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第6話  戦慄! シロガネ四天王再び現る! 前編

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 ※

 紺色の靴下を履いた足を恐る恐ると伸ばして、悪山エリスは廊下の暗がりをまた一歩だけ前進した。
 進めば進むほど闇が濃度を増していく、窓のない通路だ。
 もっともエリスの慎重さは、見通しの利かない足元を不安に思ってのことではなかった。そこは彼女が幼少の頃から出入りしている
悪山研究所の内部であり、その気になりさえすれば目を瞑っていても行き来できる。
 仰々しい言い方をすれば、悪山エリスは今、隠密行動中なのだった。
(抜き足、差し足、忍び足……)
 その足どりからは、わずかな物音も立てまいと神経を尖らせているようすと、また歩行という連続した動作を細分化して相手にそれ
と認識させまいという徹底振りが窺えた。多くの肉食動物が狩りで用いる戦法でもある。
(抜き足、差し足、忍び足……)
 魔法の呪文のように心の中で繰り返すと、少しだけ動悸が楽になった気がする。古びた床が立てる軋みの音さえ、今の彼女には恐ろ
しい。こうしてこそこそとしていることじたいが、ある種の裏切りのようで後ろ暗い。なけなしの勇気でもう一歩。
(抜き足、差し足、忍び足……)
 白磁のような両腕が大事そうに抱えているのは、料理の載ったトレイだった。ラップを押し上げる直角二等辺三角形は、手製のサン
ドウィッチである。具には彼女なりに趣向を凝らしてあった。
 悪山エリスの向かう先には、木製の扉一枚を隔てて、彼女の祖父が築き上げた“男の城”が広がっている。大雑把に資料の収集や設
計図の作成などを行う書斎と、さらに奥にはさまざまの機械の唸る研究開発室、そのまた向こうに巨大ロボットの保管や整備などを司
る格納庫などが存在する。
 その男の名は、悪山悪男。毎週毎週大型肉食恐竜型のロボットを手作りしては、ロボヶ丘市を恐怖のどん底に突き落とす、悪のマッ
ドサイエンティストだ。
 細心の注意を払って足音を忍ばせ、エリスはようやく地獄に通じる門に辿り着いた。
 そこで困り顔になる。
 ここまでの静粛性は完璧だという自負がある。これが潜水艦同士の海中戦なら、もう敵は死んでいるも同然だ。ましてや最近少し耳
の遠くなった悪山悪男が、接近に気づけるはずはなかった。溺愛する孫娘のこととなると彼はしばしば人類の限界を越えるため、絶対
とまでは言い切れないにせよだ。
 だが、ここに来て、今回のミッションにおける最難関が立ちはだかった。
 建てつけの悪さから、よく開け閉めに難儀する引き戸である。祖父が巻き起こす爆風のせいで歪んでいるのではないかとエリスは見
ているが、それは今はどうでもいい。
 経験上、その戸板はびくともしないか大きく動くかの極端で、開くときは必ずそれと分かる音を立てるのである。
(どうしよう……)
 しばらく途方に暮れて呆然と扉を眺めるうちに、エリスは端から光が漏れていることに気づいた。
 真正面からでは分からなかったが、角度をつけると数ミリメートルほどの隙間が生じている。
(中、見えるかな?)
