銀髪の少女、リーゼンゲシュレヒト・シュヴァルツが携帯でを操作し文字を打ち込み、こちらにディスプレイを向けてくる。
『学校の中に戻れ、早くしろ。グズグズしてるとこの男を殺すぞ』
その赤い真紅の瞳は殺気に満ちており、オレが従わなければ確実に実行するだろうということは容易に想像できた。
「どうした安田ー?なんか忘れ物でもしたのか?」
松尾がただ突っ立ってるオレを不思議に思い問い掛けてくる。一瞬気が動転しそうになるが、どうにか心を落ち着かせる。
「悪い、松尾。オレ携帯教室に置いてきたみたいだわ。ちょっと取りに行ってくるから先に帰っててくれ」
「そんくらい待ってるぜ?」
「どうせ今日は遊ばないでそのまま直帰なんだ。待つ意味はあんまないさ」
「……そか。んじゃまた明日な」
そう言って松尾は一人自転車を走らせ学校を後にした。残されたのは、シュヴァルツとオレの二人。
「私が"セカイの意志"ってのは、言わなくてもわかるわよね?そして貴女を私たちがどうするかも、わかるわよね……?」
「悪いけど、オレもそう簡単には消されたくないんだな」
オレはそう言った瞬間に体を反転させ校舎の中に走り込む。元々オレは運動神経はそこまでいい方ではないので、逃げ込んだときには額に汗が浮かんでいた。
「ちくしょう、運勢不足だな……」
「こんくらいで疲れてんの?男だってーのにひ弱な奴」
真後ろから声がしたと思った瞬間、オレの体は2mほど吹き飛ばされていた。
それが回し蹴りによる攻撃だったということに気付けたのは、右足を降ろしている姿が見えたのと、自分の腹部を襲う激しい激痛からだった。
それが回し蹴りによる攻撃だったということに気付けたのは、右足を降ろしている姿が見えたのと、自分の腹部を襲う激しい激痛からだった。
「っげほっ……くぅ……」
なんとか吐き気をこらえて立ち上がる。視線は下を向かない。目の前のシュヴァルツだけを見据える。
「ほら、大人しく投降しなさいって。別にこっちは揺籃さえ消せればいいんだから、事情知ってるアンタを殺そうとなんてしないよ?」
「オレが生きてたって、揺籃が消されちゃ意味が無いっ!」
体を捻らせ再びで走り出し、近くの階段を全力で登っていく。今のオレには、逃げることしか出来ないのだから。
シュタムファータァがこっちに来てくれるまでの時間をかせぐ。それが今のオレに唯一出来ることだと思う。アイツなら今のオレの状態に気付いてくれるはずだ。
「まったく、本気で逃げられるとか思ってんの!?」
後ろから声が近付いてくる。だが、後ろを見ている余裕もない。4階まで上った所で廊下に逃げ込む。
「くっそー……遊んでやがんな……」
その気になればいつでもオレを捕まえられるはずだ。走る速度が段違いなのは先ほどで証明されているのだから。
オレはある教室の中に入り、掃除用ロッカーから長箒を取り出し、両手で持ち槍のように構える。
そしてあまり時を置かずにシュヴァルツが教室の扉を開き、現れる。オレを見て特に動揺する素振りも見せず、ただ呆れたように溜め息を一つ吐いた。
「アンタさぁ……私に対してそんなチンケな箒で勝てると思ってんの? というか、女の子に武器構えて恥ずかしくないの?」
「勝てるなんて思ってないし、恥ずかしくなんかねぇよ。生きるためなら何だってするだけだ」
「だーかーらーさ、アンタの命は助けてあげるって言ってるじゃん!」
「揺籃が、そこに住んでる奴等がいなくなるってのは……死ぬことと同じだっ!」
シュヴァルツが苛立ったかのように近くにあった机を蹴飛ばす。轟音と共に他の机をなぎ倒しながら吹き飛んでいく机。
「……もういいよ。わかった。ここで死んで」
目にも止まらぬ速度でオレに近づき、そのまま首を捕まれて地面に叩き付けられる。
「がっ……! ぐっ……っ……!」
シュヴァルツに馬乗りにされているため身動きも取れず、そのまま凄まじい力でオレの首が締め上げられていく。両手で必死に抵抗するも、力を緩めさせることすら出来なかった。
「そのまま死ね」
万力のようにオレの首が締まっていく。呼吸ができないため、段々と目の前の景色が暗くなっていき、力がなくなっていく。
「(やっべ……息、マジで、出来ねぇ……ッ!)」
シュヴァルツの眼はこちらの命を命と思ってない、まるで虫が息絶えていくのを見るような冷えた眼をしていた。
「……ッ……ァ、ハッ……」
体の感覚が薄れていき、もはや腕を掴んで抵抗する力もなくなった。体を浮遊感が支配していく。
……ただ、一つ。薄れゆく意識の中で、一つ疑問に思った。
どうして、こんな少女が、こんな冷たい眼をできるんだろうか?
