チェンジ・ザ・ワールド☆
途絶える
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「お父さん。一体どうしたんですか?」
目の前でしおらしく父親に尋ねるエレンに、カッツは目を剥いてシンを睨んだ。今朝の態度とあまりに違うその様子に、口をパクパクさせている。
不満を隠そうともしないカッツに睨まれた所でどうも出来ないので、シンは目を逸らして小さく肩をすくめる。
「エレン。お前はこちらのカッツさんの所に1人で勝手に行ったそうだね」
エレンはガイオの隣りに座り、カッツを見てぼそりと口を開いた。
「ええ、だってお父さん、パストが急にいなくなって心配だったんですもの。もう2週間も連絡無しで休むなんて、おかしいでしょ?」
「はあ……エレン。お前には黙っていたが、パストは無断欠勤をしているんじゃない。うちを辞めたんだ」
「ーーーお父さん、何を言ってるの? 辞めた? 何故? 私に何の相談もせず、勝手に辞めるだなんておかしいじゃない! そうやって嘘を吐いて私に心配かけないようにしてるのね?」
「違う、エレン! いい加減に現実を見なさい! パストはお前の恋人でもなければ、愛し合ってもいない! お前が一方的に彼を好いていただけなんだ!」
「私達は愛し合ってたわ! 現実を見ていないのはお父さんの方でしょ!? 一人娘の私が可愛いくてパストに取られたくないからって、そんな酷い事を言うなんて信じられない!」
目の前で繰り広げられる親子喧嘩に、カッツ達3人はあきれ果てて口を挟む事すら忘れていた。
どちらが本当の事を言っているのか、段々分からなくなって来る。
「あーもう! そんな事はもうどうでもいい! IDだ! お前、本当にエレン・リードなのか?」
カッツの大きな声に、ガイオとエレンはピタリと動きを止め、同時にカッツを睨む。
「エレンは私の娘だ!」
「私はエレン・リードよ!」
またしても堂々巡りが始まってしまった。
親子喧嘩に今度はカッツまで加わってしまい、低レベルな罵り合いがますますヒートアップして行く。
「ちょっとおじさん、私の事いじめて何がそんなに楽しいの!?」
「てめえこら、またおじさんって言いやがったな!? このイカス俺様のどこがおじさんだっつーんだ!」
「どこからどう見てもおじさんじゃない! ここまでくっさい加齢臭が臭ってるのよ!」
「なんだと、コラアっ!?」
「やめなさい、エレン!」
シンとトレインがその様子に手をこまねいていると、1人の警察官がやって来てトレインに耳打ちをしてメモを渡した。それに素早く目を走らせると、トレインが口を開く。
「すみません、リードさん」
口喧嘩がエレンとカッツの2人に絞られた所で、ガイオが汗を拭いながらトレインへと体を向ける。が、
「いい度胸じゃねえか! ちょっとツラ貸せや」
「のぞむ所よ。お・じ・さ・ん!!」
カッツとエレンが2人して応接室を出て行く様子に頭を抱え、ガイオは大きなため息を吐いて項垂れた。
あまりの状況にトレインがガイオを慰める。
「娘さんには退席してもらっていた方がいいでしょう。カッツはああ見えてちゃんと考えてますから、心配いりませんよ」
「はあ。出来の悪い娘でお恥ずかしい……」
「いいえ。あの年頃の子どもはどこも同じです。ところで質問なんですが」
「なんでしょう?」
ようやく静かになった応接室に、全員がほっとする。
「娘さんが10年前に事故に遭った時の事を詳しく教えて頂きたいんですが……こちらで調べた所、奥さんはその事故の時に亡くなっていますね」
「はい……」
苦しそうな表情になると、当時の事を思い出しているらしいガイオが頷き、ぽつりと話し始めた。
「妻の実家へ帰省する為、私がチケットを手配しました。本当は私も一緒に行く予定だったんですが、社長になったばかりで仕事の都合が付かず、妻と娘の2人だけで帰ったんです……事故の事はニュースで知りました。すぐに警察からも連絡が来て、私は生きた心地がしないまま現場へと向かいました」
「確かカシズーの空港へ向かう途中の事故でしたね。随分大きな事故だったのでよく覚えています」
トレインとガイオの会話に、シンは集中して耳を傾ける。外を見るとカッツとエレンはまだ言い合っていたが、おそらくここの会話はシンのインカムを通してカッツにも聞こえているはずだ。……スイッチを切っていなければ。