 悪山エリスは桜色の唇をわずかに窄めて息を吸ってから、ぴたりと潔く止めた。
 そのまま青み掛かった瞳を壁に寄せて、そっと中を覗き見る。

 戦慄した。
(深夜に包丁を砥ぐ鬼婆を目撃した旅人の気分です……)
 他者の共感が得られるかはともかく、我ながらなかなか的確な比喩だとエリスは思う。ざんばらと白髪を振り乱し、三白眼を血走ら
せた祖父のようすには、まさしく鬼気迫るものがあった。エリスにとっては、優しい祖父が“悪のマッドサイエンティスト”であるこ
とを改めて思い知らされる光景でもある。
 予想よりもずっとひどそうな状態に、エリスは聞こえよがしに溜め息を漏らした。ありのままを確かめられれば、もう存在に気づか
れようと構いはしない。もっとも切羽詰まった彼はそれにも気づいていない。
 ここ数日の悪山悪男は、まるで何か悪いものにとり憑かれたように、自らの“城”に篭っていた。ちょうど悪山研究所に珍しい訪問
者があり、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネがシロガネ四天王と戦いを繰り広げた、その翌日からだ。
 そこでの悪山悪男の活動内容はエリスが訪問する度に違ったが、今回は書斎の隅の古びた学習机に黄ばんだ大学ノートを広げ、何や
ら書き殴っていた。まるで別種の生物のように背中を丸め、洟を擦りつけんばかりに紙面に顔を近づけるのは、彼のいつもの流儀だ。
握り締めるような鉛筆の持ち方も、行き詰まると上端を齧る悪癖も、もう矯正のしようがない。
 悪山悪男は試行錯誤に没頭するあまり、寝食を忘れていた。愛孫であるエリスの手料理は欠かさず平らげていたが、どこか燃料を補
給するような作業的な食事だった。睡眠時間にいたっては、まるごと削っている節がある。
 とはいっても、それだけならば、悪山悪男にとっては別段珍しいことでもない。エリスとしても、毎度のことに呆れながら世話を焼
いていればよかったのだ。
 しかしエリスは、祖父のようすにいつもと違う雰囲気を嗅ぎとっていた。
(おじいちゃん、ちっとも楽しそうじゃない……)
 趣味人に特有の熱意も、明朗さも、今の悪山悪男からは感じられないのだ。エリスにとっては、そんな祖父は見るに堪えない。それ
では彼女が悪山悪男の悪行を黙認する“共犯者”でいる意味がないではないか。
 サンドウィッチのトレイを片手に持ち替え、それなりの勢いをつけてノックを鳴らす。反応を待たずに戸を引くが、すぐにつかえて
しまった。こうなると手渡しは難しい。エリスはそのことに心のどこかで安堵していた。
「おじいちゃん? お昼ご飯、ここに置いていきますから」
「おう」
 差し入れには生返事を返しておいて、悪山悪男は顔も向けずに言葉を継いだ。
「今日も、街へ行くのか」
「はい」
 悪山悪男は渋い顔をした。
 今のロボヶ丘市は明らかな“危険地帯”だ。下手に外を出歩こうものなら、それこそ命の保証はできない。
 エリスがそれを承知の上で、市街にある住居と郊外の悪山研究所を往復し、また暇を見つけては中央商店街などにも足を運んでいる
ことを悪山悪男は知っていた。
 命をどぶに捨てるような行為だ。言語道断だとは思うが、何を言ってもエリスは聞く耳を持たない。
「……気をつけてな」
 結局は、今日もそう言い含めることしかできなかった。
 こんなこともあろうかと悪山悪男が贈った謹製のリボン・護身用自動伸縮装飾帯は、10メートル級の戦闘用ロボットくらいなら八
つ裂きにできるはずだった。油断はできないが、今はそれに頼むしかない。

 遠ざかっていく愛孫の足音を寂しがりながら、悪山悪男は唇を震わせるように独白した。
「……あの子は、がっかりしとるじゃろうなぁ……」
 彼女がわざわざ危険を冒す理由に、彼はうすうす勘づいていた。ずいぶんと婉曲的に“お願い”をするものだと思う。
「しかし、しかし。この保険だけは間違うわけにいかんのだ」
 悪山悪男は筆を置き、今し方ようやく出来上がったばかりの図面に目を通す。
 鉛筆の硬さは2Bで、筆圧は強い。消しゴムも下敷きも使わない彼のノートは、ひどく黒ずんで汚らしい。
