「世界に闇が満ちている――」
何処とも知れぬ闇の中で彼女は呟いた。
「世界に悪が溢れている――」
誰にともなく呟いて彼女は涙を流した。
何処とも知れぬ闇の中で彼女は呟いた。
「世界に悪が溢れている――」
誰にともなく呟いて彼女は涙を流した。
悲しみの淵にあるから、想いを込めて。
「世界に安らぎと平和を――」
願うように。謳うように。祈るように。
「世界に安らぎと平和を――」
願うように。謳うように。祈るように。
「世界を、あるべき姿に――」
とある上空で、航空機が影に追われていた。繰り広げられているのは、音の壁を置き去りにした世界での鬼ごっこ。
影は、翼も持たぬ巨大な人型。正確には、下半身がか細く退化した代わりに、上半身が異常発達した怪物とでも評すべきだろうか。
風を切り裂いて舞う鳥を、その鋼鉄の魔物が、風を強引に破って追い立てる。
獲物側は、D3-TM型戦闘機。特殊なチューンやカスタム化こそされていないものの、一般配備されている中では最高に近い性能を誇る。加えて、安定性と信頼性に長けた傑作機との評価も高い。
「チッ」
凄まじいGに襲われる中、パイロットは舌打ちをした。ただそれだけのことが、奇跡的と言ってもいいだろう極限の重労働の中で、あえてである。虚勢の一つも張らねば、やっていられない。
偵察任務の最中に遭遇したのが運の尽き。話に聞いてはいたが、まさかこれほどのものだとは思わなかった。
装備は一通り試した。可能な限り、装甲の薄い部分を狙った。碌なダメージが見込めないと判れば、深追いせずに逃げ出した。
スクランブル前、シートに座る時には、いつも一種の全能感を得る。その時の高揚が、根本から砕かれた気分だった。
何をやっても通用しない。そして何より、振り切ることができない。
既に、高度も速度も、限られた存在しか到達することを許されない領域に突入している。雲海さえも遥か下。比較対象となるものも乏しく、景色の変化が酷くゆっくり感じられる。
移動は当然直進だけにとどまらない。時として急激に上下左右に位置をずらし、曲芸じみた動きも織り交ぜ、自身はおろか機体さえも軋んだ悲鳴を上げる。
計器を見回せば、どれもこれも危険域を示している。何度も気が遠くなりながら、彼自身の全霊を尽くし、考えうる最高のパフォーマンスを維持し続けている状態だ。
コンテストでないのが悔やまれる。生死の狭間で辿り着いた、間違いなく、彼の生涯で最高のフライトだった。
にもかかわらず、“奴”は平然とついてくる。
(いや、むしろ)
機体を操る彼は認めざるを得ない。
ついてきているのではない。
(むしろ試して……違うな)
そう。それはもう終わっていた。この行動には、明らかに違う意志を感じる。
(こいつ、遊んでいる)
そう思った時、後方の“奴”の腕から数発の光弾が放たれたが、彼は全て回避してみせた。
これも何度か繰り返されたことだ。最初は得意になっていたが、今なら解る。“奴”は、手加減していたのだと。
チクチクと皮膚を破らずナイフの切っ先を立てるように、肉を抉らず弾丸を掠らせるように。紙一重のスリルを与え続けた。
そうしてやがては、この機体と、何よりそれを操るパイロットの限界を見極められた。後はゆっくりと仕留めるつもりなのだろう。
(これがマリオネットか……!)
