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第四章B-SIDE 最期の日

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第四章 B-SIDE 最期の日

 姉小路真澄は目を丸くし、軽い混乱状態にあった。
 目の前にはエムレイン・ブルー。つい先程まで携帯端末を通して会話をしていた、二十年来の旧友である。
「忙しかったかしら?」
 ポニーテールを揺らし、エムレインが真っ直ぐに姉小路を見詰める。
「いや、どちらかと言えば暇……だが」
「今、一人? 小泉さんだったかな、あの可愛い子は?」
「いつも一緒に居るわけじゃない」
「そう、良かった」
 エムレインは頷き、姉小路を押し退けるように彼の部屋へと上がりこんだ。
 何が良かったのだろうか? と姉小路は首を傾げる。
「玄関先で話す事じゃないの」
「色々と言いたい事はあるが……」
 姉小路は肩を竦め、彼女に続いて部屋に戻った。
 彼の部屋は『見届け人』の事務所でもある。部屋は簡素、もとい質素を通り越して、殆ど何も無い。
 客用のソファと姉小路のベッド兼用のソファの間にローテーブルが置かれ、部屋の隅に小さな冷蔵庫と本棚が一つ置かれている。小さなシンクに安物のコーヒーメーカーとカップが幾つか。部屋に存在するものは、それで殆どである。
 エムレインを客用のソファに座らせ、姉小路はその向かいに腰掛けた。
「それで、どういうつもりだ?」
 姉小路はようやく、一番聞きたかった事を訊ねる事が出来た。
 何故今の今まで携帯端末越しに会話をしていたというのに、ここを訊ねて来たのか。
「訪ねて来た事? 迷惑だった?」
「いや、そうじゃない。今さっきまで話してたじゃないか。客が来たと思ったから会話をやめて、扉を開けたらお前が立っていた。そう言った冗談は当の昔になくなったとばかり思っていたが?」
「……うん?」
 エムレインは姉小路が何を言っているのか理解できないらしく、不思議そうに目を瞬き、「ああ……そう言う事か」と漏らして小さくした打ちした。
 彼女は姉小路を見据えたまま、手にしていたアタッシュケースをローテーブルに置く。
「今日は貴方に仕事を依頼しに来たの」
「見届け人の?」
「ええ、そうよ。報酬とか詳しい事は分からないから、いやらしいけど、とりあえずキャッシュで用意できる分だけ持って来たわ」
 姉小路は目を見張り、アタッシュケースを見た。
 もしコレに現金が詰まっているとしたら、二千万は裕にあるだろう。
「コレは前金、いや、手付金よ」
「おい、どういう事だ?」姉小路が眉を顰める。
「ごめんなさい、貴方を軽視しているわけじゃないの。でも、まずは話を聞いて頂戴。貴方の事だから、先入観で物事を判断しないと思うけど、私の話を聞いた上でしっかりと判断を下して欲しいの。このお金は、その意志の表明みたいなもの」
「……わかった」姉小路は深い溜息をつき、そう答えた。
「うん、ありがとう」そんな姉小路にエムレインはホッとしたように笑みを零した。
「じゃあ、コーヒーを淹れる。長くなるんだろ?」
「そうね、お願いするわ」
 立ち上がる姉小路を目で追いながら、エムレインは「フフッ」と小さく笑った。
「貴方がコーヒーを淹れてくれるなんて、昔を思い出すわね」
「ふん、思い出したくも無い。昔の事なんて……」


「CIC……か。また厄介な物を作ったもんだな」
 エムレインの話を聞いた姉小路はソファに深く腰掛け直し、天井を仰ぎながら溜息をついた。
「それにしても、サファイアか。また懐かしい名前を聞いたもんだ」
 姉小路は小さく笑いながらエムレインを見た。彼女はどこか気恥ずかしそうに姉小路から視線をそらしている。