 古今東西の文字を彼自身にしか分からない法則に従って崩し、また複雑な設計図を脈絡もなく挿入するために、そこに踊るものの正
体は判別不可能。世界第九位の狂博士である悪山悪男本人か、かつてワルサシンジケートを震撼させたというかの巨大頭脳以外には。
 悪山悪男は息を吐く。休んでいる時間はない。サンドウィッチを摘まんだら研究開発室に直行だ。
 ワルサシンジケートの魔手がエリスに及ぶであろう、あと数日のうちには完成させなくてはならないのだから。
「ワルレックス系列最凶最悪の機体となる、この“ダイノスワルイド”だけは……!!」
 悪のマッドサイエンティスト・悪山悪男の嗄れ声には、悪魔に魂を売り渡さんばかりの切実さが篭っていた。
 それは、まだ影も形もないはずだというのに。
 機械仕掛けの暴君竜の咆哮が遠雷のように聞こえたのは、果たして気のせいだったのかどうか。








 ※

 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネのカメラアイ下に配置されたビームドライバが亜空間から転送する金属粒子は、極めて不安定な存
在であり、わずか数秒で地上から完全に消滅する。ネクソンクロガネストームが地表に施した鈍色の厚化粧も、今では薄っすらと色褪
せたものになっていた。
 未だに残留する顆粒を蹴立てながら、ぶつかり合う二体の巨大ロボット。
 それが最強無敵ロボ・ネクソンクロガネと、悪のロボット軍団・シロガネ四天王との壮絶な戦いの始まりを告げた。
「ネクソンクロガネパンチ!」
「何のッ!」
 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネの放った必殺パンチが、剛力無双ロボ・シロガネマッスルの分厚い胸部装甲に押し戻される。巨大
ロボット一体分はあろう重量差と、超ネクソン白鋼の強靭さのために、衝撃が伝わるより先に肩が後退してしまうのだ。
 激しい反動に痺れながらもネクソンクロガネはその場からさらに右の拳を突き出すが、今度は片手で受け止められた。追撃の左も同
じく。戦いは、両手を組んだままに互いを圧倒しようと押し合う、剛力対決の様相を呈する。
 だが、田所カッコマンは失念していた。
 敵はシロガネマッスル、“剛力無双ロボ”なのだ。
「筋肉は隆々! 仕掛けをごろうじろ!」
 拮抗できたのも一瞬のこと。シロガネマッスルの赤い入れ墨が力強く発光。重量と駆動力の差で押し負け、最強無敵ロボ・ネクソン
クロガネの踵が大地を削った。
「こんの、馬鹿力め!」
 両腕を捻り上げようとする動きを察し、田所カッコマンは真っ向勝負を放棄。ネクソンクロガネは自ら背中から倒れ込むと同時に片
脚でシロガネマッスルの胴を蹴り上げ、相手の勢いを利用して投げ飛ばす。
「男の真筋勝負に柔術まがいの受け流しとは、不粋千万ー!」
 宙を舞う四天王いちのマッシブ。
 綺麗な放物線とはいかず、後頭部から地面に激突。金属粒子のカーペットを滑って粉塵を巻き上げた。
「いや、しかしあれもまた美しき筋肉の躍動といえるか、ううむ……!?」
 仰向けに倒れたシロガネマッスルの中で、ニック・W・キムが腕組みをして唸る。声に苦痛の響きはなく、とぼけているようにさえ
聞こえた。受け身をとったようすもないというのに、大した損害も見られない。

「寝てな、おっさん!」
 シロガネマッスルのタフさに悪態を吐く暇もなく、音速飛翔ロボ・シロガネソニックの急襲を迎える田所カッコマン。
 内蔵兵器を起動。背面装甲のハッチを左右二箇所展開し、VLS(垂直発射システム)を引き出す。
「ネクソンクロガネミサイル!」
 超音速巡航ミサイルを射出。損傷はおろか命中すら望むべくもなしと、着弾を待たずに自爆させる。
 轟音と閃光を目眩ましに身を翻し、暗躍する百発百中ロボ・シロガネスナイパーとの隔たりを踏破。ネクソンクロガネパンチの強打
を浴びせる。
 鉄拳の芯に異物感。
 陽炎のように立ち昇る薄緑の毛髪。
 狙撃手の護衛に就いていた一騎当千ロボ・シロガネブレードが割り込み、迎え火の剣を当てていたのだ。女騎士の凶刃が中指と薬指
の間に侵入し、そのまま手首、前腕と竹のように両断していく。超ネクソン黒鋼の装甲などあってなきがごとき、常軌を逸した切断力
