンシング機能付加型機が一歩引いた場所から戦場を俯瞰し、相互支援の密度を上げる。
ともすれば、やっている事は二次大戦期にまで後退していたが、相互支援の気の少ないメテオール相手には十分な効果があった。そのうえで、はるか眼下の海の青へと棚引いてゆく幾筋かの黒煙は、自衛隊機であるのか、セラン諸惑星連合機であるのか。
鷹介の駆る太刀風も暴風のような航空戦の只中にあった。
協調と言う前準備をしていない外様であるからして、彼に僚機は無い。戦闘機としての役目が主でないため、メテオール程の機動性も無い。しかしダイガストの巨体を曲りなりにも飛んだり跳ねたりさせる推力を太刀風だけで使うのだから、運動エネルギーだけは有り余っていた。
鷹介はこの持ち味を活かし、空戦域を幾度も往復して一撃離脱――という名の嫌がらせ――を徹底した。
網の目のように入り組む各機の航跡の合間を音速の1.5倍で縫い、目に付いたメテオールへ片っ端から射撃用のレーダー波を照射し、場合によっては両翼の付け根に搭載した電磁投射砲をお見舞いする。
機会は1秒の何分の1か。コンピューターに標的の予測航路を表示させての偏差射撃――未来の予測地点への射撃――である事を加えても、それは瞬間にも満たない事態の連続だ。
そんなもので撃墜されるほど敵機も素人ではない。しかし、今しがた太刀風と交錯したメテオールは、その速度と突然の射撃に、刹那、目を奪われた。その背後に二機のF-15が忍び寄るには、十分な隙だ。
ドッグファイトの結果を鷹介が知る事は無い。彼の機は既に遠く離れ、翼を翻して水平旋回中だった。
ちらりと目を向けた海上では、ディアマンテの前方で爆発が起こっていた。
海自艦艇からのミサイルを迎撃しているのだろう。
作戦は進行している。もうじき、隼人たちの番も来る。
隼人ほか3名の航空学生時代の同期がこの戦闘に参加せざるを得ない状況に追い込まれた事は、浜松基地に飛んだ研究所の職員達から聞いていた。
鷹介は――原因の幾何かは大江戸博士な事もあり――最初こそ虚脱しかけたが、動き出したジェットエンジンの如く、事態は止まってくれない。その瞬間が早く過ぎ去ってくれるよう、何者とも知れないものに祈るしかなかった。
実際の空戦が始まってより、未だ五分と経過していない。
メテオールのセンサーが赤外線の照射――短距離ミサイルのロックオン――を感知するや、何もない中空を蹴ったような異常な機動でもって離れてゆく。さも忌々しげに。
自衛隊機は形振り構わず二機一組でメテオール一機にあたっていた。1番機が交戦、2番機はその後背を守る。これだけでも徹底すれば、1番機がドッグファイト中に無防備な後背を別の敵機に衝かれる心配はない。更に飛行隊長・中隊長のセンシング機能付加型機が一歩引いた場所から戦場を俯瞰し、相互支援の密度を上げる。
ともすれば、やっている事は二次大戦期にまで後退していたが、相互支援の気の少ないメテオール相手には十分な効果があった。そのうえで、はるか眼下の海の青へと棚引いてゆく幾筋かの黒煙は、自衛隊機であるのか、セラン諸惑星連合機であるのか。
鷹介の駆る太刀風も暴風のような航空戦の只中にあった。
協調と言う前準備をしていない外様であるからして、彼に僚機は無い。戦闘機としての役目が主でないため、メテオール程の機動性も無い。しかしダイガストの巨体を曲りなりにも飛んだり跳ねたりさせる推力を太刀風だけで使うのだから、運動エネルギーだけは有り余っていた。
鷹介はこの持ち味を活かし、空戦域を幾度も往復して一撃離脱――という名の嫌がらせ――を徹底した。
網の目のように入り組む各機の航跡の合間を音速の1.5倍で縫い、目に付いたメテオールへ片っ端から射撃用のレーダー波を照射し、場合によっては両翼の付け根に搭載した電磁投射砲をお見舞いする。
機会は1秒の何分の1か。コンピューターに標的の予測航路を表示させての偏差射撃――未来の予測地点への射撃――である事を加えても、それは瞬間にも満たない事態の連続だ。
そんなもので撃墜されるほど敵機も素人ではない。しかし、今しがた太刀風と交錯したメテオールは、その速度と突然の射撃に、刹那、目を奪われた。その背後に二機のF-15が忍び寄るには、十分な隙だ。
ドッグファイトの結果を鷹介が知る事は無い。彼の機は既に遠く離れ、翼を翻して水平旋回中だった。
ちらりと目を向けた海上では、ディアマンテの前方で爆発が起こっていた。
海自艦艇からのミサイルを迎撃しているのだろう。
作戦は進行している。もうじき、隼人たちの番も来る。
隼人ほか3名の航空学生時代の同期がこの戦闘に参加せざるを得ない状況に追い込まれた事は、浜松基地に飛んだ研究所の職員達から聞いていた。
鷹介は――原因の幾何かは大江戸博士な事もあり――最初こそ虚脱しかけたが、動き出したジェットエンジンの如く、事態は止まってくれない。その瞬間が早く過ぎ去ってくれるよう、何者とも知れないものに祈るしかなかった。
実際の空戦が始まってより、未だ五分と経過していない。
