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幸せの定義

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幸せの定義













 俺様にとって、幸せの定義とは何だろう。

 金持ちでルックスも良くて、頭も良くてテニスも強い。女など掃いて捨てるほど寄って来る。

 幸せなど生まれた瞬間からすべて俺様に備わってしまっているのだから、定義づける意味などないか……


 ふと思考を止め、跡部景吾は窓の外を見た。

 見事なまでに土砂降りで、思い切りテニスが出来ない事を空に向かってぼやく。


「ちっ、止まないな……」


 今朝の天気予報では降水確率30%と言っていた。と、確か学校で滝が言っていた。

 恐らくその30%分が今ここで集中的に降っているのだろう。


 さすがの俺様も、自然現象だけはどうにも出来ないからな。


 そこで一口紅茶を飲むと跡部の頭に浮かんできたのは一人の女性。

 2つ年上で学校も違うのだが、ひょんな事から知り合ったその女性に、跡部は好意を寄せていた。

 最初は度の厚い眼鏡でダサクて女のくせに背が高くて、テニスが異様に強くて変な奴だと思っていた。

 だけどそれがいつしか気になり出して、気付けば好きになっていた。


 汐屋雪緒


 それが跡部の心を捕らえて離さない女性の名前。

 実は眼鏡を外した素顔が驚く程の美人だと知ったのは好きになってから。

 幸せという定義の中で、一つだけ欠けているものがあるとすれば、それは雪緒という存在だと思う。跡部にとって雪緒が側にいる事が、一番の幸せかもしれない。

 何がいいかと言われれば最初に跡部が思い浮かぶのはやはり顔だが、汐屋雪緒という女性を知れば知る程、ルックスはその内面を映し出しているのだと感じるようになった。

ただ一緒にいるだけで穏やかな気持ちにさせる、そんな不思議な女性だった。


「ふう」


 ティーカップをテーブルに置いて立ち上がる。

 雪緒の事を語れる程たくさんの時間を共有した訳ではない。だが、こんなにも跡部の心を捕らえて離さない女性は初めてだった。

 本人を目の前にするとどうしても軽口を叩いてしまうし、上手く自分の気持ちを伝えられなくなる。

 おかげで以前好きだと告白した時も冗談だと思われた。

 跡部は素早くトレーニングウェアに着替えると、自室を出た。


「ぼっちゃま、どちらへ?」


 廊下を歩いていると、執事に声をかけられる。


「走って来る」

「雨が降っておりますが?」

「問題ない」

「かしこまりました。お風呂を沸かしております」

「ああ」


 広い屋敷を出ると、雨は随分と小振りになっていた。

















 雪緒は雨の中、ぼんやりと歩いていた。

 季節は秋。雨が降ると肌寒い。

 今日はテニス部も体育館で筋トレをメインにやり、早めに終了した。

 時間があったので自主練習をしようと思い、たまにお世話になっている知り合いのテニス場に行ったらレッスンがあっていて使えなかった。それで少し遠出をして違う練習場で壁打ちをした帰りだった。

 最近なんとなく落ち着かない。

 何があったとかではないが、テニスをやめようかどうしようか迷っていたのだ。

 テニスは好きだし、それなりの成績を高校に入ってからあげていた。プロの道に進もうと思っている訳ではない。そんなに甘い世界でないことは十分承知しているからだが、大学に行ってもテニスを続けるかどうかを悩んでいたのだ。

