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電瞬月下 弐 ―不敗剣『刀蜘蛛』― 後編

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 先に動いたのは、法螺吹き操る鼬蜘蛛であった。
 これはある意味、当然と言える。法螺吹きの命は既に尽きようとしている、それは時限爆弾を背負って闘っているようなものだ。
 待ちに徹する事など出来る訳も無かった。その待ちに使う刹那すら今は惜しい。
 状況は限りなく不利、腕一本を失い、自分のいる方が風下だ。
 これでは糸刀を相手に向けて放出する事も出来ない。
 どう足掻いても絶望。
 そんなハンデを抱えながらも法螺吹きは狂乱する事なく、己の死への恐怖すらも忘れ、着実に相手を殺しうる理を己の経験から検索する。
 何故ならば、もはやこの身はただ一つの概念を証明する為だけに存在する刃。
 『不敗剣という概念が存在する』、それを証明する為だけにその全ては存在している。
 法螺吹きの操る鼬蜘蛛は、倒木の上を駆け、鎌鼬のように走る。
 足場である倒木は幹によりかかるようになってその全てを完全に地付けておらず傾斜になっていた、傾斜の上側に立っていた鼬蜘蛛は必然その傾斜を降りるさいに得られる加速力を利用し急速で厩源時三式の元に駆ける。
 たった、一つ、この逆境を覆すに足る策、それを実らせ、首を己の小太刀で斬る為に、ただ、走る。
 それに対して、追道者は動かなかった。
 天田流の理念に従い、自身に襲いかかる敵を待ちうける。
 無理に動く必要は無い、例えこちらが拒否しようとも己の首を取ろうと執拗に狙って来る。
 故にここはこちらから攻めるのではなく待つのが最上の手である。
 細心の注意を払い、例え、片腕となり、もう数瞬後に死ぬような相手でも油断はしない。
 何故ならば手負いの獣ほど恐ろしい敵はいないのだ。
 あの黄土色の武甲人の仕手は己に残された命の全てを自分を殺すという事に使用している。
 その執念、その覚悟から放たれる一ノ太刀がそのような油断をして受けられる訳が無い。
 既に命が尽きようとしているのだから、それは己の命を顧みようとせずに捨て身で来る。
 故に人が人に使う理ではそれに対抗する事は出来ない。
 追道者の目の前にいるのは、もはや人間などでは無い、ただ、不敗剣という概念を証明する為に己を魔に落とした化生。
 それを証明する為ならばどのような手も使う、そんな一個の化物(モンスター)だ。

 そんな敵を倒すにはどうすればいいのかと追道者は考える。
 命を捨てて闘いを挑んでくるもの等、それは命を捨てるからこそ行える剣理を行使出来る事にならない。
 そのようなものに対応する手段など考えようが無かった。
 だから、追道者はただ、信じる事にした。
 己の修練、己の技、己の武甲人、己の流派、己の夢、己の生涯、今まで己の剣を作る為に費やし、抱いたそれら全てを信じる。
 その全てがあるが故に、あの魔を倒す事が出来るのだと、ただ、ただ、信仰する。
 そうして、追道者はその命を捨てた法螺吹きの一撃に挑む。
 どちらも決意も固く、どちらの覚悟も深い。
 油断も無く、奢りも無く、二人の武者が激突する。

