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GEARS外伝 Berserker第六章 前

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ParaBellum

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「か、勘弁してくれッ……! こ、この村が狂戦士の村だなんて、アンタが刻印装甲の適合者だなんて知らなかったんだよッ……! な、何だってする! だから、命だけはッ……」

「貴様達は命乞いをした者達に何をした……? 知らなかった? 勘弁してくれ? そんな都合の良い話が通ると思っているのか?」



魔獣によって占拠された大陸南部の奪回に向け、ロワール城内では兵士達が慌しく駆け回り、城下町は国を焼かれた多くの難民でごった返している。
大陸南部は魔獣が跋扈し、北部は瘴気の満ちる焼け野原が広がり、瓦礫となった城には野盗共が住み着き、ロワールに逃げ延びようとする人々を襲っている。
この世界に人が人らしく生きていける場所は最早、ロワール王国領の本城近辺しか残されていない。

大陸南部に攻め込むまでの準備期間中、俺は大陸北部に侵入してきた魔獣の討伐以外にも、野盗狩を任せられている事もあり、凄惨な殺戮跡を目の当たりにする事も珍しく無い。
ある時、小さな村落が野盗の一団に襲われている所を通りがかった事があった。俺やロワールの騎士達が乗り込んだ時、既に野盗達は一仕事終えたところだった。
服を脱がされた男は手足を縛られ、生きたまま火を付けられ、女子供は犯された上に首を刎ねられていた。
幼い少女の頭部が破壊され、背後の壁に脳漿をぶち撒いて、片方の眼球が垂れ下がり、その身体には暴行を受けた形跡が残されていた。

生身の人間同士の戦争を何度も経験してきたベテラン騎士達ですら、その光景に顔をしかめた。中には胃の内容物を床にぶちまけた者も居た。
別に正義の味方を気取るわけでは無いが、顔も名前も知らぬ一人の少女に哀悼の意を示し、その辺一帯の野盗をいぶり出し、一人残さず、皆殺しにした。
初めて人を殺した感想は「虚しい。」ただそれだけだった。元々、野盗に襲われた人々とは何の関係も無く、名前さえも知らず、恩義も無ければ恨みも無い。

無残な殺され方をした人々の無念を晴らしたかったわけじゃない。正直、野盗共を皆殺しにした理由というのも、実は自分でも分かっていない。
ただ何と無く、許す事が出来なかった。何と無く、悔しかった。何と無く、悲しかった。気が付けば何と無く、命乞いをする野盗共を蹂躙していた。
ただ何と無くで人を殺せるようになった自分に怖気が走った。本来、俺は戦う者では無く、地球に住む一介の学生でしか無い。

確かにこの世界で生計を立てる上で、戦う事こそが適切だったとは言え、矢張り、修羅や羅刹の様な生き方は向いていないのかも知れない。
普段ならば、寸でのところで止めていた矛を止めず、野盗共の心の臓を貫いた事で、それを嫌という程、思い知った。
人を守るために戦わなかったら殺すと恫喝したシルヴァールはハイドラ戦以前同様、俺を適合者として扱い、物としての役割を果たしている。
多くを殺した野盗とは言え、人間を殺めた俺を殺す気は無いらしい。

大陸南部開放から二ヵ月後、本格的な夏が訪れる前の事だった。

「今日から一週間、暇を出す。英気を養って来い」

王座へ到着するなり、新王としてロワールに君臨したアランから休暇を与えられる事になった。
この状況下で俺に休暇を与えるとは正気の沙汰とは思えない。今、こうしている間にも、多くの難民が足を棒にして、野盗や魔獣の襲撃に怯えながら、ロワール城を目指している。
現在、建設中の結界塔の防備にしてもそうだ。大陸の西端から東端まで瞬時に踏破出来るシルヴァールで無ければ、全周囲の防衛は非常に困難だ。
刻印装甲には絶対数が定められており、量産する事が出来ず、簡単に戦力を増やすという事が出来ない。下級ですら惜しい今、シルヴァールを外すのは余りにも軽はずみ過ぎる。

