第一章 B-SIDE ダウンシューター完成披露会
小泉茜が初めてソレを見たのは、四年前の夏の終わり――冷たい雨の降る日だった。
悠然と立ち尽くすソレの姿は異質で、威圧的で、恐ろしく、それ故にソレが味方と判った時は頼もしかった。
人型兵器<マシン>――。
白を基調とした躍動感あるボディ。所々に走る紅のライン。額から前方に突き出す二本の角。引き締まったボディに比べてアンバランスに大きな掌。ソコから生える、猛禽を思わせる鋭い爪。
テレビや本で見た人型兵器の様な、銃器による武装はしていなかったが、その姿はまさしく戦う者の姿をしていた。
――鬼。
白と紅の二色で組み上げられた、鬼。
なるほど、『鬼』か。
ふと思い浮かんだワードに、彼女は納得した。
ソレは地獄に居ても何ら不思議ではない造型をしていた。しかしその上で、地獄には似合わない美しさまでも備えていた。
まるで死に化粧を施している様ではないか。
白粉を塗り、血で紅を塗った鬼。
嫁入り前とでも言うのか、純白の鬼。
はたしてソレは鬼と呼べるのか。
しかし、彼女の眼には、ソレは鬼以外の何物にも映らなかった。
呆然とソレを見上げる少女の前で、パイロットである男性は、全てを終えた。彼はコクピットを降り、紅白の鬼の前に立って手を合わせる。まるで墓参りをしているかのような光景だ。小泉はそう思った。
彼の目の前には何も無い。墓石も、ソレに見立てたモノも。そもそも、何も無いのだ。全てが無くなった焼け野原。目に映る物は、それだけだ。
「全てが終わった……」
その時からだろう。
小泉茜の人生が大きく変わったのは。
悠然と立ち尽くすソレの姿は異質で、威圧的で、恐ろしく、それ故にソレが味方と判った時は頼もしかった。
人型兵器<マシン>――。
白を基調とした躍動感あるボディ。所々に走る紅のライン。額から前方に突き出す二本の角。引き締まったボディに比べてアンバランスに大きな掌。ソコから生える、猛禽を思わせる鋭い爪。
テレビや本で見た人型兵器の様な、銃器による武装はしていなかったが、その姿はまさしく戦う者の姿をしていた。
――鬼。
白と紅の二色で組み上げられた、鬼。
なるほど、『鬼』か。
ふと思い浮かんだワードに、彼女は納得した。
ソレは地獄に居ても何ら不思議ではない造型をしていた。しかしその上で、地獄には似合わない美しさまでも備えていた。
まるで死に化粧を施している様ではないか。
白粉を塗り、血で紅を塗った鬼。
嫁入り前とでも言うのか、純白の鬼。
はたしてソレは鬼と呼べるのか。
しかし、彼女の眼には、ソレは鬼以外の何物にも映らなかった。
呆然とソレを見上げる少女の前で、パイロットである男性は、全てを終えた。彼はコクピットを降り、紅白の鬼の前に立って手を合わせる。まるで墓参りをしているかのような光景だ。小泉はそう思った。
彼の目の前には何も無い。墓石も、ソレに見立てたモノも。そもそも、何も無いのだ。全てが無くなった焼け野原。目に映る物は、それだけだ。
「全てが終わった……」
その時からだろう。
小泉茜の人生が大きく変わったのは。
その日の午前中、大学へ向う道中で、小泉茜は駅前のマンモステレビに映されていたニュースの内容に気を取られて足を止めた。
若い女性のニュースキャスターが、今日開かれる人型兵器展覧会でブルーバレット社が自社ブースで最新型の人型兵器<マシン>の完成披露会を催すと言っていた。展覧会の開場は午前十時――あと一時間ほど先で、完成披露会が行われるのは午後三時との事だ。人型兵器展覧会の会場である多目的ドームは、開場前の今から早くも長蛇の列が出来ているらしい。
