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GEARS 第十一話

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匿名ユーザー

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統合歴329年9月1日

最後の最後で大きな波紋を残した八坂州野宮地区スポーツギア高校大会も閉会後は静かなもので
特に大きな事件も起きず、心に残るような出来事も起きなかった。

要するに平穏無事と言えば平穏無事、そうで無いと言われればそうでも無い平凡な日常を
そこはかと無く霧坂に粉砕されながら過ごし、恙無く夏休みを終え、自宅とギアスタジアムを往復する日々から
再び、校舎が中間地点として出現し極普通の高校生らしい日常が戻ってきた。

「あ゛~…学校行きたくなぁ~い…」

「新学期早々、憂鬱そうにするな。こっちまで気が滅入る。」

ガックリと肩を落として負のオーラを撒き散らし、今にも死にそうな声を出す霧坂に守屋は本当に鬱陶しそうに苦言を漏らす。
そもそも、夏休みだろうとそうで無かろうと同じ時間に起きて、制服に袖を通し二人並んで学校に向かう事に違いは無い筈なのだが。

(どうせ授業を受けるのが面倒臭いってだけだろ。)

失礼極まりないが、あながち的外れでも無い事を考えながら守屋は左隣を歩く霧坂に視線を向けるが
眺めていても何か面白い事があるわけでも無く、やがて興味を失い視線を真正面に向け、学び舎へと足を向けた。

八坂高校の付近を歩いていると、守屋を見て脅え恐れる生徒が二人の視野に入ってくる。
正門を潜り、グラウンドを抜け、廊下を通り、階段を上り、一年の教室棟へと歩を進める度に脅える生徒が加速的に増えていく。

夏休みのお陰で、すっかり忘れていたが転入初日に暴力事件のせいで自分が悪鬼羅刹、修羅、破壊神
そういった残念な何かのように恐れられていた事を思い出し、守屋は辟易しながら教室に入ると
騒々しかった教室が水を打ったように静かになり、これまた辟易する羽目に。

「これだから行きたくなかったのよ…」

霧坂はクラスメイト達のあからさまな拒絶の態度に苦虫を噛み潰したような表情でぼそりと呟いた。
だが、守屋は特に気にするわけでも無く自分の席に着き、泰然とした態度を崩さない。
怒り騒ごうが、嘆き悲しもうが事態が変わる筈も無く、暴力で物事を解決した報いと既に諦めている。

そんな守屋の態度に霧坂は半ば失望にも近い溜息を吐いて着席した。

(それで良いなら私が踏み込む事じゃないけど…苛々する。)

その後の全校朝会で教師達が色々と如何でも良い事を喋っていたので右から左へと聞き流してやった。
そして、昼休みになると夏休み前と同様、守屋は人知れず何処かへと姿を消す。
人気の無い所に居ると言っていたが、詳しく聞いておくべきだったと霧坂は軽く後悔しながら校内を歩き回った。

「つーか、何処かに行くなら一声かけて行けっての…」

霧坂が不快感を露にしながら校舎を歩き回っている一方で守屋は校舎の屋上の日陰に寝そべり流れる雲を眺めていた。

屋上に出る扉には電磁ロックをかけられており、一般生徒が入って来る事はまず無い。
守屋が如何やって入ったかは一先ず捨て置こう。ただ高度化されたデジタル程、アナログに弱いとだけ述べておこう。
そんなわけで、八坂高校に転入して以来、人気の全く無い屋上は守屋の安息の地として愛用されている。

だが、この日の屋上は平穏な憩いの場にはならなかった。
屋上と廊下を繋ぐ開く筈の無い扉が、ゆっくりと音を立てて開いたのである。

生徒にとっては開かずの扉かも知れないが、八坂の職員のIDカードさえあれば誰でも開ける事が出来る。
そして、守屋は犯罪紛いの手段で立入禁止区画で寛いでいる。以上の2点を踏まえる事によって導き出される答えは何か?

