The Hero  ◆i9ACoDztqc




「うーん……ここどこー……? おふろー……」
「おっ! 目が覚めたか!」

あの場にいては、もしもあの悪人が再び襲いかかって来た時、この少女が危ない。
動けない相手を守るのは、ヒーローの務めだが、まず少年少女を安全な場所に運ぶのも大切なことだ。
そう考え、ガイアガンダムを抱えたままガイはゆっくりと移動していた。
目指す場所は、ひとまず人が集まりそうで、かつもしも少女が怪我していた場合の治療のための道具もありそうな基地。
こう見えても、ガイは元宇宙軍パイロット。軍人として応急救護やもしもの時のトラブルシューティングは一通り習得している。

ぼんやりとした調子で目を掻く少女をモニターで確認し、とりあえず危険な状態でないことを見てから
ガイアガンダムをそっと地面にガイは降ろす。すると、ガイアガンダムは変形して完全な犬型になった。

「うぇ……?」
「起きたみたいだな! もう一度名乗るが俺の名前はダイゴウジ・ガイ! 燃える魂の男だ!」

まだぼけーっとする少女に対して、いつものテンションで激しく自己紹介するガイ。
よく名前を間違えられる(というか、本名が違う)ため、何度も同じ人に名を名乗ることが多いガイには、毎度のことだ。

「えーっと……わたし、プル!」

とりあえず相手が名乗ったから自分も名乗っとこう、みたいなノリで元気よく挨拶する少女――プルにガイは頷く。
少年少女たるもの、やはりこのくらいの元気があるべきだ!とガイ的な感覚では、なっている。
沈んでいるのは何かよくない証拠。それを取り除くのが漢の仕事だが、ないに越したことはない。

「怪我はないみたいだな! よか……っとどわああああ!?」

親指を立ててプルに熱い笑顔を向けようとするガイだったが、咄嗟にその手に握る操縦桿を動かす。
そのすぐ直後に、アクエリオンがいた場所にガイアガンダムのビームキャノンが通り過ぎた。
額に流れる一条の汗。だが、ガイは華麗に転げながら(転げた時点で華麗かどうか実に疑問だが)も機体を立ち上がらせる。

「ストーップ! ストップだ! 俺はあの悪漢じゃあぬぁい! 俺は、君の味方だッッッ!!」

意味もないがガイ節全開のボディランゲージを、そのままアクエリオンが伝える。
そんな動きに面食らったのか、単純に様子を見ているだけなのか砲撃が止んだ。

「嘘……! みんな殺さないと帰れないって、あのワカメの人が……」
「心配ない!!!」

プルの台詞を絶叫で遮り、ガイは語る。
そりゃもう、自分の持論を世界不変の法則であるかのごとく。

「あのヴィンデル・マウザーの悪事はこの俺! ダイゴウジ・ガァイ!が打ち倒す!!!
 この世に悪が栄えた試しなし! 君だって好きで戦ってるわけじゃあない! 
 俺たちのような考えの仲間の力を集めれば、シャドウミラーの一つや二つや三つや七つ!
 だ! か! ら! 心配ご無用だァァァァァァ!!」

真っ白い、しかも歯並びのいい歯をきらりと見せ、親指を立ててサムズアップした姿を通信用のカメラに近づけるガイ。
ご丁寧にアクエリオンまでサムズアップ。いきなりドアップになった暑苦しい男の顔に、プルが吹きだした。
初めて見るタイプの人間の、なんだか良く分からないが「そうだったのかー!」と言いそうになる勢い溢れる言葉に、
プルがぽかんとするしかないのも仕方ないだろう。

だが、ガイはそんなプルの姿に微妙に不満そうだったりする。
ガイとしては、そこで打てば響くみたいな調子で納得して欲しかったわけだ。
常識的に考えるとガイのそんなノリについていけるのがそうそういるわけがないのだが、それを指摘する人間はない。
というか、こんなテンションとノリに常時ついていける人間一杯いたら怖い。

ともかく、不満なガイが次に何をしたか。
プルの気持ちを推し量り、いったん引いて冷静に説得しなおしたか?

