巨人と獣と人間と ◆VI1alFlf1E
神とは常に平等であるとは、誰が言ったか。
神は悪人の上にも善人の上にも皆分け隔てなく恵みの雨を降り注ぎ、
また悪事を働いた者には必ず後に何かしらの形で天罰を下す。
なるほどたしかに平等だ。神とは須らくそうでなくてはならない。
しかし、残念ながら彼は知っている。
雨の降る地域がある一方で、干ばつに喘ぎ苦しんでいる地域の人々がいることを。
数多くの罪のない人々の屍の山の上に立って、何の良心の呵責もなく優雅にワインを飲んでいる輩が存在することを。
この世に神はいない。たとえいたとしても、それはただの気休めにしかならない。
すなわち、不幸な目に遭っていてもいつか神が自分を救ってくれると信じ、ひたすらに精神の拠り所とするか。
もしくは不幸な目に遭うことで誰かを呪わずにいられない場合、その手っ取り早い対象とするか。
カズマの場合は、後者だった。
「絶っっっ対俺神サマなんて信じねえぞ畜生おおおおお!」
涙目で絶叫するカズマの右手前方に衝撃波が走り、巨大な木々が何本も吹き飛ばされる。
あと数メートルこちらの方に逸れていたら確実にお陀仏だ。
ただの一度も彼女のできないまま、十七年という長いようで短かった人生が幕を閉じてしまう。想像するだに恐ろしい。
それが嫌ならば、抗うしかない。
これでも実戦経験だけは並ではない。実感はないが、二人の鬼教官にしごかれて腕も上がっているはず。
戦闘こそ忌避していたものの傭兵稼業はいくつかこなしてきたし、さらに戦線に復帰した今ならばそれなりに自分だってやれるはずだ。
人類の歴史とは常に戦って勝ち取ってきたものであり、逃げることで得られた勝利などただの一つとして存在しない。
活路は後ろではなく、前にある。やばいときほど前に出なければならないのだ!
……だがそれもあくまでケースバイケース。
後方から迫ってくる全長二十メートルはあろうかという巨大な獣型のMSに対し、『少し変わった形をした刀』一本でどうしろというのだろう。
生憎と風車に突撃したドンキホーテのような無謀さは、こちとらいくらなんでも持ち合わせていない。
故に、逃げる。逃げるしかない。
この場は勝てなくてもいいのでとにかく全力で逃げ続ける……親から貰ったこの脚のみで。
不幸中の幸いか、今この場所は森の中だ。たくさんの木々が目くらましとなり、向こうも正確にこちらの位置を把握しきれていない。
どうやらあの黒いMSに乗っているパイロットの技量はそこまで高くないらしい。
ただ適当にビームを撃ち続けるだけで、今のところ狙いは際どいところで外れてくれている。
ビームが着弾するたびに伝わってくる轟音と振動、ついでに熱にはいちいち肝が冷えるが、逃げ切ることは不可能ではない。
問題は、こちらの体力がどこまで保つかだが……それについては今は考えないことにした。
「……?」
そこでカズマは、先ほどから飛来してくるビームが途絶えていることに気づいた。
もしかすると、こちらを完全にロストして諦めてくれたのだろうか。
そんな願望めいたことを頭によぎらせつつ、足は止めないままにそっと後ろを振り向こうとしたその瞬間だった。
キュインッ
カズマの少し後方の森の地面を、横一閃にビームが走る。
その膨大な熱量は地中深くに潜り込み、やがて窮屈な大地から顔を出そうと膨張を始め、そして一斉に爆散した。
つい一瞬前まで平坦だった大地はその熱と共に隆起し、莫大な衝撃を持って弾け飛ぶ。
それはカズマの今位置する場所にまで及び、とてもかわせるものではない。
「どおおおおおおっ!?」
足元の地面が震えたかと思うと、間欠泉が吹き出たかのごとき勢いで盛り上がり、弾けた。
しっかりと根を下ろしていた森の木すらひとたまりもなく吹き飛ばされていくのだ。
ただの人間であるカズマがそれに耐えうる道理などなく、敢え無く身体ごと空中に投げ出される。
周りの光景が早送りにでもなったかのようにカズマを通り抜けてゆく。
どこか現実味を欠いた浮遊感に酔いしれかけるが、それも正面に突然現れた、周りの中でも一際大きい大樹の姿によって強制的に打ち切られる。
「おぐふっ!!」
なんとか身体を丸めることで致命傷は避けたが、衝撃そのものは完全に逃がしきれたわけではない。
