小学一年の秋だったと記憶している。
ようやく背中に馴染んできた赤いランドセルを揺らしながら、悪山エリスは住宅街を歩く。小さな歩幅。変わるはずもない金髪に碧
眼。子どもっぽい髪型も今と同じく。祖父から貰った青いリボンのために、頭の左右が少し重たい。
先生の言いつけを破って、日が暮れるまで友達と遊んでの帰りだった。
灼きつくオレンジの光を発しながら、太陽が西方の大地に溺れている。もう間もなく、安らかな夜が来るのだろう。わけもなく涙が
滲む、不思議な時間だった。
エリスはふと爪先を止めた。
(……あれ?)
夕陽の中に、何かがいる。猫の瞳のように太陽を分かちながら、それは立っていた。古代中国人が太陽に棲む烏だと説明したという、
肉眼黒点などでは断じてない。エリスの行く手に待ち受けていた何者か。
彼は、いちおうは、人間だった。痩せていて背が高く、きちっとした黒いスーツを着て。
足下から伸びる十字の影は、朱に染まる車道を冷たい黒に切り抜く。それは地獄に通じる門で、恐ろしい魔物達がこちらをじぃっと
覗いている。絵本が大好きだったエリスは、そんな想像をして震えた。
「おかえりなさい、悪山エリスちゃん」
不気味な猫撫で声。聞き覚えはない。知らない男の人。
腕を左右に広げるのは、危害を加えるような物は持っていないという表明だったのだろう。しかし、幼い少女の目にそれは、獲物を
通せんぼうする、巨大な猛禽の翼としか映らない。そしてその解釈は、正しかった。
「エリスちゃんのおじいちゃんのことで、お願いがあるんだけどね」
磔にされたようなシルエットの男が近づいてくる。足捌きは軽やか。一歩。また一歩。気がついたときにはもう。
逃げたいけれど、足が棒のように竦む。悲鳴を上げたいけれど、心臓を鷲掴みにされたように息ができない。
「協力してくれるの? ありがとう! まさに奇跡だ」
男は強引に決めつけ、確かそういった。奇妙な言い回しを覚えている。
暗闇を纏った怪人の魔手が、人形を弄ぶ手つきでエリスの頬に伸ばされる。強く眼を瞑った。
(そのあと)
悪夢が覚める。
悪山エリスは、十年分の時間を取り戻した。
胸を痛いほどに荒々しく突き上げる心臓。細首の裏を血流が駆け昇っていく。体の硬直はそのまま、碧眼だけが見開かれている。
そこは既にあの恐怖の街角ではなく、自室に備えつけた寝台の上だった。柔らかな布団にくるまれて。カーテンの隙間から、金色の
陽射しが降り注いでいる。
(そのあとは、どうしたのだっけ?)
危険な男に誘拐されそうになったという、幼い頃の記憶。
それまでは十年前とは思えないほど鮮烈だというのに、以降のビジョンは鋏で切りとったかのように不自然な空白になっていた。男
のいう“おじいちゃん”にも訊ねたことがあったが、彼らしくもないボケた振りで躱された。
何事もなく済んだ。しかし何かがあったのだ。
エリスは無意識に、やけに大きなティラノサウルスのぬいぐるみを枕元から手繰り寄せていた。それもエリスに甘い祖父・悪山悪男
からの贈り物だった。怖い夢を見ても、それをぎゅぅっと抱き締めていれば、心が落ち着くまでそれほどの時間は要らない。
掛け布団を押し退ける。カーテンを開いて、エリスは東を向いた窓から外に目をやった。
山の稜線から、夜明けの光。
希望の朝を迎えて、それなのにエリスは、未だ悪夢の冷めやらないような薄ら寒さを感じていた。
ようやく背中に馴染んできた赤いランドセルを揺らしながら、悪山エリスは住宅街を歩く。小さな歩幅。変わるはずもない金髪に碧
眼。子どもっぽい髪型も今と同じく。祖父から貰った青いリボンのために、頭の左右が少し重たい。
先生の言いつけを破って、日が暮れるまで友達と遊んでの帰りだった。
灼きつくオレンジの光を発しながら、太陽が西方の大地に溺れている。もう間もなく、安らかな夜が来るのだろう。わけもなく涙が
滲む、不思議な時間だった。
エリスはふと爪先を止めた。
(……あれ?)
夕陽の中に、何かがいる。猫の瞳のように太陽を分かちながら、それは立っていた。古代中国人が太陽に棲む烏だと説明したという、
肉眼黒点などでは断じてない。エリスの行く手に待ち受けていた何者か。
彼は、いちおうは、人間だった。痩せていて背が高く、きちっとした黒いスーツを着て。
足下から伸びる十字の影は、朱に染まる車道を冷たい黒に切り抜く。それは地獄に通じる門で、恐ろしい魔物達がこちらをじぃっと
覗いている。絵本が大好きだったエリスは、そんな想像をして震えた。
「おかえりなさい、悪山エリスちゃん」
不気味な猫撫で声。聞き覚えはない。知らない男の人。
腕を左右に広げるのは、危害を加えるような物は持っていないという表明だったのだろう。しかし、幼い少女の目にそれは、獲物を
通せんぼうする、巨大な猛禽の翼としか映らない。そしてその解釈は、正しかった。
「エリスちゃんのおじいちゃんのことで、お願いがあるんだけどね」
磔にされたようなシルエットの男が近づいてくる。足捌きは軽やか。一歩。また一歩。気がついたときにはもう。
逃げたいけれど、足が棒のように竦む。悲鳴を上げたいけれど、心臓を鷲掴みにされたように息ができない。
「協力してくれるの? ありがとう! まさに奇跡だ」
男は強引に決めつけ、確かそういった。奇妙な言い回しを覚えている。
暗闇を纏った怪人の魔手が、人形を弄ぶ手つきでエリスの頬に伸ばされる。強く眼を瞑った。
(そのあと)
悪夢が覚める。
悪山エリスは、十年分の時間を取り戻した。
胸を痛いほどに荒々しく突き上げる心臓。細首の裏を血流が駆け昇っていく。体の硬直はそのまま、碧眼だけが見開かれている。
そこは既にあの恐怖の街角ではなく、自室に備えつけた寝台の上だった。柔らかな布団にくるまれて。カーテンの隙間から、金色の
陽射しが降り注いでいる。
(そのあとは、どうしたのだっけ?)
