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思索――自分達の現在位置 - (2012/07/20 (金) 03:00:20) の1つ前との変更点
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**思索――自分達の現在位置 ◆6LcvawFfJA
高槻涼が落ち着きを取り戻し、暫らくが経過する。
依然として、紅麗と阿紫花英良が到着する気配は無い。
両者ともに放送で呼ばれてはいない以上は、おそらく向かってきているはずだ。
したがって勝手に移動する訳にもいかず、ただ待つしかない。
されど高槻涼の方はともかくとして、加藤鳴海にはそういう待機するだけというのは性に合わない。
最初の五分、ここまでは高槻と言葉を交わす事で問題無く過ごしていた。リビングの椅子に腰掛けながら、会話が弾む。
次の四分、この辺りで会話が途切れ始める。高槻から告げられる情報はきっとプログラム打破に重要なのだろうが、如何せん鳴海には難しすぎた。
さらに三分、無言のまま鳴海の体が微かに振動しだす。貧乏揺すりである。
もう二分、貧乏揺すりが激しくなる。腰かけている椅子に振動が伝わり、床から部屋全体を震わす。
それから一分足らずで、ついに我慢の限界を迎えた。
「何もしねーで、ただ待ってなんかいられっかよッ!」
机を思い切り叩き、声を張り上げる。
同時に思い切り立ち上がり、その勢いで家全体が大きく揺れた。
既に十六名が死しているという事実を叩き付けられているのだ。
加藤鳴海という男の人となりを考慮してみれば、彼にしてはよく持った方と言えよう。
落ち着いているように見える高槻も、実は鳴海と同じ気分であった。
共に過酷な運命を背負った兄弟とも言える巴武士が、その命を落とした。
他の仲間達がいつそうなるかは分からない。
ならば、いち早く動き出すべきなのではないか。
そのような考えが、先程からずっと頭の中を回っている。
が、しかし、当ても無く動くのは得策では無い。
その事実も、高槻はよく理解していた。
「待ってくれ、鳴海s……」
危う付けそうになった敬称を飲み込む。
年齢を明かされても、殆ど年が同じという事実は今一ピンと来ない。
しかし、それは今は無関係。
民家を出て行こうとする鳴海を呼び止め、高槻は言葉を続けた。
「地図を見る限り、殺し合いの舞台は広い。
当ても無く彷徨うのは、来ると分かっている仲間を待ってからの方が良い。
それに、一度別れたら次に何時合流出来るかも分からない」
表情を歪める鳴海。
「でもよォ……、高槻ッ!
こうしてただ待ってるだけなんてよォ!」
鳴海にも、その可能性が浮かんでいなかった訳では無い。
分かってはいたが、それでも動き出したかったのだ。
その気持ちも、高槻には分かる。
分かるからこそ、言える事もある。
「俺だって、ただ待ってるのなんて真っ平だ。
でも動く訳にはいかない。そんな浅はかな事をしては、余計にブラックの意のままだ。
だから」
片方だけ残った右腕でデイパックを持ち上げ、机に置いた。
「今の内に、喰っておこうッ!」
目を丸くする鳴海。
その前で、高槻は片腕で苦労しながらもデイパックから食料を取り出す。
「どうせ待つしかないにしても、その間呆けてるんじゃ無駄も良いとこだ。
合流したらまた動かなきゃなんねーんだ。待ってる間にエネルギー補給でもしようぜ」
右腕で持った惣菜パンの袋に噛み付く高槻。
首を振るった勢いで、無理矢理開封する。
片腕しか無い以上、こうするしかない。
「ああ……、そうだなッ!
