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Diver's shell another 『primal Diver's』 第九話

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「ぬう~っ……」
「痛たた……。もうちょっと背中広げて……そうそう」
「配線が邪魔よこれ」
「仕方ないでしょ。そういう造りなんだから」

 スマートスーツ。数多くの機能を有しているが為に、非常に重く、着るのも脱ぐのも大変な潜水用防護服。
 名前とは裏腹にすんぐりむっくりなシルエットではあるが、バイタルデータ採取や潜水機や潜水艇とのリンク機能。異常事の蘇生処置まで行うその機能は、文字通り『スマート』だ。
 中身は宇宙服並に造り込まれているので、ちょっとばかりデリケートなスーツでもある。




 Diver's shell another 『primal Diver's』
 第九回:【離別】




「引っ張り出せる?」
「ちょーっと待ってね……。はい……お? ……ふんッ!」
「うわ! 投げて寄越さないでよ!」
「重いんだもん。手渡しは無理」

 潜水機、オステウスから降りたフランとマーレ二人が最初にやるべき事は、コックピットの下に設置されたトランクから荷物を降ろす事である。
 ちょっとした物ならコックピット内部で十分だが、それだけでは納まり切らない物も多い。食料品や寝袋等、野営に備えた装備も必要なのだ。
 遺跡内部という明らかな建造物の中に居ながら、そこは快適な室内とは限らない。むしろ馴れた屋外より苛酷かも知れないのだ。船の上なら魚がとれるが、遺跡の中に居る可能性は低い。
 なので、それに備えて装備は結局多くなるのである。

「いてて! 髪の毛引っ掛かった! 痛い! 助けてフラン~!」
「何やってんのよ。髪長いクセに頭からトランクに突っ込むからでしょ」
「いいから助けてよ~!」

 遺跡内部は意外と寒かったが、二人は割と軽装だった。
 水面近くの空気こそ冷たいが、足場のある場所はそうでは無かった。空調が効いているのだ。水面だけが、気化熱によって寒いだけだった。
 フランは自前の白いTシャツにツナギのパイロットスーツを着用し、上半身部分は脱いで腰あたりで縛っていた。一方、マーレは。

「アンタ恥を知りなさいよ……」
「え?」

 マーレは軽装どころの騒ぎでは無かったのだ。
 スマートスーツを脱いだマーレはなんと下着のみ。上半身は元々下着みたいな服だったので、いつもと同じ、その巨大な胸だけ隠したような超短い裾のタンクトップ。素材がいいらしく、ブラの変わりにもなるとか。つまりはノーブラである。
 問題は下半身。
 狙っているとしか思えない黒いTバック。以上。

「なんか履けよ見てるこっちが恥ずかしい……」
「見られて困るケツじゃねーぜ?」

 自身満々で言った。実際に見事なスタイルではある。魅力と迫力が満点なのはフランも認める所ではあるのだが、問題はそこではないのだ。
 聞くと普段からTバックを愛用しているらしい。ジーンズを履いた時に下着のラインが出るのが異常に気に入らないそうだ。そのこだわりが何だと言われれば何でもない。
 マーレらしいこだわりでもある。

 オステウスのトランクに引っ掛かった髪を何とか外し、ウェーブのかかった赤茶けた髪をポニーテールに纏める。ダメージヘアっぽいのが玉にキズ。フランは無言でカーゴパンツを差し出し、マーレはさっさとそれを履く。
 そして、取り出した装備品を点検し始めた。

「取り合えず必要な物は集めたけど……」
「何あるかわかんないからね。片っ端からチョイスしたけど流石に多いわねコレ」

 取り出した荷物はリュック二つに納まった食料品。寝袋。ライフルとマガジン。その他携行武器。
 さらに応急処置に使うメディカルキットや、ライトにマッチ。
 さらには謎の玩具とおやつ一式。

「ちょっと待て」

 フランが一言。

「最後に出て来たやつの説明をお願い」

 フランはおやつと謎の玩具を指差し言った。おやつはまだ許せる範囲ではある。広義の食料であり、食べ物が精神に与える影響の大きさは軍で学んでいる。
 なので、精神の浄化作用のある嗜好品やおやつは有用なのだ。
 ただしもう一つは許容出来ないでいる。

「これはなんだバカ!」
「いいじゃん。シャレっすよ」
「あんたホントにバカ!? なんで遺跡の調査に謎の玩具が居るのよ!?」
「意外と役に立つかもよ?」
「何の役によ!?」
「何よ。使ってみたいの? レズなのに」
「要らんわ!」