それだけでは無い。半年も前に討伐したハイドラの遺体の処分さえ完了していない。
全長150mの遺体は腐臭を放ち、周囲に猛毒を撒き散らしている。このまま放置していては、毒と瘴気が充満する腐った大地が生み出されるのも時間の問題だ。
そして、猛毒を撒き散らす遺体を片付けるのにも生身の人間にやらせるわけにもいかず、刻印装甲が必要になる。

「我々にとって最も重要な役割は大陸南部の開放。そして、貴様はその要だ。余計な事に気取られるな」

「……余計な事……だと?」

「いきり立つな。阿呆。貴様がまず注力するべき事は思い出せ。貴様のその感傷は“我々”にとって無用のものだ」

アディンが音も無く俺の背後に立ち、冷ややかな言葉を浴びせる。この男が言っている事は間違っていない。
俺の心の中でわだかまりとなって渦巻いている感傷は“俺達”には何の必要も無い。本来ならば、取るに足らないもののはずだった。

それは分かっているつもりだが……それでも、納得出来るものでもない。

「気持ちは分からんでも無い。だがな、我々は間に合わなかったのだ。死んだ人間に囚われるな」

「分かっている……そのつもりだ」

「ならば、死んだ人間のためでは無く、生きた人間のために生きるのだな。で無ければ、死者に呼ばれる事になる。貴様にとって最も重要な事が何なのかを忘れるな」

「二人とも、其処までだ」

達観した様な顔で俺に説教をするアディンをアランは片腕を上げ制する。どうにもこの男は説教臭くて敵わん。
アランや、ラウバルト将軍が居なければ、アディンの説教は留まる事は無く、この男を黙らせるために剣の扱いを学ぼうと思ったのは1度や2度では無い。

「隠密騎士アディン・グロウズ。報告を」

「承知……魔獣の異常個体に関して新たに判明した情報だ。まずはこれをご覧頂きたい」

アディンが懐から取り出した小さな木箱の蓋を開け、俺とアランに中身を見せた。中身は其々、異なる宝石を埋め込まれた指輪が八つ。

「封印された八体の刻印装甲……その数は……」

俺にとっても、アランにとっても聞き覚えのある数だ。何故なら、それは――

「その通りだ。霧坂涼夜。ハイドラの体内から発見された、この八つの指輪は本来、コルセルスカ共和国が保有していた刻印装甲だ。
そして、中心核内部を調査した所、我々の刻印装甲同様にコクピット……いや、玉座が存在し、そこには上級刻印装甲を身に着けた魔族の死体が発見された」

そう言って、アディンは新たに取り出した指輪、毒の上級刻印装甲アストレスをアランに手渡した。

「つまり、魔族は刻印装甲と魔獣の力を合わせた上で、複数の刻印装甲を取り込む事が出来る。そう言いたいのか?」

「確証を得るため、霧坂涼夜がカンザス湿地帯で交戦したリザードの死体を暴いたのだが、ハイドラ同様に刻印装甲を身に着けた魔族の女の死体があった」

アディンの懐から、水の上級刻印装甲ズィーレーンが封じられた指輪が取り出される。貴様は手品師かと指摘したくなるが、それはさて置き、これは大きな進展だ。
刻印装甲は、この世界におけるオーパーツとも言うべき、最強の決戦兵器だ。しかし、それは人類だけの切り札では無く、最悪の脅威になる危険性も孕んでいる。
とは言え、異常固体が刻印装甲によって発生させられた存在というのであれば、それは刻印装甲が無ければ存在する事は無いという事を証明している。

条件が同じとは言え、一つ一つの勝利が敵の戦力低下だけで無く、此方の戦力増強にも繋がるというのは大きなアドバンテージになる。
問題は魔族が刻印装甲の数をどれだけ保有しているのかという事と、此方は一人の人間が保有出来る刻印装甲の数は一つに対し、向こうの数は無制限という事だ。
指輪、九つで国一つと上位属性の上級刻印装甲二体に匹敵する。現在、ロワールが保有する刻印装甲は二十一体。行方不明になった刻印装甲は十二体。
未起動の刻印装甲が三十三体と言われている。ロワールの手元に無い四十五体が魔族の手に渡ったとすれば、最大で四十五匹の異常固体が存在している事になる。

