―――同日深夜。……いや、零時過ぎてるから正しくは翌日か。
オレとシュタムファータァは、日中に下調べしていた工場に木粉鉄粉を頂戴にしに来ていた。
「しかし……いいんでしょうかヤスっちさん。これ、私たち完全な泥棒ですよ?」
「揺籃の危機なんだ。そこら辺は気にしないでいこうぜ。それに、言い始めたら廃墟群に立ち入るのも不法侵入だし建物壊してるのも器物破損になるしな」
「それもそうでしたね」
シュタムファータァは苦笑しながらその身を光と共に白銀の巨人に包ませる。そして同時にオレもコックピットの中に入る。
動かせないとは分かっているのだが自然と手足はレバーとペダルに伸びる。外観が同じなのだ。わかっていたとしても癖でやってしまう。
『それではヤスっちさん、サポートお願いしますね』
「っても、あんまやることないけどな」
そして全長3mの白銀の巨人が壁を飛び越え、音を立てずにふわっと着地する。
「……そんな体で、随分とまぁ器用な真似するな」
『戦闘は苦手な方ですけど、こういうしょうもないのは得意なんですよ、私』
「お前もう作業用でいいじゃねぇか」
『今からやることがまさしく作業用がやることですけどね……物資運搬なんて鉄板じゃないですか』
誇ったと思ったら再び落ち込み始めるシュタムファータァ。まぁ、本気で落ち込んでるわけじゃない。冗談だ。
イェーガー戦を前に冗談を言えるほどの精神が落ち着いてるのは良い傾向だ。それほどシュタムファータァの中で意志は固まったということだろう。
『……ヤスっちさん。私、肝心の粉を保管している場所がわかりませんでした』
「勿論それも調べてある。っても、衛星写真とサイトの外観の写真からこれじゃないのか、ってくらいの自信しかないけどな」
それらしき建物の場所まで行き、倉庫のシャッターを強引に取り外す。幸運なことに、中には期待通りの代物が入っていた。
粉袋を一つずつシュタムファータァは手の平に載せていく。しかし、リーゼ状態のシュタムファータァが一袋ずつ手の平に載せていく光景は激しくシュールだ。
『ヤスっちさん、必死に笑い堪えてるの、今の私でもわかりますからね」
「っく、悪いな……。あまりにもロボットらしからぬというか、なんというか」
『そりゃ見た目はロボットでも挙動は人なんですし、仕方ないじゃないですかぁ……』
シュタムファータァが肩を軽く落とす。勿論ロボットの外見で。
「ははっ、マジ面白ぇ」
『絶対、ぜーったい後でヤスっちさんに仕返ししてやりますから』
「期待しないで待ってるわ……」
そんな会話をしながら作業は進み、気がつけばシュタムファータァの手には袋が山積みにされていた。
何段もピラミッド状に積まれている粉の袋。よくもまぁこんなことができるものだ。こちらからすれば落としそうで非常に怖い。
「お、おい。それ落とすなよ」
『落としませんって。さっきも言った通り私こういう細かい作業得意なんですから』
「頼むぜ。お前のこの作業に揺籃の命運がかかってるんだからさ」
『大丈夫ですって。やりとげてみせますよ。それに本番は全て準備が終わってからなんですから』
そうだ。だからこんなとこで絶対に躓くわけにはいかない。というかここで躓いたら馬鹿らしすぎる。
「おう。そういやさっきから疑問に思ってたことが一つあるんだが」
「なんでしょうか?」
「いや、こんだけ大々的にやっておいて工場内の警備装置はなんで反応なしなんだろうか……とな」
普通に警報の一つや二つは鳴らされていてもおかしくはない。なにせシャッターを強引に外すという暴挙に出ているのだから。
『言われてみればそうですね……。でも、まぁ反応してないんだからいいじゃないですか。理由なんてどうでも』
「まぁ、たしかにどうでもいいことではあるんだが……少し気になってな」
こんなずさんな警備態勢でいいのか、揺籃。
まぁイェーガーにバレるという最悪のパターンは今のところないみたいだし、順調に事は進んでいる。
そんな些細なことに疑問を持っている暇があったら、戦略の一つでも考えた方が無難だろう。
そうして非常に危なげな量の粉袋を積んだまま、シュタムファータァは無事に廃墟群までたどり着くことができた。
『この袋、どこに入れるんですか?』
「……今さらで言いづらいんだが、粉塵爆発ってのは実際にそこまでの威力は出ないんだ」
建物の破壊等や数々の事件はある。だが、そのどれもが極めて特殊な条件下のみでの爆発だ。
その特殊な条件下を作りだすことさえ難しいというのに、戦闘中にその条件を満たすのは至難の技だろう。
『えぇ!? だ、駄目じゃないですかっ! 今さらどうするんですかぁっ』
「仕方ないだろ、発案したときの知識じゃそこまでわからんかったんだから。ほら、粉塵爆発って名前的に威力ありそうじゃないか?」
まぁ、それでもこの粉塵爆発を使うという戦法をやろうと思ったのには、ちゃんとした理由がある。
今のシュタムファータァなら、おそらくできるはず。……できると信じたいというのが本音だが。
『ええぇ……、じゃあこの粉、無駄になっちゃったじゃないですか』
「いや、粉塵爆発は起こす。粉塵爆発だけじゃたしかにイェーガーは倒せない。でも、お前がいる」
リーゼンゲシュレヒト・シュタムファータァ。ある意味、こいつじゃなければできないことをやる。
「いいか、作戦はだな…………」
シュタムファータァにオレが考えだした作戦を聞かせる。誰でもわかる、非常に単純な作戦を。
『……そんな、上手くいくでしょうか?』
「上手くいくかいかないかじゃない、いかせるしかないんだ。これが、最後のチャンスなんだから」
『最後のチャンスに、こんな単純な作戦で戦わせないでくださいよ……』
「シンプルイズベスト。思いつきにしては結構悪くない戦法だとは思うんだけどな」
オレにはそこまで何重の罠を仕込んだり、裏の裏の裏をかくような戦法や作戦は思いつきそうにない。
『わかりました……。私が必ず成功させてみます』
「頼んだぜ、シュタムファータァ」
そうして実際に爆発を起こせそうな場所を選んでいく。学校跡の体育館が結構綺麗なままで残っていたのでそこを使わせてもらうことにした。
「これ、校庭で戦えたらいいんじゃないか?」
『そうですね。ここならば私の剣も多分引っ掛からないと思います』
おそらく半径150mくらいだろう。リーゼンゲシュレヒト同士の戦闘であれは充分すぎる広さだった。
「よし。これで正真正銘戦う準備が揃ったな」
『あとは、本番だけ……ですね』
シュタムファータァがそう言い、白銀の光と共にリーゼンゲシュレヒトからヒトの姿に戻る。そしてポケットから携帯を取り出し、イェーガーに対してこちらの位置を知らせるメールを送る。
お互い無言になり、じっとイェーガーが到着するのを待つ。無意識に握った自分の手の平は、汗に濡れていた。
「(やっぱ、怖ぇよ)」
揺籃を守るだなんて言っておきながら、本質はファンタジーのような世界に憧れを抱いて首を突っ込んだ自分。そして自分が傷ついて初めてそれが愚かだったと気づいた自分。
今だって本当はファンタジーのような世界に憧れてないわけじゃない。でも、今はそれだけじゃない。
「(自分の命が危険になって、初めて死にたくないなんて思えたな)」
だから、自分の命を守るために、オレはシュタムファータァを利用させてもらう。
……まぁ、男として女の子一人に戦わせるのはどうなのか、という気持ちがなくもないのだが。
「うーし、よく逃げなかったじゃねぇか」
突如後ろから大きな声がし、振り返るとそこにはいつの間に居たのか。イェーガーが校舎の入り口、校門を出たところにに立っていた。
「逃げたってどうせ追っかけてくるだろうが、イェーガー」
「そりゃあ、仕事だしな」
