辺りは草原が広がっていた。ぐるりと見回すと、遠くには森がかすかに見える。そして人の姿はない。
一つ息をつくと、
ネスティは柔らかい地に腰を下ろした。幾度か目をしばたくが、この光景はすこしも変わらない。
風がほおを撫で、草が揺れる。そのリアルさは夢ではないということの証明だ。
今度はため息をついて、彼は首を大きく振った。急展開で頭が回らないのだ。
「まずは……」
ネスティは隣に置いてある布でできた袋を手に取った。中身をごそごそとやりながら、彼は先程のことを思い出していた。
気付けばあそこにいた。周りにはほかにも大勢いた。その後、灯りがつけられステージの男が“ゲーム”とやらの説明を始めた。
まず、どうやって自分たちが集められたのか――真っ先に浮かんだのは“召喚”だ。何者かが数十人もの人間を“召喚”した。
ヴォルマルフとやらも同じく召喚された側のようだ。そしてこんな大それたことをした黒幕は――
「……ディエルゴ?」
エルゴ。世界の意志たる存在。その名に加えて、これほど大規模な召喚を行ったということは、何か関係があるのだろうか。
思考しつつ、袋から取り出したものを草原の上に並べる。その中にはヴォルマルフの説明にはないものが二つあった。
これが無作為に支給されるというアイテムらしい。とりあえず水などの今は必要のないものを袋に戻すと、ネスティは名簿の紙を手に取った。
名前順に並べられた文字列を念入りに目を通す。最後の行まで辿り着くと、彼は再びため息をついた。
どうやら召喚された人物は適当な基準で決められたわけではないようだ。
「“ゲーム”の参加者に選出されるだけの実力をもった者たち、か」
ネスティはゆっくりと目を閉じた。そしてふと気が付き、おもむろに手を首に添える。そこには金属の感触があった。
行動に支障をきたさないためなのか、信じられないほど軽く薄い造りだ。鉄などではなく、もっと特殊な金属から成っているのだろうか。
首輪についてあれこれ考えながらも、彼は一枚の書に手を伸ばした。文字は厳めしく紙質は色褪せており、古文書のような感じだ。
「これは……」
直感的に、なぜかサモナイト石のイメージが浮かんだ。はやりながら文字を読み取っていくと、それがどんなものなのかが理解できた。
呪文、というようなものなのだろうか。あの時を思い出す。ヴォルマルフは何かを唱え、そして周りは光に包まれ、ここに至る。
「あれは、“魔法”のようなものだったのか?」
魔法とは召喚獣たちが使う超常の力のことだ。しかしあんなもの、見たことが――
「……いや」
その疑問は愚かすぎる。自身の常識にとらわれてはならない。これほどの大規模な召喚を行える力を持った存在なのだ。
意図的にリィンバウムや各界以外の名も無き世界からの召喚もすることができる可能性は高い。
「つまり、これも異世界の……?」
ネスティは手にした書を目を細くして見つめた。ただ何もしないよりは、試してみたほうがよい。
そう思った彼はは立ち上がり、そして深呼吸をして精神を落ち着かせた。
目を閉じ、体内の魔力を引き出そうとして――違和感を覚えた。
「…………?」
いつもと違うことをやろうとしているからかもしれない。ネスティはそう判断し、かまわず集中を始めた。
全身に魔力が満ちていく。彼はゆっくりと書の文面を唱える。
「漆黒の闇にうごめく悪霊を呼び寄せ……」
形成される明確な力を感じた。未知の術にすこし高揚しながらも、ネスティは詠唱を続ける。
「汝の生命を奪い去らん……」
引き出された魔力が身体を駆け巡る。そして彼は呪文の最後の言葉を口にした。
「ダークロア!」
「…………ふぅ」
緊張が解けて、ネスティは息をついた。そのまま地面にへたれこんでしまう。
「な……?」
その動作は自らの意思によるものではなかった。全身にいきなり疲れが押し寄せ、足で支えられなかったのだ。
しかし、すこしして再び身体も不自由なく動かせるようになった。多少の疲労は残ってはいるが。術後の反動、なのだろうか。
結果として、術――召喚は成功した。
ふつう、召喚はサモナイト石に魔力を注ぎ込み、異界への通路を形成し、そこから対象を呼び出す。
だが、今回は違った。術のためには呪文を詠唱をしなければならなかった。そして唱え終えることにより体内の魔力を消費し、召喚に成功した。
呼び出したのは、霊と思しきものだった。サプレスではめずらしくない存在であるため、さほど意外さはなかった。
ネスティは召喚方法の違いについて考える。リィンバウム以外の見知らぬ世界でも召喚術というものはあるらしい。
ただし、本質的なものは似通っていても方法はまるで違う。いま行ったのは呪文を唱えるという点がもっとも大きな違いだ。
戦闘で使うとしても、こちらが一人では隙だらけとなってしまうことに注意しなくてはならない。
「そして……」
術の反動――それが異様に大きかった。この原因は、だいたい予想がついている。
制限、とでも言おうか。そもそも召喚術――つまり次元を超越する技を持った人間をそのままにするとは到底思えない。
この“ゲーム”を企てた人物ならば、何かしらの処置をしてその力を使って脱出できないようにしておこうと考えるのが妥当だ。
すなわち、魔力の低下。術中での違和感の正体はこれだった。
「さて」
ここまで思考をして、彼は首を振った。このままずっと突っ立ったまま考え込んでいるだけというのは時間の無駄だ。
やることはすでに決めている。多くの人間と協力しなければこの状況を打開することはできない。