屈辱に顔を歪め、事前に聞かされていた情報を反芻する。
と言っても、大したものではない。上層部はどうだか知らないが、自分に伝えられているのは、先日出現した<エンドア>と呼ばれる謎の勢力がいること。
マリオネットとは、エンドアの擁する巨大な――主に40~60メートルクラスの無人機動兵器。正式名称が不明な為、暫定的に付けられたコードネームだということ。
そして今、明らかな戦力差があることを痛感したことくらいだ。
悟ってしまえば、気は萎えるもの。命運が尽きるのはここかと、彼は無駄な足掻きを諦めかけた。
その時、
影は、翼も持たぬ巨大な人型。正確には、下半身がか細く退化した代わりに、上半身が異常発達した怪物とでも評すべきだろうか。
風を切り裂いて舞う鳥を、その鋼鉄の魔物が、風を強引に破って追い立てる。
獲物側は、D3-TM型戦闘機。特殊なチューンやカスタム化こそされていないものの、一般配備されている中では最高に近い性能を誇る。加えて、安定性と信頼性に長けた傑作機との評価も高い。
「チッ」
凄まじいGに襲われる中、パイロットは舌打ちをした。ただそれだけのことが、奇跡的と言ってもいいだろう極限の重労働の中で、あえてである。虚勢の一つも張らねば、やっていられない。
偵察任務の最中に遭遇したのが運の尽き。話に聞いてはいたが、まさかこれほどのものだとは思わなかった。
装備は一通り試した。可能な限り、装甲の薄い部分を狙った。碌なダメージが見込めないと判れば、深追いせずに逃げ出した。
スクランブル前、シートに座る時には、いつも一種の全能感を得る。その時の高揚が、根本から砕かれた気分だった。
何をやっても通用しない。そして何より、振り切ることができない。
既に、高度も速度も、限られた存在しか到達することを許されない領域に突入している。雲海さえも遥か下。比較対象となるものも乏しく、景色の変化が酷くゆっくり感じられる。
移動は当然直進だけにとどまらない。時として急激に上下左右に位置をずらし、曲芸じみた動きも織り交ぜ、自身はおろか機体さえも軋んだ悲鳴を上げる。
計器を見回せば、どれもこれも危険域を示している。何度も気が遠くなりながら、彼自身の全霊を尽くし、考えうる最高のパフォーマンスを維持し続けている状態だ。
コンテストでないのが悔やまれる。生死の狭間で辿り着いた、間違いなく、彼の生涯で最高のフライトだった。
にもかかわらず、“奴”は平然とついてくる。
(いや、むしろ)
機体を操る彼は認めざるを得ない。
ついてきているのではない。
(むしろ試して……違うな)
そう。それはもう終わっていた。この行動には、明らかに違う意志を感じる。
(こいつ、遊んでいる)
そう思った時、後方の“奴”の腕から数発の光弾が放たれたが、彼は全て回避してみせた。
これも何度か繰り返されたことだ。最初は得意になっていたが、今なら解る。“奴”は、手加減していたのだと。
チクチクと皮膚を破らずナイフの切っ先を立てるように、肉を抉らず弾丸を掠らせるように。紙一重のスリルを与え続けた。
そうしてやがては、この機体と、何よりそれを操るパイロットの限界を見極められた。後はゆっくりと仕留めるつもりなのだろう。
(これがマリオネットか……!)
屈辱に顔を歪め、事前に聞かされていた情報を反芻する。
と言っても、大したものではない。上層部はどうだか知らないが、自分に伝えられているのは、先日出現した<エンドア>と呼ばれる謎の勢力がいること。
マリオネットとは、エンドアの擁する巨大な――主に40~60メートルクラスの無人機動兵器。正式名称が不明な為、暫定的に付けられたコードネームだということ。
そして今、明らかな戦力差があることを痛感したことくらいだ。
悟ってしまえば、気は萎えるもの。命運が尽きるのはここかと、彼は無駄な足掻きを諦めかけた。
その時、
『そこのパイロット、右旋回!』
「!?」
