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機甲聖騎士ザイフリード:リファイン 第二話Aパート

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 磨き上げられた窓ガラスから、柔らかな朝の日差しが射し込んでくる。
 ほんのりと暖かい光線を顔に受け、窓のすぐ側に置かれている小さなベッドに横になっていたユキトが、ゆっくりとその目を開いた。
 ぼんやり眼で、天井を見やる。
 流石は貴族の邸宅だけあり、美しい白亜が視界中に広がっていた。この天井を見た回数も、既に五十回以上を越えている。
 ユキトは大きく欠伸を漏らし、ベッドから這いずり降りた。床もまた天井と同じく純白の大理石で出来ているため、少し火照った体にひんやりとした感覚が気持ちいい。
 イモムシのように床の上をのそのそと動き、彼はその動きを止めた。後、小さくいびきが続く。

「おい、起きろ! おい、ユキト!」

 そんな彼を呼ぶ声が一つ。
 彼に宛がわれた部屋は、彼一人が使うにはいささか広すぎる部屋であったが、しかしそこに同居人の姿はない。
 部屋に置かれているのは、小さなベッドと、数個の調度品。その内の一つに、木製のテーブルがあった。
 その上に置かれている輝素ランプ――ユキトに扱うことは出来ないが――の元は、金の鎖を通された小さな指輪がある。
 指輪は金色。主立った装飾は見えぬ、簡素な造りである。ただ、その内にはとある文字が刻まれていた。

「ユキト! 寝るな! ユキトォォォ!」
「……うっせえ」

《声》が、ユキトを呼ぶ。
 驚くべき事に、その声は指輪から発せられているものであった。
 声は、三十路前後ほどの男のものである。この指輪には、とある男の魂が乗り移っているのだ。彼は名をジークという。

 幸せな二度寝を邪魔されたユキトは、ジークの叫びに顔を顰めて、のっそりとその体を起こす。
 眠たげにその目を擦り、一言。

「五月蠅いんだよ……ジーク」
「こうでもしなければ起きないだろう、貴様」

 ふん、と鼻を鳴らすように、ジークが冷たく言い放つ。
 ジークの言葉にユキトはその眉を少し吊り上げ、そして我に返ったように嘆息し、肩の力を抜いた。ひらひらと、顔の前で手を振る。
 客観的に見ると、自分は非常に大人げないと気付いたからだ。十七歳にもなって、他人からの指摘を甘んじて受け入れられないのは恥ずかしい。

「……相手が指輪だってーと、更にな」
「いちいち五月蠅い奴だな」
「お前には言われたくない」

 言い返して、ユキトは立ち上がった。そのままジークを素通りするようにして、部屋の隅に備え付けられた洗面台へと向かう。
 蛇口を捻り、顔に冷水を当てる。水の冷たさが、眠気をどこか遠くに吹き飛ばしてくれるようだ。
 適当に身支度をすましたユキトは、これまた部屋に備え付けられているクローゼットに仕舞われていた黒い学ランを羽織り、気合いを入れるかの如く顔を両手で叩いた。
 この一連の流れは、《此方の世界》――ユキトにとっては異世界である――に飛ばされ、マナ=メアリス=エウリューデなる超ド級ダメ女の世話になってからの日課となっている。

 最後に、テーブルに置かれているジークを首からひっかければ、ユキトの装備は完璧だ。

「よし、行くかジーク」
「……うむ」

 何だかんだで、二人は仲が良い。

 ジークは、元々ユキトと同じく《此方の世界》に飛ばされてきた不運な男性であった。
 果たしてユキトが今現在置かれている時代とどれほどの差異があるかはわからないが、とにかく、飛ばされてきた世界自体はユキトと同じ、この世界だ。
 ジークは、元技術者であったという。この世界に存在する機動兵器――機甲騎士に、彼は魅せられた。
 彼はそれを動かしたい、駆りたいと願ったが、それは叶わぬ願いだった。彼は、この世界の民に与えられる先天的な能力を有していなかったから。
《此方の世界》にのみ存在する、謎の元素――輝素。此方の人々は、その大小、強弱はともかく、ほぼ全員が輝素を扱う能力を生まれながらに会得していた。
 そして、その能力こそが、機甲騎士を駆る上で最も重要なファクターであったのだ。

