ホームズ……ぐすっ。ゼノ、シゲン、ユニ……みんな、何処行ったの……」

 カトリは疲労していた。
 周りを見回しても眼に映るのは一面の砂、砂、砂。
 もうどれくらいになるのだろうか。カバンの中に時計が入っているはずなのだが、それを確認する気にもなれない。
 二時間くらい歩きっぱなしのような気がする。

 先程まで自分達がいた大海の上とはまるで正反対の環境にいきなり放り込まれてしまったのだからある意味当然と言えるかもしれない。
 そう、確かに今の今まで自分は海賊船・アシカ号に乗って世界を旅していたのだ。
 ホームズ達が聖剣の力で教皇グエンカオス……いや、暗黒神ガーゼルを葬り去ったことで世界は平和になった。
 自分もその事実を全身で噛み締めていた一人だった。

「どうして、またこんなことになったのかな……」
 カトリは気持ち悪いほどに晴れた空を見つめ、そう呟く。
 あのヴォルマルフと名乗っていた男やその口から放たれた『ディエルゴ』という単語。
 どちらにもまるで心当たりの無い自分にとって、物事は計り知れない次元で進んでいるとも考えられる。

 あの広間で起こったことを思い返すと、今でも心臓が破裂してしまいそうになる。
 怖かった。
 一度『死』を体験した自分でさえ、あの男の持つ独特の雰囲気には耐えられないような気がする。
 自分達が彼の掌の中に捕らわれた羽虫か何かのような気分になってくる。
 実際に泣き出してしまう女の子もいた。
 流れるような金髪に赤い帽子を被った色の白い子が、白い帽子を被った赤い髪の女性の側で震えていたのを私は確かに見た。


 もう一つ、私達が自分の無力さを痛感する材料になり得るのが今現在も首筋にはまっているこの『首輪』だ。
 指先で軽く触れてみた感じとして、大きな衝撃を与えなければ爆発はしない、という男の台詞は真実なのだろう。
 生き物のように脈を打っているわけでもなく、不自然な魔力も感じない。もっと単純な原理で動いているような気がする。

 ただこの首輪には竜に変化した自分と同じくらいの大きさの生物を一瞬で殺害するだけの力があることも紛れもない真実だ。
 今も自分の首に圧倒的なまでの『死』がぶら下がっているかと思うと、
 身体の中がグチャグチャになってしまいそうな錯覚に飲み込まれてしまいそうになる。

 だが目の前に突き付けられた現実はそれ以上に残酷なことも分かっている。
 ただ自分が死ぬことになるのならばその方が気が楽だ。
 伊達に常に死と隣り合わせの戦場に身を置いていたわけではない。
 ホームズと出会ってから、明日も100%生きていられるなどとは思ったことは無い。
 ただでさえシスターという人の生き死にに最も身近で接する職業に就いていたのだから、命というものの散り際の呆気なさは十分に理解している。

「生き残るのはたった一人……か」
 言葉にするとどれだけ絶望的な状況なのかということを更に実感する。
 広間から突然転送され、この砂漠で眼を覚ました時に大雑把ではあるが渡された荷物の中身を確認した。
 入っていたのは見慣れた杖にこの島の地図と食料。
 透明の筒状の容器に入った液体(これはおそらく水ではないかと思う)
 時間を示すものと見られる円形の文字盤(丁度短い方の針が六の文字を、長い方の針が十二を刺していた)、磁石、そして参加者名簿と思しき冊子。

 参加者は全部で五十二名。あの『超魔王バール』と名乗った者を除けば現時点で五十一名。
 そしてリュナン、ホームズ、ティーエリチャードオイゲンと五人もの知り合いがこのゲームに参加させられている。
 『他の参加者をすべて排除し、最後まで生存を果たした者を“優勝者”とする』と主催者は言っていた。
 それはつまり最悪、自分やホームズ達が殺し合わなければならないことを意味する。

「そんなのやだよ……。ねぇ……あなたもそう思うでしょ?」
 カトリはそう呟くとクルリと後ろを振り返った。



「……」 
 グレイスマミー。
 土気色の身体をこれまた放って置けば風に流れて塵にでもなってしまいそうな、ボロボロの包帯で覆った魔物だ。
 その戦闘力はリーベリア大陸に存在するあらゆるモンスターの中でも最弱。
 生息数はそれほど多くは無いが、止めを刺した者を大きく成長させるという特徴を持っている。要は冒険者のカモだ。

