チェンジ・ザ・ワールド☆
雨の日に〜5−7
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5-7
帰りの車の中、誰一人口を開くものは無かった。
警察署に戻ってから、自宅へ帰ろうとする岡部を加藤が呼び止めた。
「おい、岡部……」
「ーーーー」
「大丈夫だ、坂井春香は俺達が必ず探し出す。だからお前は心配しないでゆっくり休め」
「ああ……ありがとう」
そんな言葉は気休めにしかならない事は十分解っている。だが、加藤は言わずにはおれなかった。
それは岡部に言うとともに、自分自身にも言い聞かせている言葉だったから。
友人の岡部進一は、職場の同僚でまだ若い坂井春香に惚れている。その惚れた女の行方が解らなくなったのだ、殺人鬼と知り合いかも知れないのに……
力なく歩いて行く岡部の後ろ姿を見送りながら、加藤は微動だにしない成川に気付いた。
「成川さん、あんたも今日は帰った方がいい」
「……加藤さん、私ーーー」
成川が口を開きかけた瞬間、加藤を呼ぶ声が聞こえた。
「お、呼んでる……気を付けて帰れよ」
「あっーーはい」
何か言いたそうな成川は、俯いて小さく頭を下げた。
加藤はこの後、成川を一人で帰した事を激しく後悔する事になる。
「先輩、どうしましょう?」
心配そうな津田の頭を叩くと、加藤は現状の確認を取った。
「落ち着け、取り敢えずどんな状況か説明しろ」
「は、はい……先輩からの最初の電話で、すぐに坂井さんの携帯に電話をしました。でも留守電だったので、仕事中なんだろうと思って、一応留守電に仕事が終わったら連絡するように入れたんです。でも連絡を待つより塾まで行って待ってた方が早いと判断して、後藤さんと一緒に行ったら、今日の昼に一度塾に来て、一旦家に帰ってから坂井さんが出勤してない事が分って……」
「家に連絡は?」
「もちろんすぐに連絡しましたが、仕事には夕方にいつも通り出掛けたと言ってました」
「家から塾までの間に何かあったって事か……目撃者は?」
「バス停でバスを待っている所を近所の主婦が目撃したのが最後です。乗ったと思われるバスの運転手にも聞いてみましたが、夕方で混んでいて坂井さんが乗っていたかどうかははっきりと思い出せないと……」
「じゃあそのバス停でいなくなったと考えた方が良さそうだな」
加藤が呟くと、津田は青ざめた表情で加藤を見上げた。
「大丈夫でしょうか?」
「……探し出すまでは分かんねえよ。とにかく大丈夫なように急いで坂井春香を探すんだ、行くぞ!」
「はい!」
加藤に背中を叩かれ、津田は気合いを入れて走り出した。
探すと言っても、何処を探せば良いのか皆目見当もつかないが、とにかくしらみつぶしに探すしかない。
「もう一度、坂井春香が最後に目撃されたバス停から行くぞ」
車を運転する津田の隣りで、加藤が煙草を吸いながら言った。
市内はおろか、近県の警察に緊急配備を敷き、桂元秋杜の写真をばらまいて非常線を張った。どこかしらの網に引っかかってくれれば良いのだが、それ以外に出来る事は最終目撃地点での徹底的な捜査だ。
「成川さんも一緒だと現場のプロファイリングで何か手掛かりが掴めるかも知れませんね?」
津田がそう言うと、加藤は短くなった煙草を灰皿で揉み消した。
「電話で十分だろ、最近バタバタして疲れてるだろうし」
「そうですね」
津田は加藤の口からそんな女性を思いやる発言が出るとは思わず、少し驚いて横目で加藤の様子を窺った。
お互い毎日朝から晩まであちこち駆け回っているから仕方ないが、加藤は自分よりも数倍疲れているように見えた。
父親の責任追及があちこちで取りざたされ、あっという間に指揮官交代と減俸処分が決まった。実質自宅謹慎に近い状態になっている加藤の父は、今回の事件の深さを読み切れなかった自身への後悔で体調をくずした。