(見つかったら、夏休み延長だな…)

守屋は新学期早々停学になってたまるかと、慌てて影に身を潜め気配を消した。

「やっと見つけた…」

屋上に入ってきた人間は職員では無く八坂の女子生徒だった。

「全く…時間は限られていると言うのに、余計な手間をかけさせてくれる。」

栗毛のセミロングヘアの小柄な少女は屋上のフェンスに寄りかかり
探す素振一つ見せず、守屋が隠れている辺りに視線を移し悪態を吐いた。

八坂高校の生徒の大半は意味も無く守屋を恐れ怯えるのが常で辛辣な物言いに気分を害するどころか妙な新鮮味と
完全に気配を断っていたにも関わらず、一瞬で守屋の存在を看破した事に驚きを感じていた。

「人気の無い所でコソコソと…貴様は虐められっ子か?
そこに居るのは分かっている。さっさと出て来い。」

新鮮味と驚きを感じはしたが辛辣極まる。その上、友好的な用件で無い事は確実だった。
何せ、少女の肩に担がれた白い包みの先端から、一般人が持つには相応しく無い白刃が顔を覗かせているのだから。
そんな物を持ち歩くような奴に追い掛け回されて前向きな発想が出来る筈も無く、守屋を辟易させるには充分過ぎた。

「真っ当な神経をしていれば長物担いで校舎を走り回るような奴から、逃げも隠れもするのは当然だろう?」

守屋は肩を竦めながら、影から姿を現し、軽口を叩く。
まるで数年来の悪友に接するかのような口振りだが、既に頭の中では逃げる算段を組み立てている。

「転入初日で50名の生徒を血の海に沈め、全校生徒を恐怖のどん底に陥れた奴が真っ当とは笑わせる。
未だに恐怖の化身扱いされている気分はどうだ?ええ?」

ご尤も過ぎて心が痛い。

「それで結局、何の用だ?」

守屋は折れそうになる心を半泣きで支えながら、本題に移る事にした。
大体の用件は想像が付くし、何よりもこの手の女と問答していても再起不能になるまで心を粉砕されるのは目に見えている。

「それ程、大層な用件では無い。」

そう言って、少女は包みを剥ぎ取り、薙刀の刃を守屋に突き付ける。

「手合わせ願おうか。拒否権は無いがな。」

「そんな物騒な物を振り回されては恐ろしくて敵わんな。」

概ね予想通り。そして、逃げ出す準備は既に整っており、何かの切欠があれば脱兎の如く駆け抜けるだけだ。
流石に職員棟まで逃げれば、この少女も薙刀を振り回すわけにもいくまい。…多分、恐らく。

全く持って、何が悲しくて校内で堂々と刃物を振り回すようなキチガイと戦わなければならないのか?
罰ゲームでやらされているのか、好き好んで薙刀なんて代物を振り回しているのかは知らないが古人曰く、逃げるが勝ちだ。

「あの娘…霧坂とか言ったか。お前を探して駆けずり回っていたので…な?」

しかし、少女の一言に守屋は両足を地に縫い付けられたかの如く、その身を硬直させ逃げる機会を逸してしまう。
そもそも、霧坂が巻き込まれているとなれば逃げるに逃げられない状況だ。守屋は忸怩たる思いで少女を叩き伏せる為に構えを取る。

「…霧坂に何をした?」

短く言を発するが、先程とは打って変わって明らかな狼狽の表情と、落ち着きの無い雰囲気。
それでいながら内に秘めた闘気と殺気が湧き出ているのを確信し、まずは満足と少女はサディスティックな笑みを浮かべた。

「さて…何をしたと思う?」

意外な展開に守屋は狼狽していたが、少女の読み通り内心で激情を燃やしていた。
それ故に思考の切替は一瞬。答える気が無いのであれば、答える気にさせてやれば良い。
少女がニヤケ面のまま、守屋から視線を外すと同時に距離を詰め、頭部に大穴を穿つ勢いで右腕を振るう。

「馬鹿正直なものだ。少し隙を見せれば必ず攻めて来ると確信していたよ。」

守屋の奇襲は既に予測済み。少女は焦る事無く薙刀の柄尻を支点に宙を舞い、着地と同時に薙刀を守屋の脳天に叩き落とす。
軽業師さながらの素早い回避から、一転して神速の剛撃。だが、得物が大きいが故に攻撃の軌道は至極、単純。
半歩程、身をずらし剣圧が守屋の頬を叩くと同時に少女の後頭部目掛けて肘を振り落とす。

「ッ!?」

少女の延髄に守屋の肘が突き刺さるよりも早く、薙刀が突如軌道を変え、横一文字に薙ぎ払われた。
非常識な斬り返しに守屋は驚いて目を見開く以上に反応する事も出来ないまま、まともに攻撃を喰らう。
とは言え、距離を詰めていた為、刃では無く柄で身を打ち付けられたのは不幸中の幸いと言うべきか。