――否。

ガイが至った結論は一つ。
少女に納得してもらえるほど『 熱 血 が 足 り な い 』というものだった。
すっとガイは、胸の内ポケットに入ってるものを取りだす。彼のポケットに入っているものは、ゲキガンガーの超合金、
そして――カセットテープ。再生ボタンを、今渾身のストレートを投げんとするピッチャーのように振りかぶって押す。

――カチッ

シュルシュルとカセットテープが引っ張られ巻きとられる音が少しした後、軽快に流れ出す音楽。
アップテンポな曲調の、女性ヴォーカルの声が、二機を包む。


     復讐の悪魔が目を覚ます~♪ 滅びを呼ぶ~鐘の音~♪ ゲッP-……


「ちがぁぁぁぁぁう!! 早送り!」

キュルキュルキュルキュル

「よし、そろそろだな!」

軽快な、それでいて熱い旋律が流れだす。


夢が明日を読んでいる♪ 魂の叫びさレッツゴーパッション♪ 
              いつの日か平穏 取り戻せこの手にレッツゴー……


歌う声まで熱血したこの音楽こそ、ガイが神曲と崇める「レッツゴー! ゲキガンガー3」。

「ゲキ・ガンガースリィィィィィィィィィィ!!」

拳を振り上げ、叫ぶガイ。
さらに、さっきよりも激しく身振り手振りを入り混じらせまくり、語る。

「あのヴィンデル・マウザーの悪事はこの俺! ダイゴウジ・ガァイ!が打ち倒す!!!
 この世に悪が栄えた試しなし! 君だって好きで戦ってるわけじゃあない! 
 俺たちのような考えの仲間の力を集めれば、シャドウミラーの一つや二つや三つや七つ!
 だ! か! ら! 心配ご無用だァァァァァァ!!」

決まった、という感覚がガイを包む。バックにゲキガンガーのBGMをつけたこの叫びが届かないはずがないという確信。
さあどうだ!という気持ちを込めてプルをガイは見据える。すこしまだ驚いた調子でガイを見ていたプルだったが……
不意に、その口元がゆるむ。

「あはははははははっ!! おじさん、おもしろ~い!」

身体をくの字に折り、片手で腹を抑えながらプルはガイを指さした。形容抜きで、本当に涙が出るほど笑うプル。
なんだか微妙に期待したベクトルは違う笑顔だったが、とにかく元気になってくれてなんだか知らんがとにかくよし!ということにガイはした。

「まあ、そう言うことだ! 殺し合いなんて馬鹿らしいぜ! ゲキガンガーの歌を聞けぇ!ってやつだ!」
「はーい、わかった! ……あ、でも……」

元気よく腕をまっすぐ伸ばし、返事をプルはするが、すぐに俯いてモジモジしだした。
ゲキガンガーを擦り切れるほど見ているガイには分かる。これは、子供が隠し事をしている時の反応である。

Q なら、どうしますか?

「なに、何があったか知らないが気にするな!」

A 熱血に聞いて、熱血に許す。

「う~ん……ほんとうに怒らない……?」
「もちろんだ! 俺を誰だと思ってやがる! 海よりも高く山よりも凄い心の持ち主だ!」
「よくわかんないけど……えとね、」

ナイス笑顔を崩さないガイ。

「実は、さっき攻撃したのわたしが先……だったり……? それで、あの赤い子が横から助けようとして……」

ナイス笑顔のまま、顔が引きつって固まるガイ。

「な、なんだってぇー!?」
「あ、でも全然怪我とかさせられなかったし……きっと大丈夫!」

笑顔凍結。

10秒。

20秒。

30秒。

「だだっだだだだっだだ大丈夫だ! それくらいの誤解誰だってある! うろたえるな!」

プルに言ってるんだか自分に言ってるのか分からないが、ともかく動揺しまくりのガイ。
というか、あの赤い機体はプルをあしらう程度でほとんどダメージを受けてなかった。
だが、それに向かって必殺ゲキガンズームパンチを叩きこみ、結構なダメージを与えたのはガイなわけで。
単純な与えたダメージ量は、ガイ>(越えられない壁)>プルだったり。

「大丈夫だ! さっきも言った気がするが! 誤解を乗り越えて真の絆は生まれるし、手を取り合うことだって出来る!
 これもほろ苦い青春の味ってやつさ! そうだろ、プル!?」
「せいしゅんってなーに?」
「まあ熱血だ!」

しかし、そこはいつもの超ポジティブシンキングでどうにかなったことにするガイ。

「とにかく会ったら謝ること! 俺も一緒に謝るから! な!?」
「うん、わかった!」

ごまかしがてらにカセットテープの音量を上げつつ、遥か遠くの基地を指さし、ポージング。
そんなガイを見てプルはカラカラと明るい笑みを作っていた。






だが、ガイは知らない。
誤解を解くべき相手が既にこの世から去ってしまっていることを。
そして、向かう基地には死の天使が待っていることを。






基地へ近付いてくる二つの機影。
それをウィングゼロから翔子は静かに見つめていた。
人を殺すことに、慣れたわけじゃない。殺し合いとか、戦いに慣れたわけでもない。
しなくて済むのなら、そのほうがいいって普通の考え方を捨てたのも違う。

