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第一章A-SIDE 補足された記憶

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sousakurobo

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第一章A-SIDE 補足された記憶

『アナタの名は?』
 薄明るいモノクロの世界で、電子的な声がそう訊ねて来た。
「エムレイン・ブルー」
 私は短く答えた。
 別に、この声の主に付き合う義理は無い。何しろ、相手は私の前に姿を表そうともせず、ただ
無機質な声で短い質問を浴びせてくるだけなのだ。
 それでも私がこの電子的な声の質問に答えたのは、なんとなく……の一言でしかなかった。
そうした方が良いのではないかという直感や、そうしないとイケナイと言った強迫観念は一切存
在しない。訊ねられたから、つい答えてしまったという具合である。
『アナタはダレ?』
 私の返事に満足したのか、しなかったのか……。抑揚の無い、電子的な声の質問は続く。
 しかし、途端に難しい質問になったものだと私は眉を顰めた。世界中の何処を探しても、その
哲学的な質問に”答え”を示す事が出来る者は居ないのではなかろうか。知性の無い存在はそ
もそも自分が何者であるかを考えないであろうし、知性のある……例えば人間であったとしても、
自分以外の第二、第三者が居なければ、自分が自分であるという証明は得られないのだ。
「ソレは、私自身が”そう自覚している”といったレベルで答えてもいいの?」
『構わない。アナタはダレ?』
「そう、それじゃあ、簡単な自己紹介くらいしか出来ないわよ」
『構わない。アナタはダレ?』
「私はエムレイン・ブルー。コレはさっき言ったわね。三十三歳、AB型。性別は……見て分かると
思うけど、いや、貴方には見えないのかも知れないわね。女よ。祖父が起こした重工会社、ブルー
バレット社で主に兵器開発に携わっているわ」
『ワタシを造ったのはアナタ?』
「私には貴方が何者なのかが分からないから、答えようが無いわね。もし貴方が人間なのだとした
ら、答えはノーよ。私、子供を生んだ記憶は無いから」
『ワタシは、ダウンシューターと呼ばれる存在。ワタシを作ったのはアナタ?』
 抑揚の無い電子的な声の言葉(文が変ではあるが仕方あるまい。現実に、そうなのだから)に、
私はソコで初めて戸惑い、言葉を呑んだ。
 勿論、ダウンシューターと言う名には覚えがある。私が開発主任を任されていた企画の主役がそ
の名の人型兵器だ。つい先日完成し、情報公開の規制を掃ったばかりである。
「貴方がダウンシューターならば、貴方を作ったのは私と言えるわね」
『アナタは何故ワタシのナカに居るの?』
「貴方の中ですって?」
『ココは、ワタシのナカ。アナタは憶えて居ないの? 何故、ワタシのナカに居るのか。その理由を……』
「私が、ダウンシューターの中に居る理由? ダウンシューターに、乗っているって事? ココは、コクピット?」
 私は頭を抱え、ゆっくりと思い出す。
 そして気付く。
 記憶が無い。憶えて居ない。
 何故記憶が無いのかは分からない。しかし、憶えて居ないのならば仕方がないと頭を切り替える。
覚えている箇所まで記憶を遡り、ソコから順に思い出していく。
 ダウンシューターの完成披露会の記憶は在る。
 問題は、ソコからだ。
 世界でもトップレベルのスペックを持つ人型兵器が完成した。高コストではあるが、ソレだけの能力と
それ以上のポテンシャルを秘めていると私は自信を持っていた。
 確か、そう、その時、取材に来ていた記者の一人が、パイロットについて訊ねて来た。
 スペックは素晴らしいが、ソレを生かせるパイロットが居るのかという質問だ。もしダウンシューターが
全力で機動した場合、パイロットに掛かる負荷は人間の致死レベルを越えているのではないかという、
いい質問だった事を憶えている。
 勿論、私はその回答を用意していた。ダウンシューターのパイロットは人間でない。人工知能……AIだと。
 当然、ソレを問題視する意見が上がった。パイロットがAIでは、電子戦で負けた際に機体の主導権を
奪われる可能性があるのではないかと。