 ジークは悩んだ。悩み、悩み抜いた末、彼は一つの結論に至る。
 自分に駆れる騎士がないならば、自分も駆れる騎士を造ればいい、と。

 一見まともだが、その実非常に無謀とも思える彼の挑戦と情熱は、やがて、本当に一つの機甲騎士を造り上げるという結果を招いた。
 ジークは、勝利した。自らの目標を果たしたのだ。

 白銀の鎧をその身に纏う、誇り高き聖騎士を、ジークはその手一つで造り上げたのである。
 自らの夢を。また、来るべき時に、自らと同じ境遇の者の助けとなるようにとの想いを込め、その騎士は完成した。

 その名は、ザイフリード。
 機甲聖騎士、ザイフリードである――。

「……と、いうわけだユキト」
「ああ、そうだな、もうその話は五十三回目だ」
「む、しっかり数えているとは感心だな。もっと聞くか」
「いらん」

 ――などという話を、ユキトは耳にタコが出来そうになるほど聞いていた。
 自らを拾った女、マナ。彼女が発見した機甲騎士こそがザイフリードであり、ユキトは彼女の計らいでザイフリードに搭乗した。
 その際、おかしな世界に飛ばされ、そこで出会った男がジークである。
 辺り一面真っ白だったその世界で、ジークは靄のかかった不思議な男だったが、現実世界にいざ戻ると指輪に変身を遂げていた。全く驚きな話であるが、それが果たして五日ほど前の話だ。
 一日十回以上のペースで、ユキトはジークの独白を聞かされる羽目になっていた。

「恥ずかしがるなユキト。もっと私を知りたいという貴様の隠せおおせぬ思いがビンビンと伝わってくる」
「微塵も思ってないから安心しろ勘違い指輪野郎」
「ふ……、照れるな」
「照れてねえよ……」

 どこをどう誤解すれば自分が照れているという結論に至るのか、ジークの思考回路を一瞬疑ったユキトは、「指輪だから仕方ない」と無理無理納得し、邸宅脇に供え付きの工房へとその足を向けた。
 工房には、件の聖騎士ザイフリードが置かれている。ザイフリードとの契約――ユキト自身にそんな意志はなかったのだがジーク曰く既に搭乗者認証は済ませてしまったらしい――からここ毎日、ユキトは朝早くからザイフリードの調整のため工房に向かうのが日課となっていた。
 マナの生家エウリューデは没落の一途を辿っているながらも立派な貴族であり、それに拾われた雪人は特にやることが無く手持ちぶさたにしていたので、このように自分にしかできない仕事ができたのは喜ばしいことである。
 ちなみに操縦もしてみたが、ユキトはどうやら飲み込みが早いらしい。相手がいないものの、格闘などの動作はある程度問題なくこなせるようになっていた。実戦で使えるかはともかく。

「……あれ?」

 工房の入り口に辿り着き、横開きのドアに手を掛けたユキトは、その不自然さに眉を顰めた。鍵が開いている。
 マナは最近工房に出入りしていない。彼女は籍を置く技術研究所に提出するレポートを纏めるため、毎日自室に籠もりきりであるからだ。
 また、風呂に入っていないことが発覚して以来、ユキトが彼女を毎晩風呂に連れて行く仕事を担い、かつ入浴後の外出を禁じているため、マナが閉め忘れたと言うことはないだろう。
 ならば一体、誰が?
 ユキトの脳裏に浮かぶのは、何にせよ歓迎すべき事態ではなかった。
 ジークも彼の思うところを理解したのだろう。押し黙って、ユキトの胸元で揺れている。

「入るぞ」

 自分に言い聞かせるよう、ユキトはドアを静かに開いた。

 果たしてそこにいたのは、一人の男であった。男はこちらに背を向け、工房の中心に置かれたザイフリードを見上げている。
 そのため顔は見えなかったが、こちらにその存在感を主張するマントと、それに施された金の刺繍を見るに、そこそこ地位の高い男であろう事が推察できる。
 そんな高貴な者がこんな所に忍び込むだろうか、とユキトは内心首を傾げつつも、油断無くその男に近づいていった。