だった。
 田所カッコマンは改めて自覚する。これまでのように頑丈さに物を言わせた戦いは、もうできないのだと。
 これは死闘。命を懸けた、本当の意味での“潰し合い”。
「許せ、ネクソンクロガネ……!」
 地獄にでも付き合うと応える巨人の聲を、確かに聞いた。
 故に最強無敵ロボ・ネクソンクロガネは止まらない。半分に割れた拳をシロガネブレードの顔面に突き刺す。鋭すぎる切れ味のため
に剣では抵抗にならず、速さはほとんど減じていなかった。斜めに斬り飛ばされた腕の半分が空中で回転するのを、田所カッコマンは
横目に見た。ロボットの痛みをパイロットが引き受けることができれば、どれだけ楽か。
 拳を振り抜くまま、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネが回し蹴りの体勢に移行。
 衝撃に頭をぐらつかせながら、切り裂きジャンヌが金切り声を上げる。
「この子、調子に乗ってッ!」
「どけ、ジャンヌ」
 シロガネスナイパーのライフルが火を噴く。狙いを過たず、閉ざす暇のなかったネクソンクロガネのミサイルVLSに銀の銃弾が滑
り込む。重装甲で跳弾し、内部機構に深刻なダメージ。それでも怯むわけにはいかない。
 まさかりを振るうがごときネクソンクロガネの蹴撃を、切り裂きジャンヌは機体を沈ませて躱す。抜け目なく関節に剣を突き入れ、
歯車を狂わせようとするが、逆に刃を折られそうな気配を察したか断念。
「中身も化け物なの!?」
「ネクソンクロガネは、アーマーとフレームが未分なのだ」
 解説しながら、スナイパーガマンが引鉄を絞る。
 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネの左カメラアイを狙った魔弾は、わずかに逸れて下のビームドライバに着弾、その機能を奪う。こ
れでネクソンクロガネビームの威力が半減。
(またひとつ、追い詰められたか……!)
 シロガネマッスルとシロガネソニックが復帰。超音速で飛行できるシロガネソニックが先行して到達し、衝撃波の刃を放つ。
 先読みしていた田所カッコマンが、回し蹴りの動作中に密かに振り撒いていた金属粉により、ネクソンクロガネストームが発動。シ
ロガネソニックが爆光に呑まれる。
「またかよ!?」
「学習しろ、エビル!」
 スナイパーガマンが怒鳴る。マグネシウムなどの燃焼に、あわや命にも等しい視力をやられるところだった。
「してるさ! 見た目は派手だけど、超ネクソン白鋼ならいくらでも耐えられるってね!」
「そうじゃない! お前の役目は撹乱だ! いらぬ攻撃に我々まで巻き込むんじゃない!」
「はああ!?」
 シロガネ四天王、一体一体は確かに強力だ。最強無敵ロボ・ネクソンクロガネに優るとも劣らないだろう。だが、一度も揃ったこと
がないというだけあって、彼らの連携はうまくない。
(四対一だと思うな。これは一対一の四連戦。ただの、消耗戦だ!)
 広い背中で爆風を受け、地上の帆船となったネクソンクロガネが、猛然とシロガネスナイパーに掴み掛かる。
 スナイパーガマンはゼロ距離射撃を試みるが、響いたのは銃撃音ではなく警告音。
「銃口に異物? ……ちぃっ!」
 防塵仕様でない現装備の四天王ロボに、ネクソンクロガネストームは脅威だった。
「このスナイパーガマンを一芸だけの男と思うな!」
 シロガネスナイパーがライフルを持ち替え、銃把の仕込み針で首筋を穿とうとする。死神の大鎌のように銃身が風を切る。
 田所カッコマンが内蔵兵器ネクソンクロガネバルカンを起動。空中の金属粉で暴発。同じ牽制を食うスナイパーガマンではないが、
今度は最強無敵ロボ・ネクソンクロガネの側が爆発を制動に利用、躱しようのない体勢から躱してみせた。

 動きが止まったところに、左右からシロガネブレードとシロガネマッスルが殺到。
 同士討ちさせようとネクソンクロガネが爪先で地を蹴って背後に跳ぶが、絶妙のタイミングでシロガネソニックが空襲し、激しい衝
撃波で押し戻される。
 田所カッコマンは戦術を変更。先に接地した左足底を強く踏み締めながら上半身を回転し、左のネクソンクロガネパンチ。
 ――激突!