イェーガーがこちらに向かい歩き出す。コツコツと革靴が地面を叩く音が反響して学校全体を包んだ。
「シュタムファータァ、気合い入れろよ」
「わかってます。私に、任せて下さい」
その声は若干震えていた。だが、凜とした瞳はイェーガーを真っ直ぐ見抜いている。
「ま、期待を裏切らないでくれよな。……『我は獲物を捉える紅の牙。赤銅色の狩人、イェーガーッ!』」
相変わらずの圧倒感を持った赤銅色の巨人が顕現する。思わず後ずさりしそうになるが、そうするわけにはいかない。
「『現界せよ我が体。罪深き始祖、シュタムファータァ!』」
白銀の光がオレ諸共周囲を包み込み、6枚のプレートを背部に展開した白銀の巨人が現れる。そしてオレは、動かすことはできないコックピットの中へ。
レバーを握り締める手に力が籠もる。動悸が止まらない。緊張で頭がおかしくなりそうだ。
『ヤスっちさん、これが私の……固有兵装です!』
シュタムファータァが両手を前に構えると、手の平に白銀の光を放つ粒子のような物が集まって、やがて実体が形作られる。
現れたのは、流れるような曲線を描いた二振りの白銀の長刀。流麗な白銀の刀身は長さによる錯覚か。端から見れば折れてしまいそうな儚さと、芸術品のように綺麗であった。
『ほう……二刀流か、シュタムファータァ』
『行きますよ、イェーガー』
シュタムファータァがそう言うと同時に、白銀の巨体が持つ刃は狩人に目掛け振り下ろされていた。
『うぉっ……!』
イェーガーが思わず呻き声を漏らす。振り下ろされた刃は鈍く光る手甲によって受け止められていた。
だが、まだシュタムファータァの猛攻は止まることはなかった。
狩人の脇腹を切り裂くように横薙ぎに迫る斬撃。それをイェーガーは肘と膝で白刃取りという化け物地味た技で受け止める。
「嘘だろっ!?」
『遅ぇっ!』
もう片方による斬撃が来る前に肘打ちでシュタムファータァを弾き飛ばす。だが剣を支えにしすぐ立ち直し、再びイェーガー目掛け突貫する。
流れるような銀色の曲線を描いてイェーガーに襲いかかる二本の斬撃。だが、刀身の横を弾くことで回避するイェーガー。そして、再びカウンターの肘打ちが放たれる。
だが、シュタムファータァはそれを短く後ろにステップすることで回避した。今まで避けたことがなかった攻撃を……避けた。
『ほぉ……ッ!』
自分自身も予想外だったのか、肘打ちを回避されたイェーガーに僅かな一瞬の隙。そこにシュタムファータァの突きが放たれる。
肩部の装甲を貫く白銀の太刀。そして追撃に振り下ろされたもう一本の斬撃は刀の鍔の部分を押さえられ止められた。
『罪深き始祖……てめぇ、その剣術はなんだ?見たことがねぇ』
『私流80%漫画流20%ってところでしょうか』
肩に突き刺さっていた太刀を引き抜き、一度イェーガーと距離を取る。いくらイェーガーが強力な白兵戦能力を持っていたところで、リーチはこちらの方が上だ。
「しかし、お前そんな戦えるなら初めからやれよな」
『私にもわからないんです。なんか、実際に刀を持って戦うと次に何をどうすればいいか自然にわかるんですよ』
シュタムファータァの声色は先程までと違い自信に満ちた明るい声色だった。たしかに、この前まで手も足も出なかった相手に戦えるようになれば嬉しいだろう。しかし……。
「(双刀がシュタムファータァにとって"合っていた"武器だとしても、戦えなかった相手にいきなり戦えるようになるのはおかしいんじゃないか……?)」
イェーガーが手を抜いているのか、それとも他の何かなのか……。今のオレにはそれを判断出来る情報は持ち得ていなかった。
『やるじゃねぇか、やるじゃねぇか罪深き始祖……!この間とは大違いだ。楽しくて仕方ねぇっ!』
今度はイェーガーから距離を詰めてくる。ライフルの弾丸の様に放たれる拳。それは、人間の動体視力で捉えられる速度を越えていた攻撃だった。だが。
だが、それを軽やかに、銀の軌跡を残し体を捻り回避するシュタムファータァ。カウンターとばかりにイェーガーに迫る斬撃。
『今の私なら、貴方にすら勝てる』
『戦えるようになったからって、あんま上から目線で語ってくれんなよぉ!』
イェーガーが急に体を倒れるように横にし、斬撃は空を切る。そのまま地面に手を着き蹴りがシュタムファータァの体に直撃する。
そのまま体を反転させ、シュタムファータァに突撃するイェーガー。
『このっ!』
『たしかに前とは段違いだったよ、お前』
突撃してくるイェーガーを挟み込むように襲いかかる二本の長刀。だが、鍔を拳で受け止め、跳躍して顔面に放たれる回し蹴りが直撃した。
『だが悪いなぁ。さすがにオレも素人に負けるわけにはいかねぇんだわ』
『私だって、負けるわけにはいきません!』
追い打ちとばかりにこちらに弾丸のように迫り来る拳に対して、カウンターで刀を上から振り下ろす。
金属と金属がぶつかり合う甲高い音と共に、ぶつかり合った刀身と手甲で鍔迫り合う形になる。
『ははははっ、マジでお前どうしたんだ!?前回とは別人すぎるじゃねぇかよ!』
『ヤスっちさんの死が私を強くした』
「いや、死んでねぇから」
前回で腹に穴空けられて死にそうにはなったが。
時間にして僅か数秒ばかりの鍔迫り合い。ほぼ同時のタイミングで互いに後ろに跳躍し距離を取る。
こうして第三者の目からしてもはっきりとわかる。シュタムファータァの力の上昇ははっきり言って異常だ。
だが、それでも実力はイェーガーの方が上である。分かりやすく言えば動きの"キレ"が違う。
長年の戦闘から培われた動きは粗がなく、洗練されているのだ。
『なぁ、坊主』
ふとイェーガーがオレに対して呼び掛けてくる。こちらの声を届かせるためにATTのVC(ボイスチャット)の範囲を全体に変更する。
「(これで出来るか不安だな……。リーゼンゲシュレヒトのこのコックピットの再現率なら出来るとは思うんだが)」
モニターに変更を知らすマーカーが表示されたのを確認し、通話をONにする。
「あーあー、なんだよいきなり。戦闘中だろうが」
『いやぁ何。そういやお前の答えを聞いてなかったと思ってよ。……お前、本気になったのか?』
「さすがにあんな目にあって、好奇心だけでここに居るほど無神経でもねぇよ。今はただお前を倒す、それだけだ」
『倒す……ねぇ。そんなんじゃなくてだな。結局お前の気持ちはなんなんだってことを聞いてるんだが』
「……オレが今ここいる理由は非日常に憧れたから。それと、自分の住んでる島を消されたくないからだ。
漫画の中のような世界が実在して、それに自分が関わっている。人間なら誰もが憧れる舞台に、今オレは立っている。
そんな夢のような世界を、終わらせたくないに決まってるだろうが!男ってのは、命をかけてもそういうのに憧れんだよ!」
初めてこんなに自分の想いを曝け出した。常に熱くなっている連中を一歩引いた目で斜に見ていた自分。
だが、それを楽しめなかったのは自分のせいだ。常に何かに縛られ、囚われ、純粋に物事を楽しもうとしなかった。
「それにな、イェーガー。抗う術があるのに、やらないなんて選択肢、オレにはない」
『ヤスっちさん……』
……でも、やはりこんなことを言うのはとても恥ずかしい。この場の雰囲気がなければ絶対言わないであろう台詞だ。特に、オレは。
『……まぁ、昨日と違って好奇心からを認めただけ上場、か。つまりこの戦いに参加できるのが楽しいからいるってことか。
たしかに、ここでオレに殺されたらお前の世界は終わっちまうもんなぁ』
「ああ。こんなのもう二度と体験できないだろ?なら、早く終わらせるのは勿体ないってもんだろ」
『そうだな!そうだよなぁ、楽しいよなぁ!勿体ねぇよなぁ!いいじゃねぇかその台詞が聞きたかったってんだよオレは!