けど、しなきゃいけないから。
一騎くんを守らなきゃいけない。もう自分は約束を守る資格もないのかもしれない。
それでも、守りたい。帰るところを守れないなら――せめて一騎くんだけでも。

最初のきっかけは、皆城くんからだった。
二度目の時は、宇宙から砲撃した。そして上がってくる相手ともみ合って、無我夢中でやっている間に撃墜した。
思えば、こうやって落ち着いて、相手の姿を見て撃つのは初めてだ。
必死になっている間は、相手の姿を見なくて済む間は、引き金の重さも忘れられた。
自分が撃ってきた引き金の重さを改めて感じる。

けど、やめるわけにはいかないのだ。
もう引き金は何度となくひかれ、二人も自分は殺してしまった。
あっけなく。ただ、引き金を引くだけで。一騎くんを守るため、なんて言っても納得してくれないだろう。
自分だって、見知らぬ誰かのために死ね、なんて言われたら嫌だから。

痛む身体も、簡単な検査で丸一日は持つ、と分かった。
ここにいる限りはどれだけ無茶をしても大丈夫だ。

「一騎くん……ごめん……」

そして今も、引き金を引く。その重さに戸惑いながら。




零れた謝罪は誰がために。






「なにかくる……!」

プルのその呟きがきっかけだった。

「何か来るって何がだ……うおっ! ゲキガンジャァァァンプ!!」

プルの言葉に気を止めた一瞬後、大型で目立つアクエリオンに向けて何かが飛来する。
一発の号砲。近付く基地の施設から放たれた、金色極太で超威力のビーム。
距離があったが故に、戸惑いもしたがガイは横っ跳びで冷静に回避した。
だが、攻撃の発射地点はまだ距離があって掴みきれない。

「くっ! 場所が分からなきゃズームパンチも使いようがねえぜ!」

姿勢を低くしながらも、まっすぐ基地へ走るアクエリオン。
その前を行くように、大地に四肢をつけてガイアガンダムが疾走する。
その足取りはぶれがなく、一点を目指していた。

「あっち! あの隙間!」

プルが指さす地点を見れば、基地施設の隙間に何かが動いているのが分かる。
すげえ観察眼か、カンだとプルの発見に内心驚きながらも、そこへ機体の進路をガイも変更。
先行するガイアガンダムが走りながら背中のビームキャノンをせり出させ、そこに向けて連射する。
白の中を混ぜた光が基地の倉庫に突き刺さり、けたたましい音と土煙を上げた。
だが、相手はそうすることを既に『知っていた』かのように空へ飛ぶと、跳びあがりながらも胸のマシンキャノンを発射した。
目標は、プルを向いている。回避が難しいタイミング。しかも、ガイが庇うような行動を取る時間もない。

どうする、どうする俺!? と思うガイ。
しかし、そんなガイの思いとは裏腹に、プルもまた『知っていた』かのようなタイミングであっさり回避した。

「そんなの当たらないよ!」

――回避した。
たしかに、回避した。
だが――即席で構えられるようには見えない巨大なライフルが、既に発射されていた。
それでもなお咄嗟に回避するプル。だが、地面に着弾した強烈な一撃は、いとも簡単にガイアガンダムを爆風で吹き飛ばす。
なんつう読み合いだよと感じながらも、アクエリオンの伸ばした腕が、ガイアガンダムをキャッチ。
一気にその胸元へ引き寄せる。

「おい、大丈夫か!?」
「う、う~ん……さっきのいまだから……ちょっときぶんが……」

爆風で地面を何度に横回転した上で、アクエリオンの強烈な引き寄せ。
内臓などを強化人間として改造してあるプルでも、さっきまでの気絶との合わせ技一本で目を回している。

改めて相手の機体を睨み据えるガイだったが、

「すげえ……天使ロボってやつか……!」

快晴の雲一つない空に浮かび上がるは、白い純白の羽をはばたかせ、大地に羽を降らせる青のロボット。
その彫像のような美しさは、ガイが考える美的センスとは外れていたが、それでも感心させられるものがあった。

「腕が伸びた……嘘……!?」

その機体から洩れる声も、ガイの想像通りの声。
ひとまず通信を開くガイの目に映ったのは、サナトリウムのような施設が似合う、華奢な少女の姿だった。
軍などのパイロットの若年化が叫ばれるのはガイも知っているが、それを差っぴいても若い。
おそらく、せいぜい中学生といった年齢。とてもじゃないが、好き好んで戦いなどをするようには見えなかった。