「がっ!」
突如、少女の短い悲鳴と、鈍い音と共に体と首にかかる重圧がなくなった。
何かが地面を転がってゆくよう音がし、やがて何かにぶつかったような衝撃音が聞こえた。
「ッがはっ、ゴホッゴホッ!っ、ハーッ、ハーッ」
脳や体が呼吸を求める。視界はまだぼやけたままだし、満足に体を動かすことも、立つこともできないが呼吸は可能になった。
そして、オレの耳に聞きなれた声が聞こえてきた。
もう10年以上の付き合いになる、オレが知るなかで一番身近で、頼れる兄貴分のような友人……。
「お嬢さん、俊明を好きなあまり押し倒してしまう気持ちはわからんでもないが……いささか、首を絞めるってのはやり過ぎなんじゃないかな?」
「ッ……認識疎外が、効いてない……!?」
「近頃ヤンデレが流行っているのは知っているが、あれは二次元だから良いのであってだな。実際にそれを行動に起こすと常識と法律という壁に」
「い……、伊崎……?」
酸素が脳に段々と行き渡っていき、視界が見えるようになるとそこには、制服姿の顔の整った少年が優雅に立っていた。
長めの濃い蒼色の髪に、鋭くも凛々しい瞳。
伊崎孝一。オレたちの幼馴染にして、千春の夫であり、学校内で完璧超人と謳われる人間だった。
「伊崎、どうして……ここに……いんだよ……」
「おお俊明。いや、なに。生徒会室の鍵を閉め、帰宅しようと思ったところ凄まじい轟音がたからな。誰かが残って喧嘩しているのではないかと様子を見に来たわけだ」
そうだ。認識疎外はあくまで視線を逸らすだけ。音を隠すことはできない。机をふっ飛ばせば、そりゃ誰だって気になるほどの轟音が発せられるだろう。
「すまなかったな愛の行為を邪魔してしまって。ヤンデレプレイをするのは構わないが、学校内でやるというのはよくないと思うのだが」
「バカ……、オレが、そんなヤツに見えるか……?」
「冗談だ、見えない。だから助けたに決まってるだろう?」
こちらにどこか格好つけたように笑う伊崎。普通の人間がやったらドン引きするレベルだが、こいつがやると様になって仕方がない。
「あー、なんだってのよ……あんた。認識疎外効かないし、いきなり人のこと思いっきり蹴っ飛ばしてくれちゃってさぁ……」
「おっと失礼。オレは伊崎孝一。この学校の生徒会の一員であり、今は修学旅行の準備委員もやっている男だ。妻は」
「そんなこと、聞いてないっ!」
シュヴァルツが堪忍袋の緒が切れたように大声を上げる。事実非常に怒っているような表情を浮かべている。
「なにか怒らせるようなこと言ったのかな。……まぁいい。どうする俊明、この女の子?」
「……できたら、捕えてくれ……」
「任せろ」
伊崎が胸のネクタイの紐を緩め、シュヴァルツをしっかりと見据える。
「バカじゃないの? ヒト風情が私を捕える? 何言ってんのっ!?」
シュヴァルツが身を屈め、凄まじい速度で伊崎に突身する。その突身の勢いのまま伊崎の腹部目掛けて拳が迫る。
「残念ながらお嬢さん。そのセリフは死亡フラグだ」
伊崎はそれを身を横にして回避し、シュヴァルツの小さな背中に肘打ちを叩きこむ。
「ぐぁっ!……こんのぉっ!」
すぐさま受け身をとったシュヴァルツが、伊崎に足払いをかける。だが、それも軽く跳躍することで避けられてしまう。
「ふむ。足が細い分避けやすかったが、スピードは大人のそれを越えているな」
「調子に乗ってんじゃないわよッ!」
相手を小馬鹿にしたような笑いを上げた伊崎の胸部にシュヴァルツの拳が叩き込まれ、骨が軋むような鈍い音がする。
「まだまだだっての!」
そのまま片方の手で服を掴み引き寄せ、力を込めた渾身の蹴りが伊崎に直撃し、伊崎の体はそのまま向い側の壁に激突した。
「伊崎ッ!」
「ふんっ、調子に乗ってふざけた真似するから」
「いやいや、まったくその通りだ」
むくりと伊崎の体が起き上がり、手で尻と腹の汚れをはたいてわざと余裕を見せるような行為をする。
「正直気絶するかと思うくらいの威力だったな。明らかに少女の力を越えているよ」
「なら、また叩き込んであげるっ!」
「オレは好きな女の子の前で以外はMにならない主義なんでね、遠慮しておこう」