いっそ、全部喰い切っちまう勢いでな!」
隻腕にもかかわらず先の為に食事を取ろうとする姿を見て、鳴海はつい笑顔になってしまった。
笑っては悪いかもしれないが、高槻が同じ目的を抱いている事実が嬉しかった。
自分のデイパックから食料を取り出す鳴海。
こちらは幕の内弁当であった。箸を使わねばならないので、隻腕の高槻にこちらが支給されなかったのは幸運だっただろう。
高槻が三つ目のパンに、鳴海が四つ目の弁当に差し掛かった。
不意に、高槻が思い出したように尋ねる。
「そういえば鳴海、ここに向かっているっていう二人は、俺達の場所を分かってるのか?」
「ああ。“目印”があるから大丈夫だよ、ダイジョー……ゲホッゴホッ!」
喉に詰まった白米を、鳴海は水で強引に流し込んだ。
○
「……うわ」
「此処のようだな」
「いや、見りゃ分かりますけどね……」
鳴海が噎せ込んだ丁度その時、紅麗と阿紫花の二人はようやく到着した。
玄関へと進む紅麗をよそに、眉を顰めている阿紫花。
その視線の先には、鳴海が用意した“目印”があった。
時には赤く、白く、青く、様々な色に明滅。
その煌々とした輝きは、次第にある文字を模っていく。
“MERRY CHRISTMAS”という、一文を。
加藤鳴海の支給品であるイルミ―ネーションが、民家の屋根を囲んでいた。
「まあ目印が無きゃとても会えやしねえんで、何か置いとこうって発想は良かったんでしょうが……。
よりにもよって、こんなど派手なもん使わんでも……兄さんらしいっちゃらしいかもしれやせんね……」
肩を竦めて、阿紫花は紅麗の後を追った。
民家に入ったと同時に、二人分の足音が近付いてくる。
その正体は、予想通り鳴海と高槻であった。
「遅えぞこの野郎ッ!」
怒りを露に声を荒げる鳴海に、阿紫花は口元を持ち上げた。
記憶を失っているようだが、こういう所は記憶喪失以前から何も変わっていない。
「すいやせんね。
よもやそんなに早くそっちの兄さんが起きるとも思ってなかったんでね。
あたしと紅麗さんは、会場の端を見に行ってたんですよ。
でもまあ見た所、そっちの兄さんはもう暴れる気無えみたいで安し」
そこまで言いかけた所で、阿紫花の口を遮るように紅麗が手を伸ばす。
困惑する高槻と鳴海だったが、阿紫花だけはその意図を読み取る事が出来た。
「……聞かせてもらおうか、高槻涼」
阿紫花に向けられていた右手を、高槻に向ける紅麗。
その長い腕を渦巻くように、紅蓮の炎が宿る。
「貴様、先程のように暴れる事は無いのだろうな」
右腕を覆う炎が、高槻の首元に伸びる。
もう数センチでも右腕を前に動かせば、炎は高槻の首を焼き切るであろう。
「おいてめえッ! そいつは」
「貴様には聞いていない」
激昂し飛びかかろうとする鳴海に、紅麗は仮面の下から鋭く睨み付ける。
そこらのごろつきではそれだけで泡を吹く視線であったが、“自動人形”と死闘を繰り広げてきた鳴海は怯まない。
舌打ちを一つ鳴らし、紅麗は鳴海に言い放つ。
「……貴様、巫山戯ているのか。
高槻涼は思い人を失った事実から目を背けた結果、力を振るうべき相手を見誤り暴れ狂った。
その事実がある以上、貴様の擁護程度で信用など出来るものか。
こいつを信用するか否かを決めるのは、この私だ。
そして場合によっては、再度の暴走を防ぐべく首を狩り落とすだけだ」
鳴海は反論出来ず、口籠った。
それでも何か言おうとして、高槻の手が口元に伸びた。
「ああ、そうだ。あんたの言った通りだ。
カツミを失った悲しみから逃げ、俺は“ジャバウォック”に身を委ねた。
倒すべき敵を見誤り、人間として進む事から逃げ……、御神苗優を殺した」
「ほう……。既に知っていたか」
「でも、俺はもう逃げない。逃げたくない。人として生きたいんだ。
カツミが信じた俺の道から、もう足を踏み外したくない」
数刻の間を置き、紅麗は手を引く。
その動きに連動して、高槻の首元に伸びていた炎が消失する。
「そうか。ならば良い。精々、好きにしろ。
暴走しないのならば、貴様がどう動こうと知った事では無い。
ともあれ、貴様の持つキース・ブラックに関する情報を明かせ」
無愛想に告げ、紅麗はリビングに進む。
僅かに呆然としてから、それに続く三人。