「前途多難……か。そう言えば以前、境界線付近で殲滅した異常個体の遺体はどうした?」

「残念だが、魔族の腕ごと刻印装甲を回収されていた。何分、昨晩分かった事なのでな」

「何にせよ、一度に十体もの刻印装甲が入手出来たのは大きな収穫だった。お前達二人には雑務から離れ、大陸南部進撃までの間、防備にのみ専念してもらう。
まずは交代で一週間ずつ休暇を与える。この二ヶ月、お前達には随分と無理をさせてしまったからな。この状況では気が休まらんかも知れんが、英気を養ってくれ」

いきなり一週間の休暇を与えられたところで、この世界には土曜日や、日曜日のように定期的な休日が無く、国民的な休日と言えば、年に数回の祝日程度。
そして、祝日とは冒険者にとって一番の稼ぎ時……この世界に彷徨いこんでから、今日まで一日足りとも休む事無く労働に勤しんでいた俺にとって、休暇には無縁な暮らしをしていただけに、何をして良いのやら皆目検討が付かないでいた。
これではまるでワーカーホリックでは無いか……まだ二十歳にしかならんと言うのに……

「……涼夜さん?」

やる事も無ければ、やりたい事も無い。何をする当ても無く、城下の商業地区を歩いていると見知った女から声をかけられた。
天草嘉穂。俺やアディン同様、この異世界に迷い込んだ地球人だ。男性社会であるロワール王国では非常に珍しい女の騎士だ。一応、恋人という事になっている。
実際に恋愛感情があるわけでは無い。ただ互いに少々、面倒な相手から恋慕の情を持たれてしまったので、それをかわすために恋人同士を演じているだけだ。

――顔を合わせる機会が少ないせいで、偶に忘れそうになる

「今日は非番か?」

嘉穂は帯剣こそしているものの、普段身に着けている水色がかったライトアーマーでは無く、白地の生地に青に縁取られたシルクのドレスを着ていた。

「ええ。一週間程、休暇を頂けたので……涼夜さんもお休みですか?」

「ああ……奇遇だな。先程、アランから一週間の暇を出されてな」

「そうだったんですか……立ち話も何ですから、何処か、お店に入りませんか?」

商業区は人の流れが激しく、立ち止まって話すには不向きだ。
何より、溢れかえる人や、商魂逞しく大声を張り上げる商人達の熱気は凄まじく、本格的な夏が始まる前とは言え、立ち話をするには少々辛い。
俺達はメインストリートから少し離れた裏通りにある静かなカフェに入り、珈琲によく似た飲み物を注文して、店の片隅にある席へと腰を下ろした。

「この一週間、やる事が無いようでしたら、私と一緒に過ごしてみませんか?」

「俺が……君と?」

正直、彼女の提案に驚きを隠せなかった。物静かで清楚という言葉がよく似合う雰囲気と、出で立ちをしているだけに彼女の言葉とは思えないほど、不釣合いに感じられたからだ。
だが、彼女の家。ラウバルド将軍の屋敷に連れて行かれた時の彼女の行動や言動を思い返せば、女らしい姑息さもしっかり持ち合わせている。大方、また何か企んでいるのだろう。

「……恋人同士という事になっていますし……その、どうでしょう? 勿論、強制するつもりはありません。気が乗らないようでしたら……何も一週間と言わず、数日だけでも……」

嘉穂は茹で上がった蛸の様に顔を真っ赤に染め上げ、上目遣いで俺を窺っている。芝居なのか素なのかは分からんが、俺は女のこういう仕草に弱い。
彼女が何かを企んでいるのか、それとも、何も企んでいないのかは分からないが、裏があったとしても、俺と彼女は運命共同体だ。最悪の事態に陥る事はあるまい。
それに良くも悪くも、女の企みというものは絶対、男には見抜けないように出来ている。それならば、虎子を得るが如く、堂々と虎穴に入っていけば良い。