多数の航空機が互いの後方を狙って婉曲に、あるいは直線的に、操縦技術の粋を尽くして機動を行う様は、まるで巨大な竜巻のように見えた。エンジン出力や姿勢の急速な変更が次々と航跡雲をつくり、その印象は益々強まる。
柘植隼人は我知らず操縦桿を強く握りしめていた。あのような高みへ、いつか自分も登れるのだろうか。
呆けた彼を現実に引き戻したのは、飛行隊長からの無人機切り離し用意という言葉だった。
慌ててディスプレイ上の発射諸元を確認するが、液晶上には翼下の無人機の存在を示す表示が無い。
なぜだ?隼人の頭の中が混乱で瞬時に真っ白になる。ヘッドアップディスプレイにも標準レティクルが出ないし、操縦席前の4つの液晶モニターの何処にも表示が無い。狭いコクピットなのに、まるで迷子の子供の様だった。
操縦中のパイロットの知能指数が酷い低下をきたすのは以前から知られているが、彼の混乱もそれに尽きた。目を瞑っても出来るほどに体に覚え込ませた訳でもなく、そのうえで強いストレスを受け続けるのだから、無理からん話ではある。
熱に浮かされたような頭の中に一つの言葉が浮かんだのは、訓練の賜物だったろうか。
『マスターアームスイッチ!』
ハッとなって兵装パネルのつまみを下げる。安全装置が解除され、液晶モニターに各種兵装の電灯が点いた。
「ハママツ05、発射準備よし」
上ずった声で確認報告を行ったのは、3名の僚友達に一拍遅れての事だった。情けないやら不甲斐ないやら、ぐちゃぐちゃとした気分のまま、左手の中指でスロットルレバーの側面に付いたノブを動かして大まかな射出方向を指定する。
そうこうする内には発射指示が出る。右手で握るサイドスティックのトリガーボタンを押し込むと、金属音と僅かな振動がコクピットまで伝わり、機体が浮くような感覚を覚えた。視界の両側を白煙を猛然と曳いて無人機が飛翔するのを見るや、あれが翼下から離れて機体が軽くなったのだ、と理解できるくらいには落ち着きを取り戻していた。
まるで無人機が不安や緊張の全てを肩代わりしてくれたかのようだ。
5機のF-2Bは機体も軽く、水平旋回から戦闘空域に背を向け、日本側への帰途に付いた。来た時と同じく斜め下がりの雁行に編隊を組み直すが、整然と行われる編隊飛行には程遠い。チラリと周囲を見渡せば、後方を遊弋するように飛んでいた大鳳は、この時には見当たらなくなっていた。
隼人の編隊位置は行きと変わらず一番後ろであり、編隊飛行にも組み込まれないウデなのかと、これまた若者の神経を逆撫でる。だから、編隊長の教官から個別に通信が入った時には、またお小言かとヘルメットの下で泣きそうな顔になった。
「おいブービー、電子戦無人機の切り離しの時に、発射準備が遅れたな?」
「マスターアームスイッチを入れ忘れていました」
馬鹿正直な物言いに、通信機の向こうの教官の口から小さく息が漏れた。
「…最後にゃ遅れなかったんだ、まぁイイさ。それよりブービー、お前ぇ、編隊飛行のケツを飛ぶのはどういう気分だ?」
「編隊に組み込まれる技量ではない、という教官の判断だと思います」
「馬鹿野郎、前について飛ぶだけなら、お前ら誰でも出来らぁ。編隊の一番後ろはな、奇襲の時に真っ先に狙われる場所なんだよ。並のパイロットにゃ任せられん。技量、操縦の癖、イザって時の負けん気。こいつになら飛行隊のケツを飛ばせられる、って操縦士に任すんだよ」
「え?」
隼人は呆けたような声を出す。理解が何か妙な声になって口から溢れ出すより早く、教官は先を続けた。
「だからなブービー、お前はこの飛行隊のドンケツにいろ。お前以外にゃ任せられ…」
隼人が勢いもよく返事をしようとした時、教官のF-2Bは火球に変わっていた。
何が起きたのか。それを考えるよりも早く、脊髄反射のように操縦桿を倒し、増大するGに耐えながら隼人は叫んだ。
「ブレイク(散開)!!ブレイク(散開)しろ!!上方に敵機!!」
ヘディング(方位)とかエンジェル(上方向の高度)とか、いろいろスッ飛ばしたが、とっさに口を突いたのはその程度のモノだった。
黒い影のようになって何者かが編隊のど真ん中を駆け下ってゆく。誰かの主翼が千切れ飛んで、きりもみに陥る。
隼人は自分の口が何か罵り声のようなものを上げていたように感じたが、それもどこか上の空で、意識だけが鮮明にヘッドアップディスプレイ越しの敵機へと向いていた。
柘植隼人は我知らず操縦桿を強く握りしめていた。あのような高みへ、いつか自分も登れるのだろうか。
呆けた彼を現実に引き戻したのは、飛行隊長からの無人機切り離し用意という言葉だった。
慌ててディスプレイ上の発射諸元を確認するが、液晶上には翼下の無人機の存在を示す表示が無い。
なぜだ?隼人の頭の中が混乱で瞬時に真っ白になる。ヘッドアップディスプレイにも標準レティクルが出ないし、操縦席前の4つの液晶モニターの何処にも表示が無い。狭いコクピットなのに、まるで迷子の子供の様だった。
操縦中のパイロットの知能指数が酷い低下をきたすのは以前から知られているが、彼の混乱もそれに尽きた。目を瞑っても出来るほどに体に覚え込ませた訳でもなく、そのうえで強いストレスを受け続けるのだから、無理からん話ではある。
熱に浮かされたような頭の中に一つの言葉が浮かんだのは、訓練の賜物だったろうか。