「……ああ。そういえば高槻涼、貴様その腕、再生能力が効いていないようだな」
不意に足を止めて、紅麗は高槻の右肩を指差す。
本来腕が伸びているはずの箇所に腕は無く、付け根には布が巻かれている。
「望むならば、止血しても良いぞ」
再度、紅麗の腕を燃え盛る炎が宿る。
常の紅麗ならば、このような提案をする事は無い。
だが、先程の高槻の宣言。
“カツミの信じた道を行く”。
この言葉に、紅麗は自身の炎に宿る女の姿を連想した。
死した同志の信じた道を行くのが、麗を率いる紅麗である。
ならば、高槻は紅麗と同じ選択をした事になる。
故に、紅麗は提案したのだ。
以降手を貸す気は無いが、一度くらいはと。
それに対し、高槻は少しばかり逡巡して決断を下す。
「ああ、頼む」
仮面の下で笑みを浮かべ、紅麗は真紅の炎を高槻の傷痕に押し当てた。
○
高槻がある少女から始まった因縁を話し終えた。
それから鳴海が“しろがね”について、そして紅麗が所々ぼかしつつ“魔道具”についてを語る。
そして、静寂が広がる。
考え込むように沈黙していた紅麗が、口を開く。
「高槻の話ではキース・ブラックの目的は“高槻涼の絶望”らしいが、そうではあるまい。
それを目的としているにしては大がかりすぎるし、赤木カツミを殺害するのも早すぎる」
頷く高槻。
あの状態でアリスから遠ざけられたのも、よくよく考えてみるとおかしい。
「“プログラム”。そう呼称しているからには、何かしらの目的がある筈だ。それを探らねばならない。
まず考えられるのは、“殺し合い自体”が目的という可能性。しかし、これも考えづらい」
一人首を捻る鳴海。
放置して話を続けようとして、紅麗はやめる。
阿紫花と高槻が、必ずしも紅麗と同じ考えを抱いているとは限らない。
違った場合に、その意見も聞いておきたい。一応説明をしておいて損は無い。
「何故なら、単純に“ぬるすぎる”。
外そうとすれば爆発する首輪を嵌め、易々と脱出のしようがない結界内に閉じ込め、一定時間ごとに舞台は狭くなる。
殺し合うしか無い……そう思いこみかねないが、違う。
“殺し合いだけを強いていない”。この条件ならば、“殺し合い以外の事をする”には十分すぎる」
はっと目を見開く鳴海。納得したようだ。
「そういう事かッ! 殺し合いをさせたいなら、この会場は広すぎるぜ!」
「それに、長すぎやすね。禁止エリアなんててもんがあるにしても、会場の全てが禁止エリアになるまで三日はかかる。
せっかく首輪なんか付けてやがんだ。殺し合わせてえんなら、もっと狭い場所で制限時間でも決めてやりゃあいい」
「そういう事だ。
我々を集め、気付かぬ内に首輪を嵌め、会場の各地に転送し、これほど巨大な結界を張る。
それだけの能力を有していながら、殺し合いを強いるにしては雑すぎる」
そこまで導き出して、またしても沈黙。
真の目的を探し出すにしても、情報が無さすぎる。
「殺し合い……とは、キース・ブラックにとっての何なんだ。
真の目的を隠す為の蓋に過ぎないのか、こうして閉じ込めた俺達を混乱させる爆弾なのか、真の目的に関係しているのか……」
「断定は出来んが、無関係とは考えづらいな」
渋い表情の高槻に、仮面で表情を窺えぬ紅麗が答える。
「殺し合い自体が目的なのではなく、殺し合わせた結果に得られる何らかの成果が目的か……」
とはいえ、何を得られるというのか。
紅麗は思考を巡らすが、結論は出ない。
鳴海はもはやちんぷんかんぷんらしく、ひたすら難しい顔で首を傾げている。
阿紫花に至ってはもう考えるのをやめているらしく、天井を見上げて呆けている。
高槻はまだ脳を働かせているが、唐突にそれは切り上げられる。
「……ッ!?」
体内のARMSコアが共振を捉えたのだ。
【F-4 民家/一日目 朝】
【高槻涼】
[時間軸]:15巻NO.8『要塞~フォートレス~』にて招待状を受け取って以降、同話にてカリヨンタワーに乗り込む前。
[状態]:左二の腕から先を喪失(処置済)、スーツ@現地調達
[装備]:基本支給品一式、支給品1~3(未確認)
[道具]:なし
[基本方針]:人間として、キース・ブラックの野望を打ち砕く。
※左腕喪失はARMS殺しによるものなので、修復できません。
【加藤鳴海】
