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capter4 「アークの覚醒」 前編

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匿名ユーザー

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わたしがわたしだと自覚できたのはいつの事だっただろうか…。
少なくともわたしがわたしとして認識した時にわたしと共にあったのは痛みだった。
施設の地下、わたしは人が一人入れるような大きな試験管のようなガラス張りの水槽の中で、全裸でいくつものコードを巻きつけられてそこにいた。
口には呼吸用のマスクが付けられて、体は動かせないように強く固定され、逃げ出さないように筋肉の弛緩剤が投与されている。
誰かも知れない白衣の研究者達が目の前に記録用の端末を弄りながら、機器を操作する。
その度に水槽の中のわたしを■で■き、■■で■し、■■を■■する。
わたしがこの世にわたしとして確立して最初に得たのはその痛みだった。
最初は何が起こっているのかわからなかった。ただ漠然と辛い、苦しい、痛いという感覚が襲う。
体全身が痙攣して動かなくなるとそれがなくなりほんの少しの間の休憩がわたしに与えられる。
その休憩時間だけが救いで、わたしはその時間が早く来るように祈っていた。
研究者達がわたしに痛みを与え続けるのは彼ら曰く耐久実験なのだという。
どういうわけかわたしはそう簡単には死ねない体であるらしく、普通の人間ならば致命傷というような傷を受けてもたちどころに回復してしまう。
だから、どこまで耐える事が出来るのだろうか?それを彼らは探ろうとしているようだった。
そして繰り返される、実験、実験、実験の日々。わたしの世界はその9割9分9厘を痛みに支配され、最後の1厘の休息に安らぎを得る。
次第にわたしはその状況になれ始め、それが当たり前になった。
最初は痛みに叫んでいたわたしの喉はいつしかそれを無駄だと知ってやめ、痛みを享受することを選んだ。
瞳は周りを見るのをやめ、ただ恐怖に眼球を動かすのをやめた。冷たさに慣れ、寒さが当たり前になり、わたしの五感は全てを受け入れて、そして何の反応も返さなくなる。
既にわたしは狂っていたのかもしれない。
そんな日々が毎日続いた。どれぐらいの日数だったかはわからない。
わたしだって覚えていない。そもそも日々という概念を理解したのはそのずっと後だったからだ。
ただ、その日は、風変わりな日だった。いつも当たり前のように始まる筈の痛み。
それがわたしに与えられるただ試験管の中で放置されるだけだった。
いつもわたしの前で研究している事をあれこれ推論を交えて話す研究者の姿すら見えない。
わたしを閉じ込めていた施設が揺れる。その後、どれぐらいの時間がたったかわからないけども、ずっと後、何かがわたしのいる地下室へとやってきた。
それはわたしを実験していた研究者とは違った。小柄とも大柄とも言えない平均的な背丈の男性だった。まず目につくのはその白髪。わたしが今まで見てきた世界にはなかった優しい色合いだった。
その白髪の下にはクマが出来た目が隠れている。わたしを調べていたどの研究者達よりも顔色が悪かった。
白髪の男は、わたしを見上げて目を驚きに見開いた。「なんでこんな所に…」「一体どうしてお前が…」そんな事を口走っていたのだという。
その後、彼はわたしが閉じ込められていた試験管を近くにあった道具を使って壊す。
力なく吊り下げられた私を彼は開放して抱きしめる。
強く、それでいて優しく。
わたしの体を包む両腕の感触と圧迫感、頬に当たる胸の感触。
それはわたしが今まで受けていたどの痛みとも違う感触で―――

――暖かい。

そう思った。こんな感覚は生まれて今まで一度も受けた事がなかった。
今までのわたしの全てを優しくする否定するかのような暖かさ。
彼の抱擁は痛みで埋め尽くされたわたしの世界にそれ以外のものが、こんなに素晴らしいものがあるのだと教えてくれる。
「なんで、なんで、どうして…」彼の頬から流れ落ちる液体がわたしの体に零れ落ちる。彼の腕の暖かさとは別にとても冷たいものだった。
こんなに暖かい彼から、こんなに冷たいものが流れ落ちている。
その一滴一滴が、苦しみに満ちているように感じて…わたしは彼が苦しんでいるのだと知った。
きっと彼は今、自分が水槽の中でされていた事と同じことをされているのだ。そう思う。
だから、わたしは彼に救われて欲しくて、助かって欲しくて、彼はこんなに暖かいのだと知って欲しくて…彼のために何かをしたい。
―――そう願った。





端的に言えば、これは呪いでしかない。
呪いは人を苛むものだ。人に降りかかり人を苦しめる。終には人を殺すこともある。
しかし、呪いを生むのは必ずしも悪意のみというわけではない。



CR4 『アークの覚醒』  前編

―1―

機体が大きく震える。
夕暮れの空の中でリベジオンの漆黒の巨躯が空中で傾き、紅の光を放ちながらバランスを失って、落下を始める。
リベジオンのいる遙か上方に鎮座するのは複数の眼と、巨大な羽を持つコウモリ型の鋼獣『瞳歪(めいい)』。
その瞳から発せられる無数のレーザーがリベジオンを襲ったのである。

「藍、状況を教えろ!」

落下を始めるリベジオンの中で黒峰潤也はパートナーである琴峰藍に問いかけた。

「敵のレーザーで右翼が切断されたみたい。飛行継続は不可、地表衝突までおおよそ20秒。潤也このままじゃ落ちちゃう!」
「くそ、修復は!?」
「無理、時間が短すぎる!」