危険な男に誘拐されそうになったという、幼い頃の記憶。
それまでは十年前とは思えないほど鮮烈だというのに、以降のビジョンは鋏で切りとったかのように不自然な空白になっていた。男
のいう“おじいちゃん”にも訊ねたことがあったが、彼らしくもないボケた振りで躱された。
何事もなく済んだ。しかし何かがあったのだ。
エリスは無意識に、やけに大きなティラノサウルスのぬいぐるみを枕元から手繰り寄せていた。それもエリスに甘い祖父・悪山悪男
からの贈り物だった。怖い夢を見ても、それをぎゅぅっと抱き締めていれば、心が落ち着くまでそれほどの時間は要らない。
掛け布団を押し退ける。カーテンを開いて、エリスは東を向いた窓から外に目をやった。
山の稜線から、夜明けの光。
希望の朝を迎えて、それなのにエリスは、未だ悪夢の冷めやらないような薄ら寒さを感じていた。
※
繁栄を極める国際都市テクニッ京、人類の叡智が集密する大メカロポリス区の地下奥深く。無限の闇黒に、蟻の巣のように張り巡ら
された空間があることを知る者は少ない。
三次元の拡がりを持つ広大な迷路だ。
ひと度そこに足を踏み入れれば、まずもって生きては帰れまい。いかな洞窟探検の達人であろうとも。あらゆる障害を予測した完全
装備であろうともだ。
幾重にも続く気の遠くなるような試練の門を越えたとしても、かのラビリントス大迷宮を思わせる複雑な構造が侵入者を阻むだろう。
一寸先の闇に待ち受けるのは、殺人をも厭わぬ番兵か、死の罠か。
「相変わらずここは、昆虫の死骸のような臭いがしますね」
しかし見よ。魔物が棲むとしか思えぬ陥穽のことごとくを鮮やかに躱しながら、鈍色の迷い路を我が物顔で進む男がいる。骸骨のよ
うな痩身に黒いスーツ。
染みついた殺気を眼鏡でも覆い隠しきれない、それは危険なかほりの男。
「悪くない感じよ」
軽く振り返って、ワインでも嗜むように湿った空気を吸ってみせる。
唇に能面のような微笑を貼りつけた魔人こそが、この地下迷宮『魔窟Mk-Ⅱ』の主。暗号名をイッツァ・ミラクルと自ら名乗る、
さる巨大犯罪組織の重鎮である。
「恐縮です。最上級ワルジェント、イッツァ・ミラクル」
男の四歩ばかり後ろを追従する秘書が、眼鏡の傾きを整えながら、はきはきと答える。その名をレディ(女史)・ビジョン。限りな
く黒に近い灰色のスーツを着こなす女だ。『エージェント』をいちいち『ワルジェント』と言い習わすのは組織の意向でも何でもなく、
イッツァ・ミラクル個人のどうでもいいこだわりだったが、彼女は心酔する上司に己を同一化させる。
「ところでレディ、セイギベース3についての調査に進展はありましたか?」
報告を催促するイッツァ・ミラクルの声は、働きを試すような響きを帯びていた。
レディ・ビジョンは弾かれたように電子化されたバインダーを展開する。
「はっ。ネクソンクロガネのパイロット・田所カッコマンの正体が判明しております」
イッツァ・ミラクルは目を細めた。さながら鮮血を味わう悪鬼の相だった。
「早かったですね。あなたのような有能な部下を持てたこと、イッツァミラクル(それは奇跡です)」
「恐縮です」
最大級の賛辞に緩み掛ける口許を慌てて引き締め、レディは続けて詳細の説明に入る。
「まずロボヶ丘市を中心としたセイギベース3の管轄区及びその周辺一帯の男女について、姓名・性別・年齢による絞り込みを行いま
した。過去の出撃当時の現場不在証明がされた者を省きながら音声分析に掛け、声調や口調、言葉の組み立てや語彙などから性格・体
型・環境・教育的なバックボーンなどを推定。最後にロボットの操縦から推測される動作の癖と照合し、一名に特定されました。ドク
トルポイズンによれば、97パーセント強の確率で、彼が田所カッコマンです」
イッツァ・ミラクルはしきりに頷きながら、眼鏡のレンズに転送される膨大な資料に目を通していた。悪の巨大頭脳・ドクトルポイ
ズンが暇に飽かせて追加したという機能は多岐に渡る。
悪のマッドサイエンティスト・悪山悪男の場合は、あくまで自らの技術力の優越を披露したいがために、最強無敵ロボ・ネクソンク
ロガネと真っ向からぶつかり合った。
一方で武闘派市民団体E自警団の無力化を差し当たっての作戦目的とするイッツァ・ミラクルらは、当然のように組織力を背景にあ
らゆる手段を講じるのだ。プロファイリング捜査まがいの諜報活動もその一環である。
これまでとは全く違うタイプの“悪”に、田所カッコマンの危機が迫る!
「ふむ。前提として、タドコロという苗字を偽っている可能性はないのですか?」
暗闇をゆく悪の主従の質疑応答が始まる。
「偽名ですか? 念のため検索の条件には幅を持たせてありますが、ほぼ有り得ないと断言できます」
背筋を伸ばしたレディ・ビジョンの態度からは、根拠に裏打ちされた自信が見てとれた。
「というと?」
「やつらは阿呆です」
聞いた途端、イッツァ・ミラクルは大笑した。
確かに、これほどまでにあっさりと敵勢力に機密情報を掴まれるなど、危機管理が杜撰であるとしか言いようがない。そもそも消耗
品の雑兵ならばともかく、貴重な巨大ロボットの専属パイロットを調達するにしてはやり方がいかにも手緩い。
された空間があることを知る者は少ない。
三次元の拡がりを持つ広大な迷路だ。
ひと度そこに足を踏み入れれば、まずもって生きては帰れまい。いかな洞窟探検の達人であろうとも。あらゆる障害を予測した完全
装備であろうともだ。
幾重にも続く気の遠くなるような試練の門を越えたとしても、かのラビリントス大迷宮を思わせる複雑な構造が侵入者を阻むだろう。
一寸先の闇に待ち受けるのは、殺人をも厭わぬ番兵か、死の罠か。
「相変わらずここは、昆虫の死骸のような臭いがしますね」
しかし見よ。魔物が棲むとしか思えぬ陥穽のことごとくを鮮やかに躱しながら、鈍色の迷い路を我が物顔で進む男がいる。骸骨のよ
うな痩身に黒いスーツ。
染みついた殺気を眼鏡でも覆い隠しきれない、それは危険なかほりの男。
「悪くない感じよ」
軽く振り返って、ワインでも嗜むように湿った空気を吸ってみせる。
唇に能面のような微笑を貼りつけた魔人こそが、この地下迷宮『魔窟Mk-Ⅱ』の主。暗号名をイッツァ・ミラクルと自ら名乗る、
さる巨大犯罪組織の重鎮である。
「恐縮です。最上級ワルジェント、イッツァ・ミラクル」
男の四歩ばかり後ろを追従する秘書が、眼鏡の傾きを整えながら、はきはきと答える。その名をレディ(女史)・ビジョン。限りな
く黒に近い灰色のスーツを着こなす女だ。『エージェント』をいちいち『ワルジェント』と言い習わすのは組織の意向でも何でもなく、
イッツァ・ミラクル個人のどうでもいいこだわりだったが、彼女は心酔する上司に己を同一化させる。
「ところでレディ、セイギベース3についての調査に進展はありましたか?」
報告を催促するイッツァ・ミラクルの声は、働きを試すような響きを帯びていた。
レディ・ビジョンは弾かれたように電子化されたバインダーを展開する。
「はっ。ネクソンクロガネのパイロット・田所カッコマンの正体が判明しております」
イッツァ・ミラクルは目を細めた。さながら鮮血を味わう悪鬼の相だった。
「早かったですね。あなたのような有能な部下を持てたこと、イッツァミラクル(それは奇跡です)」
「恐縮です」
最大級の賛辞に緩み掛ける口許を慌てて引き締め、レディは続けて詳細の説明に入る。
「まずロボヶ丘市を中心としたセイギベース3の管轄区及びその周辺一帯の男女について、姓名・性別・年齢による絞り込みを行いま
した。過去の出撃当時の現場不在証明がされた者を省きながら音声分析に掛け、声調や口調、言葉の組み立てや語彙などから性格・体
型・環境・教育的なバックボーンなどを推定。最後にロボットの操縦から推測される動作の癖と照合し、一名に特定されました。ドク
トルポイズンによれば、97パーセント強の確率で、彼が田所カッコマンです」
イッツァ・ミラクルはしきりに頷きながら、眼鏡のレンズに転送される膨大な資料に目を通していた。悪の巨大頭脳・ドクトルポイ
ズンが暇に飽かせて追加したという機能は多岐に渡る。
悪のマッドサイエンティスト・悪山悪男の場合は、あくまで自らの技術力の優越を披露したいがために、最強無敵ロボ・ネクソンク
ロガネと真っ向からぶつかり合った。
一方で武闘派市民団体E自警団の無力化を差し当たっての作戦目的とするイッツァ・ミラクルらは、当然のように組織力を背景にあ
らゆる手段を講じるのだ。プロファイリング捜査まがいの諜報活動もその一環である。
これまでとは全く違うタイプの“悪”に、田所カッコマンの危機が迫る!
