「マジで何だったんだよ、あの天使もどきは」
この兇悪な女には珍しく怪訝なものを貼り付けて、
ジャック・ザ・リッパーは丑三つ刻の冬木市を闊歩していた。
ジャックの身体には未だ鈍い痛みが残っている。先の戦いは彼女にとって芳しい結果を齎さなかったが、その辺りはとっくに割り切り済みだ。
"過ぎたことには固執しない"性格は間違いなくジャックの強みの一つであった。……取り逃した麗しの幻想種(ヤマトナデシコ)には依然未練タラタラなのだが、それは一旦置いておく。
人類史上最も有名な殺人鬼である彼女の背筋を現在進行系で寒からしめているのは、舐めた真似をしてくれた
サロメでも、不躾に乱入してきた
イスカリオテのユダでもない。戦いを終えた彼女の前に現れ、意味深長な言葉を残した"天使"であった。
当代風なのは服装だけ。背中には十二枚の白翼を隠そうともせず、表情の端々に時折笑みを覗かせる。筋金入りの無神論者が相対したとしても神の実在を信じるだろう、天上のものとしか思えぬ男。
顔立ちは余人を忘我の境地に至らせる程整っていたが、ジャックの目にはさして特筆すべきものとは映らなかった。この地球に性懲りもなく生まれ落ちては死んでいく愚かな野郎共と殆どイコールだ。
男の身体造形などジャックに言わせれば滓ほどの価値もない。天が斯くあれかしと作り出した神霊だろうが、河川敷でワンカップの酒を呷る小汚い浮浪者だろうが、男性であるという時点で興味の対象には遠い。倫敦の悪霧。無限の可能性を持つジャック・ザ・リッパーの形の一つであるこの女の心を射止められるのは女だけだ。穢すに足る女だけ。男根などに用はないのである。
「天使もどき……堕天使か。堕天使、ねぇ」
鮫歯状の突起が突いたナイフをくるくる片手で弄びながら、ジャックは呟き考える。
これまでの奔放な振る舞いを見れば瞭然の話だが、この女は聖杯に興味などないし、マスターであるところの
エイブラハム・グレイに忖度してやる心遣いも毛頭持っていない。
ジャックにとって此度の現界の意味は即ち倫敦の再演。否、それよりもっと軽い意味合いだ。欲望のままに殺し、汚し、穢して弄ぶ。モデルケース通りのシリアルキラーである彼女には大義もなければ義理堅さもない。この冬木聖杯戦争において、最も救えない英霊の一体であると言えよう。
そんな彼女も、腐っても一端の英霊だ。聖杯戦争にまつわる知識、ひいては人類史に関連した膨大な情報量が、当然のようにその軽い脳味噌にインストールされてこの現世へ顕れている。
それを乱雑に引っ張り出して、ジャックは暇潰しに先の天使の素性について考えてみることにした。要するに嫌がらせだ。自分に粉をかけてきた気色悪い男のパーソナルデータを暴いて悦に浸ってやろうというしょうもない気紛れ。次の獲物が見つかれば即座に脳内から蹴り出されるような、ただ一時の手慰みに過ぎない。
「えーと? マスティマ、ベリアル、
アザゼル、ベルゼブブ、ルシフェル、めっちゃ居んのね堕天使って。一人くらいTSしてねーかな」
ぶつぶつと呟きながら刃物片手に夜道を往く姿は完全に不審者のそれだ。もし彼女に秀麗な顔立ちという長所が欠けていたなら即座に通報されて然るべき絵面が真夜中の冬木に確かにあった。
だが恐るべきは、こんなにも分かりやすく前後不覚な状態にあって尚、自分の横を獲物が通りかかったなら瞬時に断割してみせるだろうと誰もに悟らせるジャック・ザ・リッパーの残忍性、殺しの技だろう。事実今ジャックは油断こそしているが、無防備ではない。何らかの敵意が向けられたならコンマ一秒以下で思考をスイッチ。戦闘態勢に移行することが出来る。それが彼女のデフォルトだ。
「グリゴリとかいうアホ集団の誰かか? やたら偉そうだったし、シェムハザって奴辺りかしら。どうでもいいけど」
彼女は真性の魔である。悪霊の集合体でも伝説の具象化でもない、ただどこまでも明確で分かりやすい殺人鬼。
故にこその魔性。人間を超越した身体能力は当然として、暗殺者としての技術も本能的に高い水準のものを持ち合わせている。