「別に、いいでしょ。CICの精神を安定させるには、オリジナル――つまり私の存在を消さないといけなかったんだから」
「自分以外に自分が存在する事のストレス、か」
 姉小路は再び添乗に視線を向ける。
 何か面白い物でもあるのだろうかとエムレインもその視線を追ってみたが、灰色の天井には小さなライトしか存在しなかった。
「とりあえず、ソレを取り除く事で安定はした訳だ?」
「ええ。ところが、最終調整が完了してダウンシューターに搭載したら、また別のエラーが発生した。簡単に言えば、本来の人間ではありえない速さで、扱いきれないほどの量の情報が一気に彼女に流れ込んだ事によって、彼女が自分がCICという仮想人格だと自覚してしまったのよ」
「何か問題があるのか?」
「彼女が錯乱してしまったの。十数メートルもある鉄の人間が、暴れるのよ?」
「なるほど、ソレは問題だ」
 二十年前、錯乱したエムレインを押さえ込んだ記憶を思い出しながら姉小路は鼻で笑った。あの時の彼女は、姉小路が全力で押さえつけても尚手に余るほどに強暴だった。そんな乱れっぷりを人型兵器が再現するのだ。どれ程の惨事だったか、見てみたい気もする。
 エムレインは姉小路の考えている事に気付いた様子であったが、小さく咳払いをするだけで何も言わなかった。
「とりあえず!」エムレインは空になったカップをやや強めにローテーブルに置いた。「ソレによって、人間の脳を丸ごとコピーするだけでは完璧なAIにはならないという事が判断した。完成披露会では最終調整目前まで上手く事が運んでいたから、私の思考パターンやその他を含め完全に再現したAIを搭載するって大見得を切ってしまっていたけど、またCICの擬似人格を作り直すことにしたのよ」
「ああ、エムレイン・ブルーがパイロットになる云々言っていた奴か」
「ええ」
「そう言えば、そもそもどうしてお前の人格をコピーしたんだ? 優秀なパイロットの人格をコピーした方が効果的じゃないのか?」
 ソレは先ほどから思っていた事だ。
 エムレインはハードウェア・ソフトウェア共に優れた知識と技術を持っているが、パイロットの才覚は皆無といって良いほど持ち合わせて居ない。戦闘という物のセンスが無いのだ。幾らCICの彼女が自由にダウンシューターを扱えたとしても、戦闘になればパイロットの腕の差は歴然だ。
「だって、コピーとは言え自分の頭の中を覗かれて弄られるようなものよ? 良い気はしないしわ。それに、CICはまだ研究段階の技術ですもの。どんな不都合が起きるか分からない。だからこそ、私が被験者となって、脳のデータの提供をした訳。CICという次世代型AIが確立すれば、改めてパイロットに協力を求めるつもりだったし……」
「なるほど」
「それに、こんな『私』の扱うダウンシューターですら、既にブルーバレットの工場を幾つか壊滅に追いやっているのよ?」
 それだけダウンシューターは高性能なのだ。とエムレインは付け加える。
 目の回るような話だと姉小路は思った。
 たった一機で、大企業の工場――むろん警備は厳重であろう――を壊滅に追いやると言うだけでも驚くべき事なのに、そのパイロットは人型兵器に乗りたてのずぶの素人だという。
 機動力の強化と複数のバーニアによる旋回能力の向上など図られた機体であったのは理解していたが、その潜在性はまだまだ未知数だという事か。少なくとも、文字通り、従来の人型兵器と違う事は確かなようだ。普段通りに遣り合えば、先ず間違いなく落とされる事になる。
「もう想像がついているとは思うけど」
 そう言って、エムレインは先ほどのアタッシュケースをポンと叩いた。
「現在、ダウンシューターは誰の支配下にも存在しない凶器へと成り下がってしまったわ。先日の都市部への砲撃の被害は甚大。死傷者は千人を超える悲惨な結果を出してしまった」