一般人にはあまり馴染みの無い人型兵器のイベントに、今回コレ程までに注目が集まっているのはいくつかの理由があった。
まず一つが、『あの』九条憐がゲストとして招待されていると言う事。
四年前、若干十三歳にしてS級パイロットの資格を有した天才美少女は、『大災害以後最大の殺人鬼』という二つ名が付いて尚、世界的アイドルの様に高い人気を有している。今回、異常なまでにこのイベントが盛り上がりを見せているのは、彼女が主な原因であろう。
そしてもう一つが、今回の初披露となる新型機にはエレメチアル合金という、まだ生み出されて間もない世界最高の強度を持つ金属を用いて造られていると言う事。
コレにより、従来の人型兵器には不可能な設計を可能としているらしく、他社や人型兵器ファンだけでなく、様々な分野の科学者、軍事力に人型兵器を用いている諸外国の面々もこの開場に集っているらしい。
他にも、その新型機には次世代型AIが用いられるらしく、注目を集める要因となっているらしいのだが、基本的に機械音痴である小泉には記憶しておく事すら難しい話であった。
ニュースの話題が切り替わり、ソレにつられて我に変える形で小泉は再び歩き出した。
多くの通勤者で溢れている改札を通り、電車に乗り込む。この日は幸いにも、あまり込み合っておらずシートに座る事も出来た。
小泉は肩から提げていた鞄から片手に収まるサイズの携帯端末を取り出し、日課のメールを作成する。
『おはようございます。
もう起きていますか? 多分起きていないと思いますので、このメールで起きてくれると嬉しいです。
今日の天気は清々しい晴れ。こんな日は、室内に篭ってないで日光浴をお勧めします。
ハニーハウス(例の女装マスターの喫茶店ですよ)でなら、私宛にツケで食事も出来ますのでご遠慮なく。
今日も授業が終わり次第窺います』
「はい、送信……っと」
携帯端末は言ってしまえばノートパソコンをさらに小型化したカードパソコンというべき物である。
その性能は高く、日常生活における大抵の事をこの端末で処理する事が出来るのだが、機械音痴の小泉には精々が電話機能の通信とメール機能位しか使いこなせない。だというのに、彼女が使っている携帯端末は数百万円はする最新型の物であった。たった今、彼女がメールを送った相手である姉小路真澄からも「宝の持ち腐れの典型的な例」と言われた事がある。
恐らく、今日もメールの返信が届くのは昼過ぎであろう。
小泉が携帯端末を鞄に戻そうとした所で、携帯端末がメールの着信を知らせた。
メールの発信者名には「姉小路真澄」と表示されている。
普段は昼過ぎまで寝ているというのに、珍しい事だ。そう思いながらも、思いがけず早く戻ってきた返信に、小泉は思わず頬を緩めてしまう。
『今日は暇か?』
内容は、姉小路らしい簡潔で明快なものだった。
『今日の講義は午前中だけの予定です』
今度のメールはさっくりと短めに。
姉小路からのメールはすぐに返って来た。
『ならば、午後二時に喫茶店で』
「……どういうことだろう?」
返信の一文を睨みながら小泉は唸った。
姉小路との付き合いはかれこれ四年になろうとしている。当然と言うべきか、このメールの言わんとする事も理解できる。
だが問題は、このメールの送り主が小泉にその様なメールを送るであろうかという一点であった。
この四年間、押しても引いても自分に何の興味も見せなかった彼が、今更唐突に、自分を誘ってくれるものであろうか?