互いに一歩も引くことのない、互角の戦い。少女と少年という現実離れしたその光景は、ここまで踏み込んだオレから見ても異質な光景であった。
「(伊崎がここまで強かったなんて、初めて知った)」
運動神経抜群なのは知っていたが、先ほどからの動きはそれだけじゃ説明がつかない。"明らかに戦い慣れしすぎている"。
「くっ、何なのよもうっ!」
「大人しく捕まってくれれば危害は加えないさ」
互いに技術も速度も互角。だが、互角であるが故に勝負を分けたのは体格による"リーチの差"だった。
伊崎も攻撃をくらってないわけじゃない。むしろ何発もくらっている。だが、それでも余裕の表情を崩そうとはしなかった。
そして、ついに伊崎がシュヴァルツの右腕を捕らえ地面に引き倒す。関節を決め、身動きが取れないように。
「離しなさいよっ!」
「こらこら、落ち着け落ち着け。それで俊明、なんとか取り押さえたが……どうするんだ?」
「すまん、ちょっとそのままでいてくれ」
伊崎がシュヴァルツを抑えてる間にポケットから携帯を取り出し、シュタムファータァに電話をかける。
「……、……出ないな」
もしかしたら……いや、そうか。冷静になってみればすぐ思い立ったことだ。
オレがシュヴァルツを初めて見たとき、こいつらは二人で行動していた。そして今いるのはこいつ一人で、シュタムファータァに電話が繋がらない。
つまり、シュタムファータァもオレと同じように襲撃されている……という可能性が一番高いだろう。
「なぁシュヴァルツ、お前……二人組で行動してたよな? 片割れはどうした」
「ふん……教えるわけないじゃない」
ふてくされたような顔でそう答えるシュヴァルツ。まぁ簡単には言わないと思ったが。
「お前……この状況、わかってんのか?」
「俊明、完全に悪者の台詞だな」
「……殴り倒した伊崎に言われたくねぇよ。いや、感謝はしてるけどさ」
正直伊崎がこんな強いのも驚いたが、いくらオレを殺そうとした相手とはいえ、こんな少女を躊躇なく殴れる伊崎に少しだけ驚いていた。
昔から、普段はキザなとこもあるが、場を盛り上げたり笑わせたりしてる印象しかなかった。十年以上の付き合いだがこんな一面もあったのは初めて知った。
「(まぁ、そのおかげでオレは命が助かったわけだけどな)」
「ふふ、安田俊明、前を見て見なさい」
シュヴァルツが突如そう言うと、窓から差していた夕日が何かに遮られた。
シュタムファータァの白銀とはまた違う、雪のような純白の装甲。そして耳のように展開する二本のアンテナ。間違いなくリーゼンゲシュレヒトだった。
「……俊明、なんだ、こいつは?」
『クロを離してください、安田俊明。さもなければ撃ち殺します』
窓越しにこちらに向けられる銃口。対リーゼンゲシュレヒト戦を想定されているだろうその大きさの銃口は、撃たれたら跡形も残らないだろうことは容易に想像が出来た。
「……シュタムファータァはどうした」
こいつがここにいるってことはつまり、シュタムファータァは……。
頭の中に嫌な想像が浮かぶが、脳内からその光景を振り払い目の前の奴の返答を待つ。
『シュタムファータァは、ここに』
奴のもう片方の手の平を見せると、そこには頭から血を流し意識を失っているシュタムファータァの姿があった。
「お前……何をした」
『セカイの量を調節して気絶する程度の威力の弾丸を当てただけですが。頭の血はその衝撃で壁に激突した際のものですが』
淡々と言ってのける目の前の奴に対し、思わず声を荒げそうになるが必死に抑える。
「そこのリーゼンゲシュレヒト。撃てるななら撃ってみるといい」
突如伊崎がそう言ったかと思うと、シュヴァルツの腕を決めたまま強引に立たせ、盾にするかのように前に出す。
『クロ……!』
「交換だ。シュタムファータァとこの少女の、な。そしてお前らはこの場を引くこと。その条件が飲めないのならばこのままこの少女の首をへし折ってやる」
伊崎が驚くほど冷たい声で言う。オレは先ほどまでの怒りの感情などすべて吹き飛び、今はただ困惑だけだった。
『…… 最低ですね』
「生きるためなら。オレが死んだら悲しむ人がいるのなら。大切な奴を一人にしないためなら……オレはなんでもする。躊躇などしない」