スピーカーからの突然の指示に、思わず従う。咄嗟のことで内臓がひっくり返るような感覚に襲われたが、何とか耐えきることができた。
瞬間、元いた位置を光弾が通り抜けた。そしてほぼ同時に、別の光る何かも抜けて行く。
遅れて背筋が凍る。何があったのかよく解らないが、あのままだったら、知らぬ間にあの世に送られていたところだったというのは理解できた。
ふと、気付く。
背中を刺すような殺気が、いつの間にか消えている。
(後は任せろってことか)
マリオネットの興味が他に移ったことで、当然ながら自分は標的より外れた。この速度だ、遥か彼方に置いてきてしまったのだろう。
いつの間にか脅威は消えた。あまりに突然で、動悸が落ち着く様子はない。
安堵よりも、疲労感よりも、何もできなかった無力感が全身を包む。そして、命の恩人への僅かな嫉妬も。
遊び道具にされた屈辱も、こうも完敗では憎む気にもなれず、自重気味に口が小さく吊りあがるだけ。
その後になって、ようやく彼の胸に生命が助かったのだと実感が湧いてきていた。
スピーカーからの突然の指示に、思わず従う。咄嗟のことで内臓がひっくり返るような感覚に襲われたが、何とか耐えきることができた。
瞬間、元いた位置を光弾が通り抜けた。そしてほぼ同時に、別の光る何かも抜けて行く。
遅れて背筋が凍る。何があったのかよく解らないが、あのままだったら、知らぬ間にあの世に送られていたところだったというのは理解できた。
ふと、気付く。
背中を刺すような殺気が、いつの間にか消えている。
(後は任せろってことか)
マリオネットの興味が他に移ったことで、当然ながら自分は標的より外れた。この速度だ、遥か彼方に置いてきてしまったのだろう。
いつの間にか脅威は消えた。あまりに突然で、動悸が落ち着く様子はない。
安堵よりも、疲労感よりも、何もできなかった無力感が全身を包む。そして、命の恩人への僅かな嫉妬も。
遊び道具にされた屈辱も、こうも完敗では憎む気にもなれず、自重気味に口が小さく吊りあがるだけ。
その後になって、ようやく彼の胸に生命が助かったのだと実感が湧いてきていた。
動きを止めて、それらは大空で対峙していた。
一つはマリオネット。そしてもう一つは、先ほどの鬼ごっこに割り込んできた無粋な邪魔物。
余裕綽々と。返答がないのを知りながら、邪魔物は操り人形に語りかける。
「はい、お利口さん。次はこっちに付き合ってくれ」
負ける心配など微塵もしてないのだろう。マリオネットに向けた右の人差し指をくいくい動かし、挑発してみせる。
マリオネットの足を止めたのは、同サイズの鉄塊だった。
ただしこちらは完全な人型。
否。それでは少々語弊があるだろう。
胸は分厚く手足も太く、指先は猛禽以上に鋭利な爪。全身に刺々しさと優美さを併せ持つ白い鎧を纏った戦士。
刀剣のような、あるいはそれを振るう武将のような、あるいは悪魔のような。
力強さを体現した鋼の巨神。
そしてその巨神は、左腕の肘から先が存在していなかった。
だがむしろその不完全な姿こそが、さらに不敵さを増すほどの圧倒的な存在感。
その証拠とでも言うように、
マリオネットが挑発に乗った刹那、ガシャン、と派手な音を立ててマリオネットの脚部が破壊されていた。
同時に、巨神の腕が一対となる。
信じられないものを見たかのように、一瞬マリオネットの動きが止まった。
驚いたのは両腕が揃ったことではない。軽々と装甲をブチ抜いた攻撃力だ。そもそも、並みの機体の攻撃では、まともに破壊できないというデータがある。それは先程の戦闘機との戦いで実証していた。
だが、この目の前の敵は違った。
隙間を狙われたわけでも、圧倒的な物量で攻められたわけでもなく、純粋にパワーだけで、ダメージを通されたどころか脚を丸ごと持っていかれてしまった。
それは見た目だけのこけおどしではなく、見た目通り普通ではない機体だという証拠だ。
逡巡の隙をあえて見逃して、目の前の巨神は腕を組み待ち構えていた。