「主催者の人が支給品が入ってるって言ってたけど……まさかゾンビの杖だなんて。でも何回振っても一匹しか出てこないし……。力が制限されてるのかしら?」

 カトリの支給品であるこの杖はその名の通り、ゾンビを呼び出す魔法の杖だ。
 通常は五、六体のゾンビが、運が良ければ強大な力を持つドラゴンゾンビが召喚出来ることもある。
 デイバックの中からこの杖が出てきた時、カトリは思わずこの杖を『使用』してしまった。
 見知らぬ土地に放り出され、荷物を確かめてみると自分にとって最も馴染みの深い杖が入っていたのだからその気持ちも分からなくはない。

 そして、その結果として今現在、彼女の後ろには一匹のグレイスマミーが二メートルほど距離を空けて付いてきている。
 初めてイスラ島にやって来た時、モースの杖と勘違いして何百回とこの杖を振り続けたこともあった。
 その後、当時のカトリはまだまだ未熟で呼び出したモンスターを制御できずに暴走させてしまったのだ。そして最後は……。


(ああ、もう思い出したくない!!助けてよ、ホームズ!!)
 そう、恐ろしいくらいにそっくりなのだ。 
 シーライオンの本拠地から逃げ出して独りで砂地に迷い込んでしまったこと。
 そして今、全く訳の分からない砂地で一人、途方にくれていること。

 コレだけ二つが似ているとこの先に訪れる展開までも相似してくるのではないかという疑念を振り払うことが出来ない。
 あの時は無我夢中で火竜に変身し、自らが呼び出したゾンビを片っ端から焼き払うことで何とか生き抜くことが出来た。
 自分の人生の中でも五指に入る最悪な体験であったことは確かだが、死ななかっただけマシと言えるかもしれない。

 しかし、今回は違う。
 今の自分は全くの無力なのだ。
 周りはどこまでも続いているかのような砂の海。気温自体は灼熱の砂漠を演出するには少々控えめかもしれないが、よく焼けた砂の上を歩いていることに変わりはない。
 唯一の頼みの綱とも言える支給品であるゾンビの杖も不発。何かしらのリミッターがかけられているのか、これ以上の召喚は出来そうも無い。
 リングオブサリアが無い以上、火竜に変身することも出来ない。頼りになる知り合いも誰一人側にいない。

 しかも意識が戻ってから歩きっぱなしで体力も大分消耗している。維持している魔物がグレイスマミー一匹だということが逆に幸運だったようにさえ思えてしまう。
 ついには背負ったデイバックの重さに足が震えて来る始末だ。
(だめ……もう、意識が……)
 ついには地面に手をついて倒れ込んでしまう。
 頬に触れる燃えるような砂粒。照りつける太陽。
 カトリはこの時、死を覚悟した。


「う……あ……」
「ん、やっと目を覚ましたか。おい、お前俺の言っていることが分かるか?」
 声が、聞こえる。
 まだ頭は朦朧としているがどうやら、私はまだ生きているらしい。
 気絶した経験など大して無いのだが、これはどう説明したら良いのだろう。
 真っ直ぐ流れる時の推移をスッパリと切断したかのように、記憶が綺麗に途切れる感じである。
 そして目覚めは眠りから覚める時よりは明瞭と言ってもいい。意識を失うその瞬間の恐怖さえ据え置けば、両者に大きな差は無いようだ。

「生き……てる」
「あんな所で倒れていたのにな。俺が来なければあのまま死んでいた所だ」 
 喋っているのは男の人だ。
 何十年も寝かせた極上のワインのように深い赤色の長髪と光さえ吸い込んでしまいそうな漆黒の甲冑が非常に印象的だ。
 顔つきは非常に精巧で整っており、異性だけでなく同性さえ惹きつけてしまいそうな強烈なカリスマに似たオーラを持っている。

 軽く身体を起こして周りを見回す。まだ少々身体が重い。
 私が寝かされていたのは砂の地獄とは程遠い緑の絨毯が辺り一面にひかれているような場所だった。
 背後にゴツゴツとした崖、というか岩場があり丁度日陰になっていた。

「ほら水だ。飲んでおけ。お前にはいくつか聞きたいことがある」
 そう言うと赤髪の男は透明のボトルを私に投げて寄越した。
 彼の近くには既に空になった容器が一つ、無造作に散らばっていた。
 自然に考えて私を介抱するのに使ってくれたのだろう。何しろ私は砂漠で倒れていたのだ。
 外傷などはほとんど無かったはずだし、まず脱水症状を心配するというのは道理と言う奴だ。

「あ、ありがとう。あの……これはあなたの……?」
「水が足りなくなればお前の荷物に入っている物も使っていた。遠慮する必要は無い」

 そう言うと彼は私の頭の後ろ、枕代わりになっていた荷物に視線を送った。
 つられて私もそちらの方向を見やる。
 ……荷物?