それでも、打ち据えられた皮膚の繊維はブチブチと音を立てて裂け、骨が軋む不快な音が直接、耳朶を刺激する。
凄まじい剛撃の前に守屋は為す術も無く、フェンスに叩き付けられ肺に溜まった酸素を吐き出させられた。

「貴様…何者だ?」

あの小柄な体の何処にそんな膂力が秘められていると言うのだろうか?
不可解極まりない実力の持ち主を前に血の昇った頭が急速に醒めていく。

「女相手に良いようにされている貴様こそ何だ?ヘタレか?ゴミか?クズか?それとも、カスか?」

少女は矢継ぎ早に悪態を吐き続けるが、既に手遅れである。
今の守屋には恐れも焦りも怒りも無く、霧坂の事さえも思考の外へと追い出されている。

「態々、俺をキレさせようとして何を企んでいる?」

別に少女の口から、まともな返答が得られる事を期待していない。
そもそも、少女が口を開かずとも、少女が纏う雰囲気や表情が全ての答えを出しているも同然だ。

「思い上がるな。お前如きの短絡的な男を相手に企みなど不要だ。」

精神的な優位が既に覆されている事を自覚しているせいか表情も硬い。
守屋は機械化された狩猟者のように少女の一挙手一投足を目に焼きつけ、脳髄に刻み込む。
これでは、埒が明かないと少女は薙刀を構え直し、守屋をフェンス毎刺し貫こうと疾走する。
あの膂力から繰り出される一撃なら、その程度の事は容易かろう。

「だが…」

一陣の突風を伴った薙刀の刺突を左腕で打ち払い、フェンスの支柱に突き入れさせた。
薙刀の柄がミシミシと音を立て得物としての役割を終えようとしている。
狙い通りと守屋は口の端を歪め、少女が薙刀を引き戻すよりも早く肘を叩き落し薙刀を圧し折る。

「ッ!?」

確かに身体能力は守屋を遥かに凌駕しているのは紛れも無い事実だが、身体能力が必ずしも戦闘能力に直結するとは限らず
生まれながら優れた身体能力を持つ少女と、戦う為に優れた身体能力と思考能力を身に付けた守屋との差を明確に分けたのである。

「得物が無くてはまともに戦えまい!」

守屋は身を沈め拳を鉤爪のように開き、少女の両目を奪い取らんとするが少女は素早いバックステップで守屋の腕から逃れる。

「生憎とこの眼をくれてやるわけにはいかんのでな。」

そう言うと少女の瞳孔は縦に裂け瞳は紅に染まる。

「矢張り、紅眼か。少し目を狙えば本性を現すと思っていた。」

今更、驚きもしない。フェンスに叩き付けられた時点で予測していた。と言うよりも紅眼で無ければ不可能だ。
紅眼は総じて身体能力に優れているが、矢神玲のように卓越した戦士は極僅かだ。例外と言っても良い。
優れるが故に力任せの一撃でも一切合財にケリが付いてしまい、研鑽の機会が無く、その必要性を薄く感じがちになる。
だから、守屋のように多少なりとも戦い方を知っている者からすれば、紅眼など力が強いだけの戦い下手にしか映らないのだ。

「チッ…貴様の思惑通りと言うわけか。」

結局の所、紅眼を出したのでは無く出させられた事に気付かされ、少女は忌々しげに顔を歪めた。

「勝負あったな。」

守屋の最後通告である。少女の身体能力、反応速度は概ね把握している。
そして、それが守屋の戦闘能力ならば圧倒する事が出来る事も。

「残念な事にな…だが、まだ終われんな。」

少女は己の不利を素直に認めると、躊躇い一つ無く屋上から飛び降りた。
地面までの高さは40mあり、その間に植木のようなクッションになりそうな物は何一つとして無い。

「な…!?」

流石の守屋でも口から心臓が飛び出そうになる。目の前で投身自殺なんて夢見が悪過ぎる。
慌てて身を乗り出すと何事も無かったかのように走り去る少女の姿があった。

「なんて、出鱈目な…」

唖然とするのも一瞬。守屋は校舎に張り巡らされたパイプをつたって一気に下まで滑り降りる。

「普通の目で何の能力も無い癖に非常識な奴め…」

守屋が追って来る事は承知の上ではあったが、流石に自分と同じ方法で地に降り立つのは予想外だった。
だが、この程度の事であれば正規兵からすると、それ程難しい事では無い。
幼少期から訓練を受け、士官学校出立てのヒヨッコよりはマシなレベルの守屋ですら容易な芸当である。