決定的な隙を放置して、一体何がしたいのか。マリオネットは、その気配を察した。
巨神は無言で語る。今度はおまえが遊ばれる番だ、と。
この時点で、マリオネットは、おおよそ己に勝ち目がないことを悟っている。
故に目的を、撃破されることを前提とした戦闘データの収集に変更する。遊ぶというのなら、可能な限り時間をかけて、可能な限りの手の内を明かさせる。
たとえ負けても、今回のデータを元に、今後生産される機体はより強化されることになる。
ならばすることは一つ。
まずは装甲強度、あるいは回避性能の調査から。
腕――砲門を巨神に向け、光弾を放つ。
瞬間、的が消えた。光弾は虚しく空を切る。
一つはマリオネット。そしてもう一つは、先ほどの鬼ごっこに割り込んできた無粋な邪魔物。
余裕綽々と。返答がないのを知りながら、邪魔物は操り人形に語りかける。
「はい、お利口さん。次はこっちに付き合ってくれ」
負ける心配など微塵もしてないのだろう。マリオネットに向けた右の人差し指をくいくい動かし、挑発してみせる。
マリオネットの足を止めたのは、同サイズの鉄塊だった。
ただしこちらは完全な人型。
否。それでは少々語弊があるだろう。
胸は分厚く手足も太く、指先は猛禽以上に鋭利な爪。全身に刺々しさと優美さを併せ持つ白い鎧を纏った戦士。
刀剣のような、あるいはそれを振るう武将のような、あるいは悪魔のような。
力強さを体現した鋼の巨神。
そしてその巨神は、左腕の肘から先が存在していなかった。
だがむしろその不完全な姿こそが、さらに不敵さを増すほどの圧倒的な存在感。
その証拠とでも言うように、
マリオネットが挑発に乗った刹那、ガシャン、と派手な音を立ててマリオネットの脚部が破壊されていた。
同時に、巨神の腕が一対となる。
信じられないものを見たかのように、一瞬マリオネットの動きが止まった。
驚いたのは両腕が揃ったことではない。軽々と装甲をブチ抜いた攻撃力だ。そもそも、並みの機体の攻撃では、まともに破壊できないというデータがある。それは先程の戦闘機との戦いで実証していた。
だが、この目の前の敵は違った。
隙間を狙われたわけでも、圧倒的な物量で攻められたわけでもなく、純粋にパワーだけで、ダメージを通されたどころか脚を丸ごと持っていかれてしまった。
それは見た目だけのこけおどしではなく、見た目通り普通ではない機体だという証拠だ。
逡巡の隙をあえて見逃して、目の前の巨神は腕を組み待ち構えていた。
決定的な隙を放置して、一体何がしたいのか。マリオネットは、その気配を察した。
巨神は無言で語る。今度はおまえが遊ばれる番だ、と。
この時点で、マリオネットは、おおよそ己に勝ち目がないことを悟っている。
故に目的を、撃破されることを前提とした戦闘データの収集に変更する。遊ぶというのなら、可能な限り時間をかけて、可能な限りの手の内を明かさせる。
たとえ負けても、今回のデータを元に、今後生産される機体はより強化されることになる。
ならばすることは一つ。
まずは装甲強度、あるいは回避性能の調査から。
腕――砲門を巨神に向け、光弾を放つ。
瞬間、的が消えた。光弾は虚しく空を切る。
全ては一瞬。
気付いた時には、腹から巨神の腕が生え、
「悪いな。これで終わりだ」
胴に風穴が開き、
気配に騙されたのだとも知らぬ間に、爆音を伴なってガラクタと化していた。
「悪いな。これで終わりだ」
胴に風穴が開き、
気配に騙されたのだとも知らぬ間に、爆音を伴なってガラクタと化していた。
戦闘空域より遥か遠く。この戦いを見聞きしていた三人がいた。
「偵察型とはいえ、こうもアッサリ倒されるとはな」
何も映らなくなったモニターを眺めながら、男は憎々しげに歯ぎしりをした。
その様子を見て、女は言う。
「アナタが間抜けなだけ、ライン。惑わされなければ、もう少しくらいはまともに勝負できたはずよ」