「わからないなぁ……」
本当に解らない。
だというのに、彼女の口元は甘いケーキを食べているかのようにニヤけてしまうのだった。
若い女性のニュースキャスターが、今日開かれる人型兵器展覧会でブルーバレット社が自社ブースで最新型の人型兵器<マシン>の完成披露会を催すと言っていた。展覧会の開場は午前十時――あと一時間ほど先で、完成披露会が行われるのは午後三時との事だ。人型兵器展覧会の会場である多目的ドームは、開場前の今から早くも長蛇の列が出来ているらしい。
一般人にはあまり馴染みの無い人型兵器のイベントに、今回コレ程までに注目が集まっているのはいくつかの理由があった。
まず一つが、『あの』九条憐がゲストとして招待されていると言う事。
四年前、若干十三歳にしてS級パイロットの資格を有した天才美少女は、『大災害以後最大の殺人鬼』という二つ名が付いて尚、世界的アイドルの様に高い人気を有している。今回、異常なまでにこのイベントが盛り上がりを見せているのは、彼女が主な原因であろう。
そしてもう一つが、今回の初披露となる新型機にはエレメチアル合金という、まだ生み出されて間もない世界最高の強度を持つ金属を用いて造られていると言う事。
コレにより、従来の人型兵器には不可能な設計を可能としているらしく、他社や人型兵器ファンだけでなく、様々な分野の科学者、軍事力に人型兵器を用いている諸外国の面々もこの開場に集っているらしい。
他にも、その新型機には次世代型AIが用いられるらしく、注目を集める要因となっているらしいのだが、基本的に機械音痴である小泉には記憶しておく事すら難しい話であった。
ニュースの話題が切り替わり、ソレにつられて我に変える形で小泉は再び歩き出した。
多くの通勤者で溢れている改札を通り、電車に乗り込む。この日は幸いにも、あまり込み合っておらずシートに座る事も出来た。
小泉は肩から提げていた鞄から片手に収まるサイズの携帯端末を取り出し、日課のメールを作成する。
『おはようございます。
もう起きていますか? 多分起きていないと思いますので、このメールで起きてくれると嬉しいです。
今日の天気は清々しい晴れ。こんな日は、室内に篭ってないで日光浴をお勧めします。
ハニーハウス(例の女装マスターの喫茶店ですよ)でなら、私宛にツケで食事も出来ますのでご遠慮なく。
今日も授業が終わり次第窺います』
「はい、送信……っと」
携帯端末は言ってしまえばノートパソコンをさらに小型化したカードパソコンというべき物である。
その性能は高く、日常生活における大抵の事をこの端末で処理する事が出来るのだが、機械音痴の小泉には精々が電話機能の通信とメール機能位しか使いこなせない。だというのに、彼女が使っている携帯端末は数百万円はする最新型の物であった。たった今、彼女がメールを送った相手である姉小路真澄からも「宝の持ち腐れの典型的な例」と言われた事がある。
恐らく、今日もメールの返信が届くのは昼過ぎであろう。
小泉が携帯端末を鞄に戻そうとした所で、携帯端末がメールの着信を知らせた。
メールの発信者名には「姉小路真澄」と表示されている。
普段は昼過ぎまで寝ているというのに、珍しい事だ。そう思いながらも、思いがけず早く戻ってきた返信に、小泉は思わず頬を緩めてしまう。
『今日は暇か?』
内容は、姉小路らしい簡潔で明快なものだった。
『今日の講義は午前中だけの予定です』
今度のメールはさっくりと短めに。
姉小路からのメールはすぐに返って来た。
『ならば、午後二時に喫茶店で』
「……どういうことだろう?」
返信の一文を睨みながら小泉は唸った。
姉小路との付き合いはかれこれ四年になろうとしている。当然と言うべきか、このメールの言わんとする事も理解できる。
だが問題は、このメールの送り主が小泉にその様なメールを送るであろうかという一点であった。
この四年間、押しても引いても自分に何の興味も見せなかった彼が、今更唐突に、自分を誘ってくれるものであろうか?