 フランは激怒である。それはどう考えても無欲の長物なのだ。一体どんな玩具かは推して知るべしである。明言は出来ない。
 とにかく、マーレがそれを持ち込んだ動機は不明である。

「……もう既に疲れた」
「フラン見て」
「何よ?」
「コレぐにんぐにん曲がるんだぜ」
「知らないわよ!」

 たとえ未知の場所へと降りたっても、マーレは余裕だった。
 性格が図太いというか何と言うか。フランには未知の人種なのだ。気付けば、知らぬ間にツッコミ係へと変わっている。自覚はしていないだろう。
 そして、そのバカなやりとりをずっと見守る者も居た。
 二人はオステウスから降りてすぐにそれに気づいたが、動きが無いので放置し、先に装備の確認をしたのだ。
 それが終われば次は探索へと向かうべきなのだが、降り立った場所は階段も、ドアもシャッターも無い、壁のみの空間なのだ。出口らしい場所は来た道を戻った所しか無いが、その選択肢は無い。
 なので、当然それに注意が向けられる。それは、高さ一メートル程の小さな、丸みを帯びたロボットである。

「動かない……ね」
「何だろね? 頭っぽい所はなんかカメラアイ付いてるけど」
「見てるかな?」
「さぁ? ヘタに触ってなんかあったら嫌だしねー。でも……」
「でも、やるしか無い」
「そういう事」

 それは埃のような物を大量に被っていた。だが、水面間近で湿気の多い場所とは思えない程に、小綺麗な物だった。
 遺跡のこの場所にずっと居たのなら、数百年単位で放置されていたはずだ。だが、そうとは思えない程に、それは綺麗なままだった。
 フランは手で積もった埃を掃い除け、じろじろ観察した。
 丸い頭部らしき部分は半分以上が透明な素材で被われていた。その奥にはカメラのような物が見える。素材は手触りでは解らなかった。ガラスでもアクリルでも無い何か。
 胴体部分はほぼ円柱型だったが、頭部に行くにつれてすぼまっている。良く見ると、胴体底と地面には僅かな隙間があった。一見浮いているように見えたが。

「あれ?」
「どうしたの?」
「浮いてる……。本当に浮いてる……」
「……マジで?」

 それは浮いていたのだ。
 考えられなかった。フランが埃を払った時、確かにがっちりと地面に固定されているような感触がしたのを、フランは感じてた。
 だが実際は接地していない。その空中に、ピタリと固定されているのだ。

「ウソでしょ?」
「すげぇな遺跡……。こんなちんちくりんですらトンデモ技術だよコレ」

 二人は驚嘆しつつ、じっくり観察を続ける。
 マーレがじろじろ覗いてあーでもないこーでも無いと独り言を言っている。フランはじっとロボットの正面を向き、カメラアイと睨みあった。
 両手を伸ばして、その表面を撫でる。やはり、ガラスでもアクリルでも無い何か。金属に近い感触だった。だが、透明な金属など有り得ないのだ。
 じっとそれを見ていた。そして、異変は唐突にやって来る。

『ビーーッ!』
「うわ!」
「どうした!?」

 警戒音のような物。それが鳴り響く。その小さなロボットのカメラアイに青白い光が燈り、さらにストロボのような小さな点滅が透明な表面の奥でチカチカと輝く。
 誰の目に見ても解る。それは起動したのだ。小さなロボットは、数百年を超え、己の役目を全うすべく蘇ったのだ。
 突然の異変にフランは尻餅を突き、呆然とそれを見ていた。
 マーレも同様に、驚きは隠せなかった。

「すげぇ……。どうやったのフラン?」
「え?」
「どうやったら動いたの?」
「わかんない。……触ったら……動いた……」
「へぇ……。とにかく、やっぱり遺跡はハンパじゃないわね。経年劣化とかいう考え、彼らは無いのかしら?
 このロボットが何なのかは知らないけど――」
「ガイド……」
「は?」

 フランは尻餅をついたまま、先程何が起きたのか、頭の中で整理すべく必死だった。
 なぜならば、そのロボットが起動した時、触れていたフランには信じられない事が起きていたから。
 言語を超えた何かである。起動と同時に、フランの脳には感覚でそれが流れ込んで来たのだ。そのロボットが何の為にそこに居たのか。それが一瞬で理解出来てしまった。
 脳に直接情報を送り込む技術は人類でも再現は出来る。だが、脳に電極も刺さず、皮膚を介して、『感覚』でそれはやってきた。


「ガイドよ。この子」
「何言ってんの?」
「だから、ガイドよ。私達を待ってた。ずっと……。
 ずっと、この遺跡にやって来る者を待ってた。中を案内する為に」
「案内? じっくり見物させてくれるってワケ?」
「違う! そんな所じゃないのここは!」