「ふむ。前提として、タドコロという苗字を偽っている可能性はないのですか?」
暗闇をゆく悪の主従の質疑応答が始まる。
「偽名ですか? 念のため検索の条件には幅を持たせてありますが、ほぼ有り得ないと断言できます」
背筋を伸ばしたレディ・ビジョンの態度からは、根拠に裏打ちされた自信が見てとれた。
「というと?」
「やつらは阿呆です」
聞いた途端、イッツァ・ミラクルは大笑した。
確かに、これほどまでにあっさりと敵勢力に機密情報を掴まれるなど、危機管理が杜撰であるとしか言いようがない。そもそも消耗
品の雑兵ならばともかく、貴重な巨大ロボットの専属パイロットを調達するにしてはやり方がいかにも手緩い。
「田所カッコマンには、既に万全の包囲網を敷いてあります。いつでも始末できますが、いかがいたしますか?」
「悩みますね。……しばらくは現状維持でもいいでしょう」
最強無敵とまで名乗る巨大ロボットを倒せば、死の商人としてはそれなりに宣伝効果もあるだろう。
イッツァ・ミラクルとしては、レディの調査がどう転ぼうとも、近いうちに私兵を投じて実力行使に出るつもりでいた。それに加え
て、直属ではないものの顔の利く巨大ロボット部隊“シロガネ四天王”を投入できるともなれば、勝利の未来はもはや揺るぎない。
「……フフ。悪の組織力を侮っているうちは、とてもミラクルなど起こせませんよ」
イッツァ・ミラクルは、自らの後ろ盾として聳える巨大な組織について思いを馳せる。
それを巨悪の中の巨悪と言い表す者もいる、諸悪の根源と形容する者もいる、一切の希望を残さぬ悪徳の匣と喩える者も少しは。
十数世紀に沙漠の七海を股に掛けた死の隊商に端を発するという、国際犯罪組織だ。
産業革命以降の人類の飛躍的な発展に寄生して肥大化を遂げた、巨悪の全貌を知る者はいない。悪名轟く現大首魁、ドン・ヨコシマ
ですら、恐らく。
一説には超大国の陸海空軍をも凌駕すると噂される、精強なる一大私兵団をちらつかせて、地球上のあらゆる利権に食い込み、貪欲
に利潤を追求してきた、彼ら。
すなわち、“ワルサシンジケート”!
恐るべき、真にもって恐るべき、悪の総本山がそれなのだ!
イッツァ・ミラクルはほくそ笑んだ。
「あなたのヒロイックサーガもそろそろお終いです、田所カッコマン、いえ……」
黒スーツの男は血塗られた五指を握り込んでゆく。必死に足掻く憐れな獲物の姿を掌上に見る。
「暇な大学生・田所育男(たどころ いくお)!!」
組織の最上級エージェントが人違いに気づいたのは、折しも悪山悪男の機械恐竜がロボヶ丘に現れ、どこからともなく駆けつけた最
強無敵ロボがそれをぶちのめした時だった。
「悩みますね。……しばらくは現状維持でもいいでしょう」
最強無敵とまで名乗る巨大ロボットを倒せば、死の商人としてはそれなりに宣伝効果もあるだろう。
イッツァ・ミラクルとしては、レディの調査がどう転ぼうとも、近いうちに私兵を投じて実力行使に出るつもりでいた。それに加え
て、直属ではないものの顔の利く巨大ロボット部隊“シロガネ四天王”を投入できるともなれば、勝利の未来はもはや揺るぎない。
「……フフ。悪の組織力を侮っているうちは、とてもミラクルなど起こせませんよ」
イッツァ・ミラクルは、自らの後ろ盾として聳える巨大な組織について思いを馳せる。
それを巨悪の中の巨悪と言い表す者もいる、諸悪の根源と形容する者もいる、一切の希望を残さぬ悪徳の匣と喩える者も少しは。
十数世紀に沙漠の七海を股に掛けた死の隊商に端を発するという、国際犯罪組織だ。
産業革命以降の人類の飛躍的な発展に寄生して肥大化を遂げた、巨悪の全貌を知る者はいない。悪名轟く現大首魁、ドン・ヨコシマ
ですら、恐らく。
一説には超大国の陸海空軍をも凌駕すると噂される、精強なる一大私兵団をちらつかせて、地球上のあらゆる利権に食い込み、貪欲
に利潤を追求してきた、彼ら。
すなわち、“ワルサシンジケート”!
恐るべき、真にもって恐るべき、悪の総本山がそれなのだ!