「うーむ……確かにこれはなかなか」

 件の男は接近するユキトに気付く素振りを微塵も見せず、ただただザイフリードの姿に感銘を受けているようだった。心なしか、胸元のジークが胸を張ったような気がする。
 ユキトはさらにその男に近づき、その肩に手を掛けた。ザイフリードに感嘆するその姿を見る限りでは、悪人のように思えなかったからだ。

「ん? おや……君は……」

 振り向いた顔は、ユキトより少し大人びた雰囲気を持つ青年のものだった。無邪気な雰囲気を隠さないその青年にユキトが安堵のため息を漏らそうとした時、

「――ッ」

 背中に、妙に寒気を感じた。それは俗に言う殺気というものだったが、ユキトには知る由もない。
 ただ、勘、本能のままにユキトは膝を折って体を屈め、そのまま前方に転がった。と、同時、背後の空気を素早く斬る音が耳に入る。
 ただ今はとにかく間合いを取りたくて、ユキトは服が汚れるのもお構いなしに、油塗れの床を転がり、勢いよく立ち上がった。
 ユキトの視線の先には先ほどの青年と――一体どこに隠れていたのだろうか――そのすぐ側で剣を構える、軍人然とした青年が一人。先ほどの空気を裂くような音は、彼の振るった剣によるものだろう、とユキトは一瞬で理解した。
 あれを喰らっていれば、良くて大怪我、下手をすれば死亡確定である。はやる心臓を宥めつつ、ユキトは怒りに任せその口を開いた。

「何なんだいきなり!」
「――まさか俺の不意打ちを避けるとは」

 剣を振るった青年が、感心したように漏らした。命を奪われそうになった本人としては、非常に嬉しくないお言葉である。
 ユキトは自分の言葉に応えようとしない男に今一度文句を言おうと口を開き、そして少しでも隙を見せた自分の行動を後悔した。
 青年が、剣を構えこちらへ向かってきている。

「なんでだよっ!?」

 ユキトの必死な叫びに答えるはずもなく。謎の剣士はユキトの命を刈り取らんとすべく、猛然とこちらへ向かってくる。
 一瞬で詰められた間合いに恐れおののく暇もない。体を無理矢理に後方に捻ることで、横薙ぎに振るわれた剣の軌道から何とか抜け出す。
 ユキトの腰があった位置を、素早く抜けていく刃。あれに当たっていれば確実に上半身と下半身が永遠にお別れだ。ユキトは背筋を流れる冷たい汗を感じながらも、多少冷静に、相手の次の行動を予測しようと試みた。
 だが、ユキトに実戦経験などというものはない。いくら考えたところで、経験の無い事態に関しての推察は困難を極める。

「ちっくしょおおおっ!」

 叫んで、ユキトは勢いよく地を蹴った。バックステップ。ただ今は、相手との間合いを取ることが重要だろうと判断したためだ。
 その判断は正しかったらしく、相手は先ほどの状態から一歩踏み込み、横薙ぎに振り切った剣を返すように切り払った。そのあまりの速さに空気が揺れる。
 ユキトは自身の幸運に感謝した。あそこで前進あるいは左右に避けていれば、今頃マグロよろしくユキト=シドウ解体ショーの餌食であろう。
 胸を撫で下ろしつつ、しかし緊張は保ったまま、ユキトは相手の一挙一動に精神を傾ける。

「また避けるとはな! 面白れぇ!」
「面白くねぇよこっちは!」
「まだまだ行くぜ!」

 完全にこちらの話を聞いていない。こういうのを戦闘民族だとかバトルキ○ガイだとか言うのだろうか。
 とにかく話が通じない相手であることはわかったので、ユキトは覚悟を決めて剣士に相対することにした。
 相手は得物に剣を持つ。中程度の長さのそれは幅広で、あの男の腕前を見るに一撃喰らえば致死傷確定レベルの代物だ。
 対する自分に武器は無し。装備しているのは何の役にも立たない指輪と、学ランだけ。これでどう立ち回ればいいのか、ユキトには全くわからない。
 この剣士の連れであろうマント装備の青年は、人の良い笑みを浮かべたまま、ただこちらを見ている。どうやら自分を助けてくれるようには思えないので、ユキトは青年の事をいったん頭の中から排除して、剣士を視界の中心に収めた。
 胸元のジークに話しかけることで、この不可思議な状況に振り回されそうな自分の気持ちを静めることにする。

