チェンジ・ザ・ワールド☆

組織

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組織













 カッツとシンとトレインの3名は、ドルクバ国内でも1、2を争う巨大機械工場のリード社へとやって来た。

 機械産業で財を成したこのドルクバは、言わば職人の国だ。

 広大な国土のドルクバは殆どが砂漠で、工場の明かりは夜でも消える事は無い。人口の3分の2は工場従事者で他国からの移住者も多い。しかもそのほとんどが貧困国の民だ。

 誰もが仕事を求めてやって来る。しかし現状は厳しいもので、安い給料でまるで奴隷のように働かされ、働けなくなると国に無理矢理送り返されるという話しは後を立たない。それでも彼らは少しでも国の家族にいい暮らしをさせるため、汗と油にまみれて働きつづける。

 真面目な貧民国民を安価に雇い生産されるドルクバ産のソフトとハードは品質が良く、特にハードは海外でも高値で取引される。おかげで事件や事故も機械に関するものが多く、多国籍であるが故のID偽造も後を立たない。

 働く場所を求めてやって来る移住者は、この偽造IDの購入金額を支払うために必死で働く。本末転倒だ。

 もちろんそのような不正を行なっている会社ばかりではない。きちんと貧民国と契約を結び、国からの認可を得た雇用契約の元に人を雇っている優良企業も多く存在する。ただ、それ以上に夢を求めて移住して来る輩が多いのだ。

 先の殺害されたエレン・リードのように使われなくなった製造機械用のICチップを改造して全く新しい人物のIDを作り、政府機関の端末に不正アクセスをしてIDを根本から操作する連中もいるが、これはよほどのハッカーであろうとも個人ではほぼ不可能である。

 元来IDは生まれてすぐに体の中に刻まれる体内型と、カードとして持ち歩く体外型の2組で1つとされる。よって、カード型のIDを作ったとしても、体内型のIDを書き換えなければ意味が無いのだ。

 体内型IDを管理しているのが各国の政府ということになり、全宇宙的に統括しているマザーコンピューターに至ってはその存在自体を知る者がほとんど存在しない。故に大きな犯罪組織のように、情報、財力共に相当な力を有していなければ政府の端末に不正アクセスした瞬間にお縄となる。

 一般的な偽造IDはカード型のみで、横行しているものはこちらが主である。こちらは体内型と違うので調べればすぐに分かるため、ドルクバのように海外から密入国して来た連中が就職の為に求める事が多い。体内型のIDまでしっかりと調査する会社は案外少ないので、発覚には時間が掛かる。その間に彼らは仕事を見つけ、偽造がバレるまでの間に働けるだけ働いて稼ごうとするのだ。

 もちろん見つかれば強制送還となり、二度と偽造IDを使用した国に入国する事は出来なくなる。

 そしてカッツ達が口にする『組織』というのは、世界中で暗躍する、ID偽造、麻薬、銃器売買を主要に行なう団体の総称で、正式な組織名は『plain(プレイン)』と言う。

 かなりの武闘派で、街の一介のギャングなどでは太刀打ちが出来ないほどの力を持っている。一説では小さな国の国家予算並みの財力があり、警察でも迂闊には手を出せないらしい。

 たまにヘマをして下っ端が捕まる事があるが、そこから大元を辿ろうとしても、その金と力で必ず途中で煙に巻かれるのだ。










 「色々おかしい」

 急に狭苦しそうに体を小さくするカッツが言った。

「何がだ?」

 運転席からトレインが訪ねる。

「この窮屈な車もだが、そもそも本当にエレン・リードというガキが10年前に死んでるとするなら、俺達の所にやって来て人探しを依頼すると思うか?」

「バレなければ問題ないと思ったんじゃないのか?」

「シン。お前バカだな。俺達MBはIDを偽造してる連中を何人も警察に突き出してるんだぞ? それを知らないはずはない。それにトレインの知り合いの息子がID偽造の証拠を握って逃げたんなら、わざわざ俺達に依頼しなくても組織に直接消してもらえば済むだろうが」

