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マジで逃げ出す5秒前

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マジで逃げ出す5秒前













 逃げたい。


 私は今、猛烈に逃げたい。

 何故なら、今現在、私の目の前には笑顔で人を操る男、跡部景吾がいるからだ。


 この跡部という男が私は大の苦手だ。

 幼稚舎からずっと氷帝学園に通う私は、跡部の存在はもちろん知っていたし、実家が恐ろしく金持ちだという事も知っていた。

 だが、一般庶民な私が苦手なのはそんな事ではなく、跡部景吾という男の存在そのものが苦手なのだ。

 どこから言おう……

 とにかく、まずあの人を見下したようなしゃべり方。そして横柄な態度。無駄に男前な所に頭がいい所でしょ。

 それからテニスがめちゃくちゃ上手くて女の子にアホみたいにモテるところ!


 ーーーああ、なんか私、モテないヒガミ男みたいな事言ってるわ。

 でも実際そんな所が苦手なのだから仕方ない。

 それが、どうしてこの苦手な男と一緒にいるのかというと、文化祭の実行委員になってしまったからだ。

 別のクラスにいる仲の良い友達に、高校生活最後の思い出に文化祭の実行委員を一緒にやろうと誘われたため、HRで実行委員を決める時に立候補したのだった。

 そして実行委員に決まった後に思い出したのだ。


 跡部が生徒会長だって事をーーー


 それでもプラス思考の私は、実行委員なんて言ってもたくさんいるんだし、跡部と一緒に作業する事なんてないだろうと思っていた。

 のだが、

 各学年とクラス毎の実行委員が集まった会議の時、学年毎の仕事をくじで決める動きの中、必死で

 跡部の下に付きませんように。

 と願っていた私の願いも虚しく、見事跡部が指示を出す文化祭管理の仕事に決まってしまったのだった。


 生徒数が半端なく多いこの氷帝学園で、私は幸いにも跡部と同じクラスになった事はなかった。

 おかげで接点もなかったのだが、実行委員になった数日後の放課後、何故か生徒会室に呼び出された私は、緊張したまま妙に座り心地の良いソファーに座っていた。


 え? 同じクラスになったことないのにどうしてそこまで跡部の事が苦手なのかですって?

 それは……




 私の友人達が片っ端から跡部の大ファンだからよ!



 毎日毎日「跡部様」「景吾様」と話しを聞かされ続けてご覧なさい。

 もういい加減夢の中にまで跡部が出て来る始末。

 私の睡眠を邪魔するのも、楽しい友人との会話を邪魔するのも全部跡部。休日でも友人からのメールには今日の跡部様の部活報告がご丁寧に書かれてる。

 跡部の名前を聞かない日はないくらい。

 おかげで跡部の事なら大概知ってるわ。

 これはもう私に対する嫌がらせとしか思えない!

 どうして私の狭い脳みそのキャパの中に跡部の情報がぎっしり詰まってないといけないわけ!?

 跡部の身長とかどうでもいいからそこに英単語を上書きしたい!

 でも忘れた頃にまた友人から情報が入力されるーーー


 従って、私の平和な学園ライフを邪魔する跡部は私の中では敵であり決して仲良くしたい対象ではないのだ!





 おっと興奮してしまった。

 話しを元に戻そう。




 ソファーの前の机には大量のプリントの山。

 そのプリントの山の向こう、生徒会長の机には跡部。

 そして無言の空間の中、私はただひたすらにプリントを一部ずつとってホッチキスで留め、封筒に入れるという作業を疾風の速さでこなしていた。

 だってこんな拷問みたいな場所、一秒でも速く出て行きたいんだもん!