[時間軸]:20巻第32幕『共鳴』にて意識を失った直後。
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、支給品0~2(確認済み)
[基本方針]:仲間と合流し、殺し合いを止める。戦えない人々は守る。
【阿紫花英良】
[時間軸]:20巻第33幕『合流』にて真夜中のサーカス突入直後。
[状態]:健康
[装備]:形傀儡@烈火の炎、キャプテン・ネモ@からくりサーカス、ヒヒイロカネ製の剣@スプリガン
[道具]:基本支給品一式、支給品0~1(確認済み)
[基本方針]:とりあえず紅麗についていく。
【紅麗】
[時間軸]:22巻210話『地下世界の消滅』以降、SODOMに突入するより前。
[状態]:脇腹に傷(処置済み)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式+水と食料一人分、支給品0~2(確認済み)、首輪(優)、優のメモ付き名簿、ジャバウォックの爪×3@ARMS
[基本方針]:プログラムを破壊し、早急に帰還する。そのために役立つ人物や情報を手にしたい。染井芳乃を捜索。
【支給品紹介】
【イルミネーションセット@現実】
加藤鳴海に支給された。
クリスマス用の物。
*投下順で読む
前へ:[[ゲェムを作る側から見た場合]] [[戻る>第二放送までの本編SS(投下順)]] 次へ:[[たった一つの卑怯なやり方]]
*時系列順で読む
前へ:[[ゲェムを作る側から見た場合]] [[戻る>第二放送までの本編SS(時系列順)]] 次へ:[[たった一つの卑怯なやり方]]
*キャラを追って読む
|067:[[日常――変わらぬ朝]]|阿紫花英良|093:[[思索――自分達の現在位置]]|
|~|紅麗|~|
|089:[[溢れた感情は単純に]]|加藤鳴海|~|
|~|高槻涼|~|
#right(){&link_up(▲)}
----
**思索――自分達の現在位置 ◆6LcvawFfJA
高槻涼が落ち着きを取り戻し、暫らくが経過する。
依然として、紅麗と阿紫花英良が到着する気配は無い。
両者ともに放送で呼ばれてはいない以上は、おそらく向かってきているはずだ。
したがって勝手に移動する訳にもいかず、ただ待つしかない。
されど高槻涼の方はともかくとして、加藤鳴海にはそういう待機するだけというのは性に合わない。
最初の五分、ここまでは高槻と言葉を交わす事で問題無く過ごしていた。リビングの椅子に腰掛けながら、会話が弾む。
次の四分、この辺りで会話が途切れ始める。高槻から告げられる情報はきっとプログラム打破に重要なのだろうが、如何せん鳴海には難しすぎた。
さらに三分、無言のまま鳴海の体が微かに振動しだす。貧乏揺すりである。
もう二分、貧乏揺すりが激しくなる。腰かけている椅子に振動が伝わり、床から部屋全体を震わす。
それから一分足らずで、ついに我慢の限界を迎えた。
「何もしねーで、ただ待ってなんかいられっかよッ!」
机を思い切り叩き、声を張り上げる。
同時に思い切り立ち上がり、その勢いで家全体が大きく揺れた。
既に十六名が死しているという事実を叩き付けられているのだ。
加藤鳴海という男の人となりを考慮してみれば、彼にしてはよく持った方と言えよう。
落ち着いているように見える高槻も、実は鳴海と同じ気分であった。
共に過酷な運命を背負った兄弟とも言える巴武士が、その命を落とした。
他の仲間達がいつそうなるかは分からない。
ならば、いち早く動き出すべきなのではないか。
そのような考えが、先程からずっと頭の中を回っている。
が、しかし、当ても無く動くのは得策では無い。
その事実も、高槻はよく理解していた。
「待ってくれ、鳴海s……」
危う付けそうになった敬称を飲み込む。
年齢を明かされても、殆ど年が同じという事実は今一ピンと来ない。
しかし、それは今は無関係。
民家を出て行こうとする鳴海を呼び止め、高槻は言葉を続けた。
「地図を見る限り、殺し合いの舞台は広い。
当ても無く彷徨うのは、来ると分かっている仲間を待ってからの方が良い。
それに、一度別れたら次に何時合流出来るかも分からない」
表情を歪める鳴海。
「でもよォ……、高槻ッ!