それはジャック・ザ・リッパーの名が持つ別の可能性。アサシンのクラスで喚んだ際に顕れる呪わしき少女と全く同じ強みだ。存在の基盤も魔の文字が持つ意味合いも本質的にはまるで被っていないのに、結果だけを見れば似通った魔獣の素養を秘めている。……ヒトの悪徳が文字通りこの世に産み落とした悪霧の少女にしてみれば心外もいいところであろうが。
尤も、救いようのない、同情の余地の存在しない悪党の中の悪党だからこそ分かることもある。
ジャックは、確信していた。記憶の中に残る天使の面、捨て置けば必ず数多の犠牲を生み出す自分を野放しにするという選択。何よりあの胸焼けするような神々しさの端々から漂う臭い。それらを一つとて見逃さず感知し、その上で確信に至ったのだ。
――アレは、ロクでなしだと。少なくとも敬虔な修道女に拝み倒される天使様とは一線を画した、文字通り"堕ちた"結果の成れの果てだと。邪悪さしか存在しないシリアルキラーの脳内サーモグラフィーはそう断言していた。望まれて生まれた悪夢故間違いなどある筈もない。
「ん、いや。そういやあの変態、アタシを何するって言ったんだっけ―――」
せっかくだから思い出してみるかと、パズルの失くしたピースを探るように己の記憶を辿っていく。
かつん、かつん。夜道に響く殺人鬼の靴音。当然のように周囲は無人で、草木も眠る、という丑三つ刻の文句に相応しい情景が広がっていた。
冬木は地方都市。都心部からも距離のあるこの辺りでは散歩やジョギングに勤しむ市民の姿もない。まして先日物騒な事件があったばかりなのだ。こんな時世に好き好んで夜間外出する者など、余程平和ボケしているか自殺志願者か、怖いもの見たさの阿呆のいずれかだろう。そういう手合いも零とは言えないだろうが、今日この時は姿が見えなかった。
静かな夜。此処だけ見れば平和な夜。喧騒がなく、思考も捗るというものだ。
――故にこそ。倫敦という水桶に沈殿した悪霧は今丸裸であった。
「――あん?」
ジャックの眦が不機嫌そうに釣り上がる。恨み節を吐くよりも先にその細脚が動き、一メートルほど左方へと飛び退かせた。
次の瞬間。つい一瞬前までジャック・ザ・リッパーが歩いていた地点に、一本の矢が刺さった。あくまでも、矢だ。銃と砲が戦の主流となった現代では骨董品でしかない型落ちの飛び道具。
にも関わらず――その鏃がアスファルトの表層に触れた瞬間、比喩でも何でもなく、大地が弾けた。水面に砲丸を落としたみたいに地面が陥没して、僅かに遅れて衝撃波が吹き抜ける。ジャックは為す術もなくそれに巻き込まれ、痩身でもって宙を舞った。体操選手もかくやといった身のこなしで受け身は完璧に取るも、しかし安堵など出来よう筈もない。
ジャックが着地した場所にまた矢が降ってくる。流石に二射目ともなれば正しい認識に改められるが、彼女は最初、これを矢であると認識出来なかった。流れ星が降ってきたのだと見紛った。
それほどまでにこの射撃は隔絶した技であった。剛柔内包、双方の間に一辺の差異も存在しない。地を割る力と針穴を射る技、頭抜けた霊格と底知れぬ研鑽あっての絶技。
「チッ、ちょっとは休ませろっての!」
星が降る。地を穿つ。爆音を伴わず、ただただ破砕音のみを奏でながら一方的に降り注ぐ破壊の弓射は端から見れば神話の一頁めいた圧巻のそれであるが、獲物の側に立たされているジャックにしてみれば堪ったものではない。避けてもその瞬間には次の星が戸を蹴飛ばしながら訪問するのだ、矢継ぎ早とはまさにこのことか。
おまけに一発でも貰えば詰みが確定する親切設計だ。よしんば一発耐えても喰らった隙に次、その隙に次、次次次次と終わりなく降り注ぐ流星群の前にあっという間に彼女の体はこの世から消滅するだろう。
散弾のように弾けたアスファルトの残骸を両手の刃物で器用に弾き落として星を躱す。受け止めるのは言わずもがな不可能だ。理屈は先の文で語った通りだし、人を殺すための刃如きで天より降る星を止められると夢想する程、ジャックの想像力は豊かではなかった。