「たまには遊びたいって遠隔操作したはいいけど、その油断が仇となったね。だが侮れない戦力もあることが判明しただけでも収穫だよ」
「リオルフ」
「ロボットもそうだけど、あのパイロット……」
「確かに。早目に叩いておいたほうが良さそうね」
もう一人の男、リオルフの言葉に女は頷く。たったあれだけで遠隔操作と見抜くだけに飽き足らず、逆用して手玉に取るなど並みの技量ではない。
その会話の流れにラインは口を吊り上げ、今後の方針を提示する。
「一般兵器が相手にならないことは、今までの調査で確認済み。ならば、各地での作戦は自律行動型に任せ、我らは障害を取り除くことに注力すべきだ」
「恨みを晴らしたいだけじゃないの?」
女の冷静な指摘。
「まあまあ、セイナ。単純だけど効果的ではある。……とりあえず、それを当面の目的にしてみようか」
「別にいいけど。反対する理由もないし」
「二人とも、同意に感謝するぞ」
セイナとリオルフに感謝を述べて、ラインは笑う。
狙いを定めるは、極東地区。
「偵察型とはいえ、こうもアッサリ倒されるとはな」
何も映らなくなったモニターを眺めながら、男は憎々しげに歯ぎしりをした。
その様子を見て、女は言う。
「アナタが間抜けなだけ、ライン。惑わされなければ、もう少しくらいはまともに勝負できたはずよ」
「たまには遊びたいって遠隔操作したはいいけど、その油断が仇となったね。だが侮れない戦力もあることが判明しただけでも収穫だよ」
「リオルフ」
「ロボットもそうだけど、あのパイロット……」
「確かに。早目に叩いておいたほうが良さそうね」
もう一人の男、リオルフの言葉に女は頷く。たったあれだけで遠隔操作と見抜くだけに飽き足らず、逆用して手玉に取るなど並みの技量ではない。
その会話の流れにラインは口を吊り上げ、今後の方針を提示する。
「一般兵器が相手にならないことは、今までの調査で確認済み。ならば、各地での作戦は自律行動型に任せ、我らは障害を取り除くことに注力すべきだ」
「恨みを晴らしたいだけじゃないの?」
女の冷静な指摘。
「まあまあ、セイナ。単純だけど効果的ではある。……とりあえず、それを当面の目的にしてみようか」
「別にいいけど。反対する理由もないし」
「二人とも、同意に感謝するぞ」
セイナとリオルフに感謝を述べて、ラインは笑う。
狙いを定めるは、極東地区。
無傷で格納庫にそびえる巨大ロボットを、白衣の男が見上げていた。
背丈は180センチ超、端正な顔に鋭い目つき。無造作に後ろへ流した黒髪。年齢は二十代後半。がっしりとした筋肉質の“黙っていれば”文句なしの美男子。
場所と服装次第では、モデルかスポーツ選手あたりに間違われてもおかしくないだろう。
しかし彼の本職は、あくまで服装通りのもの。
「勝つには勝ったが、満足のいく結果とは言えんか。戦闘能力は、想定限界値の49.3%……瞬間最大時で、62.7%か。大口叩いていた割には、大したことねえな」
モバイルに目を移し、男は苦い顔で空中に投影された戦闘データを、わざとらしく読み上げる。
「馬鹿野郎!」
「おぐっ!?」
突然の怒りの声と、後頭部に激しい痛み。反射的に患部に手をやって、思わずモバイルを取り落とした。
涙目で足元を見れば、フルフェイス型のヘルメットが転がっている。
どうやら、男の嫌味に対する反撃らしい。
「な、何しやがる、壮馬!」
男はやや涙目になって、犯人を睨みつけた。
「黙れ、こんアホ十字が。ぶっつけで実戦テストさせといてそれか! しかも何だあのメチャクチャなインターフェースは? 使いにくいったらねぇぞ!」
背丈は180センチ超、端正な顔に鋭い目つき。無造作に後ろへ流した黒髪。年齢は二十代後半。がっしりとした筋肉質の“黙っていれば”文句なしの美男子。
場所と服装次第では、モデルかスポーツ選手あたりに間違われてもおかしくないだろう。
しかし彼の本職は、あくまで服装通りのもの。