「現場に急行した部隊と警察の話しでは、飛行機は原型を止めていなかったとか。生存者はたったの4名で、その中の1人がエレンでした」
事故の事は大々的に取り上げられていた為、戦地にいたカッツや同じように軍に所属していたシンの耳にも入っていた。
普通の暮らしをしている人間がそうやって事故で命を失う一方で、カッツ達は国のお偉方の為に人の命を奪っていた。地球を戦争で失って宇宙へ逃げておきながら、同じ事を繰り返す。なんとも笑えない話しである。
ガイオの口元をじっと見つめ、シンはもう一度カッツとエレンを確認する。なんと今度は2人して笑っている。あの剣幕はどこへやら、すっかり楽しそうに会話をはずませていた。
ああ見えて実はカッツは色々と考えている。警官がメモを持って来たのを見て、エレンを連れ出した方がいいと考えたカッツが喧嘩に乗じて外に連れ出したのだろう。
「エレンはその時の事を覚えていないんですか?」
ガイオもチラリと外で談笑するエレンとカッツの様子を伺い、首を横に振る。
「とにかく周りは火の海で、痛くて熱くて、焦げ臭くて、ずっと泣いていた、としか……あの子は全身大やけどをしていて、命は取り留めたものの整形手術を何度か受けなければいけないほど酷い状態だったんです。父親である私ですら、顔を見ても誰と分からないくらいになっていましたから」
シンはピクリと目を開き、トレインと顔を見合わせた。
「トレイン、他の生存者が誰か分かるか?」
「あ? そりゃ調べれば分かるが、お前んとこのルーズに頼めばすぐ分かるだろう?」
「あ、そうか」
外へ出てルーズと連絡を取ろうと立ち上がった所でカッツとエレンが戻って来た。
すれ違う瞬間シンを見て、カッツは静かに目を伏せた。
どうやらID偽造の事を父親が知らないというのは本当のようだ。しかし、エレンが顔が判別出来ない程のやけどをしていたという事が、どうも引っかかる。
『どうしたの?』
イヤホンの向こうからルーズの声が聞こえ、シンは10年前の航空機事故の事をルーズに告げた。
すると、
『丁度良かったわ。その事で連絡しようと思っていた所なの』
相変わらず仕事が早い。
「何か分かったのか?」
『ええ。殺されたエレン・リードだけど、その10年前の航空機事故の乗客リストに名前があったの』
「なんだって?」
シンは驚いた。確かにトレインが10年前に事故に遭って以来外出をしなくなったと言っていたが、まさか同じ事故に遭っていたとは思いもしなかった。
『それと、同じドルクバからカシズー行きの飛行機に乗っていた12歳の女の子がいたんだけど、その子と若い方のエレンと殺されたエレン……ああもう、エレンばっかりで面倒臭いわね……は、近くの座席に座っていたみたいね』
「それじゃあ今俺達の前にいるエレン・リードは、当時12歳のその少女……って事なのか?」
『可能性はあるわね』
でも何故?
『もう一つ面白い事が』
知らずシンは汗をかいていた。
一体そこにどんな意味があるというのか。
ルーズの次の言葉をじっと待つ。
『死んだエレンの母親だけど、生命保険に入っていて、受取人をエレンにしてる。そして娘名義の銀行口座を持っていて、娘の為にかなりの額を貯めていたみたいね』
「それで?」
『それで、亡くなった後に一度大金が引き出されてるの。それから毎年、年に一度定期的に口座から引き出しがあってて、それと同額が引き出された後に振り込まれてる』
「引き出してるのは誰だ?」
『エレンよ。何のお金かはもちろん分からないけど……それともう一つ。母親が亡くなってエレンが退院した後、本人が来て、生命保険受け取り用に別の新しい口座を作って行ったらしいわ』
ぼんやりとだがID偽造のからくりが見えて来た。
「振り込んでるのは?」
『エレン本人ね』
シンは応接室からこちらを時折見ていたカッツに、出て来るように顎で合図を送った。
「じゃあ全ての事を知ってるのはエレンだけって事か……」
「他の生存者は分かったか?」
丁度ドアから出て来たカッツがインカムに向かって尋ねる。
『1人は男性でカシズー在住よ。この人は関係なさそうね。でももう一人は分からなかった』
「分からなかった?」
『ええ、何も情報が残っていないの。調べようにも航空会社にも一切痕跡が残ってなかった……もしかしたら組織や裏社会の人間だったのかも』
「あり得るな。でもまあ、エレンが別人だって証拠はかなり固まって来たから、その証拠を警察に提出して、パスト・ヤーセンの事を確認したら俺らの仕事は終わりだな。ルーズ、お前は今まで調べた事をまとめてトレインに送ってやってくれ」