その伊崎の言葉はオレが言った「生きるためならなんでもする」より遙かに現実味が込められていた。
それはきっと、覚悟の違い。オレより伊崎の方が……それを徹底することの出来る強い心があるからだろう。
『わかりました、その条件を飲みましょう。ベランダに出てきて下さい』
「賢明な判断で助かる。……俊明、絶対にオレより前に出るなよ」
「……わかった」
伊崎がシュヴァルツを盾にしながらベランダに出る。オレも言われた通り伊崎の一歩後ろから同じくベランダに出る。
『ではまずシュタムファータァをお返ししましょう』
「いや、待って欲しい」
突如伊崎が言った言葉に対してシュヴァルツとオレは思わず伊崎を見てしまう。いきなりなんだというのだろうか。
「ここでオレが交換しても君に対抗する手段がない以上、約束を反故にされたらオレたちには逃げる術がない。だからまず、彼女の目を覚ましてからにしてくれないかな」
たしかに、伊崎の言う通りだ。いくら交換した後引いてくれるという約束を交わしたとてあくまで口約束に過ぎない。
いざ返してもらった瞬間にこちらに銃口でも向けられたら、人間であるオレたちに勝ち目はないのは明白だった。
『……わかりました。今、彼女を起こしましょう』
目の前のリーゼンゲシュレヒトの手の平が一瞬発光したかと思うと、今までぐったりと倒れていたシュタムファータァが、ゆっくりと動き出す。
「シュタムファータァッ!」
思わず呼び掛ける。気絶してるだけとは言われていても、実際に動いている彼女を見るまでは安心出来なかった。
「痛っ……、ここは……? って、ヤスっちさん!無事ですか!?」
シュタムファータァが飛び起き、腕を伝ってベランダの柵に飛び乗り、器用にこちらに飛び降りてくる。
「ああ、大丈夫だ。伊崎が、助けてくれたからな」
「伊崎さん……?」
シュタムファータァが伊崎の方を見ると、伊崎はもう既にシュヴァルツを解放して、彼女は目の前のリーゼンゲシュレヒトの手の上にいた。
そしてこちらを振り返り、シュタムファータァに向けて微笑みかける。
「やぁ、シュタムファータァさんだっけかな? 千春の病室で会って以来だな。お久し振り」
「え、ええ……。お久し振りです…………ッ!『現界せよ我が体、罪深き始祖!シュタムファータァッ!』」
シュタムファータァがいきなり表情を変えたかと思うと、素晴らしい早口で詠唱し、目の前に白銀の巨人が出現する。
そして……シュタムファータァの目の前には。先ほどの純白のリーゼンゲシュレヒトの隣りにもう一機。
外見上は純白のリーゼと同じだが、機体色が全く違う。雪のような白に対して、こちらはまるで黒曜石のように光沢を放つ美しい漆黒の装甲に包まれている。
『さて、さっきはよくもやってくれたわねヒト風情が。リーゼンゲシュレヒトってのがなんなのか、教えてやるわよ』
『これで2対1です。降服してください、罪深き始祖』
2機のリーゼンゲシュレヒトの手に握られるは機体と同スケールのハンドガンが2挺ずつ。対するこちらは白銀の刀が二本だけ。
尚且つ、今のシュタムファータァにはオレたちという人質までいるのだ。オレはシュタムファータァに搭乗するという手があるが、果たして二人の人間が乗ることは可能なのだろうか。
『こんな街中でっ……! しかも学校、まだ教職員たちが残っているのですよ!? それでも貴方たちは"セカイの意志"なんですかっ!』
『どうせ消える街なんです。存在がバレたとして大した問題はありません』
『そうよそうよ、シロの言う通りだわ』
シュタムファータァの必死の叫びも、当然の如く、彼女らに届くことはない。
『つまり貴方たちは……任務のためなら、どんなことをしても構わないと、言うんですか……』
『当然です。それが私たちの仕事。リーゼンゲシュレヒトの存在意義なのですから』
『世の中そんな簡単に上手くできてないのよ、罪深き始祖ちゃんっ』
『そうですか、なら私もどんなことでもすることにします』
シュタムファータァの言葉に違和感を感じたのは、おそらく今この場にいるのはオレだけだろう。
あのときのイェーガーと初めて戦ったときと同じ。本気で、シュタムファータァがキレた声色だ……!