過ちが起きた時は……まあ、その時に考えれば良いだろう。

「丁度、暇を持て余していた所だ。今日から一週間、君と日々を共にするのも悪くは無い」

「良かった……一応、弁明しておきますけど、今回は何も企んでいませんよ?」

そう言って、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべ、珈琲の様な味と香りがする茶の湯に薄紅色の唇を付けた。これが紅茶や緑茶の様に茶葉から抽出した飲料だというのだから不思議なものだ。
この世界に迷い込んでから、随分経つが、この世界の事で分からない事は多い。食うために生きるなかれとは言うが、俺の場合、戦うために生きるなかれという言葉の方が似合っている。
成る程。狂戦士という悪名が立つのも無理は無い。この世界の事で俺が分かっている事など、この世界特有の戦い方くらいのものだ。何も考えず、この世界の文化を楽しんでみるのも良い。

「企んでくれて構わない。そんな事よりも、エスコートは任せる」

「それ……男性の役目なんじゃないですか?」

情けない話だが、この世界の娯楽の事など何一つ分からない。嘉穂に全てを一任しようとすると彼女は口を尖らせ反論の声を上げた。
知りもしない事や、出来もしない事に見栄を張っても仕方が無い。それに誘った方が計画を立てるのが筋というものだろう。

「折角、御伽噺みたいな世界でドレスを着ているんですよ? 色々と期待だってしたくなります」

御伽噺? 魔獣や魔族といった、俺たちの常識では説明の付かない、不条理な存在が当たり前の様に闊歩する、出来の悪いファンタジー世界でメルヘンを期待するのは流石に無理がある。
彼女には悪い魔女に騙されて、毒林檎を口にして倒れる姫の役よりも、ドラゴンに攫われ、勇者に救出される姫の役の方がお似合いだ。

尤も――

「君なら自力でどうにかしそうだな」

「何の話ですか?」

「いや。面白い事を言うご婦人だと思っただけだ」

「清廉潔白な方だと思っていたのですが、意外と適当で軽薄な方ですよね」

俺に一体、何を期待しているのかは知らないが、少なくとも、俺は自分自身の事を真面目だの、清廉だのと自己評価した事は無い。彼女は夢見がちな性分なのだろうか?

「惚れ直したか?」

「ええ。割と後悔しています」

つれない返事だ。このやり取りで、好意的な答えが返って来ても困るが。
気が付けば、黒茶の入ったカップが空になっていた。そろそろ、店を出て彼女をエスコート……この世界の娯楽施設なんぞ、知らんのだがな。

「涼夜さん、いける口ですか?」

そう言って、彼女は口元に盃を運ぶ仕草をした。

「全くの下戸というわけでも無いが、あまり嗜む方では無い」

「そうなんですか……」

彼女は俺が呑めないと知ると、あからさまに残念そうな表情で肩を落とした。今まで茜華の面倒を見なければならず、酒を呑む機会に恵まれなかったのだから仕方が無い。
しかし、後三年もすれば茜華も酒が呑める年頃だ。多少なりとも呑めるようになった方が良いのかも知れない。それに茜華と呑んでいる時に長兄たる、この俺が失態を犯すわけにもいかない。

「そう気を落とさないでくれ。そろそろ、酒に慣れなければと思っていたところだ。少しくらいなら付き合うぞ」

「本当ですか!?」

余程、俺と酒を飲み交わしたかったのだろうか? 彼女は身を乗り出し、満開に花開いた向日葵の様な笑顔を浮かべている。
彼女の顔がとても近く、彼女の吐息が俺の鼻腔をくすぐった。どうして、女の体、髪、吐息というものはこうも甘いのだろうか? 実際に舐めても、甘くとも何とも無いのにな。

「お父様が口煩くって……涼夜さんの家なら気兼ね無くと思って、この機会をずっと狙っていたんですよ」

ああ。そうだろうな。そういうオチだと分かっていたさ。世の中、大体の事はなるようになる。だが、何でもかんでも都合良くは回らない。

「俺の家を溜まり場にする気だったのか……まるで子供だな」

「忘れたんですか? 私達は十九、二十歳の学生です。まだまだ、子供ですよ」

偶に自分が学生だという事を本気で忘れそうになる。それどころか、地球から彷徨い込んだ異邦人である事すら頭の中から抜け落ち、心の奥底からロワールの騎士になっている自分が居る。
アディンと行動を共にしている時は、地球へ帰還するための運命共同体という意識が強くなるから良いのだが……