リベジオンがその右手に持つ至宝、因果を歪める黒槍『ブリューナク』。
それは起動し、敵を刺せば因果の過程を全て消去し、始点から終点へとその過程をなくし強引に帰結させる絶対死の力『因果終焉』を持つ槍であるがそれだけが全ての能力というわけではない。
因果を逆転させる事によって、壊れゆく物を壊れる前に戻す自己修復する能力が備わっている。だが、これは即座に機能して数秒後に修復出来るという程都合のいいものではない。
ゆえにすぐに再生を行う事はできなかった。
このままいけばリベジオンは自由落下によって加速し、地表に衝突した反動でバラバラに全壊してしまうだろう。
それを防ぐ為に潤也が取れる手段はただ一つである。

「藍、『因果固定』を使う!」
「でもあれは、エネルギーが…。」
「足りない分はいくらでもDSGCシステムで吸わせればいい!!どっちにしろこのままいけば機体ごとおしゃかだ!」

そう叫ぶ潤也。
藍は他に選択肢が無いことを知りながらも少し迷いその後決意を決める。

「わかった…DSGCシステム起動!いくよ、潤也…。」

願いを込めるようにして潤也の名前を呼ぶ藍。

「やれ!」

その潤也の一声と共にリベジオンの五体に存在する機構が展開する。
それと同時に地表から紅の光が発生、光はリベジオンの展開した機構の隙間に吸い込まれるようにして吸われていく。
この光こそが人が無念の死を遂げた時に残すとされる怨念がエネルギーと化したもの、リベジオンのDSGCシステムはその怨念を組み上げ自らの力へと変換する。
それは怨念が存在する限り無限に近い力を得ることが出来るシステムだった。

「ぐっ…。」

潤也が苦悶の声を漏らす。
当然だ。DSGCシステムはその莫大な力と引き換えに大きなリスクを孕んでいる。
それが、搭乗者を襲う死者のフラッシュバック現象。DSGCシステムが組み上げる怨念、それは無色透明なエネルギーではなく怨念に塗れた指向性のあるエネルギーである。
死者達は自分の恨みを誰かに伝えたくて、自分の願いを誰かに伝えたくて、そしてそれに対して何かをして欲しくてこの世に怨念を残す。
自分の死を伝え、無念を晴らしてくれと訴えかける。
DSGCシステムは怨念をエネルギーとして変換する過程でこの念まで拾い上げてしまう。それは1人、2人ではない。幾千幾万という追体験。
まるで自分のように感じられ、そしてその都度違い、幾度も繰り返される死。普通であれば気が狂う。いや、気が狂うならばまだいい。
最悪怨念達に飲み込まれ、自我が崩壊し怨念達の代弁者としてその憎しみを晴らす世界の破壊者となってしまう。そういった危険を孕んだシステムだった。
そんな狂気のシステムのリスクに耐えながら黒峰潤也は自己を守りながら戦い続けてきた。
リベジオンの各部の機構が閉じる。それは『因果固定』に必要なエネルギーを回収した事を意味していた。

「潤也!」

叫ぶ藍。彼が彼である事を願うように…。

「――――っ、大丈夫だ。いくぞ、『因果固定(カルマ・ロック)』」

一瞬の間をおいて応答する潤也。そのまま『因果固定』の準備に入る。
ブリューナクに紅の光が浸透する。

「ブリューナク起動。因果予測を開始。因果の推移を現段階で固定。いけるよ潤也!」
「やれ、藍!」

その瞬間ブリューナクから発せられた光が一瞬リベジオンを包んだ。
それと同時にリベジオンが地表に衝突。
リベジオンは荒れ地に隕石のように着陸し、穴を開ける。舞い上がった砂煙は徐々に張れその落下物の姿を露わにする。
普通ならばバラバラに全壊している筈の機体。だが、リベジオンは無傷だった。
これこそが『因果固定』。終点へと進み続ける因果を今その場で止めてしまう事によって保存。
以降、外部からどのような干渉を受けても自身を不変とする至宝『リア・ファル』の時間停止とよく似た力である。
これによりリベジオンはこれからどのような速度で地表にぶつかろうと無傷でいられる。リベジオンの持つ絶対防御であった。
だが、これにはいくらか問題もある。まず第一にリベジオンの切り札である『因果終焉』と同等のエネルギーを消費するという点。これはDSGCシステムの稼働を前提とした能力であり、黒峰潤也に多大な負担を強いる。
第二に『因果固定』はリベジオンの因果を固定するだけではなく、黒峰潤也の因果すらも固定しているという点だ。これによりこの防御を使用している間は黒峰潤也は実質的に意識を止めてしまっている状態に辺り、思考能力、行動能力の両方を失う。
ゆえにこの防御法を使っている間、リベジオンは外界への干渉も出来ないのである。
それゆえに潤也は因果固定でリベジオンの因果を固定する時間をおおよそ10秒程と定めた。10秒後にリベジオンと自分の因果が動き出すようにしているのである。
そしてそのタイムリミットが来る。

「因果固定を解除。潤也、大丈夫?」

潤也は、そう心配そうに声をかける藍を無視した。

「敵は今何処にいる?」
「上空1500m。こちらに向かって急降下してきてるみたい。」

操縦室内にあるディスプレイに映される敵影。
いくつもある目がキョロキョロとしながらリベジオンがいるクレーターの元へ迫ってきていた。

「トドメを刺そうっていう魂胆か…。」

状況は圧倒的に不利である。
空を飛ぶ敵と、翼を失い地上を這いずり回るしか脳がなくなった自機。
敵は有利な上空からこちらを攻撃するレーザーを持っているが、リベジオンには地対空で有効な武装は装備されていない。
持っている武装のどれもこれもが大味で素早く空中を自在に動き回る『瞳歪』に致命打を与えれそうなものがない。
瞳歪は高度800mの辺りで静止し、リベジオンを見つめクケケと獣のようなそれでいて人のような笑い声をあげた。
その後、その無数にある瞳が光りだす。