『マスターアームスイッチ!』
ハッとなって兵装パネルのつまみを下げる。安全装置が解除され、液晶モニターに各種兵装の電灯が点いた。
「ハママツ05、発射準備よし」
上ずった声で確認報告を行ったのは、3名の僚友達に一拍遅れての事だった。情けないやら不甲斐ないやら、ぐちゃぐちゃとした気分のまま、左手の中指でスロットルレバーの側面に付いたノブを動かして大まかな射出方向を指定する。
そうこうする内には発射指示が出る。右手で握るサイドスティックのトリガーボタンを押し込むと、金属音と僅かな振動がコクピットまで伝わり、機体が浮くような感覚を覚えた。視界の両側を白煙を猛然と曳いて無人機が飛翔するのを見るや、あれが翼下から離れて機体が軽くなったのだ、と理解できるくらいには落ち着きを取り戻していた。
まるで無人機が不安や緊張の全てを肩代わりしてくれたかのようだ。
5機のF-2Bは機体も軽く、水平旋回から戦闘空域に背を向け、日本側への帰途に付いた。来た時と同じく斜め下がりの雁行に編隊を組み直すが、整然と行われる編隊飛行には程遠い。チラリと周囲を見渡せば、後方を遊弋するように飛んでいた大鳳は、この時には見当たらなくなっていた。
隼人の編隊位置は行きと変わらず一番後ろであり、編隊飛行にも組み込まれないウデなのかと、これまた若者の神経を逆撫でる。だから、編隊長の教官から個別に通信が入った時には、またお小言かとヘルメットの下で泣きそうな顔になった。
「おいブービー、電子戦無人機の切り離しの時に、発射準備が遅れたな?」
「マスターアームスイッチを入れ忘れていました」
馬鹿正直な物言いに、通信機の向こうの教官の口から小さく息が漏れた。
「…最後にゃ遅れなかったんだ、まぁイイさ。それよりブービー、お前ぇ、編隊飛行のケツを飛ぶのはどういう気分だ?」
「編隊に組み込まれる技量ではない、という教官の判断だと思います」
「馬鹿野郎、前について飛ぶだけなら、お前ら誰でも出来らぁ。編隊の一番後ろはな、奇襲の時に真っ先に狙われる場所なんだよ。並のパイロットにゃ任せられん。技量、操縦の癖、イザって時の負けん気。こいつになら飛行隊のケツを飛ばせられる、って操縦士に任すんだよ」
「え?」
隼人は呆けたような声を出す。理解が何か妙な声になって口から溢れ出すより早く、教官は先を続けた。
「だからなブービー、お前はこの飛行隊のドンケツにいろ。お前以外にゃ任せられ…」
隼人が勢いもよく返事をしようとした時、教官のF-2Bは火球に変わっていた。
何が起きたのか。それを考えるよりも早く、脊髄反射のように操縦桿を倒し、増大するGに耐えながら隼人は叫んだ。
「ブレイク(散開)!!ブレイク(散開)しろ!!上方に敵機!!」
ヘディング(方位)とかエンジェル(上方向の高度)とか、いろいろスッ飛ばしたが、とっさに口を突いたのはその程度のモノだった。
黒い影のようになって何者かが編隊のど真ん中を駆け下ってゆく。誰かの主翼が千切れ飛んで、きりもみに陥る。
隼人は自分の口が何か罵り声のようなものを上げていたように感じたが、それもどこか上の空で、意識だけが鮮明にヘッドアップディスプレイ越しの敵機へと向いていた。
航空自衛隊とディアマンテの航空隊による空戦は混戦となっていた。
海上自衛隊の艦艇四隻によるミサイル攻撃は、一波、二派ともにディアマンテの対空砲火により無力化されている。三隻の通常型護衛艦による形ばかりの輪形陣。その中央に定まる【ひゅうが】級の全通甲板に固定された獅子王の主砲は、未だ仰角をかけるだけで発砲を始めていない。
獅子王の主砲が前回のようにディアマンテに徹甲弾を放り込むため、多数の対艦誘導弾と電子戦無人機を敵艦上空に進出させ、虚実を併せた飽和攻撃を開始するのが先か。それともディアマンテの航空隊が列強の戦闘の作法と言う厄介事を空自の囲みごと食い破り、海自の護衛艦隊に襲い掛かるのが先か。
双方の指揮官がとろ火で焙られるような焦れを感じている中で、避退中の少数のF-2にわざわざ討ち手が差し向けられたのは、もはや戦場の霧としか言いようが無かった。
彼等の放ったジャミング機は徐々にディアマンテのセンサー系に誤情報を与え始める。その中で、大鳳は先刻までの位置から姿を消し、F-2の編隊とジャミングによる通信量の増大だけが残された。電子の世界の戦闘はディアマンテのメインコンピューターへ負荷をかけ、F-2の編隊を一時的に単一の大型目標として誤表示させる。
一方、ディアマンテのCIC(戦闘指揮中枢)では電子戦攻撃を受けているという現状より、それが始まったという事実の方が重要視された。副官は即座に意見具申を行う。
「仕掛けてきましたね。こちらも直接攻撃を始めましょう!」
前回のような間髪を入れぬ飽和攻撃でないことに、パトリキオスは一抹の不安を感じぬでもなかったが、それで艦長の責務たる艦の護持を放棄して良いかと言うと、そんな訳でもない。彼はCIC中央の情報ディスプレイ上の二つの大きな脅威度を見やり、意を決する。
「無人攻撃機を発進させよう。1号の攻撃目標はダイガスト上半身、2号はダイガストの大型輸送機だ」