世界を守りたい?世の中冷めた目で見てんじゃねぇよ。世界を守ってるオレ格好良いって浸ってんだろ?なら、その気持ちに素直になれや!」
「ああ。だからさイェーガー。もっと楽しもうじゃねぇか。どうだ?マンガみたいにこの一撃で決着つけるぞみたいなの、やってみないか?」
『……あぁ?どういうことだ』
突如イェーガーの声色が怪訝なものに変わる。オレの額に冷や汗が流れるが、一度言い出したことを止めるわけにはいかない。
「あるだろ?互いに向かい合って真っ向からぶつかり合うってヤツだよ。いいと思わねぇか?」
『オレに真っ正面からのカウンターは通じねぇってのにその誘いかよ。罪深き始祖、お前はいいのかよ?』
『私は、ヤスっちさんの希望通りに戦うだけです。それに言ったでしょうイェーガー。今の私なら、貴方にすら勝てる、と』
シュタムファータァが刀を一本消失させ、一つの刀を両手で持ち真っ正面に構える。
『遥かに力が増してもその実力はオレよか下だ。それがわかってていってんだろうな?』
『ええ、だから策を用意してあります。思いっきり引っかかって負けてください』
シュタムファータァが隠すこともなく堂々と策がある、と言ってのける。そんなシュタムファータァの言葉にイェーガーは笑いをこらえきれなかった。
『だははははっ!なるほどなるほど!この坊主の誘いは策にハメるためのもので、お前がいきなり一刀流にしたのもその策の一つってわけか!
さすがにオレとしても、そんな堂々と宣言されたんじゃあ逃げるわけにはいかねぇわな!』
「お前がそういう性格で、助かったよイェーガー」
『なに、気にすんな。お前らみたいな素人の策でやられたらオレはそこまでの存在ってわけよ。ま、オレは負ける気はさらさらないがな』
その言葉には力が籠もっていた。幾度もの戦場を潜りぬけた実力から来る、圧倒的な自信の表れだろう。
だが、ここで勝つのはオレたちだ。この立ち位置、この展開に持って行けた時点で僥倖なんだ。負けるわけにいかない。
『では、始めましょうかイェーガー』
『おうよ。……行くぜッ!!」
イェーガーが手に固有兵装のトンファーを装備し、こちらに突進してくる。対するシュタムファータァは、腰を低く落とし、刀を腰だめに構えるだけ。
『居合切りでカウンターってか!?やってみろぉ!」
そしてイェーガーがある程度の距離まで近づいてきた瞬間に、シュタムファータァは脛を地面に付くくらいという低さまで腰を落とし、
着地を考えない低さまで腰を落とした状態でイェーガーに突進した。刀の高さは、イェーガーの脛に合わせられていた。
『足がなければ貴方とて、自由にできませんよねっ!?』
『ハッ!舐めんな!』
イェーガーは全速力で突進しているという不安定な体制にも関わらず、それを跳躍で回避してみせる。だが、着地したときのスピードを殺せるわけがない。
車や飛行機、乗り物。人間や生き物は、急には止まることはできない。ましてや、全速力であるならば余計に。
『終わりですイェーガー。焼けてくださいね?』
シュタムファータァの先ほど立っていた場所は体育館の前であった。今や立ち位置は真逆になった。イェーガーは、体育館の前に。
速度を殺せるはずもなく。そのまま体育館の壁を突き破って堅牢な装甲を持つ巨人は突っ込むことになった。
体育館の壁は鉄筋コンクリート。そこに鋼の巨人が高速で突っ込んだのだ。火花が起きないはずがない。
イェーガーは突っ込んだときにおびただしく舞い散る大量の粉に驚く隙もなく。
凄まじい爆音と共に、赤銅色の巨人は爆炎に包まれた。
「シュタムファータァッ!!!」
『いっけえええええええええええっっ!!!!!』
そして、その爆炎の中に目掛け、白銀の巨人は刀を槍のように構え、力の限り投擲する。
凄まじい炎と煙の中だ。シュタムファータァが刀を投げたことなどにイェーガーは気づけるはずがなかった。
だが、それを防ぎきるのが歴戦のリーゼンゲシュレヒトの力だった。
突如の予想し得ない爆炎。さらに炎と破片による激痛が体を襲おうとも集中力は失われることはなかった。
振り払われた両手に握られたトンファーは、迫りくる二つの物体を弾いていた。そう、二つの物体を。
『あくまで爆炎は目くらまし。その爆炎によって生まれた隙に投擲された刀を当てる。……そこまでは、防げたんだがなぁ……』
イェーガーの背中から生えている白銀の刀身。それは紛れもない、シュタムファータァの刀。
『まさか、刀と一緒に飛ばしたのがバインダーだったなんて、さすがに炎の中じゃわかんねぇわ』
『知ってました?私のバインダー、ある程度の簡単な動作なら動かせるんですよ。……もっとも、私にとっては弾けるだけ恐ろしいですが』
シュタムファータァはその手に握られた刀でイェーガーを直接突き刺していた。心臓部分に深々と刺さる、白銀の長刀。
「炎を目くらましにして、投げられる刀は囮。本命はそれを弾いた一瞬の隙だ、イェーガー。誰でも攻略したと思った瞬間が一番の隙なんだってよ」
『まさか炎の中突っ込んでくるなんてなぁ。……あーあ、格下の相手に負けるなんて、だから狩りは楽しいん……だよ、なぁ……』
シュタムファータァが刀を引き抜く。それと同時に、イェーガーの体が人間の状態に戻る。それを手のひらで優しく抱え、炎と煙の中から脱出した。
充分な場所まで後退し、シュタムファータァも人間の状態に戻る。少女の顔は心底疲れ切ったものであった。
「シュタムファータァ、イェーガー、これ、死んでるのか?」
「……いいえ、リーゼンゲシュレヒトは頭を飛ばされない限りは即死しません。存在を維持するためのセカイが集まる中心部である心臓部を貫いただけですから」
「つまり、エネルギー切れで気絶してるだけってことか」
「そう、なります」
イェーガーの顔は死んでるようにも、寝ているようにも見える。それほど安らかな表情だった。
「……殺すんですか?」
「ああ、殺すしかないだろ」
そう言ったオレの言葉は震えていた。先ほどまで戦っていたとはいえイェーガーも一人の人間だ。それを、自分の手で奪う。
たしかに命と命をかけた戦いではあった。だが、いざ勝ってみるとこのままイェーガーを見逃してしまいたいという気持ちが強くなってくる。
「(くそ、いざ殺すって言ってもどうすりゃいいんだよ)」
「いいんですよ、ヤスっちさん。元々ヤスっちさんは悩む必要はないんですから」
そう言ってシュタムファータァはポケットから折り畳みのナイフを取り出し、イェーガーの額に手を当てる。
「お、おい、シュタムファータァ?」
「こうして完全に無防備に、しかもセカイがほとんど残っていないリーゼンゲシュレヒトならば普通の人間より、遥かに死にやすいんです」
「そんなこと聞いてねぇって、おい、シュタムファータァ!」
「こうして人を殺すのは、私たち化け物の仕事ですよ」
そう言ってシュタムファータァがナイフを突き刺そうとした瞬間、彼女はナイフを捨てオレに向かって突進してきた。
「っ痛ッ!……いきなりなんなんだっての、シュタ…ム、ファータァ?」
オレは、驚きのあまりにきちんとした言葉を発することができなかった。シュタムファータァがオレの胸に飛び込んできた理由が、目の前にあったのだから。
先ほどまでシュタムファータァがいた場所に突き刺さる、漆黒の長剣。そして、それを両手で持っている漆黒の巨人。
外観は背中から大きくなびくマントに腰の両脇から長く垂れさがるコートのようなもの。夜の暗さのような黒色をしていなければ、騎士を彷彿とさせるその外観。
何よりも驚きなのがそのリーゼンゲシュレヒトが、イェーガーを庇うかのように出現していたことだった。
『やはり裏切ったんだな。シュタムファータァ』
そのリーゼンゲシュレヒトから発せられる若い青年の男の声は、シュタムファータァに向けられていた。
「"漆黒の夜"、ナハト……!まさか、貴方自身がここに来るとは予想外でしたよ……!」
『あそこまで議論で対立し、さらにはイェーガーが貴様相手に何日も掛けたのだ。不審に思ってもおかしくないだろ?