「俺にダウンシューターを止めろと?」
「お願い」
 エムレインは瞳を閉じ、頭を下げた。
「アレを作った事、後悔しているか?」
「全くしていないと言えば嘘になる。でも、こう言っては不謹慎だけど、私はダウンシューターとCICは作って良かったと思っている」
「この事は公表するのか?」
「ソレはアレを作り出した私とブルーバレットの義務よ。真実は包み隠さず知らせなければならない。確かに、誰かに奪取されて、問題を起こされた事にすればブルーバレットが受けるダメージは少なく出来るわ。でも、それじゃあダメなの。大災害と同じ事よ。
 私は、この事件の真相を、真実のままに発表する」
「だが、それにより、ダウンシューター――ブルーフレームシリーズの世間へのアピールは強烈なものとなる」
「皮肉な事にね。でも、被害者が出てしまった以上、ソレすらも利用させてもらうわ。私は今回起きてしまった全ての事を無駄にするつもりは無い」
「傲慢だな」
「ええ。構わないわ」
 姉小路は小さく溜息をつき、天井からエムレインへと視線を移した。頭を下げ、床に視線を向けていたエムレインも頭を上げ、姉小路を見る。
 迷いの無い、真っ直ぐの瞳が姉小路を見据えていた。
「いつもそうだ。本来は依頼された相手を探し出し、その人間の行く末を見届けた後に、依頼者に報告する。ソレが俺の仕事の筈なのに、何故かいつもこうやって人型兵器を使ってのドンパチを頼まれる」
「申し訳ないと思っているわ」
「こんな金持ってこなくても、九条辺りに話を持ちかければ簡単に引き受けてくれると思うが?」
「私が嫌なの。殺されるなら、貴方の手がいい」
「まったく、友人を殺す方の身にもなれ」
「ごめんなさいね。昔から、貴方には助けてもらってばかりだわ、私……」


 時刻は正午を回ろうとしていた。
 姉小路真澄は『紅白鬼』のコクピットで、その時を待っていた。
 エムレイン・ブルーが言うには、まともなメンテナンスと補給を受けて居ないダウンシューターにとって、活動限界は目前であろうとの事だ。幾ら世界最高の強度を持つエレメチアル合金をフレームに使っているとは言え、端々の細かなパーツ――磨耗品についてはどうしようもない。
 ダウンシューターはコレまでに少なくとも三度の戦闘行為をしている。内一つは、使用を想定していない最大火力の砲撃だ。その反動は機体に少なからずダメージを与えたに違いない。
「私の考えをCICがなぞるとするならば、ダウンシューターはブルーバレット本社を叩きに来るわ」
 復讐の為。
 CICはそう言ったのだという。
「復讐……か」
 小さく呟きながら、姉小路は個別に包装されているクッキーのビニールを裂く。先ほど、人型兵器をブルーバレット社まで運んできた際に、受付に置かれていた物を幾つか頂いた物だ。
「そんな事、考えた事も無かったな」
 二十年前、姉小路がパイロットになった切欠は成り行きだった。
 否応無しにコクピットへと押し込められ、パイロット適性がなければ死ぬしかない。正規のパイロット登録ではない為に人体への負担は大きく、コクピットで廃人になる者も少なくなかった。
 幸いにして、姉小路は廃人にはならない程度の適正があり、大災害を生き残れるだけの運を持っていた。
 目の前で死んだ人間は数え切れず、自分の操縦する人型兵器で殺した人間もまた数え切れない。それもまた、仕方の無いことだと思う。あの時、戦争をしていた者達は皆被害者だったのだから。殺したくないのに、殺さなければならない。殺されても、殺し返すのが当然とは言えなかった。皆、己のみを守ろうとした末に、相手を殺してしまうだけだった。
「俺が復讐するとしたら、大災害を引き起こした奴か……」
 誰のための復讐だろう?
 家族?
 無抵抗のまま殺された人々?
 パイロットになる事を強制され、先が長くない自分?