これならば先進国の大人気ない先制攻撃などと言われまい。
パトリキオスがやけに疲労を感じながら下した命令に従い、ディアマンテの甲板の中央に一本、長大なレールが競り上がる。銀河帝国近衛艦隊へのご機嫌伺いで遅延した戦争計画であったが、その間に準備できた無人機用のリニアレール式カタパルトだった。無人機でないとGが掛かりすぎる未調整な突貫品、の間違いな気もするが、ともかく二機のAI制御によるメテオールが凄まじい速度で発艦する。
隼人達へと襲い掛かったのは、電子戦攻撃により大鳳であると錯誤したまま、攻撃を開始した一機であった。
そしていま一機は海面スレスレに高度を落とし、黒い矢となって海自の艦艇群に迫った。その周囲に次々と水柱が立ち上がるのは、通常型の護衛艦が前部甲板に装備した単装速射砲を、俯角を目一杯にかけて発射しているからだ。が、それも予想外の敵機の速度に正確な射撃の為の諸元が整わず、水柱の弾幕でもって当たれば幸いとバラ撒いているに過ぎない。
無人機は操縦者に斟酌の要らない速度の優越でもって、易々と主砲の俯角によるカバーの内側にまで入り込み、続いて始まる近接防御火器の20㎜弾による複数の火線を、機を蛇行させていなすや、跳ね上がって【ひゅうが】級の全通甲板を目前に捉えた。
全翼型のメテオールの両翼上に備え付いた二基の偏向レーザーが薙ぎ払われたのと、複数の20㎜弾の火線が槍襖のように殺到したのは、全く同時であった。
毎分3000発ものタングステン弾芯の嵐に、異星の航空機はほんの一瞬原型を保ったが、すぐに見えない手に鷲掴みされたように滅茶苦茶に形を変え、海にぶち撒けられた。
しかしその直前には二条の熱線が【ひゅうが】級の甲板に沸き立つ線を描き、巨大な師子王の主砲を切断し、車体を装甲ごと切り裂いて複数の金属塊に分割していた。
その光景はあまりに見事で呆気なく、頭の片隅で盛大に警報ががなり立てるのに、パトリキオスも思わず即応を忘れる程だった。
彼が次に声を上げるのは、中央の情報ディスプレイ上の大鳳の反応が複数の小型機に変わり、代わりにディマンテの前方に三つに増えて現れた時であった。
「緊急回避!!対空戦闘は継続!!」
海上自衛隊の艦艇四隻によるミサイル攻撃は、一波、二派ともにディアマンテの対空砲火により無力化されている。三隻の通常型護衛艦による形ばかりの輪形陣。その中央に定まる【ひゅうが】級の全通甲板に固定された獅子王の主砲は、未だ仰角をかけるだけで発砲を始めていない。
獅子王の主砲が前回のようにディアマンテに徹甲弾を放り込むため、多数の対艦誘導弾と電子戦無人機を敵艦上空に進出させ、虚実を併せた飽和攻撃を開始するのが先か。それともディアマンテの航空隊が列強の戦闘の作法と言う厄介事を空自の囲みごと食い破り、海自の護衛艦隊に襲い掛かるのが先か。
双方の指揮官がとろ火で焙られるような焦れを感じている中で、避退中の少数のF-2にわざわざ討ち手が差し向けられたのは、もはや戦場の霧としか言いようが無かった。
彼等の放ったジャミング機は徐々にディアマンテのセンサー系に誤情報を与え始める。その中で、大鳳は先刻までの位置から姿を消し、F-2の編隊とジャミングによる通信量の増大だけが残された。電子の世界の戦闘はディアマンテのメインコンピューターへ負荷をかけ、F-2の編隊を一時的に単一の大型目標として誤表示させる。
一方、ディアマンテのCIC(戦闘指揮中枢)では電子戦攻撃を受けているという現状より、それが始まったという事実の方が重要視された。副官は即座に意見具申を行う。
「仕掛けてきましたね。こちらも直接攻撃を始めましょう!」
前回のような間髪を入れぬ飽和攻撃でないことに、パトリキオスは一抹の不安を感じぬでもなかったが、それで艦長の責務たる艦の護持を放棄して良いかと言うと、そんな訳でもない。彼はCIC中央の情報ディスプレイ上の二つの大きな脅威度を見やり、意を決する。
「無人攻撃機を発進させよう。1号の攻撃目標はダイガスト上半身、2号はダイガストの大型輸送機だ」
これならば先進国の大人気ない先制攻撃などと言われまい。
パトリキオスがやけに疲労を感じながら下した命令に従い、ディアマンテの甲板の中央に一本、長大なレールが競り上がる。銀河帝国近衛艦隊へのご機嫌伺いで遅延した戦争計画であったが、その間に準備できた無人機用のリニアレール式カタパルトだった。無人機でないとGが掛かりすぎる未調整な突貫品、の間違いな気もするが、ともかく二機のAI制御によるメテオールが凄まじい速度で発艦する。
隼人達へと襲い掛かったのは、電子戦攻撃により大鳳であると錯誤したまま、攻撃を開始した一機であった。
そしていま一機は海面スレスレに高度を落とし、黒い矢となって海自の艦艇群に迫った。その周囲に次々と水柱が立ち上がるのは、通常型の護衛艦が前部甲板に装備した単装速射砲を、俯角を目一杯にかけて発射しているからだ。が、それも予想外の敵機の速度に正確な射撃の為の諸元が整わず、水柱の弾幕でもって当たれば幸いとバラ撒いているに過ぎない。