 先に到達したシロガネブレードが、体重を乗せた刺突でネクソンクロガネの胴体を背から腹へと串刺しにする。難攻不落のシロガネ
マッスルに押しつけるような、逃げ場のない必殺の挟撃。両者の思いきりのよさは、多少の損傷は覚悟の上のものらしかった。
 切り裂きジャンヌの毒々しい唇は嗜虐の笑みに歪んでいた。シロガネブレードは貫通した剣を掻き回し、ネクソンクロガネを抉る。
 けれど。
「馬鹿な……。この私の、アツい胸板……が……」
 この局面で真っ先に苦しげな呻きを漏らしたのは、四天王いちのマッシブ、ニック・W・キムだった。
 剛力無双ロボ・シロガネマッスルの山のような巨体がぐらりと傾ぐ。
 鍛え抜かれた大胸筋に似た胸部装甲は、弾性の限界を越えて陥没していた。穿つは最強無敵ロボ・ネクソンクロガネの鋼の拳。そん
な芸当は、通常のネクソンクロガネパンチでは不可能。同等の硬度と、如何ともし難い本体の体重差で弾かれるためだ。
 だが、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネはそれを、“衝突の瞬間にシロガネブレードの突進力を借りる”ことで補ったのだ!
 衝撃のエネルギーが完全に伝導されたネクソンクロガネパンチの前には、超ネクソン白鋼の積層装甲すら鉄壁の防御とはいかない。
「ニック!」
「呆けるな、ジャンヌ!」
 どうと崩れ落ちるシロガネマッスル。
 自然に引き抜かれた左手を、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネは今度はシロガネブレードの右腕に伸ばす。背後を手探りする無理な
動作で、決して素早くはなかった。
 シロガネブレードは退避しようとするが、ネクソンクロガネの背に埋もれた白刃が抜けない。そこで愛剣を手離すことを躊躇したの
が、切り裂きジャンヌの不覚。最強無敵ロボ・ネクソンクロガネがシロガネブレードの利き腕を鷲掴みにし、全握力を費やした圧迫行
動を開始。女騎士自慢の白銀の腕甲が悲鳴を上げた。
「乱暴な男だ!」
 シロガネスナイパーが回復したライフルを連射。ネクソンクロガネの五指に全弾命中させ、その手先の感覚を一時的に麻痺させる。
神業めいた援護を活かし、シロガネブレードはネクソンクロガネの背中に足を掛けて強引に剣を引き抜き、どうにか武器を失うことな
く窮地を脱した。
 仕切り直し。
 台風の目のように激戦の最中にぽっかりと生まれた小休止を、戦士達は彼我の残存戦力の分析に費やす。
 状況はシロガネ四天王の圧倒的有利。
 たとえシロガネ三羽烏になろうが、カッコマンエビルが役に立たなかろうが。遠近をカバーできるシロガネスナイパーとシロガネブ
レードのコンビネーションが決まれば最強無敵ロボ・ネクソンクロガネは手も足も出まい。これまで最強無敵を誇った超ネクソン黒鋼
の装甲も、よりネクソニウムの純度を高めた専用武器の前にはボール紙も同然。
 有利なはずだというのに。
(勝てる気がしないのは、何故……?)
 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネは満身創痍。
 引き裂かれた右前腕の半面が脱落。十のうち八本の指の動作に不具合がある。肩口と背面腰部の内蔵兵器回りは、四箇所とも再起不
能だ。背面から正面までを刺し貫かれ、破損箇所からは火花混じりの黒煙が止めどなく噴き出す。二基あるビームドライバも片方は機
能を喪失し、攻撃力に不安を抱えている。至近距離で繰り返し爆発を浴び、装甲の光沢も今は曇天のように鈍い。
 胸部中央の操縦室に籠るのは、手負いの獣の息遣い。パイロットである田所カッコマンの疲労もまた、心身ともにピークに達してい
た。ヘルメットに縦横の亀裂が走り、頭のどこかから垂れた赤色が顎骨と鼻筋を滑り落ちていく。はぐれ研究員・龍聖寺院光の必死の
呼び掛けも、耳に入らなくなって久しい。
 勇姿を知る誰もが目を背けるであろう、惨憺たる状態だった。身構える動作も、どこか精彩を欠いて見える。

 それでも、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネには、たったひとつだけ変わらないものがあった。それが百戦錬磨の切り裂きジャンヌ
をして、捉えどころのない弱気を生じせしめたのだった。
 たったひとつ。
 悪の心胆を寒からしめるカメラの眼の凄み。
 それだけが!