 勝負は一瞬だった。

 厩源時三式は鼬蜘蛛が間合に入った瞬間、その二丈二尺にもなる長大な野太刀を突き出した。
 ――――諸手突き。
 それは最初の一合でも見せた受けの剣である筈の天田流が己から攻撃を仕掛けるという異端の技、天田流『心貫』その変形『触れ袖』。
 二丈二尺ほどの長さがある太刀ならば突きはその長さ故に強力な技になるという考えは間違いである。
 本来、長大な野太刀は突きを行うのに向いている武器では無い。
 その理由の一つとしては柄の短さにある。
 刀は槍とは違う。
 異常なまでの長さの柄を持つ槍はその柄に手を滑らせる事が出来るだけの余裕を持っている。
 故に槍の突きは素早くかつ的確に相手を刺し抜く。
 しかし、これは刀の場合だとそう簡単な話にはならない。
 否、刀における突きは選択肢の一つであるが、二丈二尺などという規格外の太刀でそれを行うというはあまりに大きな問題がある。
 通常の刀であるならば、槍ほど特化はしてないものの突きは強力な一手になりえるが、この野太刀の場合は刃が長く重い為にその切っ先の制御が困難なのである。
 それゆえにその突きは槍程の速度も出なければ、的確に狙った個所を刺すのも困難と来ている。
 そもそも本来、斬を主体とした武器で突は虚をつく為の奇手でしかなく、長大な太刀による突きは実用的な強さを持たずその隙を相手に突かれ易い事から悪手であると言える。
 何せそれは大した速度も精度も無いのだから、例え長さの利があっても、その利を潰す程を大きなリスクを起こす技なのだ。
 ならばそれを回避し、その隙を突く事で法螺吹きの勝利は約束される。
 しかし、法螺吹きはそれを良しとしない。
 最初の一合目の時もそうだった、そこで突きを選択したというのはあり得ない選択のように思えた。
 まるで自分の前に弱みを見せられているかのような悪手の選択。
 つまりはそれは誘いなのだと天田流との理念と重ね合わせ、法螺吹きは感じとった。
 悪手は誘いなのだ。
 そして、相手がとりうる剣理をすぐ様想定する。
 もはや限界を迎えつつある法螺吹きの脳は限界を超えて思考を回す。
 法螺吹きの脳裏を霞めるはあの車輪のように回転してきた際に発揮したあの回転を御する驚異的な腕力。
 武甲人による筋力強化などという言葉ではとても説明できない異形。
 もしその腕力を持って、あの長大な野太刀によって放たれる際に現出する突きの難点を力ずくで強引に解決する事が出来るとするならば、それは悪手では無く、非常に強力な技となる。
 なんという事か、あの腕力をもってすれば長大な野太刀は槍へと変貌するのだ。
 悪手という嘘を纏わせた、強力な一手。
 既にお互いは間合いに入っている、あの槍が放たれるのを止める術は無く、あの槍を回避する術も無い。
 あの槍は確実に心臓を貫く一槍となるだろう、それで即死、それで終わり、だから――――
(―――問題は無い。)
 そう思い、武甲人鼬蜘蛛の装甲の中で法螺吹きは微笑む。

 こちらからあの攻撃を回避するのは不可能だ。
 既にそれほどまでに間合は詰めてしまった、しかし、こちらの攻撃が相手より先に攻撃が届くかと言えば否、小太刀のリーチでは二丈二尺の野太刀のリーチの中でまるで攻撃が出来ず、鼬蜘蛛最大の特徴である糸刀も逆風によってまともに機能しない。
 故に、追道者の命を止める為にはあの攻撃を回避した上で攻撃を通さなければならない。
 しかし、この突きは回避する事は不可能なのである。
 この矛盾を覆す為に考えられる唯一にして無二の奇手を法螺吹きは既に創造している。
 鼬蜘蛛はその残った左肩の鋼鉄の触手を動かし、既に放ってあった糸刀を巻き取った。
 『糸刀』、鼬蜘蛛に搭載された暗器にして、最強最大の武装。
 逆風により前方に確実な投擲する事が出来ないそれは、攻撃に使用する事は出来ない。

 しかし、後方に撒いて、倒木に巻きつけて置く事ぐらいは出来るのである。

 現在、二人の武甲人が足場にしている倒木は切断された切り株に寄りかかるようにして倒れている。
 つまり倒木の側面全てが地面と密着しておらず倒木と地面の一部には隙間があるという事である。
 さて、もし切り株に寄りかかっている方の倒木の幹の一部を切断するとどうなるだろうか?
 倒木は寄りかかり所を失い、重力に従って下方に落ちる。
 つまりは、足場が落ちるのである。
 それが鼬蜘蛛の武者、法螺吹きと呼ばれた者の最後にして最大の一手だった。
 そのような例え、正確無比の斬撃を放った所で足場が落ちれば、放おうと思っていた位置とはまるで違う所に斬撃を放つ事になる。
 回避できないのであれば敵に攻撃を外させれば良い。
 それが、不可避の攻撃を攻略する唯一の方法だった。
 落ちる足場の上で追道者が放った高速の突きは鼬蜘蛛の肩を霞め、外れる。
 そしてそのまま小太刀の届く間合へと侵入、そのままその小太刀を持ち上げ振り上げ――――――――