「わからないなぁ……」
本当に解らない。
だというのに、彼女の口元は甘いケーキを食べているかのようにニヤけてしまうのだった。
「やっぱり、デートのお誘いじゃなかったんですね」
どうせこんな事だろうと思っていたけど……と小泉は落胆した様子で呟いた。
そう、分かっていた筈。だというのに、今感じているこの脱力感と倦怠感はなんだろうか。
彼女の隣のシートに座っている、鳥の巣のようなボサボサ頭をした黒尽くめのスーツの男はそんな小泉の呟きに気付かない様子で大きな欠伸をしていた。
二人は電車に乗っていた。
目的地は、今朝小泉がニュースで見た多目的ドーム。つまり、人型兵器展覧会である。待ち合わせの時間からして、恐らく彼――姉小路の目的はブルーバレット社の新型機であろう。
小泉は小さく溜息を吐き、しかし気を取り直して顔を上げた。
デートと呼ぶには落ち着けない人ごみであろうが、今日は初めて姉小路の方から誘ってくれた外出である。午前中に色々と想像してしまい、出来上がったモノがとても楽しい内容になってしまっていただけに現実とのギャップに少々打ちのめされてはいるが、それでも姉小路とこうして街を出歩くという事は小泉にとってこの上ない幸福でもある。
目的の駅で電車を降りると、途端に人口密度が増加した。
多種多様の人種や年齢層、性別が存在するが、ココに存在する人間の殆どの目的が同じだというのだから面白い。
多目的ドームへ近付くにつれて人の数が増えてくる為に、小泉は思い切って姉小路の腕に身を絡ませた。腕を組むというよりも、抱きつく形に近い。姉小路は一度だけ小泉に視線を向けたが、特に何も言わないまま再び視線を前に向けた。幸いにも、特に不快には思われなかったらしい。もしかすると、はぐれるよりはマシだと思ったのかもしれない。
「真澄さんも、例の新型機がお目当てですか?」
「まぁ、そんな所だ」
淡々と、視線を前に向けたまま姉小路は答える。その表情は、相変わらず無気力である。
「まさかとは思いますけど、九条憐が目的じゃないですよね?」
「出来ればアイツとは遭いたくないな」
「そうなんですか? あんなに人気なのに?」
「お前はアイツのファンか何かか?」
姉小路の言葉に、小泉は苦笑しながら首を振った。「いえ、私は彼女の魅力という物がいまいち理解できなくて」
「そうか……」姉小路は若干意外そうに呟く。「少しだけ、見直した」
「え? あ、その、ありがとう……ございます」
小泉は顔を赤くして俯いた。
見直したという言葉の意味はよく解らなかったが、その言葉がマイナスで無い事だけは確かな様子である。
姉小路もまた自分と同様に、九条憐の持つ『魅力』という物を理解できない人間なのだろうか? 口調からして、そうらしいのだが……。
小泉の知る九条憐とは、常にゴシック調の黒いドレスを纏い、艶のある黒髪をツーテールに結っている少女だ。絵画から抜け出して来たかの様な異次元的な美貌を持ち、とろける様な愛らしく甘い笑みを浮かべるのが特徴である。その極上の笑顔と可憐な少女が人型兵器に乗り戦っているというギャップが、世の老若男女を魅了しているらしい。
「まぁ、何にせよ、もしアイツと会ってしまったら、お前はすぐに他人のふりをした方がいい」
「……?」
その後も小泉が話題を持ちかけては姉小路がソレに短く答えるという形で会話を続けていると、五分ほどで多目的ドームへと到着した。
入場料は大人千五百円。無難な料金であったと言える。
二人分の料金を払い、鞄に財布をしまいながら、小泉はふと思いついたばかりの提案を出してみた。
「そうだ。このイベントが終了したら、一緒にお食事に行きましょう」
「どこへ?」
「この側に、美味しい事で有名なレストランがあるんです」
「ここいらで言うと……ああ、あのホテルレストランか」
「そうです」
「食事は構わないが……」姉小路は至極真面目な顔で小泉を見た。「泊まらないぞ?」
「……え?」小泉は目を丸くし、姉小路の言葉の意味を理解するなり、顔を真っ赤に染める。「もう、馬鹿! そんなつもりで言ったんじゃありません!」
「冗談だ」