「ジーク、俺に勝機があると思うか」
「いや」
「冷静な判断を本当にありがとう」

 じりじりと、剣士が距離を詰めてくる。その威圧感に呑まれそうになって、ユキトは、ぐ、と唾を飲み込んだ。
 握った拳は、既に汗でじっとりと濡れている。とにかく、避けることだけに専念しなければならない。
 相手の動作に細心の注意を払うのだ。一瞬のミスが、文字通り命取りになる。

「行くぜぇ!」

 声。
 同時に、剣士がその身を躍らせた。軽く地を蹴り跳躍。握った剣を後方に捻るようにして力を溜めながら、一瞬で間合いを詰めようと迫ってくる。
 あの体勢であれば、横をすり抜けるように転がれば剣戟を避けることが出来よう。そう判断を下したユキトは、姿勢を低くしつつ、宙から少し浮く剣士の右脇を転がりすり抜け――、

「甘い!」
「ッ!?」

 ――ようとしたところで、脇腹に衝撃が走る。蹴られたのだ。
 あの不安定な体勢から、一気に蹴りへと持ち込まれた。ユキトの腹を抉るが如くめり込む相手の爪先が、鋭い痛みを伝えてくる。ユキトは短く呻き、無理に踏ん張ろうとせずにそのまま蹴りを受けた。
 相手の蹴りの勢いを殺さなかったため、ユキトはボールのように軽く吹っ飛ぶ。そしてそのまま、工房の脇に積まれている騎士用パーツ類の中にダイブした。
 頭やら肩やらを打ち付けたが、その判断はやはり正解だった。自分の足元に剣を振り下ろした形を見せる剣士が、痛みで滲む視界に入る。

「わざわざ吹き飛ばされて俺の剣を避けたのか!」
「……まあ、なんとなく……予想は、ついた……」
「お前、素人じゃねえな」

 素人です、と答えたかったが、ユキトにはそう言うだけの気力もなかった。
 地に手をつき、ユキトはゆっくり、おぼつかない足取りで立ち上がる。その瞳は、怒りに染まっていた。
 突然の襲撃。理不尽な展開は、二月もマナの世話をすることで神がかった忍耐力を手に入れたユキトですら、我慢ならないものだった。
 近くに放りっぱなしにされていたスパナを手に取る。ずっしりとした重みと、鉄特有の冷たさが両手に伝わってきた。
 モーメントの関係で柄が長く取られているため、そのリーチは相手の剣には及ばないながらも、十分な長さを誇る。

「ええい、ままよ!」
「お、やる気だな!」
「流石にやり返さねえと気がすまねえんだよ! 世の中理不尽すぎんだよおおおああああ! 出番がないのは御免だああああああ!」
「そうじゃなきゃ俺の相手は務まらねぇぜぇぇぇぇ! 全力で来いよおおおおおお! 空気が舐めるなあああああああ!」

 お互い訳のわからないことを口走っていると言うことに気付いているのだろうか。
 ジークはユキトの胸元で静かに嘆息し、もう一人の青年に意識を向けた。
 静かに微笑み、事態を見守るあの青年。当然この時代の人間らとは面識のないジークの記憶にはないが、知り合いに似た面影を持っているようだ。
 もしその予感が正しければ、あの青年は――、

「超スパナ上段斬りィィィィィィ!」
「受けるぜどっせェェェェェェい!」

 ユキトの振り下ろすスパナと、振り上げられた剣士の剣がぶつかり合い、大気を揺らした。金属同士がぶつかり合う甲高い音が工房内に響く。そしてそのまま拮抗。
 お互いの得物に力を込め、凄まじい形相の二人が相対する。特にユキトは、普段さほど感情を表に出さないためにこの変わり様は凄まじかった。眼が血走っている。
 二人は一歩も退かず、ただ相手を押しのけ一撃を決めるという事だけに全身全霊をかけていた。

「テメエ退きやがれ!」
「お前こそ退け!」
「いきなり襲いかかって来やがって!」
「俺は自らの職務を全うするだけだ!」

 二人が、鍔迫り合いを演じながら不毛な争いに身を投じる。
 流石にこのままでは埒が明かない、のと同時に、ユキトが危ない。嘆息したジークは、一つの賭けに出ることにした。
 自身の予感が的中していればいいのだが。少し不安を抱えながら、ジークは口を開く。

