森。
 それは一般的には大小の樹木が多く密集している場所のことを指す。
 地面の大半は芝生に覆われ、川が流れ、周りを海に囲まれ様々な木々が多く自生するこの島において
 『森』は自然の息吹を最も深く感じ取ることの出来るポイントの一つだ。

 まるで神が造り上げた箱庭のように素晴らしい構成美に満ちたこの空間は細部に渡って一切の妥協は存在しない。
 当然この『森』という空間ならば葉の緑と幹の茶、枝葉の影から差し込んでくる光と影のコントラストに至るまで、
 それ自体が色彩造形のシンフォニーを奏でているような完成度を誇っている。……はずだった。



「んーこれは一体何なんでしょうねぇ……」
 西方のエリアで所々、狙い済ましたかのように微妙に音程を外すカラオケショーが終了したほんの数分後。
 森としての色彩美を単独でぶち壊す、全身オレンジ色の女がそんな声を漏らした。

 彼女の服装はこの島に飛ばされて来た全参加者の中でおそらく、最も浮いた格好だと断言できる。
 確かに半ば裸に近い服しか着ていない者や、フルフェイスの大鎧を装備している者も参加はしている。
 しかし明らかに戦いにそぐわない商業従事者、それも『コスチュームプレイ』と呼ばれるやや特殊な性癖において
 絶大な人気を誇る職種の制服を着用しているのは彼女だけである。
 こんな姿で戦闘しているのを頭が固い老将などに見られでもしたら、案外固定概念が崩壊してぽっくり逝ってしまうかもしれない。

 しかし見れば見るほど異色だ。
 まるでどこぞの国のレストランから抜け出してきたかのようなオレンジ色のジャケットにスカート、そして極端に胸を強調した上着。
 白のレースをあしらったサイハイソックスと白いヘッドドレスが健康的な肌と栗色の長髪に見事にマッチしている。
 彼女の名はパッフェル
 ある時はケーキ屋や酒場のウェイトレスなどいくつものアルバイトを掛け持ちする一流のアルバイター。
 しかしてその正体は元・無色の派閥の暗殺者である。


「リュートのような形をしていますが……気の抜けた音しかしないみたいですね」
 彼女に与えられた支給品の一つは妙に波打った形をした白色の板のようなものだった。
 それは別の世界においては『エレキギター』と呼ばれる、
 音を増幅するアンプリファイアと専用のケーブルとがセットになって運用される楽器である。


 何度か流しの楽器弾きの真似をして軽く弦をはじいて見たものの、ペシペシという何とも迫力に欠ける音が出るくらいだ。
 彼女の記憶によると弦がついた楽器のようなものは大抵、素人が扱ってもマトモな演奏をすることは出来ないと相場決まっている。
 適切な原理に従い、ある程度の知識と技能をもって接しなければ基本的に楽器というものは部屋のオブジェに成り下がってしまうものなのだ。

「説明書も一切無し……ですか」
 一通りギターの確認を終えたパッフェル一瞬、もう何年ぶりなのか分からないが『ヘイゼル』の顔になる。

 この状況はあまりにもイレギュラーである。
 マグナや仲間達と一緒にメルギトスを倒したことで無色の派閥に所属していた過去もそれなりではあるが精算することが出来たと思う。
 そして自分にとって最大の恩人である先生と再会することも出来て全てが解決した、そう思っていた矢先にこのゲームに参加する羽目になった。
 これを異常と呼ばずして何と呼ぶか。

 しかも種目はずばり殺し合い。
 多少のブランクはあるものの、戦うことではなく殺すことにかけて自分以上にこのゲームに向いている人間はいないだろう。
 だからといって自分から積極的にこの争いに参加するつもりは毛頭無いのだ。

 このゲームに乗るということはつまり、あの島に任務で上陸する前の自分に戻ると言うことを意味する。
 アティに命を救われ、マグナに出会い、仲間達と共に柄にも無く『世界の平和を守る』なんて経験をした。
 今はケーキ屋で働きながら、自分の店を持つための資金を貯めている。
 既に自分は暗殺からは手を引いたのだ。


 だからと言って易々と殺されるつもりも無いことも確かだ。
 他の参加者が殺すつもりで向かってくるならば容赦をするつもりは無い。
 だがあのヴォルマルフだけは厄介だ。
 今も見事に首の装飾具となっているこの首輪という名の爆弾。これは心臓を鷲掴みにされていることと同義だ。

 しかし無様にも首輪をはめられ主催者連中に管理されてはいるが、
 逆にこの首輪さえ何とか出来れば脱出の糸口を掴むことが出来るということでもある。
 身体的な拘束はその他に存在しないようであるし。
 だがこの首輪に関して分かることはおそらく機械をベースにして動いている、くらいのものなのが口惜しい。


 ……機械?
 機械という単語が頭の中に登場した瞬間、ある人物の顔が頭に浮かんだ。
 この首輪は無理やり外そうとすれば爆発するらしい。自分ではこの首輪をどうすることも出来ないが、
 彼がこのゲームに参加しているのならばもしかしてもしかするかもしれない。

 急いで鞄の中から参加者のリストを取り出す。
 支給品の中に名簿が含まれていることはヴォルマルフが説明していたが、
 キレイに五十音順に並んだ名前の羅列を眺めるとその準備の周到さに正直感心したくなってくる。


ティーエ、デニム、ナバールニバス……ああ」
 いた。喜んで良いのか悪いのか分からない。微妙な感じだ。
 皮肉にも自分の名前の二つ上、名簿の丁度真ん中当たりにその名前を発見した。