「これが最強無敵ロボ・ネクソンクロガネ……!」
 四天王いちのテクニシャン・切り裂きジャンヌが発した声には、かつてない感情が篭められていた。シロガネ四天王がこれまで敵味
方を問わず与えてきた、“恐怖”などとは似て非なるもの。
 ――“畏怖”。
 切り裂きジャンヌは、無意識にシロガネブレードを一歩、後退させていた。
「武御雷光華流姐さんのおめがねに適っただけのことはある、かもね。……田所とかいったっけ?」
 手持無沙汰に上空を旋回していた四天王いちのスピード・カッコマンエビルも、徐々に愛機の高度を下げていた。敵味方入り乱れて
の接近戦には、シロガネソニックでは混ざりづらいのだ。
「だがもう限界だ。そろそろ仕留める」
 四天王いちのスナイパー・スナイパーガマンは、その洞察力で最強無敵ロボ・ネクソンクロガネが気力だけで立っている状態だと見
抜いていた。手の中のライフルが鎌首をもたげる。
 今にも最終ラウンドのゴングが打ち鳴らされようかという、そのときだった。
『やれやれ……何をしているのです?』
 四天王ロボの画像通信に割り込みを掛ける男がいた。奇病に冒されたような痩身に黒いスーツ。殺人をも厭わぬ冷酷な性を眼鏡が強
調する、それは危険なかほりの男。
 シロガネ四天王のメンバーに、稲妻のような緊張が走った。
「これはこれは。最上級エージェント、イッツァ・ミラクル」
 悪の総本山・ワルサシンジケートでも屈指の魔人。
 シロガネ四天王をロボヶ丘に派遣した張本人でもある。
『四対一でやっと勝てました!では、コマーシャルにならないではないですか』
「猛省しております」
 悄然とわずかに顎を引くスナイパーガマン。
 イッツァ・ミラクルは激情を顕わにすることがない。しかし、たしなめるような口調に、どこか逆らいがたい迫力があった。
『こうなれば一対一です。つい先日、悪の巨大頭脳・ドクトルポイズンからレクチャーがあったでしょう、“あれ”をおやりなさい。
シロガネマッスルは動けないようですから、こちらで遠隔操作します』
「いや。それには及ばないよ……」
 地に倒れ伏していた金属塊が、熊のようにむくりと上体を起こす。
『お目覚めですか、ニック・W・キム』
「鍛え抜かれた筋肉がなければ危なかった」
 暑苦しく微笑んでみせるシロガネ四天王いちのマッシブ。
 まさかの復活に、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネの勝利の可能性がいっそう低下する。
 田所カッコマンは悔しげに歯噛みするが、それでも戦意だけは失くさない。シロガネ四天王が盛んに暗号通信を交わし、とんでもな
いことを実行しようとしているとも知らずに!
