不敵さを胸の奥に
東の空が白く輝き始め、朝の兆しが垣間見える。それは、光が天を覆いつくす黒に抗っているようだ。
そんな光景を横目で見て、ギレンは時刻表示に視線を移す。もうすぐ定時放送の時間だった。
彼が次いで行った動きは、コクピットに並ぶ機器を操作する動きだ。
手早く、的確に操作を済ませると、まだ暗い草原に跪いたナウシカに変化が生まれる。
フライトユニットが稼動し、低音を立て始めたのだ。ゆっくりと浮上していく機体を、ギレンは地面スレスレで停止させる。
そのままの高さを保ち、ナウシカは移動を開始する。ホバーのような動きで、進むのは南の方角だ。
山間での戦闘から、かなりの時間が経過していた。
とりあえずあの場から撤退してからは、B-7の草原、山地付近に彼は腰を落ち着けていた。
少なくとも夜の間は、下手に身を隠すよりも平原のほうが安全だと彼は判断していたのだ。
夜間は昼間以上に、身を隠せそうな場所に人が集まる可能性が高い。
単純に遭遇率は高くなるし、もしゲームに乗った者が自分のように考えるなら、そういった場所を捜索し、襲撃するはずだ。
そうなった場合、逆に身を隠せるような場所の方が危険になる。
こちらが見つかりにくいのと同様に、相手を見つけるのも困難になるからだ。
だから、ギレンはあえて草原で夜を過ごした。山地寄りの位置を選んだのは、もしもの場合に撤退するためだった。
その考えが正しかったのか、少なくともギレンは誰とも遭遇することはなかった。
そして今、ギレンは山地を進んでいた。
まだあたりは暗いが、禁止エリアのこともあり、定時放送をきっかけに動き出すものは多いだろう。
そのため、今のうちにあたりの偵察をしておきたかった。岩が剥き出しになった地表の上を、ナウシカが滑空する。
山の中腹あたり、正面に見えた大きな岩を東側に避ける。
上空の戦艦から散布し続けられているのか、相変わらずミノフスキー粒子が濃い。
そんな中、レーダーが反応した。すぐさま、ギレンは移動を止める。数は2。彼我距離は近い。
ギレンは油断なく、反応のある方へカメラを向ける。まさにその瞬間。
『そこの機体、応答して頂きたい。こちらに交戦の意志はない。繰り返す。応答して頂きたい。こちらに交戦の意志はない』
聞こえてきた声は、おそらく初老の男のもの。位置は、レーダーが反応を示したポイントからだ。
ギレンはそれを聞き、ゆっくりとそちらへと近づいていく。フライトユニットは使わず、徒歩で距離を詰める。
「そう言われてすぐに信用出来るほど、このゲームは甘くないようだが」
答え、ギレンはナウシカの足を止める。山肌の上、真正面に二つの機影が見えた。
一つは恐竜のような様相をした、巨大な機体だった。
砲塔やブリッジのようなものが見えることから、ギレンは空母のようなものだと推測する。
ほとんどの者は、その圧倒的な存在感を誇る空母に強いインパクトを受けるだろう。だが、ギレンは違った。
それよりもむしろ、その側に佇むもう一機の機体に目を引かれていた。
トリコロールカラーに、角のようなアンテナ、両眼タイプのカメラが特徴的な機体だ。ギレンはそれに酷似した機体を知っている。
そう、地球連邦が開発した高性能モビルスーツ“ガンダム”だ。
ギレンの知っている“ガンダム”とは違った点は多いが、同じタイプのモビルスーツだろう。
認めたくはないが、その性能は身に染みて知っている。
だから、敵には回したくなかった。可能なら、手駒として、あるいは自ら使いたいところだ。
ギレンは油断なく二つの機影の様子を窺う。
しばらく待ったとき、“ガンダム”のコクピットが開いた。そこから出てきたパイロットは少年だ。
それとほぼ同じ、空母から一人の、眼鏡をかけた男が姿を現した。先ほど通信を送ってきたのはこちらの男だろう。
「これで、信用してもらえますか?」
その言葉は、少年が言ったものだった。その声を聞いて、そして彼らの行動を見て、ギレンは一瞬だけにやりと笑みを浮かべる。
それをすぐに消すと、ギレンはコクピットを開けてその身を晒す。
風が少し吹き、目の前の少年、“ガンダム”のパイロットの髪が揺れた。
「すまない。前にいきなり襲撃を受けたことがあってな。少々疑心暗鬼になっていたようだ」
答えると、少年は微笑んで首を振る。視線を男へと向けると、男も頷いていた。
「お聞きしたいことがあるんです。よろしいでしょうか?」
聞こえてきたのは少年の声だ。ギレンはそちらに目を向ける。
「ああ、構わない。こちらも情報は欲しいのでな」
ギレンは、特に表情も変えずに口を開く。だが、心の中では不敵な笑みを浮かべつづけていた。
「――なるほどな。知り合いを探しているというわけか」
二人の話――とはいえ、全て少年が話したのだが――を聞いたギレンは確認を取った。