流石に今の状態で、まともに守屋とやり合うのは不利だと少女は駆け出す。

(普通の人間では彼の相手は務まらないとは聞いていたが、此処までとはな…)

本来の目的を果たす為の布石のつもりだったが、色々と予定が狂ってしまった。
正直、制服の襟を引っ掴んで、地面に叩き付け引き摺り回し、顔の原型が無くなる程度に殴り潰されるのでは無いかと危惧している。
必要以上に挑発してしまった先程の自分を切り裂いてやりたい気分だ。

(どうも女が相手だとやり難いな…)

少女が危惧している通りの事をやってやりたい程度の怒りはあるのだが、流石に女子生徒に暴力を振るうのは躊躇われる。
最初の一発は顔面狙いで、次の一発が眼球狙いだったというのは怒り任せだったし避けられる事が前提だったので捨て置こう。
だが、何の為に守屋や霧坂を付け狙ったのか?誰かの差し金ならキッチリとケリを付けておきたい。

守屋は付かず離れずの距離を維持しながら少女を追った。
昼休みの真っ最中で人目があるにも関わらず、女子生徒を殴り倒したとあれば、どんな噂が流れるか分かったものでは無い。
そして、それが根も葉もない噂ならまだしも、紛れも無い事実なのだから尚更だ。

因みに、明日から守屋の噂の中に「守屋が空から降ってきた」という項目が追加されるのは最早、諦めた。

(リニアトレイン…拙い…)

距離を大きく離した状態で追っていたのが裏目になり、少女は出発直前のリニアトレインに駆け込んだ。

守屋の目の前でリニアトレインの扉が閉じ、少女を見送る格好になってしまった。

「逃がすかよ…」

守屋は半ば苛立ちながらモバイルシステムを起動、8枚の立体映像を呼び出し各駅の監視システムとリンクさせた。
大きく距離を離されてしまったが、少なくとも逃げた先の足取りを追う事は出来る。

守屋が一本遅れでリニアトレインに駆け込むと同時に、少女は守屋にとって見慣れた駅で降りる。

「ギアスタジアム…?」

嫌な予感を感じながら、各駅の降り口周辺の監視カメラとリンクさせていた立体映像を
ギアスタジアム周辺の監視システムとリンクさせ映像を切り替えると嫌な予感が的中した。

ギアスタジアムの外れに見慣れないメーカーのロゴが入ったギアトレーラーが停車しており
先程の少女がトレーラーの中に入り込んで行く姿を監視システムの内の一つが捉えていた。

「この流れは違法ギアか…それとも、テロリストか…?」

違法ギアであれば恨みを買う心当たりが有り過ぎるが、あれ程の手練が違法ギアに身をやつすとは考え難い。
何よりも紅眼を持っている以上、華々しい活躍の場は多岐に渡り、テロもどきのような行為はリスクに見合わない。
となればテロリストの可能性…テロリストが何故、こんな回りくどい事をするのか?そもそも、何の因縁が有ると言うのか?

(心当たりがあり過ぎて、どれの事か分からんな。)

八坂坂州に引っ越して来てからの事を思い返すのも馬鹿馬鹿しくなってくるが、
ギアまで持ち出して来るとなれば黙って捨て置くわけにもいかない。最初から捨て置くつもりすら無いわけだが。

モバイルシステムからアイリス・ジョーカーのシステムにアクセスし遠隔起動を要請。
夏休み中、霧坂の発案と整備担当部員の悪乗りによって搭載された新システムである。
ただ何と無く格好良さそうだからというだけの理由で。

「無意味な機能とばかり思っていたが、こんな形で役に立つとはな…来い、ジョーカー。」

流石に音声認証だからと言って、他の乗客が居るリニアトレインの中で大声で叫ぶ程の勇気も無ければ、恥知らずでも無い。
それに音声と命令内容さえ認識出来れば、声の大きさは無関係で叫ぶ必要性は全く無い。

