チェンジ・ザ・ワールド☆
ありったけの想いを込めて
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ありったけの想いを込めて
ねえ、チョタくん。どうしたらそんなにじょうずにバイオリンひけるの?
チョタ、明日学校お休みするの? コンクールに出るの? すごいねー!
相変わらずモテるよね、長太郎。廊下で女の子がいっぱい待ってるよ。
長太郎が好きならちゃんと気持ち伝えなよ。見てるだけじゃ駄目だよ。私で良かったら、いつでも相談に乗るから……
今まさに、全日本学生音楽コンクール全国大会決勝が行われていた。
中学生の部にバイオリンで出場した私、大川冬子は緊張するでもなく、ただただ出番を待つ間楽屋で音出しをしていた。
弦を滑らせながら思い出していたのは、子どもの頃から同じ学校に通っている男の子、鳳長太郎の事。
同じバイオリン教室にも通っていて、仲良しだった。
いや、今でも仲はいいのだけど……
中学に上がったくらいから意識し始めて、気がついたら好きになっていた。優しい長太郎の笑顔が、私は大好きだった。
でも、長太郎がいつも見てるのは私なんかじゃなく、学校の先輩ーーー
一つ年上のその先輩は、長太郎が所属するテニス部のマネージャーの一人で、私とは正反対の美人だ。
私なんて背も低いし面倒くさがりだし、好きな事意外には全く興味が持てない駄目人間。とてもじゃないけど先輩に太刀打ち出来ない。
唯一続いたのはこのバイオリンだけ。
最初は親が勝手に決めたお稽古事で、物心ついてからはそれが普通の事だったけど、いつしかだんだんと面倒くさくなっていた。だけど長太郎がバイオリンを弾く姿が格好良くて、私もあんなふうに弾けたら良いな。っていうものすごく単純な動機のみで続けてた。
中学に上がった時、長太郎はテニス部に入部した。バイオリンも弾いてはいたけど、やっぱりテニスと、そのマネージャーの先輩に夢中になってたみたい。
恋愛事に関して奥手な長太郎は、気心の知れた女友達である私に良く相談を持ちかけていた。
人の気も知らないで……
それでも長太郎と一緒に過ごす時間が嬉しくて、つい、あの笑顔につられて先輩の話を聞いてはアドバイスなんかしたりして。
もういい加減長太郎の事は諦めないといけないな。なんて思い始めた頃、出場したバイオリンコンクールの予選で優勝した。
このコンクール本選で優勝してもっともっとバイオリンに打ち込めば、長太郎の事なんて考えないで済むかも知れないと、安易な考えに私は逃げた。
だってこんなにみじめで切ない思いをしなきゃいけないなんて、馬鹿みたいじゃない?
目の前で嬉しそうに話す好きな人の好きな人の話なんて、教えてもらって嬉しい人間なんてよっぽどのマゾだと思う。
残念ながら私はそんな趣味は持ち合わせてないし、長太郎を自分に振り向かせるような度胸も技量も美貌も忍耐力も持ち合わせてない。
これだけ駄目な所が自分自身で思いつけば、出て来る答えは簡単だ。
だからーーーー
「大川冬子さん、準備をお願いします」
ドクン……
「はい」
私はこの初恋を、バイオリンの演奏にぶつけることで終わらせることにした。
そんな簡単に終わらせられる気持ちじゃないって事くらい、自分で良く分かってる。でも、決断の時は誰にでも必ず訪れる。それが、私の場合今なんだ。
何度履いても履き慣れないヒールの音が通路に響く。私が一歩足を踏み出す毎に、その反響音が頑張れと背中を押してくれてるような気がして、ちょっとだけ勇気が出た。
通路を通って舞台の袖に立つ。
ドクン、ドクン……
脈打つ心臓は、私に心地よい緊張感を与えてくれる。
「演奏は氷帝学園2年生、大川冬子さん。曲は、ジュゼッペ・タルティーニ バイオリンソナタより、見捨てられたディド 第一楽章」