両手でガイアガンダムを抱えている以上、戦闘など到底できない。
ビーム砲は使えるかもしれないが、さっきの動きをみるにこっちの足を止めるだけで到底当たるとは思えない。
そもそも、自分たちは戦いに来たわけではないのだ。
そのことをガイは胸にすえると、ウィングゼロに声を張り上げる。

「待て待て待て! 俺たちは君を襲おうって思ってるわけじゃない!
 別に殺し合いに乗ってるわけでもないし、仲間を求めて来たんだ! 銃を納めてくれ!」

だが、返答に帰って来たのは、手に持つ長大なライフルの一撃。
再びそれを回避しながらも、ガイは言葉を止めない。

「不安なのはわかーる! だが、心配無用だ! 殺さなきゃ生き残れない、なんて考えてるなら無用だ!」

なおも続く攻撃。
撃ちだされる大量のバルカン砲。

「俺たちみたいに殺し合いなんてまっぴら御免の連中がほとんどだ!」

相手の攻撃をひたすら回避し、なお言葉を紡ぐ。

「手を取り合えば皆生き残れるんだぜ! それこそ、会場丸ごと大脱出だ!」

その言葉に、一瞬、相手の動きが止まる。
きっかけゲットと内心沸く気持ちを抑え……ることをせず、ガイは説得する。

「そうだ! 人を殺すなんていやだろ!? みんなで手を取り合って、シャドウミラーを倒して帰るんだ!
 正義は必ず勝つ! ハッピーエンドってのはそういうもんだ!」

空に浮かんだまま、身動ぎするウィングゼロ。
迷っているのが、よくわかる。その動きを、固唾を飲んで見守るガイ。
きっと、届いた。そう信じながらもガイは待つ。


だが、ウィングゼロから帰って来たのは―――――


「……わかったようなこと…言わないで……!」

完全に虚を突いたバスターライフルの一撃。
なおも回避する技量の高さはガイだからこそではあったが、その余波は容赦なくガイアガンダムの時と同じように
アクエリオンも盛大に転倒する。手から投げ出されたガイアガンダムとともに、地面に二機が倒れ伏す。

「うがああああ!?」

常人なら、ここでウィングゼロと的と判別し、攻撃を仕掛けただろう。
だが、ガイは違った。

つらさを隠すような、憎さを含むような、そんな絞り出した声だった。
再度放たれる銃弾の雨。拒絶の言葉を受けて、ガイはどうするべきかを考える。
考える。考える。考えて、考えて、なお考える。そして至ったことは。




「分かった! 俺が! 君を! 助ける!」



プルと翔子がポカンとするような台詞を大真面目に叫ぶガイ。
だが、これはガイからすれば当然のことなのだ。
『ガイ(=ゲキガンガー)の中では』彼女のような可憐な少女が殺し合いに乗るなどあり得ない。
『ガイ(=ゲキガンガー)の中では』何かしら理由があって、仕方なく、恐怖に駆られてやっている以外あり得ない。
『ガイ(=ゲキガンガー)の中では』そんな少女を撃墜するという選択肢はない。

二機が離れて倒れたのを見て、ガイアガンダムにとどめを刺さんとビームサーベルを手に降りてくるウィングゼロ。

それに対して、ガイのやったことは。

「ゲキガァァァァァァァン・プッシュッッッ!!」

今まさにプルに対して振り落されんとしたビームサーベルが空を切る。
倒れたアクエリオンが放った無限拳がガイアガンダムを押し、どこまでもどこまでも運んでいく。
腕が、小さくならないマトリョーリカだかどこかの国の民芸品のように伸びていく様子に翔子も唖然とする。

「うぇ、えええええええええええ!?」

ドップラー効果付きの叫びとともに飛んでいくプル。
そのまま腕の先が伸びていき、ガイアガンダムは見えなくなってしまった。
それを横目にアクエリオンが動きだす。

「さっき……つらそうだったのは……何か理由があるんだろ……?
 何かやっちまったっていうのなら、気にしなくていいぜ。俺も、プルも多分同じことをやっちまったからな」

アクエリオンが腕を引き戻し、伸ばしていない腕で膝を支え立ち上がる。
今なお、ガイの闘志に陰りなく、アクエリオンもまた健在。

「けどな……悩んでる暇あったら、頭下げて手を取り合うほうがいい! 俺はそう思う!」

ガイの握る操縦桿の動きを、伸びるワイヤーを通し、正確にアクエリオンが再現する。
ウィングガンダムゼロカスタムへ、アクエリオンの燃える瞳とまっすぐ伸ばした指が向けられる。

