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きみはペテン師.1

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きみはペテン師












 「仁王君」


 放課後のHRが終わってすぐ、帰宅しようと席を立った仁王雅治は呼ばれた声に一瞬緊張して振り返った。


「なんじゃ?」


 いつもの飄々とした顔で首を傾げると、目の前の少女、汐屋和葉は眼鏡の位置を直しながら困ったように仁王に言った。


「なんじゃ、じゃなくて読書感想文、提出してないの仁王君だけなんだけど」

「あ」

「忘れたの?」


 呆れるという訳でもなく、汐屋は尋ねる。仁王はへらっと笑って答えた。


「忘れとった」

「じゃあ、先生に頼んで原稿用紙もらってくるから」

「あ~、俺、部活があるんじゃが……」


 本当はさぼるつもりだったのだが、取りあえず逃げるために言ってみる。


「真田には私が遅れるって伝えてあげるから、逃げずに待っててね」

「あ、おい」


 そう言い残すと、汐屋はさっさと教室を出て行ってしまった。


「……ま、仕方ないのう」


 逃げられないとすぐに諦め、真田の雷を覚悟して椅子に座ると、何を見るともなく外を眺めた。


 先ほど声を掛けてきたのはクラス委員の汐屋和葉。眼鏡をかけ、髪は少しも染めていない黒髪。制服も規定通りきっちりと着こなす、いわゆる真面目な優等生だ。

 仁王のようにのらりくらりとして、真面目だか不真面目だか分からないような男にとって、汐屋のような少女はあまり接点が無い。

 別に自慢する訳ではないが、ここ立海大附属中学はテニスの強豪校で、仁王はそのテニス部のレギュラーだ。おまけに綺麗な顔立ちをしているおかげで女の子にもモテる。だからわざわざ汐屋のような真面目で会話が続かさなさそうな子に自ら接しなくても、自分好みの子をチョイスして楽しくおかしく過ごす事が出来るのだ。


「仁王」

「……真田」


 教室のドアからこちらへ顔を覗かせた真田は、いつにも増して強面になり、眉間に皺を寄せていた。


「貴様、先ほど汐屋が来て、仁王を借りるから部活に遅れると言っていたが、今度は何をやらかした?」

「何で俺が最初から何かやらかした事前提になっとるんじゃ」


 そこで汐屋が本当の事情を伏せてくれていた事を知り、ほっとする。どのみち叱られることに変わりないが、宿題を忘れたことがプラスされれば鉄拳制裁1、2発では済まないところだ。


「お前が何も無く汐屋の手伝いを率先してやるとは思えん」

「信用無いのぉ」

「当たり前だ。部活にも真面目に出ない者が人の手伝いをすると思うか、馬鹿者!」

「真田、何怒ってるの?」

「む、汐屋」


 真田の後ろから、丁度戻ってきた汐屋が声をかける。

 それに気づいて真田は道を開けながら、仁王を指差した。


「汐屋、あいつの事だ、途中でうまいこと言って逃げ出すかもしれん。俺も手伝おう」

「そんな、大丈夫だよ。すぐ終わるから。ね、仁王君」

「ああ、そう言う事じゃ真田、お前さんはおるだけで暑苦しいから、さっさと部活に行きんしゃい」

「仁王君、そういう言い方は良くないよ。気を遣ってくれてありがと、真田。でも本当に大丈夫だから」

「む……汐屋がそう言うなら了解した。仁王、終わったらすぐに部活に来るのだぞ。逃げようなどと思うな」


 汐屋に大丈夫と言われ、真田は渋々教室を去った。その姿を見送り、仁王は笑顔で手を振る。


「仁王君、信用されてないんだね」


 仁王の目の前の席の椅子をひっくり返し、向かい合うように座ると、汐屋が原稿用紙を広げて笑った。


「まあ、部活さぼりの常習犯じゃけぇの」

「テニス部強いのにさぼっててレギュラーなんて、仁王君ってすごいんだね」

「まあの」


 ここでいつもの女友達相手なら「惚れたじゃろ?」などと軽口を叩けるのだが、相手が汐屋ではそんな冗談も言えない。

 いつもと勝手が違うな、と思っていると、汐屋が本を一冊取り出す。


「先生が言ってた本、どれか読んだ?」

「いや、読んじょらんの」

「だろうと思った。これ、私が読んだ本だけど、これなら私が内容知ってるから」


 少し笑って仁王を見る汐屋に、何故かドキリとした。

 勝手に真面目な子だから自分とは相容れないと思い込んでいたが、もしかしたら案外話しやすい子かもしれない。


「汐屋は優しいのぅ」

「え? 手伝ってるから? 私クラス委員だし、これくらい普通じゃないかな? さ、早くやろうか。部活行かないと真田に怒られるでしょ?」

「部活はどうでもええんじゃが、これはさすがに提出せんとまずいのぉ。渋々やるか」








 それから汐屋は簡単に分かりやすく、丁寧に本の内容を教えてくれて、自分が書いた感想文と重ならないように手伝ってくれた。

 あっという間に原稿用紙2枚が埋まり、仁王は顔を上げる。


「ありがとうな、汐屋」

「どういたしまして」


 そこで仁王が書いた原稿用紙を取り、汐屋が立ち上がった。


「お疲れさま、部活頑張ってね」

「あ、ちと待ってくれんかの」

「どうかした?」


 自分で呼び止めておいて、仁王は戸惑った。無意識のうちに引き止めていたのだ。


「あ、えっと……その本、貸してくれんかの」


 汐屋が自分の鞄に入れようとしていた本を指し、次ぎに汐屋の顔を伺う。

 直ぐさま汐屋は笑って本を仁王の前に置いた。


「もう感想文書かなくてもいいのに」

「いや、汐屋の話し聞いとったら面白そうじゃったき、読んでみようか思ったんじゃ」

「分かった。返すのはいつでもいいから、それじゃあね」

「ああ、助かった」


 小さく手を振り廊下へと出て行った汐屋の姿をぼんやり思い返しながら、仁王は珍しく部活へと真面目に向かったのだった。





                                続く…







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