イッツァ・ミラクルはほくそ笑んだ。
「あなたのヒロイックサーガもそろそろお終いです、田所カッコマン、いえ……」
黒スーツの男は血塗られた五指を握り込んでゆく。必死に足掻く憐れな獲物の姿を掌上に見る。
「暇な大学生・田所育男(たどころ いくお)!!」
組織の最上級エージェントが人違いに気づいたのは、折しも悪山悪男の機械恐竜がロボヶ丘に現れ、どこからともなく駆けつけた最
強無敵ロボがそれをぶちのめした時だった。
※
敢えて言うまでもないが、悪のマッドサイエンティスト・悪山悪男の野望は潰えていない。
最強無敵ロボ・ネクソンクロガネが会得した必殺技ネクソンクロガネアニヒレイターは、器物の心に訴え掛けることはできるが、決
してそれらを洗脳するものではない。人間の性に善悪の違いがあるように、器物にもそれぞれの性がある。“心が宿る”とはそういう
ことだ。悪党の銃は悪に染まりやすいなど持ち主の影響についても予想があり、ネクソンクロガネアニヒレイターを浴びせたとしても
穏便に事態が収束する可能性は低いのではないかというのが、はぐれ研究員・龍聖寺院光の見解だった。
実際に、先の戦いでは沈黙したゴクワルレックスだが、その時には年寄りの冷や水を諌めるような心境だったというだけの話らしく、
その後も何食わぬ顔で悪山悪男の悪事に付き合っている。一筋縄ではいかないのは、器物の心でも同じだった。
つまるところネクソンクロガネアニヒレイターは大仰な名前の割に効果の安定感に欠け、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネは依然と
して戦力に多大な不安を抱えているといってよかった。
何故かここにきて悪山悪男謹製のゴクワルリフレクティブシールドをごり押しで突破できるほどに、最強無敵ロボ・ネクソンクロガ
ネの基礎出力が上がっているのが幸いだった。今ならば、殴り飛ばして説教して撃退できる。
(だが、必殺技は何とかしないとな。なるべく早いうちに)
田所正男が、昼休みにロボヶ丘高等学校の図書館を訪れているのはそういう理由である。必殺技のためにロボット工学や基礎の物理
学、スポーツ理論や格闘術などについて少しでも知識を得ようと、涙ぐましい努力を続けているのだった。
(むう。さっぱり分からん……。先生方に相談してみるか、小学校の教科書あたりからやり直すべきだろうか)
鈍器業界期待の新星となり得る分厚さの専門書の埃を払い除けながら、田所正男は書架の間で唸った。一行目から既に関連書籍をハ
シゴしても理解できそうもない難物を引いていた。自分の不甲斐なさに呆れながら、それは本棚に戻すしかなかった。せめて次の機会
にはもっと物理の素養のある人物に掻き出してもらえるようにと願っておく。
最強無敵ロボ・ネクソンクロガネが会得した必殺技ネクソンクロガネアニヒレイターは、器物の心に訴え掛けることはできるが、決
してそれらを洗脳するものではない。人間の性に善悪の違いがあるように、器物にもそれぞれの性がある。“心が宿る”とはそういう
ことだ。悪党の銃は悪に染まりやすいなど持ち主の影響についても予想があり、ネクソンクロガネアニヒレイターを浴びせたとしても
穏便に事態が収束する可能性は低いのではないかというのが、はぐれ研究員・龍聖寺院光の見解だった。
実際に、先の戦いでは沈黙したゴクワルレックスだが、その時には年寄りの冷や水を諌めるような心境だったというだけの話らしく、
その後も何食わぬ顔で悪山悪男の悪事に付き合っている。一筋縄ではいかないのは、器物の心でも同じだった。
つまるところネクソンクロガネアニヒレイターは大仰な名前の割に効果の安定感に欠け、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネは依然と
して戦力に多大な不安を抱えているといってよかった。
何故かここにきて悪山悪男謹製のゴクワルリフレクティブシールドをごり押しで突破できるほどに、最強無敵ロボ・ネクソンクロガ
ネの基礎出力が上がっているのが幸いだった。今ならば、殴り飛ばして説教して撃退できる。
(だが、必殺技は何とかしないとな。なるべく早いうちに)
田所正男が、昼休みにロボヶ丘高等学校の図書館を訪れているのはそういう理由である。必殺技のためにロボット工学や基礎の物理
学、スポーツ理論や格闘術などについて少しでも知識を得ようと、涙ぐましい努力を続けているのだった。
(むう。さっぱり分からん……。先生方に相談してみるか、小学校の教科書あたりからやり直すべきだろうか)
鈍器業界期待の新星となり得る分厚さの専門書の埃を払い除けながら、田所正男は書架の間で唸った。一行目から既に関連書籍をハ
シゴしても理解できそうもない難物を引いていた。自分の不甲斐なさに呆れながら、それは本棚に戻すしかなかった。せめて次の機会
にはもっと物理の素養のある人物に掻き出してもらえるようにと願っておく。
(おや?)
まばらに席が埋まった読書スペースに目をやった田所正男は、顔見知りの美化委員が座っていることに気がついた。
悪山エリスだった。
田所正男にとっては、必殺技ネクソンクロガネアニヒレイターの件できっかけを与えてくれた、尊敬に値する少女である。
相変わらず表情に乏しい娘だったが、本を眺める目許は心なしか綻んでいるようでもあった。真昼の日溜まりに近いせいかもしれな
いが、纏う雰囲気もいつになく柔らかい。
(まるで金色の野に群青の花が咲いているようだな……)
髪とリボンの色合いを喩えて詩人を気取りながら、田所正男は彼女のいる方向に足を向けた。
「やあ、悪山さん」
「……田所先輩。こんにちは」
「何を読んでいるんだ?」
「図書館ではお静かに。……恐竜のビジュアル資料をまとめた本です」
悪山エリスは、田所正男にも表紙が見えるように両手で本を傾けた。縁で口許が隠れるのが何となく可愛らしい。それから深い意味
があるのかないのか、ぽつりと「最新版なので」と付け加えた。
なるほど大判のページには、恐竜の化石や模型の写真、太古の想像図などが掲載されている。端に綴られている恐竜の名前は、子ど
もの頃は生き物の図鑑に目がなかった田所正男にも、まるで覚えのないものだった。ブランクにちょっとした感慨を覚える。
「ほう。今はこういうことになっているんだな」
釘を刺された手前、田所正男は声量を囁き声に落とした。それでも他人の癇に障ることはあるが、幸いにも一帯に人影はない。この
機会に少しお喋りがしたい気分だった。
悪山エリスは、立ち去らない先輩の存在にも特に気兼ねすることなく、手にした本を読み進める。田所正男の見立てでは、歓迎して
いるふうではないが、かといって鬱陶しがってもいないようだった。
(おっ?)