「冗談だったんですか? もっと酷い!」
人ごみを掻き分けながら二人はブルーバレット社のブースへと辿り着いた。時間は完成披露会の開始予定時刻の十分前。
広めに用意されたスペースは既に満員となり、それでも尚、人が集まり続けている。
「コレじゃあ、よく見えませんね」
「離れるなよ。コレから特等席に向かう」
「へ?」
姉小路は人ごみから逃れるように移動しつつ、スタッフジャンパを羽織っている男性の許へと向っていく。
「ちょっといいですか」
「はい、なんでしょうか?」
無線を片手に忙しそうにしていた男性は、素早く笑みを浮かべながら姉小路に向き直った。
胸に付いた名札には杉田と書かれている。歳は四十ほどであろうか。少なくとも、姉小路よりはずっと年上である。日に焼けた肌の、逞しい体付きの男性である。
姉小路は杉田にそっと顔を近づけて、小声で囁くように言葉を続ける。
「エムレイン開発主任と会わせて下さい」
「……は?」
突然の申し出に杉田は目を丸くした。
何を言っているんだ、そう言いたげな視線が姉小路を、少し遅れて小泉にも向けられる。
「あれ、何も聞かされていないですか? 今日、エムレイン開発主任の知人が尋ねてくるって――」
「……少々お待ちください。確認します」
杉田は無線機を通して姉小路の言葉を繰り返した。
程無くして、杉田は改まった様子で頭を下げた。
「確認が取れました。案内します」
少し遅れてやってきた、杉田の代理らしいスタッフにその場を任せ、杉田を先頭に三人は舞台裏へと足を踏み入れる。
スタッフ通路は様々な機材に圧迫されていたが、それでも、人込みの中を歩く事に比べれば天国と思えるほどスッキリして歩きやすい。
杉田はパーティションに囲まれたスペースの前で一旦姉小路たちを待たせ、一人で中に入っていった。そして一分も経たない間に戻ってきた。
「どうぞお入りください。それでは、私はコレで」
「どうも。お手数かけました」
「ありがとうございました」
立ち去る杉田に姉小路と小泉は礼を言い、杉田が出入りしていたパーティションの隙間から中に入った。
中はそれなりのスーペースを確保しているようであった。長机が二つ寄せて並べてあり、その上にはコーヒーメーカーやお菓子等が並べられている。長机を囲むように置かれているパイプ椅子の一つに、白衣を纏った三十代の女性が腰掛けていた。
「真澄! 本当に来てくれたのね!」
白衣の女性は姉小路を見るなり、嬉しそうに立ち上がった。
「よう」
姉小路は小さく手を上げ、彼女に応える。
小泉はとりあえず、無言のまま小さく頭を下げる事にした。
「コチラの方は?」
珍しそうに小泉の方へ視線を向けながら、白衣の女性が姉小路に訊ねる。
どうやら小泉の存在が珍しいのではなく、姉小路が一人出なかった事が珍しかったらしい。小泉に向けられるその視線は、何処か嬉しそうな優しい色をしていた。
「小泉茜といいます。真澄さんとは、えっと、その……」
「過去の顧客だ」
「そ、そうです。私が高校生の頃、真澄さんに助けて頂いて……」
「そのまま真澄の事が……?」白衣の女性が悪戯っぽく言う。
「あ、う、その、えっと――」
小泉は狼狽し、あうあうと言葉に迷う。
姉小路にこの様な美人の知り合いが居て、親しげに言葉を交わしているだけでもショックだというのに、突然心の内を読まれているかのような言葉を向けられ、頭が一気に真っ白になってしまったのだ。
「エムレイン」
いい加減にしろといったニュアンスで姉小路が彼女を呼ぶ。
「あら、ごめんなさいね。真澄が女の子を連れて歩いているなんて考えられなかったから、つい……。それも、こんなに可愛い子だなんて」
「お前が言ったんだろうが。次に会う時は、親しい人の一人や二人連れて来いって」
「そうだったわね。それじゃあ、彼女が今の貴方の一番親しい人?」
「少なくともお前よりは一緒に居る時間が長いな」
「なるほど、二十年来の友人といっても、実際に顔を合わせていた時間は二十年前の一年間くらいだものね」
エムレインと呼ばれた女性は小泉に向き直り、恭しく頭を下げた。