「藍、来るぞ!」

すぐさま潤也は操縦桿であるオーブを握りリベジオンを操作する。
リベジオンは横転するようにして飛び上がった。
そしてリベジオンが元いた地点にレーザーが突き刺さる。

「くそ!」

攻撃を受けた怒りを返すようにしてリベジオンがブリューナクを『瞳歪』に向けて薙ぎ払う。
それに倣うようにしてブリューナクの矛先についた紅の光が『瞳歪』に向かうが『瞳歪』は容易く回避した。

「やはり、予備動作が大きすぎる。せめて触れる事さえ出来れば…。」

触れる事さえ出来ればこの事態をなんとかする手がリベジオンには存在している。
だが遥か上空でこちらに攻撃をしかけてきている敵に対して今リベジオンは触れるのすら困難だ。

「潤也、一つ気づいた事があるんだけどいい?」
「ああ、なんだ。」
「リベジオンの片翼を落とした時も、さっきの攻撃の時もあの目玉蝙蝠、空中で一旦停止してからレーザーを打ってきたと思うんだ。それってさ――」
「飛行と攻撃は同時に出来ない可能性か…だが、それは推論であって、確証はなにもないだろう?」
「うん、でも、このまま消耗戦になればわたし達がずっと不利だよ。」
「たしかにな、だがそれがチャンスだったとして触れる手段なんて―――」

空中の敵をどう触れるのか?そんな手段など無いとそう言いかけた潤也の口が止まる。
いや、待て、本当にないのか?

「そうだよね、やっぱりそれが問題だよね。」
「いや、あるぞ藍。」
「えっ…。」

驚きの声をあげる藍に潤也はその方法を告げる。
驚きに藍は息を呑んだ後、慌てたようにして

「で、でもそんな方法を取ったら潤也は!」
「そうなったらその時だ、どっちにしろ他に今これ以上いい案が思いつかん。やっと見えた光明だ。逃すわけにはいかない。」

長引けばその分事態は悪化し不利になっていく。
ゆえに勝負を賭けるにたる一手が一つでも見つかったのならば即座に実行するべきだという潤也の判断は間違ってはいない。
だが、それはリスクがあまりに大きすぎる賭けだった。
そして何よりも琴峰藍にとってどれだけ許容し難いものだ。

「だって、そんな事したら今度こそ潤也は…。」
「俺の心配なんてしなくていい。お前は俺を勝たせる事だけを考えろ。その為ならば俺は全てを投げ出す覚悟はある。」
「でも、それじゃ―――」
「これ以上の対話は無駄だ、それに奴がもう来ている。」

そういって潤也は藍の言葉を打ち切った。
『瞳歪』は再び静止しその瞳をギョロギョロと動かし始めた。


―2―


決死の攻防が始まる。
強風が吹き、風の音だけがただ響く。
リベジオンが『瞳歪』を倒すための秘策、それは捨て身と言って差し支えないものだった。
失敗すれば死は当然であり、その過程ですら潤也達に大きなリスクをもたらす。
だが、黒峰潤也はそんなものを意に介したりはしなかった。倒すことが出来る可能性がある。
それだけで十分だった。
空中で静止しリベジオンを見つめる『瞳歪』、それを憎悪に満ちた紅の瞳で見つめ返すリベジオン。
その光景は得も言えぬ緊迫した空気を生む。
風の音が鳴り止む。
先に動いたのは『瞳歪』だった。当然か…『瞳歪』は絶対的な優位性を今持っているのだから…。
複数の目という目から発射されるレーザー。それが雨のようにしてリベジオンに降り注ぐ。
瞳歪からしてみれば回避されたところで構わなかった。リベジオンの物理防御を無効にする防御壁『呪怨結界』を無為にする己のレーザーは今でなくても攻撃を続ける内に必ずあの魔王を捉えるという確信があった。
だから当たらなくても消耗させればいい、そんな思考が『瞳歪』にはあったのだ。
だが、そういった意図とはまるで違う方向へと事態は動く。
レーザーが発射される予備動作、それを察してリベジオンは地上で『瞳歪』の攻撃をなんとか回避し続けていた。だが、今回の攻防においてリベジオンはあえてそれを避ける事はしなかったのである。
その回避にあてる時間、それをまったく別のことに当てる。それがまずリベジオンが行った博打であった。
降り注がれようとするレーザー、それに合わせてリベジオンはブリューナクを高く掲げて持ち上げる。そしてその矛先を『瞳歪』に向けて、おおきく振りかぶって投擲した。
投擲されたブリューナクは石突きから紅の光を放出し、それを推力として加速する。
静止した敵を狙った捨て身の一撃だった。
レーザーがリベジオンの体を射抜く、投擲の後回避行動に移ったが避けきれず左肩と右の脇腹を射抜いた。
ブリューナクは一直線に瞳歪に向けて突き進む。
『瞳歪』はすぐ様回避行動に移り翼をばたつかせた。結果、槍の矛先は『瞳歪』の翼をわずかに削る。そう、わずかに削ったのみだった。
自身の無事を確認して再び獣の笑い声をあげる『瞳歪』。
それは自分たちがUHがあの黒い魔王リベジオンの能力について出していた考察が正しかった事を意味していたからだ。
ブリューナクの持つ絶対死の力それは、瞳歪も把握していた。だが、幾度もの鋼獣とリベジオンの戦闘を経てUHはリベジオンとブリューナクについて研究を進めた。
そして一つ事実を知ることになる。あの絶対死を発動する時、必ずリベジオンの掌に握られていなければならない。つまり手から離れたあの因果の槍はただ莫大なエネルギーを纏った武器に過ぎず回避さえ出来るのならばそこまで問題にするべき武器ではないという事だ。
そして今、その回避に成功した。
今、あの魔王の掌にはもはや最大の武器であった黒槍はない。
しかも、捨て身で攻撃したせいで既に機体もボロボロと来ている。
『瞳歪』は勝利を確信する。あとはもう近づかずに遠くから攻撃をし続けるだけでいい。
ついにこの手で数多の同胞を葬ってきたあの魔王に誅を――――