 スポーツの専門的な知識を大学にって学びたいという気持ちもあった。

 それでもテニスを続けられるか、自信がなかったのだ。


「雪緒じゃねーの?」


 名前を呼ばれ、ピタリと足を止める。

 振り向くと、そこには一人の男が立っていた。


「跡部、君……?」


 男は被っていたフードを下し雪緒に近づく。


「どうした、こんな所で……? お前なんで傘さしてるのに髪が濡れてんだ? あーん?」


 訝し気に言う跡部に、雪緒は傘を差し出しながら笑った。


「ああ、これ? さっきまで雨の中壁打ちしてたから」

「ちゃんと拭かないと風邪引くぜ? こんな所で壁打ちか? 珍しいな」

「いつも行く所がどこも駄目で、ここまで来ちゃった」

「……来い」

「えっ?」


 雪緒は跡部に手を引かれた。


「跡部君、どこに行くの?」

「俺様の家だ」

「何で?」

「近くだからな。それにそのままじゃお前風邪引くだろ?」

「大丈夫だよ」

「大丈夫じゃねえ。いいから黙って着いて来い」


 相変わらず俺様の跡部に、雪緒は思わず苦笑した。


「もうっ……本当に強引なんだからなあ」

「うるせー。大人しく俺様の言う事をきけ」


 初めて会ったのは2年前。

 雪緒の知り合いが跡部が通う氷帝学園のテニス部の顧問をしていて、部活を見に来ないかと誘われて行ったのがきっかけだ。

 最初は歓迎されていなかった雪緒だが、練習試合をやってから部員の態度が変わった。

 跡部も最初は渋い顔をしていたが、何度か足を運んでいるうちに何も言わなくなっていた。

 それでも何かと絡んで来てはからかわれるので少し困っていたが、それでも氷帝学園の部員達はやはり強いし、一緒にテニスをやるのはなかなか勉強になった。

 跡部は口は悪いし俺様だが、実は優しい。

 こうして手を引いている今も傘を雪緒から取って自分がさしてくれているし、雪緒が濡れないように気をつけてくれている。

 握られた手が熱くて、雪緒は自分より少し背の高い跡部を見上げた。


「どうした?」

「ううん。跡部君って優しいなって思って」

「なんだ、今頃気付いたのか? あーん?」


 先ほどまで沈んでいたはずの雪緒の心が、跡部のその笑顔のおかげで少し紛れている事に気付いて少し驚いた。
















 まさか雪緒に偶然出会えるなんて、跡部は思ってもいなかった。

 住んでいるのは確かに同じ都内だが、学校が離れているので会う事はまずなかった。

 走る道の先をとぼとぼと歩いている雪緒を発見し声を掛け、半ば強引にこうして自宅まで連れてきたものの、正直先ほどから緊張してどうしたものかと戸惑っていた。


「ありがとう。シャワーまで借りちゃって」


 濡れた髪をタオルで拭きながら微笑む雪緒に、跡部はドキリとする。

 風呂上がりなので眼鏡は外しているが、近眼が酷いのでしっかり手には眼鏡を持っている。

 雪緒は自分の容姿が美しい事に気付いていない。

 もったいないとは思うが、そこがまた跡部の心を揺さぶった。

 裏表の無い明るい雪緒に、大抵の人は男女共に惹かれる。


「ここに座れ」


 そう言って跡部は雪緒を鏡台の前の椅子に座らせると、ドライヤーを取って髪を乾かし始めた。


「えっ? 大丈夫だよ、自分で出来るから」

「いいから……」


 雪緒の髪を優しく梳かしながら乾かして行く。

 肩より少し長い髪は染めても無く、パーマもかかっていないまっすぐなストレートだ。


「ありがとう」

「ふん、俺様に髪を乾かしてもらった女はお前が初めてだぜ?」

「あはは。それは後が恐いな」


 鏡の向こうの雪緒の笑顔に、跡部は何故か嬉しくなった。


 ずっとこうやって一緒にいたい。


 そう思うのはやはり贅沢なのだろうか。


「雪緒なら、社交界でも上手く立ち回れそうだな」

「え? 社交界? 無理無理。ドレス着て踊るなんて私には出来ないよ~」

「お前ならどんなドレスも似合う」

「うわっ、またそんな事言ってからかう」


 眉をひそめる雪緒に、跡部はどうして上手く気持ちが伝わらないのかともどかしくなった。

 少しずつ乾いてきた髪の毛を少し掬い上げ、跡部は唇を寄せた。


「ちょ、ちょっと跡部君っ!?」


 引っ張られた髪の違和感に気付き、振り返って見たその行為に雪緒が慌てる。

 すぐに跡部は唇を離し、乾かす動作を再開した。


「ーーーよし、乾いた」

「あっ、ありがとう……」


 真っ赤な顔で俯いて感謝を述べた雪緒を今度は後ろから抱きしめた。

 ビクリと雪緒が体を揺らす。


「あああ、跡部君っ!?」

「ずっとここにいろよ……」

「えっ?」


 体が硬直しているのが分かる。


 何でそんなに怯えてるんだよ?