「私はエムレイン・ブルー。真澄とは大災害の時に知り合ったの。よろしくね、小泉さん」
「は、はい……」
小泉は頭から湯気を出しながらエムレインを見た。
髪は薄い茶でサラリと肩に垂れており、何処か日本人離れした――西洋人形を思わせる風貌をしている。名前からも解るように純粋な日本人ではないようであるが、その言葉は流暢で違和感が無い。
「エムレインさん、お願いします」
やってきたスタッフに呼ばれ、エムレインは慌てて腕時計を見た。
「いけない、もう時間だ」
「悪いな、忙しいのに」
「いいのよ。きっとお祝いの言葉でも言いに来てくれたんでしょ?」
「ああ。お前がリーダーの人型兵器と聞いてな」
「そう……。うん、ありがとう。また後で話しましょうね。ソコのモニタで舞台を全部見渡せるようにしてるから、コーヒーでも飲みながら見てて」
「そうさせてもらう」
「じゃあ、後でね」
スタッフを追ってエムレインは行ってしまった。
その場に残された小泉達は、エムレインに言われた通り、モニタの前に腰を落ち着ける事にする。
「コーヒー注ぎましょうか?」
「ん、ああ」
小泉は紙コップに二人分コーヒーを注ぎ、姉小路の隣に腰を下ろした。
モニタではエムレインが舞台に上がり、慣習に向って挨拶をしている所であった。
「真澄さん」
「うん?」受け取ったコーヒーを一口飲み、姉小路が小泉を向く。
「エムレインさんも、大災害を生き残った一人なんですよね」
「ああ、そうだな」
「大災害って……どんなものだったんですか?」
その問いに、姉小路は即答しなかった。
彼は暫くの間空を睨み、疲れたように鼻を鳴らした。
「……多分、一生知らない方が良い。知ってしまえば、自分の価値観が崩壊する。今見えているものが、別の物に見えるようになる。そしてそれは、幸せな事ではない」
「そう、ですか」
小泉からコレ以上の質問がない事を確認して、姉小路は再びモニタへと視線を移した。
同時に、開場から物凄い歓声が巻き起こった。モニタの中では、コンテナの中から青い機体の人型兵器がその姿を現したところだった。
どうせこんな事だろうと思っていたけど……と小泉は落胆した様子で呟いた。
そう、分かっていた筈。だというのに、今感じているこの脱力感と倦怠感はなんだろうか。
彼女の隣のシートに座っている、鳥の巣のようなボサボサ頭をした黒尽くめのスーツの男はそんな小泉の呟きに気付かない様子で大きな欠伸をしていた。
二人は電車に乗っていた。
目的地は、今朝小泉がニュースで見た多目的ドーム。つまり、人型兵器展覧会である。待ち合わせの時間からして、恐らく彼――姉小路の目的はブルーバレット社の新型機であろう。
小泉は小さく溜息を吐き、しかし気を取り直して顔を上げた。
デートと呼ぶには落ち着けない人ごみであろうが、今日は初めて姉小路の方から誘ってくれた外出である。午前中に色々と想像してしまい、出来上がったモノがとても楽しい内容になってしまっていただけに現実とのギャップに少々打ちのめされてはいるが、それでも姉小路とこうして街を出歩くという事は小泉にとってこの上ない幸福でもある。
目的の駅で電車を降りると、途端に人口密度が増加した。
多種多様の人種や年齢層、性別が存在するが、ココに存在する人間の殆どの目的が同じだというのだから面白い。
多目的ドームへ近付くにつれて人の数が増えてくる為に、小泉は思い切って姉小路の腕に身を絡ませた。腕を組むというよりも、抱きつく形に近い。姉小路は一度だけ小泉に視線を向けたが、特に何も言わないまま再び視線を前に向けた。幸いにも、特に不快には思われなかったらしい。もしかすると、はぐれるよりはマシだと思ったのかもしれない。
「真澄さんも、例の新型機がお目当てですか?」
「まぁ、そんな所だ」
淡々と、視線を前に向けたまま姉小路は答える。その表情は、相変わらず無気力である。
「まさかとは思いますけど、九条憐が目的じゃないですよね?」
「出来ればアイツとは遭いたくないな」
「そうなんですか? あんなに人気なのに?」
「お前はアイツのファンか何かか?」