あのときのイェーガーと初めて戦ったときと同じ。本気で、シュタムファータァがキレた声色だ……!
そして、シュタムファータァのその言葉が放たれると同時に、その白銀の巨人は手に持った二本の刀を2機目掛けて突き入れていた。
『くっ! 不意打ちなんてっ……!』
『卑怯な真似してくれるわねっ!』
だが二人も馬鹿正直に食らってくれるわけがない。肩部の装甲を何枚か持って行ったが、横に回避され直撃は免れた。
『先手必勝です。それに……2対1で戦ってる貴女たち相手に、卑怯だなんて言われたくありませんっ!』
狭い学校の校庭というのが災いした。いくら校庭と言えど、数メートルの巨人が暴れるには非常に狭すぎるステージ。ましてや3機の機体が存在する中でだ。
そしてさらに運が悪かったのは、"シュタムファータァの武器が長物"という点と、"最初から刀の間合いに入ってしまっていた"という2つの点だった。
この条件ならば、適当に刀を振られるだけでも回避は困難だ。ましてやシュタムファータァは二刀流なのだから。
『くっ、くそっ、なんでよっ! 私たち二人が揃ってるって言うのにっ!』
『貴方たちが二人で挑むというのならば、私は二本で挑みますッ!』
拳銃を撃つ間を与えず襲いかかるシュタムファータァの斬撃。間違いない。この2機、イェーガーより接近戦の腕前は下だ。
おそらく、コンビネーションを主体とた戦いに優れているのだろうが、不意打ちに始まり、止まない斬撃の雨が来られてはコンビネーションのしようがない。
この2機もよく回避しているが、着々と装甲に傷は増えていく一方だ。それに対して、シュタムファータァは今まで1つも直撃を受けていない。
そして何よりも、シュタムファータァは校舎を傷つけないように、それに後者を守る戦い方をしていた。
『絶対に、校舎やヤスっちさんたちには撃たせませんっ!』
『っ……! 非常に遺憾ですが、引きますよ、クロ』
『なんでよシロっ! こんな雑魚、すぐにっ……!』
ここにいる誰しもがシュヴァルツの発言が意地による虚勢だと言うことがわかっていた。おそらく、それは自分自身も。
『フィールドが悪すぎます。こんな場所で喧嘩を売った私たちの失策です。このままでは負けるのは目に見えていますから』
『逃がすものかッ!』
シュタムファータァの鋭い斬撃がシロと呼ばれたリーゼンゲシュレヒトを襲うが、2挺の拳銃の背で受け止められる。
『クロ……!』
『ああーもう! わかったわよっ! シュタムファータァッ!覚えておきなさい!』
そのまま拳銃の背で刀を押し返し、一瞬シュタムファータァの姿勢が崩れたかと思うと、2機のリーゼンゲシュレヒトの姿は消えていた。
そして校庭の塀を飛び越える二人の銀髪の少女の姿が見えたが、すぐさま消え去ってしまい、いくらシュタムファータァの大きさでも追うのは困難だった。
『っ……、はぁ、はぁっ……』
シュタムファータァが人の姿に戻り、校庭の真ん中に降り立つ。オレと伊崎も荷物を担ぐと、急いでシュタムファータァの元に向かう。
「シュタムファータァっ!』
「ヤスっちさん……ごめんなさい、アイツら、取り逃しちゃいました」
シュタムファータァが申し訳なさそうな表情を浮かべてそう言う。額の傷もあるというのに、なんて言葉を吐くんだろうかこいつは。
「そんなの、気にするな。イェーガーの時に比べたら初戦でオレが重傷負ってないだけで儲けモンだ」