アナウンスがホールに響き、拍手が起こる。私は静かに深呼吸をして、足を踏み出した。
ドクン、ドクン、ドクン……
観客席に向かって一礼をし、バイオリンを構える。伴奏のピアニストとアイコンタクトを取り、私は全神経を耳と指先に集中させた。
ディドは私。
どんなに想っても、二度と届かない愛しい人への心。
悲しい、儚い想い。
王子と別れ、炎に包まれた王宮に身を投げて死んでしまうディドよりも、私はずっと幸せだ。
だってまだ長太郎との関係は何一つ壊れていないし、友達としての立場は続けられるから。
悲恋の女王ディド。
たとえそれが伝説上の実在しない女性だとしても、切ない心に身を切られるような恋をした人は今も昔も実在するのだ。
悲しい旋律に、ディドの気持ちが現れる。
痛い。
心が、イタイーーー
驚く程、音が次々と溢れて来た。
涙が出そうになるのを堪えながら、私は力を振り絞って演奏しきった。
ーーー信じられない。
会場中に響き渡る拍手の中、私は優勝を手にした。
あまりの衝撃に、正直色んな人から言われたおめでとうという言葉も、綺麗な花束もほとんど記憶に残っていなかった。
すっかり人のいなくなった控え室で、先ほど自分が立っていた舞台の情景を思い出す。
眩しい照明と、たくさんのお客さん。
ホールにこれでもかというくらいに溢れて行く音。
「私って、実は現実逃……いや、感情移入が上手なのかも……」
意外な自分の一面を発見し、そう呟いてバイオリンケースを手に取り、まだ夢見心地のまま控え室を後にした。
あの時、私はディドだった。
長太郎の事を諦める事で、傷つく自分の気持ちをバイオリンで現した。
誰の前でも泣かないように。
ふと、母親の顔を思い出す。
優勝したことを一番喜んだのはもちろん母親で、狂喜乱舞ってのを目の前で披露してくれた。
もともとお金持ちの集まる氷帝学園の中で、私の家はいたって普通だ。母は無理してバイオリン教室なんかに私を通わせてたけど、嗜み程度で通わせていたのに、まさかコンクールで優勝してしまうほど娘が腕を上げるとは思いもしてなかったようだ。
期待されすぎても嫌だけど、全然期待されないってのもどうよ? よくグレなかったなと我ながら感心する。
まあ、明るい家庭で楽しいのは事実なんだけど。
そんな能天気な母親には頂いた花束などを持って先に帰ってもらっていた。少しだけ、一人になりたかったから。
「お疲れさま」
ふとホールのロビーに出た所で声をかけられた。足下を見ながら歩いていたから声のした方を見上げると、なんとそこには長太郎がいて私に向かって微笑んでいた。
ドクンッ
私は何がなんだか分からず、きょろきょろと辺りを見回す。
長太郎の幻? 私がもう長太郎の事なんか忘れるって思いすぎたから、幻覚見てる?
「はは、冬子、挙動不審だよ」
そう言って笑う長太郎は、やっぱり本物の長太郎で……
「え……? どうしたの? 今日、学校……」
痛いよ……心が、割れそう。
「冬子の晴れ舞台なのに、学校なんて行ってられないよ。見に来たに決まってるじゃない。でもすごいね、優勝しちゃうんだもん」
「あ、ありがとーーー」
どう、して?
長太郎をまともに見れなくて、私は握りこぶしを作って俯いた。
どうして? せっかく諦めるって決心したのに、今会うなんて決心が揺らいじゃうよ。
言葉が出ない。何か話さなきゃって思えば思う程、どんどん心が苦しくなる。
「もう帰るんでしょ? 送るよ」
まさか走って逃げる訳にも行かず、私は黙って頷くと、長太郎と歩き出した。
さっきそこでおばさんに会った。とかなんとか長太郎が言っていたが、正直そこの部分はよく聞こえていなかった。
顔なんてまともに見られない。でも、変に意識するのは怪しまれる。
平常心。
ーーー平常心って、何だっけ?