程無くして、アイリス・ジョーカーは轟音を響かせながら守屋の下へ馳せ参じ、リニアトレインと並走する。
機体にかかる負担を一切考慮しない出鱈目な走り方に守屋は思わず顔を引き攣らせながら、コクピットブロックを展開させる。
既に勝手を知る愛機に飛び乗り、慣れた手つきでコンソールを叩き音声コントローラーに命令。

「モーションリンク開始。」

AI制御された鉄人形は支配権を主である守屋一刀に委ね、鋼鉄の巨人アイリス・ジョーカーとして立ち上がる。
こちらの準備が整うのを待つかのように、ゆっくりとした足取りで大鎌を携えた黒いギアが守屋機に対峙する。

「矢張り、見た事の無い機体だ…照合開始。」

違法ギアか、テロリストか、他校の生徒が潜り込んで来たのか判別が付かない上に
未知の機体に突撃する気になれず駄目元で機体情報を検索を開始する。

幸い、正体不明のギアというわけでは無く、検索命令と同時にアイリス・ジョーカーの
サブモニタに少女の乗るギアの情報が次々に表示される。

トールド技研工業製MCI搭載型スポーツギア・ヴァイゼスト。アイリス・ジョーカーとほぼ同時期に開発された新型機である。
アイリス・ジョーカーと比べ若干、装甲強度・耐久性が優れ、機動力・反応速度が劣るが誤差の範囲でしか無い。
更に定格起動時のジェネレーター出力値は全くの互角で性能差は無いも同然である。

「ならば、後は搭乗者次第…か。」

「何時までも敵と見詰め合う趣味は無いぞ?」

ヴァイゼストは大鎌を振りかぶりながら間合いを詰め、アイリス・ジョーカーの上半身を刈り取るが如く、横薙ぎに振り抜く。
自身に迫る死神の鎌を受け流し、弾き上げ、無防備になった胴体に手刀を突き入れる。

「迂闊だな?」

だが、ヴァイゼストの胴にアイリス・ジョーカーの手刀が突き刺さるよりも早く、弾いた筈の大鎌が踊り狂う。
機体をバラバラにされては敵わぬと必死に距離を離すが、突然の攻撃に体勢を崩され追撃に備える事が出来るだけの余力は無い。
余力は無いが、それを自覚するだけの精神的余裕があったのがせめてもの救いか。

(法則性の無い理不尽な斬撃…ブースト付か!)

超重兵器でありながら、軽量兵器のような斬り返しが出来る武器など一つしか無い。
そして、三笠との対戦でブースト付の厄介さは嫌と言うほど、思い知らされている。
だからと言って事態はそれ程、好転に向かう事も無く、アイリス・ジョーカーの胸部装甲が縦一文字に切り裂かれる。
切裂かれた胸部装甲が紫電を噴いているが、何程の事も無い。
まともに受ければ、一撃で撃破される危険性すらあったのだから、被弾していないも同然だ。

(さて、どう対応したものか…?)

以前、三笠のブーストハルバードを無効化した時はMCI搭載機の出力、格闘戦能力の高さと
三笠の機体の性能を30%ダウンさせていたから出来た芸当…と言うよりも、力任せのゴリ押しに過ぎない。
機体性能は互角な上に三笠と違って、手心を加えてくれるような相手では無い。

(失敗は許されない…それ以上に…)

重く素早い斬撃。広い間合い。理不尽且つ、鋭い斬り返し。

「長考しながらの戦闘とは随分と舐められたものだな。」

言葉と共に大鎌がブースターから火を噴き大きく弧を描く。
まるで武術の型のように綺麗な姿勢で振り抜かれた斬撃はまさに疾風迅雷。
不覚にも対応する事が出来ず、無防備な姿を晒してしまう。

「次は首を落とすぞ?」

「もう一度言う。一体、何を企んでいる?何が目的だ?」

疾風迅雷の剛撃はアイリス・ジョーカーの胸部装甲を剥ぎ取るだけで
守屋とアイリス・ジョーカーにとって戦闘行動に支障をきたす程の損傷にはなっていない。

何よりも屋上で戦った時とは違い、攻撃に全く殺気が無く合理性が無い。
彼女がその気になれば最低でも二回は守屋を撃破出来ている。

だと言うのにも関わらず、この状況は一体どういう事なのだろうか?