 カッツの言う事はもっともだ。トレインもハンドルを切りながら口を挟む。

「俺もそう思うぜ。もしパストがそういう証拠を握ったんなら、まず警察官である自分のオヤジに教えるはずだ」

「じゃあ何でエレンという死んだはずの女が生きている? それに、もう一人のエレンはID偽造に関わっていて、殺されてるんだぞ?」

 納得いかないらしいシンが、自分の事をバカと言ったカッツを睨みながら言う。

「俺に言うな。分からないからこれから調べるんだろうが」

 カッツが口を尖らせると同時にインカムから呼び出し音が聞こえた。

「おう、どうした?」

『今ドルクバに着いたわ。エレン・リードが殺されてたんですって?』

 ルーズからの連絡で、ドルクバに到着したとの事だった。

「ああ、今トレインと一緒にリード社に向かってる。そっちはどうだった?」

『リード社はいたって普通の会社ね。年商は世界的に見ても高くて、各先進国の上場株式会社との取引も多い優良会社よ。社長のガイオ・リードは2代目で、かなりのやり手のようね。彼が社長になってからのこの10年で飛躍的に業績が伸びてる』

「10年……」

 どうもこの10年前というキーワードが気になる。カッツはシンを見て頷く。

「ちょっと調べてもらいたい事があるんだ。シンが今からお前の端末に情報を送るから、そいつを急ぎで調べてくれ」

 シンは先ほど殺されていたエレンの詳しい殺害状況と、トレインに借りたICチップの写真を自分のノート型端末からルーズへ送った。

『……この殺されたエレン・リードと組織の繋がりを調べればいいのね?』

「ああ、頼む」

『何か分かったらすぐ連絡するわ』

「分かった」

 ルーズとの連絡を切ると、丁度巨大なリード社の工場が姿を現した。

 黒と灰色で組み上げられたその工場は、夕日を背にカッツ達を飲み込むかのように入り口をオレンジ色に開けてそびえ立っていた。









 ****








 外観とは裏腹に、工場内はやけに清潔感に溢れていた。

 床はクリーム色のセルロイドで光っていて、働く人間もさっぱりとした作業着に明るい表情で実に楽しそうに仕事をしている。

 工場の入り口にいた警官から社長のガイオ・リードには話しが伝わっていたらしく、すぐに応接室に通された。

「リードさん、お嬢さんは今どちらに?」

 まずはトレインがガイオと話しをする。

 ガイオは革張りのソファーに浅く腰掛け、目の前に座るトレインとカッツ、その横に立つシンに茶を進めた。

「お茶でもどうぞ。娘なら自宅におりますが、娘と同じ名前の女性が殺されたとか……一体どういうことでしょうか? 娘に何か関係あると?」

 あの小生意気なエレンと違い、父親のガイオは随分と常識的な男だった。

 カッツはトレインの足をテーブルの下でコツンと蹴る。

「それを調べているんです……今朝、お嬢さんが人探しの依頼をしに、こいつの所へやって来たそうです」

 そう言ってとなりのカッツを紹介した。それを受けてカッツが口を開く。

「俺はカッツ。隣りのベニーランドから来たんだが、人探し屋をやってる。あんたんとこの嬢ちゃんに、パスト・ヤーセンって男を捜してくれと頼まれた」

 ガイオはカッツを見て困ったようにため息を吐いた。

「そうでしたか。実は、パストは先週退職しました」

「なんだと? 2週間前から無断欠勤してるって聞いたぜ?」

「娘はパストに一方的に想いを寄せていたみたいで……退職願を提出したと知ったら騒ぐと思い、内緒にしていたんですよ」

 カッツとトレインは顔を見合わせた。

「その退職願を見せて頂けますか?」

「ええ、もちろん」

 ガイオは立ち上がりツヤツヤの樫の木で作られた机に向かうと、引き出しから封筒を取り出してカッツの前に置いた。

 トレインはさっと手袋をはめ、封筒から中身を取り出す。

 中身はごく普通の退職願で、文面は一身上の都合で退職したいとの旨が書かれていた。

「この一身上の都合というのは?」

「なんでもイシナで新しい仕事に挑戦したいとか。以前から手先が器用だから技術者として勉強させたいとは思っていたんですが、時計の方に興味があったようです。今時秒針を刻むアナログなんかと思いましたが、旧時代の物はマニアの間では随分高い値段で取引されるでしょう? 彼の父親が大昔の掛け時計を持っていて、それを修理してからその道に進みたいと思ったそうです」