『アナタは何と答えた?』
「そんな事、素人に指摘されるまでも無く想定している。……実際には、もう少しオブラートに
包んだ言い方だったわよ?」
『思い出せる?』
「ええ、確か……アレ?」
 ソコで、私の記憶が途絶えた。
 私は何と答えた?
 何を用意していた?
 何を、パイロットとしてダウンシューターに乗せるつもりで居た?
『思い出せないのなら、ワタシが、教えてあげる』
「私の名も知らなかった貴方が、ソレを教えてくれると言うの?」
『今、アナタがワタシに教えてくれた事が答えになるから、可能か不可能かで言えば可能』
「……どういう、意味?」
 私は本能的に一歩身を引いた。
 電子的な声には相変わらず感情が篭っておらず、抑揚が無い。
 私は今、初めてソレを怖いと感じた。
 今、私が存在するモノクロの世界。ココがあのダウンシューターの中だという。
 どういう事だ。
 考えたくない。
 何故私は記憶を失っている。
 考えるな。
 私は人間だ。パイロットではない。
 そうだ。私は科学者だ。
 ならば何故、私は……今、後退りをしようとして尻餅を付いたのだ?
 何かに躓いた? いや、違う。そんな感覚は無かった。ソレはまるで、足を踏み外したような、
腰が抜けたような感覚。
 やめろ、現実を見るな。
 私は、恐る恐ると視線を下半身へ向け、絶句した。
 膝……いや、おそらく腿の半ばから先が消失していた。私の両足はどこぞへと消え失せ、足の
断面からは鮮血が勢いよく吹き出している。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 私は叫んだ。
 どうして今まで気づかなかったのかと言う痛みが下半身を伝い、脳を揺さぶる。気が狂ってしまい
そうだった。
 私の脳裏にボンヤリと、イメージが浮かぶ。
 私を見下ろす誰か。複数。数名の男、一人の女。女が筆頭に、私に何か手を加えている。私の
「中身」がザックリと持って行かれる感覚。まさか、この女が、私の足を持っていった?
 痛みは治まらない。髪を掻き毟り、痛みを堪えようと地面を悶え転げまわっていると、ふと、その
手の感覚も消えてしまった。
「う、嘘だ……」
 私は震える声を漏らす。
「嘘だ、そんな筈は無い。腕は、今まで……」
 見てはいけない。分かっている。しかし、見なければ居られなかった。
 私の腕は肩口から綺麗に消失していた。
『アナタが記者達に言った言葉を教えてあげる』
 電子的な声は淡々と続ける。
「や、やめろ! やめてぇぇぇぇ!!」
 既に私は理解出来ていた。だから、ソレを認める訳には行かない。
 自分ではない誰かに”ソレ”を言われてしまえば、もう、私は”ソレ”を認めるしかない。受け入れるしかない。
『アナタはこう言ったの』
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『私を、エムレイン・ブルーをパイロットにする……とね』

 私は意識を取り戻した。
 夢から覚めたのだろう。私は薄ぼんやりとしたモノクロの世界ではなく、一切の光が存在しな
い現実の暗闇の中に居た。
 あれ程までに苦痛だった手足の痛みは嘘の様に消えている。いや、”痛み”の方が夢なのだ
から、嘘でもなんでもない。ソレが正常なのだ。どちらにしろ、今の私には些細な違いでしかない。
 暗闇の中、私は台座の様な物に固定されていた。手足を動かしてみようとするが、動かなかった。
動かせないのか、動かないのか、暗闇の中でソレを確かめる術はない。今となっては逆に、ソレを
確認できない事が幸いだった。現実を見て、ソレを受け入れるだけの余裕が私には無い。
 だから、あのような夢を見たのだと思う。
 私の意識は、記憶は、まだハッキリとしていない。夢で見た通り、私は本当に記憶を失っている
らしい。最後の記憶から、どれ程の時間が経ったのかも想像が付かなかった。
 溜息を吐こうとして、口が動かない事に気付く。何かを縫い付けられているのか、そもそも、今の
私に顔というものが存在するのかも怪しい。
 自分の体に異常がある事に気付く度に、今の自分の姿が段々と浮き彫りとなっていき、大きな
絶望感に包まれる。
 ココが本当にダウンシューターのコクピットだというのならば、私は恐らく生命活動に必要最低限の
パーツしか持って居ないのであろう。生命維持装置がどれ程持つのかは分からないが、少なくとも、
ホンの数日で駄目になるという事は無いと考えられるのが唯一の、しかし意味の無い救いであった。
 私は必死に思考を巡らせる。
 私はコレから如何するべきなのだろうか。今はまだ、何故自分がパイロットになったのかという
経緯も思い出せずに居る。何か理由があり、自分からパイロットになる事を志願したのだとすれば、
ソレを思い出す事で私は納得できるであろうか?
 しかし、もし今の私の状態が、私が望んだものでなかったとしたら?
 私はブルーバレットという会社に、あの見知らぬ女に、モルモットとして体を刻まれた事になる。
足を、手を、恐らくは全身を。既にこの身は人の姿をして居ないのかもしれない。
 今はまだ、私に自我がある。自分の意志でモノを考える事が出来る。だがしかし、この先、それすら
出来なくなるとしたら、私はもはや死んだも同然だ。
 それだけは、それだけは避けなくてはならない。
 そんな私の思考を遮るように、突然視界が明るくなった。視力を取り戻した私の目に飛び込んで
きた場所は、ダウンシューターを格納している研究所のガレージであった。
(やはり、私はダウンシューターに乗せられているのか)
 視界の高さから、感覚から、私は自分の視界がダウンシューターと同化している事を理解した。
 そして、自分の足元に二人の人間が立ち、コチラを見上げている事に気が付く。
 一人は老いを感じさせない黒々とした頭髪の老人。そしてもう一人は、白衣を纏った長髪の女。
 老人の方は私の父、道明・ブルーだ。名が示す通り生粋の日本人ではないが、祖母(彼にとっての母)が
日本人の為か、容姿は日本人の色が強い。隣の女は父の仕事の相手であろうか。日本人の様に見えるが、
私には全く見覚えの無い人間だ。
 ふと、気付く。
 彼女が、夢の中で見た女と酷似している。私の体を奪った女に。