「藍、間違いないか?ブリューナクは奴の体に触れたんだな?」
「うん、間違いないよ。」
「そうか、じゃあ――――俺の勝ちだ。」

そう黒峰潤也は頬を緩ませサディスティックに笑う。
今、奴は勝利をあの上空彼方で確信しているだろう。
確かにそうなる可能性はあった。
あの投擲した槍に触れられず回避しきる事が出来たのならば、お前は完全に勝利していた。

「――――藍、設計図を読み込め。ブリューナクを再構成する。」

潤也はそう、迷いなく藍に命令した。
至宝とは、この世に存在する唯一無二の素子によって構成された秘宝である。
彼の地から来たる者と呼ばれるものによってこの世界に授けられた4つの秘宝は、そのどれもがこの世に定められた絶対を歪める力を持つ。
その素子は世界中にバラバラになって分散しており、それを手に入れる為には『設計図』と呼ばれるその素子が記され、それを収集し再構成する物を所持していなければならない。

「――――設計図のロードを開始します。」

そして至宝の一つ因果という絶対を歪める黒槍ブリューナクを持つリベジオンもまたその『設計図』の所有者である琴峰藍を有している。
彼女がいる限り、たとえリベジオンの掌から離れようと、黒槍が粉々に砕かれようと必ず、またその掌に呼び戻す事が出来る。

「設計図のロードを完了、該当因子の検索を開始。」

それを読み上げる少女ので声に迷いと怯えが見えた。
至宝の再構成。それは何もリスクがない行為ではない。
いや、大きなリスクがあるというべきか、至宝を構成する因子を検索し収束するにはまた莫大なエネルギーを必要とする。

「該当因子の検索を完了―――因子収束。」

それはつまり黒峰潤也にまたDSGCの怨嗟の声の負担がかかる事を意味していた。
自分の事よりも黒峰潤也の事を大切に思う少女からしてみれば、連続的なDSGCシステムの稼働は潤也の精神を廃にしてしまう可能性がある行為に対して気が気でなかったといえる。
本当ならば、彼の提案したこの策は決して取らせたくはなかった。しかし、琴峰藍は黒峰潤也には逆らえない。何故ならばそのように彼女が願い、そのように彼女が彼女自身で自分を作りなおしたからである。
ゆえにこの恐怖と絶望に心を震わせながらもその手は冷徹に作業を進行させる。
リベジオンの右の掌に紅い怨嗟の光が収束し始める。

「収束完了―――第一段階を終了――――第二段階へ移行―――ブリューナク構築を開始。」

リベジオンの右腕で紅い光が嵐のように暴れまわる。
それと同時に本来存在していなかった筈の物質が形をなし始める。
それは細く、そしてリベジオンの全長を超えるほど長い。

「構築完了――最終段階へ移行―――肉付けを開始。」

棒に紅の光が走り、形を付けていく。

「石突きの構築――完了、柄の構築―――完了、頭の構築―――完了。潤也、コードを!」

その今掌に握られたこの世ならざるものを確定する為のコード。所有者の証である事を証明する為のコード。
それを潤也は唱える。

「The fate of the traitor of god is not happy(神に反逆するモノに幸福なし)」

コードの入力。
それを持って『絶対』を歪める黒槍が今、その掌に再び顕現する。

「ブリューナク、再創造完了。潤也!大丈夫!?」

そう呼びかける藍。

「―――っ、問題ない。まだだ、まだいける。」

そう絞りだすようにして潤也は告げる。

「時間がない因果を読み込め、藍!」
「う、うん!ブリューナクに内包された因果情報を検索――潤也!あったよ!」

今、リベジオンの右手に握られている黒槍は先ほど投擲し『瞳歪』の体を掠めたそれだ。
似たものではない同じものを再構成したのだ。
その矛先は『瞳歪』に触れた事により、その因果情報が記録されている。
それを元に――――

「因果を接続する。やれるな藍?」
「大丈夫、やってみせるから…αとΩを設定。αブリューナク、Ω敵鋼獣。設定完了。因果の検索。可能性の確定――――――準備OKだよ、潤也!」

今ここに因果は結ばれた。

「ブリューナク砲撃モード、砲身展開。」

ブリューナクの矛先が割れスライドして展開し、その2つに別れた間から銃口がその姿を見せる。
リベジオンはブリューナクを両手で砲を構えるようにして持ち、その銃口を瞳歪に向ける。

「DSGCシステム、完全駆動。全エネルギーを砲身へ!」

リベジオンから紅の光がブリューナクへ向けて流れ始める…そしてブリューナクのトリガーに指がかけられる。
黒峰潤也はディスプレイに映る『瞳歪』を見る。
『瞳歪』は再びリベジオンの手に現れた黒槍を見て驚いたのかまた警戒して高度をとろうとしていた。
しかし、全ては手遅れ。
もはや絶対的な決定打が、今リベジオンの掌にある。