無人機は操縦者に斟酌の要らない速度の優越でもって、易々と主砲の俯角によるカバーの内側にまで入り込み、続いて始まる近接防御火器の20㎜弾による複数の火線を、機を蛇行させていなすや、跳ね上がって【ひゅうが】級の全通甲板を目前に捉えた。
全翼型のメテオールの両翼上に備え付いた二基の偏向レーザーが薙ぎ払われたのと、複数の20㎜弾の火線が槍襖のように殺到したのは、全く同時であった。
毎分3000発ものタングステン弾芯の嵐に、異星の航空機はほんの一瞬原型を保ったが、すぐに見えない手に鷲掴みされたように滅茶苦茶に形を変え、海にぶち撒けられた。
しかしその直前には二条の熱線が【ひゅうが】級の甲板に沸き立つ線を描き、巨大な師子王の主砲を切断し、車体を装甲ごと切り裂いて複数の金属塊に分割していた。
その光景はあまりに見事で呆気なく、頭の片隅で盛大に警報ががなり立てるのに、パトリキオスも思わず即応を忘れる程だった。
彼が次に声を上げるのは、中央の情報ディスプレイ上の大鳳の反応が複数の小型機に変わり、代わりにディマンテの前方に三つに増えて現れた時であった。
「緊急回避!!対空戦闘は継続!!」
土岐虎二郎は目まぐるしく変わり始めた戦況を、情報ディスプレイ上の情報から逐次確認している。
F-2からの電子戦無人機を含む対艦誘導弾と、海自艦艇からの誘導弾がディアマンテに飽和攻撃を始めていた。頃合いだ。虎二郎は掌に汗が滲むのを感じながら言った。
「やりましょう」
「ラジャー、最終アプローチに入る」
ヘッドセット越しに声を返したのは、権藤…大鳳の機長だった。
大鳳の巨体は海面スレスレを飛んでいた。数字で表すならば10メーター以上のクリアランスが有ったが、操縦ミスと波のうねりが重なれば、即座に海に突っ込みかねない。
それでも権藤はコンピューターのガイドを頼りに機を飛ばしていた。危険と言えば、現役時代イラク内での輸送任務でも、離着陸時に何処から狙われるか判らない危ない時期がったが、あれ以上の緊張感だ。
「外装、除去」
権藤がコンソールのタッチパネルから指示を出すと、機体の腹にかかえたコンテナの外壁が爆砕ボルトの破裂とともに次々と分解し、海面に水柱を上げて落着してゆく。
その下に現れたのは【ひゅうが】級の甲板で割断されたはずの、ダイガストの上半身だった。
機械の双眸が光を宿し、鋼の装甲に覆われた腕には必殺の一太刀である輝鋼剣が、今や遅しと鞘ばしる瞬間を待っているとくれば、こちらが本物であるに相違ない。というか、輸送機に吊り下げられた状態で敵艦に肉薄攻撃をかまそうという太い考え、大江戸研以外の組織が実行するとも思えない。
そして、その狂気じみた計画を実行するために無線誘導を受ける無人のF-4Jファントム戦闘機二機が、最後の直進に移る大鳳を上回る速度で、ディマンテに向けて矢のように飛翔する。
ディマンテの電子の目が捉えた三機の大鳳とは、この無人誘導のファントムを含む過誤に違いなかった。そして特設監視所で光学レンズを覗き込む対空見張り員達は、パトリキオスの思惑通りに、肉眼でもって先行する二機に対空砲火を誘導する活躍を見せた。
通常飛行も危ういと言われた退役寸前のF-4J二機は、熱線に航空燃料を引火させられ、たちどころに火の玉に変わる。
と同時に、翼下に抱え込んだ対レーザー煙幕を盛大に飛散させるのを、最後の仕事として。
突如として海と空の青に、向こうも見えないほど濃密な白がブチ撒けられる。
すぐさまディアマンテの両側舷から50を数える偏光レンズの何割かが割り振られ、赤色の光線を集中させるが、対レーザー煙幕の微細な粒子に阻害され、最大の熱量を発揮する一点への収束を前に周囲の空間に解けて消えた。
一方で権藤の視界も真っ白に塗り潰される煙幕の密度だが、彼の被るヘルメットに付いたヘッドマウントディプレイは、センサーの幾つかの情報から周辺の状況を簡易な線で映し出している。ふた昔前の粗いポリゴンモデルによる体感ゲームのようだ。権藤は漠然と思いつつ、あくまで意思の大半は操縦桿に集める。
それは虎二郎のコクピットでも同じだった。
定められたプログラムに従い、ダイガストが輝鋼剣の鞘を払う。鞘は大鳳の懸架装置に戻し、剣を両手でホールドして海面に切っ先を垂らす。座席の後ろから振動の高まるのを感じた。ダイガストの主機が出力を上げ、輝鋼剣を構成する物質を励起させている。
今回のダイガストの戦闘行動は全てプログラムだった。虎二郎はいつもと変わらず、細かな出力調整に目を配ればいい。
後は権藤さんに任せればいい。大丈夫、あの人はベテランだ。敵のレーザーは減衰出来ている。耐熱コーティングだってバッチリだ。たまに大鳳が振動するのも気のせいだ。ああ、畜生、どうして俺、こんな事になってるんだ?
「攻撃よーい」
権藤の宣言を聞き逃さず、今や遅しと握りしめていた出力調整レバーを最大出力へと前倒す。思っていたより緊張していたのだろう、可動範囲の限界であるメカニカルロックにぶつかった反動は、いつもより大きかった。
大鳳の巨体が少しづつ高度を上げる。輝鋼剣の刀身が金色の輝きを放ち、波のうねりを粒子の世界から切り分ける。その切れ味は空間に作用する航宙ディフレクターでも止められない。