こうしてただ待ってるだけなんてよォ!」
鳴海にも、その可能性が浮かんでいなかった訳では無い。
分かってはいたが、それでも動き出したかったのだ。
その気持ちも、高槻には分かる。
分かるからこそ、言える事もある。
「俺だって、ただ待ってるのなんて真っ平だ。
でも動く訳にはいかない。そんな浅はかな事をしては、余計にブラックの意のままだ。
だから」
片方だけ残った右腕でデイパックを持ち上げ、机に置いた。
「今の内に、喰っておこうッ!」
目を丸くする鳴海。
その前で、高槻は片腕で苦労しながらもデイパックから食料を取り出す。
「どうせ待つしかないにしても、その間呆けてるんじゃ無駄も良いとこだ。
合流したらまた動かなきゃなんねーんだ。待ってる間にエネルギー補給でもしようぜ」
右腕で持った惣菜パンの袋に噛み付く高槻。
首を振るった勢いで、無理矢理開封する。
片腕しか無い以上、こうするしかない。
「ああ……、そうだなッ!
いっそ、全部喰い切っちまう勢いでな!」
隻腕にもかかわらず先の為に食事を取ろうとする姿を見て、鳴海はつい笑顔になってしまった。
笑っては悪いかもしれないが、高槻が同じ目的を抱いている事実が嬉しかった。
自分のデイパックから食料を取り出す鳴海。
こちらは幕の内弁当であった。箸を使わねばならないので、隻腕の高槻にこちらが支給されなかったのは幸運だっただろう。
高槻が三つ目のパンに、鳴海が四つ目の弁当に差し掛かった。
不意に、高槻が思い出したように尋ねる。
「そういえば鳴海、ここに向かっているっていう二人は、俺達の場所を分かってるのか?」
「ああ。“目印”があるから大丈夫だよ、ダイジョー……ゲホッゴホッ!」
喉に詰まった白米を、鳴海は水で強引に流し込んだ。
○
「……うわ」
「此処のようだな」
「いや、見りゃ分かりますけどね……」
鳴海が噎せ込んだ丁度その時、紅麗と阿紫花の二人はようやく到着した。
玄関へと進む紅麗をよそに、眉を顰めている阿紫花。
その視線の先には、鳴海が用意した“目印”があった。
時には赤く、白く、青く、様々な色に明滅。
その煌々とした輝きは、次第にある文字を模っていく。
“MERRY CHRISTMAS”という、一文を。
加藤鳴海の支給品であるイルミ―ネーションが、民家の屋根を囲んでいた。
「まあ目印が無きゃとても会えやしねえんで、何か置いとこうって発想は良かったんでしょうが……。
よりにもよって、こんなど派手なもん使わんでも……兄さんらしいっちゃらしいかもしれやせんね……」
肩を竦めて、阿紫花は紅麗の後を追った。
民家に入ったと同時に、二人分の足音が近付いてくる。
その正体は、予想通り鳴海と高槻であった。
「遅えぞこの野郎ッ!」
怒りを露に声を荒げる鳴海に、阿紫花は口元を持ち上げた。
記憶を失っているようだが、こういう所は記憶喪失以前から何も変わっていない。
「すいやせんね。
よもやそんなに早くそっちの兄さんが起きるとも思ってなかったんでね。
あたしと紅麗さんは、会場の端を見に行ってたんですよ。
でもまあ見た所、そっちの兄さんはもう暴れる気無えみたいで安し」
そこまで言いかけた所で、阿紫花の口を遮るように紅麗が手を伸ばす。
困惑する高槻と鳴海だったが、阿紫花だけはその意図を読み取る事が出来た。
「……聞かせてもらおうか、高槻涼」
阿紫花に向けられていた右手を、高槻に向ける紅麗。
その長い腕を渦巻くように、紅蓮の炎が宿る。
「貴様、先程のように暴れる事は無いのだろうな」
右腕を覆う炎が、高槻の首元に伸びる。
もう数センチでも右腕を前に動かせば、炎は高槻の首を焼き切るであろう。
「おいてめえッ! そいつは」
「貴様には聞いていない」
激昂し飛びかかろうとする鳴海に、紅麗は仮面の下から鋭く睨み付ける。