そんな事もあり、流石の加藤も相当堪えている様子だった。
「おかしいな」
携帯を耳から離し、加藤は首を捻った。
「どうかしたんですか?」
「いや、成川が電話に出ないんだ」
「もう寝てるんじゃないですか?」
「……まだそんな時間じゃないだろ?」
時間は夜の10時を少し回った所だ。
風呂にでも入っているのだろうという話しになり、加藤と津田は坂井春香が最後に目撃されたバス停へと丁度到着した。
「ここが最終目撃地点です」
田舎町だけあって、流石に夜の10時を過ぎると人気が少ない。取り敢えず近所の家へ聞き込みに行く事にした。
「手分けして聞き込みするぞ、お前は坂井春香の家からこっちへ向かって聞き込みをしろ、俺はバス停から坂井春香の家へ向かって聞き込みする」
「はい!」
津田が路地の角を曲がると、加藤の携帯が鳴った。
「……?」
着信は非通知になっており、加藤は不審に思いながらも通話ボタンを押した。
「もしもし……」
『ーーーーー』
電話の向こうはとても静かで、何も聞こえてこない。
「もしもし?」
少し声が大きくなる。
『ーーーホテルへ行く裏路地……』
電話の主は男とも女とも分からない声だった。ハンカチか何かを当てて話しているのだろう、籠ったような陰気な声でそう言った。
「何?」
『成川、皐子は……生きているか?』
「!? 何だって! おいっ! お前誰だっ!?」
それだけ言うと、電話は切れてしまった。
加藤は慌てて成川に電話をした。しかしやはり留守番電話になる。
慌てて車に飛び乗ると、急発進させた。
どういう事だ、成川皐子は生きているか? それは、成川に何かあったと言う事なのか。
成川が宿泊しているホテルの裏路地という事なのか。
どんどんと動悸が早くなる。加藤は懐で振動する携帯を無視して、ホテルへと急いだ。一分一秒が気が遠くなるほど長く感じる。
喉の奥がかあっと熱くなり、頭の中では先程の成川の沈んだ姿が浮かび上がる。
何だ? 訳が分からない。
どくどくどくどくーーーー
心音は加藤を叩き付けるばかりで、問いかけても何も答えてはくれない。
成川が宿泊するホテルが先の方に見えて来て、加藤はハンドルをそちらへ向けて切った。
!?
加藤の目に飛び込んで来たのは、ホテル近くの路地裏に光る救急車の赤色灯と、大勢の野次馬だった。
嘘だ……
「おい、どけっ!」
車を路肩に乱暴に止め、野次馬を掻き分ける。少しずつ人が横へずれると、成川が救急隊員によって担架に乗せられている所だった。
「成川っ!」
加藤が叫びながら担架に近付くと、救急隊員の一人が加藤を見上げて言った。
「ご家族の方ですか? 非常に危険な状態です、一緒に来て下さい」
「危険? どう危険なんだ! こいつとはほんの数10分前まで一緒にいたんだぞ!? 何だ? この血の量は!」
明らかに動揺する加藤を、救急隊員は必死で落ち着かせようとした。
「落ち着いて下さい。とにかく病院へ、一刻を争う状況なんです。早く乗って下さい」
加藤はそれ以上何も言えなくなり、救急車に乗り込んだ。
隣りで横になり、救急隊員により酸素を吸入され、腹部から大量に出ている血を止血されている成川の顔を見つめながら、加藤は自分が微かに震えている事に気付いた。
両手が震えている。
加藤は両手の拳を顔の前で組み、祈る様な仕草で己の足下を睨んだ。
神様もし本当にいるんなら、どうかこの人を助けてやって下さい。俺の所為だ……何かを言いたそうだったのに、聞かずに一人でホテルへ帰したりしたからこんな事になったんだ。だから、どうか助けて下さい。俺の有り余った体力なら、いくらでも分けてやるから。
頼むよ、助けて下さいーーーー
続く…
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