「だから君が攻撃を仕掛けたことを、俺は絶対に君を許す! 
 んでもって、もうそんな悲しい思いしないように助けるってことだ!」

そう言ってファイティングポーズをアクエリオンがとる。
逆に、ウィングガンダムゼロカスタムが気圧されるように後ろに下がっていく。
自然と、ガイから距離を翔子は取ろうとしていた。

「この人……なに……!?」

翔子が感じているのは、ガイに対する後ろめたさだけではない。
今の翔子が感じているのは、他でもない恐怖だった。理解できないものへ、恐怖するのは人間として当然だ。
だが、目に前にいるのは人間だ。話も通じるし、言っている意味も翔子が理解できないものではない。
なのに、何故これほど翔子が恐怖を感じるのか。

それは、本質的にダイゴウジ・ガイという男がメンタルにおいて人間を超えているからだ。

ダイゴウジ・ガイが翔子を助けると言う理由。
こんな少女が殺し合いに乗るはずがない、だから俺が助ける。
恐ろしいまでに殺し合いという観点では外れている。
理由が薄っぺらい。まるで生きている人間ではなく、お話か何かの主人公のように単純だ。

だが、だからどうしたというのだろう。

ガイには、そんなことは関係ない。
ガイは信じている。この世界のどこかに、絶対の悪がいると。
それは木星蜥蜴であり、この場で言うなら他でもないシャドウミラーがそうだ。
だが、同時に同じくらい、固くガイは信じているのだ。
邪悪なロボや邪悪な外見をしていなければ、誰もが正義の心を持っていて、手を取り合いシャドウミラーと戦うことが出来るのだ、と。
ましてそれが少年少女ならばさもあらんや。言うまでもなし。

すぐに誰しも人間は他者を疑う。
それがありもしない幻想を生み出し、本来ならあり得ないはずの方向へ一歩を踏み出させる。
ある意味、この殺し合いの肝もそこにある。そうでなければ、殺し合い自体が成り立たなくなる。

だが、ガイにはそれがいない。
ある意味で、確かにガイは通常の人間からすれば壊れているようにも見えるかもしれない。
だが、だからこそヒーローでいられる。ヒーローのようになれると夢見る男ではなく、本当にヒーローの素質を持っている。
この殺し合いにおいて、容易く失われる究極の善性を、ガイは備えている。

「おっしゃああああああああっっ! 多少手荒い方法になっちまうが、今ならいけるぜ!」

守るべき相手はおらず、ただ全力で戦うのみ。
食いしばる歯が火花を散らし、生まれた技はまさしく必殺。
走り出したアクエリオンの動きを、ゼロシステムが読み取り、翔子に教えてくれる。
だが。それに反応するのに翔子は一拍時間を要した。何故なら。

「――えっ!?」

明らかに翔子の予想を、というより常人の予想を遥かに超えた戦法だったから。
走り出したアクエリオンの伸びた腕が、ゼロカスタムより前の地面に突き刺さる。
その勢いのままつっかえ棒となった腕の作用で空高く舞い上がったアクエリオン。
さらに腕を伸ばし高く空中に舞い上がると同時伸びた腕をひねる。太陽と重なる位置で、ソーラーアクエリオンの身体が横に回転する。

「ゲキガァァァァァンスピンキィィィックッ!!」

月⇔地球間ほどではないにせよ、超・超高度からの摩擦熱でアクエリオンの足が赤熱化するほどの蹴り。
翔子は、空に飛びあがり蹴りのコースから離れた。ゼロシステムは蹴りを当たらないことを教えてくれる。
だが、それでも警告は止まらない。もっと高く、もっと高くと空を飛ぶウィングゼロと、空を走るアクエリオンが交錯する。

その一瞬後。

地面に突き刺さったアクエリオンの一撃にクレーターを作り、なお止まることはなかった。
基地のアスファルトをえぐり、さらにその下の土までめくりあげられ空を汚す。
大量のつぶてがウィングゼロへと容赦なく襲いかかった。ツインバスターライフルを唸る気流の中、アクエリオンへ向けようとする。
しかし、視界を遮られ、蹴りの爆風渦巻く中長大なライフルは支えることすら難しい。

「まさか、最初から――!?」

相手は、自分を行動不能にするだけで抑えるつもりだと言っていた。
だが、あんな一撃、当たれば砕け散ってしまう。なら、もしかしてかわされて、しかもこうなることまで予測して?
こっちが相手の行動を読むのを想定して、その次の次までかわされないように計算して?