「では、やるか。……みんな、準備はいいか?」
「まさかぶっつけ本番とはね」
「ハハハ。ぼやくなぼやくな。未知なる筋肉と、さらなる筋肉だ」
「ちぇっ。こんな展開じゃ、悪のカッコマンどころかカッコワルイマンじゃないか」
 御伽噺の三銃士さながらに銃と剣と拳とを交差させる、シロガネスナイパー、シロガネブレード、シロガネマッスル。
「イチ!」
「ニ!」
「サン!」

「シロガネ! 四身一体!」
 音速飛翔ロボ・シロガネソニックが彼らの腕先を飛び越えたかと思うと、巨大な独楽となって回転し始める。翼端からは飛行機雲の
ように無限の白煙が放出され、見る見るうちに全員を覆い隠していった。
 ネクソンクロガネビーム同様に亜空間から転送した荷電粒子によるバリアフィールドだ。吹き荒ぶ電磁竜巻は半径およそ七十メート
ルに及び、十数秒間に渡って外部からのあらゆる干渉を拒む。
 わずかに青色を帯びた雷雲の向こう側は、千里眼をもってしても見通すことは不可能。無謀にも侵入を企てようものなら、流体の螺
旋運動に弾き飛ばされ、また電磁気の嵐に電子機器を狂わされるだろう。二重三重にシールドを施された最強無敵ロボ・ネクソンクロ
ガネですら、どうか。
 ネクソンクロガネパンチを跳ね返し、ネクソンクロガネビームをも遮断する電磁竜巻の渦中。
 地上に聳え立つ三機が散開する。
「ヤツらが手と手を合わせたらァ! 正義の味方は皆殺ぉしぃっ!!」
 こんなときにもマッスルポージングを決めるシロガネマッスルから、傷ついた前面重装甲が剥離。頭が横倒しになって胴体に沈む。
 首無しの全身が左右に分離し、腕を背後に回しながら再接近。下腿が折れて大腿と同一化し、内股にあるジョイントだけで再結合を
果たす。半回転して上下と腹背を入れ替えれば、シロガネマッスルの剛腕を脛に装備した、大巨人の下半身が完成する。
「何もかも奪うぜッ! 形のあるものッ! 形のないものッ!」
 ヤケクソじみたパイロットの歌に乗り、シロガネスナイパーが跳躍。ライフルを手離した両腕を上空に伸ばし、上腕の狭間に頭を隠
す。両脚を合わせながら角度にして90°腰を屈曲、下半身をまるごと肩に、上半身を上肢として形態を移行。投げ出されていたライ
フルを、先端の二つの掌で掴む。銃の向きから、大巨人の左腕であることが知れた。
「シロガネ四天王! 誰か止めてみよ!」
 シロガネブレードも同様に、こちらは胸甲を優美な手甲とした右腕をなす。握り締める武器はもちろん剣だ。
 シロガネソニックが急降下。自慢の銀翼は、後方にそれぞれ45°展開していた。
「シロガネ四天王! シロガネ四天王! シロガネ四天王! 悪さしてんのう!」
 翼の付け根から出現したジョイントを目掛けて、両側からシロガネスナイパーとシロガネブレードが飛来。青と黄と緑の火花を激し
く散らしながら、シルエットをひとつにする。イッツァ・ミラクルの手配で新品に交換されたシロガネマッスルの胸部装甲が、恐ろし
く巨大な前面を封印。大巨人の上半身の準備が整う。
「シロガネ四天王! シロガネ四天王! シロガネ四天王! もうホラ! キミの隣!」
 金属塊が衝突する轟音を響かせながら、遂に大巨人の上下が合わさり、そして――!!
『全世界の皆様に、重大発表がございます!』
 魔窟Mk-Ⅱから、イッツァ・ミラクルは朗々と声を張った。
『この度、我ら悪の総本山・ワルサシンジケートの戦力貸出プランに、空前絶後の超大型ロボットが新規参戦いたします! 正義の味
方にあと一歩のところで勝てず、大願を果たせないとお嘆きのアナタ! 自分達を弾圧する国家権力を根絶やしにして、自由と尊厳を
勝ちとりたいと理想に燃えるアナタ! あるいはムカつく上司の家をぺしゃんこにして困らせたい陰険なアナタも!』
 どこかのコメディ番組のように、下手くそなジョークにサクラの笑声と喝采が沸く。
『今なら皆様の見果てぬ夢を、ワタクシどもがミラクル特価で実現させていただきます!』
 内外を隔絶する絶対不可侵の超電磁竜巻を、古城の尖塔のような四本角が突き破る!
 その尖端から放たれる尋常ならざる殺気に、田所カッコマンは戦慄した。
 夕陽色をした眼が視ている! 最強無敵ロボ・ネクソンクロガネを睨み返すように!
「こいつは!?」
 田所カッコマンは、正体不明の微振動に気づく。ネクソンクロガネが震えているのだ。はぐれ研究員・龍聖寺院光の言葉が届いたな
ら、あるいは一種の共鳴現象であることが分かったかもしれない。ネクソニウムの共鳴だ。
 敵は世界最新鋭機にして、最強無敵ロボ・ネクソンクロガネと同じ出自を持っている!
 イッツァ・ミラクルによって、その名が明らかになるとき。
 正義にとっての暗黒時代が始まる。
『とくとご覧あれ!! これが“真最強無敵ロボ・ネクソンシロガネ”であるのです!!』


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