それに予想外なのは、イェーガーが貴様に敗れたことだ』
「単刀直入に聞きます、ナハト。貴方は、ここに何をしに来たのですか?」
シュタムファータァがそう言うと、漆黒のリーゼンゲシュレヒト……ナハトは剣を引き抜き、腰の鞘に華麗に収める。
『お前を消しに来た……というのが私の本心だが。生憎イェーガーの回収と貴様に対する意思確認だけだ。と言っても、意志確認などする必要はなさそうだがな
「ええ、ディスに伝えてください。私は揺籃に手を出さない限りは、貴方たちには関与しないと」
『……シュタムファータァ。覚えておけ。そこまで世界も、セカイの意志も甘くはないぞ』
そう言ってナカトはイェーガーを手に持ち、廃墟の街を出て行った。その姿が見えなくなるまでオレとシュタムファータァは、身動き一つ取ることができずにいた。
「……シュタムファータァ、アイツ、何者だ……?」
「漆黒の夜、ナハト。セカイの意志の革命派の一人で、ディスの右腕です。はっきり言って、今の私とイェーガーが共に挑んでも勝てない相手でしょう」
「おいおいおい、イェーガーでさえあんな化け物だったんだぜ?ならナハトってのはなんなんだよ……、チートじゃねぇか……」
「それが本来の"エクスツェントリシュ"と呼ばれるリーゼンゲシュレヒトの力です。伊達に"希少種"だなんて呼ばれていないんですよ」
非常に頭の痛くなる話だった。今回は引いてくれたが次回はどうなるかわからない。イェーガーよりも強い敵の存在なんて、考えたくもなかった。
「まぁ、でも、イェーガーの件は……これで、解決なの……か?」
「少なくとも戦線復帰には3、4ヵ月はかかるダメージは与えましたし、後続のリーゼンゲシュレヒトが来るにも手続きを考えたら、少なくとも1ヵ月は安心でしょう」
それでも……1ヶ月か。もしかしたらこれからずっと続くのかもしれない。撃退して撃退して撃退して……。いつか必ず、限界が来るだろう。
「大丈夫ですよ、ヤスっちさん」
シュタムファータァがオレの心中の不安を読んだかのように、オレの手に自分の手の平を重ねる。
「私が、なんとかしますから。だから……大丈夫です」
……まったく。今回だってオレの発案した作戦がなければヤバかったくせに、人を気遣うのだけは一流なんだな。
「……言ってろ」
「はい、言ってます!それでは、いい加減私たちも帰りましょう! もう、時間も時間ですから」
そう言ってシュタムファータァがオレの前を歩きだす。オレはゆっくりとその後を付いていく。
ふと、見上げた空。いつもと変わらずやってくる綺麗な朝焼け。
いつもと変わらぬ日々が、今日も訪れてくれたのだというささやかな喜び、達成感。
そんな気持ちに身を任せながら、長いようで短かった戦いは正真正銘に幕を終えたのだった。
―――セカイの意志、革命派の支部の一つであるビルの最上階にある一室に、一人の男性が立っていた。壁一面に広がる巨大な窓に手を当て、どこか遠くを見るような視線を眼下の街々に向ける。
そこの窓からは、都会の街々が一望出来た。そして、彼の目線の先にあるのは僅かに視認できる海の向こうの、一つの島。
その島の名は、新興都市"揺籃"。戦後国から多額の援助を受け、発展を続けている島でもある。
「……ナハト、戻ったか」
「はい、先ほど。イェーガーの体は本部の医療施設に搬送しました」
その男性の後ろに立つ一人の青年。革命派のリーダー、『冥王の心臓』"ディス"の右腕的存在である、『漆黒の夜』ナハト。
「そうか。……ナハト、何故わざわざお前に頼んだのか……気になっているだろう」
「いえ、私は貴方の命に従うだけ。疑問を持つことなどありませんよ、ディス」
ディスと呼ばれた男性が、ゆっくりと振り向きナハトと向かい合う形になる。
「疑問に思ったことがあったなら言ってくれていいよ、ナハト」
「……貴方が、そう命じるのならば従いましょう」
ナハトの真っ正直な忠誠心に思わず心の中で苦笑してしまうが、勿論表情には出さなかった。彼なりの誠意を無為にしたくはない。
「……シュタムファータァは私にとって希望なんだ。適当なリーゼンゲシュレヒトに、様子を見に行かせるのは些か不安でね」
「希望ならば、何故イェーガーを向かわせたのですか? まさか、シュタムファータァが勝つと読んでいた、と?」
「違うよナハト。その程度の障害で消えてしまうような存在では希望ではない。つまり、私はただ彼女に期待していたのさ。そして、彼女は期待通りに格上だったイェーガーを打ち破った」
「……あの固有兵装の力、ですか。本来固有兵装はただの武器。リーゼンゲシュレヒト自体の能力を上昇させるなんて有り得ない。
固有兵装に備わったあの異質な能力がなければ、最初と同じくイェーガーに葬られていたでしょう。ディス、貴方はあれに心当たりが?」
ナハトの疑問は最もだ。あの少年が立てた作戦は、"イェーガーと勝負になる"という前提でこそのもの。だからあの少年はその確率は非常に低いだろうと思っていた。
だが、実際はどうだ。イェーガーと勝負にすらならなかったのが、固有兵装を手に入れるだけで勝負になった。これを異常と言わずなんと言おうか。
「……ナハト、たしか今ヴィオツィーレンは海外に飛んでいたね?」
「え、ええ。2日程前にイタリアに新たなエクスツェントリシュの発見報告があったので、捕獲任務を任されています」
「(すまないね、ナハト)」
今はまだナハトにすら話す時期ではない。まだ、私の……彼女の計画は始まったばかりなのだから。
「ヴィオツィーレンがいないのならば好都合だ。イェーガーの後釜に"月面ウサギ"の双子を回せ」
「…… ヴァイスとシュヴァルツを、ですか。わかりました。手配しておきます、……イェーガーより格下ですが、よろしいので?」
「構わないよ。頼むぞ、ナハト」
「了解しました」
軽く一礼をするとナハトは部屋を出ていった。……しかし、人一人いなくなるだけで、部屋の雰囲気は結構変わるものだ。
再び視点を窓の向こうにある、揺籃に向ける。あそこに今、シュタムファータァがいるのだ。その事実が私の心を踊らせる。
「今回も私の期待通りに動いてくれ。……シュタムファータァ」
そう呟いた窓に移った私の顔は、とても、満ち溢れた……歪んだ、笑顔だった。
オレとシュタムファータァは、日中に下調べしていた工場に木粉鉄粉を頂戴にしに来ていた。
「しかし……いいんでしょうかヤスっちさん。これ、私たち完全な泥棒ですよ?」
「揺籃の危機なんだ。そこら辺は気にしないでいこうぜ。それに、言い始めたら廃墟群に立ち入るのも不法侵入だし建物壊してるのも器物破損になるしな」
「それもそうでしたね」
シュタムファータァは苦笑しながらその身を光と共に白銀の巨人に包ませる。そして同時にオレもコックピットの中に入る。
動かせないとは分かっているのだが自然と手足はレバーとペダルに伸びる。外観が同じなのだ。わかっていたとしても癖でやってしまう。
『それではヤスっちさん、サポートお願いしますね』
「っても、あんまやることないけどな」
そして全長3mの白銀の巨人が壁を飛び越え、音を立てずにふわっと着地する。
「……そんな体で、随分とまぁ器用な真似するな」