「奴を穿て!!ブリューナク!!!」

その声に呼応するようにしてリベジオンはブリューナクのトリガーを引いた。
砲口から紅の光が奔流となって放たれる。それはリベジオンがDSGCシステムを用いる事で得た膨大な熱量だ。
放たれた光は『瞳歪』へとまっすぐと突き進む。
光の速度自体はそれほど早くはなかった。勿論、『瞳歪』の飛行速度は上回る速度ではあったが、それでも『瞳歪』に向かってくるのが認識出来る程度の早さ。
だから『瞳歪』は自身の優位を再び確認する。
高高度にいる限り、あの翼を失った黒い魔王に自身を確実に仕留める手段がないのだと…。
これも直撃すれば確かに危ういのかもしれないが、回避する事自体はたやすい事なのだと…。
だが、その数秒後、『瞳歪』はその考えがいかに甘かったかを思い知る事になる。
『瞳歪』が紅の光の回避法として選んだのは高高度からの急降下だった。自身の優位性をいかし、次にトドメを刺すべく攻撃を回避した後攻撃に転じようとしたのだ。
だが、問題はすぐに起こった。
紅の光が急降下した『瞳歪』を追うようにして、同じように急降下し始めたのだ。
予想だにしていない自体に驚く『瞳歪』は、もう頭から攻撃するという思考がかき消され、次の回避を行う。
しかし、光は『瞳歪』への追尾をやめない。
旋回、上昇、急降下、様々な方法を用いて光を振り切ろうとするが、必ずあの紅の光は当たるという結果が既に定められているかのように『瞳歪』に追跡してくる。
そして、光は『瞳歪』に追いつき、その右翼に直撃した。
翼を失い落下する『瞳歪』。
それを見つめ、琴峰藍は少し嬉しそうに潤也に言う。

「因果接続成功!やったよ潤也!」

あとは、地上に落下した鋼獣を呪怨手甲などで破壊すればいい。
それだけの筈だったのだが―――

「潤也?」

応答の無い潤也に不安そうに声をかける藍。
一瞬、脳裏をよぎる最悪の予想。それが間違いではないことを藍はそのすぐ後に知る。

「―――ぐっ、あ、ああ、あああ、あああ。ああ、アアアアア!!!!」

悲鳴のような嗚咽。
藍はすぐに何が起こっているのかを察して声をかける。

「ダメ、潤也!そっちに取り込まれたら!」
「―――――ナンデ、ボクハササレタノ?違う。ビョウキナンカデシヌノハイヤダ。オカアサン、オカアサン。違う。フザケルナ、コロサレルグライナラコロシテヤル。メガミエナインダ。入ってくるな。アツイカラダガヤケル。クライクラインダナニモミエナイ。俺はお前たちじゃない。サムイヨ、タスケテヨ。チガトマラナイ。コキュウガデキナイ。アタマニアタマニウジガ。」

潤也の口から吐出される黒峰潤也のものではない呪詛。これこそがDSGCシステムの最大の弊害である。
潤也のうつろな瞳が落下する『瞳歪』を捉える。
それは敵。
翼に大きな被害を受けたものの、未だに完全な破壊には成功していない。
その事実に対してふと思う。

―――ああ、なんで

混濁する意識の中、その思いは怨念達からも協調を得られ同じ言葉潤也の口から紡ぎだす。

「アア、ナンデ――――――オマエハ生キテイル。」

リベジオンの展開した各部に再び紅の光が吸収されはじめる。

「システムの強制介入による起動?エクスキューショナーモードへとフェイズシフト。ダメ、潤也もうそれは必要ないからやめて!」

危険を察知した藍は即座にDSGCシステムの緊急停止プログラムを起動させる。
DSGCシステムは動作をやめ停止、リベジオンへの怨嗟の供給は打ち切られる。
だがしかし、既に『死』に必要な力の供給は終えている。
ブリューナクが変形し、その矛先に因果を装填する。

「止まらない、潤也!潤也!!!」

ブリューナクがα因子からΩ因子を読み込む。それは因果の始点と終点。
それを結ぶ過程という名の線を全て消去し、因果の線を点とする。
即ちそれは絶対死、万物は形あるものはいつか必ず壊れるように、生まれた時に必ず死ぬように運命づけられている。
その槍の一撃は強制的に終わりへと敵をたどり着かせる。
リベジオンは墜落する『瞳歪』に向けて紅の光を纏うようにして疾走する。
落下する『瞳歪』。
既にそれは交戦能力は失われおり、ただ墜落をまつだけの存在。
しかし、頑強な鋼獣の体はそれでも生き残る可能性がある。
だが、リベジオンはその可能性を許さない。
その掌に握られた槍が突き出される。
その矛先は『瞳歪』が地表に墜落する直前にその体貫いた。
貫いた矛先から紅の光が発せられ、『瞳歪』の体に流れだす。
光は瞬く間に『瞳歪』の体を貪るように侵食する。光が『瞳歪』の全身が覆った後、光は消えた。
光の中にいた筈の『瞳歪』は既にそこに姿はない。塵芥と化したのだ。
『因果終焉(カルマエンド)』。
これがリベジオン最大にして最強の一撃である。
取り込んだ力の全てを使い果たしリベジオンは動作を停止し、瞳から光を失う。

「潤也、大丈夫?ねぇ、潤也!」

そう泣き叫ぶ藍の声。その声に返ってくる声はなかった。


―3―

潤也達が野宿に用いているテントの中で黒峰潤也が目を覚ましたのは『瞳歪』との戦いを終えて半日たった頃だった。

(俺は…)

ぼやけた頭の中で自分が何をしていたのか…思い出そうとする。
頭のなかで痛みが響く、それに同調するようにして『瞳歪』との戦い、その光景がフラッシュバックするように脳裏に浮かんだ。
そして黒峰潤也は知る。

(そうか…俺はまた…)