「おいギュグレ、二人を止めろ」
「……おや」

 さほど大きい声でなかったが、ジークの言葉は十分な効果を発揮した。
 今まで静かに立っていただけの青年が、たった一言でその表情を変えたのだ。静かな笑みは消え、幾分か神妙な面持ちをその顔に湛える。
 そして静かにユキトと剣士の方へと向かってきた青年は、短く言葉を発した。

「剣を降ろせ、ケイ」
「はっ」

 青年の命令に、ケイと呼ばれた剣士が一も二もなく反応し、その手に握られていた剣を静かに降ろした。
 対するユキトも、スパナを握る腕をだらり、と垂らす。状況の急展開ぶりに、頭がついて行っていないらしい。
 青年は間抜けな顔を見せるユキトに苦笑を漏らし、ケイに語るのとは違う、優しげな声を出した。

「ケイの手荒な真似を許してすまなかった。君の実力を推し量りたかったというのもあるのだが……すまない、この通り、詫びよう」
「え、あ、うぇ、いや土下座とかしなくて良いから!」
「そうですサイアス様! 土下座ならこの俺が!」

 そう言って、ケイがサイアスと呼んだ青年の隣に並び、二人揃って土下座する。
 どういう状況なのか、ユキトには全く理解が追いつかなかった。今日は今までで一番訳がわからない日だ。

「その……命があるからもう良いよ」

 きっとこの二人は無理矢理にでも話を纏めなければ永遠に土下座し続けるだろう。そんな確信めいた予感を感じ取ったユキトは、二人に立つ事を促した。
 素直に応じたサイアスとケイが、改めてユキトに向かい直る。
 そして、柔和な笑みを浮かべたサイアスがゆっくりと言葉を紡ぐ。

「自己紹介をさせてもらおう。僕はサイアス=グラム。役職は王国西方領土方面軍司令官。言うなれば……将軍、かな」
「同じく王国西方領土方面軍所属。一級輝術士、ケイ=フォルシアだ。よろしくな!」

 二人の仰々しい肩書きにユキトが息を呑んだ。二人は軍人。かつ、一人は将軍……。将軍……?
 とにかく、二人が位の高い軍人であると言うことだけはわかった。直感で理解した。

「しょ、将軍サマですか」
「おっと、そんなに畏まらないでくれ、ユキト」
「……え」

 サイアスの言葉に、ユキトが一瞬言葉を詰まらせた。自分はまだ自己紹介していない。
 いったい、何故自分を知っているのか。もしや、《此方の世界》に飛ぶ羽目になった手がかりを知っているのでは――。

 そんなことを考えていたのがバレたのか、サイアスはくすり、と笑って、何かを弁解するように言った。

「いやあ、ごめん。マナから手紙で君の話は色々聞いているからさ」
「……マナ……、って、あのマナ? マナ=メアリス=エウリューデ?」
「そう。あのエウリューデ卿は、僕の数少ない友人でね」

 両手を広げ、サイアスが悪戯っぽく笑う。
 どうやらこの男、マナのダメ女加減を知っているようだ。ユキトも、釣られて笑みを漏らした。

「おや、やはり君もマナのダメ加減にはウンザリしてそうだ」
「そりゃなあ……。料理が出来ないからって一週間飲まず食わずだったこともあるし……」
「ああ……。そういえばマナは昔から風呂が苦手だったな」
「今は俺が無理矢理入れてるけど、最近は服を着せろと来たもんだ……」
「君も大変だね……。僕も昔彼女の世話で胃に穴が開きそうになったよ」
「ああ、俺開いてるかもしれん。なあ将軍サマよ……アイツを更正させてくれないか」
「うーん、王国中の総力を上げても無理だと思うなあ」
「だよな。わかってたことだった」

 言って、二人はははは、と笑い合った。お互いの苦労を分かち合える人物がすぐ近くにいること。それは実に素晴らしいことだと気付いたのだ。ユキトは既に、サイアスに対する畏敬の念というものを捨て去っていた。
 あるのはただ、同胞に対する共感と、マナに対する、ほんの少しの、静かな怒りだけである。