さっきの私の演奏は、こうして長太郎と一緒に居続ける為のものだったはずなのに……
優しいって罪だよね。並んで歩いている長太郎には、私の気持ちなんてきっと分からないんだ。
隣でいつもと同じように優しい声音で話しを続ける長太郎に適当に相づちを打ちながら、私はいきなり横から長太郎の脇をつついた。
「わあっ!? 何するんだよ! もうっ」
いや、ごめん。意味なんてないんだけど。
「私を驚かせたから、仕返し」
適当な事を言ってごまかす。
勝手に体が動くのは、たぶん色々考えすぎて脳みそが体を自動操縦にしたからだと思い込む。
「せっかく応援に来たのに、酷いなあ」
「へへ」
あ、私、普通に出来てる。
うん、笑顔も引きつってない。大丈夫、大丈夫。このままで、いいんだ。
妙な清々しさを覚えながら、私はやっぱりこのポジションで正解なんだと一人で頷いた。
海の側にあるコンサートホールの外は、日が傾きかけて杏色に染まっていた。
煉瓦作りの道を二人並んで歩きながら、私は海に沈んで行く夕日をぼんやりと眺めていた。潮風が妙に心地いい。
「ねえ、冬子」
優しい声で長太郎が私を呼ぶ。
「なに?」
小さく返事をする。
「どうして見捨てられたディド?」
これは何故その曲を選んだのかという意味だろう。私は経緯を思い出した。
「えっと、先生に何曲か選んでもらってる中にタルティーニがあって、難しいけど何かいいな。って思って……変かな?」
「別に変じゃないけど、冬子らしくはないかな」
なるほど、そうでしょう。確かに私は比較的明るい曲調を好む。そんな私が短調でしかも悲壮感たっぷりな曲を選んだのだから、長太郎にしてみたら珍しかったのだろう。
でも、私の心を上手く投影させるにはピッタリだったんだから仕方ない。
「私だってそろそろ色んな曲が弾けるようになりたいの」
「もしかして、思春期?」
笑顔で確信を付かれると、どう答えて良いか分からない。
ちょっとムッとした表情をすると、長太郎は苦笑した。
「ーーー何か、弾いてよ」
また突然、この男は何を言い出すのかと、吃驚して長太郎を見上げる。
「ここで?」
「うん。駄目かな?」
お願いするような目。私は一瞬立ち止まり、ふうとため息を吐くとケースからバイオリンを取り出した。
こういう時の長太郎に、私は勝てたためしがない。諦めてリクエストに応えた方が、後が楽だ。
「何がいい?」
「エルガーの愛の挨拶」
「はいはい」
私は長太郎のリクエスト、愛の挨拶を弾き始めた。
この曲は作曲者のエルガーが愛する人に贈ったとても優しい、愛する人を包み込むような曲。この曲を贈った翌年、エルガーはその愛する人と結婚した。とても有名な曲だ。
愛する人に、贈った曲ーーー
「っ……」
途端に私の手は止まってしまった。
「どうしたの、冬子?」
さっき恋を忘れる為の曲を演奏したのに、今度は恋を思い出させる曲を演奏している。
なんて滑稽なんだろうと思うと、体が動かなくなった。
「ごめん、何か疲れてるみたい」
あははと曖昧に笑うと、突然私の体は前のめりに倒れた。
「わっ!?」
長太郎が、私の体をぐいと引き寄せたのだ。
「えっ!? なに、何っ!?」
気付けば私は長太郎に抱きしめられていた。
何してるの!? ちょっと待て!!