海面に反射する金色の輝きはディアマンテのCICにも即座に伝えられた。
冷静な判断力を維持させるため、指揮官を惑わせる映像の類の視覚情報は、CICには降りてこない。作戦域を俯瞰する情報ディスプレイ上の大鳳を示す赤い三角形が、脅威度の上昇に応じて一回り肥大化しただけだ。それでも砲を向ければ逃げ出す宇宙海賊の類が相手では、ついぞ遭った事ない状況に、副官の声は我知らず裏返った。
「体当たり!?対空防御を集中させましょう!!」
パトリキオスは口を開きかけ、瞬時、即断したくなる誘惑に耐える。
敵艦からの誘導弾に紛れ込んだ対レーザー煙幕が次々とディアマンテの周辺で展張している状況。更にこちらのコンピューターは電子戦攻撃下で、未だ千を超す敵機に襲われているとぬかす現状では、今さらCICから現場に何か言っても、劇的な成果を期待する事は出来まい。
それよりも敵の意図、それに艦長である自分が行使できるもの。それは――
「取り舵っ、一杯っ!!」
右舷側への回頭。それは現在接近中の敵機と正対である事を辞める事であり、宇宙艦艇――今は専ら水上艦艇だが――にとっては全砲を最も被弾面積の少ない状態で取り回せる優位を捨てる事であった。しかも、側舷を晒せば長大な横腹を晒す行為になり、真意を測りかねた操舵種がこちらの顔を窺う程だった。
「復唱は!」
パトリキオスの表情に迷いは無い。操舵種はそれだけ確認すると、「取り舵一杯、アイ・サー」と返し、コンソール上の仮想舵輪の数値を変動させる。
ディアマンテの側舷から激しい水流の噴射が起こり、巨体が波を割って急速に回頭を開始する。
輝鋼剣の切っ先は、既に鼻面にまで迫っていた。
F-2からの電子戦無人機を含む対艦誘導弾と、海自艦艇からの誘導弾がディアマンテに飽和攻撃を始めていた。頃合いだ。虎二郎は掌に汗が滲むのを感じながら言った。
「やりましょう」
「ラジャー、最終アプローチに入る」
ヘッドセット越しに声を返したのは、権藤…大鳳の機長だった。
大鳳の巨体は海面スレスレを飛んでいた。数字で表すならば10メーター以上のクリアランスが有ったが、操縦ミスと波のうねりが重なれば、即座に海に突っ込みかねない。
それでも権藤はコンピューターのガイドを頼りに機を飛ばしていた。危険と言えば、現役時代イラク内での輸送任務でも、離着陸時に何処から狙われるか判らない危ない時期がったが、あれ以上の緊張感だ。
「外装、除去」
権藤がコンソールのタッチパネルから指示を出すと、機体の腹にかかえたコンテナの外壁が爆砕ボルトの破裂とともに次々と分解し、海面に水柱を上げて落着してゆく。
その下に現れたのは【ひゅうが】級の甲板で割断されたはずの、ダイガストの上半身だった。
機械の双眸が光を宿し、鋼の装甲に覆われた腕には必殺の一太刀である輝鋼剣が、今や遅しと鞘ばしる瞬間を待っているとくれば、こちらが本物であるに相違ない。というか、輸送機に吊り下げられた状態で敵艦に肉薄攻撃をかまそうという太い考え、大江戸研以外の組織が実行するとも思えない。
そして、その狂気じみた計画を実行するために無線誘導を受ける無人のF-4Jファントム戦闘機二機が、最後の直進に移る大鳳を上回る速度で、ディマンテに向けて矢のように飛翔する。
ディマンテの電子の目が捉えた三機の大鳳とは、この無人誘導のファントムを含む過誤に違いなかった。そして特設監視所で光学レンズを覗き込む対空見張り員達は、パトリキオスの思惑通りに、肉眼でもって先行する二機に対空砲火を誘導する活躍を見せた。
通常飛行も危ういと言われた退役寸前のF-4J二機は、熱線に航空燃料を引火させられ、たちどころに火の玉に変わる。
と同時に、翼下に抱え込んだ対レーザー煙幕を盛大に飛散させるのを、最後の仕事として。
突如として海と空の青に、向こうも見えないほど濃密な白がブチ撒けられる。
すぐさまディアマンテの両側舷から50を数える偏光レンズの何割かが割り振られ、赤色の光線を集中させるが、対レーザー煙幕の微細な粒子に阻害され、最大の熱量を発揮する一点への収束を前に周囲の空間に解けて消えた。
一方で権藤の視界も真っ白に塗り潰される煙幕の密度だが、彼の被るヘルメットに付いたヘッドマウントディプレイは、センサーの幾つかの情報から周辺の状況を簡易な線で映し出している。ふた昔前の粗いポリゴンモデルによる体感ゲームのようだ。権藤は漠然と思いつつ、あくまで意思の大半は操縦桿に集める。
それは虎二郎のコクピットでも同じだった。
定められたプログラムに従い、ダイガストが輝鋼剣の鞘を払う。鞘は大鳳の懸架装置に戻し、剣を両手でホールドして海面に切っ先を垂らす。座席の後ろから振動の高まるのを感じた。ダイガストの主機が出力を上げ、輝鋼剣を構成する物質を励起させている。
今回のダイガストの戦闘行動は全てプログラムだった。虎二郎はいつもと変わらず、細かな出力調整に目を配ればいい。
後は権藤さんに任せればいい。大丈夫、あの人はベテランだ。敵のレーザーは減衰出来ている。耐熱コーティングだってバッチリだ。たまに大鳳が振動するのも気のせいだ。ああ、畜生、どうして俺、こんな事になってるんだ?