 分からなかった。
 クッキーを一つ、口の中へ。バターの風味の効いた、甘く軽い歯触り。予想していたよりも高級なクッキーだった。
 ブルーバレット社のロビーには、コレが大昔で言うホテルのマッチと同じ感覚で「自由にお取り下さい」と惜しげもなく置かれているのか。こんなにイケルのならば、もう少しポケットに押し込んで置けばよかった。そんな事を考えながら、姉小路は二つ目のクッキーを口に入れる。冷たいミルクか熱いコーヒーが欲しくなってきた。
「真澄、来たかもしれない」エムレインからの通信。
「目視できたか」
「辛うじて。真っ直ぐにコチラに向っている」
「到着までどの位掛かる?」
「分からない。レーダーに反応がないから、正確に測れないの」
「じゃあ、出て待ち受ける。不意打ちは出来ないが、元からソレで仕留められるとも思えない相手だ」
「分かったわ。あの子の事、お願いね」
「善処する」
 最後のクッキーを噛み砕きながら、姉小路は操縦桿を握りこんだ。
 数あるフットペダルを巧みに踏み分け、機体のウォーミングアップを図る。
 相手の火力、そして消耗具合から見ても今回は短期決戦となるだろう。相手も、この襲撃が己の最後と思っているのなら、戦いを長引かせたくない筈である。立ちふさがるものは最初から全力で叩き潰し、目的を遂行しようとするに違いない。
 姉小路に課せられた仕事は、ダウンシューターの突破を防ぎ、一切の行動を不能にする事。
 問題は長距離射撃で本社を狙い撃ちにされる事であるが、ソレをさせないようにダウンシューターに張り付くしかないだろう。
「行くぞ、レグナ」
 自分の愛機にそう呼びかけ、姉小路はフットペダルを踏み込んだ。
 細かな振動と、軽いGに続き、視界が開けてゆく。
 紅白鬼――レグナはブルーバレット社の目前に出た。レグナに続き、ブルーバレット社の警護型人型兵器<ガード>が姿を現す。
 本社の窓からレグナの姿を見たエムレインは、ほぅと息を吐いた。
「なるほど。紅白鬼……上手い例えだわ」
 白いボディ。赤いライン。突き出した角。厳つい面。ゴツく凶暴な腕。
 一見して、通常の人型兵器とは違う外見。
 二十年前に特別生産され、争いのただ中にありながら今だ健在の理由が、エムレインには少しだけ分かった気がする。
「エムレイン」
「何?」
「報酬に追加してもらいたいものがある」
「ええ、何でも言って頂戴」
「さっき貰ったクッキーだが、アレを有るだけ掻き集めて置いてくれ。コレが終わった後、また食べたい」
 真面目にそう言う姉小路に、エムレインは目を丸くした。しかし、直ぐに笑いながら頷いた。
「分かったわ。社員総出でやらせておく」
「頼んだ」
 そう言い残し、紅白鬼は単身でダウンシューターに向っていった。


 姉小路の登場は、それだけで一種の奇襲としての成功を果たしていた。
 エムレイン――否、彼女の複製型擬似人格『CIC』は、この場に居る筈のない紅白の人型兵器の登場に大きく動揺していた。
 ダウンシューターは前進を止め、その機体が世に言われている紅白鬼であるかを見定めようとする。
 紅白鬼レグナはダウンシューターの前で同じく前進を止めた。
「真澄なの?」
 ダウンシューターからの通信は、先程まで会話をしていたエムレインの声そのものだった。
(理解していても、軽く混乱するなコレは……)
 姉小路は舌打ちする。思っていた以上にやり難くなりそうだ。
「そうだ」
「どうして貴方がココに居るの? 貴方は、私の事に気づいて居ないと思っていたけど……」
「ああ、悪いな。お前と話していた時は本当に気付いていなかったんだ」