と、大声を上げたかったのだが声が出なかった。人間驚きすぎると声が出ないというのは、どうやら本当らしい。
「俺さ、やっと気づいたんだーーー」
どくんと私の心臓は大きく跳ねた。
「え?」
そこで少しだけ冷静になった脳みそが、辛うじて反応を示す。
「本当に大切な人が誰か……」
「ーーーそれって……?」
声が上擦る。
心臓が痛い。
まさか。
ドクン……
「俺、冬子が好きだ」
ズキンーーー
長太郎の言葉に、一気に血液が頭に集中する。混乱する私の頭の中は、あの綺麗な先輩の顔で一杯だ。
「何、言って……せ、先輩は? あんなに毎日先輩先輩って言ってたじゃない」
きっと私がドキドキしているのは、長太郎に伝わっているはず。だってこんなにぴったりと長太郎とくっついているんだから。
そんな私の苦しさを知ってか知らずか、長太郎は淡々と私の質問に答える。
「うん、先輩の事は好き。でも、それって憧れてただけだったんだ……冬子がバイオリンのコンクールの本戦に出場するって聞いて、すごい嬉しかったのにすごい不安になった」
「どうして?」
顔をしかめる。真っ赤になった顔を長太郎に見られていないか、心配してる。
そんなこと、無意味なのに。
「ーーー何か、急に俺の知らない所に行っちゃうんじゃないかって……俺から離れちゃうんじゃないかって思ったら、すごく悲しかったんだ……」
長太郎の声が、すごく近くで聞こえる。
そして、私の耳は背の高い長太郎のちょうど胸の当たりにあって、どちらの心臓の音なのか判別がつかないほど大きく激しく鳴っていた。
「ーーー」
もし、私の耳がおかしくなければ、長太郎は私の事を好きだと言っている。
自惚れても良いの?
長太郎の事、まだ好きでいても良いの?
「鈍いよな、俺」
私はディドじゃなかったの?
今度は違う苦しさが襲って来た。
「ーーー長太郎の、バカ……」
私は嬉しくて、でもどんな顔をしていいのか分からなくて、大きな長太郎の胸に顔を埋めていた。
さっきよりは互いの心臓は落ち着いて、私は長太郎が言ってくれた言葉を噛み締める。
「ごめんね、冬子。俺、ずっとバカみたいに先輩の事相談なんかして……ねえ、冬子は? 冬子は俺の事、好き?」
好き、大好き!
でも言ってなんてあげない。私をずっとこんな気持ちにさせてたんだから。先輩の事を聞く度に、傷ついてたんだから。
「……知らない」
そう言って長太郎の腕から逃れる。
「えっ、冬子……?」
私は代わりに再びバイオリンを構えた。
言葉でなんて、言ってあげない。
長太郎の事を好きでいる事をやめようと決心したのに、もう出来なくなってしまった。
だから、
愛の挨拶
この音に、ありったけの私の想いを込めて。
あなたに気持ちを、伝えよう。
END
※あとがき※
おい、テニス部。テニスしろ(笑)
すげー。真面目に書いちゃったよ。
なんか、片思いって寂しいけどすごく自分を磨くチャンスだと思うんですよね。
長太郎は、同級生よりも年上のお姉さんとのお話を書いている方がすごく多いんですけど、私もユキオさんって呼ばれたいです(←バカ)
このお話で出て来る「見捨てられたディド」というのは、実際にある曲名です。詳しくないんですけど、なんとなく悲しい気持ちを表すのにいいかな。と……
ちなみにヒロインの名前は「おおかわとうこ」と読みます。「ふゆこ」じゃないっす(笑)
すげー。真面目に書いちゃったよ。
なんか、片思いって寂しいけどすごく自分を磨くチャンスだと思うんですよね。
長太郎は、同級生よりも年上のお姉さんとのお話を書いている方がすごく多いんですけど、私もユキオさんって呼ばれたいです(←バカ)
このお話で出て来る「見捨てられたディド」というのは、実際にある曲名です。詳しくないんですけど、なんとなく悲しい気持ちを表すのにいいかな。と……
ちなみにヒロインの名前は「おおかわとうこ」と読みます。「ふゆこ」じゃないっす(笑)
それでは、最後までお読み下さってありがとうございました〜☆
お帰りの際は、窓を閉じてくださいv
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