「攻撃よーい」
権藤の宣言を聞き逃さず、今や遅しと握りしめていた出力調整レバーを最大出力へと前倒す。思っていたより緊張していたのだろう、可動範囲の限界であるメカニカルロックにぶつかった反動は、いつもより大きかった。
大鳳の巨体が少しづつ高度を上げる。輝鋼剣の刀身が金色の輝きを放ち、波のうねりを粒子の世界から切り分ける。その切れ味は空間に作用する航宙ディフレクターでも止められない。
海面に反射する金色の輝きはディアマンテのCICにも即座に伝えられた。
冷静な判断力を維持させるため、指揮官を惑わせる映像の類の視覚情報は、CICには降りてこない。作戦域を俯瞰する情報ディスプレイ上の大鳳を示す赤い三角形が、脅威度の上昇に応じて一回り肥大化しただけだ。それでも砲を向ければ逃げ出す宇宙海賊の類が相手では、ついぞ遭った事ない状況に、副官の声は我知らず裏返った。
「体当たり!?対空防御を集中させましょう!!」
パトリキオスは口を開きかけ、瞬時、即断したくなる誘惑に耐える。
敵艦からの誘導弾に紛れ込んだ対レーザー煙幕が次々とディアマンテの周辺で展張している状況。更にこちらのコンピューターは電子戦攻撃下で、未だ千を超す敵機に襲われているとぬかす現状では、今さらCICから現場に何か言っても、劇的な成果を期待する事は出来まい。
それよりも敵の意図、それに艦長である自分が行使できるもの。それは――
「取り舵っ、一杯っ!!」
右舷側への回頭。それは現在接近中の敵機と正対である事を辞める事であり、宇宙艦艇――今は専ら水上艦艇だが――にとっては全砲を最も被弾面積の少ない状態で取り回せる優位を捨てる事であった。しかも、側舷を晒せば長大な横腹を晒す行為になり、真意を測りかねた操舵種がこちらの顔を窺う程だった。
「復唱は!」
パトリキオスの表情に迷いは無い。操舵種はそれだけ確認すると、「取り舵一杯、アイ・サー」と返し、コンソール上の仮想舵輪の数値を変動させる。
ディアマンテの側舷から激しい水流の噴射が起こり、巨体が波を割って急速に回頭を開始する。
輝鋼剣の切っ先は、既に鼻面にまで迫っていた。
「笠井ぃ!笠井が!!畜生っ!!」
切り忘れの通信から僚友の混乱と怨嗟の声が垂れ流し続けられる。
どうやら教官の次に落とされたのはリーダー格の笠井だったようだ。出撃前の笠井の引きつりを隠した笑顔が瞬時思い返されたが、隼人は脳裏の幻影を振り払って前方に集中する。僚友の顔を付けた死神は、彼の首元に突き付けた鎌の引き時を失った。
教官と笠井を落としたメテオールは、今、隼人の目の前を飛んでいる。こちらが後方を占位してのドッグファイト。敵機は執拗に急激な上下左右への振りでもってこちらに追い越(オーバーシュート)させ、後方を奪おうと機動するが、ヘッドアップディスプレイ上には敵機の観測データから予測機動の方向が表示され、それに従う事によって敵AIの企図に追従出来た。
機動予測は後部座席に居座る『もう一つのセントラルコンピューター』が実現させた機能の一つだ。隼人はその凄まじい精度にもはや興奮すら覚える程だったが、それを活かせるだけの集中力を発揮しているのは彼自身だった。
仲間が落とされた事によって逆上するのでなく、急速に肚が据わり、周囲の状況を肌で感じるように頭の中に組み立てる。教官の見立てに間違いはなった。
問題は攻撃だった。電子戦無人機の発射プラットフォームとして参加した隼人たちに、ミサイルは与えられていない。機銃弾こそ実包が装填されていたが、敵機の激しい機動に追い掛けるので精一杯だ。
ヘッドアップディスプレイにゲームみたいな矢印が映し出された瞬間、隼人は同じ方向に操縦桿を倒して左手でスロットルを絞り、旋回に最も適した速度にエンジン出力を調整する。上目づかいに今にも視界の外に逃げそうな全翼機の影を追い、シートに押し付けられるようなGに歯の根を合わせて堪えた。
旋回が先程までより長い。いよいよ強引に振り切る気か。首をめぐらして敵機を追うが、視界の上端を瞼が遮る。
ちくしょう。悪態が口を突こうとした時、通信機から国際緊急周波数帯で声が聞こえた。
「10秒後、メテオールの前に出る。それまで後方に食らいつけ!6、5、4…」
ボイスチェンジャー越しらしき音声が勝手にカウントダウンを始めるが、隼人はそれが不思議と知っている声に思えた。
エンジン出力を更に絞って旋回半径を小さくする。少し距離を離されたが、カウントダウンを聞きながら敵機の後方は堅守できた。
「2…1、今!」
隼人とメテオールの眼前を一機の飛行機が横切り、速度を落としながら上昇旋回に入る。まるで後方に食い付けと言わんばかりの無防備な機動だった。
メテオールはそれに乗った。無人機のAIの優先目標に適う行動だった。彼らの前で隙を晒したのは、ダイガストの下半身を構成する太刀風だった。
判り切った軌跡に吸い込まれるように乗ったメテオールと、その更に後ろをエンジン出力を上げながら猛追するF-2B。即座にF-2の左主翼の付け根から、秒間100発ものタングステン弾の火線がほとばしり、メテオールの胴体に袈裟切りに弾痕が穿たれる。
メテオールは空中でぐらりとよろめくと、眼下の海に木の葉のように不規則に揺らめいて落ちていった。
ふぅ、と太い息が自然に漏れた。
気付けば上方の太刀風が背面飛行に入っていて、パイロットが右の拳を掲げているのが目に入る。隼人も同じポーズで返す。
互いの顔も確かめていないのに、何故か慣れた遣り取りの様に思えた。
「!?…風見っ!」
不意に思い至る記憶の名が口を突いて出るも、既に太刀風は遠く、その尾部が見えるだけだった。
何時かの約束は、当人たちの知らぬ内に果たされていた。
切り忘れの通信から僚友の混乱と怨嗟の声が垂れ流し続けられる。
どうやら教官の次に落とされたのはリーダー格の笠井だったようだ。出撃前の笠井の引きつりを隠した笑顔が瞬時思い返されたが、隼人は脳裏の幻影を振り払って前方に集中する。僚友の顔を付けた死神は、彼の首元に突き付けた鎌の引き時を失った。
教官と笠井を落としたメテオールは、今、隼人の目の前を飛んでいる。こちらが後方を占位してのドッグファイト。敵機は執拗に急激な上下左右への振りでもってこちらに追い越(オーバーシュート)させ、後方を奪おうと機動するが、ヘッドアップディスプレイ上には敵機の観測データから予測機動の方向が表示され、それに従う事によって敵AIの企図に追従出来た。
