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Merry-Go-Round - (2012/05/01 (火) 11:10:36) の1つ前との変更点
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**Merry-Go-Round ◆hqLsjDR84w
◇ ◇ ◇
モチノキ遊園地は、小さなテーマパークだ。
などと、このように言い切ってしまうと、反論の声がいくらか上がることだろう。
直通列車まで出ているほど来場者がいるというのに、小さいはずがないじゃないか――と。
たしかにその通りであり、日々それなりに賑わっている。
多数の遊具が設置されており、売店やレストランもいくつもある。
毎日定時にパレードが行われるし、月に数回有名人がゲストとして訪れる。
もし開園と同時に来場したとしても、閉園時刻まで飽きることなく終始楽しめるだろう。
しかし――
たとえば、百種類をゆうに超えるファンシーなマスコットキャラクターたちが闊歩する夢の国であるとか。
たとえば、二ケタ以上の絶叫マシンと三つのオバケ屋敷を主軸としている悲鳴轟くハイランドであるとか。
たとえば、超大作洋画を元にしたアトラクションによって人々を銀幕のなかに誘う映画の世界であるとか。
たとえば、人工的に作られた島の上にあり、母なる海の雄大さを知ることのできるパラダイスであるとか。
それらの日本を代表する一流テーマパークとは、とても比べ物にならない。
面積が小さい分だけ、アトラクションの数も限られている。
知名度だって劣るので、当然ながら来場者数も少ない。
とはいえ、それは経営者の狙い通りなのだ。
一流テーマパークレベルにまで規模を大きくしてしまえば、維持費ももちろん大きくなる。
アトラクションを増やすことにより来場者数が上昇し、売上が大幅に促進されるかもしれない――が。
膨れ上がった維持費と比べて、どちらが上になるのか。
仮に売上のほうが上だったとして、その収益は現状よりも上なのか。
実際に、モチノキ遊園地が規模を拡張させたことなどないので不明ではあるものの――
おそらく、現状よりも低くなる。
モチノキ町在住の人々が訪れる頻度は上がるだろうし、多少離れた場所からの来場者も増えるだろう。
だが、巨大テーマパークはそれだけでは維持できないのだ。
多少離れたところからだけではなく、かなり離れた――異なる県どころか、異なる地方、さらには異なる国からの来場者も引き込まねばならない。
そんなことは、モチノキ遊園地には不可能だ。
他の一流テーマパークとしのぎを削るまでもない。
考えるまでもない。分かり切っている。火を見るより明らかだ。
モチノキ町という町に、わざわざ遠方から訪れるだけの価値はない。
人々を惹きつける特産品やスポットなど存在しない、ただのありふれた町に過ぎないのだから。
テーマパーク一つで変わるはずもない。
世界的に有名なキャラクターでも独占して扱えれば別だろうが、わざわざモチノキ遊園地に話を持ちかける物好きはいまい。
だから、モチノキ遊園地はこれでいいのである。
一流テーマパークに無謀な戦いを挑むことなどせず、付近の住人だけをターゲットとする。
設立当初からそのスタンスを貫いており、事実として成功を収めているのだ。
ゆえに、再び断言しよう。
モチノキ遊園地は小さなテーマパークだ。
そんなモチノキ遊園地の敷地内に、一人の男が足を踏み入れた。
二メートルをゆうに超す長身。
鋼のように硬い、鍛え抜かれた筋肉。
天を衝くかのような二本の角じみた頭髪。
常に全身から放たれる暴力的なまでの威圧感。
視界に入ったものすべてを無差別に睨み付ける眼差し。
自分専用に作らせたであろう、巨躯にフィットした漆黒の学ラン。
丸太のように太い首の端には、日本列島と不死鳥を模したタトゥー。
そんな彼の名は、金剛猛。
またの名を――日本番長。
小さいことを気にしない彼が訪れたことが、この小さなテーマパーク設立以来最大の不幸であった。
◇ ◇ ◇
定時放送が流れようと、日本番長の行動方針が変化するはずがない。
なので目的もなくさまよっていたのだが、道中にて軽快な音楽を捉えた。
そこで音のするほうに向かってみたところ、辿り着いたのがモチノキ遊園地である。
日本番長は生まれてこの方遊園地に縁のなかったが、どういう施設なのかは知っていた。
滅ぼすべき愚かな人間たちが集まる――そんなところである、と。
「……ふん」
僅かに眉をひそめ、日本番長は入場口に歩みを進める。
モチノキ遊園地の入場口は、自動改札機の要領で入場券を通さねばシャッターが上がらないシステムとなっている。
よくあるシステムであるのだが、日本番長はそれを知らない。
なにせ、遊園地に来たことなんてないのだ。
ただ入場するためだけに前進を続け、結果としてシャッターは砕け散った。
ぼきんという鈍い音は、遊園地内のいたるところに設置されたスピーカーより流れる軽快な音楽に掻き消された。
これが、日本番長の捉えた音楽の正体であった。
&color(red){【入場口 破壊確認】}
遊園地全体を見渡したのち、日本番長は微動だにしなくなる。
いくつもの遊具が目に入るのだが、どれに人々が集うのかが分からない。
しばし黙考してから、日本番長はある遊具に目星をつける。
遊園地に訪れた経験のない日本番長でも知っているくらい有名であるし、なにより――
それに乗れば、高い視点から遊園地全体を見下ろすことが可能となる。
人間がいれば倒せばよいし、いなかったとしても捜索することができる。
そう、日本番長が選択したのは『観覧車』である。
「ぬう……」
観覧者に到着した日本番長は、意図せず唸るような声を漏らした。
遠目からは分からなかったのだが、観覧車があまりにも小さいのである。