悪山エリスの傍らには幾冊かの書籍が積み重ねられ、綺麗に背表紙が揃っていた。彼女が運んできたものに間違いない。
改めてタイトルを確認すると、『両生・爬虫類のじょうずな飼い方』『世界最強の毒ヘビ・ベスト40』『暴れん坊ティラ野サウル
子さんの冒険』『まだらの紐』とあった。それでちょうど、この図書館で一度に借りられる上限と同じ冊数だった。
探偵小説を読まない田所正男には最後の一冊だけは謎だったが、ほか四冊の共通点から可憐な後輩の意外な興味の対象が垣間見えた。
「こういうの好きなのかい? 爬虫類とか」
「……少し、懐かしくなっただけです」
場所が場所だけに悪山エリスの声はか細い。無意識に顔を寄せていたことに気づいて、田所正男は慌てて身を引いた。それにしても
他人と囁き合うというのは、何だか面映ゆいような不思議な感覚がするものだ。
「そういやあまり関係ないけれど、北の火山のあたりに恐竜の生き残りがいると噂になっていたね」
「灼熱地岳(しゃくねつじたけ)の、シャクネッシーですか」
話題の種としての旬はとうに過ぎ去っていたが、意外にも悪山エリスの反応は悪くなかった。
数か月前のこと、ロボヶ丘の北方に聳える大火山・灼熱地岳(嶽)の麓で体長数十メートルという巨大生物が目撃されたという。何
でもその皮膚は凝固を忘れた熔岩のように赤く、太陽光を浴びて光り輝いていたという。当時は暗いニュースが続発していた反動かた
いそう話題になり、未確認生物について特集を組むメディアも続出した。
「悪山さんは、いると思う? シャクネッシー」
「……いると素敵だと思います」
悪山エリスは少し考えてから、はにかんだような、田所正男のこれまで見たことのない表情を浮かべた。
「そっか」
正直なところ、シャクネッシーに限らず古代の大型爬虫類の生き残りなどというものは全て眉唾だと田所正男は考えている。目撃し
たのが事実だとしてもこの巨大ロボットの時代だ。もっともらしい説明をつけてしまうのは容易だった。
しかし、そういったものに心を躍らせているらしい悪山エリスの姿を見ていると、そういうロマンのある考えもいいかもしれないと、
そんなふうに思えたのだった。
まばらに席が埋まった読書スペースに目をやった田所正男は、顔見知りの美化委員が座っていることに気がついた。
悪山エリスだった。
田所正男にとっては、必殺技ネクソンクロガネアニヒレイターの件できっかけを与えてくれた、尊敬に値する少女である。
相変わらず表情に乏しい娘だったが、本を眺める目許は心なしか綻んでいるようでもあった。真昼の日溜まりに近いせいかもしれな
いが、纏う雰囲気もいつになく柔らかい。
(まるで金色の野に群青の花が咲いているようだな……)
髪とリボンの色合いを喩えて詩人を気取りながら、田所正男は彼女のいる方向に足を向けた。
「やあ、悪山さん」
「……田所先輩。こんにちは」
「何を読んでいるんだ?」
「図書館ではお静かに。……恐竜のビジュアル資料をまとめた本です」
悪山エリスは、田所正男にも表紙が見えるように両手で本を傾けた。縁で口許が隠れるのが何となく可愛らしい。それから深い意味
があるのかないのか、ぽつりと「最新版なので」と付け加えた。
なるほど大判のページには、恐竜の化石や模型の写真、太古の想像図などが掲載されている。端に綴られている恐竜の名前は、子ど
もの頃は生き物の図鑑に目がなかった田所正男にも、まるで覚えのないものだった。ブランクにちょっとした感慨を覚える。
「ほう。今はこういうことになっているんだな」
釘を刺された手前、田所正男は声量を囁き声に落とした。それでも他人の癇に障ることはあるが、幸いにも一帯に人影はない。この
機会に少しお喋りがしたい気分だった。
悪山エリスは、立ち去らない先輩の存在にも特に気兼ねすることなく、手にした本を読み進める。田所正男の見立てでは、歓迎して
いるふうではないが、かといって鬱陶しがってもいないようだった。
(おっ?)
悪山エリスの傍らには幾冊かの書籍が積み重ねられ、綺麗に背表紙が揃っていた。彼女が運んできたものに間違いない。
改めてタイトルを確認すると、『両生・爬虫類のじょうずな飼い方』『世界最強の毒ヘビ・ベスト40』『暴れん坊ティラ野サウル
子さんの冒険』『まだらの紐』とあった。それでちょうど、この図書館で一度に借りられる上限と同じ冊数だった。
探偵小説を読まない田所正男には最後の一冊だけは謎だったが、ほか四冊の共通点から可憐な後輩の意外な興味の対象が垣間見えた。
「こういうの好きなのかい? 爬虫類とか」
「……少し、懐かしくなっただけです」
場所が場所だけに悪山エリスの声はか細い。無意識に顔を寄せていたことに気づいて、田所正男は慌てて身を引いた。それにしても
他人と囁き合うというのは、何だか面映ゆいような不思議な感覚がするものだ。
「そういやあまり関係ないけれど、北の火山のあたりに恐竜の生き残りがいると噂になっていたね」
「灼熱地岳(しゃくねつじたけ)の、シャクネッシーですか」
話題の種としての旬はとうに過ぎ去っていたが、意外にも悪山エリスの反応は悪くなかった。
数か月前のこと、ロボヶ丘の北方に聳える大火山・灼熱地岳(嶽)の麓で体長数十メートルという巨大生物が目撃されたという。何
でもその皮膚は凝固を忘れた熔岩のように赤く、太陽光を浴びて光り輝いていたという。当時は暗いニュースが続発していた反動かた
いそう話題になり、未確認生物について特集を組むメディアも続出した。
「悪山さんは、いると思う? シャクネッシー」
「……いると素敵だと思います」
悪山エリスは少し考えてから、はにかんだような、田所正男のこれまで見たことのない表情を浮かべた。
「そっか」
正直なところ、シャクネッシーに限らず古代の大型爬虫類の生き残りなどというものは全て眉唾だと田所正男は考えている。目撃し
たのが事実だとしてもこの巨大ロボットの時代だ。もっともらしい説明をつけてしまうのは容易だった。
しかし、そういったものに心を躍らせているらしい悪山エリスの姿を見ていると、そういうロマンのある考えもいいかもしれないと、
そんなふうに思えたのだった。
※
「あなたは今、愛に目覚めたカッコマンと、話しているのですよ……きりりッ!」
『ホントにー? ホントにそんなこといったんですかぁ? あはははは! かっこいー惚れそー』
「む?」
放課後にいそいそとセイギベース3に赴いた田所正男。彼が耳にしたのは、お馴染みのはぐれ研究員の芝居掛かった台詞と、聞くも
かしましい女子の笑い声だった。明朗闊達とした響きは彼にも覚えがある。
「失礼します」
自動開閉式のドアを潜って司令室に入ると、龍聖寺院光が片手を上げて挨拶を寄越した。
画像通信が繋がっており、壁の一面を占有する大型モニタに溌剌とした笑顔が映っている。明るい茶髪を耳に掛かる程度に刈った、
いかにも行動力のありそうな娘だった。
『やっほー。戻ったー? 愛に目覚めた田所くん』
「お帰り。ちょうど今、セイギベース3、4、5の合同訓練の意義について、激論を交わしていたところさ……」
「博士なぜそんな嘘をー!!」
いけしゃあしゃあと言ってのけるはぐれ研究員・龍聖寺院光の神経の太さに舌を巻く。ただし、もう一人との意思疎通はうまくいっ
ておらず、誰も誤魔化せない。
龍聖寺院光とモニタ越しの井戸端会議に興じていた彼女は、海老原カッコウーマン。本名を海老原良子(えびはら よしこ)という
花の女子大生にして、セイギベース4の一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネの専属パイロットである。田所正男の先輩に当たり、今一つ
頭の上がらない人物だった。