「悪ぃが、そのままいかせてもらうぜ!」

片手を地面に突き刺し、腕という軸を手に入れたアクエリオンが、空で姿勢制御に戸惑っているウィングゼロに接近する。
そのまま、ウィングゼロに肉迫したアクエリオンの片腕をどうにか回避するが、さらに腕の軌道を曲げ、アクエリオンは追ってくる。
風が収まるまでの辛抱とはいえ、接近戦になれば機動力が落ちたウィングゼロではアクエリオンのいい的だ。
牽制にマシンキャノンを撃ちこむが、まったくアクエリオンは意に介した様子はない。

三度、四度と交錯するたび、風こそ収まりつつあるが、回避の余裕はなくなっていく。
未来予測の力を手に入れ行動する翔子を、さらに天性のカンと嗅覚でガイは追いこんでいく。

一度の出撃のまま、ここに来た翔子。
対して、正規の軍の戦闘教育を受け、浮きまくっていたが超エースパイロットと名をはせ、
『人格はともかく能力は一流』のナデシコで単騎突撃系の戦闘要員としてスカウトさせたガイ。
経験など含みそれだけある地力の差をほぼゼロに埋めるゼロシステムも凄まじいが、それでもゼロシステムを上回るのは並みのことではない。
まさしく、ガイは他でもないエースパイロットなのだ。

正拳、裏拳、掌打、回し蹴り――片手が使えないにも関わらず、正確に攻撃をガイは繰り返す。
距離を取れば翔子に軍配が上がるが、距離を詰めての接近戦でガイに敵うのは、ごくごく一部。
だが、それも機体が追従してのこと。

「すげえ……! やっぱすげえぜゲキガンガー! お前となら俺は絶対に無敵だ!」

ガイの常人離れした発想を、アクエリオンは受け止める。
振られたビームサーベル。大出力のウィングガンダムゼロカスタムのそれは、受ければアクエリオンと言えど無事では済まない。
受ければ、の話だが。かくんと、アクエリオンの身体が崩れる。腕を一関節分咄嗟に収納したことで、緊急回避を成功させた。
掴んでいた手を叩かれ、ビームサーベルが手からこぼれる。だが、翔子もその程度で攻撃の手を緩めたりしない。

「まだっ……!」

さらに左手でもう一本のビームサーベルを抜き放つ。
しかし、それを構えるより早く、再び伸ばした勢いでアクエリオンが放ったサマーソルトが、二本目のビームサーベルを弾き飛ばした。
それでも、なお動きをウィングゼロはやめない。背面羽の影にあるウェポンラックから、右手に渡された武器は、
ダリア・オブ・ウェンズディの長槍。それを一気に突き出した。
拳を使い、足も使ったアクエリオンに、この攻撃はかわせない。そう考えて、ゼロシステムを反映する前に咄嗟に放った攻撃だった。

「甘いぜ……! 必殺の拳はのけとくもんだ!」

既に、地面の支えに突き刺さっていたアクエリオンの腕が引き戻されていた。
それは、今後の空中での姿勢制御を放棄すると言うこと。ガイはサマーソルトを使った時点で、翔子が一気に仕掛けてくることを読んでいたのだ。
戦いのビギナーは、結着を焦る。そして、一度踏み出せば最後まで突っ走ろうとする。
そこを突く。

引き戻した拳が、槍の側面を叩く。三度弾かれるウィングゼロの武器。
同時に、アクエリオンが背面のブースターを吹かせ、一気にウィングゼロに肉迫する。
ウィングゼロの身体をがっちりと抑えると、そのまま自由落下に身を任せるアクエリオン。

「離して……離して……っ!」

翔子も、ダリアにやったように引き剥がそうとするが、今度の相手はダリアの倍近い身長を持つアクエリオン。
そのパワーは桁違いで、到底引き剥がせるものではない。

「悪いが、ちょっとぶっ倒れててもらうぜ! こう見えても受け身とかはだいたいできるからな!」

このまま地面に叩きつけられれば、ウィングゼロが粉々にはならないだろうが、破損することは間違いない。
翔子も気絶してしまうだろう。二度目の落下中の拘束劇。
今度こそ、翔子の詰みに思えた。



だが、地面に落下するより早く――爆音が一つ響いた。






「おいおい……またかよ。もしかして俺以外みーんな殺し合いに乗り気ってわけじゃねえだろうな」



葉巻の炎を燻らせながら、ティンプ・シャローンはそう独りごちる。
奇しくも、ガイとプルと同じように基地には人が集まるだろうと考えていたティンプ。
彼が到達した時既に基地には戦いの跡が残り、さらに今また戦いが繰り広げられていた。
ちなみに基地に到着するのがずいぶんと遅れたのは、馬を探してしたからだったりするが……まあそこは御愛嬌。
ともかく、情報が欲しいと言うのにティンプが出会ったのは、今まさに戦う二機の姿だった。