機動予測は後部座席に居座る『もう一つのセントラルコンピューター』が実現させた機能の一つだ。隼人はその凄まじい精度にもはや興奮すら覚える程だったが、それを活かせるだけの集中力を発揮しているのは彼自身だった。
仲間が落とされた事によって逆上するのでなく、急速に肚が据わり、周囲の状況を肌で感じるように頭の中に組み立てる。教官の見立てに間違いはなった。
問題は攻撃だった。電子戦無人機の発射プラットフォームとして参加した隼人たちに、ミサイルは与えられていない。機銃弾こそ実包が装填されていたが、敵機の激しい機動に追い掛けるので精一杯だ。
ヘッドアップディスプレイにゲームみたいな矢印が映し出された瞬間、隼人は同じ方向に操縦桿を倒して左手でスロットルを絞り、旋回に最も適した速度にエンジン出力を調整する。上目づかいに今にも視界の外に逃げそうな全翼機の影を追い、シートに押し付けられるようなGに歯の根を合わせて堪えた。
旋回が先程までより長い。いよいよ強引に振り切る気か。首をめぐらして敵機を追うが、視界の上端を瞼が遮る。
ちくしょう。悪態が口を突こうとした時、通信機から国際緊急周波数帯で声が聞こえた。
「10秒後、メテオールの前に出る。それまで後方に食らいつけ!6、5、4…」
ボイスチェンジャー越しらしき音声が勝手にカウントダウンを始めるが、隼人はそれが不思議と知っている声に思えた。
エンジン出力を更に絞って旋回半径を小さくする。少し距離を離されたが、カウントダウンを聞きながら敵機の後方は堅守できた。
「2…1、今!」
隼人とメテオールの眼前を一機の飛行機が横切り、速度を落としながら上昇旋回に入る。まるで後方に食い付けと言わんばかりの無防備な機動だった。
メテオールはそれに乗った。無人機のAIの優先目標に適う行動だった。彼らの前で隙を晒したのは、ダイガストの下半身を構成する太刀風だった。
判り切った軌跡に吸い込まれるように乗ったメテオールと、その更に後ろをエンジン出力を上げながら猛追するF-2B。即座にF-2の左主翼の付け根から、秒間100発ものタングステン弾の火線がほとばしり、メテオールの胴体に袈裟切りに弾痕が穿たれる。
メテオールは空中でぐらりとよろめくと、眼下の海に木の葉のように不規則に揺らめいて落ちていった。
ふぅ、と太い息が自然に漏れた。
気付けば上方の太刀風が背面飛行に入っていて、パイロットが右の拳を掲げているのが目に入る。隼人も同じポーズで返す。
互いの顔も確かめていないのに、何故か慣れた遣り取りの様に思えた。
「!?…風見っ!」
不意に思い至る記憶の名が口を突いて出るも、既に太刀風は遠く、その尾部が見えるだけだった。
何時かの約束は、当人たちの知らぬ内に果たされていた。
艦長席に深く腰を下ろしたパトリキオスは、憮然とした表情で空の青を睨んでいた。
その青色はディアマンテ内部のCICの天井を斬り割って侵入した外部の色だ。
戦闘は終了し、結果は引き分けとされた。ディアマンテの左舷前方から右舷の中程までが深々と斬り割かれた絵面は、後方の文官達に撤退の意思を固めさせるに十分だった。肉薄攻撃などと言う無茶を幾度も行うのは不可能との見解から、パトリキオスは追撃を具申したが却下された。空中戦における接戦と、そこから転じて互いの艦への攻撃という白熱のシーンが撮れた時点で、この戦闘は手打ちとされたわけだ。
最後の回頭は無駄足に終わらされた。パトリキオスの不機嫌はこの辺りにある。
正対状態でダイガストの肉薄攻撃を受ければ、艦首から艦尾まで縦一文字に斬り割かれ、艦後方の推進器等に重大な被害が出たろう。直方体の艦を縦に切られるのと、横に切られるの、どちらが被害が少ないかという選択だった
CICに達する損害はあるが、怪我人のみで死者は出ていない。しかし破孔ならぬ切り口にミサイルが飛び込んで来れば、どうなるかは想像したくない。
ここが外地であり、船団護衛等の身内を守る任務では無い事を考えれば、この辺が矛の収め処なのやも知れない。
しかし撤退の是非を下すのは文官であり、損害の責をねちねちと問われるのは自分たち武官であり、その結果にきまって罵声を浴びせるのは列強市民であった。
だが、確かに、緊急用の急速充填剤等の対応措置を下すのを躊躇したのは自分だった。硬化した充填剤の撤去と破孔の修理に、消費した分の補填。それらの労とリスクを、我知らず天秤にかけていたのだ。
くそ。
部下の手前、パトリキオスは舌打ちを喉の奥へと飲み下した。
その青色はディアマンテ内部のCICの天井を斬り割って侵入した外部の色だ。
戦闘は終了し、結果は引き分けとされた。ディアマンテの左舷前方から右舷の中程までが深々と斬り割かれた絵面は、後方の文官達に撤退の意思を固めさせるに十分だった。肉薄攻撃などと言う無茶を幾度も行うのは不可能との見解から、パトリキオスは追撃を具申したが却下された。空中戦における接戦と、そこから転じて互いの艦への攻撃という白熱のシーンが撮れた時点で、この戦闘は手打ちとされたわけだ。
最後の回頭は無駄足に終わらされた。パトリキオスの不機嫌はこの辺りにある。
正対状態でダイガストの肉薄攻撃を受ければ、艦首から艦尾まで縦一文字に斬り割かれ、艦後方の推進器等に重大な被害が出たろう。直方体の艦を縦に切られるのと、横に切られるの、どちらが被害が少ないかという選択だった
CICに達する損害はあるが、怪我人のみで死者は出ていない。しかし破孔ならぬ切り口にミサイルが飛び込んで来れば、どうなるかは想像したくない。
ここが外地であり、船団護衛等の身内を守る任務では無い事を考えれば、この辺が矛の収め処なのやも知れない。
しかし撤退の是非を下すのは文官であり、損害の責をねちねちと問われるのは自分たち武官であり、その結果にきまって罵声を浴びせるのは列強市民であった。
だが、確かに、緊急用の急速充填剤等の対応措置を下すのを躊躇したのは自分だった。硬化した充填剤の撤去と破孔の修理に、消費した分の補填。それらの労とリスクを、我知らず天秤にかけていたのだ。
くそ。
部下の手前、パトリキオスは舌打ちを喉の奥へと飲み下した。
つづく