「……勝手に言ってくれるわね」

 だから、耳元に飛び込んできた少しだけ不機嫌な声に、ユキトとサイアスは二人して飛び上がった。
 二人のすぐ側に、いつの間にかやってきていたマナがいた。

 マナの登場から半時間ほど流れて、エウリューデ邸応接室。
 ガラス製のテーブルを挟んで、ユキトとマナ、サイアスとケイが向かい合ってソファに座っていた。
 マナはやる気のなさそうな瞳でサイアスを見据え、サイアスは涼しげな顔でその視線をただ受け止めている。サイアスの隣ではケイがどことなく期待の籠もった眼差しでユキトを見てくる。
 どうにもこうにも居づらいこの雰囲気に耐えきれず、ユキトは沈黙を破って声を上げた。

「おい、いったいどういうことなんだ」
「……どうって?」

 不思議そうに、マナが首を傾げる。どうって、と言えばそれは目の前に座る二人の青年についてのことだ。
 二人の正体については短いながらも説明を受けてはいるが、ユキトはまだ詳しいことを聞いていない。
 何故そんなお偉いさんがこのような辺鄙な土地にやってくるのか。その理由がわからない。
 ……まさか、自分を軍に徴集する気なのだろうか。

「先ほど説明したとおりだよ、ユキト。僕らは軍人で、今日はたまの休暇なんだ。それで、マナの手紙にあった少年――君と、彼女が掘り当てたという機甲騎士をこの目で見に来たのさ」
「ちなみに俺はサイアス様の護衛な」

 杞憂でした。
 サイアスが人の良い笑みを浮かべながら語り、それにケイが続く。
 ユキトはある程度納得したが、マナは憮然とした表情を崩さないままである。
 どうしたんだ、と尋ねる前に、マナが口を開いた。

「勝手に工房の扉を開けるなんて……。事前に連絡をくれればいいのに」
「え? 勝手? 鍵なら開いてたけどなあ」
「大方ユキトが閉め忘れたんじゃないですか?」

 ケラケラと笑ってケイがそう指摘する。その内容に、ユキトは、げ、と顔を顰めた。
 自分としては鍵を閉め忘れたなどと言う不名誉な事実を認めたくないのだが、そもそもマナはアリバイがあるし……。
 無表情でこちらを見つめてくるマナに、ユキトは素直に謝罪した。どのみち負けだ。

「……ごめんなさい」
「わかれば宜しい」
「……ふふ、ところでユキト、一つ尋ねたいことがあるのだけれど」
「んん?」

 話題を振られ、ユキトがサイアスの方に顔を向けた。
 サイアスはユキトの胸元に視線を落とし、静かに尋ねる。

「君のその指輪……、ただの指輪じゃないよね?」
「え? ああ……」

 正直に語って良いものだろうか、とユキトが逡巡する。
 物言う指輪なんです、と言ったところで信じて貰えるか定かではない。が、この人の良さそうな青年を騙すというのもどうにも気が引ける。
 うぅむ、と唸り始めたユキトを余所に、サイアスの問いに対して胸元から声が上がった。

「ただの指輪ではない」
「指輪が……喋った?」
「っておい! 俺の逡巡は無駄か!」
「ふん……別に隠すほどのことでもあるまい」 

 全くその通りではあるが、傍から見れば世界の七不思議にランクインして良いほどの不思議生命体である。
 たかが指輪が声を発するなんていったいそれどこのファンタジーだよ、とツッコみたい。激しく。

「へぇ……物言う指輪、か。色々知ってそうだね。よろしく頼むよ」
「ああ。ジークだ」
「サイアス=グラム。よろしく、指輪さん」
「……まあ良いだろう」

 ジークとサイアスが親交を深めているその隣。
 いつの間にか対面からこちら側へとやって来ていたケイが、ユキトの首に腕を回し、ジークを興味深そうに見つめていた。
 男に半ば抱きつかれる形となる。暑苦しいし、妙に馴れ馴れしいし、地獄である。

「おい離せ」
「良いだろ? 俺は今この指輪に興味津々なんだよ。物言う指輪ってのは珍しいよなあ」
(当たり前だろ……。マナもそうだったけどインパクト薄いのか?)