そこらのごろつきではそれだけで泡を吹く視線であったが、“自動人形”と死闘を繰り広げてきた鳴海は怯まない。
舌打ちを一つ鳴らし、紅麗は鳴海に言い放つ。
「……貴様、巫山戯ているのか。
高槻涼は思い人を失った事実から目を背けた結果、力を振るうべき相手を見誤り暴れ狂った。
その事実がある以上、貴様の擁護程度で信用など出来るものか。
こいつを信用するか否かを決めるのは、この私だ。
そして場合によっては、再度の暴走を防ぐべく首を狩り落とすだけだ」
鳴海は反論出来ず、口籠った。
それでも何か言おうとして、高槻の手が口元に伸びた。
「ああ、そうだ。あんたの言った通りだ。
カツミを失った悲しみから逃げ、俺は“ジャバウォック”に身を委ねた。
倒すべき敵を見誤り、人間として進む事から逃げ……、御神苗優を殺した」
「ほう……。既に知っていたか」
「でも、俺はもう逃げない。逃げたくない。人として生きたいんだ。
カツミが信じた俺の道から、もう足を踏み外したくない」
数刻の間を置き、紅麗は手を引く。
その動きに連動して、高槻の首元に伸びていた炎が消失する。
「そうか。ならば良い。精々、好きにしろ。
暴走しないのならば、貴様がどう動こうと知った事では無い。
ともあれ、貴様の持つキース・ブラックに関する情報を明かせ」
無愛想に告げ、紅麗はリビングに進む。
僅かに呆然としてから、それに続く三人。
「……ああ。そういえば高槻涼、貴様その腕、再生能力が効いていないようだな」
不意に足を止めて、紅麗は高槻の右肩を指差す。
本来腕が伸びているはずの箇所に腕は無く、付け根には布が巻かれている。
「望むならば、止血しても良いぞ」
再度、紅麗の腕を燃え盛る炎が宿る。
常の紅麗ならば、このような提案をする事は無い。
だが、先程の高槻の宣言。
“カツミの信じた道を行く”。
この言葉に、紅麗は自身の炎に宿る女の姿を連想した。
死した同志の信じた道を行くのが、麗を率いる紅麗である。
ならば、高槻は紅麗と同じ選択をした事になる。
故に、紅麗は提案したのだ。
以降手を貸す気は無いが、一度くらいはと。
それに対し、高槻は少しばかり逡巡して決断を下す。
「ああ、頼む」
仮面の下で笑みを浮かべ、紅麗は真紅の炎を高槻の傷痕に押し当てた。
○
高槻がある少女から始まった因縁を話し終えた。
それから鳴海が“しろがね”について、そして紅麗が所々ぼかしつつ“魔道具”についてを語る。
そして、静寂が広がる。
考え込むように沈黙していた紅麗が、口を開く。
「高槻の話ではキース・ブラックの目的は“高槻涼の絶望”らしいが、そうではあるまい。
それを目的としているにしては大がかりすぎるし、赤木カツミを殺害するのも早すぎる」
頷く高槻。
あの状態でアリスから遠ざけられたのも、よくよく考えてみるとおかしい。
「“プログラム”。そう呼称しているからには、何かしらの目的がある筈だ。それを探らねばならない。
まず考えられるのは、“殺し合い自体”が目的という可能性。しかし、これも考えづらい」
一人首を捻る鳴海。
放置して話を続けようとして、紅麗はやめる。
阿紫花と高槻が、必ずしも紅麗と同じ考えを抱いているとは限らない。
違った場合に、その意見も聞いておきたい。一応説明をしておいて損は無い。
「何故なら、単純に“ぬるすぎる”。
外そうとすれば爆発する首輪を嵌め、易々と脱出のしようがない結界内に閉じ込め、一定時間ごとに舞台は狭くなる。
殺し合うしか無い……そう思いこみかねないが、違う。
“殺し合いだけを強いていない”。この条件ならば、“殺し合い以外の事をする”には十分すぎる」
はっと目を見開く鳴海。納得したようだ。
「そういう事かッ! 殺し合いをさせたいなら、この会場は広すぎるぜ!」