日本番長が聞いた話では、四人くらいは入れるとのことだったというのに。
いざ目の当たりにしてみると、一人さえ入れるかどうか。
「この遊園地の経営状況が著しくなく、そのために小型のものしか用意できなかったのか」
日本番長は頷くが、まったくの的外れである。
モチノキ遊園地の観覧車は大きくはないものの、決して小型ではない。
成人四人くらい楽に入れるし、無理をすればあと二人くらい詰め込める。
ただ単に、日本番長がデカいのである。
「まあいい」
勝手に納得したらしい日本番長は、観覧車の乗車口に進む。
またしてもシャッターを砕いて通り、ゴンドラの扉をくぐろうとする。
くぐろうとして、叶わなかった。
巨躯に対して、扉があまりにも小さすぎる。
これでは、ゴンドラに入るのは物理的に不可能だ。
にもかかわらず、日本番長は観覧車に乗ることを諦めなかった。
ゴンドラに入れないという小さな障害程度、気にするはずがない。
日本番長は扉に入らず、ゴンドラの端にあるパイプのようなものを掴む。
そのままの状態で観覧車は回り続け、ついに日本番長の身体が地面から離れる。
人並み外れた握力だけで、身体を支えているのだ。
そのままの状態で数分が経過するが、日本番長の握力が緩まることはない。
それどころか、表情が歪んだり、歯を噛み締めたり、脂汗を流したりさえしない。
この程度は、日本番長にとって運動と呼ぶまでもないのである。
「遅いな」
観覧車とは元来そういうものであるというのに、日本番長は気に入らないらしく眉間にしわを寄せている。
ゴンドラが全体の三分の一地点くらいまで進んだところで、我慢の限界が来たようだ。
パイプを掴んだまま、日本番長は振り子のように身体を前後させる。
ゴンドラが激しく揺れ動き、なにやら金属が軋むような音が鳴っているが、日本番長は意に介さない。
どんどん勢いが増していき、そろそろゴンドラ自体を蹴っ飛ばしてしまうのではないかというとき。
日本番長は、パイプを手放した。
振り子運動の勢いそのままに上昇していき、一つ上のゴンドラのパイプ部分を掴んで静止する。
この方法ならば、観覧車が遅くとも早急に最上部に到達することができる。
その考えが間違っていなかったことを実感し、日本番長は再び身体を前後させる。
もう失敗する可能性を考慮していないのもあり、前回よりも籠っている力が強い。
より早く身体を加速させるべく、最初からフルパワーで身体を動かしてしまっている。
それが、災いする。
モチノキ遊園地の名誉のために言っておこう。
遊具の整備が行き届いていなかったというワケでは、断じてない。
その手の事件は時たま発生するが、モチノキ遊園地で起こったことは過去にない。
それは奇跡的に平穏が続いているのではなく、スタッフ全員によってもたらされて必然である。
定期的な整備を欠かさず、さらにはほんの微かな異変であろうとなにか生じれば臨時点検を行う。
遊具使用中に暴れられようと、スタッフが操作ミスをしようと、地震が起ころうと、台風が来ようと、火災が起きようと――
いかなる人災や天災が振りかかろうとも、怪我人一人とて出すことないように。
そんな姿勢があったからこそ、今日のモチノキ遊園地があると言える。
ただただ、運がなかったのだ。
人による災いには耐えられる。
天による災いには耐えられる。
それでも――『金剛類』による災いにだけは、耐えられなかったのである。
いかに整備点検をしていようとも、観覧車が金剛類の全力を持ちこたえるなど不可能だった。
ばきっ、と。
そんな意外にも軽い音を立てて、日本番長が掴んでいるゴンドラは外れた。
見れば、フレームとゴンドラを繋ぐ金属が千切れてしまっていた。
振り子運動による勢いは身体に乗っており、日本番長はゴンドラごと彼方に吹き飛んで行く。
あっさりとゴンドラを手放し、フレームを握り締める。
咄嗟の行動であったので、つい全力を出してしまった。
まるで粘土かなにかのように、観覧車を構成するフレームが歪んだ。
そしてそのまま、秒にも満たない時間で捻じ切れる。
しようがないので他のフレームに手を伸ばすが、同じ結果が起こるばかりだ。
どんどんと落下速度が上がっていくなか、ついに全体のなかでもっとも巨大な金属に到達する。
すなわち、観覧車の中心である。
そこから四本の脚部が伸びており、観覧車を支えているのである。
これに対しても日本番長は同じことを試みて、同じ結果をもたらした。
中心部を粉砕されたことで、脚部の安定が崩れる。
そこに、日本番長が手放したゴンドラが落ちてきた。
金属同士の接触した際に響く不快な音ののち、四本の脚部は同時に倒れた。
支えてくれる脚部を失った観覧車が立っていられる道理などなく、けたたましい音を立てて倒れ込む。
隣接しているフリーフォールとコーヒーカップだけでなく、付近にあった回転ブランコとミラーハウスまでもを完全に押し潰してしまう。
一瞬のうちに、五つのアトラクションが瓦礫の山と化してしまった。
山のいたるところから配線がはみ出しており、その配線からは時おり火花が散っている。
スピーカーから流れている楽しげな音楽が、まったくそぐわない。
しばらくして瓦礫の山が盛り上がり、一人の男が飛び出してくる。
その正体は、言うまでもなく日本番長であった。
かなりの質量にのしかかられたというのに、その身体には傷一つない。
首を動かして周囲の惨状を眺めて、なにが起こったのかをすべて理解する。
「――小せえことは気にするな」
決めゼリフを残して、日本番長はいくつもの遊具であった残骸に背を向けた。
&color(red){【観覧車 破壊確認】}
&color(red){【フリーフォール 破壊確認】}
&color(red){【コーヒーカップ 破壊確認】}
&color(red){【回転ブランコ 破壊確認】}