姉小路の言葉に、小泉は苦笑しながら首を振った。「いえ、私は彼女の魅力という物がいまいち理解できなくて」
「そうか……」姉小路は若干意外そうに呟く。「少しだけ、見直した」
「え? あ、その、ありがとう……ございます」
小泉は顔を赤くして俯いた。
見直したという言葉の意味はよく解らなかったが、その言葉がマイナスで無い事だけは確かな様子である。
姉小路もまた自分と同様に、九条憐の持つ『魅力』という物を理解できない人間なのだろうか? 口調からして、そうらしいのだが……。
小泉の知る九条憐とは、常にゴシック調の黒いドレスを纏い、艶のある黒髪をツーテールに結っている少女だ。絵画から抜け出して来たかの様な異次元的な美貌を持ち、とろける様な愛らしく甘い笑みを浮かべるのが特徴である。その極上の笑顔と可憐な少女が人型兵器に乗り戦っているというギャップが、世の老若男女を魅了しているらしい。
「まぁ、何にせよ、もしアイツと会ってしまったら、お前はすぐに他人のふりをした方がいい」
「……?」
その後も小泉が話題を持ちかけては姉小路がソレに短く答えるという形で会話を続けていると、五分ほどで多目的ドームへと到着した。
入場料は大人千五百円。無難な料金であったと言える。
二人分の料金を払い、鞄に財布をしまいながら、小泉はふと思いついたばかりの提案を出してみた。
「そうだ。このイベントが終了したら、一緒にお食事に行きましょう」
「どこへ?」
「この側に、美味しい事で有名なレストランがあるんです」
「ここいらで言うと……ああ、あのホテルレストランか」
「そうです」
「食事は構わないが……」姉小路は至極真面目な顔で小泉を見た。「泊まらないぞ?」
「……え?」小泉は目を丸くし、姉小路の言葉の意味を理解するなり、顔を真っ赤に染める。「もう、馬鹿! そんなつもりで言ったんじゃありません!」
「冗談だ」
「冗談だったんですか? もっと酷い!」
人ごみを掻き分けながら二人はブルーバレット社のブースへと辿り着いた。時間は完成披露会の開始予定時刻の十分前。
広めに用意されたスペースは既に満員となり、それでも尚、人が集まり続けている。
「コレじゃあ、よく見えませんね」
「離れるなよ。コレから特等席に向かう」
「へ?」
姉小路は人ごみから逃れるように移動しつつ、スタッフジャンパを羽織っている男性の許へと向っていく。
「ちょっといいですか」
「はい、なんでしょうか?」
無線を片手に忙しそうにしていた男性は、素早く笑みを浮かべながら姉小路に向き直った。
胸に付いた名札には杉田と書かれている。歳は四十ほどであろうか。少なくとも、姉小路よりはずっと年上である。日に焼けた肌の、逞しい体付きの男性である。
姉小路は杉田にそっと顔を近づけて、小声で囁くように言葉を続ける。
「エムレイン開発主任と会わせて下さい」
「……は?」
突然の申し出に杉田は目を丸くした。
何を言っているんだ、そう言いたげな視線が姉小路を、少し遅れて小泉にも向けられる。
「あれ、何も聞かされていないですか? 今日、エムレイン開発主任の知人が尋ねてくるって――」
「……少々お待ちください。確認します」
杉田は無線機を通して姉小路の言葉を繰り返した。
程無くして、杉田は改まった様子で頭を下げた。
「確認が取れました。案内します」
少し遅れてやってきた、杉田の代理らしいスタッフにその場を任せ、杉田を先頭に三人は舞台裏へと足を踏み入れる。
スタッフ通路は様々な機材に圧迫されていたが、それでも、人込みの中を歩く事に比べれば天国と思えるほどスッキリして歩きやすい。
杉田はパーティションに囲まれたスペースの前で一旦姉小路たちを待たせ、一人で中に入っていった。そして一分も経たない間に戻ってきた。
「どうぞお入りください。それでは、私はコレで」
「どうも。お手数かけました」
「ありがとうございました」
立ち去る杉田に姉小路と小泉は礼を言い、杉田が出入りしていたパーティションの隙間から中に入った。