「勝つには勝ったが、満足のいく結果とは言えんか。戦闘能力は、想定限界値の49.3%……瞬間最大時で、62.7%か。大口叩いていた割には、大したことねえな」
モバイルに目を移し、男は苦い顔で空中に投影された戦闘データを、わざとらしく読み上げる。
「馬鹿野郎!」
「おぐっ!?」
突然の怒りの声と、後頭部に激しい痛み。反射的に患部に手をやって、思わずモバイルを取り落とした。
涙目で足元を見れば、フルフェイス型のヘルメットが転がっている。
どうやら、男の嫌味に対する反撃らしい。
「な、何しやがる、壮馬!」
男はやや涙目になって、犯人を睨みつけた。
「黙れ、こんアホ十字が。ぶっつけで実戦テストさせといてそれか! しかも何だあのメチャクチャなインターフェースは? 使いにくいったらねぇぞ!」
ヘルメットを投げつけてきたのは、白衣の男――十字以上に長身の男だった。
頑健な肉体をパイロットスーツに包む彼は、当然の抗議だと、普通なら居竦まる殺気を込めて睨み返してくる。
それを流し、十字は反論。
「安全性から何から、最大限の配慮をしたろうが!」
「どの口が言うか! 少しは使い勝手考えろよ、操作方に統一性のカケラもありゃしねぇ。無闇に盛り込むだけだから、何もかもデタラメなんだよ。もう少し洗練しとけ」
「ぬぅ……この神武十字様が、そんな凡ミスを」
痛いところを突かれた。ここは素直に非を認めるしかないらしい。ぐうの音も出ず、押し黙る。
壮馬と呼ばれたのは、目の前に佇む巨大ロボットのパイロットだった。やや癖のある黒髪。手練の格闘家を思わせるワイルドな風貌。雑なようでまるで隙のない、どこか捉え所のない気配。
つい今しがた、彼はあのマリオネットを撃墜して戻ってきたばかりだ。
ただのテストのはずが、マリオネット出現の報を受け突如実戦投入という行き当たりばったり。加えて、無傷で戻ってきたというのにあの言い草では、文句も当然のことだろう。
とはいえ、それも互いを信頼してのこと。こんなケンカもいつものことだ。壮馬も十字の技術力自体には万全の信頼を置いている為、多少の無茶だって聞くし、この程度の文句で済んでいる。
なので大人げないケンカは終わり。
早々に気分を切り替えて、冷静にさらなる問題点の指摘をする。
「そもそもシステムが一人用じゃないだろが。あれじゃあ、いくら俺でも100%以上の性能を発揮すんのは無理だよ。たとえ操作性の改善をしたところでもな」
「やっぱ一番のネックはそこか。コックピットは追々改修するとして、残りのパイロットもどっかから適当に見繕ってくるしかねぇな」
「お前なぁ……パワーでねじ伏せないとマトモに操縦できねぇ機体作っといて、それ言うか?」
常人ならば簡単に死ねる。そう言いたいのだろう。
「わかったわかった。初設計とはいえ、悪かったよ」
全て己の責任とはいえ、次から次に出てくる難点に、十字も辟易してくる。
十字にとっても、もともと操縦者については懸念していた問題だった。というより、今にして思えば、いかに実験的要素が強い新型機とはいえ、壮馬の体力を基準に計算したのが間違いだった気もする。
だが今更後の祭りだ。操作性はどうにでもなるだろうが、性能を下げるわけにはいかない以上、パイロット側でどうにかしてもらうしかない。無責任なようだが、現状での事実なのも確かだ。
とりあえず、そのパイロット様に訊いてみる。
「心当たりはないのか」
「いくらかはいるが、そういうのは大抵どっかで何かやってるからなあ」
想定済みの質問だったらしく、即答された。
ならば、と次の案。
「アイツは?」
「ダメダメ。最近忙しいっつって、付き合い悪ぃんだ」
十字唯一の心当たりさえ、簡単に却下された。
「一応連絡入れてみるけどな。まあ、今んところは無理だろ」
「てことは、民間からのスカウトか」
手軽な調達を諦め、十字は懐からレトロなデザインの携帯電話を取り出し、慣れた手つきでコールする。
相手が出るなり、単刀直入に用件を伝えた。