 フランは声を荒げた。流れ込んだ情報は一部でしかない。でも、少しだけそのロボットは教えてくれたのだ。ここは、単に遺物を置いておく場所ではないと。力があるなら、見せてやるし、くれてやる、と。

「要するに、力試ししろって? コイツが? ウソだぁ」
「ウソじゃないわ。よくわかんないけど……」
「それ以前にね。アンタ今、このロボットがそう言ったって言ったけど……」
「この子はそう言ったわ」
「いやだからね。それっつまり、コイツは私達をちゃんと認識して、情報を発信したって事だよね? それって――」

 マーレが言い切る前、フランはまた小さなロボットに触れた。また、皮膚を介してロボットとアクセスした。そして、道を開かせたのだ。
 轟音が鳴り響く。壁の表面には切れ込みが入る。
 大きくは無かったが、それは巻き込み式の構造のシャッターに似ていた。
 壁からせり上がってきたそれは、フランの指示でゴリゴリと音を立てる。一部が展開し、そこがさらに別の部分へと折り畳まれて行く。
 入口だった。そこを開けたのは、フラン。

「ここから先に行く。出口もこのずっと先」

 フランは言った。さしものマーレもこれには閉口し、ただ見ているしかない。
 頑張って吐いた言葉が、これ。

「ガイドロボ!」
「へ?」
「アンタ言ったじゃん。ガイドするロボットだって。ならガイドロボ! 解りやすい!」
「まぁいいけど、でも呼び名なんて何でも……」
「こういうのは仕分けしとかんと後で分類が面倒になんの。どう見てもガードロボにゃ見えないし!」
「はぁ。そうですか」
「アンタがどうなってこうなって入口開いたりしたかは後でじっくり聞くわ。とにかく、これで先には進めるじゃん。荷物整理して、少し休んで先へ行きましょ!?」
「いいけど、なんかテンション上がってない?」
「アンタ自分が何したか解ってるワケ!? 今凄い事したんだよ!? 私だって混乱する事あるんだい!」

 混乱。マーレはまさにその状態だったのだ。未知どころか、神業のような技術が簡単に、ごろごろとそこら辺にある。
 興奮を通り超していた。少し休んでから行こうと提案した理由は、自分を少し落ち着かせる為でもある。

 さらに、フラン。
 彼女がさらりと行った事は、とんでもない事なのだ。
 言語すら用いず、人類以外と初めて、知的な意志の交換を行ったのだ。

「いやはや、思ったよりとんでもない事になったな……」

 遺跡が意志を持ち、二人を迎え入れた事はマーレには容易に想像がついた。マーレがそれに気付いた時は、もう後戻りは出来ない状況になっていた。
 フランの前しか見えない性格なら気づかないかもしれない。だが、マーレは違うのだ。あらゆる知識を総動員しても、今、自分達は人類初の快挙を達成した事はゆるぎない事実だと告げている。
 人類以外との情報交換。それは、遥か昔からの人類の夢の一つ。人類は孤独では無い証明。そして、その先の可能性。

 第三種接近遭遇。人類以外の知的生命体との直接的な遭遇である。

 ロボットを介しただけではまだそうとは呼べない。
 だが、可能性は極めて高い。マーレはそう考えたのだ。

「よし、ちょっとコーヒーでも飲もう。落ち着きたい。割とマジで」
「コーヒーなんてどこに……。やっぱ持ち込んでたのね」
「インスタントだけどね。耐熱カップ持って来てよかった」

 マーレは持ち込んだ道具からアルコールランプに似た道具を引っ張り出す。小さな簡易コンロだ。カップ二つを直接火にかけて、お湯を沸かし始める。
 火力は意外と強く、沸騰こそしないまでも、湯気はすぐに、やんわり立ち上る。

「ちょっとなにのんびり一服しようと……」
「いいから落ち着きなさいって。スマートスーツ着てまともに動け無かったから身体凝ってない? 休んでもバチは当たらないわよ」

 そう言われれば、と肩を回す。パキッ、と関節から音。どうやら凝っている。マーレも同じく、首をゴキゴキ鳴らしている。
 確かに疲れているようだ。休息して体力回復に勤めるのは悪くは無い選択肢でもある。

 お湯が沸いて来た。




※ ※ ※




 それから数十分。フランはじっと例の小さなロボットとにらめっこしている。
 そのロボットは起動後、するするとフランに寄っては立ち止まり、フランが移動するとまたするすると寄ってくる。
 空中に浮いている為か、移動の際に音がしない。気付けば横に居る不気味さは並々ならぬ物だったが、ちょっとした実験を繰り返した結果、どうやらいくつか欠陥もある事が判明した。