中はそれなりのスーペースを確保しているようであった。長机が二つ寄せて並べてあり、その上にはコーヒーメーカーやお菓子等が並べられている。長机を囲むように置かれているパイプ椅子の一つに、白衣を纏った三十代の女性が腰掛けていた。
「真澄! 本当に来てくれたのね!」
白衣の女性は姉小路を見るなり、嬉しそうに立ち上がった。
「よう」
姉小路は小さく手を上げ、彼女に応える。
小泉はとりあえず、無言のまま小さく頭を下げる事にした。
「コチラの方は?」
珍しそうに小泉の方へ視線を向けながら、白衣の女性が姉小路に訊ねる。
どうやら小泉の存在が珍しいのではなく、姉小路が一人出なかった事が珍しかったらしい。小泉に向けられるその視線は、何処か嬉しそうな優しい色をしていた。
「小泉茜といいます。真澄さんとは、えっと、その……」
「過去の顧客だ」
「そ、そうです。私が高校生の頃、真澄さんに助けて頂いて……」
「そのまま真澄の事が……?」白衣の女性が悪戯っぽく言う。
「あ、う、その、えっと――」
小泉は狼狽し、あうあうと言葉に迷う。
姉小路にこの様な美人の知り合いが居て、親しげに言葉を交わしているだけでもショックだというのに、突然心の内を読まれているかのような言葉を向けられ、頭が一気に真っ白になってしまったのだ。
「エムレイン」
いい加減にしろといったニュアンスで姉小路が彼女を呼ぶ。
「あら、ごめんなさいね。真澄が女の子を連れて歩いているなんて考えられなかったから、つい……。それも、こんなに可愛い子だなんて」
「お前が言ったんだろうが。次に会う時は、親しい人の一人や二人連れて来いって」
「そうだったわね。それじゃあ、彼女が今の貴方の一番親しい人?」
「少なくともお前よりは一緒に居る時間が長いな」
「なるほど、二十年来の友人といっても、実際に顔を合わせていた時間は二十年前の一年間くらいだものね」
エムレインと呼ばれた女性は小泉に向き直り、恭しく頭を下げた。
「私はエムレイン・ブルー。真澄とは大災害の時に知り合ったの。よろしくね、小泉さん」
「は、はい……」
小泉は頭から湯気を出しながらエムレインを見た。
髪は薄い茶でサラリと肩に垂れており、何処か日本人離れした――西洋人形を思わせる風貌をしている。名前からも解るように純粋な日本人ではないようであるが、その言葉は流暢で違和感が無い。
「エムレインさん、お願いします」
やってきたスタッフに呼ばれ、エムレインは慌てて腕時計を見た。
「いけない、もう時間だ」
「悪いな、忙しいのに」
「いいのよ。きっとお祝いの言葉でも言いに来てくれたんでしょ?」
「ああ。お前がリーダーの人型兵器と聞いてな」
「そう……。うん、ありがとう。また後で話しましょうね。ソコのモニタで舞台を全部見渡せるようにしてるから、コーヒーでも飲みながら見てて」
「そうさせてもらう」
「じゃあ、後でね」
スタッフを追ってエムレインは行ってしまった。
その場に残された小泉達は、エムレインに言われた通り、モニタの前に腰を落ち着ける事にする。
「コーヒー注ぎましょうか?」
「ん、ああ」
小泉は紙コップに二人分コーヒーを注ぎ、姉小路の隣に腰を下ろした。
モニタではエムレインが舞台に上がり、慣習に向って挨拶をしている所であった。
「真澄さん」
「うん?」受け取ったコーヒーを一口飲み、姉小路が小泉を向く。
「エムレインさんも、大災害を生き残った一人なんですよね」
「ああ、そうだな」
「大災害って……どんなものだったんですか?」
その問いに、姉小路は即答しなかった。
彼は暫くの間空を睨み、疲れたように鼻を鳴らした。
「……多分、一生知らない方が良い。知ってしまえば、自分の価値観が崩壊する。今見えているものが、別の物に見えるようになる。そしてそれは、幸せな事ではない」
「そう、ですか」
小泉からコレ以上の質問がない事を確認して、姉小路は再びモニタへと視線を移した。
同時に、開場から物凄い歓声が巻き起こった。モニタの中では、コンテナの中から青い機体の人型兵器がその姿を現したところだった。
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