情報も欲しいが、命も惜しい。というより、命こそもっとも重要なものだ。
戦っている相手に割り込んで情報を募る? ――NOだ、NO。
そんなお人よしなことをしては命がいくつあっても足りやしない。

ならどうするか。

「答えは簡単……減らせるときに減らしとかなきゃ、あとあと苦労するのは目に見えてるんだからな。
 どこの誰かさんか知らないが、ちょっとお邪魔させてもらうぜ」

テキサスマックが、重苦しい音ともに呼び出した巨大な銃を構える。
地上の対象への使用が禁じられている程の威力をもつ、テキサスマック最大武器のハイパワーライフル。

それを空中でもみ合う二機に静かに向けた。

「じゃ、あばよ」

届くはずもない囁きとともに、人の命を奪う引き金が、驚くほどの軽さで引かれた。





――――やべえ!!


加速する感覚の中、ガイは砲弾がアクエリオンに迫るのを見つめる。
煌々と輝くその色は、その一撃にどれだけの破壊力を秘めているのかを如実に物語っている。
回避しようにも、下にいるウィングゼロを抑え込んだこの姿勢からでは動けない。
それに、仮に強引に回避できたとしても、ウィングゼロに直撃してしまう。

それでは、何の意味もない。
暗い闇に囚われた少女を見捨てて、何がゲキガンガーか。
どんな窮地も脱出できる。そう固く信じて、刹那の間にガイは思考をフル回転させた。
一瞬の間にガイの脳に焼きついたゲキガンガーの戦う姿が一気に再生される。
あらゆる危機を乗り越えてきたゲキガンガー、その戦いを思い出せば、抜けられない窮地はない。

思い出せ、熱血を。
思い出せ、ゲキガンガーを。

俺が――

「俺がゲキガンガーだ! いくぜぇ!」

アクエリオンは、現状一人でも操作できるようになっている。
それは、量産型アクエリオンに応用された堕天翅の翅を利用したシステムのおかげだ。
だが、それはあくまで合体している前提のこと。複雑な分離、合体のシステムまでも完璧に再現できているわけではない。
突発的な状況に対する柔軟な行動は、人間以外には不可能なことだ。

つまり、分離はできてもこんな状況で再合体できるかは分からない。

出来るかどうか、まったくわからない。だが、やらないよりは一千億倍ましだ。
ちょうど、歌と歌で途切れていた音楽が、再び鳴り始める。
流れるのは、ゲキ・ガンガー3第三クール以降のOP、「飛翔(はばた)け ゲキ・ガンガー3」。
ガイは、計器のボタンを迷うことなく押し込んだ。


「オープン・ガンガァァァァアアアッッ!!」

アクエリオンが分離する。
その瞬間、60mの巨体は小さな戦闘機に分散される。
それだけでは駄目だ。ガイは、三機を一気にウィングゼロに押し付けた。
短時間で地球を一周できる戦闘機の推力に押され、落下速度が一気に加速する。

迫る砲弾。

加速するウィングゼロ。

迫る砲弾。

さらに加速するウィングゼロ。

そして――砲弾が、二機の後ろを通りぬけた。
だが、これで終わりではない。加速したウィングゼロがそのまま地面に叩きつけられれば、粉々になってしまう。
空中で姿勢を制御しようと加速の中もがくウィングゼロの身体をすり抜け、三機の戦闘機は一足先に地表に。
自分が地面に叩きつけられてもおしまい。
早すぎる合体は受け止めるのを邪魔してしまう。
速度を落とす暇もない。




「燃えるぜええええええええええ!!」


だが、それでもガイを包むのは、熱い思い。
なぜなら、ガイはずっと待っていたのだから。こんなふうに、合体変形を駆使して戦い、誰かを救うのを。
ガキガンガーのように、自分が戦うのを!

無人操作のものに正確に降下、タイミングを合わせ瞬く間にアクエリオンが再び組みあがる。
本来無意味で難易度ばかりが高いと言われたエステバリスの空中換装を、何度も何度も何度もガイはシミュレーションで練習してきた。
そして、実戦でも成功させた。それは全て――――こんな瞬間のため。

「こうやって、ゲキ・ガンガー3に乗るためだろ!?」

ガイは、絶対に失敗しない。
それが、ヒーロー。

ウィングゼロを、腕を引き戻すのを使い衝撃を殺しながら正確にキャッチすると、地面にゆっくりと降ろす。
まだなにがなんだかわからず呆けている様子の少女に、プルにやったようにサムズアップ。
背後に流れるゲキガンソングとともに、もう一度。