しかし驚くべきは射手の腕もそうだが、一撃も貰わず、且つ受け止めもせず、殆どインターバルなく訪れる全弾を全て躱し切れという無理難題を九割五分の精度で完璧にこなしているジャックの手際も然りだ。流石に掠り傷程度のダメージや至近距離で衝撃波を受けることによる全身へのダメージまでは避けられないため十割ではないものの、それでもこれだけ上手くやれる殺人鬼など人類史を逆さにしても一体どれだけ居るか。
「聞いてんのかこの陰キャがァ! あーもう、アタシが何したってのよマジで! いや腐るほど色々してきたけども!!」
とはいえそれにも限界がある。サーヴァントは人智を超えた、存在自体が超兵器に等しい活動する幻想だが、決して無敵ではない。
殴られれば痛いし、無茶をすれば疲れる。何かしらの特殊な曰くがない限り、その辺りは人間とそう変わらないのだ。
ジャックは殺人鬼、正真正銘先天性のシリアルキラーだ。今更痛みに音を上げ膝を折ることはないが、だとしても後者の問題は避けられない。
超絶の技量から間断なく連打される超威力弓撃はたとえ躱したとしても無慈悲にジャックの体力を奪い、体に疲弊を蓄積させていく。拙いなと、ジャックはらしくもない真剣な危惧に唇を噛んだ。
(このまま続けたら間違いなくハメ殺されるし、消耗がちょっとエグ過ぎだわ。冗談抜きに袋小路だな、こりゃ)
或いはそれも含め、射手の想定内なのだろうとジャックは踏む。
そしてその通り。ジャック・ザ・リッパーを今まさに狩り殺さんとしている彼方の弓手は、二射目を殆ど完璧に躱された時点で戦略を変えた。数を用立てて封殺する。荒れ狂う獣を捕らえる時、人は鋼鉄の檻や籠を罠として用いるが、あれを己の矢でやっているのだ。
永遠に射たれ避けられを繰り返せばいつか必ず避ける側に限界がやって来る。ならば後はイージーゲーム。限界に到達するまでミスなく単純作業をこなすだけで構わない。ジャックとしては気に食わない、人を舐め切ったやり口だが、しかし利口ではある。確実に勝とうと思うなら最善手だ。それも含めて何から何まで苛立ちづくめの現状だった。
尤も――詰め将棋と化したことを認識して尚不服な現状に甘んじ続ける程この殺人鬼は消極的な性格をしていない。負けの確定した安牌より勝ちの目が一つある危険牌だ。
(しゃあない。一つ、博打をやるか――)
思うが早いか、ジャックは自身が不可能と断じた一手を躊躇なく繰り出した。
『深紅より来る遍く刃』で取り出した刃を五本も束ね、歪な形になることも構わず両手で構える。
よっぽど退屈しているか、大して唆らない獲物でもなければこんなふざけた持ち方は絶対にしない。
何故か。意味がないからだ。ただ徒に殺しにくくなるだけで、その上苦しみが増すわけでも特にない。
今この時も意味があるかないかで言えば後者寄りなのは間違いない。それでも、気休めで構わなかった。大博打を打つのだから負けた時のリスクを軽減出来るよう備えるのは至極当然のことである。
星が降る。天より来たりて地を、人を惑わす悪霧を射抜く裁天の星が降る。
あろうことかジャックはそれを、重ねた刃物で以って真正面から受け止めた。
当然、無謀もいいところ。ジャックの刃は陶器みたいに砕け散って、鏃が腕を深く抉り、尚且つ衝撃波でその痩身を紙切れみたいに吹き飛ばす。
ほら見たことか、失敗しただろうと嘲笑うのは見当違いだ。その証拠にジャックは桃色の唇を苦痛に歪めつつも吊り上げて笑っている。死ななかった時点で儲けものなのだ。
星の矢を受け切り、負傷しつつも耐え、その上衝撃で吹き飛ばされること。此処まで全て予想通り。"負傷しつつ耐える"ことが出来るかどうかが鍵だったが、そこの賭けには殺人鬼が勝利した。
駄目元で重ねた刃がクッションの役割を果たしたかはかなり疑わしいが、一本目の刀身が砕ける音はジャックの良い判断基準になってくれた。弓撃の範疇を逸した兇悪極まるインパクトから逃れるためには素早く身を引き少しでも直撃から遠ざかるしかない。