&color(red){【ミラーハウス 破壊確認】}
次に日本番長が訪れたのは、ジェットコースターであった。
これを選んだのも、観覧車と同じ理由である。
遊園地に興味のないものだって知っていて、そして高い視点を得られる。
ということで即座に乗ってやろうと思ったところで、問題が生じてしまう。
ジェットコースター乗り場に向かう階段の前に、一枚の看板が置かれていたのだ。
その看板には、『四十分待ち』と書かれている。
考え込んでから、日本番長は待機することにした。
四十分待たねば、ジェットコースターに乗ることができない、と判断したからだ。
本来、この看板はこの地点まで乗車待ちの列ができているときに使うものであり、列がないときには待つ必要などない。
しかしながら、何度も言うように、日本番長は遊園地に初体験なのだ。
こういうシステムなのだと、勝手に納得するのも当然である。
日本番長がジェットコースター乗り場に到着したのは、六十分後であった。
四十分――きっかり二千四百秒待って階段を駆け上がったのだが、階段の半ばにまたしても看板があったのである。
それには、『二十分待ち』と記されていた。
ということでそこでも律儀に二十分待ち、やっと辿り着いたのだ。
「……またか」
観覧車と同じく、ジェットコースターも小型のものであった。
なお、あくまで日本番長感覚で、である。
イスに座ろうにも、日本番長の巨体は納まらない。
二人用の長椅子にもかかわらず、身体が入らない。
しようがないので、日本番長は立っていることにした。
長椅子の右半分に右足を、左半分に左足を。
通常なら人間が一人座るスペースでも、日本番長にとって足の裏一つギリギリ置ける程度である。
腕を組んで仁王立ちしていると、ゆっくりとコースターが動き出す。
すぐに上り坂に差しかかり、コースターが斜めになる。
屹立している日本番長もまた、斜めになる。
身体が後ろに七十度ほど傾いているが、日本番長の鍛え方はヤワではない。
腕組みも解かず、同じ姿勢のまま保っている。
ついに上り坂が終わり、コースターが落下していく。
日本番長の姿勢も、後ろ方向に七十度から前方向に六十五度に変化する。
まさに百三十五度も角度が変わったことになるが、日本番長はたじろがない。
浮遊感を身体に味わい、立っているせいで風圧を全身で浴びているが、直立不動のままだ。
ちなみに、強烈な風圧を受けても特徴的な角じみた髪はまったく崩れていない。
地面すれすれまで到達したコースターだったが、再び上り坂。
すでに加速がついていたので、最初のようにゆっくりと登ることはない。
一気に上昇して、再び落下する。
今度は角度こそ緩やかだか、回転が加わっている。
コースターが螺旋のように回れば、乗っているものも回るのは必然だ。
それでも日本番長は姿勢を保ち、それどころか悠々と地上を眺めている。
彼の予想通り、ジェットコースターは地上を眺めるのに役立つ遊具であった。
日本番長クラスの動体視力があれば、という前提が必須だが。
高速で回転駆動するコースターに乗りながら、地上の石ころさえ視認しているのだ。
もはや、鍛錬でどうこうなる域を超越している。
だがそんな驚異的な視力を誇る日本番長の視界が、黒く染まった。
トンネルに入ったのである。
視界を奪うことで、乗車客を怖がらせようという趣向だ。
これに対し、日本番長は露骨に顔をしかめる。
地上を眺めるために乗ったというのに、これはどういうことか。
苛立ちを隠そうともせず、日本番長は腕組みを解いて右手を振るった。
たったの一撃でトンネル全体が吹き飛んだ。
再び視界が明瞭になったので、日本番長は腕組みを再開するのだった。
トンネルの破片は奇跡的にコースターに降り注がず、コースターは前進を続ける。
そしてまたしても上り坂――だが、これまでのように下り坂に続くのではない。
上昇の勢いそのままに『一回転』するのだ。
これは日本番長も想定していなかったらしく、ようやく目を見開く。
「ほう」
とはいえ、零れたのはこんな感嘆の声だ。
とても、『絶叫』マシンに乗っているとは思えない。
一回転するのならばと、日本番長は両脚にさらなる力を籠める。
遠心力がかかっているため落下することはないだろうが、念のためにと考え――踏ん張ってしまったのだ。
日本番長が足を乗せている場所から、放射状に亀裂が走っていく。
亀裂はすぐさまコースター全体に及び、最終的にコースターは無数の破片と化した。
いくら日本番長でも、足場がなくなれば立っていられるはずがない。
頭から地面目がけて、真っ逆さまに落下していくことになる。
ジェットコースターのレールを掴もうとして、観覧車のときの失敗が脳裏を掠める。
ならばと拳を握り締めて、レールに叩き付ける。
反動で回転することで、日本番長は体勢を立て直す。
その動作のおかげで、両足で着地することができる。
「むう」
拳の反動で多少移動してしまったらしく、着地したのはレールの真下ではなかった。
屋根を突き破って、家屋に入ってしまったらしい。
現状を把握していない日本番長に、不気味な声がかけられる。
「お皿がいちま――」
その言葉が、最後まで告げられることはなかった。
半ばの時点で、日本番長が肘打ちを叩き込んだのだ。
おどろおどろしい井戸のオブジェにではなく、声の源であるスピーカーにである。
声が録音されたものであることくらい、日本番長には分かっていた。
単純に、やかましかっただけである。
コースターのときの再現のように、次第に家屋全体に亀裂が入っていき砕け散った。
&color(red){【ジェットコースター 破壊確認】}
&color(red){【オバケ屋敷 破壊確認】}
『彼』は、苛立っていた。
普段は飄々としているのだが、いまばかりはそうもいかない。
彼には意思があるというのに、一つのアトラクションとして設置されているのだ。