「オレだ。至急人材発掘してくれ。条件は――」
頑健な肉体をパイロットスーツに包む彼は、当然の抗議だと、普通なら居竦まる殺気を込めて睨み返してくる。
それを流し、十字は反論。
「安全性から何から、最大限の配慮をしたろうが!」
「どの口が言うか! 少しは使い勝手考えろよ、操作方に統一性のカケラもありゃしねぇ。無闇に盛り込むだけだから、何もかもデタラメなんだよ。もう少し洗練しとけ」
「ぬぅ……この神武十字様が、そんな凡ミスを」
痛いところを突かれた。ここは素直に非を認めるしかないらしい。ぐうの音も出ず、押し黙る。
壮馬と呼ばれたのは、目の前に佇む巨大ロボットのパイロットだった。やや癖のある黒髪。手練の格闘家を思わせるワイルドな風貌。雑なようでまるで隙のない、どこか捉え所のない気配。
つい今しがた、彼はあのマリオネットを撃墜して戻ってきたばかりだ。
ただのテストのはずが、マリオネット出現の報を受け突如実戦投入という行き当たりばったり。加えて、無傷で戻ってきたというのにあの言い草では、文句も当然のことだろう。
とはいえ、それも互いを信頼してのこと。こんなケンカもいつものことだ。壮馬も十字の技術力自体には万全の信頼を置いている為、多少の無茶だって聞くし、この程度の文句で済んでいる。
なので大人げないケンカは終わり。
早々に気分を切り替えて、冷静にさらなる問題点の指摘をする。
「そもそもシステムが一人用じゃないだろが。あれじゃあ、いくら俺でも100%以上の性能を発揮すんのは無理だよ。たとえ操作性の改善をしたところでもな」
「やっぱ一番のネックはそこか。コックピットは追々改修するとして、残りのパイロットもどっかから適当に見繕ってくるしかねぇな」
「お前なぁ……パワーでねじ伏せないとマトモに操縦できねぇ機体作っといて、それ言うか?」
常人ならば簡単に死ねる。そう言いたいのだろう。
「わかったわかった。初設計とはいえ、悪かったよ」
全て己の責任とはいえ、次から次に出てくる難点に、十字も辟易してくる。
十字にとっても、もともと操縦者については懸念していた問題だった。というより、今にして思えば、いかに実験的要素が強い新型機とはいえ、壮馬の体力を基準に計算したのが間違いだった気もする。
だが今更後の祭りだ。操作性はどうにでもなるだろうが、性能を下げるわけにはいかない以上、パイロット側でどうにかしてもらうしかない。無責任なようだが、現状での事実なのも確かだ。
とりあえず、そのパイロット様に訊いてみる。
「心当たりはないのか」
「いくらかはいるが、そういうのは大抵どっかで何かやってるからなあ」
想定済みの質問だったらしく、即答された。
ならば、と次の案。
「アイツは?」
「ダメダメ。最近忙しいっつって、付き合い悪ぃんだ」
十字唯一の心当たりさえ、簡単に却下された。
「一応連絡入れてみるけどな。まあ、今んところは無理だろ」
「てことは、民間からのスカウトか」
手軽な調達を諦め、十字は懐からレトロなデザインの携帯電話を取り出し、慣れた手つきでコールする。
相手が出るなり、単刀直入に用件を伝えた。
「オレだ。至急人材発掘してくれ。条件は――」
さしあたっての問題は、鋼の巨体に生命を吹き込むパイロット。
基本中の基本にして、最重要課題。まずパイロットがいなければ、何も始まりはしない。
「やれやれ。初っ端からこれじゃ、お前も前途多難だな、ドラスター」
壮馬は苦笑しつつ、物言わぬ――しかし強い意志を宿した眼に向けて、たった一言語りかけた。
基本中の基本にして、最重要課題。まずパイロットがいなければ、何も始まりはしない。
「やれやれ。初っ端からこれじゃ、お前も前途多難だな、ドラスター」
壮馬は苦笑しつつ、物言わぬ――しかし強い意志を宿した眼に向けて、たった一言語りかけた。
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