『戦闘は苦手な方ですけど、こういうしょうもないのは得意なんですよ、私』
「お前もう作業用でいいじゃねぇか」
『今からやることがまさしく作業用がやることですけどね……物資運搬なんて鉄板じゃないですか』
誇ったと思ったら再び落ち込み始めるシュタムファータァ。まぁ、本気で落ち込んでるわけじゃない。冗談だ。
イェーガー戦を前に冗談を言えるほどの精神が落ち着いてるのは良い傾向だ。それほどシュタムファータァの中で意志は固まったということだろう。
『……ヤスっちさん。私、肝心の粉を保管している場所がわかりませんでした』
「勿論それも調べてある。っても、衛星写真とサイトの外観の写真からこれじゃないのか、ってくらいの自信しかないけどな」
それらしき建物の場所まで行き、倉庫のシャッターを強引に取り外す。幸運なことに、中には期待通りの代物が入っていた。
粉袋を一つずつシュタムファータァは手の平に載せていく。しかし、リーゼ状態のシュタムファータァが一袋ずつ手の平に載せていく光景は激しくシュールだ。
『ヤスっちさん、必死に笑い堪えてるの、今の私でもわかりますからね」
「っく、悪いな……。あまりにもロボットらしからぬというか、なんというか」
『そりゃ見た目はロボットでも挙動は人なんですし、仕方ないじゃないですかぁ……』
シュタムファータァが肩を軽く落とす。勿論ロボットの外見で。
「ははっ、マジ面白ぇ」
『絶対、ぜーったい後でヤスっちさんに仕返ししてやりますから』
「期待しないで待ってるわ……」
そんな会話をしながら作業は進み、気がつけばシュタムファータァの手には袋が山積みにされていた。
何段もピラミッド状に積まれている粉の袋。よくもまぁこんなことができるものだ。こちらからすれば落としそうで非常に怖い。
「お、おい。それ落とすなよ」
『落としませんって。さっきも言った通り私こういう細かい作業得意なんですから』
「頼むぜ。お前のこの作業に揺籃の命運がかかってるんだからさ」
『大丈夫ですって。やりとげてみせますよ。それに本番は全て準備が終わってからなんですから』
そうだ。だからこんなとこで絶対に躓くわけにはいかない。というかここで躓いたら馬鹿らしすぎる。
「おう。そういやさっきから疑問に思ってたことが一つあるんだが」
「なんでしょうか?」
「いや、こんだけ大々的にやっておいて工場内の警備装置はなんで反応なしなんだろうか……とな」
普通に警報の一つや二つは鳴らされていてもおかしくはない。なにせシャッターを強引に外すという暴挙に出ているのだから。
『言われてみればそうですね……。でも、まぁ反応してないんだからいいじゃないですか。理由なんてどうでも』
「まぁ、たしかにどうでもいいことではあるんだが……少し気になってな」
こんなずさんな警備態勢でいいのか、揺籃。
まぁイェーガーにバレるという最悪のパターンは今のところないみたいだし、順調に事は進んでいる。
そんな些細なことに疑問を持っている暇があったら、戦略の一つでも考えた方が無難だろう。
そうして非常に危なげな量の粉袋を積んだまま、シュタムファータァは無事に廃墟群までたどり着くことができた。
『この袋、どこに入れるんですか?』
「……今さらで言いづらいんだが、粉塵爆発ってのは実際にそこまでの威力は出ないんだ」
建物の破壊等や数々の事件はある。だが、そのどれもが極めて特殊な条件下のみでの爆発だ。
その特殊な条件下を作りだすことさえ難しいというのに、戦闘中にその条件を満たすのは至難の技だろう。
『えぇ!? だ、駄目じゃないですかっ! 今さらどうするんですかぁっ』
「仕方ないだろ、発案したときの知識じゃそこまでわからんかったんだから。ほら、粉塵爆発って名前的に威力ありそうじゃないか?」
まぁ、それでもこの粉塵爆発を使うという戦法をやろうと思ったのには、ちゃんとした理由がある。
今のシュタムファータァなら、おそらくできるはず。……できると信じたいというのが本音だが。
『ええぇ……、じゃあこの粉、無駄になっちゃったじゃないですか』
「いや、粉塵爆発は起こす。粉塵爆発だけじゃたしかにイェーガーは倒せない。でも、お前がいる」
リーゼンゲシュレヒト・シュタムファータァ。ある意味、こいつじゃなければできないことをやる。
「いいか、作戦はだな…………」
シュタムファータァにオレが考えだした作戦を聞かせる。誰でもわかる、非常に単純な作戦を。
『……そんな、上手くいくでしょうか?』
「上手くいくかいかないかじゃない、いかせるしかないんだ。これが、最後のチャンスなんだから」
『最後のチャンスに、こんな単純な作戦で戦わせないでくださいよ……』
「シンプルイズベスト。思いつきにしては結構悪くない戦法だとは思うんだけどな」
オレにはそこまで何重の罠を仕込んだり、裏の裏の裏をかくような戦法や作戦は思いつきそうにない。
『わかりました……。私が必ず成功させてみます』
「頼んだぜ、シュタムファータァ」
そうして実際に爆発を起こせそうな場所を選んでいく。学校跡の体育館が結構綺麗なままで残っていたのでそこを使わせてもらうことにした。
「これ、校庭で戦えたらいいんじゃないか?」
『そうですね。ここならば私の剣も多分引っ掛からないと思います』
おそらく半径150mくらいだろう。リーゼンゲシュレヒト同士の戦闘であれは充分すぎる広さだった。
「よし。これで正真正銘戦う準備が揃ったな」
『あとは、本番だけ……ですね』
シュタムファータァがそう言い、白銀の光と共にリーゼンゲシュレヒトからヒトの姿に戻る。そしてポケットから携帯を取り出し、イェーガーに対してこちらの位置を知らせるメールを送る。
お互い無言になり、じっとイェーガーが到着するのを待つ。無意識に握った自分の手の平は、汗に濡れていた。
「(やっぱ、怖ぇよ)」
揺籃を守るだなんて言っておきながら、本質はファンタジーのような世界に憧れを抱いて首を突っ込んだ自分。そして自分が傷ついて初めてそれが愚かだったと気づいた自分。
今だって本当はファンタジーのような世界に憧れてないわけじゃない。でも、今はそれだけじゃない。
「(自分の命が危険になって、初めて死にたくないなんて思えたな)」
だから、自分の命を守るために、オレはシュタムファータァを利用させてもらう。
……まぁ、男として女の子一人に戦わせるのはどうなのか、という気持ちがなくもないのだが。
「うーし、よく逃げなかったじゃねぇか」
突如後ろから大きな声がし、振り返るとそこにはいつの間に居たのか。イェーガーが校舎の入り口、校門を出たところにに立っていた。
「逃げたってどうせ追っかけてくるだろうが、イェーガー」
「そりゃあ、仕事だしな」
イェーガーがこちらに向かい歩き出す。コツコツと革靴が地面を叩く音が反響して学校全体を包んだ。
「シュタムファータァ、気合い入れろよ」
「わかってます。私に、任せて下さい」
その声は若干震えていた。だが、凜とした瞳はイェーガーを真っ直ぐ見抜いている。
「ま、期待を裏切らないでくれよな。……『我は獲物を捉える紅の牙。赤銅色の狩人、イェーガーッ!』」
相変わらずの圧倒感を持った赤銅色の巨人が顕現する。思わず後ずさりしそうになるが、そうするわけにはいかない。