上に立つ人形に言われたのなら、文句一つ言わずに従うだろう。
しかし指示してきたのは、キース・ブラックという人間だ。
『自動人形(オートマータ)』よりも、遥かに低級であるはずの人間だ。
気が向いたときに狩って、生き血をすするためだけに存在している人間だ。
腹が立たないはずがない。
それだけではない。
『訪れた参加者を楽しませてやれ』と、当たり前のことを言うだけならばまだしも。
『モチノキ遊園地が開園する七時までは動くな』と、余計な制限までもかけてきた。
そのせいで、宿敵である『人形破壊者(しろがね)』が眼前にいたというのに、動くことさえできなかった。
隙だらけであったので、動けさえすれば完全に不意を突けたはずだ。
なのに、叶わなかった。
どのような手を使ったのかは分からないが、立ち上がることさえできなかった。
キース・ブラックの話通りに七時になったら動けるようになったが、それはそれで腹立たしい。
動けるようになったと言っても、ほんの僅かに身体を揺らせる程度であった。
指示された話によれば、参加者とやらが彼の元に訪れれば『楽しめるようになる』らしい。
七時になってからしばらくして、ようやく誰かが来場した。
どうやらかなり暴れまわっているらしいが、そのクセ彼には近づいてこない。
呼びかけてやろうかとも思ったものの、口を開くことはできなかった。
声をかけることさえできなかったが、祈りが通じたのかもしれない。
来場からかなり時間が経過して、ようやく参加者が彼の元に訪れた。
なにかが解除される感覚が、身体を走り抜けた。
試しに両脚に力を籠めると、立ち上がることができた。
いままで何度試しても不可能であったというのに。
「……実物を見るのは初めてだが、回転木馬とはこういうものだったのか?」
眉根を寄せている人間をよそに、彼は口角を吊り上げる。
相手は、かなりの巨躯の持ち主である。
体内には、さぞかし大量の血液を蓄えていることだろう。
舌なめずりをしていると、すぐ横に設置されたスピーカーが動き出す。
『紹介しよう、我らのヒーロー!』
すでに教えられていたので、彼に驚きはない。
参加者が訪れれば、自動的に再生されるようになっている。
『彼』がいったい誰なのかを、来訪者に教えてやるように。
『メリィィィィ! ゴォォォラウンドッ! オォォォルセェェェェェンッ!!』
名は体を表す、という言葉があるが――
名の通り、首から上がメリーゴーラウンドの自動人形。
それが、彼の正体だ。
「へへへ、退屈だったなぁ」
意図せず、オルセンは笑ってしまっていた。
溜まった鬱憤を晴らしてやることを思うと、とても止められなかった。
「ただの人間に言うのも酷だけど、せいぜい楽しませてよ」
嘲るように笑ったまま、オルセンはメリーゴウラウンドの上にある馬を操作する。
かしゃん、と音を立てて、馬に仕込まれた刃が露になる。
戦闘前に手の内を明かしたのは、サービスである。
どうせ人間ごときでは、自動人形と勝負になるはずがない。
ならば、どのように戦うのかを教えた上で抗わせよう、と。
刃を剥き出しにした状態で、オルセンはゆっくりと人間に歩み寄っていく。
眼前の男がどのように恐れるのか、それが楽しみだった。
にもかかわらず、男は眉一つ動かさない。
ただ納得したように、こう言うだけだ。
「なるほど。そういうアトラクションか」
その口調が頭に来て、オルセンは思い切り地面を蹴った。
時間をかけて楽しむつもりは、とうに消え失せてしまった。
刃が届く寸前で、男は拳を握った。
いまさら準備したところで、間に合うはずがない。
冥土の土産にわらび歌を口ずさもうとして、オルセンは言葉を呑み込んだ。
呑み込んだというより、強制的に口が閉じられた。
強烈な衝撃が顔面に走ったのである。
(バカな。速すぎ――)
オルセンの思考は、半ばで打ち切られた。
全身に亀裂が走り、砕け散ったのである。
気を流されたことにより、体液が沸騰したのではない。
そのようなデリケートな技術を用いられたのではない。
単純に、自動人形のボディが耐え切れないほどの打撃を受けたのだ。
&color(red){【メリーゴーラウンド 破壊確認】}
「百二十四メートルといったところか」
回転木馬の飛距離を読み取って、日本番長は一人頷く。
ちなみに、百二十四メートル地点というのは池の上である。
と言っても、回転木馬はそこで静止したワケではない。
水上に触れたあと水切りの要領で跳ね上がり、ウォータースライダーに突っ込んでやっと止まった。
ウォータースライダーが壊れたのなら、これで目ぼしいアトラクションはすべて回ったことになる。
遊園地に入った時点で何ものかの気配を感じたため、片っ端からアトラクションを見ていったのだが――
その気配が、あのメリーゴーラウンド・オルセンとやらのものであったのなら、非常に無意味な行動だったかもしれない。
そこまで考えて、日本番長は思い直す。
「小せえことは気にするな」
遊園地を一つ壊滅させた程度、日本番長にとっては些事に過ぎなかった。
&color(red){【ウォータースライダー 破壊確認】}
&color(red){【モチノキ遊園地 壊滅確認】}
&color(red){【残り施設 まだまだたくさん】 }
【A-2 モチノキ遊園地(跡地)/一日目 午前】
【金剛猛(日本番長)】
[時間軸]:不明
[状態]:ほぼ回復、え? なに? 通常、そんな短時間で完治しない? それは人類ならばの話であり、金剛る――「小せえ事は気にするな」
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ファウードの回復液入り水筒@金色のガッシュ、不明支給品0~2
[基本方針]:小せえ事は気にするな。
*投下順で読む
前へ:[[不止]] [[戻る>第一放送までの本編SS(投下順)]] 次へ:[[ノイズキャンセリング]]