「あのヴィンデル・マウザーの悪事はこの俺! ダイゴウジ・ガァイ!が打ち倒す!!!
 この世に悪が栄えた試しなし! 君だって好きで戦ってるわけじゃあない! 
 俺たちのような考えの仲間の力を集めれば、シャドウミラーの一つや二つや三つや七つ!
 だ! か! ら! 心配ご無用だァァァァァァ!!」

そういいつつも、アクエリオンが膝をつく。
ガイはアクエリオン本来の搭乗者、ビルからも飛び降りるような野生児のアポロとは違う、普通の人間なのだ。
当然、激しいGや回転に見舞われれば、その身体はダメージを受ける。
ウィングゼロはアクエリオンに救われたが、アクエリオン自身の分離、落下の衝撃はダイレクトにガイへ跳ねかえる。
頭がぐらぐらして、今にも倒れそうな中、それでもガイは不敵な笑みを絶やさない。

「漢ってもんはなあ……苦しい時こそ笑って見せるもんだろぉ!!」

だが、そんなアクエリオンを横に、再び銃口がこちらに向けられる。

「やせ我慢か……かっこつけるのはいいが兄ちゃん、ちぃと運が足らなかったな。
 あんたがかわせば後ろの嬢ちゃんは粉々だ。どうするんだい、ヒーローの兄ちゃん!」

通信機に映るのは、どうみて悪人面で、西部劇か何かの悪役のような格好の男。
言っていることも、悪人そのもの。今度こそ、間違うはずがない。正真正銘の、悪人。
ならば、容赦は必要ない。

再度放たれる、一撃必殺の長距離砲撃。
今から振り向いてウィングゼロを持ちあげるのは間に合わない。
真っ向から撃ち落とすのみ!


「伸びろ! ゲキガァァァン! ムゲン・フレア!!」

砲弾を撃ち落とすため、腕が伸びる。
だが、その間に早くも悪党は逃げようとしている。
自分一人では、力が足りない。
そのことにガイは唇をかむ。

だが。

その時、背後からアクエリオンの脇を抜けて砲撃が撃ち出される。
その一撃は、弾道を、弾の未来を知っているかのように正確に撃ち落した。
ガイが後ろを仰ぎ見る。そこには、銃を的に構えるウィングゼロの姿。

そのままアクエリオンを盾にすることもできたのに、しなかった。
回避しつつ、アクエリオン自体を撃つこともできたのに、しなかった。

俺の言葉が、通じた。

「おいおい、マジか……!?」
「そうさ! これが熱血って奴だァァァァァ!」
「は、だが腕を伸ばした方向が悪いってもんだ。そこから曲げても届く前にはおさらばさせてもらうぜ」
「甘い……甘いぜ! ゲキガンガーに無理はねえ!」

伸ばした腕を、強引に横薙ぎにアクエリオンは振りかざす。
本来なら、腕のほうがぽっくり根元から折れても仕方ないような無茶な軌道を、アクエリオンは実現させる。

「悪人だからって命まで奪っていい理由はねえ! だから!」

ガイの前のモニターに逆三角形のウィンドウが自然と開く。

                ゲキガンビンタ
そこに刻まれた文字は、無限叱責掌―――!!


「ぶっ飛んで反省しやがれぇぇぇぇぇぇえええええええええっっっっっ!!!!!」

相手のマシンだけでなく、途中にある木や地面すらも削りあげ、必殺のビンタがさく裂した。




「おいおい待てよ!? 
 こういう役目は俺じゃなくて三枚目なドマンジュウの兄ちゃんの仕事なんじゃないのかぁァァァァァァァァ!?」





プルの時よりも激しく、そしてアレな叫び声とともに青いの空へテキサスマックは吹っ飛んでいく。
やっぱりドップラー効果全開でハウリングしながら、キラリとティンプは消えてしまった。


「おっしゃああああ!  ざまあ見やがれ悪人軍団!」

ガッツポーズをしながらも、ガイはコクピットの外に躍り出る。
そこには、ただ静かに佇んでいるウィングゼロの姿。そこへ向けて、ガイはびっと親指を立てた。
見事に、自分はやり遂げたのだ。悪人を今度こそ撃退し、また一人助けられた。
この調子で行けば、必ず―――

「っと、うぁ……?」

緊張の糸が切れたのだろう。
先程の頭のぐらぐらが改めてガイを襲う。

「やったぜ、ゲキガンガー!」

アクエリオン――いやゲキガンガーの上に大の字にガイは転がると、ガイは達成感を感じながら気を失った。


【プル、ティンプはE-1、E-2、E-3、E-4、F-4、F-3、G-4のどこかに吹っ飛ばされました。
 どんな状況なのかはお任せします。二人が吹き飛んだ方向は別のようです】


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最終更新:2010年05月08日 05:32