「まあ何だって良いさ……では、酒でも買いに行くか?」

「そうですね。近くに美味しい果実を造っている酒蔵があるんですよ。果実酒なら呑み易いですし、お酒入門には良いと思いますよ」

そして、俺たちはカフェを出て、彼女の言う果実酒を造る酒蔵へ向かった。酒蔵へ到着するなり彼女は赤、青、緑、黄、白、橙、黒、紫の液体が入ったボトルを二本ずつ酒師に注文し、俺の家に送らせるように言った。
俺が買いすぎでは無いのかと言うと、彼女は一週間分のお酒なので大丈夫ですよと言った。平均的な飲酒量がどの程度のものなのかは知らないが、僅か、一週間で十六升もの酒をたったの二人で飲み干してしまっても良いものなのだろうか?
最悪の場合、宮廷魔術師を呼び付け、霊薬の様な出鱈目な万能薬を調合させれば良い。そう考える事にした。

それから、彼女と劇場へ行き、歌劇や大道芸などを見て回り、この世界の若い男女の健全な遊びを、それなりに楽しんだ。

「もう少し、涼しければ釣りや乗馬も出来たんですけどね」

「釣りか……人の手が入っていない自然が多い世界ならではの娯楽かも知れないな」

日が沈み始め、劇場に来ていた観客達は帰路に着き、出店の主人達も店を畳み始め、劇場を煌びやかに演出していた照明が落とされていく。

「日没だな。俺達も帰るぞ。門限を破って逮捕されるのは騎士の名折れだからな」

「そうですね。それに気兼ね無く飲酒を楽しむには丁度良い時間ですしね」

日没後、特定の身分にある者を除いて王都を出歩く事は禁じられており、何をするにしても日が昇らなければ話にならない。
よって、この世界で日の高い内から酒に溺れるというのは、地球以上に蔑んだ目で見られる傾向にある。
何もやる事の無い夜に友人などを自宅に招き、談笑しながら楽しむというのが、この世界における基本的な酒との付き合い方だ。
酒を嗜まない俺には、あまり関係の無い話だが……いや、待て。今から俺の家で酒を呑むという事は……

「……まさか、泊まる気か?」

「まさか、私に外で寝ろと言うつもりですか?」

「そうじゃない。軽はずみが過ぎるんじゃないのかと言っているんだ。酔った勢いで妙な真似だけはしてくれるなよ?」

「普通……逆じゃないですか?」

普通は逆かも知れないが、生憎と俺は酒に弱い。恐らくだが、不埒な行いに出る事が出来るだけの余裕は無い。
何か起きるとすれば、その原因は彼女にあると今の段階から断言しておく。

「何にせよ、南大陸の奪還は今から四ヵ月後……今日、間違いが起きた場合、君を前線から外さねばならなくなる。それは何がなんでも避けなければならない」

「それを十二分に理解しているから、私も安心して一緒にいられるんですよ……って言うか、私、そんなふしだらな女じゃありません。そんな風に見ていたんですか?」

それは本当なのだろうか? と二重の意味で思ったが口に出しても仕方が無い。

「君と深く関わる機会が無かったからな。どんな人間なのか判断の下しようが無い。女の身でありながら、ロワールで騎士をやっているくらいだ。相当に優秀という事くらいしか予想出来ないな」

「今日は職務の話をする気分では無いのですが、涼夜さんには知っておいてもらった方が良いかも知れませんね。剣、弓、馬、ガウゼンダール家の養女。これは一切、関係ありません。
私の特殊技能……という事になるんでしょうか。実は属性や階級に関係無く、刻印装甲の契約と、契約解除を私自身の意思で行う事が出来るんです。既に適合者がいる刻印装甲に対し、契約の上書きは出来ませんが」