 五日前にジークと出会い、彼が物言う指輪であるとマナに伝えた時――ユキト本人としては非常に勇気の必要なことだったのだが――も、さほど驚いたような反応はなかった。「珍しいわね」などと一言で片付けられたため、必要以上に緊張していた自分をどこか惨めに思って目頭が熱くなったのは秘密である。
 しかしこのケイという男、先ほどは自分を殺す気で剣を振りかぶってきたくせに、今や長年の友人と言わんばかりの馴れ馴れしさである。ユキトは辟易すると同時に、その人柄を少し羨ましくも思った。

「おい……暑苦しいんだが……」
「気にすんなってユキト。俺らはもう既に友人だ。なら問題ない!」

 いや待て友人だなんて認めてない、というユキトの言葉は発する前に封じ込まれた。胸元の指輪が声を発する。

「うむ、ユキトは友人がいないから仲良くしてやってくれ、ケイ」
「だってよ! 保護者のジークもそう言ってることだし仲良くやろうぜ!」
「誰が保護者だよ誰が……こんなド腐れ金ピカ指輪野郎が保護者なんてまっぴら御免だ」
「口が悪いなユキト……、そんな子に育てた覚えはないのに……」
「そうだぜユキト……、親父を悲しませるなんて息子の名折れだぞ……。死んだ母ちゃんが泣いてるぜ……」
「……もう勘当しかないのだろうかな……。すまんシェスカ……、私一人ではユキトを真っ当な道には育てられんかった」
「……やむを得ないな親父……。母ちゃんには悪いが……ううっ」
「誰が息子だコラ。育てられた覚えなんざサラサラねえよ、っつーかシェスカって誰だよ! それよりケイ、お前の立ち位置は何なんだよ!!」

 漫才をいきなり始め出した指輪とケイに、ユキトのツッコミが炸裂する。
 二人が一瞬で黙りこくり、ユキトは少し溜飲を下げたのだが、ケイが――何となくジークも――ニヤリと笑ったような気がして、ユキトは本能的に距離を取ろうとした。
 が、がっちり腕を回されているため離れようにも離れられない。ニヤリと良い笑みを顔に貼り付けたまま、ケイは語る。

「ツッコんだな、ツッコんだな、ユキトぉ」
「だ、だからなんだよ……」
「この地には昔から伝わる格言がある……」
「そうだ。『ツッコミ、其れ即ち友人の証』ってな。王国の歴史書にも書かれた有難い言葉だぜ」
「そうだぞユキト。もはや言い逃れは出来まい。大人しく認めろ。ケイはお前の友人、私はお前の保護者だ」
「は、激しく嘘くさい……」
「……ちっ、バレたぜ親父」
「まずいな……、正直ユキト程度なら騙せると思った」
「同感だ。だが中々強敵だぜ……くっ」
「おい、……お前らノリだけで会話してるだろ、なぁ、おい……」

 何とか喉の奥からツッコミを絞り出しはするものの、ユキトの威勢は心なしか萎んでいった。


 なんかもう、この二人にはどうやっても勝てない気がする。

 アホな三人組が漫才を繰り広げている頃。
 マナとサイアスの二人は、応接室を出て、人気のない廊下で話し込んでいた。
 マナが、サイアスを連れ出したのだ。この男とは長い付き合いになるが、相変わらずの事ながら行動が読めない。
 今回いきなり訪れたことにしてもそうだ。だから、彼女は真っ先に話を切り出した。

「それで、どうして今来たの? 手紙を送ったけど、それただの自慢よ」
「それでも興味深くてね。勝手に見せてもらったけれど、あれはなかなか興味深い」
「……あげない。そもそもユキトにしか動かせないから無意味だわ」
「無理にもらう気もないよ。接収する気もない。ただ……、彼がいれば、あの騎士は動くわけだ。貴重な情報ありがとう」
「……、ユキトをどうする気? 軍に入れるの? 私は反対よ」
「どうもしないさ。軍に入っては欲しい。が、無理に入れるつもりはないんだ。強いて言うなら――」
「……何?」
「――向こうから入ってくれるようにするって事かな? 僕たちには戦力が足りないからね」 
「そんなこと、どうやって」
「僕の作戦を説明しよう。第一段階だけ、ね。僕らが守るエンリル西方砦が擁する騎士はおよそ三十。
 内半分はメンテナンス中、残った騎士のその半分は哨戒中。
 つまり砦に残るは七体前後……。僕とケイの二人が抜け、砦の防衛に出られるのは実質五機。
 さて、そこに、今にも砦を落としたくて仕方ない連邦東方軍に面白い噂を流したらどうなるでしょうか。
『将軍サイアスは不在、砦の戦力は五体前後』とね」