「お前に余計な事を考える余裕は無い筈だが?
お前が手間取れば、手間取る程…霧坂という娘が如何なるか…楽しみだな?」

―刹那。守屋は思考を切り替えた。

彼女の目的など関係無い。テロリストだろうが、違法ギアだろうが関係無い。
そう。敵の信念、大義、理念、思想、その他諸々含めて何もかも知った事では無いし、聞く耳を持つ必要など無い。
そもそも、敵の事など何一つとして知る必要など無く、必要な事は眼前の敵を討ち滅ぼす事だけだ。
目の前に敵が居る。拳を振るう理由は唯それだけだが、それだけの理由があれば充分すぎる。

敵だというだけでも不快なのに、この少女は踏み込んではならない領域に踏み込んだ。
生かしておくのも不快な程に。そう思った時にはヴァイゼストの腹部に拳を突き刺していた。

「――早い」

正に刹那の瞬撃。気が付いた時にはアイリス・ジョーカーに間合いを詰められており、少女は感嘆交じりの溜息を吐いた。
しかし、不発は不発だ。守屋は忸怩たる思いでコクピットに肘打ちを叩き込むが、ヴァイゼストは被弾するよりも早く機体を密着させ
再び、打点をずらし守屋の攻撃を封殺。被弾した際に生じる衝撃が余りにも軽く、噴出す緩衝材の量も極僅か。

半ば苛立ちながら、得意気な面して肘打ちを受け止めた奴の横っ面を引っ叩く為、鋼拳を振り抜く。
今度は手応えがあった。但し、打ち付けたのはヴァイゼストの頭部では無く大鎌の柄尻だが。

スポーツギア随一と言われるアイリスタイプの脚力より生み出される渾身の膝蹴りで股関節を破壊し動きを封じる。
動きを封じる事が出来ないから良い様にされているわけで、これも思った通りにならない。
アイリス・ジョーカーの膝に片腕をつき膝を支点にひらりと飛び退き、再び大鎌の間合いにされてしまう。

「チャクラムッ!!」

何一つとして思い通りにならない戦況に苛立ち、怒鳴りながらシールドチャクラムに起動命令を発する。
守屋の苛立ちに呼応するかの如く、左腕のシールドからチャクラムが唸り声のような擦過音と火花を撒き散らしながら
嬉々として得物であるヴァイゼストの右肩に喰らいつく。

「必死になって、やっと一撃か?」

侮蔑を込めた皮肉を聞き流し、右腕のバックラーブレードの刀身を展開しながら再び距離を詰める。
此処まで必死になって、効果的なダメージを与えられたのはたったの一撃。言われるまでも無く自分の不甲斐なさに辟易する。
そして、冷静に対処しなければならない相手だという事は分かっているのに、上手く感情を抑制出来ない。何より…

(――行動が思考に追い付かない。)

渾身の一撃、無心の一撃も有効打にならない。
守屋は苛立ちと己の無力さを斬り捨てるかのように力任せにブレードを振り抜くが、無造作に振るわれた大鎌に弾き返される。
機体の重量と出力が同等とは言え、大鎌の重量と推進システムによって得られる力の前では、必然的にパワー負けしてしまう。

「あああああッ!!!」

絶対的に不利な状況に対してでは無く、それを前にしても満足に対応出来ない自分自身の弱さにに対する怒りが爆発し
癇癪を起こした子供か何かの様に奇声にも近い叫び声をあげながら、出鱈目に剣を振り回す。

「やれやれ…堪え性の無い奴だ。」

少女の声色が一転して、まるで子供をあやす母親の様な優しさを湛えた声に変わるが
今の守屋がそんな事を気付けるだけの余裕がある筈も無く、ただ只管、闇雲に剣を振り回す。
そして、少女の声色が変わったとしても、その攻撃の苛烈さが変わるわけでも無く
大鎌に装備されたブースターを最大出力にして、守屋の剣速に対応し、あっさりと攻守が逆転する。

確かにヴァイゼストの大鎌―ブーストサイズが超重兵器としては破格の剣速を誇るのは事実だが
それでも、人間特有の合理、非合理の入り混じった緩急の激しい長剣の剣速を持って対応するのは然程、困難では無い。
とは言え、この絶対的な力の差を覆す事が出来る程でも無い。

そして、ヴァイゼストにとって何気なく打ち払った斬撃でも、守屋の斬撃を防ぐ事も軌道を変える事も容易である事もまた事実だ。
武器がぶつかり合い爆音を辺りに撒き散らす度、守屋は必死に押し潰されそうな機体の体勢を取りながら大鎌の対応を優先する。
優先すると言っても大層な考えなど無く、攻撃速度任せに只管、剣閃を切り結ぶだけの力技の応酬。