女性同士ということもあり、龍聖寺院光とは姉妹のように仲が良い。もっとも私的な雑談のためだけにこの回線を繋げるようなこと
はしないはずで、何らかの連絡事項があったことが予想できる。
「何かあったんですか? 海老原先輩」
『え? ああ、そうそう。そうだったよ』
海老原良子の表情がやや硬くなる。
『田所くんはさ、ワルサシンジケートって知ってるかな』
「それはもちろん……。悪の総元締めという程度の認識ですが」
田所正男は怪訝そうに眉を寄せた。
国際犯罪組織・ワルサシンジケート。その名を聞くのは久し振りだった。
巨大ロボット製造のノウハウの流出元でもあり、悪の破壊活動の大規模化の元凶のひとつといえる。恐ろしく古い歴史を持つらしい
が、その存在が世間に知れ渡ったのはここ数年のことだった。
『なんか不穏な動きがあるらしいんだよね。かなりの大物が日本に来てるって話だし』
「大物?」
『詳しいことは分かんない。でもかなり特殊な立場にいるやつらしくて、諜報部のみんながぜえぜえいってた』
言いようは世間話の延長のようだったが、それだけに生々しい現実感があった。
『ネクソンタイプがあれば負けることはないと思うけど、かえって狙われやすいかもだから、用心しといてよ』
「なるほど。分かりました」
隕石に含有される稀少物質ネクソニウムの力を利用したネクソンタイプは、巨大ロボット群の中でも別格だった。特筆すべきはその
物質の限界を超えた常識外れの装甲強度であり、ネクソニウムが大量に確保できるなら近代兵器に革命が起こるともいわれていた。
E自警団の保有するネクソンタイプは日本国内の基地に限れば、セイギベース3の最強無敵ロボ・ネクソンクロガネと、セイギベー
ス4の一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネしか存在しない。それでも戦力としては破格だった。
『あれ』
けたたましいアラームが、セイギベース4において鳴り響いた。
『タイミング悪いなぁ、出撃要請だ……。あ、なんか悪いロボットが現れたみたいだから、ちょっと行ってくるね』
挨拶もそこそこに、海老原良子が傍らに備えてある赤いヘルメットを引っ掴む。
秘密基地・セイギベース4は大都市圏に近く、巨大ロボット犯罪もそこそこの頻度で発生する。悪山悪男のような血気盛んな常習犯
がいないのが幸いといえば幸いだった。
『あ、田所くん。必殺技のことで悩んでるんだったよね?』
格納庫で出番を待つ一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネのもとに向かおうとする海老原良子が、ふと思い出したようにカッコウーマン
の表情で振り返った。
『使いづらい必殺技って思ってるかもしれないけどさ。ネクソンクロガネアニヒレイターを会得したことの意味はね、たぶん、すっご
く大きい……。きっと、田所くんが思っているよりもずっと』
「は? それはどういう……」
『愛と勇気がカンジンなの! 悩め田所カッコマン!』
惚れ惚れするような姉貴分の笑顔が、田所正男の目に焼きついた。
彼女の底抜けの明るさが翳るようなことは、未来永劫ないように彼らには思えた。
『ホントにー? ホントにそんなこといったんですかぁ? あはははは! かっこいー惚れそー』
「む?」
放課後にいそいそとセイギベース3に赴いた田所正男。彼が耳にしたのは、お馴染みのはぐれ研究員の芝居掛かった台詞と、聞くも
かしましい女子の笑い声だった。明朗闊達とした響きは彼にも覚えがある。
「失礼します」
自動開閉式のドアを潜って司令室に入ると、龍聖寺院光が片手を上げて挨拶を寄越した。
画像通信が繋がっており、壁の一面を占有する大型モニタに溌剌とした笑顔が映っている。明るい茶髪を耳に掛かる程度に刈った、
いかにも行動力のありそうな娘だった。
『やっほー。戻ったー? 愛に目覚めた田所くん』
「お帰り。ちょうど今、セイギベース3、4、5の合同訓練の意義について、激論を交わしていたところさ……」
「博士なぜそんな嘘をー!!」
いけしゃあしゃあと言ってのけるはぐれ研究員・龍聖寺院光の神経の太さに舌を巻く。ただし、もう一人との意思疎通はうまくいっ
ておらず、誰も誤魔化せない。
龍聖寺院光とモニタ越しの井戸端会議に興じていた彼女は、海老原カッコウーマン。本名を海老原良子(えびはら よしこ)という
花の女子大生にして、セイギベース4の一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネの専属パイロットである。田所正男の先輩に当たり、今一つ
頭の上がらない人物だった。
女性同士ということもあり、龍聖寺院光とは姉妹のように仲が良い。もっとも私的な雑談のためだけにこの回線を繋げるようなこと
はしないはずで、何らかの連絡事項があったことが予想できる。
「何かあったんですか? 海老原先輩」
『え? ああ、そうそう。そうだったよ』
海老原良子の表情がやや硬くなる。
『田所くんはさ、ワルサシンジケートって知ってるかな』
「それはもちろん……。悪の総元締めという程度の認識ですが」
田所正男は怪訝そうに眉を寄せた。
国際犯罪組織・ワルサシンジケート。その名を聞くのは久し振りだった。
巨大ロボット製造のノウハウの流出元でもあり、悪の破壊活動の大規模化の元凶のひとつといえる。恐ろしく古い歴史を持つらしい
が、その存在が世間に知れ渡ったのはここ数年のことだった。
『なんか不穏な動きがあるらしいんだよね。かなりの大物が日本に来てるって話だし』
「大物?」
『詳しいことは分かんない。でもかなり特殊な立場にいるやつらしくて、諜報部のみんながぜえぜえいってた』
言いようは世間話の延長のようだったが、それだけに生々しい現実感があった。
『ネクソンタイプがあれば負けることはないと思うけど、かえって狙われやすいかもだから、用心しといてよ』
「なるほど。分かりました」
隕石に含有される稀少物質ネクソニウムの力を利用したネクソンタイプは、巨大ロボット群の中でも別格だった。特筆すべきはその
物質の限界を超えた常識外れの装甲強度であり、ネクソニウムが大量に確保できるなら近代兵器に革命が起こるともいわれていた。
E自警団の保有するネクソンタイプは日本国内の基地に限れば、セイギベース3の最強無敵ロボ・ネクソンクロガネと、セイギベー
ス4の一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネしか存在しない。それでも戦力としては破格だった。
『あれ』
けたたましいアラームが、セイギベース4において鳴り響いた。
『タイミング悪いなぁ、出撃要請だ……。あ、なんか悪いロボットが現れたみたいだから、ちょっと行ってくるね』
挨拶もそこそこに、海老原良子が傍らに備えてある赤いヘルメットを引っ掴む。
秘密基地・セイギベース4は大都市圏に近く、巨大ロボット犯罪もそこそこの頻度で発生する。悪山悪男のような血気盛んな常習犯
がいないのが幸いといえば幸いだった。
『あ、田所くん。必殺技のことで悩んでるんだったよね?』
格納庫で出番を待つ一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネのもとに向かおうとする海老原良子が、ふと思い出したようにカッコウーマン
の表情で振り返った。
『使いづらい必殺技って思ってるかもしれないけどさ。ネクソンクロガネアニヒレイターを会得したことの意味はね、たぶん、すっご
く大きい……。きっと、田所くんが思っているよりもずっと』
「は? それはどういう……」
『愛と勇気がカンジンなの! 悩め田所カッコマン!』
惚れ惚れするような姉貴分の笑顔が、田所正男の目に焼きついた。