*時系列順で読む
前へ:[[ ]] [[戻る>第一放送までの本編SS(時系列順)]] 次へ:[[らでぃかる・ぐっど・すぴーど]]
*キャラを追って読む
|037:[[ヘルダイバー]]|金剛猛(日本番長)| :[[ ]]|
#right(){&link_up(▲)}
**Merry-Go-Round ◆hqLsjDR84w
◇ ◇ ◇
モチノキ遊園地は、小さなテーマパークだ。
などと、このように言い切ってしまうと、反論の声がいくらか上がることだろう。
直通列車まで出ているほど来場者がいるというのに、小さいはずがないじゃないか――と。
たしかにその通りであり、日々それなりに賑わっている。
多数の遊具が設置されており、売店やレストランもいくつもある。
毎日定時にパレードが行われるし、月に数回有名人がゲストとして訪れる。
もし開園と同時に来場したとしても、閉園時刻まで飽きることなく終始楽しめるだろう。
しかし――
たとえば、百種類をゆうに超えるファンシーなマスコットキャラクターたちが闊歩する夢の国であるとか。
たとえば、二ケタ以上の絶叫マシンと三つのオバケ屋敷を主軸としている悲鳴轟くハイランドであるとか。
たとえば、超大作洋画を元にしたアトラクションによって人々を銀幕のなかに誘う映画の世界であるとか。
たとえば、人工的に作られた島の上にあり、母なる海の雄大さを知ることのできるパラダイスであるとか。
それらの日本を代表する一流テーマパークとは、とても比べ物にならない。
面積が小さい分だけ、アトラクションの数も限られている。
知名度だって劣るので、当然ながら来場者数も少ない。
とはいえ、それは経営者の狙い通りなのだ。
一流テーマパークレベルにまで規模を大きくしてしまえば、維持費ももちろん大きくなる。
アトラクションを増やすことにより来場者数が上昇し、売上が大幅に促進されるかもしれない――が。
膨れ上がった維持費と比べて、どちらが上になるのか。
仮に売上のほうが上だったとして、その収益は現状よりも上なのか。
実際に、モチノキ遊園地が規模を拡張させたことなどないので不明ではあるものの――
おそらく、現状よりも低くなる。
モチノキ町在住の人々が訪れる頻度は上がるだろうし、多少離れた場所からの来場者も増えるだろう。
だが、巨大テーマパークはそれだけでは維持できないのだ。
多少離れたところからだけではなく、かなり離れた――異なる県どころか、異なる地方、さらには異なる国からの来場者も引き込まねばならない。
そんなことは、モチノキ遊園地には不可能だ。
他の一流テーマパークとしのぎを削るまでもない。
考えるまでもない。分かり切っている。火を見るより明らかだ。
モチノキ町という町に、わざわざ遠方から訪れるだけの価値はない。
人々を惹きつける特産品やスポットなど存在しない、ただのありふれた町に過ぎないのだから。
テーマパーク一つで変わるはずもない。
世界的に有名なキャラクターでも独占して扱えれば別だろうが、わざわざモチノキ遊園地に話を持ちかける物好きはいまい。
だから、モチノキ遊園地はこれでいいのである。
一流テーマパークに無謀な戦いを挑むことなどせず、付近の住人だけをターゲットとする。
設立当初からそのスタンスを貫いており、事実として成功を収めているのだ。
ゆえに、再び断言しよう。
モチノキ遊園地は小さなテーマパークだ。
そんなモチノキ遊園地の敷地内に、一人の男が足を踏み入れた。
二メートルをゆうに超す長身。
鋼のように硬い、鍛え抜かれた筋肉。
天を衝くかのような二本の角じみた頭髪。
常に全身から放たれる暴力的なまでの威圧感。
視界に入ったものすべてを無差別に睨み付ける眼差し。
自分専用に作らせたであろう、巨躯にフィットした漆黒の学ラン。
丸太のように太い首の端には、日本列島と不死鳥を模したタトゥー。
そんな彼の名は、金剛猛。
またの名を――日本番長。
小さいことを気にしない彼が訪れたことが、この小さなテーマパーク設立以来最大の不幸であった。
◇ ◇ ◇
定時放送が流れようと、日本番長の行動方針が変化するはずがない。
なので目的もなくさまよっていたのだが、道中にて軽快な音楽を捉えた。
そこで音のするほうに向かってみたところ、辿り着いたのがモチノキ遊園地である。
日本番長は生まれてこの方遊園地に縁のなかったが、どういう施設なのかは知っていた。
滅ぼすべき愚かな人間たちが集まる――そんなところである、と。
「……ふん」
僅かに眉をひそめ、日本番長は入場口に歩みを進める。
モチノキ遊園地の入場口は、自動改札機の要領で入場券を通さねばシャッターが上がらないシステムとなっている。
よくあるシステムであるのだが、日本番長はそれを知らない。
なにせ、遊園地に来たことなんてないのだ。
ただ入場するためだけに前進を続け、結果としてシャッターは砕け散った。
ぼきんという鈍い音は、遊園地内のいたるところに設置されたスピーカーより流れる軽快な音楽に掻き消された。
これが、日本番長の捉えた音楽の正体であった。
&color(red){【入場口 破壊確認】}
遊園地全体を見渡したのち、日本番長は微動だにしなくなる。
いくつもの遊具が目に入るのだが、どれに人々が集うのかが分からない。
しばし黙考してから、日本番長はある遊具に目星をつける。
遊園地に訪れた経験のない日本番長でも知っているくらい有名であるし、なにより――
それに乗れば、高い視点から遊園地全体を見下ろすことが可能となる。
人間がいれば倒せばよいし、いなかったとしても捜索することができる。
そう、日本番長が選択したのは『観覧車』である。
「ぬう……」
観覧者に到着した日本番長は、意図せず唸るような声を漏らした。
遠目からは分からなかったのだが、観覧車があまりにも小さいのである。