 イシナというのはドルクバから遠く離れた国で、科学の発展した現代では珍しいアナログ製品を作る職人が多くいる国だ。


 現在カッツ達が生活をする星は銀河系の中にあり、遥か昔に世界大戦の後に死の星となった地球から避難した人類が、太陽系を点々としながら流れ着いた惑星だ。

 『エンド』と名付けられたその星は地球に似せて作られているが、ほとんどが砂漠と水で、長い時間研究を重ね、ここ20年でようやく空気と重力を地球と同じように形成する装置の開発に成功し、人が腰を据えて生活できるようになった。

 惜しむらくは地球とほぼ同じ大きさで自転速度も変わらないこのエンドだが、太陽と同じような働きをする恒星が存在しないため、光も人工的につくられている。

 だからカッツ達は地球で感じる事の出来た太陽の明るさと暖かさを知らない。そのほとんどが偽物の、地球が青々と存在していた頃の名残を求めつつ作られたものばかりだ。


 トレインは封筒に手紙を納め、カッツをチラリと見て咳払いをする。

「ところでリードさん。あなたのお嬢さんのIDは偽造された物である疑いがあるのですが、心当たりは?」

「は? エレンのIDが偽造? どういう事でしょう?」

 トレインはガイオが嘘を吐いていないか、じっくりと観察をしながら進めた。

「エレン・リードという女性はこのドルクバに2名しかいません。そのうちの1人は先ほど無くなった65歳の老女で、もう一人のエレン・リードはあなたのお嬢さんですが、IDを上から書き換えた痕跡があって、実際は10年前に事故死となっていました……どういう事か、ご説明願えますか?」

「そんな、知りませんよ! 確かに私の娘は10年前に航空機の事故に巻き込まれましたが、死んでなどいません! あなたは私の娘に今朝会ったんでしょう?」

 驚くガイオはそう言ってカッツを見た。

 カッツはソファーに背を預けて横に立っているシンを見上げる。

「確かにあんたの嬢ちゃんには会った。だが元のIDでは事故死となっているんだぞ? あんた、何か隠してないか?」

「知りません。本当に何も知らない! 私のようなただの機械屋に、娘のIDを偽造するような真似が出来るはず無いでしょう!?」

 テーブルをドン! と両手で叩き、ガイオは立ち上がった。そして、

「娘を呼びます」

 そう低い声で言うと、机の上にある電話の受話器を上げた。

 丁度そのタイミングでカッツとシンのインカムから呼び出し音が聞こえ、シンはカッツに一瞥をくれると応接室を出た。









 「オレだ」

『シン? 今どこ?』

「リード社にいる。エレンの言ってたパスト・ヤーセンって男は退職願を出して辞めていて、エレンはそれを知らされていなかったみたいだ」

 シンは窓から落ち着き無く応接室内を歩き回るガイオの様子を伺いながら言った。

 その様子は混乱しているようで、本当にIDの事を知らないようにも見える。

『何? じゃあパスト・ヤーセンは行方不明じゃなかったって事? 私はこっちに来なくても良かったみたいね』

「だな。でもま、ID偽造の事はまだ解決してないからな。で? 何か分かったのか?」

『ええ、思ったよりすんなり行ってね。まず殺されたエレン・リードだけど、裏では結構名の知られた偽造屋だったみたいね。写真のICチップのシリアルナンバーを解析出来た分だけでも、ここ数年で摘発された偽造IDの相当数にヒットしたわ』