だから、人の集まりそうなところへ行く。思考は歩きながらでもできる。周りは草原なのだから、いきなり遭遇ということはなく安心だ。
ネスティは足元に意識を戻した。もう一つの支給品がそこにはある。
「これは……首飾り?」
それは、黒真珠の首飾りだった。
ただのアクセサリーにしか見えない。しかしこの状況では隠された効果があることを疑うべきだろう。
ネスティはそれを首にかけた。変化は――とくにない。何かの条件で効果が現れたりするのだろうか。
しかし今はこのことについて深く考えているほど暇はない。ネスティは首飾りから地図に目を移した。
「現在地はどこだ……?」
方位磁石を持ち、回りを見渡す。辺りは草原。あとは南に森が見えるのみ。しかしこれだけでもだいたい場所は絞れる。
B-6、もしくはF-7だろう。しかし居場所ははっきりさせておいたほうがいい。
「ここから北上するか……」
どちらであっても島の外周に辿り着くことになるが、海岸線の形状で判断することができる。
そして確認が済んだら、次は城へ向かうつもりである。そこなら人も集まるだろうからだ。
「よし」
ネスティは頷くと、北へ向かって歩みだした。
それから歩き続け、およそ十五分。ネスティは足を止めた。
目を細める。草原の向こうには、たしかに人影があった。こちらへ向かっているようだ。
「さて……」
思考は一瞬。相手が好戦的な人物であっても、この距離と地形ならば逃げ出すことは容易だ。
ネスティは歩みを再開した。向こうもこちらに気づいているだろう。数分後、お互い相手の顔の輪郭が確認できるまで近づいた。
その長い髪と背丈も考えると、相手は少女であるとわかる。右手には支給品らしき手斧があった。
両手を上げてこちらは武器を所持していないことを示しながら歩み寄り、お互いの表情と服装まではっきりと見える距離まで近づいて、やっとネスティは理解した。
「あら、こんにちは」
にっこりと、少女は笑った。
「……この時刻ならおはようと言うべきだと思うが、まあいい」
ネスティは睨むように、眼前の血塗れの少女を見つめた。一目でわかる。誰かを殺した跡だ。
ここで冷静を失ってはならない。息を整え、言葉を紡ぐ。
「僕はネイスだ。きみの名は?」
名乗ったのはもちろん偽名だ。明らかな殺人者にやすやすと名前を教えるバカはいない。少女は答える。
「
アルマよ。ふふ、面白い人」
アルマ。その容姿とともに名を記憶する。そしてそれが嘘である可能性も頭に入れておき、ネスティは次の質問に移る。
「訊かせてもらおう。君はなぜ殺しをしたんだ?」
「殺し? わたしはそんなことしてないわ」
「……その姿じゃ説得力がないと思うが」
「姿……?」
少女は首を下げて自分の服を見た。そこでまるで今まで忘れていたかのように、「あら、そうだった」と苦笑を浮かべた。
不可解だ。この少女は気でも違えているのか? しかしその血がなければ言動は至極まともに思える。いったいどうなっている?
ネスティが怪訝な顔をしていると、少女は相変わらず笑顔を浮かべたまま口を開く。
「さっき女の子を一人殺したわ。けど、それがゲームでしょう? 生きるか死ぬか。あなたも殺してあげるわ」
さらりと危険なことを言う。背筋に冷たいものを感じた瞬間、少女が動いた。
こちらへ向かって駆けてくる、手斧を構えて。本気のようだ。
逡巡をしている暇はなかった。殺さなくとも、気絶させて武器を奪い縛っておけばいい。
ネスティは即断して袋から例の書をすばやく取り出し、呪文を唱えようとして――驚愕を浮かべる。
(魔力が――)
体内の魔力を操作できない。なぜ、と思う暇もなかった。少女は迫っていた。
手斧が頭上に掲げられる。振り下ろし――ならば左右に避ければいい。身体をかがめて――
「…………ぅあ」
得体の知れないものが全身を打った。それに耐えて右に跳躍する。間一髪、斧がすぐそばを通り過ぎる。
その一瞬――ネスティは視界に、少女の身につけたある物をとらえた。その指に、指輪が――
「くっ…………!」
走れ、走れ、走れ、走れッ!
今はそれだけを考えるべきだ。足を必死に動かし、ひたすら少女から離れる。さすがに相手が相手なだけに、完全に逃れるのにそれほど時間はかからなかった。
ネスティは呼吸を荒くしながら、木の幹に寄りかかっていた。額の汗を拭いながら、やっと彼は先程身体に襲い掛かってきたものの正体に気づいた。
恐怖だ。一瞬だが、彼は少女に恐怖を抱いていた。距離を保って対峙していた時はなんともなかったのに、肉薄された途端に恐怖が襲ってきたのだ。
「いったい……なんだ……。どうなっている……クソッ……」
状況がまったく掴めない苛立たしさに、ネスティは苦渋を浮かべるしかなかった。
【B-6/森付近/1日目・朝】
【ネスティ@サモンナイト2】
[状態]:疲労、やや恐慌状態
[装備]:
封魔の首飾り@TO ダークロア@TO
[道具]:支給品一式
[思考]1:とりあえず落ち着くまで休む
2:協力者を探すため、城へ向かう
3:仲間たちとの接触も早めにしたい
【B-6/草原/1日目・朝】
【アルマ@FFT】
[状態]:健康、服や顔に返り血
[装備]:手斧@紋章の謎
死霊の指輪@TO
[道具]:支給品一式×2、ガストラフェテス@FFT、ガストラフェテスの矢(残り4本)、
アメルの支給アイテム(不明)、アメルの首輪
[思考]1:
ラムザ兄さんが生きていることを確認したい
2:ラムザ兄さんを優勝させるため、ゲームに乗る
3:血を洗い流したい
最終更新:2010年11月25日 07:34