DSGCシステムにまた呑まれかけたのだと…。
不利な状況だったとはいえ、合計5度におけるDSGCシステムの酷使。
現在の潤也の精神力では2回のフル稼働が限度であると自分で認識しているが、それを大きく超える力の使い方をした。
その結果、途中から自分の記憶が曖昧でどこか虫食いのように抜け落ちていた。
目眩が酷く、未だ視界がぼやけている。
感覚を確認する為に体動かすがまるで自分の体ではないような感覚を得る。まるで自分の体に大きなおもりを乗っけているかのようだ。
ふと時間が気になり、強引に自分の体を起こそうと上半身を起き上がらせる。
その時、体におもりのように感じていた感覚がごろりと転がり膝元に移動した。
何が転がったのか、潤也はまじまじと見る。
そこには少女が眠っていた。黒い髪に白い肌、黒いワンピース姿の少女。その瞳から頬には泣きはらした痕がある。
それを見て潤也はついため息を吐いた後、右手で頭を抑えた。
先ほどから感じていた体への不可解な重み、それはDSGCシステムの反動から来たものではなく目の前でおそらくは看病しながら泣き疲れて自分の体にかぶさるようにして寝てしまった少女なのだろう。

「おい、藍、起きろ。藍、重いだろ、おい。」

潤也は少女、琴峰藍をゆする。

「ふにゃ…。」

藍は目をこするようにして起き上がり、少し寝ぼけた感じの細い目でじっと潤也を見て少し気だるげに笑った後、潤也に抱きついた。

「お、おい藍!」

驚ろき藍を離そうとする潤也に細目のまま少女はがっちりと抱きしめる。
その瞬間、潤也は今この少女がどういう状況にあるのかを知った。

(ああ、こいつ寝ぼけてやがるな…。)

寝ぼけた少女、琴峰藍は潤也の胸に頬をこすりながら甘えるような声で言う。

「あー潤也だぁ…。あーもう心配だったんだよぉ…潤也はシステムに呑まれかけちゃうしさぁ、もうあんなの嫌だからね。また戻ってこなかったりしたらもう嫌だよぉ。あの時とっても怖かったんだからぁ。わたしには潤也しかいないんだよ。ね?大好きなんだからぁ…。」

そうおそらくはまだ微睡みの中にいる少女は幸せそうに頬を緩める。

「あのなぁ…。」

抱きついて甘えてくる藍に対して潤也は少しどうするか迷った。そんな迷いの時間の中で藍は意識は覚醒していく。

「ん、あーしあわせ~…………。へ?」

何かの違和感。現実との齟齬。外から流れてくる涼しい空気に藍は現状と今何をやってるのかを認識する。
そうして慌てて潤也から慌てて顔を真赤にして、

「え、えっとね、あの潤也、これはね。ほ、ほら何か変な事をしよーとかそういうのじゃなくてね、ほら潤也の体に熱がないかなとかそういうのを確かめようと、違う違うそもそも、あのババアがこういう時は一緒にいて看病してやるもんだよーとかいうから、あのね。」

藍は手を動かしてどこかの宇宙人とでも交信しようとでもしているかのジェスチャーをしながらあたふたともはや文章の繋がりになってない言葉を続ける。

「ほ、ほら。もしかしたら、システムの影響でわたしにもだれかが乗り移ったのかも…こわいなーシステムって、くそぅ怨念めー。あ、でも潤也の負担を減らせるならそれでもいいかも…。あ、いやいやこれは決して変な意味ではなくて、いやほんとはあるんだけ――――」

潤也はそれに少し呆れたようにため息を吐いた後、

「とりあえず落ち着け。」

そう言って潤也は藍の頭にチョップした。

「あいた!」

チョップされた額を抑える藍。

「落ち着いたか?」
「――――うう、ごめんなさい。」

藍は少し目に涙を浮かべながらそれを振り払うようにして頭を振った。
潤也は体を少し伸ばした後、体の感覚を確認して藍に尋ねた。

「それで藍、あの戦いはどうなった?記憶があやふやでな…出来れば教えて欲しい。」
「わかった。」

尋ねる潤也に藍は戦いの顛末を教える。
それを聞いた後、潤也は少し神妙な顔をして、

「じゃあ、暴走とまではいかなかったんだな?」
「ギリギリ暴走前でとまった感じだったよ。システムの緊急停止も成功したし、想定外の因果終焉を使っちゃったけど…それぐらい。その後、潤也意識を失っててリベジオンを迷彩で隠して、潤也を連れてここで看病を…。」
「そうか…。」

潤也はそれ聞き少し安心する。
1つ気がかかりだったのは、もしリベジオンが暴走してしまっていた場合、戦闘後、近隣の街への無差別破壊等の二次被害を起こす可能性があったからだ。
戦闘後すぐに機能を停止したのであれば、その心配は無かったという事になる。
自分は復讐者である。手段を選べなくなった時、自分の目的を遂行する為に周りを顧みない覚悟も決めている。
しかし、しないで済むのならば極力周りへ自分がなんらかの被害を与える事はしたくはなかった。
そういう安堵を得た後、その自分の身勝手なエゴに潤也は苦笑した。
その潤也の様子にきょとんとする藍。

「藍、腹が減った。レトルトあっただろ、カレー。あれ温めてくれないか?飯は炊くの面倒だから買い置きしておいたパンを添えてくれればいい。」
「うん、わかった。作ってくるね!」

そういって藍はテントを後にした。
その後、潤也はもう一度自分の感覚を確認するようにして体を動かす。
何度か右腕を縦に振り、地面に付けて押したり引いたりを繰り返した。
それを終えた後、自分の右手を見つめた。