日本番長が聞いた話では、四人くらいは入れるとのことだったというのに。
いざ目の当たりにしてみると、一人さえ入れるかどうか。
「この遊園地の経営状況が著しくなく、そのために小型のものしか用意できなかったのか」
日本番長は頷くが、まったくの的外れである。
モチノキ遊園地の観覧車は大きくはないものの、決して小型ではない。
成人四人くらい楽に入れるし、無理をすればあと二人くらい詰め込める。
ただ単に、日本番長がデカいのである。
「まあいい」
勝手に納得したらしい日本番長は、観覧車の乗車口に進む。
またしてもシャッターを砕いて通り、ゴンドラの扉をくぐろうとする。
くぐろうとして、叶わなかった。
巨躯に対して、扉があまりにも小さすぎる。
これでは、ゴンドラに入るのは物理的に不可能だ。
にもかかわらず、日本番長は観覧車に乗ることを諦めなかった。
ゴンドラに入れないという小さな障害程度、気にするはずがない。
日本番長は扉に入らず、ゴンドラの端にあるパイプのようなものを掴む。
そのままの状態で観覧車は回り続け、ついに日本番長の身体が地面から離れる。
人並み外れた握力だけで、身体を支えているのだ。
そのままの状態で数分が経過するが、日本番長の握力が緩まることはない。
それどころか、表情が歪んだり、歯を噛み締めたり、脂汗を流したりさえしない。
この程度は、日本番長にとって運動と呼ぶまでもないのである。
「遅いな」
観覧車とは元来そういうものであるというのに、日本番長は気に入らないらしく眉間にしわを寄せている。
ゴンドラが全体の三分の一地点くらいまで進んだところで、我慢の限界が来たようだ。
パイプを掴んだまま、日本番長は振り子のように身体を前後させる。
ゴンドラが激しく揺れ動き、なにやら金属が軋むような音が鳴っているが、日本番長は意に介さない。
どんどん勢いが増していき、そろそろゴンドラ自体を蹴っ飛ばしてしまうのではないかというとき。
日本番長は、パイプを手放した。
振り子運動の勢いそのままに上昇していき、一つ上のゴンドラのパイプ部分を掴んで静止する。
この方法ならば、観覧車が遅くとも早急に最上部に到達することができる。
その考えが間違っていなかったことを実感し、日本番長は再び身体を前後させる。
もう失敗する可能性を考慮していないのもあり、前回よりも籠っている力が強い。
より早く身体を加速させるべく、最初からフルパワーで身体を動かしてしまっている。
それが、災いする。
モチノキ遊園地の名誉のために言っておこう。
遊具の整備が行き届いていなかったというワケでは、断じてない。
その手の事件は時たま発生するが、モチノキ遊園地で起こったことは過去にない。
それは奇跡的に平穏が続いているのではなく、スタッフ全員によってもたらされて必然である。
定期的な整備を欠かさず、さらにはほんの微かな異変であろうとなにか生じれば臨時点検を行う。
遊具使用中に暴れられようと、スタッフが操作ミスをしようと、地震が起ころうと、台風が来ようと、火災が起きようと――
いかなる人災や天災が振りかかろうとも、怪我人一人とて出すことないように。
そんな姿勢があったからこそ、今日のモチノキ遊園地があると言える。
ただただ、運がなかったのだ。
人による災いには耐えられる。
天による災いには耐えられる。
それでも――『金剛類』による災いにだけは、耐えられなかったのである。
いかに整備点検をしていようとも、観覧車が金剛類の全力を持ちこたえるなど不可能だった。
ばきっ、と。
そんな意外にも軽い音を立てて、日本番長が掴んでいるゴンドラは外れた。
見れば、フレームとゴンドラを繋ぐ金属が千切れてしまっていた。
振り子運動による勢いは身体に乗っており、日本番長はゴンドラごと彼方に吹き飛んで行く。
あっさりとゴンドラを手放し、フレームを握り締める。
咄嗟の行動であったので、つい全力を出してしまった。
まるで粘土かなにかのように、観覧車を構成するフレームが歪んだ。
そしてそのまま、秒にも満たない時間で捻じ切れる。
しようがないので他のフレームに手を伸ばすが、同じ結果が起こるばかりだ。
どんどんと落下速度が上がっていくなか、ついに全体のなかでもっとも巨大な金属に到達する。
すなわち、観覧車の中心である。
そこから四本の脚部が伸びており、観覧車を支えているのである。
これに対しても日本番長は同じことを試みて、同じ結果をもたらした。
中心部を粉砕されたことで、脚部の安定が崩れる。
そこに、日本番長が手放したゴンドラが落ちてきた。
金属同士の接触した際に響く不快な音ののち、四本の脚部は同時に倒れた。
支えてくれる脚部を失った観覧車が立っていられる道理などなく、けたたましい音を立てて倒れ込む。
隣接しているフリーフォールとコーヒーカップだけでなく、付近にあった回転ブランコとミラーハウスまでもを完全に押し潰してしまう。
一瞬のうちに、五つのアトラクションが瓦礫の山と化してしまった。
山のいたるところから配線がはみ出しており、その配線からは時おり火花が散っている。
スピーカーから流れている楽しげな音楽が、まったくそぐわない。
しばらくして瓦礫の山が盛り上がり、一人の男が飛び出してくる。
その正体は、言うまでもなく日本番長であった。
かなりの質量にのしかかられたというのに、その身体には傷一つない。
首を動かして周囲の惨状を眺めて、なにが起こったのかをすべて理解する。
「――小せえことは気にするな」
決めゼリフを残して、日本番長はいくつもの遊具であった残骸に背を向けた。
&color(red){【観覧車 破壊確認】}
&color(red){【フリーフォール 破壊確認】}
&color(red){【コーヒーカップ 破壊確認】}
&color(red){【回転ブランコ 破壊確認】}
&color(red){【ミラーハウス 破壊確認】}