などと書けば容易く聞こえるが無論、これはジャック・ザ・リッパーが魔人であるからこそ可能な芸当である。並の英霊がやろうとした日には、そもそも粉砕音を聞き分けることすら困難。よしんばそこまで出来たとしても、身を引く間もなく剛矢の直撃で四散している筈だ。良くて片腕欠損、普通で半身の喪失、悪ければ全身が弾けた水風船のようになったっておかしくない。
恐るべきは殺人鬼の中の殺人鬼、蛮性の魔。民衆にとっての恐怖そのもの、ステレオタイプの究極系よ。ただ殺すという在り方も、突き詰めれば神域の技を凌ぐに至るのか。
「ざまあみろッ」
吹き飛ぶや否や空中で体勢を立て直し、片腕の痛々しい傷など構わず野獣の如く地を駆ける。
長々と書き記したが、要するにジャックの取った選択肢は撤退だ。敵に背を向けて逃げ出そうというのだ。
だが賢明である。断言するが、この間合い、この状況でジャック・ザ・リッパーが素性不明の神域弓手に敵う道理は一切存在しない。
所詮ジャックの武器は人を殺すための刃物だ。下手をすればキロ単位で離れた相手に切っ先を届かせるとなれば、それはもう人殺しの所業ではない。故にどこまでも殺人鬼であるジャックは門外漢だ。結果の分かり切った戦いにこれ以上頓着する理由も見当たらない。
大変ムカついたし、落とし前を付けたいとも思うがどうにもこいつには勝てそうにない。少なくとも今は。なら仕方ないから、この苛立ちはどこかの可愛い、出来れば高潔な女の子で晴らすとしよう。ジャックは、こういうドライな思考の出来る英霊である。無駄に意固地にならないその柔軟さも、スコットランドヤードの熾烈な追跡を掻い潜った秘訣の一つである。
……とはいったものの、当然これだけで逃げ切れる程敵も容易い相手ではない。
流星を思わせる剛矢はジャックの背に向けて抜群の精度で放たれる。その正確さたるや、現代において最新最優とされる長距離狙撃銃を持ち出しても相手にならない次元だ。完全に人の理解を超えている。
それをジャックは、殺し殺す魔性としての山勘と鋭敏な聴力で辛うじて回避。
飛び散った二次災害の散弾が背中に何発か突き刺さるが、致命ではないので放って置く。重要なのは一刻も早くこの場を離れること。射手に見つからない場所まで逃げ遂せること。
――そんなことが果たして可能なのか、敵は超越的な技巧の持ち主だというのに。その問いに対しては、明確にこう答えることが出来る。"可能だ"、と。
角を曲がり、地形を活用し、逃げる、逃げるは殺人鬼。
これぞジャック・ザ・リッパーの犯行の鏡写し。追う側追われる側の反転したカリカチュアだ。
されどジャックは笑みを浮かべたままで、血の軌跡を作りながら決死の逃亡を続ける。足が止まることはない。
そうして逃げて、逃げて逃げて――角を五つほど曲がった先、ジャックは遂に目当ての光景を見つけた。目も腕も馬鹿みたいに良い、脅威なんて言葉が生易しく思えるくらい質の悪い襲撃者から逃れ得る"避難先"を、大博打の末に見つけ出すことに成功した。
殺人鬼は斯くして今宵も生を繋ぐ。手傷は大きかったが命さえあれば何とでもなるのがサーヴァントだ。傷などマスターの魔力を食い潰せばどうとでもなる。生きてさえいれば望みは果たせる。
生憎アタシの願いは、現界した時点で叶ってるんだよね。苦渋或いは混乱の境地に居るであろう敵手にアカンベーをしながら、ジャック・ザ・リッパーは獰猛さを隠そうともせず、笑ってみせた。
◆
【済まぬ、KINGよ。どうやら仕損じた】
日本が誇る大企業の一つ。特に人材派遣という分野においては誰もが一目置く新進気鋭の一社、『KING』。
その主がおわすに相応しい高層ビルの一室にて、己のサーヴァントから失敗の報告を受け取った男は会社と同じ、王を意味する名で自身を呼ばせていた。会社(KING)の中の王(KING)たる彼の真なる名は、シンという。シンが自身の英霊より芳しくない報告を受けた際、最初に口にした言葉は叱責ではなく驚きであった。