成る程。それならば、女だてらに男性社会のロワール王国で、装甲騎士団という花形中の花形職に就けている理由も頷ける。刻印装甲の適合者不在は多くの国が頭を悩ませてきた問題だ。
しかし、彼女の自由契約能力に、イリアの多重契約能力。男の適合者よりも、女の適合者の方が何かと能力が高いような気がしなくも無い。

「尚の事、君の事を大事にしなければならんな」

「ええ。お姫様の様に大切にして下さいね」

まだ、そのネタを引っ張るか。彼女はそう言って、俺の腕に縋り付いた。彼女の双丘の間に腕が挟まり、実に心地が良い。
そして、何か忘れているような気分で自宅へと到着した。アディンとの対決で吹き飛んだ家も、今ではすっかり立ち直っている。
鉄格子の門扉を潜り抜け、観音開きの扉を開け、土間に入ると日中に購入した大量の酒が積まれており、その隣には明らかに、俺の物で無い荷物が置かれていた。

「……君はアレか? 家出中の高校生か何かか?」

荷物の大半は女物の衣類だった。俺には女装をするような性癖は無いのだから、間違い無く彼女の着替えなのだろう。だが、数があまりにも多過ぎる。一週間の休暇を全て、俺の家で過ごすつもりか?

「つまり、涼夜さんは私に着替えるなと?」

「もう良い……突っ込むのも面倒だ」

「甲斐性無し」

何の話だ。日中、彼女は俺の事を軽薄でいい加減な人間と評したが、彼女も大概だと思う。冗談交じりの一言一言が重たい。それを理解して言っているのだから、性質が悪い。
俺は彼女の言葉を無視して、荷物を寝室の隣にある簡素なベッドだけが置かれた空き部屋へと運び込んだ。

「一応、掃除はしてある。自由に使ってくれ」

「ありがとうございます。家の中を見て回っても良いですか? この世界の家って結構、気になるんですよね」

「雷帝ラウバルトの養女が街娘の様に家の中を見物して回るわけにもいかんだろうからな……見られて困る様な物も無い。気が済むまで見てくると良い」

俺の家よりも、将軍の屋敷を探検した方が余程、面白いと思うがな。まあ良い。彼女が家の中を見て回っている間に酒瓶をリビングに運び込もう。
一先ず、乳白色の果実酒が入った酒瓶をテーブルの上に置き、残りの酒瓶を巨大な氷柱が三本入った保冷箱の中に仕舞った。
刻印装甲や魔術、魔力といった非常識な言葉が日常に溶け込んでいながら、魔力で冷蔵庫の一つ生み出す事が出来ないのだから、何とも歯痒い世界だ。

「涼夜さーん!」

「なん……のつもりだ?」

背後を振り返ると、ドレスを脱いだ彼女は、その裸体の上にバスタオルを一枚だけ巻いていた。

「家の中に広い露天風呂があるなら、最初からあるって言って下さい! 月見酒にしましょう!」

「君という奴は……」

呆れて怒る気力も失せた。もう好きにさせよう。当初、彼女の事を儚げだの、清楚だの、物静かだのと検討外れにも甚だしい評価を下した俺が、何もかも間違っていたのだ。
なるようになれだ。俺は服を脱ぎ捨て、腰にタオルを巻き、酒瓶一本を片手に浴室へと向かった。

以前、イリアを救い出した報酬として、更地になった自宅を建て直す取り決めになっていたのだが、その時に渡された住宅設計図はラウバルト将軍の屋敷の様に住み込みのメイドを2~3人雇わねば、満足に管理出来そうにない豪邸になっていた。
寝床以上の役割を期待していないため、すぐさま図面を書き直させ、2LDKの家を建てる事にしたのだが、一つくらい贅沢をしても文句は言われまいと思い、足が伸ばせる広さの露天風呂を作らせたのだ。和国系民族の贅沢と言えば、露天風呂に決まっているからな。