 短い沈黙。
「あの時の来客はブルーバレットの人間ね?」CICはいらついているのか、声を低くして言った。
「そうだ」
「貴方がココに居ると言うことは、つまり、私を殺しに来た?」
「殺しはしない。殺しは、二十年前で十分過ぎるほどにやった」
「じゃあ、通してくれるのかしら?」
「まさか。コレから殺しをしようとする奴を放置するほど無精者でもないさ」
 姉小路は操縦桿脇のレバーをガッガと素早くスライドさせた。腕の装甲が展開し、籠手の様にその腕を固めてゆく。鋭い爪が薄赤く輝き、熱を帯び始める。
 レグナは見ての通り、重火器を持たない珍しいタイプの人型兵器である。接近戦を主な戦略とし、その厚い装甲と桁外れたパワーで相手を捻じ伏せる。
 その為に、この拳と爪がレグナのメインの武器となる。
「お前とゆっくり話がしたいと思っている」
 片手を前に、片手を後ろに構え、姉小路は言った。
「私も同じ意見よ。ただ、全てが終わってからにしてもらいたいわ」
「ソレは出来ない相談だ」
「貴方なら私の事を理解してくれると思っていたのだけれど?」
「理解した上で、ココに居るんだよ」
「そう」CICの声色が変わる。「真澄、貴方まで裏切るのね!」
 刹那、ダウンシューターのメインスラスターが爆発した。
 ソレが、ダウンシューターが全力で飛行しただけの事だと姉小路が気付いたのは、レグナが上空から激しい衝撃を受けた直後の事であった。
「ちっ! 近距離型だけあって、流石に固いか!」
 上空からの、CICの声。
 姉小路が慌てて機体を立て直す。幸いにも追撃は無かった。
(くそっ、まさかアソコまで加速性能があるとは思っても見なかった)
 通常ではありえない加速力だった。例えるなら、零の次が百の様なもの。一瞬で別の次元の速さへと切り替わっている。
 規格外の加速に、目と思考が追いつかなかった。
 姉小路は再び身構えた。
 ダウンシューターは両手をギシギシと鳴らしながら、加速体制を取る。そして、スラスターの爆発にも似た加速。
 今度は気構えが出来ていた事もあり、目視する事が出来た。ダウンシューターはコチラの視界から逃れるように超高速で上昇し、その勢いのままに垂直に落下しながらレグナに迫る。
(目で追うのが精一杯だ!)
 身構えるレグナに対し、ダウンシューターは両手を組み、勢いを利用して擦れ違い様にソレを振り下ろす。
 バギィン――!!
 隕石の直撃でも受けたような激しい衝撃がレグナを襲った。
「ぐぅっ!」
 フレーム同士のぶつかり合いに火花が弾ける。
 視界の隅で、ダウンシューターが青白く輝きを増していた。
「まずい!」
「収束型ショートチャージ、シュート!」
 レグナがスラスターを全力で噴かせるのと、ダウンシューターがウィングキャノンを放ったのは同時だった。
 稲妻にも似た青白いエネルギーの帯が、レグナの左肩と右脇を焼きながら抉っていく。短い射撃だった為に、装甲を削られただけに留まり、フレームに深刻なダメージが無かったのは幸いだった。
 遠距離射撃型だと聞かされていた所へ、まさかレグナと同じ接近戦を持ち込まれるとは。
 姉小路は機体に致命的な障害が出て居ないことを確認しながら舌打ちした。
 ダウンシューターの腕は大きくへしゃげ、使い物にならなくなっていた。エレメチアル合金のフレームが歪むほどの衝撃だ。その腕で殴られたレグナのシルエットも歪んでいるに違いない。
 先制で二度も攻撃を受けてしまったが、それなりの収穫はあった。