彼女の底抜けの明るさが翳るようなことは、未来永劫ないように彼らには思えた。
だが。
それから数刻ののち、田所正男と龍聖寺院光は、信じられない光景を目撃することになる。
海老原カッコウーマン、一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネの敗北。
そして、秘密基地・セイギベース4の壊滅だった。
それから数刻ののち、田所正男と龍聖寺院光は、信じられない光景を目撃することになる。
海老原カッコウーマン、一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネの敗北。
そして、秘密基地・セイギベース4の壊滅だった。
※
「っち……ちくしょー……っ! ネクソンアカガネブレイクが、通用しないなんて……!」
一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネは、満身創痍の機体を燃える大地に横たえていた。赤銅色の装甲が無惨にも剥がれ落ち、空虚な金
属音を奏でる。操縦席では海老原カッコウーマンが屈辱に罵声を吐き出すが、ごまめの歯軋りだった。
破壊の痕跡はネクソンアカガネだけでなく、セイギベース4の全域に及んでいた。隔壁や機材が強引に引き千切られ、最新鋭を誇っ
ていた設備は見る影もない。
今や火の海となった秘密基地は、一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネよりもなお赤い。宗教にいう煉獄の顕現だった。
「あなたがたには」
圧倒的な破壊をもたらした謎の敵は、物静かな聖職者の口調で言い放つ。
マッスルポージングひとつで爆炎を弾き飛ばす、それは白亜の巨人。
「筋肉が足りない」
哀れみの篭った視線が、焦土を舐める敗者を見下ろしていた。
E自警団が蓄積する膨大なデータにも該当するものが存在しない、新型の巨大ロボット。
我らが最強無敵ロボ・ネクソンクロガネよりも肩幅が広く、四肢も二周りは太い。逞しい前腕や下腿には、筋繊維を意匠としたらし
い赤い模様が幾筋か、異民族の入れ墨のように走っていた。全身に纏う威圧感は、かの暴君竜をも上回る。
驚くべきことにその機体は銃砲火器に頼むでもなく、凄まじい膂力のみに物を言わせて、これだけの阿鼻叫喚を演出したのだ。巨大
ロボットとして見ても規格外と表すしかない、強大無比の駆動力だった。
「私シロガネ四天王いちのマッシブ、ニック・W・キムと」
ムキッ。サウナさながらに湯気の立ち篭る操縦室。その中を、所狭しと巨漢の筋肉が躍動していた。
「剛力無双ロボ・シロガネマッスル」
ムキッ。息継ぎの度にいちいちポーズが変わる。
「我ら夢の最強タッグは、いつでも強敵を待っているぞぅ!」
目を見張るような筋肉の隆起のために、厳選素材のパイロットスーツもはちきれんばかりだ。一箇所だけ露出した頭は綺麗に禿げ上
がっており、髪の毛一本残っていない。じんわりと汗が滲み、木魚のような滑らかさで照明の光を弾いていた。
「うん! 次の挑戦者はきみに決めた! 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ! その名に違わぬ筋肉を見せてくれたまえよ!」
パイロットたるニック・W・キムの動作を忠実にトレースし、筋肉を誇示する姿勢を再現する巨大ロボット。どういう駆動系の働き
なのか、ビクンビクンと生々しく上半身が波を打つ。濃密な汗の臭いを発したような気がした。
(うざい……)
海老原カッコウーマンは口許を押さえようと手を持ち上げたが、そのまま意識を手放した。
一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネの碧眼が光を失う。それが、彼女たちの果敢ない抵抗の終わりとなった。
一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネは、満身創痍の機体を燃える大地に横たえていた。赤銅色の装甲が無惨にも剥がれ落ち、空虚な金
属音を奏でる。操縦席では海老原カッコウーマンが屈辱に罵声を吐き出すが、ごまめの歯軋りだった。
破壊の痕跡はネクソンアカガネだけでなく、セイギベース4の全域に及んでいた。隔壁や機材が強引に引き千切られ、最新鋭を誇っ
ていた設備は見る影もない。
今や火の海となった秘密基地は、一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネよりもなお赤い。宗教にいう煉獄の顕現だった。
「あなたがたには」
圧倒的な破壊をもたらした謎の敵は、物静かな聖職者の口調で言い放つ。
マッスルポージングひとつで爆炎を弾き飛ばす、それは白亜の巨人。
「筋肉が足りない」
哀れみの篭った視線が、焦土を舐める敗者を見下ろしていた。
E自警団が蓄積する膨大なデータにも該当するものが存在しない、新型の巨大ロボット。
我らが最強無敵ロボ・ネクソンクロガネよりも肩幅が広く、四肢も二周りは太い。逞しい前腕や下腿には、筋繊維を意匠としたらし
い赤い模様が幾筋か、異民族の入れ墨のように走っていた。全身に纏う威圧感は、かの暴君竜をも上回る。
驚くべきことにその機体は銃砲火器に頼むでもなく、凄まじい膂力のみに物を言わせて、これだけの阿鼻叫喚を演出したのだ。巨大
ロボットとして見ても規格外と表すしかない、強大無比の駆動力だった。
「私シロガネ四天王いちのマッシブ、ニック・W・キムと」
ムキッ。サウナさながらに湯気の立ち篭る操縦室。その中を、所狭しと巨漢の筋肉が躍動していた。
「剛力無双ロボ・シロガネマッスル」
ムキッ。息継ぎの度にいちいちポーズが変わる。
「我ら夢の最強タッグは、いつでも強敵を待っているぞぅ!」
目を見張るような筋肉の隆起のために、厳選素材のパイロットスーツもはちきれんばかりだ。一箇所だけ露出した頭は綺麗に禿げ上
がっており、髪の毛一本残っていない。じんわりと汗が滲み、木魚のような滑らかさで照明の光を弾いていた。
「うん! 次の挑戦者はきみに決めた! 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ! その名に違わぬ筋肉を見せてくれたまえよ!」
パイロットたるニック・W・キムの動作を忠実にトレースし、筋肉を誇示する姿勢を再現する巨大ロボット。どういう駆動系の働き
なのか、ビクンビクンと生々しく上半身が波を打つ。濃密な汗の臭いを発したような気がした。
(うざい……)
海老原カッコウーマンは口許を押さえようと手を持ち上げたが、そのまま意識を手放した。
一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネの碧眼が光を失う。それが、彼女たちの果敢ない抵抗の終わりとなった。
※
「なんてことだ……。あの海老原カッコウーマンが!?」
最悪の結末を見届けた田所正男の声は悲鳴になっていた。
海老原カッコウーマン操る一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネは、E自警団でも随一の攻撃力を誇る。必殺技のネクソンアカガネブレ
イクの破壊力は、並みの巨大ロボットならばただの一撃で三機を葬り去るのだ。それで仕留め切れなかったという事実。
「いつもの、悪のマッドサイエンティスト・悪山悪男じゃあない。あいつは全く別種の……敵だ!!」
龍聖寺院光が声を張った。新たな激戦の予感に、セイギベース3に緊張が走る。
そんな時だった。
セイギベース3の直上から、悪魔の嬌態を思わせる歌が聞こえてきたのは――!!