「あっ!!」
「どうした?」
「あ、あの。えっと……あなたが」
「ああ。俺の名前はルヴァイドだ」

 ルヴァイド。
 漆黒の大鎧を着込んだ男はそう名乗った。
「あ、はい。えと私はカトリです。あの、ルヴァイドさんが砂漠から私をここまで連れて来て くれたんですよね?」
「そうだな。言っておくがな、中々危ない状況だったんだぞ?すぐ傍に今にもお前に襲い掛かりそうなモンスターがいてな。
 慌てて切り捨てたから事無きを得たが……」

 明らかに戦力にならなくても、自らが召喚したモンスターが倒されて喜ぶような能力者はまずいない。
 その例に漏れず、私も彼の取った行動は何らおかしな所は無いと分かっているのだが、湧き上がる微妙に残念な気持ちを抑えることは出来なかった。

「でも、どうしてルヴァイドさんは私があそこで倒れていることが分かったんですか?もしかして、ルヴァイドさんもスタート地点があの砂漠だったとか」
 疑問。
 私が倒れたのは砂漠の……正確な場所は分からないがそれなりに進んだ所だったと思う。
 それならば何の当ても無しに私の場所を断定することは不可能なはずだ。
「いや、俺が目覚めたのはこの辺りだ。お前の居場所に辿り着けたのにもカラクリがある。そうだな……カトリ、それじゃあ俺の質問に答えてくれるか?」
「質問……ですか?はい、分かりました。私に答えられることなら何でも聞いてください」
 カラクリ、と彼は言った。おそらくこの質問の答え如何でそのタネを教えるか否かを決定するつもりなのだろう。そう考えると背筋に少し力が入った。


「カトリ、お前はこのゲームに"乗る"つもりはあるか?」
「!!」
 彼は腰に備え付けてあった剣を抜くと、それを軽く前に突き出しながら続ける。
「沈黙は許さん。今、この場でイエスかノーか、白か黒かで答えて貰う。
 見たところお前は普通のシスターにしか見えないが、腹の中に何を隠し持っているかも分からん」

 彼は非常にキツイ眼でこちらを睨みつけながらそう断言する。
 あまりにも鋭い、心の奥の奥まで射通そうとするかのような視線。自分の身体がその圧力に萎縮していることが自然と分かった。
 眼力以外にも威圧するかのような圧倒的なオーラが彼の身体から放出されているような気分になる。
「私は、このゲームには……賛同するつもりはありません。人を殺したりするのも、もちろん 自分の周りの人間が死んでしまうのも大嫌い……です」


 木々のザワメキ、風の音。そんな自然が奏でる空気の振動だけが少しの間、場を支配した。 どれだけの時間が経過したのか。
 既に私には全く分からなくなっていた。


「……よく分かった。お前は信用できそうだな。タネは首輪探知機、だ」
「え?」
「お前の首にも付いているだろう?このゲームの参加者は全員管理用の首輪を嵌められている。
 俺の支給品のコレは周りに存在する首輪を探知することが出来るらしい」

 そう言うと彼は左腕に装備していたリングに軽く触れた。するとそのリングからいきなりほのかに青く光る球体が飛び出してきた。
「流石に島の全域を探索することは出来ないようだがな。支給の地図で言うとエリア一つ分くらいまでなら反応するらしい」
「凄い……。それってつまり、逃げるのも戦うのも自由自在ってこと……?」

 どうやら私は彼の審査にパスしたらしい。
 漆黒の甲冑に覆われている身体から立ち込めていた独特のオーラがその瞬間、和らいだような気がした。
 首輪探知機。
 いったいどんな種類の魔法が込められているかは分からないが、記憶の杖と似たような原理を応用した魔法具なのだろう。
 確かにコレがあれば砂漠で一人、動かない私を発見するのも容易いことだろう。


「そう"自由自在"だ。見知らぬ人間が多数を占めるこの島において、
 出会う人間を選択出来るというのはとてつもないアドバンテージになる。
 カトリ、お前の世界からこのゲームに参加している人間はどれくらいいる?」

 少し考えてから私は先ほど眺めた名簿に書かれていた知り合いの顔を思い浮かべた。
「知り合いだと私以外に五人……かな。あと、この"レンツェンハイマー"って人は名前だけ知ってる。
 確かどこかの国の偉い人だけど民を散々苦しめていた酷い人なんだって。
 でも私の仲間の傭兵さんが確かにトドメを刺したって言ってたんだけど……」

「……なるほど。とりあえずこのレンツェンハイマーという男は信用出来ないようだな。他の五人は?」
 このヴェガから聞いた話は間違っていないはずだ。
 ジュリアも同じようなことをヴェガから譲り受けたという真っ赤な剣を磨きながら話していた記憶がある。

「この五人は皆頼れる人達ばかりよ。剣の達人に優れた作戦で何度も軍を救った名軍師、
 物凄い魔法と剣の使い手、人を惹きつける魅力を持った豪戦士。
 でもこの中でもホームズが一番ね!!剣と弓、特に弓を扱わせたら敵う人はいないんだから!!」