「右手の感覚がないのかい?」

そうテントの外から一人の老婆が入ってきて語りかける。
老婆はTシャツにGパンとおおよそ老婆らしからぬカジュアルな服装をしており、既に枯れた印象の体と不釣り合いな服装をしている。
この老婆こそ時峰九条。
人類史上最強とされる老婆であり、イーグル副司令を務める女傑である。
現在、イーグル側から派遣された。いや、正確には自分を勝手に派遣したお目付け役として潤也達に同行している。

「見てたのか、覗き見は趣味が悪いな。」
「入ろうかと思ったら、あのお嬢ちゃんが嬉しそうな顔してたもんでね。2人の時間を邪魔しちゃ悪いかと思ってお婆ちゃん気を使ったんだよ。」
「俺とあいつはそういう関係じゃないよ。」

否定する潤也。
そうそういう関係ではない。
黒峰潤也にとって琴峰藍は至宝の設計図を持つ体の良い道具であり、彼女もそうである事を望んでいる。
故に彼女と自分の間に好意などといったものは生まれず筈もない。
そう潤也は思っていた。

「まあ、あんたらの問題はあんたらが解決すべきだしね。あたしゃ介入はほどほどにしかしないさ。」
「――――するのかよ。」
「ほら、とりあえず右手見せてみな?」

そういって手を差し出し、右手を診せろと要求する九条。
潤也はそれに従って老婆の手の上に自分の右手を置く。

「ちょっと押すよ?痛かったら痛いっていいなよ?」
「ああ。」

そういった後、九条は潤也の右手の色んな所を押し始めたり反応を確かめたりした。
潤也は九条に右手の触られたり、押されたりしても何も感じる事はない。
それを確認した後、九条は少し憐れむような面持ちで告げる。

「困ったね、これ。完全に右手の神経が麻痺してる。動かせるって言うことは死んじゃいないんだろうけど、これちょっと異常だ。」
「そうなのか?」
「ああ、実はさっき右手触りながらあんたの指の骨ちょっと脱臼させたりしたんだけどね。ああ、勿論すぐ元に戻したよ。」

おいと内心潤也は九条に突っ込む。
そんな潤也の心を知ってか知らずにか話を続ける九条。

「普通なら激痛に悶える所をあんたはどこ吹く風とでも言わんばかりの無表情でそれを見つめていた。たぶんあんたの右手の痛覚がまるでおかしくなっているね。」
「そうか…。」
「たぶんシステムの後遺症だね。あのシステムは死の追体験を行う。それは神経に多大な負担をかけるんだ。それで神経の機能がおかしくなっても不思議じゃない。」
「前から思ってたが、あんたよく知ってるんだな。まるでリベジオンに乗った事があるみたいだ。」
「あたしを誰だと思っている?時峰九条だよ。こう見えて物知りなのさ。」
「そうかい。」

黒峰潤也からしてみればこの老婆の正体などどうでもいいことだった。
リベジオンの事についてもそれなりの知識があり、琴峰藍すら上回る能力を持つ老婆。
潤也は無意味な同行者が増える事を好まずこれまで幾度か時峰九条を振り切ろうとリベジオンで九条が寝ているのを確認した後、移動した事があったが上手く行かなかった。
リベジオンが着陸した位置に必ず先回りしてその場にいた。繰り返す内に潤也の方が諦める事になった。
普通ではない。限りなく何かある人物なのだろう。しかし、そんな事はどうでもいいことだ。
黒峰咲を殺す。その邪魔をしないのであれば潤也にとって九条がどのような人物であるかなどというのは特に気に留める必要もない話だった。

「あんた目は大丈夫かい?」

そう潤也の瞳を覗くようにして尋ねる九条。

「最近、目眩が酷い程度だ。大した問題じゃないだろう。」

そう答える潤也に少し九条は深刻そうな顔をする。

「そうか順調に進行してるんだね…。」
「何がだ…?」
「お前さん、この間怨念に呑まれかけたんだろう…。いや、その前に一度呑まれたんだったっけ?」
「ああ、なんとか戻ってくる事が出来た。我ながら運がいいとは思うよ。」

実際運がいいとは思う。あれだけの怨念に呑まれてまだ自我が保てている。それだけでも奇跡のような事だ。
そんな風に考えている潤也に九条は神妙な面持ちで告げる。


「大事な話だ、よく聞きな。黒峰潤也。あんたはたぶん、もう一度あの機体に乗れば死ぬ。」





―4―

九条から持たされた突然の死刑宣告。
潤也はそれに特別動じた様子もなく冷静に聞く。

「実際の所、心が限界を超えた場合俺はどうなる?」
「あんたがあんたじゃなくなるのは確かだね、黒峰潤也がコレまで築いてきた心は全て怨念に塗り替えられて、彼らの代弁者、つまりは生けるもの全てを破壊する者になる。」
「そうか…。」

少し天を仰いで苦笑する潤也。
それを見て九条は目を細める。

「やっぱり自覚はしてたんだね。」
「そりゃな、暴走まがいな事をしたことだってある。感じていたさ、あんな怨念の中に晒され続けているんだ何かが起こっていたっておかしくない。俺は戻ってこれる可能性はあるのか?」
「難しいところだね。あんた次第とは言えるが、それでもあんたはもう数度その暴走状態に落ちかけている。それはね、あんたがそうなる事に慣れてきているということだよ。」
「慣れてきているというのは適応力も上がったという事では?」
「違うね、通常、怨念の価値観というのはあたし達生きている人間からしてみれば理解する事がおおよそ出来ないものだ。何故ならば彼らは死者なのだから、その感情を生きている人間が理解することは困難を極める。しかしね、それに何度も晒されるとね、人の心はそれに慣れてそれに染まる。それはあんた自身の思考を塗り替えていく、価値観を塗り替えていくと言ってもいい。」
「つまりは、俺が俺じゃなくなっていくと?」
「そうだね。乗っ取られるんじゃなく、あんたがそのものになるんだ。ゆえに戻って来れない。」