「『現界せよ我が体。罪深き始祖、シュタムファータァ!』」
白銀の光がオレ諸共周囲を包み込み、6枚のプレートを背部に展開した白銀の巨人が現れる。そしてオレは、動かすことはできないコックピットの中へ。
レバーを握り締める手に力が籠もる。動悸が止まらない。緊張で頭がおかしくなりそうだ。
『ヤスっちさん、これが私の……固有兵装です!』
シュタムファータァが両手を前に構えると、手の平に白銀の光を放つ粒子のような物が集まって、やがて実体が形作られる。
現れたのは、流れるような曲線を描いた二振りの白銀の長刀。流麗な白銀の刀身は長さによる錯覚か。端から見れば折れてしまいそうな儚さと、芸術品のように綺麗であった。
『ほう……二刀流か、シュタムファータァ』
『行きますよ、イェーガー』
シュタムファータァがそう言うと同時に、白銀の巨体が持つ刃は狩人に目掛け振り下ろされていた。
『うぉっ……!』
イェーガーが思わず呻き声を漏らす。振り下ろされた刃は鈍く光る手甲によって受け止められていた。
だが、まだシュタムファータァの猛攻は止まることはなかった。
狩人の脇腹を切り裂くように横薙ぎに迫る斬撃。それをイェーガーは肘と膝で白刃取りという化け物地味た技で受け止める。
「嘘だろっ!?」
『遅ぇっ!』
もう片方による斬撃が来る前に肘打ちでシュタムファータァを弾き飛ばす。だが剣を支えにしすぐ立ち直し、再びイェーガー目掛け突貫する。
流れるような銀色の曲線を描いてイェーガーに襲いかかる二本の斬撃。だが、刀身の横を弾くことで回避するイェーガー。そして、再びカウンターの肘打ちが放たれる。
だが、シュタムファータァはそれを短く後ろにステップすることで回避した。今まで避けたことがなかった攻撃を……避けた。
『ほぉ……ッ!』
自分自身も予想外だったのか、肘打ちを回避されたイェーガーに僅かな一瞬の隙。そこにシュタムファータァの突きが放たれる。
肩部の装甲を貫く白銀の太刀。そして追撃に振り下ろされたもう一本の斬撃は刀の鍔の部分を押さえられ止められた。
『罪深き始祖……てめぇ、その剣術はなんだ?見たことがねぇ』
『私流80%漫画流20%ってところでしょうか』
肩に突き刺さっていた太刀を引き抜き、一度イェーガーと距離を取る。いくらイェーガーが強力な白兵戦能力を持っていたところで、リーチはこちらの方が上だ。
「しかし、お前そんな戦えるなら初めからやれよな」
『私にもわからないんです。なんか、実際に刀を持って戦うと次に何をどうすればいいか自然にわかるんですよ』
シュタムファータァの声色は先程までと違い自信に満ちた明るい声色だった。たしかに、この前まで手も足も出なかった相手に戦えるようになれば嬉しいだろう。しかし……。
「(双刀がシュタムファータァにとって"合っていた"武器だとしても、戦えなかった相手にいきなり戦えるようになるのはおかしいんじゃないか……?)」
イェーガーが手を抜いているのか、それとも他の何かなのか……。今のオレにはそれを判断出来る情報は持ち得ていなかった。
『やるじゃねぇか、やるじゃねぇか罪深き始祖……!この間とは大違いだ。楽しくて仕方ねぇっ!』
今度はイェーガーから距離を詰めてくる。ライフルの弾丸の様に放たれる拳。それは、人間の動体視力で捉えられる速度を越えていた攻撃だった。だが。
だが、それを軽やかに、銀の軌跡を残し体を捻り回避するシュタムファータァ。カウンターとばかりにイェーガーに迫る斬撃。
『今の私なら、貴方にすら勝てる』
『戦えるようになったからって、あんま上から目線で語ってくれんなよぉ!』
イェーガーが急に体を倒れるように横にし、斬撃は空を切る。そのまま地面に手を着き蹴りがシュタムファータァの体に直撃する。
そのまま体を反転させ、シュタムファータァに突撃するイェーガー。
『このっ!』
『たしかに前とは段違いだったよ、お前』
突撃してくるイェーガーを挟み込むように襲いかかる二本の長刀。だが、鍔を拳で受け止め、跳躍して顔面に放たれる回し蹴りが直撃した。
『だが悪いなぁ。さすがにオレも素人に負けるわけにはいかねぇんだわ』
『私だって、負けるわけにはいきません!』
追い打ちとばかりにこちらに弾丸のように迫り来る拳に対して、カウンターで刀を上から振り下ろす。
金属と金属がぶつかり合う甲高い音と共に、ぶつかり合った刀身と手甲で鍔迫り合う形になる。
『ははははっ、マジでお前どうしたんだ!?前回とは別人すぎるじゃねぇかよ!』
『ヤスっちさんの死が私を強くした』
「いや、死んでねぇから」
前回で腹に穴空けられて死にそうにはなったが。
時間にして僅か数秒ばかりの鍔迫り合い。ほぼ同時のタイミングで互いに後ろに跳躍し距離を取る。
こうして第三者の目からしてもはっきりとわかる。シュタムファータァの力の上昇ははっきり言って異常だ。
だが、それでも実力はイェーガーの方が上である。分かりやすく言えば動きの"キレ"が違う。
長年の戦闘から培われた動きは粗がなく、洗練されているのだ。
『なぁ、坊主』
ふとイェーガーがオレに対して呼び掛けてくる。こちらの声を届かせるためにATTのVC(ボイスチャット)の範囲を全体に変更する。
「(これで出来るか不安だな……。リーゼンゲシュレヒトのこのコックピットの再現率なら出来るとは思うんだが)」
モニターに変更を知らすマーカーが表示されたのを確認し、通話をONにする。
「あーあー、なんだよいきなり。戦闘中だろうが」
『いやぁ何。そういやお前の答えを聞いてなかったと思ってよ。……お前、本気になったのか?』
「さすがにあんな目にあって、好奇心だけでここに居るほど無神経でもねぇよ。今はただお前を倒す、それだけだ」
『倒す……ねぇ。そんなんじゃなくてだな。結局お前の気持ちはなんなんだってことを聞いてるんだが』
「……オレが今ここいる理由は非日常に憧れたから。それと、自分の住んでる島を消されたくないからだ。
漫画の中のような世界が実在して、それに自分が関わっている。人間なら誰もが憧れる舞台に、今オレは立っている。
そんな夢のような世界を、終わらせたくないに決まってるだろうが!男ってのは、命をかけてもそういうのに憧れんだよ!」
初めてこんなに自分の想いを曝け出した。常に熱くなっている連中を一歩引いた目で斜に見ていた自分。
だが、それを楽しめなかったのは自分のせいだ。常に何かに縛られ、囚われ、純粋に物事を楽しもうとしなかった。
「それにな、イェーガー。抗う術があるのに、やらないなんて選択肢、オレにはない」
『ヤスっちさん……』
……でも、やはりこんなことを言うのはとても恥ずかしい。この場の雰囲気がなければ絶対言わないであろう台詞だ。特に、オレは。
『……まぁ、昨日と違って好奇心からを認めただけ上場、か。つまりこの戦いに参加できるのが楽しいからいるってことか。
たしかに、ここでオレに殺されたらお前の世界は終わっちまうもんなぁ』
「ああ。こんなのもう二度と体験できないだろ?なら、早く終わらせるのは勿体ないってもんだろ」
『そうだな!そうだよなぁ、楽しいよなぁ!勿体ねぇよなぁ!いいじゃねぇかその台詞が聞きたかったってんだよオレは!