否―

幾十程、斬り結んだ所でヴァイゼストの大鎌の柄は圧し折れ、刀身が宙を舞う。

「ほう?」

本来、この様な失態とは無縁なのだが、守屋が癇癪を起こしていたせいで逆に気付けなかったのだ。
互いの得物を切り結ぶ際、衝撃音だけで無く何かを削る擦過音が混じっていた事に。

少女は特に怯んだ様子も無く、感嘆し感心したかのように呟いた。

「ブーストサイズのウィークポイントに斬撃を集中し破壊…怒ってみせたり闇雲に剣を振るっていたのは、それを隠すためか?
直情的かと思えば、意外に小賢しいな?」

「黙れッ!!」

前言撤回。何も考えていないようで色々と企んでいる…と見せかけて、何も考えていない大馬鹿者の糞餓鬼だ。
少女は守屋一刀という男をそう評し、コクピット狙いの愚直な刺突を残った柄で受け流す。その顔には侮蔑も慈愛も無い。

「まだご機嫌斜めか?面倒臭い奴め。」

刺突を受け流され体勢を崩すアイリス・ジョーカーに追い討ちとばかりに足払いを仕掛け、大地に叩き付ける。
だが、地に伏せるよりも早くアイリス・ジョーカーから放たれた有線チャクラムが蛇の様にヴァイゼストの身体を戒める。

「チッ…本当に面倒な真似をしてくれるッ!!」

チャクラムによって繋がれたアイリス・ジョーカーとヴァイゼストは縺れ合いながら転倒し
少女の顔色が若干の焦りに染められるが、今更になって意識を切り替えても既に手遅れだ。
アイリス・ジョーカーの左腕はヴァイゼストの頭部を鷲掴みにし、右腕のブレードはコクピットに突き付けている。

「随分と手間取らせてくれたな。誰の差し金だ…答えろ!」

漸く、アドバンテージを手にする事が出来たものの既に心身共に満身創痍。
勝ち誇る余力など無いし、この少女は途中経過でしか無く一息つく余裕など許されてすらいない。

「それは勝者の台詞であって、敗者の言動では無いよ。守屋一刀。」

守屋には余裕も余力も残されていないというのにも関わらず、少女はこの状況に動じる事も無く
自分の絶対的有利を信じて疑っていない様子で、不遜な態度は健在だ。

「後遺症の一つや二つは覚悟するんだな。アイリス・ジョーカーフルドライブ…」

今の守屋に長々と問答するだけの余裕は無く、力尽くで口を割らせる為にアイリス・ジョーカーのリミッター解除をシステムに要請。
区大会の時のように自滅する程の出力アップでは無く、守屋の格闘戦能力に耐えられるだけの出力アップに留まっている。
それでも、スポーツギア程度であれば物の数秒で原型が残らない程の残骸に変える事の出来るだけのパワーはある。

「物を考えているようで何も考えていない。物が見えているようで全く見えていない。筋は良いが色々、残念だな?」

守屋がヴァイゼストを真ッ平らな鉄屑に変えるよりも早く、ブースターを吹かしながら宙を舞っていた大鎌の刀身が急降下し
アイリス・ジョーカーの頭部に深々と突き刺さり、システムが完全に沈黙し、守屋の脳裏に敗北の二文字が突きつけられた。
そして、アイリス・ジョーカーは糸の切れた操り人形のように力無く倒れそうになるが、ヴァイゼストに抱き止められる。

「ふぅ…顔合わせの挨拶代わりにしては少しばかりハード過ぎたかな?」

少女は幾分か柔らかい声色で守屋に問いかけ、アイリス・ジョーカーを地に寝かせる。

「何故、トドメを刺さない?一体…何がどうなっている?」

少女の雰囲気の豹変と闘気の消失が逆に守屋をうろたえさせた。

「守屋。何故、お前が私に敗北したか分かるか?」

「……」

少女は守屋の狼狽など知った事では無いと言わんばかりに問いかけた。
自分が少女より弱いから負けた。それ以外に何があると言うのだろうか?
守屋は答えを見つける事が出来ず、押し黙った。