それは人格の上書きといってもいいかもしれない。
黒峰潤也という一個人が怨念に晒され続けた結果、怨念の価値観に変貌する。

「そして、その限界が近いという事か…。」
「そうだね…。」

右手を見る。何度か握りしめているがもうその感触を感じることは出来ない。
その手首には腕輪が付いている。
イーグル総司令秋常貞夫から黒峰潤也に取り付けられた監視用の腕輪だ。
彼ら曰く、これで潤也がいる位置を逐一追うことが出来るようになるのだという。
しかし、それだけではないだろうと潤也は予想していた。

「その腕輪は嫌かい?」
「そうでもない。この腕輪がなんであろうと、ある種俺が俺でなくなった時に作動する保険になればいいと考えて受け入れた。」
「悲しいね。死を覚悟するっていうのは…。」
「ふん、別に俺が死んだところで―――――」

もう誰もいない。そう言おうとしたその時、

「――――わたしは嫌だよ!」

遮るように言ったのは琴峰藍だった。
彼女の足元には彼女が潤也の為に作ったカレーが転がっている。
どこからかわからないが潤也と九条の話を聞いていたのだろうか?

「わたしは潤也が死ぬのなんて嫌だ、潤也がいなくなるのなんて嫌だ。」

藍は半ば取り乱しながら訴える。

「潤也が死ぬのならば、リベジオンにだって乗ってほしくない。相手が勝てない相手ならば、すぐにだって逃げてほしい。あんなシステム動かさずに生きていて欲しい。生きていて欲しいんだよ!」
「―――藍。」
「なんで、なんで潤也はそう死ぬかもしれない所に飛び込もうとするの?いつも潤也が辛そうな思いをしなきゃいけないの?いつも怖いんだよ。もう潤也が戻ってこなくなっちゃうんじゃないかって…あのシステムを起動させる度に怖くて怖くて…。」

藍の目には堪えられた涙があった。

「藍―――1つだけお前に言っておきたい事がある。」
「うん。」
「俺はな、お前には感謝してるんだ。最初一人であいつらと戦っていた時、俺は勝ち目のない戦いを挑んでいて、いつガラス細工みたいな俺の心が崩れてしまうかもわからないような状況だった。正直、心細かったさ。怨念に心を晒され何回も暴走しかけいつか自分が何かとんでもない事をあのリベジオンと共にやらかしてしまうんじゃないかという恐怖があった。正直、心細かったさ。でもお前と出会ってブリューナクを手に入れて、それが一変した。力を手に入れたんだ。勝ち目のない戦いに勝ち目を得た。リスクは大きいがあの力は絶大だ。あれさえあればどんな鋼獣にだって負けないし、咲だって殺せる。そんな力をお前は俺にくれたんだ。だからさ、俺はお前には感謝してる。」
「それは―――」
「だからな、俺は辛くないんだ。むしろ喜んですらいる。俺のこの手に力がある。あいつらと戦える力が、あいつらを殺せる力が…。」

潤也が笑みを浮かべて話す。その瞳はどこか遠くを見つめているようだった。

「でも、それで潤也が死んじゃったら…。」
「どうせ力が手に入らなければ無力に打ちひしがれて野垂れ死んでた身だ、俺はな、その生命を有効に使えるならば心底幸せなんだ。」

そういって潤也は再び仰向けに寝転がる。

「そこにこぼした奴片付けとけよ、飯はいい。俺はまだ体が本調子じゃないし寝直す。」
「…手伝うよ、お嬢ちゃん。」

潤也はそう藍に言って目をつむった。
藍は自分のこぼした食べ物を九条に手伝ってもらい片付けて、潤也のいるテントを後にする。
外にでる、先程もまでは晴れていた空が灰色の曇り空になり雨がぽつぽつと振り始め藍の頬を叩いた。
次第に風は強くなり雨は身を打つように強くなっていく。
藍は雨にぬれる事を気にもとめず、潤也がどうしたら戦いをやめてくれるかを考える。
黒峰潤也は黒峰咲を殺さなければならない。
家族を殺した仇であるから、世界を滅ぼしかねない悪魔だから…。
その為には力が必要だ。そして黒峰潤也は今、その力を手に入れてしまっている。
ならば、もし―――

「そうか――――」

理解してしまった。
全ての事実、黒峰潤也を殺しかねない最大の原因となっているのは何なのか?
その事実、その真実に…。

「――――わたしがいるから、潤也は戦えてしまうんだ。」

琴峰藍がいるから潤也は戦えてしまう
琴峰藍がいるから潤也はそれで苦しんでいる
琴峰藍がいるから潤也はあんな毎日を過ごしている
言い訳が出来ないのだ。至宝などという超常の力があるからこそ相手が強すぎる、非現実的だと罵倒して逃げ出す事が出来ない。
つまり、黒峰潤也が死ぬような目にあっている原因になっているのは琴峰藍本人である事に他ならない。
藍の頬に涙が垂れる。
そして自分を憎むようにして右腕を掴んで爪をたてた。
潤也の為に何かをしてあげたくて、自分にぬくもりをくれた潤也に救われて欲しくて今まで生きてきたというのに、それが結果的に潤也を死地に追いやるという事実。

「わたしなんて、生まれて来なければよかったんだ。」

そう呟いた少女の痛烈な悲嘆の声は雨にかき消されていく。
静かに、無常に…。


――

後編に続く!

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