気楽にそう言うと、カッツは肩をぐるりと回して笑った。
『了解。でもいいの? 組織とエレンは繋がっている可能性が高いわ』
「あのなあ、俺達の仕事は人探し。エレンが組織と繋がってようが麻薬売りさばいてようが、男に貢いでようが知ったこっちゃねーの。後は警察に任せとけばいいんだって」
そして応接室へと戻って行ってしまった。
「カッツの言う通りだ。考えても仕方ない。お前はカッツの船で帰る準備をしといてくれ」
『分かったわ。それじゃあ後で』
会話を終えると、シンも応接室へと入った。
「リードさん、エレンのDNA検査をする許可を頂けますか?」
唐突に言われ、ガイオは惚けたようにトレインを見た。
「どういう事ですか?」
「エレンは別人である可能性が出て来ました。ですからあなたとの親子関係を証明するため、あなたとエレンのDNAを提供して頂きたい」
「な、何を……」
ガイオがエレンへと視線を移そうとした瞬間だった。
「がはっ!?」
突然エレンが口から泡を吹き出し、両腕で首を締め付けて立ち上がった。
「ううううっ! ああっ!?」
「何だ? どうした!? おい!!」
ガクガクと激しく痙攣したかと思うと、エレンは突如糸の切れた人形のようにぐにゃりと床に倒れた。そしてピクリとも動かなくなってしまった。
トレインとカッツがエレンに駆け寄る。
大きく見開いた目は真っ赤に充血し、鼻、口、耳から血液の混じった赤い泡が流れている。
直ぐさま脈を取ると、トレインはぐっと目をつぶって歯を食いしばり、首を左右に振った。
「ーーー死んでる」
「し……どうしてっ!? エレン? エレンっ!!」
「触るな!!」
ガイオが取り乱し、エレンを抱きかかえようと腕を伸ばすのを遮ると、カッツはインカムのスイッチを押した。
「ルーズ。エレン・リードが死んだ。多分殺された。偽造IDを作っていたエレンと、こっちのエレンのこれまでの動向をすぐに調べ上げろ、それと母親の生前の事も全部だ。エレンの為に作っていた口座の金の流れ、カシズーへ行く前後の通信記録、交友関係。全部だ!」
乱暴に怒鳴ると、部下に連絡を取るトレインの横で舌打ちをする。
「なんなんだよ、ったく! どうなってんだ!?」
****
死んだエレン・リードの解剖の結果、体内型ID情報から10年前に航空機事故で死亡したと思われていた“ノイア・ウォルシュ”という少女だと言う事が判明した。
ノイアもドルクバから家族でカシズーへ旅行で向かう途中、事故に巻き込まれた。
ここからは警察とカッツ達が調べた結果を元に立てた推測だが、エレンの母親は結婚する以前から組織と何かしらの関係があり、エンド大気生成システムの功労者であるエレン・リードを仲間にする算段を立て、カシズーで何か事を起こす予定だったようだ。
しかし不慮の事故に遭い自分の命がもうもたないと分かると、自分の娘を救う方法を探った。が、娘も事故で死亡した。ノイアの家族もエレンの母親と同じく組織の末端の仕事をしていたらしく、死亡した父親と母親の体内からカプセルに詰められたドラッグが見つかっていた。もしかしたらエレンの母親とノイアの家族は知り合いだったのかも知れない。
その事もあり、エレンと契約を結びノイアを娘のエレンに仕立て、組織との関係を維持したと思われる。
それは、リード社が請け負っていた仕事の下請け業者がplainのダミー会社の一つと分かった事からも、エレンの母親は自分の旦那の会社を発展維持する為に組織と切れる訳にはいかなかったと推察できる。
当時12歳だったノイアは親の仕事も理解していただろうし、組織から逃げられないという事も十分分かっていたはずだから、エレン・リードとして生きる事に同意したと思われる。
何より家族を失い、自分も瀕死の重傷を負っている状態で助かるのなら、提示された条件を飲んでもおかしくない。
顔を大やけどしていた事と、エレンと血液型が同じだった事は都合が良かった。技術が発達した現代、輸血の必要無く高度な手術が簡単に受けられる。
そのため顔の整形手術を受け、エレンと同じ顔になることは雑作もない事だったし、何より危険が伴うとはいえ組織の仕事は金になる。ノイアはエレンとして生活をしながら、父親の前では娘を演じ、組織の仕事も末端とは言えしっかりとこなしていた。
子どもであったことも幸いし、警察に動きを察知されにくくしていたようだ。