「それが、いかがわしい事に使う事になるとはな……」

「何をブツブツ言っているんですか? これから楽しもうっていう時に……お酒に失礼ですよ? 後、暗い表情で呑んだら確実に悪酔いするのでテンション上げて下さい」

夜空には赤、白、黄色と三つの満月が浮かび、湯船には満月の様なトレイが浮かんでおり、その上にはグラスが二つと、乳白色のボトルが乗っている。
木製の浴槽の中に備え付けてもらった四人掛け程の腰掛に嘉穂と並んで座り、乳白色の果実酒が入ったグラスを彼女に手渡した。

「ありがとうございます。今回、選んだ果実酒は全部、地球にある果物と似た味の物を選んだんですけど、何か分かります?」

グラスに注がれた乳白色の液体からは見た目通り、バニラ系のほんのりとした甘い香りがした。バニラビーンズの果実酒……いや、バニラビーンズは果実では無い。
グラスをゆっくりと傾け、数滴程、口の中に入れようとすると、彼女の腕がグラスの足に伸び、一気にグラスを傾けた。
俺の口の中に果実酒が流れ込み、グラスが空になると彼女はトレイの上に置いて満足げな笑顔浮かべて頷いた。

「ゲホッ……何をする……酒はあまり呑めんと言った筈だぞ」

「何の果実か分かりましたか?」

吐き出すわけにもいかず、目をきつく瞑り、口の中の果実酒を一気に胃の中に流し込んだ。
口の端から流れ出る果実酒を拭いながら、抗議の声を上げるが取り付く島も無い。彼女は何食わぬ顔で同じ質問を繰り返した。

「爽やかな酸味と、後味の残らない甘み……蜜柑か」

「正解です。怒っていた最中なのに律儀ですよね? それに呑めないなら吐き出せば良いと思いますよ?」

「それこそ、酒に失礼なんじゃないのか?」

「ええ。吐き出したら怒っているところでした」

だったら、呑めない人間に無理矢理、呑ませるな。大して強い酒では無いが、一気に呑んだせいで少し気分が悪い。
次、同じ事をされたら彼女の顔面に吹き掛けてやる。それでも、尚、繰り返すというのなら……その時は諦めよう。

「さてさて、もう一杯いかがですか?」

「少し休憩させてくれ」

「たったの一杯で情けないですね……」

そう言って、彼女はグラスの中の乳白色を飲み干し、空になったグラスに果実酒を注いだ。ボトルは既に半分近く減っている。

「待て。いつの間に減ったんだ?」

「もう酔ったんですか?呑んでいるのだから減るのは当たり前ですよ。私に先を越されるのが嫌なら、どんどん呑んでください」

俺が言いたいのは、そういう事では無い。俺が最初の一杯を無理矢理呑まされている間に、何故、ボトルの中にある酒が一気に半分近く減っているのか?
そして、休憩すると言ったにも関わらず、その言葉を無視して彼女は俺のグラスに酒を注ぎ、俺の手に押し付けた。

「ラウバルト将軍が君に酒を呑ませない理由がよく分かった……今夜辺り、俺は君に殺されるかもしれんな」

「大袈裟ですね……最悪の場合、宮廷魔術師を呼び出して、蘇生させますから大丈夫ですよ」

つまり、一回は死ぬ事が前提か。茜華、兄さんは地球に帰れないかも知れない。どうか強く生きてくれ。

「それに酒に慣れなければと言っていたのは涼夜さん自身ですよ。たった一杯でギブアップなんて許しません」

「せめて俺のペースで呑ませてくれ。君みたく水を飲むようにはいかない」

「だったら、こういうのはどうです?」

そう言って、彼女は口の中に酒を含み、唇を突き出した。何処まで俺をからかえば気が済むのやら……だが、彼女がその気なら、少しばかり脅かしてやるのも良いだろう。
彼女の手首を掴み、腰を引き寄せ、上から覆い被さると彼女は慌てた様子で口の中に含んだ、果実酒を呑み込んだ。