世界を守りたい?世の中冷めた目で見てんじゃねぇよ。世界を守ってるオレ格好良いって浸ってんだろ?なら、その気持ちに素直になれや!」
「ああ。だからさイェーガー。もっと楽しもうじゃねぇか。どうだ?マンガみたいにこの一撃で決着つけるぞみたいなの、やってみないか?」
『……あぁ?どういうことだ』
突如イェーガーの声色が怪訝なものに変わる。オレの額に冷や汗が流れるが、一度言い出したことを止めるわけにはいかない。
「あるだろ?互いに向かい合って真っ向からぶつかり合うってヤツだよ。いいと思わねぇか?」
『オレに真っ正面からのカウンターは通じねぇってのにその誘いかよ。罪深き始祖、お前はいいのかよ?』
『私は、ヤスっちさんの希望通りに戦うだけです。それに言ったでしょうイェーガー。今の私なら、貴方にすら勝てる、と』
シュタムファータァが刀を一本消失させ、一つの刀を両手で持ち真っ正面に構える。
『遥かに力が増してもその実力はオレよか下だ。それがわかってていってんだろうな?』
『ええ、だから策を用意してあります。思いっきり引っかかって負けてください』
シュタムファータァが隠すこともなく堂々と策がある、と言ってのける。そんなシュタムファータァの言葉にイェーガーは笑いをこらえきれなかった。
『だははははっ!なるほどなるほど!この坊主の誘いは策にハメるためのもので、お前がいきなり一刀流にしたのもその策の一つってわけか!
さすがにオレとしても、そんな堂々と宣言されたんじゃあ逃げるわけにはいかねぇわな!』
「お前がそういう性格で、助かったよイェーガー」
『なに、気にすんな。お前らみたいな素人の策でやられたらオレはそこまでの存在ってわけよ。ま、オレは負ける気はさらさらないがな』
その言葉には力が籠もっていた。幾度もの戦場を潜りぬけた実力から来る、圧倒的な自信の表れだろう。
だが、ここで勝つのはオレたちだ。この立ち位置、この展開に持って行けた時点で僥倖なんだ。負けるわけにいかない。
『では、始めましょうかイェーガー』
『おうよ。……行くぜッ!!」
イェーガーが手に固有兵装のトンファーを装備し、こちらに突進してくる。対するシュタムファータァは、腰を低く落とし、刀を腰だめに構えるだけ。
『居合切りでカウンターってか!?やってみろぉ!」
そしてイェーガーがある程度の距離まで近づいてきた瞬間に、シュタムファータァは脛を地面に付くくらいという低さまで腰を落とし、
着地を考えない低さまで腰を落とした状態でイェーガーに突進した。刀の高さは、イェーガーの脛に合わせられていた。
『足がなければ貴方とて、自由にできませんよねっ!?』
『ハッ!舐めんな!』
イェーガーは全速力で突進しているという不安定な体制にも関わらず、それを跳躍で回避してみせる。だが、着地したときのスピードを殺せるわけがない。
車や飛行機、乗り物。人間や生き物は、急には止まることはできない。ましてや、全速力であるならば余計に。
『終わりですイェーガー。焼けてくださいね?』
シュタムファータァの先ほど立っていた場所は体育館の前であった。今や立ち位置は真逆になった。イェーガーは、体育館の前に。
速度を殺せるはずもなく。そのまま体育館の壁を突き破って堅牢な装甲を持つ巨人は突っ込むことになった。
体育館の壁は鉄筋コンクリート。そこに鋼の巨人が高速で突っ込んだのだ。火花が起きないはずがない。
イェーガーは突っ込んだときにおびただしく舞い散る大量の粉に驚く隙もなく。
凄まじい爆音と共に、赤銅色の巨人は爆炎に包まれた。
「シュタムファータァッ!!!」
『いっけえええええええええええっっ!!!!!』
そして、その爆炎の中に目掛け、白銀の巨人は刀を槍のように構え、力の限り投擲する。
凄まじい炎と煙の中だ。シュタムファータァが刀を投げたことなどにイェーガーは気づけるはずがなかった。
だが、それを防ぎきるのが歴戦のリーゼンゲシュレヒトの力だった。
突如の予想し得ない爆炎。さらに炎と破片による激痛が体を襲おうとも集中力は失われることはなかった。
振り払われた両手に握られたトンファーは、迫りくる二つの物体を弾いていた。そう、二つの物体を。
『あくまで爆炎は目くらまし。その爆炎によって生まれた隙に投擲された刀を当てる。……そこまでは、防げたんだがなぁ……』
イェーガーの背中から生えている白銀の刀身。それは紛れもない、シュタムファータァの刀。
『まさか、刀と一緒に飛ばしたのがバインダーだったなんて、さすがに炎の中じゃわかんねぇわ』
『知ってました?私のバインダー、ある程度の簡単な動作なら動かせるんですよ。……もっとも、私にとっては弾けるだけ恐ろしいですが』
シュタムファータァはその手に握られた刀でイェーガーを直接突き刺していた。心臓部分に深々と刺さる、白銀の長刀。
「炎を目くらましにして、投げられる刀は囮。本命はそれを弾いた一瞬の隙だ、イェーガー。誰でも攻略したと思った瞬間が一番の隙なんだってよ」
『まさか炎の中突っ込んでくるなんてなぁ。……あーあ、格下の相手に負けるなんて、だから狩りは楽しいん……だよ、なぁ……』
シュタムファータァが刀を引き抜く。それと同時に、イェーガーの体が人間の状態に戻る。それを手のひらで優しく抱え、炎と煙の中から脱出した。
充分な場所まで後退し、シュタムファータァも人間の状態に戻る。少女の顔は心底疲れ切ったものであった。
「シュタムファータァ、イェーガー、これ、死んでるのか?」
「……いいえ、リーゼンゲシュレヒトは頭を飛ばされない限りは即死しません。存在を維持するためのセカイが集まる中心部である心臓部を貫いただけですから」
「つまり、エネルギー切れで気絶してるだけってことか」
「そう、なります」
イェーガーの顔は死んでるようにも、寝ているようにも見える。それほど安らかな表情だった。
「……殺すんですか?」
「ああ、殺すしかないだろ」
そう言ったオレの言葉は震えていた。先ほどまで戦っていたとはいえイェーガーも一人の人間だ。それを、自分の手で奪う。
たしかに命と命をかけた戦いではあった。だが、いざ勝ってみるとこのままイェーガーを見逃してしまいたいという気持ちが強くなってくる。
「(くそ、いざ殺すって言ってもどうすりゃいいんだよ)」
「いいんですよ、ヤスっちさん。元々ヤスっちさんは悩む必要はないんですから」
そう言ってシュタムファータァはポケットから折り畳みのナイフを取り出し、イェーガーの額に手を当てる。
「お、おい、シュタムファータァ?」
「こうして完全に無防備に、しかもセカイがほとんど残っていないリーゼンゲシュレヒトならば普通の人間より、遥かに死にやすいんです」
「そんなこと聞いてねぇって、おい、シュタムファータァ!」
「こうして人を殺すのは、私たち化け物の仕事ですよ」
そう言ってシュタムファータァがナイフを突き刺そうとした瞬間、彼女はナイフを捨てオレに向かって突進してきた。
「っ痛ッ!……いきなりなんなんだっての、シュタ…ム、ファータァ?」
オレは、驚きのあまりにきちんとした言葉を発することができなかった。シュタムファータァがオレの胸に飛び込んできた理由が、目の前にあったのだから。
先ほどまでシュタムファータァがいた場所に突き刺さる、漆黒の長剣。そして、それを両手で持っている漆黒の巨人。
外観は背中から大きくなびくマントに腰の両脇から長く垂れさがるコートのようなもの。夜の暗さのような黒色をしていなければ、騎士を彷彿とさせるその外観。
何よりも驚きなのがそのリーゼンゲシュレヒトが、イェーガーを庇うかのように出現していたことだった。
『やはり裏切ったんだな。シュタムファータァ』
そのリーゼンゲシュレヒトから発せられる若い青年の男の声は、シュタムファータァに向けられていた。
「"漆黒の夜"、ナハト……!まさか、貴方自身がここに来るとは予想外でしたよ……!」
『あそこまで議論で対立し、さらにはイェーガーが貴様相手に何日も掛けたのだ。不審に思ってもおかしくないだろ?