そう言ってシュタムファータァの頭に手を当てる。普段のオレらしからぬ行動だとはわかっているが、ここまで頑張ってくれた相手に対して、何も労えないわけがなかった。
「重傷なんて負わないでください。今はハーゼだっていないんですから。それよりも……ヤスっちさん」
「ああ、わかってる」
シュタムファータァに言われ、さっきから一言もしゃべっていない伊崎と正面から向き合う。
「なんだ俊明? オレのことは気にせず会話をしてて構わないんだぞ?」
「伊崎、助けてもらっておいてこんなこと言うのは嫌なんだけどさ。お前、なんでリーゼンゲシュレヒトのこと知ってるんだ。病院でお前には話さなかったはずだ」
「そうだったけか?」
「はぐらかさないでくれよ伊崎。 オレは他でもないお前に怒りたくない」
幼馴染だからこそ気になるし、心配だし、聞いておきたいし、茶化してほしくなんかない。それは伊崎もわかってくれてるだろうと思う。
「わかった。なら真面目に、単刀直入に言おう。病院でお前たちの話を盗み聞きしていた。それだけの話さ」
「……っ……ああ、わかった。お前がそういうなら、それでいい」
伊崎の言葉が嘘なのはわかった。これでも長い付き合いだ。どことなく嘘を吐いているか否かはわかってしまう。
それに頭の良い伊崎のことだ。そんな伊崎が話す気がないのなら、これ以上聞いたってこれ以外の答えは返ってこないだろう。
「俊明、オレは千尋や俊明。そして、千春を守るための最善の行動しかしない。それは信じて欲しい」
「わかってるよ。それまで嘘だったら、オレは人間不信に陥ってる」
「ああ、ありがとう俊明。……さて、オレはそろそろ帰るとするよ。もう結構な時間になってしまったからな」
伊崎の言葉に釣られ、思わず空を見上げる。もう空は夕暮れから夜になろうとしていた。
「今日は助かった。ありがとう、伊崎」
「気にするな。さっきの言葉通り、オレはお前を守っただけだよ」
そうして伊崎がオレの横を通り過ぎる時、伊崎はオレの耳元で言葉を囁いて言った。
「よかったんですか? ヤスっちさん」
シュタムファータァの心配もわかる。元々リーゼンゲシュレヒトを知っていたと思われる人間をここで返していいのか、というのだろう。
「大丈夫だ。アイツがなんで知ってるのかはわからないけど、アイツが"セカイの意志"のスパイとか、オレたちの敵なんてことはまずねぇよ」
「わかりました。ヤスっちさんが、そう言うならそうなんでしょう。私はそこまであの人のことを知りませんから」
「ああ、安心しろ。……さて、とりあえずオレたちも帰ろうぜシュタムファータァ。お前の傷も手当てしなくちゃいけないだろ」
いくら普通より生命力が高いだのなんだの言っても、傷は傷だし、一応こいつも女の子だ。手当てしないと色々とマズいだろう。
「ヤ、ヤスっちさんが手当てしてくれるだなんて……、今日はこれから雪でも降るんでしょうか」
「あのな、オレってどんだけお前の中で冷たいヤツ扱いされてるんだ」
そんな日常会話を続けながら、オレはシュタムファータァと一緒に帰路を歩く。
だが、会話をしながらオレは、最後に伊崎が言った言葉が頭からずっと離れることはなかった。
「……俊明、シュタムファータァを使って揺籃を守るのは一向に構わん。だけどな、"リーゼンゲシュレヒト"そのものに深く関わるのは止めろ」
それはどういう意味なのか。単純に非日常に関わりすぎると、日常に戻れなくなるぞ、という警告の意味だったのか。
今のオレには、その言葉の真の意味を理解することはできなかった。