 苛立ちが首をもたげる。

 首に回した腕に力を込めると、雪緒の頭にうずめた顔を上げて鏡の雪緒を見て言った。


「好きだーーー冗談なんかじゃねえ。この俺様が、お前のことを好きだと言ってるんだ」

「跡部君……」


 雪緒は驚いて目を見開いている。


「前に言っただろ? 俺様はお前が好きだって」

「でも……あれは冗談でーーー」

「誰がいつ冗談だなんて言ったんだよ? お前が勝手に勘違いして冗談にしただけだろ? あーん?」

「そんな……」

「俺様に好きだと思われて、嫌か?」


 我ながら卑怯な聞き方だと思う。

 その跡部の問いに雪緒は真剣な顔をして、きちんと答えを考えているようだった。

 きっと雪緒は嫌ではないと言うはずだ。

 分かってはいても、やはり答えを聞くのが怖い。


「ーーー嫌……じゃないよ」


 期待通りの答えに、跡部はほっとする。


「嫌じゃないけど、私は……誰かをそういう意味で好きになんてなったことないから、正直どうしていいか分からないーーー」

「いいぜ。これからもっと俺様と一緒にいろよ。そうしたら俺様に惚れさせてやるから」


 本当はそんな自信はないし、将来のことなど分からない。

 でも、今こう言わなければ二度とチャンスがないような気がしたのだ。

 しばらく俯き、雪緒は微かに頷いた。


「分からないけど、跡部君の事は嫌いじゃない……今日、偶然だけど会えてちょっと嬉しかった」


 あの時の雪緒は何か思い詰めた様子だった。

 何を悩んでいるのかは分からないが、今こうして自分の腕の中にいる雪緒の存在を感じている安堵感は、想像以上のものだった。

 雪緒の心配事も全部抱きとめてやりたい。

 本気でそう思った。

 跡部はふっと笑った。


「心配するな。お前は俺様の事が好きなんだよ」

「何、その自信」

「確かめるか?」

「ーーーどうやって?」

「……まあ、今は許してやるか。明日から覚悟してろよ? すぐに俺様の虜にしてやるからな」


 自信たっぷりに言う跡部を見て雪緒は思う。

 この言い方の所為で跡部の言葉が全部嘘くさく聞こえるのだと。

 本当はきっと自信などないのだろう。

 誰よりも寂しがり屋でナイーブだということに、漸く気付いた。

 それを虚勢を張る事で己を高め、自ら厳しい道を歩こうとする跡部が愛しいと思った。

 そんなことを考えると、急におかしくなった。

 笑みがこぼれる。

 どんどんと目の前の跡部の事が気になり始めている自分に、雪緒の胸は暖かくも苦しくなっていった。


 互いの気持ちなど互いには分からない。

 言葉でいくら「好きだ」と「愛してる」と言った所で、心の中は覗けないのだ。

 だが、


 幸せの定義


 跡部の心はただ一つ。汐屋雪緒が欲しい。

 雪緒が自分の側にいること。

 それが、跡部にとっての幸せの定義なのだ。

 自信などない。が、きっと雪緒は見抜いている。弱い自分を曝け出せる相手が欲しくてたまらない。


 お前が欲しくてたまらないんだ。






                          END







=あとがき=

おお~。跡部シリアスバージョン終わりました。
跡部って一番人気なんだよな~。でも実際いたら絶対やだよね?
「俺様の美技に酔いな!(キラーン☆)」ですよっっ!?
絶対目の前で言われたら腹抱えて笑います。私は例え相手が大金持ちのボンボンだろうと、笑う自信があります。
だが跡部大好きだよ! こんちくしょうっ!!
顔も男前だし声も色っぽいですよね~
……中学生にあるまじき色気ですけど(笑)

話を戻そう…
私は書いたように跡部は本当は寂しがりやで命一杯虚勢を張っていると思います。
本当は泣き事言いたいけど、そんなこと言えない。甘えたいけど甘えられない。
だから年上の女性がきっと合うと思うんですよね~。もっと上でもいいかもなあ。
まあ、また跡部のお話書くと思います。今回ちょっと跡部にドキドキセリフを言わせられたんで楽しかったです。
お題は「幸せの定義」でした。何でも持ってそうな人に限って、すごく悩んでいるだろうなーと思って、跡部にしました。
それでは、ここまでお付き合い下さいましてありがとうございました!




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