 一つは、動作が緩慢その物である事。
 フランが普通に歩いたり、ちょっと速足程度なら余裕でついて来る。しかし、少し本気で走ると追いつけないのだ。
 ついて来ようとするが、一気に動くとバランスを崩し、せっかく浮いた底辺が斜めになって地面をがりがり擦るのである。
 結果としては、さらに遅れ、反動でさらに反対側まで擦る。じっくり加速すればよい物を、なぜかしない。

 二つ目は、浮いている事自体の弱点。
 急に止まれないのだ。人間は関節や、それを包む筋肉の動作によって移動で生ずる運動エネルギーを吸収し、肉体に負担をかけつつも急停止できる。
 ところが、そのロボットはいくら頑張っても急停止出来ない。実験中に立ち止まったフランの臀部に思い切り激突して停止した程である。
 止まってしまえばがっちりと動かないのが不思議な程だ。

 最後は、意外とバカである事。
 お湯を沸かす火を見てビビったのか警戒音を鳴らす。オステウスを見てデカさにビビったのか警戒音を鳴らす。マーレが持ち込んだドライシガーを見て毒物と勘違いしたのか警戒音を鳴らす。その他警戒音を鳴らしまくる。
 とにかく、自身のデータベースに無い物であろう物には全て警戒音である。

「コイツ……」

 何故かフランにだけ寄って来ては、殆ど飼い犬のように行動を共にしようとしてくる。マーレには目もくれないのだ。
 コーヒーのお代わりを啜りながら、フランはちょっとした事を思う。

「意外とかわいい奴ね」

 丸みを帯びたデザインは攻撃的な印象は無い。
 対人インターフェイスであろう事は容易に想像は付くが、それにしても余りに間抜けな物なのだ。
 激突されて痛む臀部を気にしながら、フランはしばらく睨み合っていた。
 チカチカと透明な頭部の表面の奥が光っている。フランはまたそれを触り、この遺跡の情報をもっと引き出せないか試してみる。
 が、それだけは黙したままだった。代わりに伝わってきた『感覚』は、全く別物。

「そんなに私好きか?」




※ ※ ※




 フランが小さなロボット――マーレが呼ぶ所のガイドロボであれこれ試して居る間、マーレはコーヒーを啜りながら、水面に上半身から上を出して吊されるオステウスを見ていた。

 砂糖が入っていないブラックコーヒーのお供は甘いチョコレートのフレーバーのドライシガー。
 マーレは普段から喫煙している訳では無いが、たまに落ち着く為に葉巻を吹かす習慣があった。
 甘い物の代わりに、甘いフレーバーの葉巻を好んだ。

 燻らせた煙はコーヒーの湯気と混じり、ゆっくり昇って行く。それを目で追うと、ちょうどオステウスの腹部から頭部までをじっくり眺める動きになる。

「アンタはもうここまでかぁ」

 オステウスの猛々しい装備と、兜のようなデザインの頭部を見た。
 頭部を外せば、眼光鋭いサムライが顔を覗かせるのではないかと思う程、それは勇ましいデザインだった。
 シンプルで、屈強。それがオステウスのデザインのベースなのだ。
 全ての電源を切ったオステウスのモノアイは当然光など放っていない。偏向機構を備えたスラスターも、今はあっちこっち向いている。
 パイロットとシンクロして作動する両腕は、だらりと重力に従順だった。

「結局、魚雷一発しか使んなかったな。デコイとネットランチャーだけか。あ、ロケットブースターも使ったよね」

 マーレは再びドライシガーを吹かす。口を離すと、火種とピンホールとマーレの口から、もわっと煙が立ち込める。
 甘いチョコレートの香りがした。

「ここに置いてくのは淋しいなぁ。一生懸命造ったんだし。一緒に行けると思ってたんだけどなぁ。
 でもしょうがないよね。アンタ陸地じゃ無能もいいとこだもん。吊されないと自重でツブれるロボットなんてアンタくらいだぜ? 水中じゃ無敵のクセに、面倒なコだよアンタは。
 だからゴメンだけど、一旦ここで別行動。アンタは待機。私達は先に行く。
 ぶっちゃけすんげー混乱してっけど。でもワクワクしてきたぜ。もちろん絶対迎えに来るから、大人しく待ってろよ」

 オステウスは答えない。
 ドライシガーがぱちっと破裂する。ちょっと苦くなる。

「間違ってもハッチ開いたまま水ん中に落ちたりしないでよ。タッチパネル高いんだぜ……」




続く――




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