 ―――――ある意味、法螺吹きの不幸は、敵に背を向けていた為に、どのようにして弐ノ手『刀蜘蛛』から追道者が生還していたのかを見ていなかった事かもしれない。
 そう、厩源時三式の胸部に仕込まれた二つの火筒『胸筒』の存在を知っていれば、感知する事が出来たかもしれないのだ。
 追道者が、厩源時三式が、放ったその突きが、罠である事を理解しそれを前提に攻める手立てを構築する事が出来たかもしれない。
 しかし、法螺吹きは背を向けていたが故にそれを知る事がなかった、だからそれに対応する事は出来なかった。

 ―――――厩源時三式、機構『胸筒』起動。

 小太刀を振り上げた法螺吹きの目の前で胸部を展開し、胸に仕込まれていた二つの火筒の内の左方に火を入れる。
 火筒から吹き出る火は推力を生みだし、厩源時三式のその巨大な体躯を垂直に押す。
 法螺吹きの、鼬蜘蛛の、放った斬撃はそれで回避され、厩源時三式の放った突きは己を押す推力の反動を受けて、別の技に変化を遂げる。
 つまり、斬撃である。
 武甲人と武甲人の袖が振れ、厩源時三式の二丈二尺の野太刀が、鼬蜘蛛の体に肩から食い込む。
 追道者が放ったその突き…その全てが偽装だったのだ、天田流名子派の追道者はこちらから攻撃するのを待っていた。
 攻撃とは防御を無くしている事と同義でもある。
 つまり攻撃に転じている瞬間こそが致命的な隙を作る事にもなる。
 追道者はその致命的な隙を意識的に作り、相手にそこを突かせ、厩源時三式の機構によってその隙を消し、相手の攻撃によって生まれた隙を狩る。
 それを実現する術理こそが厩源時三式の性能と天田流を組み合わせた末に生まれた我流秘剣『触れ袖』であった。
(―――――まったく。)
 その刃をその身に感じながら刹那の中で法螺吹きは思う。
 なんという武者なのだと、そう思う。
 決して最初に放たれた突きは甘い攻撃では無かった。
 半端な技ならばその技に乗る気迫から、法螺吹きはそれを察知していただろう。
 しかし、それは間違いなく己の命をかけて放たれた一撃であった、それだけの気迫があった、それだけの強さがあった。
 決して見せかけの一撃では無い、その突きはそのまま放たれていたのならば確実に己の心臓を貫いていた。
 普通ならばそれだけの技があればそこで思考を停止しても良かった筈なのだ。

 だが、追道者はそうしなかった。
 どんなに強力な技であっても、破れる事がある、そう想定し、理を組み立てる。
 だからこそ、本命の一ノ太刀が避けられたのならば、相手の攻撃を回避しつつ本命のニノ太刀を放てるような技を作り上げたのである。
 法螺吹きはその己が死ぬ刹那の中で厩源時三式の漆黒の面を見る。
 どのような人間が、どのような生涯の上に、このような剣を組み立てたのだろうか?
 才覚だけでは作れない、修練だけでは作れない、己の生涯を全て剣に捧げた上で地道に一歩、一歩を踏みしめ歩いた者にしか作れない。
 そんな剣技だった。
「―――――見事だ。」
 そう告げて、追道者は鼬蜘蛛とそれを操っていた法螺吹きの右肩から左腰まで真っ直ぐに切断した。
 完全な死、胴を二つに裂かれて生きている事が出来る人間などは存在しない。
 追道者はその長大な野太刀に付着した血を拭いながら、己が斬った敵を少しの間、見つめた後、
「もし、あんたと俺に差があったとしたならば、敗北を知っていたか、否かという話だと思うよ。俺はな、一度負けてるんだ。あんたは不敗剣なんて術理を組み立てていながらきっと負けた事が無かったんだろう?
 もし知っていれば、勝利なんてものに惑わされる事なくその概念を貫き、この勝負に勝っていたのはあんただったかもしれない……先に逝っててくれ。
 そして、俺も逝ったら、また黄泉の国で一勝負といこうじゃないか、もう不敗剣じゃないけれどその技は面白かった、だからあっちで完成させておいてくれよ。」
 そう言って、背を向けてその義足に力を入れて歩み始める。
 そしてこの死合はここに決着を迎えた。




 不敗剣は存在しえたのかもしれない、しかし、その不敗剣は毒に侵されその本質を歪めてしまったが故に、義手義足の武者によって打倒された。
 敗北を知らなかった故に勝利に毒され、それは存在しなかったのである。
 不敗剣とは幻想である、何故ならば、敗北を知らなければ必ずそれには綻びが生まれるのだ。そして敗北を知ればそれは不敗では無くなるのだ。



 電瞬月下 弐 -終-




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