「……へえ、それで
アメルは聖女様って呼ばれているのね」
「といっても、怪我が治せるだけなんですけれどね」
海を臨む崖の上。二人の少女が並んで座り、おしゃべりに花を咲かせていた。
空には潮の香りが満ち、どこからか海鳥の声も聞こえてくる。
まるでピクニックに出かけた女学生同士のようである。
彼女たちの首にぶら下がる物騒なものがなければ、だが。
この場所で目覚めたのはアメルだった。周りに誰もいないことに安心したものの、
先ほどの出来事を思い出すことはためらわれた。
「……首が、飛ばされて……」
あれは召還獣だったのだろうか。体の大きさや風格から鑑みるに、
相当な力を持った存在だったのだろう。その首を、いともたやすく切り離した。
それが、あの『主催者』とやらの力だという。
「それに、ディエルゴって名前……もしかして、あの人はエルゴの守護者様……?」
エルゴとは、人間の住む世界リィンバウムと、それを取り巻く4つの世界が持つ『界の意志』。
エルゴに選ばれた守護者は強大な力を持つ……リィンバウムには、そういった類の伝説があるのだ。
「そうだとしたら、あたしは守護者様に……ううん、エルゴに選ばれたってことなのかな……」
もしかしたら、これは新たな守護者を選別するための試練なのかもしれないと、アメルは考えた。
治癒の力に目覚めた『聖女』のアメルが選ばれたとしても、おかしくはない。
エルゴの力を使ったのならば、山奥のレルム村から瞬時に召還されたのも納得できるからだ。
「でも……あたし、殺し合いなんてできっこない……」
アメルの生まれ育った、レルムの村は平和だった。ならず者や凶暴なはぐれ召還獣がやってくることが
たびたびあったが、親代わりのアグラバインや自警団が、必ず村を守ってくれていた。
それに、アメルは心の優しい少女だった。おてんばではあったが、他人が傷つくことをよしとせず、
いつでも感謝と慈しみの心を忘れない。そんな彼女が、殺し合いをしろと言われて参加するはずもない。
「それに、もし襲われたらどうしよう……おじいさんもロッカもリューグもいないし……」
口にした途端に、不安になった。空を飛ぶ首が、不意にアメルの脳裏をよぎる。思わず、手で自らの首に触れた。
「!!」
首輪。首が飛ぶ。死ぬ。嫌だ。怖い。死にたくない。
誰か来たらどうしよう。殺される?嫌だ。殺す?できない。どうしようもない。
「い、いや……いやよ、こんなの、いやぁ……」
泣き叫びながらしゃがみ込み、両手で首輪を引きちぎらんばかりに引っ張る。だが、首輪はびくともしない。
それでも、アメルは首輪から手を離さなかった。
「いやぁ! 取って! 外してぇ!! おじいさん! ロッカ! リューグ! 外して、外して!!」
首を激しく振り、長い栗色の髪を振り乱し、涙をぼろぼろとこぼしながら、首輪を引っ張るアメル。
――誰か――
背後から、声が聞こえる。誰かいる。殺されるかもしれない。
急に我にかえったアメルは、引きつった顔で後ろへ振り返った。
「ひっ…!?」
「大丈夫ですか? どこか、痛むんですか?」
すぐ後ろには、少女が立っていた。年齢はアメルと同じくらいだろうか、こちらを怪訝そうな顔で覗き込んでいる。
「あ、ああ…… あたし、あたし…」
「落ち着いて。大丈夫です、もう大丈夫……」
年格好が同じくらいの人間だったため、アメルの心から急激に恐怖心と警戒心が消えてゆく。
そしてアメルは、しゃがみこんだまま、堰を切ったように泣き出した。
子供のように泣きじゃくるアメルを、その少女――
アルマ=ベオルブ――は静かに抱きしめた。
アメルが泣き止んで落ち着くのを見計らい、彼女たちはお互いの自己紹介をした。
アルマはすぐ近くの森で目を覚ましたが、北の方で女の人の泣き叫ぶ声がしたので駆けつけたという。
「不用心な聖女様ね、アメルは。こういうときにこそ、落ち着かないとダメよ」
「ごめんなさい、アルマ…… あたし、なんだか急に怖くなって……」
「だからって、取り乱したりしたら逆に危険よ。私より先にゲームに乗った人に見つけられてたら、