 思わず力説してしまう。 
 とはいえ下手な身内自慢を除いてもホームズが一番強いことに私は疑いを持ってはいない。
 もっとも私のあまりに力が入ったホームズ評にルヴァイドさんは少し苦笑していたのだけれど。

「分かった。そうだな……。ああ、それと『ヴォルマルフ』と『ディエルゴ』という名前に心当たりはあるか?」
「ああ、広間で出た主催者の名前ね。でも知らないわ。私の世界の言葉ではないと思う」
「そうか……やはりあの赤髪の女性と金髪の青年を探すしてみるしか無いのか」


 彼はそう呟くと天を仰ぎ見た。どうやらこれから先どう行動するのか考えているらしい。
 明らかに彼は戦闘に長けているようだし、自分はシスターだ。行動の指針はあちらに任せた方がおそらく安心だろう。
 軽く2,3分ほど経ったのだろうか。
 今度は私が"待つ"側だったので体感時計ではあるがそれなりに正確だと思う。
 彼は視線を正眼に戻し、私の方を見た。

「とりあえずこれからの方針だがとりあえずカトリと俺の知り合いを探すことにしよう。
 主催者のことを知っている二人も出来れば会いたいものだが……。
 まぁ、まずは特に……その、"ホームズ"という男を中心に探してみるのもいいかもしれんな」

 彼が軽く口元を歪ませながら言う。
 どこか微妙に照れているような印象を受けるのは気のせいでは無いだろう。微妙に可愛らしく見えた。
 とはいえしっかりと『ホームズ』を強調している辺りに、思わずつられて笑ってしまった。
 ガチガチの堅物なわけではなく、こんなユーモアもある人間だと知って正直少し安心した。
「うん。私もそれがいいと思うわ。中にはゲームに乗ってしまう人も出てくるでしょうし、少しでも仲間は多い方がいいもの」


 私達はとりあえず使ってしまった水を補給するために川辺の方向に行くことになった。
 とりあえず、枕にしていたために中身がグチャグチャになってしまっているだろうし、デイパックの整理をすることにした。
「あれ……コレ何だろう?」
 最初に適当に中身を漁った時には気付かなかったが、
 明らかに他の支給品とは違うイレギュラーな物が紛れ込んでいることに気付いた。

「どうした?」
「ルヴァイドさん、こんな石バッグの中に入ってました?」
 私はカバンから取り出した石を彼に見せる。
「いや……こんな物は入っていなかったな。おそらくお前の支給品ではないか?
 その杖以外には他に目立ったものは入っていないのだろう?」

 確かに彼の言う通りだ。おそらくコレが私の二つ目の支給品なのだろう。
 目の前にいる彼は剣と首輪探知機という大当たりを引いているだけに、若干悔しいような気持ちになる。
「そう…だね。んーでもキレイなだけで特に使い道は無いのかなぁ。でもなんだか、とても暖かいなぁ。どこか懐かしいような」 




 カトリはその赤い石を胸に抱いて呟いた。
 ほのかに紅色の光を放つ不思議な石。
 その時はこの場にいる二人共、それはただの外れアイテム程度にしか思わなかった。
 しかしこの中にアカネイア大陸出身のものがいればその認識は百八十度違ったものになっていたことだろう。


 その石の名前は火竜石。
 マムクートと呼ばれる者達の身体を、人から竜へと変化させる奇跡の石。
 奇しくもこの石はレンツェンハイマーに同行している少女ではなく、同じく竜の力を秘めたこちらの少女の手に渡ったのだった。





【D-3/山際/一日目・朝】

【カトリ@ティアリングサーガ】
[状態]:若干の疲労
[装備]:ゾンビの杖@ティアリングサーガ
[道具]:火竜石@紋章の謎、支給品一式
[思考]
1:ホームズ達と合流する
2:ルヴァイドに付いて行く
3:あまりゾンビの杖を振り過ぎないようにする
[備考]
エンディング後

【ルヴァイド@サモンナイト2】
[状態]:健康、レベル+1
[装備]:バルダーソード@タクティクスオウガ
[道具]:首輪探知機、支給品一式
[思考]
1:自分とカトリの知り合いと合流する
2:赤髪の女性(アティ)、金髪の青年(ラムザ)を探す
3:信用できる人物を探す
4:戦いを挑んでくる相手には容赦はしない

[備考]
2エンディング終了後
3の番外編以前なので一切面識は無し

009 家畜にガムはいらないッ 投下順 011 Neck
009 家畜にガムはいらないッ 時事系順 011 Neck
カトリ 039 秘密の痛み分け
ルヴァイド 039 秘密の痛み分け
最終更新:2009年04月17日 01:09