次に日本番長が訪れたのは、ジェットコースターであった。
これを選んだのも、観覧車と同じ理由である。
遊園地に興味のないものだって知っていて、そして高い視点を得られる。
ということで即座に乗ってやろうと思ったところで、問題が生じてしまう。
ジェットコースター乗り場に向かう階段の前に、一枚の看板が置かれていたのだ。
その看板には、『四十分待ち』と書かれている。
考え込んでから、日本番長は待機することにした。
四十分待たねば、ジェットコースターに乗ることができない、と判断したからだ。
本来、この看板はこの地点まで乗車待ちの列ができているときに使うものであり、列がないときには待つ必要などない。
しかしながら、何度も言うように、日本番長は遊園地に初体験なのだ。
こういうシステムなのだと、勝手に納得するのも当然である。
日本番長がジェットコースター乗り場に到着したのは、六十分後であった。
四十分――きっかり二千四百秒待って階段を駆け上がったのだが、階段の半ばにまたしても看板があったのである。
それには、『二十分待ち』と記されていた。
ということでそこでも律儀に二十分待ち、やっと辿り着いたのだ。
「……またか」
観覧車と同じく、ジェットコースターも小型のものであった。
なお、あくまで日本番長感覚で、である。
イスに座ろうにも、日本番長の巨体は納まらない。
二人用の長椅子にもかかわらず、身体が入らない。
しようがないので、日本番長は立っていることにした。
長椅子の右半分に右足を、左半分に左足を。
通常なら人間が一人座るスペースでも、日本番長にとって足の裏一つギリギリ置ける程度である。
腕を組んで仁王立ちしていると、ゆっくりとコースターが動き出す。
すぐに上り坂に差しかかり、コースターが斜めになる。
屹立している日本番長もまた、斜めになる。
身体が後ろに七十度ほど傾いているが、日本番長の鍛え方はヤワではない。
腕組みも解かず、同じ姿勢のまま保っている。
ついに上り坂が終わり、コースターが落下していく。
日本番長の姿勢も、後ろ方向に七十度から前方向に六十五度に変化する。
まさに百三十五度も角度が変わったことになるが、日本番長はたじろがない。
浮遊感を身体に味わい、立っているせいで風圧を全身で浴びているが、直立不動のままだ。
ちなみに、強烈な風圧を受けても特徴的な角じみた髪はまったく崩れていない。
地面すれすれまで到達したコースターだったが、再び上り坂。
すでに加速がついていたので、最初のようにゆっくりと登ることはない。
一気に上昇して、再び落下する。
今度は角度こそ緩やかだか、回転が加わっている。
コースターが螺旋のように回れば、乗っているものも回るのは必然だ。
それでも日本番長は姿勢を保ち、それどころか悠々と地上を眺めている。
彼の予想通り、ジェットコースターは地上を眺めるのに役立つ遊具であった。
日本番長クラスの動体視力があれば、という前提が必須だが。
高速で回転駆動するコースターに乗りながら、地上の石ころさえ視認しているのだ。
もはや、鍛錬でどうこうなる域を超越している。
だがそんな驚異的な視力を誇る日本番長の視界が、黒く染まった。
トンネルに入ったのである。
視界を奪うことで、乗車客を怖がらせようという趣向だ。
これに対し、日本番長は露骨に顔をしかめる。
地上を眺めるために乗ったというのに、これはどういうことか。
苛立ちを隠そうともせず、日本番長は腕組みを解いて右手を振るった。
たったの一撃でトンネル全体が吹き飛んだ。
再び視界が明瞭になったので、日本番長は腕組みを再開するのだった。
トンネルの破片は奇跡的にコースターに降り注がず、コースターは前進を続ける。
そしてまたしても上り坂――だが、これまでのように下り坂に続くのではない。
上昇の勢いそのままに『一回転』するのだ。
これは日本番長も想定していなかったらしく、ようやく目を見開く。
「ほう」
とはいえ、零れたのはこんな感嘆の声だ。
とても、『絶叫』マシンに乗っているとは思えない。
一回転するのならばと、日本番長は両脚にさらなる力を籠める。
遠心力がかかっているため落下することはないだろうが、念のためにと考え――踏ん張ってしまったのだ。
日本番長が足を乗せている場所から、放射状に亀裂が走っていく。
亀裂はすぐさまコースター全体に及び、最終的にコースターは無数の破片と化した。
いくら日本番長でも、足場がなくなれば立っていられるはずがない。
頭から地面目がけて、真っ逆さまに落下していくことになる。
ジェットコースターのレールを掴もうとして、観覧車のときの失敗が脳裏を掠める。
ならばと拳を握り締めて、レールに叩き付ける。
反動で回転することで、日本番長は体勢を立て直す。
その動作のおかげで、両足で着地することができる。
「むう」
拳の反動で多少移動してしまったらしく、着地したのはレールの真下ではなかった。
屋根を突き破って、家屋に入ってしまったらしい。
現状を把握していない日本番長に、不気味な声がかけられる。
「お皿がいちま――」
その言葉が、最後まで告げられることはなかった。
半ばの時点で、日本番長が肘打ちを叩き込んだのだ。
おどろおどろしい井戸のオブジェにではなく、声の源であるスピーカーにである。
声が録音されたものであることくらい、日本番長には分かっていた。
単純に、やかましかっただけである。
コースターのときの再現のように、次第に家屋全体に亀裂が入っていき砕け散った。
&color(red){【ジェットコースター 破壊確認】}
&color(red){【オバケ屋敷 破壊確認】}
『彼』は、苛立っていた。
普段は飄々としているのだが、いまばかりはそうもいかない。
彼には意思があるというのに、一つのアトラクションとして設置されているのだ。