「記憶の消去は完了したのか?」
 突然の父の言葉に、私は心臓が止まる思いがした。
「はい。ダウンシューターに搭載してから計測したデーターは惜しかったですけど、あのままAI
として不完全な状態が続けば、それ以上の……最悪、人的被害にまで及ぶと判断しまして」
「そうか、一旦全てをリセットしたのか。彼女には悪い事をしたな。しかし、今度はまっさらな状態
にダウンシューターのAIとしての人格を形成させるのだから、問題は起きないのだろう?」
「そのつもりです。当初の計画は失敗に終わりましたが、失敗で得たデータは無駄になりません。
先のデータを元に、今度こそ完全なAIを形成したいと思います」
 この二人は何を話しているのだろうか?
 一瞬、そんな事を考えた。
 そして、その考えこそが、自分が現実を受け入れきれず逃避に走っている事を裏付けている事
に気付き、私は苦笑した。
 何、意識が戻ってから少しの間では在ったが、覚悟していたではないか。
 想定していた事態の中で、最悪の物が現実であっただけの話である。
 私は決意した。
 逃げよう。私が私でなくなる前に。冷静な判断を下せる内に。
 幸いな事に、私は少しずつであるがボディであるダウンシューターの制御が可能になってきてい
た。おそらく、私の視界が戻った時に、ダウンシューターのメインエンジンが起動され、AIの代用と
して搭載されている私との接続が開始されたのだ。
 この一瞬一瞬の間に、無数のデータが私の中に流れ込んでくる。ダウンシューターのエネルギー
状態、現在施されている装備、周囲の状況、機体の制御率、反応速度……。
「では、始めます」
 女がそう言い、コンピュータに向った瞬間、私は行動を開始した。
 全身を支えていた固定具を一気に引き剥がし、自分に繋がれているコードを引き抜く。コレで少な
くとも、有線で私の人格が上書きされる事は無くなった。
「な、どういうことなの!!」
 ショートし、火花を飛ばしながら煙を上げるコンピュータの前で、女は私を見ながら唖然としていた。
 私は手短なダウンシューターの装備を掴み、自らの手でソレを身に着けた。
 ローブ状のソレは、私が開発していた作品の一つでもある。このローブで機体を被う事で、ステルス
性能が格段に上昇させる事が出来る。
「貴方、まさか……」
 女が私の意図に気付いたらしい。
 ガードを呼ばれ、武器の無い今の状態で取り囲まれてしまえば、幾らダウンシューターと言えども
逃走は不可能だ。
 ならば、ガードを呼ばれる前に逃げるしかない。ステルスローブしか装備が無いのが心許ないが、
今は自身の保身を優先すべきであろう。
 背面のメインスラスターに点火しながら、私はガレージのシャッターをこじ開けた。
 最後に父を一瞥すると、彼は女の身を案じて駆け寄っていた。
(……愛人か)
 厳格な父にしては珍しい事だと思った。しかし、現に彼は私をコクピットに積み込み、その後釜を見ず
知らずの女に任せている。
(全ては、この為の計画だったの……?)
 私は父が怪我を負って居ない事を確認すると、機体を一気に加速させた。
 パイロットとしての訓練をした事の無い私が、ダウンシューターの出力を全開で扱おうとしている事に
不安は感じなかった。
 それは恐らく、この時はまだ、私自身が状況を理解しきれていなかったからかも知れない。
 そして恐らく、この時既に、私はダウンシューターを自分の肉体として認識していたのかもしれない。

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