 ネスティ
 一見ただの優男にしか見えないが、彼の操る機界と霊界の召喚術は驚異的だ。
 しかもただ扱えるだけでなく、二つの世界の召喚術を最高レベルまで使用出来ると言う反則ぶりだ。蒼の派閥でもトップクラスの召喚士である。
 それに加えて融機人(ベイガー)という機界の召喚士としては圧倒的とも言える個性を持っている。
 おそらく人と機械が血肉レベルで融合している彼ほど、首輪の解析に向いている人間はいないだろう。


(……とにかく皆とは早めに合流しておきたいですね。その中でも優先すべくはネスティ。
 あとは先生にマグナ。ネスティは召喚術が使えなければまるで無力ですし。
 案外簡単にピンチになるかもしれません。
 まぁ先生やマグナがそう簡単に殺されるわけ無いですし、とりあえずの目標はネスティでいいですかね)


 とりあえずの行動方針を決定してから、もう一度名簿に目を落とす。
 そして数分後、彼女は小さくため息をつくことになる。
 このため息の原因は参加している知り合いがあまりに多いことである。

 最初に集められた広間で、先生がヴォルマルフと相対していたことだけは確認していたが、
 それ以外にも名簿を眺めれば眺めるほど見知った名前が出てくる。

 なんと自分を抜いても九人いるのだ。
 つまり参加者の約二割は顔見知りということになる。

 まぁ、約一名存在していてはならない者も含まれているわけなのだが、ソレはまた別の問題。
 なぜならあの時あの場所にいた先生も、以前海賊船で出会った時よりも明らかに若かったからだ。
 メイメイに治療を受けた時に何故か若返ってしまった自分が言えた義理ではないが、
 明らかにこのゲームのエントリーに奇妙な力が作用していることは明白である。



「他には……と。ん?コレは……へぇ、こういう物もアリなんですね」
 出発のため、荷物の確認を急ぐ。
 ギターが入っていた更に奥、手を伸ばした先に何とも馴染み深い感触を覚えてパッフェルは思わず笑みをこぼした。
 そのままグッと力を入れてその物体を手元に引き寄せる。

 出てきたのはパイナップルを数段小さくしたような金属の塊だった。
 とはいえ重量は見かけ以上にある。
 先ほどの支給品は説明書も無く、結局何をする道具かは分からなかったがこちらに関してはご丁寧に取り扱い書が付属していた。

 どうせ付けるのならば逆だったら良かったのに。
 そう考えながら、既に十分過ぎるほど用途・運用方法などを理解している物体に目を移す。
 スタングレネード。
 これが彼女の二つ目の支給品だった。

 暗殺者時代は『閃光弾』と呼んでいた逃走・威嚇用の爆弾のようなものである。
 これ自体に殺傷力は無いが、効果は絶大だ。発生した光を直視すればしばらくの間、眼は使い物にならなくなるだろう。

 コレは『当たり』の道具である。慎重に使わなければならない。
 そして『ハズレ』の道具の使い方も考えなければならない。
 支給品は大切だ。いかにどう見ても無用の長物であろうと、状況が変化すれば有用な道具になることも考えられる。

「……まぁ、こんなものでも使い道はありますよね~。
 ほら弦だって取り外せば……。なんとも懐かしい鉄線の出来上がりです!!
 ちょっとしなりが無い気もしますけどね~。そこは私の腕でなんとかするということで」


 まずヘイゼルは封印する。
 こんな状況だからこそ、生き抜くために暗殺者に戻るのも一つの手だったのかもしれない。
 しかし私が無抵抗の人間を殺したりすることはおそらく無いだろう。

 今の自分は鉄腕アルバイター・パッフェル。
 自衛と同郷の仲間のためにこの力を振るうこととする。



 ギターの弦と本体の分離も終わり、荷物の整理は完了した。
 とりあえずの目標としては先ほど聞こえてきた下手糞な歌の歌唱者の所にでも行ってみるつもりだ。
 おそらくあの声につられて周りから人が集まってきているはずであるし。

「んーそれにしても支給品を入れるのにどうしてバスケットなんでしょうね~。
 もしかして私に合わせてくれたんですかねぇ。
 そうだとしたら主催者の人達も中々ユーモラスな所があるじゃないですか♪」


 そう呟くとパッフェルは歩き出した。
 先ほどまでの暗殺者の顔は完全に消え去った。
 現在は今にもスキップをし始めるんじゃないかと思うようなハイテンションである。

 バスケットを片手にノリノリで歩く姿はこの島で起こっている喧騒を全て吹き飛ばしてしまうかのようだ。
 パッと見はピクニックに出かける若い女性にしか見えない。
 バスケットから伸びているのがお昼用のフランスパンなどではなく、ギターのネックである辺りが明らかに異様ではあったが。



【F-5/森/一日目・朝】

【パッフェル@サモンナイト2】
[状態]:健康
[装備]:弦除去済みエレキギター(フェンダー製ストラトキャスター)
[道具]:エレキギター弦x6、スタングレネードx5、支給品一式、バスケット
[思考]
1:首輪解析のためネスティを保護する
2:アティ・マグナを探す
3:イスラ以外の知り合いを探す
4:見知らぬ人間と遭遇時、基本的には馴れ合うことは無い

[備考]
サモンナイト3番外編終了後 故にマグナxパッフェルEND後
ED後に海賊船でアティ・ソノラとは出会っています

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パッフェル 031 もつれあう現実
最終更新:2009年04月17日 01:12