「それに、長すぎやすね。禁止エリアなんててもんがあるにしても、会場の全てが禁止エリアになるまで三日はかかる。
せっかく首輪なんか付けてやがんだ。殺し合わせてえんなら、もっと狭い場所で制限時間でも決めてやりゃあいい」
「そういう事だ。
我々を集め、気付かぬ内に首輪を嵌め、会場の各地に転送し、これほど巨大な結界を張る。
それだけの能力を有していながら、殺し合いを強いるにしては雑すぎる」
そこまで導き出して、またしても沈黙。
真の目的を探し出すにしても、情報が無さすぎる。
「殺し合い……とは、キース・ブラックにとっての何なんだ。
真の目的を隠す為の蓋に過ぎないのか、こうして閉じ込めた俺達を混乱させる爆弾なのか、真の目的に関係しているのか……」
「断定は出来んが、無関係とは考えづらいな」
渋い表情の高槻に、仮面で表情を窺えぬ紅麗が答える。
「殺し合い自体が目的なのではなく、殺し合わせた結果に得られる何らかの成果が目的か……」
とはいえ、何を得られるというのか。
紅麗は思考を巡らすが、結論は出ない。
鳴海はもはやちんぷんかんぷんらしく、ひたすら難しい顔で首を傾げている。
阿紫花に至ってはもう考えるのをやめているらしく、天井を見上げて呆けている。
高槻はまだ脳を働かせているが、唐突にそれは切り上げられる。
「……ッ!?」
体内のARMSコアが共振を捉えたのだ。
【F-4 民家/一日目 朝】
【高槻涼】
[時間軸]:15巻NO.8『要塞~フォートレス~』にて招待状を受け取って以降、同話にてカリヨンタワーに乗り込む前。
[状態]:左二の腕から先を喪失(処置済)、スーツ@現地調達
[装備]:基本支給品一式、支給品1~3(未確認)
[道具]:なし
[基本方針]:人間として、キース・ブラックの野望を打ち砕く。
※左腕喪失はARMS殺しによるものなので、修復できません。
【加藤鳴海】
[時間軸]:20巻第32幕『共鳴』にて意識を失った直後。
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、支給品0~2(確認済み)
[基本方針]:仲間と合流し、殺し合いを止める。戦えない人々は守る。
【阿紫花英良】
[時間軸]:20巻第33幕『合流』にて真夜中のサーカス突入直後。
[状態]:健康
[装備]:形傀儡@烈火の炎、キャプテン・ネモ@からくりサーカス、ヒヒイロカネ製の剣@スプリガン
[道具]:基本支給品一式、支給品0~1(確認済み)
[基本方針]:とりあえず紅麗についていく。
【紅麗】
[時間軸]:22巻210話『地下世界の消滅』以降、SODOMに突入するより前。
[状態]:脇腹に傷(処置済み)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式+水と食料一人分、支給品0~2(確認済み)、首輪(優)、優のメモ付き名簿、ジャバウォックの爪×3@ARMS
[基本方針]:プログラムを破壊し、早急に帰還する。そのために役立つ人物や情報を手にしたい。染井芳乃を捜索。
【支給品紹介】
【イルミネーションセット@現実】
加藤鳴海に支給された。
クリスマス用の物。
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*時系列順で読む
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*キャラを追って読む
|067:[[日常――変わらぬ朝]]|阿紫花英良|100:[[100話到達記念企画、首輪の謎に迫る!]]|
|~|紅麗|~|
|089:[[溢れた感情は単純に]]|加藤鳴海|~|
|~|高槻涼|~|
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