「紅眼と普通の人間。筋力と反応速度は紅眼の方が遥かに上だが、MCI搭載ギアに搭乗してしまえば搭乗者の能力に意味は無い。
スポーツギアの能力を引き出すのは搭乗者の役目だが、性能を決めるのは搭乗者では無い。」

どんなに非常識な腕力を持っていたとしても、それがギアに反映される事は無い。
飽くまで、搭乗者の動きをトレースするという入力方式であって、筋骨隆々だろうが貧相な身体をしていようが
プラズマジェネレーターの規定出力を上回る事も無ければ、下回る事も無い。ある意味で平等だ。

「戦闘能力の優れるお前にとって種族として覆す事の出来ない力の差を容易に埋める事が出来、有利な状況を生み出せる。
だと言うのにも関わらず、お前は圧倒的に不利な生身での戦いで私を圧倒し、有利な筈のギア戦で私に敗北した。
原因は何だと思う?一応言っておくが生身で戦った時は本気だったが、ギア戦ではかなり手を抜いたぞ。」

守屋はヴァイゼストの搭乗者である少女が敵対者である事も忘れ、考え込んだ。
幼い頃から戦闘訓練を施され、高校生としては破格の戦闘能力を持ち異能の力を持つ紅眼相手ですら引けを取らない。
だと言うのにも関わらず、種族としての差が埋まった上で機体性能が全くの互角のギア戦で圧倒されたのか?

「今まで戦ってきた相手が雑魚ばかりだったのが、お前にとって最大の不幸だったな。
雑魚相手ならいざ知らず…今のお前では私は愚か、矢神玲に勝つ事など夢のまた夢だ。」

「貴女…一体、何者なんだ?」

「ん?ああ…自己紹介がまだだったな。二年の小野寺織(オノデラ シキ)明日から此処の生徒になる。
出身はお前と同じ砕牙高校だ。お前の練習相手にと理事長に半ば無理矢理拉致られてな…それなりに強くしてやるから宜しく頼む。」

ありがちな展開だが、守屋にとっては予想外の展開に唖然とする。頭痛もする。眩暈もした。辟易した。

守屋の区大会での成績は初出場としては上々。寧ろ、異常と言っても良い結果だったと言える。
優れた素質に整った設備、選手としての力を磨くには最適な環境にも関わらず、練習相手の欠如という前提条件の崩壊。
そんな本末転倒な状況を打破する為、理事長である八坂栄治が専属ギアと、レギュラーの地位を餌に釣り上げてきたのだ。

霧坂を男にして大金を持たせたようなダメな大人の典型のような人だ。守屋にとってはその光景をリアルに想像するのは容易い。

「霧坂が如何こうってのは?」

「あまりにも必死に探していたのでな、守屋が屋上に居る事を教えてやっただけだ。ついでにキーの外し方もな。
何処の棟の屋上かまでは教えていないが…守屋があまりにも上手く隠れるものだから、かなりのご立腹だったぞ?」

色々と眩暈がした。安息の地であった筈の屋上にまで霧坂の魔手が伸びる事になろうとは…
別に霧坂から逃れる為に屋上に居るわけでも無いし、聞かれたら答えるつもりではあったが。

「アイツでも怒る事があったのか…」

「どんな奴にでも感情はある。お前が何を仕出かしたかは知らんが、心当たりがあるのであれば謝罪しておけ。
そして、お前は他人に気をかけるだけの余裕は無いと言った筈だ。」

剣呑さは無いが何と無く聞き捨てならぬ小野寺の言葉に問い返すよりも早く答えが帰ってきた。
小野寺はモバイルシステムを起動し一枚の立体映像を守屋に投げ渡した

「な…」

「昼休み終了5分前。5分以内に大破したアイリス・ジョーカーを格納庫に戻してリニアトレインに乗って教室に戻る事が出来るかな?」

無理だ。

守屋は慌ててアイリス・ジョーカーのシステムを再起動し格納庫へ走り、リニアトレインに乗り
駅から教室まで全力で駆け抜けるが午後の授業に15分程遅刻してしまった。

気配を隠してクラスメイトと教師の目を欺き、自分の席まで後3歩というところで
霧坂にバレてしまい20分程、教室のど真中で教師から延々と説教を聞かされる羽目に陥ってしまった。
守屋は説教を右から左に聞き流しながら、霧坂と小野寺に何かしらの形でささやかな復讐を誓っていた。


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