【おまえほどの男が、か。一方的な奇襲と聞いていたが……何か、想定外の事があったと見える。言ってみろ】
【宝具かスキルか、その両方か。兎角、何らかの固有の異能を使われたようだ。直前までは確かに奴を視界に収めていた筈が、群衆と合流された途端に視えなくなった。……否、溶け込まれた、というべきか】
シンの喚んだアーチャーが放つ矢にはたかが矢と切り捨てられない威力が込められている。そのことは今更語るまでもないだろうが、弓撃の強さがいつ如何なる時も長所として働くとは限らない。
要するに目立つのだ。英霊を確実に一射で仕留めようと思えば当然相応の威力になる。具体的に例を挙げて例えるならば、対戦車砲程度の威力は最低でも必要になってくる。
そんなものを皆が寝静まった深夜とはいえ連発していれば、何かただならぬ事態が起きていると気付く者は当然出てこよう。アーチャーが獲物と定めた刃物使いのサーヴァントが目を付けたのは、そういう人間が集い出来上がった群衆……野次馬の群れであった。
ただ人混みに紛れるだけなら造作もない。アーチャーの技は何も愚直な破壊のみに非ず。剛柔のウェイトを調整し、只でさえ異次元レベルに高い精密性を更に更にと高め上げて放てば、周りに何の犠牲も出すことなく標的だけを確殺するのは容易いことだ。
だが――あれはその"紛れる"という行為の極致と言ってもいいだろう。千里眼を持つアーチャーの視界から、直前まで確かに捕捉されていたにも関わらず逃れてみせるなど尋常ではない。
【優位に胡座を掻いたな、アーチャー。そこまで逃げられる前に仕留めることの出来ないおまえではあるまい】
【傲ったのは事実だ。故返す言葉もない。宝具解放は過剰としても、より積極的に仕留めに掛かるべきだったな。今後精進しよう】
精進する、という言葉は口先だけのそれではない。この滅私英雄は決して誤魔化さず、嘘を吐かない。
今回は仕損じた。しかしアーチャーは今も目を瞑れば鮮明に、不覚を取った刃物使いの一挙一動を思い出すことが出来る。
回避の所作も、思考パターンも、集団に溶けて気配を完全に断つという固有の異能も。然とその硬い脳髄に刻み込んだ。
故に次はない。もしも次、あの女に対して弓を射る機会がやって来たなら、同じ手は食わないし次は回避すら許さない。
千里を見通す眼を持った、人類史上最高峰の腕を持つ射手を敵に回すとはそういうことだ。
ともすれば冠位の霊基を持つ英霊に選定されても何ら不思議のない、太陽すら撃ち落とす英雄に不覚を取らせたとはそういうことだ。
――時に。アーチャーこと
后ゲイは、何もジャック・ザ・リッパーを仕留められなかったわけではない。
仕留める気になれば見失ってからでも可能だった。あの場に集った群衆の全てをその矢で鏖殺すればいずれは見つけ出せるのだから当然だろう。
にも関わらずそれをしなかったのは、一体どれだけの殺戮が運営による粛清措置を招くか判然としなかったから。
少なくとも、運営を敵に回すリスクを押してまで一騎のサーヴァントを仕留めることが利口だとは、ゲイには到底思えなかった。
森の奥に消えた鹿を深追いしないように、潔く諦めた。しかし、もしも具体的な粛清基準が定められていたとして、ジャックを隠す群衆の総数がそれに達していなかったとしても、ゲイはきっと鏖殺の弓を振るうことはしなかっただろう。
ゲイは此度の聖杯戦争において、シンというマスターの願いを叶えるための走狗に過ぎない。
なればこそ希求するべきは勝利の二文字。サーヴァントの脱落は勝利に近付くのだから、許される範疇の非道は寧ろ戦いを効率的にしてくれる。
だがそれ以前に――后ゲイというサーヴァントは英雄なのだ。恐らくは、その根幹から。
欲を持たず、人を恨まず。そのために人に理解されず、自分が何故破滅に至ったのかも未だ理解出来ない素晴らしくも愚かな男。