 まず、腕が駄目になった以上、ダウンシューターがコレまで二回と同じ戦法を取る事は無いだろう。ダウンシューターは前進にスラスターがついて居る為に、そのどれかを失うことは、ダウンシューターの特色である機動を失いかねない。失っても大きなダメージが無いのは、腕だけであろう。
 次に、ダウンシューターの射撃にはチャージが必要だという事。撃ち出すエネルギーの量に比例してチャージ時間を要するのだというならば、ブルーバレット本社に打ち込むようなチャージを防ぐ事が出来るし、自身に向けられる射撃も警戒することが出来る。
 おそらく、CICは先ほどの一手で仕留めるつもりだったのだろう。二度の殴打を耐え、あの射撃をかわす事が出来たおかげで、形勢は逆転したといっても良い。
「ならば、攻めの一手が最善と見た」
 姉小路がレグナを奔らせると同時に、ダウンシューターも動いた。
 レグナの爪が赤い閃光を放ち、ダウンシューターはソレを青い残像を残しながらかわす。
 レグナも接近戦を前提とした機体なだけに、相手の懐に潜り込む爆発的加速力を有しているが、ダウンシューターはソレを更に上回っているらしい。レグナは短距離を一瞬だけ最大速度で移動出来るダッシュと呼ばれる加速であるのに対し、ダウンシューターは直線に飛び続ける事で加速度を増していくローリングと呼ばれる加速である。ダウンシューターの初期加速が異常な為にレグナのダッシュでの接近攻撃もかわされてしまうが、細かく追い縋り、直線加速さえさせなければ振り切られる事は無い。
 チャージをしている時は加速性能も落ちる筈だから、致命打を与えるならばソコが狙いとなるが、今更その様な隙を見せる相手でないだろう。
 このまま持久戦に持ち込むしかない。姉小路はそう判断を下す。
 相手を回避に専念させ、攻撃の隙を与えないまま消耗させて動けなくする。CICがブルーバレットを叩こうとしているうえで逃げの手が無いと判明している以上、相手はいつかチャージを始め、ブルーバレットに砲門を向ける事になる筈だ。そうなれば、一撃で叩き落す事が出来る。
「ねぇ、真澄……」
 CICが姉小路に語りかける。
 その口調は穏やかで、不敵だった。
「持久戦をしましょうか?」
「……なに?」
 その言葉に、姉小路は一瞬戸惑った。
 ソレはダウンシューターの望む展開ではない筈。それを、相手から申し出てきた。
 相手が何を考えているのか、もしかすると自分は何か考え違いをしているのではないのか、そういった思考の迷いの一瞬を突き、ダウンシューターはスラスターを爆発させて上昇し、レグナの射程から逃れた。
「くっ、逃がすか!」
 レグナもスラスターを噴き、追いかける。
 一瞬の出遅れが致命的となった。
 ただでさえ、加速性能と最高飛行速度がダウンシューターの方が上なのだ。真っ直ぐ上昇する二機の距離はドンドンと開いてゆく。
 先ほどからコチラの裏をかく行動ばかりを取られている。
 その苛立ちに、姉小路は焦りを隠せない。
 ダウンシューターは厚い雲に突っ込んだ。相手はステルスローブを纏っているために、見失う事は致命的と言えた。
 レグナもダウンシューターを追って雲に突っ込んでゆく。視界が灰色に染まり、何も見えない。程無くして、レグナは雲を突き抜けた。
「何処だ!」
 姉小路は全方位を見回す。雲の存在しない高さである。見晴らしはコレ以上無いほどに良い。
 しかし、ダウンシューターの姿は何処にも無かった。
「どういう事だ?」
 まさかブルーバレット社に向かっている?
 そんな筈は無い。目視する限り、ココからブルーバレット社までにダウンシューターの姿は確認できない。
 ならば、ダウンシューターは何処へ消えた?
