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蜃気楼

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蜃気楼














 日差しを浴びる海のきらめきの向こうに、忍足は蜃気楼を見て息を飲んだ。

 初めて見るその現象はまるで白昼夢のようで、しばらく瞬きを忘れさせるには十分だった。

 嫌な事は続くもので、忍足は最近好きになった女の子に振られたばかりだった。しかもその子は忍足を振って忍足の友人と付き合い出したというオチ付き。

 好きな子と友人を一度に無くすというのは、経験の浅い青少年には結構なダメージだ。

 そしてテニスの試合にも負けた。

 天才だなどともてはやされ、自分でもそこそこ強い方だと自負していたのに敗北を喫するとは。

 自分の底の浅さを知らせる波が成長するスピードより遥かに早く襲って来て、抵抗すら出来ずに呑み込まれる。

 出来る事と出来ない事をはっきり突きつけられたのが情けないやら悔しいやら、もう感情を面に出すのも億劫なほど疲れていた。

 そんな忍足の心を知ってか知らずか、目の前の蜃気楼は対岸の倉庫群を縦長に伸ばし、その模様をまるで巨大なクジラのようにさらしていた。

 いっその事そのクジラのような口で呑み込んで、忍足侑士という人間を消して欲しい。

 こうやって気晴らしに偶然足を運んだ公園で、偶然蜃気楼と出会うとはなんとも皮肉なものだ。

 この幸運がもう少し分散させてやって来てくれたら、こんなに惨めな気持ちにならずに済んだかもしれないというのに。

 しかし自然の力はすごいと、改めて実感する。


「すごいなあ……」


 無意識に口をついた言葉に、期せずして返事が返って来た。


「本当、すごいよね」


 驚いて振り向くといつの間に現れたのか、忍足の隣りに一人の少女が立ってじっと海の上に姿を見せる蜃気楼を見つめていた。


「……びっくりした。自分、いつからそこにおった?」

「さっきからいたよ? 君より先に」

「せやったか?」


 記憶を辿るが、忍足がこの海沿いの公園に来た時人影はなかったような気がする。

 自分の思い違いだったのかと、もう一度隣りに立つ少女を見て蜃気楼へと視線を戻した。


「しっかしなんや、蜃気楼っちゅーんはもっとぼんやりしたもんかと思とったけど、こないはっきり見えんねんな」

「うん、そうだね……ねえ知ってる? 蜃気楼って3種類あるんだ」

「へえ。そうなんや」


 忍足はこの初めて出会ったばかりの少女の語る言葉に耳を傾けた。

 目の前の蜃気楼のような少女の横顔が、まるで話しを聞いて欲しくてたまらないように見えたのだ。いや、自分が話し相手を欲していたのだ。

 だから初対面の男に語り出したこの少女も自分と同じで寂しいのだろうと、勝手に親近感を覚える。

 相づちを打った忍足に、少女は続けた。


「今私達が見てるのは一番ポピュラーな蜃気楼なんだけど、私はレアな蜃気楼が見たいんだ」

「レアっちゅーんは、今見てるようなのとはちゃうって事か」

「うん。物体の横に蜃気楼が出るらしいの」

「へえ」


 それが一体どういったものなのか知らない忍足は、目の前の伸び切った蜃気楼を頭の中で横へ反転させてみた。

 が、やっぱりいまいち分からない。


「世界的にも滅多に見られないからレアなんだけどさ。ねえ、なんか蜃気楼って面白いと思わない?」


 相変わらずじっと蜃気楼から目を離さない少女に尋ねられ、忍足は頷いた。


「せやな、なんやこう、別の世界と現実世界の境界線みたいやなあって思ったわ」

「……君、面白い事言うね」

「そうか? ならあんたはどう面白い思うんや?」


 漸くこちらを見た少女の目をじっと見ると、少女はクスリと笑った。

 小柄で少し癖のある短い髪に、大きな瞳が印象的な少女だ。


「空気の温度差と光の屈折の一定条件が重なって見えるのが蜃気楼でしょ? で、普段私達って目に見えないものも実は見てて、自然のいたずらが重なってこうやって蜃気楼として見えていないものが見えるの……これってすごく面白いと思わない? 見えないものが見えるんだよ?」

「ーーーよう分からんわ。なんや、つまり蜃気楼も実は見えてないけどずっとそこにあって、空気の温度差と光の屈折っちゅー偶然が重なった時だけ見える現象言う訳やな? せやからあんたは、ほんまは見えてるはずやのに見えてない蜃気楼を、こうやって実際に見えるっちゅーことがおもろいいう事か?」