最悪の結末を見届けた田所正男の声は悲鳴になっていた。
海老原カッコウーマン操る一撃必殺ロボ・ネクソンアカガネは、E自警団でも随一の攻撃力を誇る。必殺技のネクソンアカガネブレ
イクの破壊力は、並みの巨大ロボットならばただの一撃で三機を葬り去るのだ。それで仕留め切れなかったという事実。
「いつもの、悪のマッドサイエンティスト・悪山悪男じゃあない。あいつは全く別種の……敵だ!!」
龍聖寺院光が声を張った。新たな激戦の予感に、セイギベース3に緊張が走る。
そんな時だった。
セイギベース3の直上から、悪魔の嬌態を思わせる歌が聞こえてきたのは――!!
『the Roots of All Evil~諸悪の根源~』
作曲/ドクトルポイズン
作詞・歌/カッコマンエビル
作曲/ドクトルポイズン
作詞・歌/カッコマンエビル
※the Roots of All Evil
禁じられたチカラ 今この手に
禁じられたチカラ 今この手に
陽射しの裏 街の影 強くなる闇の濃度
最も忌むべきそれは ただ奇跡を乞い願う家畜
最も忌むべきそれは ただ奇跡を乞い願う家畜
抉り出せ 己が爪で 仔羊のはらわたを
欲望の全てを叶えよう 人間として生まれたからには
欲望の全てを叶えよう 人間として生まれたからには
※くりかえし
笑顔の意味 甘い罠 むせかえる虚飾の色
最も醜きそれは 被害者になりたがる敗者
最も醜きそれは 被害者になりたがる敗者
突き立てろ 強き牙を 雛鳥の首筋に
貪欲に全てを食らおう 勝者となり生き残るために
貪欲に全てを食らおう 勝者となり生き残るために
the Roots of All Evil
胸の奥のホノヲ 今解き放つ
胸の奥のホノヲ 今解き放つ
見せつけよ 悪の爪牙 太陽に背を向けて
敵と味方を問わず砕け 誰よりも本気で生きるなら
敵と味方を問わず砕け 誰よりも本気で生きるなら
※くりかえし
「この歌詞の放つ激烈な思春期臭……まさか!?」
龍聖寺院光の顔色が蒼白に転じた。
激しいリズムで肺腑を突く悪の賛歌は、吐き気を催すほどの禍々しさを孕んでいた。直に味わうコンサート会場の熱気にも似て、メ
ロディの及ぶすべてを一種の異界へと変質させてしまう魔力を秘めている。
「出てきなよ、最強無敵ロボ」
誰かが言った。若い男。言葉には挑発するような含みがある。
続いてセイギベース3を衝撃が襲った。
余韻が覚めるのを待たず、空の高みより降臨する巨大な物体。平和な世界を蹂躙するかのごとく着地は荒々しい。しかも、鎧袖一触
全てを切り裂く衝撃波を纏っている。
「シロガネ四天王いちのスピード。この神速飛翔ロボ・シロガネソニック」
それは、腕の代わりに翼を拡げたスーパーロボットだった。
銀色掛かった白い外装は、最新鋭の航空機を思わせる。美しく青が映える飾り線は、流線型をなぞる疾風さながら。
一対の眼には、正義の味方をすら震える獰猛さ。
死を告げる堕天使を思わせる姿だった。
秘密基地であるはずのセイギベース3を、狙いを過たずに翼端が射抜く。気障な仕草だった。
「ボクの名前はカッコマンエビル。分かりやすくいうなら、悪のカッコマン……さ」
機械仕掛けの鳥人に抱かれ、白に染められたカッコマンスーツの男は嗤う。ヘルメットの奥に、くつくつと魔女の大釜が煮えるよう
な音が篭っていた。
こうして悪夢の夜会は開幕する――!!
セイギベースを強襲する巨悪の尖兵たち!
彼らは、四つの大罪の化身だとでもいうのか!? 弾ける筋肉・ニック・W・キムのシロガネマッスル! 悪のカッコマン・カッコ
マンエビルのシロガネソニック! そして、まだ見ぬ二人操る超級の巨大ロボも、影より密やかにセイギベース3に忍び寄っている!
泣く子も黙るシロガネ四天王に、ロボヶ丘が戦慄!
きみならば、きみならばヤツらを倒せるのか!? 田所カッコマン!
お前がやらずに誰がやる! 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ!
龍聖寺院光の顔色が蒼白に転じた。
激しいリズムで肺腑を突く悪の賛歌は、吐き気を催すほどの禍々しさを孕んでいた。直に味わうコンサート会場の熱気にも似て、メ
ロディの及ぶすべてを一種の異界へと変質させてしまう魔力を秘めている。
「出てきなよ、最強無敵ロボ」
誰かが言った。若い男。言葉には挑発するような含みがある。
続いてセイギベース3を衝撃が襲った。
余韻が覚めるのを待たず、空の高みより降臨する巨大な物体。平和な世界を蹂躙するかのごとく着地は荒々しい。しかも、鎧袖一触
全てを切り裂く衝撃波を纏っている。
「シロガネ四天王いちのスピード。この神速飛翔ロボ・シロガネソニック」
それは、腕の代わりに翼を拡げたスーパーロボットだった。
銀色掛かった白い外装は、最新鋭の航空機を思わせる。美しく青が映える飾り線は、流線型をなぞる疾風さながら。
一対の眼には、正義の味方をすら震える獰猛さ。
死を告げる堕天使を思わせる姿だった。
秘密基地であるはずのセイギベース3を、狙いを過たずに翼端が射抜く。気障な仕草だった。
「ボクの名前はカッコマンエビル。分かりやすくいうなら、悪のカッコマン……さ」
機械仕掛けの鳥人に抱かれ、白に染められたカッコマンスーツの男は嗤う。ヘルメットの奥に、くつくつと魔女の大釜が煮えるよう
な音が篭っていた。
こうして悪夢の夜会は開幕する――!!
セイギベースを強襲する巨悪の尖兵たち!
彼らは、四つの大罪の化身だとでもいうのか!? 弾ける筋肉・ニック・W・キムのシロガネマッスル! 悪のカッコマン・カッコ
マンエビルのシロガネソニック! そして、まだ見ぬ二人操る超級の巨大ロボも、影より密やかにセイギベース3に忍び寄っている!
泣く子も黙るシロガネ四天王に、ロボヶ丘が戦慄!
きみならば、きみならばヤツらを倒せるのか!? 田所カッコマン!
お前がやらずに誰がやる! 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ!
つづく
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