 困惑する姉小路はひたすらに視線を彷徨わせる。その視線が、ふと、足元へと、向かう。
 鈍色の雲の中心が、青白く輝き、放電していた。
「あ……」
 姉小路は自分が罠に掛かっていた事に気付いた。
 ダウンシューターの狙いは、初めからコレだったのだ。
「チャージが目的かっ!」
 ブルーバレット本社さえ撃てれば、相手の目的は完遂されるのだから。
「させるかよ!」
「遅すぎる!」
 穴が穿たれたように雲の中心が掻き消える。ソコに存在するダウンシューターの肩には巨大な二つの砲。蒼い稲光を放つソレは、ブルーバレットに向いていた。
「裏切り者に死を」
「おおおおおおぉぉぉぉ!」
 レグナが加速する。拳を、爪を、ダウンシューターに叩き付けんと咆哮する。
 CICの声は緩やかに、勝利を確信していた。
「そうでしょ、真澄?」
 そう言いながら、ダウンシューターはレグナへと向き直る。
「先ずは貴方から殺してあげるわ! 拡散型ミドルチャージ、シュートォォォォォォ!!」
 あと一秒あればダウンシューターを磨り潰せる。ソコまで肉薄したレグナの目前で、ウィングキャノンは閃光を発した。


『兵器用エネルギー8%……。
 総エネルギー残量22%……。
 以降、ミドルチャージ以上の射撃を行えば、通常活動に支障をきたす恐れがあります』
 ダウンシューターのシステム音声が私に補給を勧めてくる。
 当然、私にその要求に従う意思は無い。
 収束型ミドルチャージが一発あれば、ブルーバレット本社は十分に蒸発させる事が出来るであろう。
 姉小路真澄の登場は想定外で、想像以上に梃子摺る羽目になったが、今となってはどうでもよい事である。
「真澄、貴方は馬鹿よ……」
 抱き付く様にダウンシューターの胸にもたれ掛かり、動かなくなった紅白の気体に呟く。
 流石と言うべきだろう。真澄は私の攻撃に迷い無くウィングキャノンを潰しに来た。そして、彼の右腕は私の左の砲を握り潰し、使えなくする事に成功している。最初のショートチャージを受けた真澄の機体の左肩の装甲が無事だったら、恐らく、右のウィングキャノンも破壊されていたに違いない。装甲が失われていた分、彼の左肩のフレームが駄目になり、吹き飛ぶ方が早かったのだ。
 紅白の機体は左腕と下半身を失い、辛うじて右腕をダウンシューターの肩に突き立ててぶら下がっている状態だ。真澄自身の生死は分からない。しかし、どちらにしろコレで終わるのだ。
「収束型ミドルチャージ……」
 私の命令に従い、ダウンシューターがチャージを始める。コレ以上のチャージは危険だと警告が流れるが、コレさえ撃てれば構わない私には意味の無い警告だ。
 ブルーバレットのガード達が一斉に動き始めた。真澄が負けた事を察知したのだろう。
 だが、遅い。
 お前たちが私の元へ辿り着く前に全てのけりが付く。
 そう、これはある意味、私にとって最高の終わり方かもしれない。
 コレを撃てば、ダウンシューターは墜落するだろう。この高さだ。助からない。
「最後が貴方と一緒だなんて、フフッ。
 真澄、貴方は最後の最後で私の敵になってしまったけど、こうして共に最期を迎える事が出来るのは、純粋に嬉しく思っているわ」
「そうかい」
 ノイズ混じりの真澄の声。そうか、まだ生きていたのか。
「じゃあ、このまま一緒に地面に叩きつけられてくれ」
「ええ、構わないわ。コレを撃った後に、ゆっくりと落ちていきましょう」
「いいや、今すぐにだ」
 真澄の声が何処かおかしそうに歪む。聞いた事の無い声だった。狂気の秘められた、どす黒い声。
「知っているか? 鬼は人を喰うんだぜ?」
「ソレが」
 何? そう続けようとするまえに、ダウンシューターが大きく揺れた。
『――――――――!!』
 システムが何かを訴えているが、もはやその警告は言葉にはなっていない。
 しかし、システムと繋がっている私にはその警告が何を意味しているのかは理解できた。
 ダウンシューターの胸部に損傷?