あなたはすぐに殺されていたと思うわ」
「そ、そうですね……」
殺される、という言葉に体が思わず震えた。何の躊躇もなく「殺す」という単語を言い切ったり、
この状況でも落ち着いていたりするアルマに、アメルは改めて驚いた。
「強いんですね、アルマは」
「騎士の娘ですもの。兄さんたちに心配はかけられないわ」
「兄さん?あなた、お兄さんがいるの?」
「ええ。ダイスダーグ兄さん、ザルバッグ兄さん、そして
ラムザ兄さんの三人」
「え? ラムザって、もしかして……」
「……そうよ。あの人が、ラムザ兄さん」
再び、先ほどの出来事を思い出す。あのとき主催者と言い争っていた金髪の青年は、「ラムザ」と呼ばれていた。
彼が、アルマの兄だったとは。
「なんだか勇敢そうな人でしたけど……」
「ベオルブの血を継いでいるんだもの。とても勇敢で、ザルバッグ兄さんには負けるけど剣もとっても強いの」
「このゲームに参加するような人?」
「兄さんに限って、それはないわ!とっても優しい、思いやりのある人よ!」
「それじゃあ、ラムザさんと合流できれば!」
アメルの心に、さっと光明が差し込んだ。そんなに心強い人がいるなら、そんな人と行動をともにできたら、助かるかもしれない。
「ええ、きっと安全にいられるわ!」
アルマもにっこりと微笑みを返した。
「私に会う前に、合流できていればね」
支給品袋から大きな機械弓を取り出し、アメルに狙いを付けながら。
「さようなら、聖女様」
「え――」
ぱしゅ。
どん。
アメルは仰向けで空を見ていた。いや、目は開いていたが、空の青は映っていなかった。
「かっ、ごぽっ……」
胸には、一本の矢。心臓を貫通したそれの根元から、横たわったアメルの服や髪の毛がじわじわと赤く染まってゆく。
口からはかすかな息が、気管に流れ込んだ血液が泡立つ音とともに漏れ出ている。
手も足も、力なく投げ出されている。細い指先が、草の上をゆるゆると引っ掻いた。
奇跡の力は、使おうとした。使おうとして、それでも命が失われることを、止めることはできなかった。
「お…… して……」
アルマはアメルに目もくれず、彼女の支給品袋をあさっていたが、立ち上がって振り向いた。
「兄さんはゲームに乗るような人じゃないわ、アメル」
アルマはやはり、微笑んでいた。アメルの目には映らなかったが。
「だから、私がたくさんの人を殺して、最後に死んで、兄さんを優勝させてあげるの!」
アメルの血飛沫が、その頬にまで飛び散っていた。
「……ラムザ兄さんは優しい人よ」
アメルの支給品を自分の袋に移し替えたアルマがアメルを見やると、彼女は息を引き取っていた。
「あなたの死も、きっと悲しんでくれる」
そう言いながら、アルマはアメルの傍らに座り込む。まるで、病に伏した友人を見舞うように。
「ねえ、アメル。そういえば、首輪を外してほしいって言っていたわよね?」
支給品袋の中から、アルマは手斧を取り出す。鈍色の刃は朝日を浴びて、ぬらりと光った。
「その首輪、外してあげる!」
海を臨む崖の上。およそ一人分の死体が仰向けに倒れている。その首はずたずたに切り裂かれ、そこから先はなくなっていた。
少し離れたところには、頭だけの少女が目を開けたまま転がっている。
どこからか海鳥の声が聞こえるほかには、何もなかった。
【B-7/草原/1日目・朝】
【アルマ@FFT】
[状態]: 健康、服や顔に返り血
[装備]: 手斧@紋章の謎
[道具]: 支給品一式×2、ガストラフェテス@FFT、ガストラフェテスの矢(残り4本)、アルマの支給アイテム(不明)、アメルの支給アイテム(不明)、アメルの首輪
[思考]1:ラムザ兄さんが生きていることを確認したい
2:ラムザ兄さんを優勝させるため、ゲームに乗る
3:血を洗い流したい
[備考]:原作終了時からの参加
【A-7/崖の上/1日目・朝】
【アメル@サモンナイト2 死亡】
【残り48人】
最終更新:2009年06月11日 12:14