「はあ、よく捕まらなかったな」

『組織が間に入ってたようね。エレンは元々ドルクバが機械産業で財を成す発端となった“エンド大気生成システム”の開発技術者よ。ID偽造なんてお手の物だわ』

「それは随分な大物だったんだな……だが組織が絡んでるとして、エレンを殺した時に何故ICチップは処分しなかったんだ?」

『必要無いからでしょ? どうせ中身しかいらないんだし、組織もいらなくなった廃チップをエレンが後生大事に持ってるだなんて思わなかったんじゃないかしら』

 普通ヤミで使用された物はヤミで売りさばかれる。ICチップのようなものは一般人には使い道が無いため、手に入れる事は簡単だが、後は焼却処分するか飾るくらいしか行く末はない。ドルクバのような機械の街ならではの代物と言ってもいいだろう。

「だがどうして組織はエレンを殺した?」

『……』

 そこでルーズは黙ってしまった。

 シンは無言になったルーズの顔を思い浮かべ、初めてルーズに会った時の出来事を回想した。













 あれは確か3年前の雨の日だった。

 シンとカッツが組織絡みのターゲットを追っている時、地球の近くにある別の惑星でなかなか捕まらない相手に手をこまねいていた。

 激しい銃弾がシン達に向けて乱射される中、殺傷能力のある武装はしない、という妙なポリシーを持つシン達は防戦一方だった。

 持っている武器と言えば目くらまし用の照光弾、電流弾、ペイント弾と緊急時用の信号弾という、子どものサバイバルごっこ並の装備だ。

 ターゲットはたった1人。

 雨音をうまく利用し、カッツが男の背後に回り込むという作戦に出たが失敗に終わる。

 素早いターゲットがカッツを躱し、小型宇宙船に乗り込もうとした瞬間だった。妙な空気を裂く様な音と共に、遥か上空からその宇宙船のフロント目がけて何かが落ちて来た。

 激しい衝撃音と同時に真っ赤な鮮血が飛び散り、何かがぶつかった勢いでバランスを崩し宇宙船から落ちたターゲットをシンが取り押さえた。

 次にシンが顔を上げると、目の前でカッツが血まみれの女を抱えていた。

 何と、目測することが出来ない程の高さから落ちて来たのは人間だったのだ。

 助からないと思われた女はカッツの知り合いの医師に預けられ、奇跡的に一命を取り留めた。が、自分に関する記憶の一切を失っていた。

 さらに驚いた事に女はIDを持っておらず、その素性は記憶が戻っていない現在も分からないままだ。




 遥か昔に地球から宇宙に逃げた人類の総人口はたったの500万で、それ以降に生まれた人間には必ず体にIDが記録される事が義務づけられた。そのおかげで通常は誰もがIDを持っていて、どこの誰なのかが分かるようになっているはずなのに、女の体にはなかった。

 仕方なくトレインを通して警察に届け、ベニーランド国民としてIDを発行してもらい、ルーズという名前を付けられた。

 名付けたのはカッツで、全てがデタラメな女だから“ルーズ”なのだそうだ。

 故に彼女の記憶はシン達と出会ってからしか存在しない。

 あの時ターゲットを追っていた星は組織の所有する会社が多く軒を連ねる場所だ。ルーズが組織に関係した仕事をしていた可能性は否定出来ない。

 さらには事故などではあり得ない、銃や刃物で拷問されたような大けがをしていた事からも、組織はルーズを殺そうとしていた可能性がある。なにより自分の事以外に関するルーズの知識は凄かった。研究者だったのか、エンド設立時の旧地球連邦に関するあらゆるデータの詳細を知っていたのだ。そのこともあり、ルーズはMBでは情報収集を担当している。

 組織とは関わりたくなくてもどこかしらで関わるはめになるシン達は、組織という単語が出る度に一瞬辛そうな表情をするルーズに同情を覚えずにはいられなかった。

 記憶を戻した方がいいのか、それともこのまま思い出せずにいた方がいいのか……











 「今こっちのエレンのIDの事を父親に聞いている。父親は知らないと言っていて、今、自宅にいる娘を呼び出した所だ」

 過去を振り返りながらシンが伝えると、ルーズはいつも通りの調子で言った。

『そう。その事も含めてもう少し詳しく調べてみるから、そっちも何か分かったら連絡頂戴』

「分かった。じゃあな」

 シンがルーズとの回線を切ると、丁度エレンがこちらへ向かって歩いて来るのが見えた。









                               続く…





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