他者の願いを叶える程度しか願いらしい願いを持たない筋金入りの英雄に、無辜の民を虐殺する選択はあまりに不似合いだ。たとえそれが必要な一手であったとしても、それを取った瞬間彼は英雄ですらなくなってしまう。滅私のままに殺戮する、理解不能の何かに成り果てる。
そしてシンはその事を理解出来ない程情緒に乏しい男でもなければ、それを居丈高に指摘する程厚顔無恥な男でもなかった。
己のサーヴァントを、己と共に願いの果てを見ると誓った英雄を、理解するが故に否定しない。
そこには確かに、無言の礼儀があった。王と従者の間柄にあろうとも、お互いへの敬意なくして、盤石の体制など成り立たないのであった。
【B-9・KING本社ビル最上階/1日目/午前2時】
【シン@北斗の拳】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[虚影の塵]有(2つ)
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]膨大。一つの会社を動かせる額
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を入手し、ユリアの体を癒やす
1.持てる力の全てを尽くし、聖杯戦争に勝利する
[備考]
※セイバー(ジャック・ザ・リッパー)の外見特徴を聞きました
【アーチャー(后ゲイ)@中国神話】
[状態]魔力消費(極小)
[装備]無銘・弓
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:KINGの願いを叶えるため、聖杯戦争に勝利する
1.引き続き索敵を続け、必要とあらば攻撃する。
2.刃物遣いのサーヴァント(ジャック・ザ・リッパー)は次があれば必ず討伐する
[備考]
※河川敷公園の一連の戦いを千里眼で視認しました。
※これにより、セイバー(ジャック・ザ・リッパー)、アサシン(サロメ)、バーサーカー(イスカリオテのユダ)を確認しています。
※バーサーカー(イスカリオテのユダ)を確認しました。
◆
「それにしても」
厳かな声が真夜中の教会にポツリと響く。
「随分と派手に暴れ、そして派手にやられたようだな。セイバー」
「まったくよ。とんだ貧乏クジ引かされちゃったわ、マジで」
最初の指摘は華麗なまでにスルーして、驚く程の被害者面をしてのけるこの女の面の皮は一体どれだけ厚いのだろう。
そんなコミカルな一幕であるが、ジャックの片腕はこれで随分と悲惨な有様に成り果てていた。手首から肘の手前に掛けてぱっくりと裂け肉が覗き、部分的には骨さえ覗いている。修道服は最早血塗れだ。表情一つ動かしていないのが不思議なくらいの様である。
だが贅沢は言えない。状況と相手を思えば腕が繋がっているだけでも奇跡的だ。命あるだけでも、と言ってもいい。
スキル『倫敦の沈殿』――"人口密集地であればあるほど、己を霧のように薄くする"能力がなければ、一体どうなっていたことか。
「今夜はとにかくツイてなかった、こんな日もあんのね聖杯戦争って。変な堕天使野郎にも絡まれるしさあ」
それに、真の意味で貧乏くじを引かされたのはこの難儀なサーヴァントを従えている聖職者、エイブラハム・グレイに他なるまい。
命じてもいないのに勝手に出歩き暴れてくるのはいつものこととしても、これほど重傷を負わされて帰ってくるとは流石に予想の範疇を過ぎていた。聖杯戦争のステージが明らかに一段上がったことを実感せずにはいられない。もし生半な魔術師だったならヒステリックに喚き散らすか、この狂った女との訣別を真剣に考え始める頃だろう。
しかし無論、エイブラハム・グレイはそんな俗物に非ず。何ら責めるでもなく、口を開いた。
「堕天使? サーヴァントか、それは」
「そうそう。アタシを監視するだとか何だとか、キモいっつの。ありゃ完璧ロクでなしね。
でもま、腐っても天使だって言うから、アンタに説法でも垂れてくれるようお願いしといたわ」
「ほう」
繰り返すが、ジャックが行っているのは真っ当なマスターであれば鉄面皮を保つなど到底不可能な暴挙である。