 何を、どうしたというの?
「この勝負、俺の勝ちのようだな」
 真澄の声。
 傾くダウンシューター。
 落下している?
 何故?
「鬼は喰うんだよ。人間を。バリボリと、骨ごと噛み砕くんだ」
「まさか……」私は声が震えるのを感じた。
「ああそうだ。レグナは……この紅白の鬼は、殴るだけが武器じゃない」
 胸部フレームに重大なダメージとシステムが警告。
 装甲が根こそぎ剥がされ、フレームにまで被害が出ているらしい。
 ソコは、メインエンジンを包む場所だ。
 馬鹿な。どうかしている。噛み付き? そんな原始的かつ無駄ばかりの攻撃を、科学力の粋を集めた人型兵器が行うというのか? 信じられない、理解できない。
「ジエンドって奴だ」
 装甲を食い破られ内部がむき出しとなった胸部に、紅白鬼の角がフレームの隙間を縫い、突き立てられる。
 メインエンジンが破壊された。
 さらに、そこから強力なエネルギーを察知。紅白鬼の角にエネルギーを集めている?
 内部から焼くつもりか!
 ダウンシューターは最早虫の息。
 ソコに追い討ちをかけるように紅白鬼の角がエネルギーを爆発させた。


「ぐ、ぅぅ……」
 姉小路はレグナのコクピットから辛うじて這い出した。
 ブルーバレット本社近隣に避難勧告を出しておいたのは正解だったようだ。絡み合ったまま墜落したダウンシューターとレグナは、互いの最期のエネルギーを反発させあいスパークした。
 ダウンシューターは大破。エレメチアル合金のフレームも、スパークの中心に置かれては無事では済まなかった様だ。
 一方、レグナは中破。いや、辛うじてフレームの形が判断できてコクピットが残っていただけだ、コチラも大破であろう。
 姉小路はズルズルと地面を這う。爆弾でも落とされたかのように辺りは黒漕げ、黒煙が上がり、所々で炎が踊っていた。開けた場所までそのまま移動し、立ち上がる。あばら骨を初めとして、骨が何本か折れているらしいが、無理をすれば立ち上がれない事も無い。
 とりあえず、ブルーバレットのガードが辿り着く前に、『見届け人の仕事』をしなければならなかった。
 フラフラとした足取りで、姉小路はダウンシューターの残骸を掻き分ける。
 程無くして、ソレは見つかった。アレほどのエネルギーの暴発の中、今だその形を保っている金属製の箱。
 姉小路はエムレインから預かっていた鍵でその箱の蓋を開いた。
「見ないで……。真澄、お願い……」
 辛うじて聞こえるエムレインの声は、内部に接続されているスピーカーから微かに響いていた。
「私は、もう、人の姿をして居ないの……」
 だから見ないでくれと彼女は懇願する。
 姉小路は大きく息を吐き、箱の中へと手を入れる。
「お前は自分が本来の姿をして居ないと思っているのかもしれないが、そんな事は無い」
 そう言って、姉小路は予備電源のプラグを掴んだ。
「安心しろ。お前は、お前が生まれた時のままの姿をしている」
「……本当に?」
 泣き声にも似た震えた声での問いに姉小路は頷いた。
「俺がお前に嘘をつき通せた事が有ったか?」
「無い、わね」
「そう言う事だ」姉小路は微笑み、手に力を込める。「お前の最期、見届けさせてもらった」そう言いながらプラグを引きちぎる。
 CIC――わずかカードサイズの超高性能AIは、たったそれだけで活動を停止した。
 姉小路は基盤からCICを抜き、箱の中に詰められていた物を全て近くで燃えている炎の中に放り込むと、そのまま力尽きたように仰向けに倒れこんだ。上空から無数のガードが降りてくるのが見える。
「…………」
 姉小路は小さく何かを呟き、目を閉じた。

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