背中をしたたかに打ち、ずるずるとその場に崩れ落ちる。
見ればさっきまで多くの緑に囲まれていたはずの大地は無残に抉り取られ、半ばクレーターと化している。
空を覆っていたはずの木々はことごとくなぎ倒され、腹の立つほどに青い空がここから見渡せた。
それが何を意味するか、カズマにも内心ではわかっていたが痛みの方に集中することでことさら理解を遅らせようとした。
「やっと見つけた。手間かけさせてくれちゃってさ!」
空の青が黒で覆われてゆき、例の獣型MSがカズマの目の前に現れる。
地面に横たわっているためにMSが一歩ずつ歩くたびに振動が直に伝わってくるのだが、カズマはそれをなんとなく他人事のように感じていた。
それよりも、そのMSから聴こえてきたパイロットのものと思われる音声のほうが気になった。
「子ども……?」
明らかに子ども、それも恐らく女の子の声だ。推測だが妹のミヒロと同じか、それ以下の年齢だろう。
そんな子が、こんな凶悪な代物に搭乗して今まで自分を追いかけ、生身に一発浴びればたちまち蒸発してしまうようなビームを連発していたというのか。
笑えない……というより半ば信じがたい。
ミヒロとて、自分とヴァルホークに乗る際に慣性制御やらエネルギーのコントロールやらで戦闘を手伝ってはくれるものの
あくまでそれは向かってくる敵の機体を破壊するため。
コックピットは決して狙わないし、向こうの兵士にも脱出するだけの余裕は与えている。
しかしこの目の前の娘は、こちらが明らかにロボットにも乗っていないただの人間であると認識しながら、本気で殺しかかってきたのだ。
何故ただの女の子が、MSを操縦する技術を持ち、なおかつ人を殺すことに何の躊躇いも覚えないようになってしまったのだろう。
「――おい、ちょっと」
悲鳴をあげる身体を無視して仰向けになると、あらためて銃口をこちらに向けてくるMSに対して呼びかける。
背中の痛みのせいであまり声が出ないかと思ったが、自分の口から吐かれたそれは予想よりも大きかった。
「ん、な~に?」
やはり子どもか、存外あっさりと話を聞いてくれた。
相変わらずこちらに向けられた巨大な大筒が物々しいが、それに臆することなくカズマは口を開く。
「お前、名前は何て言うんだ?」
「プルはプルだよ? エルピー・プル」
「じゃ、プル……俺はカズマ・アーディガンってんだけど、なんで俺を殺そうとするんだ?」
その問いは彼女にとっては意外というか、まさかこんな当たり前のことを聞いてくるとは思わなかったようで、
ポカンとしている様子がMS越しにでも伝わってきた。
「だって。みんな殺さなきゃ、プルおうちに帰れないんでしょ?」
至極単純明快。
あのヴィンデルとかいうワカメみたいな髪をした男の言うことを真っ正直に受け止めて、真っ正直に行動しているだけ。
理由だけを聞けば、それはどうしようもなく納得せざるを得なかった。
――だが。
「じゃあお前はそのために、他の人の命がどうなってもいいって言うのかよ」
気づけばカズマは、リュックサックからこぼれて側に落ちていた例の刀の柄を強く握り締めていた。
腹の底から滾ってくる感情を、ギリギリで抑えつけるために。
「だって、そうしなきゃダメなんでしょ?
それはプルの大切な人が死んじゃったらイヤだけど、みんな知らない人ばかりだもん」
「…………」
ああ、そうか。
この娘は、やはり子どもなのだ。
善悪というものを教える大人が周りになく、代わりに戦闘技術を叩き込まれた究極の世間知らず。
ベクトルは多少違うが、似たような軍人馬鹿が知り合いに一人いる。
あいつはそれでも周囲にいる人たちのおかげで少しずつ変わっていっている。
だがこの娘はそれがまるでいなく、人を殺すことに疑問すら抱いていない。
そういう教育の元、今日まで生きてきたのだ。
「話はそれでおしまい? じゃあバイバイ」
筒の中に、ビームの光が集まってゆくのが見える。
あと数秒もしない内にそれは全身を包み込み、こちらを跡形もなく消し去ってくれることだろう。
父親が命を賭して守ってくれたこの命。だがそれも、もうじき終わる。
カズマ・アーディガンはここに死ぬ。
(冗談じゃねえぞ……!)