もしも本当にジャックの言うサーヴァントが天使であったなら、サーヴァント規格にまで零落していたとしても間違いなく勝負にならない。ジャック・ザ・リッパーは確かに悪名高い反英霊であるが、天の御遣いたる彼らにしてみれば虫螻もいいところだ。応戦出来れば上々、最悪何の抵抗も許されずに鏖殺される可能性さえ存在する。
そんな危険な相手に己のマスターの情報をベラベラ明かすなど完全に気が違った者の言動だ。いや、そうなのであったが。
「お前の目には逸れ者に写り、その上で"監視"を為す天使か。
……驚いたな。グリゴリの天眼め、大人しく穴底で呆けていればいいものを」
聖職者であるグレイに言わせれば、ジャックの持ち帰ってきた情報は殆ど天使の素性を示す答えのようなものだった。
見張る者たちの統率者であり、人に過ぎた知恵を授けた罪状で放逐された堕天使のメジャーネーム。アザゼルという天使の存在を知らない聖職者など、十中八九詐欺師の類に違いない。
しかし、さて、どうしたものか。
かの者が聖杯戦争に対しどんな展望を見ているのかは定かではないが、棚から牡丹餅が如く降ってきた敵の情報を有効活用しない程愚鈍ではよもやあるまい。今か、それとももっと先か。時期は動いたとしてもいつかは必ずこの視界に天界の御光が射す瞬間が訪れる筈だ。
交戦の選択肢は現時点では論外。交渉か、或いはもっと別な手段で躱すか。いずれにせよ、断崖の縁を歩くような苦境になるのは確実だろう。踏み外せば、誇張抜きに全てがその場で終末しかねない。逆に上手く扱えたなら恩恵は当然莫大なものとなるだろうが、さしものグレイも堕ちたとはいえ天界の者であった光輝をそう上手く転がせるとは思わない。
「ま、バチが当たったと思って頑張れば? あとこの服流石に着替えるわ、べっちょべちょで気持ち悪くなってきたし」
「それは返り血か?」
「ん? ああ、そうよ」
ひらひらと傷付いていない方の腕を揺らす。そこには真新しい肉片のこびり付いたサバイバルナイフが握られていた。
「あんまりにもババ引かされまくったもんだから、流石に少しくらい発散したくてさ。サクッと楽しんできたの」
……さて、どう歓待したものか。
人も草木も神さえ眠った午前三時の聖堂で、エイブラハム・グレイは小さく呼気を吐き出すのだった。
【D-10・冬木教会/1日目/午前3時00分】
【エイブラハム・グレイ@殺戮の天使】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]
[道具]
[所持金]裕福と言えるレベル
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯が如何なるものか見極める。
1."監視"する堕天使――か。
[備考]
※セイバー(ジャック・ザ・リッパー)から河川敷公園での戦闘と天使との遭遇、アーチャー(后ゲイ)との戦闘について聞きました。
※セイバーの語る天使の真名をほぼ確信しています。
【アサシン(ジャック・ザ・リッパー)@史実】
[状態]ダメージ(大)、右腕に損傷(大、回復中)、失血(中度、回復中)、魔力消費(小)、全体的に血塗れ
[装備]修道服
[道具]
[思考・状況]
基本行動方針:好みの女性を汚(バラ)し、穢(バラ)し、陵辱(バラ)し─────。
1.幻想種(ヤマトナデシコ)の殺害
2.さっさと服を着替えるもう我慢ならん
3.アイツ(アザゼル)新手のストーカー????
4.陰険なアーチャー(后ゲイ)がムカつく。
[備考]
※現在、
桂言葉にターゲットを絞っています。
※バーサーカー(イスカリオテのユダ)を確認しました。
※アサシン(サロメ)を確認しました。
※アーチャー(アザゼル)を確認しました。印象のせいもあり彼に対し若干、引き気味です。
※アーチャー(后ゲイ)から逃れた後普通に人を殺しました。アーチャー(アザゼル)の言い付けは頭から吹っ飛んでいたようです。
最終更新:2018年07月26日 14:36