一番の被害者は父親のガイオだろう。エレンが別人だった事を知った時のガイオのショックは凄まじかった。
結局妻と娘が組織と関わりがあった事から会社には警察の手が入り、ガイオは家族と信用を一度に失う結果となってしまった。
もし、ノイアがパストを盲目的に愛さなければ、この事実が明るみに出る事はなかっただろう。
ノイアの死に関してだが、体に時限型の毒がカプセル状で埋め込まれていて、組織の事がバレる前に遠隔操作で毒カプセルを破裂させたという事で一応の決着がついた。
だが、それだけだった。
「結局また組織かよ……」
バーの一番奥の席でカッツが面白くなさそうに呟くと、トレインはグラスに注がれたバーボンを一気にあおった。
「……かあっ! 警察でも手出し出来ねえからな。plainは上層部にかなり恩を売ってやがる」
「こうやって毎回毎回手がかりがぷっつり切れてしまうんだから、どうしようもねえな。ムカつくが、俺達みたいな一般人にはなおさらお手上げだ」
文字通り両手を挙げると、おやじ2人は今日の出来事を肴に次々とボトルの酒を減らして行く。
それを横目にシンがルーズと話しを始める。
「パスト・ヤーセンの方はどうだった?」
「トレインの知り合いの息子さんなんでしょ? そっちの方は確認したわ。組織との繋がりはなさそうね。元気に時計を作ってるみたいだったわ。あ、トレインによろしくですって」
「おう。あの鼻たれ小僧も立派になったもんだぜ」
嬉しそうに言うと、トレインは鼻の下を指でこすった。
実際ノイアがどういった組織の仕事をしていたのか、詳しい事はまだ分かっていない。若者に人気のドラッグを、ドルクバ国外に運ぶ運び屋を総括していたらしいという事は分かったのだが、その方法や規模、金の流れなど、調べなければいけないことはまだ山のようにある。
しかし、ここから先は警察の仕事だ。カッツやシン、ルーズの仕事では無い。
「だけどエレン……じゃなかった、ノイアは本当にパストの事を一方的に好きで、私達に捜すように依頼したのかしら?」
「どういう事だ?」
今度は軍隊時代の昔話に花を咲かせたカッツとトレインを無視して、シンがぼそりと呟いたルーズに尋ねる。
「だって、組織の仕事を10年もやっていたノイアが、自分のIDが偽物だと分かるような行動を自ら取るなんておかしいじゃない。私達の事は組織も知っているんだし、IDの事だってバレる可能性は高かったはずよ。それなのに自殺行為とも言える行動をしたノイアに納得いかないの」
「それだけパストの事が好きだったんだろ?」
「自分の手下を使って捜させる事くらい出来たんじゃないかしら? それに父親をもっと問いつめれば分かったかもしれないのに……」
珍しく強い口調で言うルーズに、シンはため息を吐く。
一体どうしたというのか。こんなに事件に首を突っ込むルーズは今まで見た事がなかった。
「ーーーどうした? お前らしくない……何をそんなに焦ってるんだ?」
「焦ってなんかないわよ。納得いかないって言ってるの」
「お前ら横でごちゃごちゃうるせー!! いいから飲め!」
完全に出来上がったカッツに首を絞められ、シンはそれ以上ルーズを追求する事が出来なくなってしまった。
ルーズはふいとシンから顔を反らし、ラムをぐっと飲む。これはもう話し掛けるなという合図だ。仕方なくシンはカッツが無理矢理自分の口めがけてねじ込むグラスを奪い、バーボンを喉に流し込んだ。
「はははっ、いい飲みっぷりだ! もっと飲め! トレインのおごりだ!」
「おい! 誰がおごるなんて言った!?」
「細かい事気にすんな! 経費で落とせるだろ?」
「落ちる訳ないだろうがっ! あっ、こらルーズ! お前はそれ以上飲むな! お前が一番ザルなんだから!」
「マスター、ボトル追加」
がやがやと浮かれた音を立てる場末のバーで、男達は腐った世の中の出来事をほんの少しの時間忘れる。
規則正しい宇宙は、人間の手でどんどんと不規則と混沌におかされて行く。
いつまで経っても成長出来ない人間など、どこにいても役立たずだと、何かに押さえつけられているようで息苦しい。
だがカッツ達はそうは思いたくない。人は人と繋がりを持てるからこそ傷ついたり幸せを感じたりする。
だから、人探しをするのだ。
今日もまた、誰かが誰かを捜している。
繋がりを求め、継続するために。
続く…
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