「り、涼夜さん!? こ、こんな事をしても後々、困るのは貴方ですよ!?」

「俺を誘っておきながら、よく言う……何、君が抜けた分の穴は俺が補えば良い。子供が出来たのなら認知してやる。同じ地球人同士なら責任も取り易いからな」

そう言って、彼女の両足の間に腰を滑り込ませた。

「こ、ここでそういうのは拙いですよ!? 色々と困った事になっても知りませんよ!?」

「酒に酔って、頭が上手く回らん……なる様になれ……だ」

「ちょ……ちょっと、本当に駄目ですってば……」

彼女の全身が桜色に染まり、その表情は羞恥と恐怖に染まっており、目の端には薄っすらと涙が浮かんでいる。この辺で勘弁しておいてやるか……これ以上は色々な意味で不味い事になる。

「冗談……と言うより、ささやかな報復だ。俺に理性があって良かったな。先に上がっているぞ」

彼女を捕らえていた両腕を離し、一人、浴室から出ていく。そもそもだ。彼女の誘いに乗って月見酒をしようと思った事自体が間違いだったのだ。
ああいう酒の呑み方をするのであれば、誰か信用の出来る押さえ役を……

「いない……な」

「何がいないんですか?」

振り返ると酒瓶を持った嘉穂が居た。バスタオルで身を包んではいるものの、アルコールが回っている頭で、そんな格好をされるのは非常に宜しく無い。

「見ての通り、着替え中だ。リビングで待っていてくれないか? ……その前に君も服に着替えるべきだな」

「まあ良いじゃないですか。なる様になれで」

さっきの仕返しのつもりだろうか? 一度、本気で叱り付けるべきかも知れないと彼女に向き直り、口を開こうとすると彼女は俺に飛び付き、ベッドの上に押し倒した。普通、逆なんじゃないのか?
馬乗りになって俺を見下し、微笑む彼女の表情は湯上りの女特有の色気と合わせて、妖艶さが浮かび上がっている。

「あの程度の事で怯えておきながら、まだやる気か? 妙な冗談も程々にしておけ……そんなに俺の子を孕みたいか?」

ありったけの怒気を込めて、恫喝するが彼女はまるっきり堪えた様子も無く、相変わらずの微笑で俺を見下している。俺が彼女のバスタオルに手をかけると同時に、彼女は俺の唇を塞ぎ、口の中に仕込んでいた果実酒を一気に流し込んだ。

「!?!?!?!?」

「よし……勝った!」

「な、何が……ゴホッ……何が、勝っただ!! ゲホッ……」

「おや? まだ、そんな口が利けますか。では、もう一撃……」

「くっ……や、止めろッ!!」

「やーめなーい」

そう言って、彼女は楽しそうに果実酒を口に含み、俺の唇を塞ぎ、直接、口の中に酒を流し込む。彼女の唇から逃れようとするが、彼女がそれを許すはずも無く、両腕で俺の頭を抱え込み、酒が零れないように唇をきつく結んだ。
観念して喉を鳴らしながら、口の中に流し込まれた酒を嚥下すると彼女は漸く、俺を解放した。互いの唇から唾液が糸となって垂れ下がるが、もうそんな気にもなれない。今はただ、水が飲みたい……

「涼夜さん……随分と可愛らしくなりましたね? まるで女の子みたいですよ?」

彼女の嘲りを含んだ言葉が最後。そこから先の記憶は曖昧で夢か現実かの区別もついていない。

「昨晩は随分と私でお楽しみでしたね」

そう。何もかも夢だ。何か悪い事があった気がしなくも無いが、夢の中で犬に噛まれた。そう思っておく方が精神的にも良さそうだ。

「もしもし? 聞いています? 昨晩、嫌がる私に襲い掛かって陵辱の限りを尽くした霧坂涼夜さーん?」

「何の話だ!?」

「いえ、冗談ですよ? 起きているのか寝ているのか、微妙な反応だったので、ある事無い事、適当に言ってみただけです」

「……何も無かったのなら、別に良い」

「ええ。取りあえず、休暇初日は無事に終わって良かったですね。今日は商業地区へ買い物へ行きましょう。昨晩の続きはまた今晩ですね」

成る程。完全に一週間、この家に居座り、俺を引きずり回す気らしい。ワーカーホリックと呼ばれようとも構わない。休暇を返上して、仕事漬けの日々に戻りたい。
そして、一日も早く地球へと帰還し、この魔獣よりも厄介な女との関わりを無かった事にしてしまいたい。


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