それに予想外なのは、イェーガーが貴様に敗れたことだ』
「単刀直入に聞きます、ナハト。貴方は、ここに何をしに来たのですか?」
シュタムファータァがそう言うと、漆黒のリーゼンゲシュレヒト……ナハトは剣を引き抜き、腰の鞘に華麗に収める。
『お前を消しに来た……というのが私の本心だが。生憎イェーガーの回収と貴様に対する意思確認だけだ。と言っても、意志確認などする必要はなさそうだがな
「ええ、ディスに伝えてください。私は揺籃に手を出さない限りは、貴方たちには関与しないと」
『……シュタムファータァ。覚えておけ。そこまで世界も、セカイの意志も甘くはないぞ』
そう言ってナカトはイェーガーを手に持ち、廃墟の街を出て行った。その姿が見えなくなるまでオレとシュタムファータァは、身動き一つ取ることができずにいた。
「……シュタムファータァ、アイツ、何者だ……?」
「漆黒の夜、ナハト。セカイの意志の革命派の一人で、ディスの右腕です。はっきり言って、今の私とイェーガーが共に挑んでも勝てない相手でしょう」
「おいおいおい、イェーガーでさえあんな化け物だったんだぜ?ならナハトってのはなんなんだよ……、チートじゃねぇか……」
「それが本来の"エクスツェントリシュ"と呼ばれるリーゼンゲシュレヒトの力です。伊達に"希少種"だなんて呼ばれていないんですよ」
非常に頭の痛くなる話だった。今回は引いてくれたが次回はどうなるかわからない。イェーガーよりも強い敵の存在なんて、考えたくもなかった。
「まぁ、でも、イェーガーの件は……これで、解決なの……か?」
「少なくとも戦線復帰には3、4ヵ月はかかるダメージは与えましたし、後続のリーゼンゲシュレヒトが来るにも手続きを考えたら、少なくとも1ヵ月は安心でしょう」
それでも……1ヶ月か。もしかしたらこれからずっと続くのかもしれない。撃退して撃退して撃退して……。いつか必ず、限界が来るだろう。
「大丈夫ですよ、ヤスっちさん」
シュタムファータァがオレの心中の不安を読んだかのように、オレの手に自分の手の平を重ねる。
「私が、なんとかしますから。だから……大丈夫です」
……まったく。今回だってオレの発案した作戦がなければヤバかったくせに、人を気遣うのだけは一流なんだな。
「……言ってろ」
「はい、言ってます!それでは、いい加減私たちも帰りましょう! もう、時間も時間ですから」
そう言ってシュタムファータァがオレの前を歩きだす。オレはゆっくりとその後を付いていく。
ふと、見上げた空。いつもと変わらずやってくる綺麗な朝焼け。
いつもと変わらぬ日々が、今日も訪れてくれたのだというささやかな喜び、達成感。
そんな気持ちに身を任せながら、長いようで短かった戦いは正真正銘に幕を終えたのだった。
―――セカイの意志、革命派の支部の一つであるビルの最上階にある一室に、一人の男性が立っていた。壁一面に広がる巨大な窓に手を当て、どこか遠くを見るような視線を眼下の街々に向ける。
そこの窓からは、都会の街々が一望出来た。そして、彼の目線の先にあるのは僅かに視認できる海の向こうの、一つの島。
その島の名は、新興都市"揺籃"。戦後国から多額の援助を受け、発展を続けている島でもある。
「……ナハト、戻ったか」
「はい、先ほど。イェーガーの体は本部の医療施設に搬送しました」
その男性の後ろに立つ一人の青年。革命派のリーダー、『冥王の心臓』"ディス"の右腕的存在である、『漆黒の夜』ナハト。
「そうか。……ナハト、何故わざわざお前に頼んだのか……気になっているだろう」
「いえ、私は貴方の命に従うだけ。疑問を持つことなどありませんよ、ディス」
ディスと呼ばれた男性が、ゆっくりと振り向きナハトと向かい合う形になる。
「疑問に思ったことがあったなら言ってくれていいよ、ナハト」
「……貴方が、そう命じるのならば従いましょう」
ナハトの真っ正直な忠誠心に思わず心の中で苦笑してしまうが、勿論表情には出さなかった。彼なりの誠意を無為にしたくはない。
「……シュタムファータァは私にとって希望なんだ。適当なリーゼンゲシュレヒトに、様子を見に行かせるのは些か不安でね」
「希望ならば、何故イェーガーを向かわせたのですか? まさか、シュタムファータァが勝つと読んでいた、と?」
「違うよナハト。その程度の障害で消えてしまうような存在では希望ではない。つまり、私はただ彼女に期待していたのさ。そして、彼女は期待通りに格上だったイェーガーを打ち破った」
「……あの固有兵装の力、ですか。本来固有兵装はただの武器。リーゼンゲシュレヒト自体の能力を上昇させるなんて有り得ない。
固有兵装に備わったあの異質な能力がなければ、最初と同じくイェーガーに葬られていたでしょう。ディス、貴方はあれに心当たりが?」
ナハトの疑問は最もだ。あの少年が立てた作戦は、"イェーガーと勝負になる"という前提でこそのもの。だからあの少年はその確率は非常に低いだろうと思っていた。
だが、実際はどうだ。イェーガーと勝負にすらならなかったのが、固有兵装を手に入れるだけで勝負になった。これを異常と言わずなんと言おうか。
「……ナハト、たしか今ヴィオツィーレンは海外に飛んでいたね?」
「え、ええ。2日程前にイタリアに新たなエクスツェントリシュの発見報告があったので、捕獲任務を任されています」
「(すまないね、ナハト)」
今はまだナハトにすら話す時期ではない。まだ、私の……彼女の計画は始まったばかりなのだから。
「ヴィオツィーレンがいないのならば好都合だ。イェーガーの後釜に"月面ウサギ"の双子を回せ」
「…… ヴァイスとシュヴァルツを、ですか。わかりました。手配しておきます、……イェーガーより格下ですが、よろしいので?」
「構わないよ。頼むぞ、ナハト」
「了解しました」
軽く一礼をするとナハトは部屋を出ていった。……しかし、人一人いなくなるだけで、部屋の雰囲気は結構変わるものだ。
再び視点を窓の向こうにある、揺籃に向ける。あそこに今、シュタムファータァがいるのだ。その事実が私の心を踊らせる。
「今回も私の期待通りに動いてくれ。……シュタムファータァ」
そう呟いた窓に移った私の顔は、とても、満ち溢れた……歪んだ、笑顔だった。