 生徒会室に入ってかれこれ2時間。

 私が跡部と交わした会話は最初の一言二言だけだった。

 放送で何故か私一人呼び出され、思いっきり仏頂面で生徒会室のドアをノックして開けた私に一言。


「そこのプリントの山を今日中に片付けろ」


 おいこら、ちょっと待て。他に言う事はないんかい。

 確実にこめかみの毛細血管切れたね、あれは。

 でも争い事が嫌いな私は「はい」と一応しおらしく返事をしてソファーに座った。

 というか、口で跡部に勝てる気がこれっぽちもしないというのが本音。



 それから何も言わない跡部をチラリと伺う。が、逆光で全く表情は見えない。

 跡部の背後にある窓から太陽が見えて、非常に眩しかった。

 顔をしかめていると、跡部が急に立ち上がってブラインドを下ろしてくれた。

 一瞬私が眩しそうにしてたからかなと思ったが、そんな優しい男とは思えない。

 それでも一応礼を言う。


「ありがとう」

「……いや」


 返って来た返事に驚く。

 やはり私の為にブラインドを下げてくれたらしい。

 もう一度跡部を伺う。

 今度は眩しくないからよく見えた。

 じっと机に視線を落とし、何かを読んで時折ペンを走らせている。

 高校3年生の秋、跡部達3年生は部活を引退したばかりだ。

 そしてこの文化祭を最後に生徒会も解散する。


 思い出作りか……


 ふと一緒に文化祭実行委員をやろうと言い出した跡部大ファンの友人の顔を思い出す。

 跡部と同じ仕事に割り振られた私に、跡部の話しを聞かせてくれと目を輝かせていたから、まあ今の状況も良しとするか。

 跡部はまじめに仕事をしてたよ。と報告してやろう。

 と再びポジティブシンキングに浸っていると、猛烈に視線を感じた。


 え? 何?


 顔を上げると跡部がじっと私の方を見ていて、私は思わず自分の背後を振り返った。

 しかしそこにはただ事務机が2つ並べてあるだけで何もない。

 捻っていた首を元に戻す。


「うわあっ!?」


 今度は跡部の顔が目の前にあって、私は文字通り飛び上がらんばかりに驚いた。


「なっ、何っ!?」


 びっくりしすぎてものすごいハイトーンボイスになっている。

 跡部は何も言わず、じっと私の顔を見続けると、ふと笑った。


「お前、本当に面白い奴だな」

「は?」


 意味が分からない。

 顔を離した跡部を見上げると、私は眉間にシワを作った。


「お前、俺様の事嫌いだろ? あーん?」


 ストレートすぎる跡部の発言に、正直私は怯んだ。

 だが嘘ではないから平気な振りをして答える。


「うん、嫌い」

「……それなら何で俺様の呼び出しに素直に従ったんだ? 断ればいいだろ?」

「ああ、それで面白い奴? それじゃあ私が跡部君の事嫌いって知ってるんなら、何で私を呼び出したのよ?」

「お前が俺様を嫌ってるからに決まってるだろ?」

「ーーーいや、意味分かんないし……わっ!?」


 呆れたように私が言うと跡部が急に私の肩をソファーの背に押し付けた。


 こ、これは……非常に危ない状況?


 私は全身に鳥肌が立つのを感じた。

 跡部を睨み上げると、跡部が厭味ったらしく口の端を上げる。


「何でだろうな。好きだと言われ慣れてしまって、逆に嫌いだと言う奴に興味をそそられたから……か」

「なにそれ……マゾ?」

「はっ! まあ、そうかも知れないな。お前に興味が湧いたって事だ」

「私は遠慮しとこうかな」

「この状況でよくそんな口が叩けるな? あーん?」


 確かに。

 私は今、猛烈に逃げ出したい。

 目の前の跡部の顔がゆっくりと近づいて来る。

 タイミングを計らねば。

 逃げ出すタイミングを。


 5……


 4……


 3……


 2……


 1……


 ダッシュ!!!




                      END






あとがき

どうも、最後までお読み頂き、ありがとうございました!
お題は「マジで逃げ出す5秒前」でした。
このヒロインは本当に跡部が苦手みたいです(笑)
やっぱり跡部は私の中ではいじめ甲斐があるキャラナンバーワンですね~☆
片思いがこんなに似合う男前って貴重(笑)
ヒロインが逃げられたのかですって? そらあ、もちろん逃げましたよ。カモシカのように♪
でも嫌よ嫌よも好きのうちですかね。
いやあ、スラスラっと読んで頂けたら嬉しいです。それでは、またお会いしましょう~




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