上に立つ人形に言われたのなら、文句一つ言わずに従うだろう。
しかし指示してきたのは、キース・ブラックという人間だ。
『自動人形(オートマータ)』よりも、遥かに低級であるはずの人間だ。
気が向いたときに狩って、生き血をすするためだけに存在している人間だ。
腹が立たないはずがない。
それだけではない。
『訪れた参加者を楽しませてやれ』と、当たり前のことを言うだけならばまだしも。
『モチノキ遊園地が開園する七時までは動くな』と、余計な制限までもかけてきた。
そのせいで、宿敵である『人形破壊者(しろがね)』が眼前にいたというのに、動くことさえできなかった。
隙だらけであったので、動けさえすれば完全に不意を突けたはずだ。
なのに、叶わなかった。
どのような手を使ったのかは分からないが、立ち上がることさえできなかった。
キース・ブラックの話通りに七時になったら動けるようになったが、それはそれで腹立たしい。
動けるようになったと言っても、ほんの僅かに身体を揺らせる程度であった。
指示された話によれば、参加者とやらが彼の元に訪れれば『楽しめるようになる』らしい。
七時になってからしばらくして、ようやく誰かが来場した。
どうやらかなり暴れまわっているらしいが、そのクセ彼には近づいてこない。
呼びかけてやろうかとも思ったものの、口を開くことはできなかった。
声をかけることさえできなかったが、祈りが通じたのかもしれない。
来場からかなり時間が経過して、ようやく参加者が彼の元に訪れた。
なにかが解除される感覚が、身体を走り抜けた。
試しに両脚に力を籠めると、立ち上がることができた。
いままで何度試しても不可能であったというのに。
「……実物を見るのは初めてだが、回転木馬とはこういうものだったのか?」
眉根を寄せている人間をよそに、彼は口角を吊り上げる。
相手は、かなりの巨躯の持ち主である。
体内には、さぞかし大量の血液を蓄えていることだろう。
舌なめずりをしていると、すぐ横に設置されたスピーカーが動き出す。
『紹介しよう、我らのヒーロー!』
すでに教えられていたので、彼に驚きはない。
参加者が訪れれば、自動的に再生されるようになっている。
『彼』がいったい誰なのかを、来訪者に教えてやるように。
『メリィィィィ! ゴォォォラウンドッ! オォォォルセェェェェェンッ!!』
名は体を表す、という言葉があるが――
名の通り、首から上がメリーゴーラウンドの自動人形。
それが、彼の正体だ。
「へへへ、退屈だったなぁ」
意図せず、オルセンは笑ってしまっていた。
溜まった鬱憤を晴らしてやることを思うと、とても止められなかった。
「ただの人間に言うのも酷だけど、せいぜい楽しませてよ」
嘲るように笑ったまま、オルセンはメリーゴウラウンドの上にある馬を操作する。
かしゃん、と音を立てて、馬に仕込まれた刃が露になる。
戦闘前に手の内を明かしたのは、サービスである。
どうせ人間ごときでは、自動人形と勝負になるはずがない。
ならば、どのように戦うのかを教えた上で抗わせよう、と。
刃を剥き出しにした状態で、オルセンはゆっくりと人間に歩み寄っていく。
眼前の男がどのように恐れるのか、それが楽しみだった。
にもかかわらず、男は眉一つ動かさない。
ただ納得したように、こう言うだけだ。
「なるほど。そういうアトラクションか」
その口調が頭に来て、オルセンは思い切り地面を蹴った。
時間をかけて楽しむつもりは、とうに消え失せてしまった。
刃が届く寸前で、男は拳を握った。
いまさら準備したところで、間に合うはずがない。
冥土の土産にわらび歌を口ずさもうとして、オルセンは言葉を呑み込んだ。
呑み込んだというより、強制的に口が閉じられた。
強烈な衝撃が顔面に走ったのである。
(バカな。速すぎ――)
オルセンの思考は、半ばで打ち切られた。
全身に亀裂が走り、砕け散ったのである。
気を流されたことにより、体液が沸騰したのではない。
そのようなデリケートな技術を用いられたのではない。
単純に、自動人形のボディが耐え切れないほどの打撃を受けたのだ。
&color(red){【メリーゴーラウンド 破壊確認】}
「百二十四メートルといったところか」
回転木馬の飛距離を読み取って、日本番長は一人頷く。
ちなみに、百二十四メートル地点というのは池の上である。
と言っても、回転木馬はそこで静止したワケではない。
水上に触れたあと水切りの要領で跳ね上がり、ウォータースライダーに突っ込んでやっと止まった。
ウォータースライダーが壊れたのなら、これで目ぼしいアトラクションはすべて回ったことになる。
遊園地に入った時点で何ものかの気配を感じたため、片っ端からアトラクションを見ていったのだが――
その気配が、あのメリーゴーラウンド・オルセンとやらのものであったのなら、非常に無意味な行動だったかもしれない。
そこまで考えて、日本番長は思い直す。
「小せえことは気にするな」
遊園地を一つ壊滅させた程度、日本番長にとっては些事に過ぎなかった。
&color(red){【ウォータースライダー 破壊確認】}
&color(red){【モチノキ遊園地 壊滅確認】}
&color(red){【残り施設 まだまだたくさん】 }
【A-2 モチノキ遊園地(跡地)/一日目 午前】
【金剛猛(日本番長)】
[時間軸]:不明
[状態]:ほぼ回復、え? なに? 通常、そんな短時間で完治しない? それは人類ならばの話であり、金剛る――「小せえ事は気にするな」
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ファウードの回復液入り水筒@金色のガッシュ、不明支給品0~2
[基本方針]:小せえ事は気にするな。
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