尋ねられた名前はリオ=メイロン、タシロ=タツミ。
そして、アラド=バランガと関連のある(おそらく)少女。
「残念ながら、誰にも心当たりはないな」
ギレンが首を横に振ると、少年は残念そうに呟いた。
「そうですか……。ありがとうございます」
ギレンは少年に頷く。そして、今度は逆に質問を投げかけることにした。
「貴方方は、共に行動を?」
「ええ。前回の放送後から共にいます。とはいえ、ここに留まっていただけですが」
「では、私も共に行動させて貰えないか? 仲間がいたのだが、別行動している間に殺されてしまってな……」
沈痛な面持ちを作って言った言葉に、少年が反応する。
「あなたも、なんですか」
ギレンは眉を持ち上げ、少年の顔を見る。彼は悔しさを隠し切れないような表情をしていた。
「僕もそうなんです。アラドくんと別れて、その間に、彼は……」
少年はそこで言葉を切る。否、切った、というよりも続けられなかったと言うべきだろう。
「……そうか。君も、か」
ギレンはいくらか声のトーンを落とす。無念さを声音に乗せるように。
ギレンは表情に翳りを持たせる。悔恨を目の前の二人に見せるように。
「お互い、辛い想いをしたようだな」
少年が首肯するのを見て、一度言葉を止める。そして少年の方を見据え、続きを告げた。
「これ以上、このような悲しみを増やすわけにはいかんな。急ぎ君たちの仲間を探し出し、それから今後のことを考えようではないか。
もちろん、私は協力を惜しむつもりはない」
一息に言い終えた言葉が、全て真実という訳ではない。
あまり動き回るのは得策ではないと思うし、彼らの探し人が“使える”かどうかは分からないのだ。
だが、ギレンはそういった腹の内を全く感じさせることなく言い切って、少年の返答を待つ。
「ありがとうございます。よろしく、お願いしますね」
それが功を奏したのか、少年は微笑を浮かべていた。彼の言葉に答えることなく、ギレンは少年からもう一人の男へと視線を移す。
ギレンは気付いていた。男はずっと黙ったまま、こちらの様子を観察していたということに。
眼鏡の奥、こちらを鋭く見つめる瞳と目が合う。それを見て、ギレンは尋ねる。
「私が共に行動するのに、何か異論でも?」
男の答えは、すぐには返ってこない。男の視線を受け止め、怯むことなく視線を返す。
無言の、睨み合いのような雰囲気が少しの間そこに張り詰める。緊迫した様子がその場に作り出される。
数秒の沈黙。そして。
「……いえ。よろしくお願いします」
それを破ったのはギレンではなく、男だ。だが、言葉とは裏腹に彼の目にはまだ鋭さが残されている。
「感謝しよう。こちらこそよろしく頼む」
そう答えながら、ギレンは思考を巡らせる。
(この男、油断ならんな。だが――)
ギレンはちらりと少年の方を見やる。
(当座、手を出してくることはすまい。少なくともこの少年がいる間は、な)
この少年は、既に自分を信頼しているだろう。そのため、男が下手に手を出してくれば、少年の信頼を失うことになる。
無論、こちらから手を出すつもりはない。せっかく手に入った手駒なのだ。それをむざむざ失うなど、あってはならないことだ。
例え相手がこちらを信用してなくても、利用出来ないということには繋がらない。
所詮、駒であることに変わりはないのだ。
「では放送が終わり次第、仲間を探しに行くとしよう。
――そういえば、自己紹介がまだだったな。私はギレン=ザビだ」
ギレンは言いながら、二人に笑みを向ける。
朝日の輝きを受けたその顔には、彼が胸の奥に秘める不敵さは微塵も見られなかった。
【ギレン・ザビ 搭乗機体:RX-7ナウシカ(フライトユニット装備)(トップをねらえ!)
現在位置:B-8山地
パイロット状態:健康
機体状況:無傷
第一行動方針:手駒として使うため、放送後にリオ、タシロ、アラドの
大切な人(ゼオラ)の捜索
第ニ行動方針:可能な限り手駒を増やす。
最終行動方針:まだ決めてない
備考:副長をやや警戒】
【リョウト・ヒカワ 搭乗機体:ウイングガンダムゼロ(新機動戦記ガンダムW)
パイロット状態:健康
機体状態:小破
現在位置:B-8山地
第1行動方針:放送後にリオ、タシロ、アラドの大切な人(ゼオラ)の捜索
最終行動方針:仲間を集めてゲームから脱出】
【副長 搭乗機体:メカザウルス・グダ(ゲッターロボ!)
パイロット状況:健康
機体状況:外壁一部損傷、砲塔一門損傷、恐竜ジェット機1/4損失
現在位置:B-8山地
第一行動方針:放送後にリオ、タシロ、アラドの大切な人(ゼオラ)の捜索
第二行動方針:首輪の解除ができる人物を探す
最終行動方針:ゲーム脱出
備考:共に行動はするが、ギレンをやや警戒】
【二日目 5:40】
最終更新:2008年05月30日 06:04