 忍足が必死に少女の言った言葉足らずを理解しようとしてそう言うと、少女は目を丸くさせた。


「すごいね、君……頭いいんだ」

「まあ、見てから分かるやろ?」

「ふふっ……うん、そう。君が言ってくれた通りだよ。実際見えてるはずのものがいつもは見えてなくて、こうやって偶然が重なった時だけ見える。すごいよね。だから、レアな蜃気楼を見てみたいの」

「なるほど。レア蜃気楼を見て、まだ見た事ない、実は見えてるものが見たいっちゅー訳か」

「そう! 自然ってすごいよね。偶然偶然とかっていうけど、緻密な計算の元に色んな現象を生み出すんだもん。人間なんて宇宙から見たら本当にちっぽけな存在だよ」


 パチンと両手を合わせ、少女は嬉しそうに笑って続けた。


「日本でも九州の海で稀に見れるらしいんだ。知ってる? 不知火っていうの。昔は妖怪と間違われてたらしいんだけど、蜃気楼説が一番有力なんだって。だから一度行ってみたいんだけどね……でも埋め立てやなんかでさらに見れなくなったらしいの……やっぱりレアってだけあって、そう簡単には見れないんだよねえ……はあ、見たい」


 心から残念そうに言った少女に、忍足は思わず吹き出してしまった。

 それに少女が何事かと顔を上げる。


「……くくっ……すまん。あんた、ほんまに蜃気楼が好きなんやな」

「えっ? あ、うん……そう、かも?」


 そこで自分が蜃気楼について、初対面の男相手に力説していた事に気付いたらしい少女が恥ずかしそうに俯いた。


「わっ、ごめん、なんか私一人で勝手に語っちゃって……」

「……いいや、おもろかったで。あんたみたいなおもろい女の子、初めて会ったわ」

「面白い? 変とはいつも言われるけど、面白いって言われたのは初めて」

「まあ、どっちもあんまり変わらん思うけどな……くっ!」


 今度は複雑な顔をした少女に、忍足はとうとう我慢出来なくなってその場にしゃがみこんだ。

 気を抜くと大声で笑ってしまいそうで、思い切り腹筋に力を入れる。


「……はあっ……あ~、おもろかった」


 ひとしきり声をかみ殺して蹲ったまま少女の不思議っぷりを堪能すると、忍足はゆっくり立ち上がった。


「ちょっと、いくらなんでも笑い過ぎじゃない?」


 少し口をとがらせた少女に、忍足はにこりと笑顔を寄越す。


「すまんすまん。せやけど今日はここに来て良かったわ。俺、ちょっと落ち込んでてん。でもこうやって蜃気楼は見れたし、笑わせてもろたし。あんたのおかげで元気になった」

「あ……そうだったの。ごめん、そんな事情があるなんて知らなくって、勝手に蜃気楼トーク炸裂させちゃって……君が蜃気楼をすっごく真剣に見てたから、蜃気楼が好きなのかと思ってーーー」


 申し訳なさそうに言う少女に、忍足はまた笑いそうになるのを喉の奥でこらえて首を振る。


「ええねん。なあ、またあんたの蜃気楼の話し聞きたいねんけど」

「本当?」

「ほんまや。蜃気楼さん」

「私の名前、蜃気楼じゃないんだけど」

「ふっ……せやな。なら名前、教えてくれへん?」


 ゆらめくクジラのような蜃気楼が運んで来たのは、新しい発見と出会いだった。








                       END







=あとがき=

はい!忍足君でした。お疲れ様でした!
もう二次小説当分書かないとか言っておいて書いてますからね。
所詮管理人はこんなヤツです。適当なんです。

お題はまんま、「蜃気楼」でございます。
珊瑚さんのHPで忍足の素敵漫画を拝見させて頂いて、一番最初に忍足に惚れた事を思い出した管理人(笑)
だって声が好きなんですもの……
初めて書いた忍足小説は文字通り初テニプリ小説だったんですが、今回軽い感じにしました。前のやつちょっと長かったしね。
管理人の地元は不知火で有名でございます。でも見た事ない。妖怪図鑑みたいなので見た記憶はある。。
確か校歌には不知火って歌詞あったなあ。もう忘れて歌えないけどw
それでは最後までお読み頂きありがとうございました!
忍足の色気を思い出させてくださった珊瑚さんに、感謝です!!


資料はWikiより抜粋




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