 人の良い笑みを浮かべたまま、サイアスが静かに語る。だがその内容は酷いものだった。
 元々サイアスは王国中枢との折り合いが悪いため、草木の生えぬ王国西方軍司令官に収まっている。
 しかし、自身が僻地に飛ばされるだけならともかくとして、彼に与えられた人員、機甲騎士の数は他の要所と比べても段違いに少なかった。
 だというのに、たった五体の機甲騎士で、王国の肥沃な大地へ攻め上がる足がかりとしてエンリル西方砦を欲する連邦東方軍の部隊を相手取るというのは無茶がある話だ。

「サイアス、貴方……部下を危険に晒すの?」
「いや、むしろ部下を信頼してのことだよ。トラップ等々は存分に仕掛けてある。苦戦は強いられるだろうけどね」
「……危険に晒すのは変わりないじゃない」
「まあ、ね。でも残った部隊を指揮するのはクレセントだ。彼女が万が一……いや、億が一にでも負けると思うかい?」
「…………あの娘は……負けはしないわ」

 何か辛い思い出を思い出すように、マナがふさぎ込んだ声で無理むり絞り出した。
 彼女の言葉に、サイアスは満足げに頷き、言葉を続ける。


「その通り。さて、そこに僕らが駆けつける。手を出せず、ただ攻撃を受け流すだけの防衛戦の最中、現われるは白銀の騎士
と……。まさしくヒーローになり得るわけだ。陳腐だけど印象としては十分だよね」
「……ユキトを嵌めるのね。祭り上げる気?」
「人聞きが悪いな。何が何でもユキトにはこちら側へついてもらうだけだよ。ただ、無理矢理じゃない。彼の希望でこちらについてもらう。それくらいの自由はあるよ」
「与えられた状況で、自由だなんてね。選択肢なんてあって無いようなものよ」
「気付かなければ良いだけさ」
「……貴方に、手紙を送るべきじゃなかったかも知れないわ。いえ、送るべきじゃなかった」
「戦いに身を投じるのは、騎士を駆る者の宿命だよ。彼も騎士を駆る者だ、違うかい」
「勝手ね」
「人の上に立つ者は、いつだって勝手なものなんだ。そうじゃなきゃやってられない」
「そう……。貴方、やるつもりなのね」
「勿論。二月ほど我慢してくれれば、ユキトは、静かにここで暮らせるようになる。それまで力を貸して欲しい」
「ユキトのことは、ユキトに決めさせるわ。私は……」
「……約束を果たしたい」

 口をつぐんだマナの腕を掴み、サイアスが抱き寄せた。背中越しに腕が回され、自身がサイアスの体に押しつけられるようになる。
 マナは、為すがままに、その体をサイアスへと預けた。互いの距離が近づいたため、互いの息遣いが聞こえるほどまでになる。
 マナは敢えて、サイアスの顔を見ないよう、彼の肩近くにその顔を埋めた。


 本当に、この幼馴染みは勝手だ。いつだって、自分の思うが侭に生きている。
 そしてどこかに、そんな彼を憎めない自分がいる。自分の生き方に、少し似ているからなのだろうか。


「ただ、約束を果たすには……今の僕ではまだ足りないからね」
「……」
「約束……。元は親同士のものだったけれど、僕は本気だ。必ず君を、僕の隣に迎える」
「サイアス……、でも、それは」
「……悪いけど、ユキトに、君を渡すつもりはないからね」

 優しげな手は、静かに、マナの頬を撫でる。
 決して乱暴ではなく、だが一種の激しさを持って、サイアスはマナの顔を上げた。
 伏し目がちな表情が、より一層、サイアスの心を掻き乱す。

「……マナ――」
「ん――っ」

 優しい唇が、降りてきた。


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