節々で悲鳴をあげる身体を無理矢理起こし、なおも逃げようと立ち上がる。
骨までは折れちゃいない。足が震えようが知ったことか。
エンドルフィンだか何だか忘れたが脳内麻薬を全力で分泌すれば痛みなんてどうってことはない。
ここで死ぬわけにはいかない!
……だが、カズマの身体は主以上に己のことをよくわかっていたらしい。
意志に反して膝がカクンと抜け、そのまま尻餅をついてしまう。
蟻が多少目の前で動いたからといって、それはより大きな存在がほんの少し標準を変えるだけで事足りる。
既にエネルギーは充填済み。あとはプルが引き金を引くだけで全てが終わる。
目を閉じて、静かに毒づく。
「畜生……やっぱ神サマはいねえなこりゃ」
「いーや、あんた十分ツいてるぜ」
上空から、声。
見上げればそこには例の黒いMS。声の飛んできたのは、そのさらに上。
「! なに?」
プルもまた突然の乱入者の出現に上を見上げようとするが、次の瞬間彼女のモニターは空でなく地面を映すことになる。
重力に任せて降ってきた巨大な鉄の塊に身体を踏みつけられ、漆黒の獣は強制的に地を舐めさせられた。
「ああっ!?」
「へへっ、どーだぁ名づけて奇襲戦法・巨大ドッスン落とし! この重量は効くだろぉ!?」
尋常でない衝撃にコクピットが揺れるが、今の一撃で潰れなかっただけでも僥倖といえるだろう。
多少ひしゃげはしたものの、思った以上に固い装甲が功を奏してくれた。
なんとか足から抜け出し、そのまま獣の俊敏な一足飛びで一旦後方へと下がり、一体今、自分に何が起きたのか確認に努める。
そして状況を把握したプルの第一声は、なんともこの場に似つかわしくない素直な感嘆の言葉だった。
「……おっきい~」
そこにいたのは、赤い巨人。
こちらの倍ほどはあろうか、少し見上げる程度では目線は胸あたりで止まってしまい、顔すら見ることができない。
それこそ大人を見上げる子どもの視点だ。
そしてその全長差は、本来よりも圧倒的にその巨人を強く凛々しいようにプルに錯覚させた。
その堂々たる偉丈夫ぶりは、どことなく西洋の守護神(ガーディアン)を彷彿とさせる。
巨人の最大の特徴は、その巨躯にすら不恰好ともいえるさらに巨大な白銀の腕だった。
見るだけで威力の絶大さを想像させるその腕の手の平が、そのまままるでメッサーシュミットについているようなプロペラのように形作られている。
恐らくあれで空を飛び、そして自分の上空まで来てからプロペラの回転運動を止め、そのままここまで落ちてきたのだろう。
攻撃も何もない、ただの落下運動に過ぎないが、それは単純であるが故に絶大な威力を持つ。
下手をすれば先の一撃で死んでいたかもしれないのだ。
その巨人はといえば、その厳つい見た目の醸し出す荘厳な雰囲気に似合わない、まるでヒーローごっこでもやっているかのようなポーズを取っている。
プルとてそれに惹かれて真似したい気持ちがないわけでもないが、そうするにはこの形態では少々無理があった。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! ……って誰も呼んじゃいねえか。
んで、大丈夫かいあんた……ってあれ?」
お遊びもそこそこに巨人が足元を見回すと、さっきまで木の根元でへたり込んでいた青年の姿が見えない。
まさか今の隙に逃げ出したわけではないだろう……咄嗟に動けるほどには身体が回復しているようには見えなかった。
……と、砂塵が晴れるとそこから何メートルか離れた場所に、顔から地面に突っ込んでなんとも間抜けな格好で倒れているのがわかった。
恐らくさっき自分が落ちてきた衝撃であそこまで吹き飛ばされたのだろう。考えてみれば当然のことだ。
この場にレオナがいれば烈火のごとき勢いでこちらの考えなしを叱ってくるに違いない。
案の定、レオナの代わりに本人が立ち上がってがなりたててきた。
「てめえ助けてくれたことには感謝するがよ! ありがとう! だがちったあ考えやがれ!」
「おーまだまだ元気じゃん。んじゃこっちは俺が相手すっから、その間にあんたは逃げな!」
同じ年齢くらいだろうか、ともあれその青年の相手はそこそこに、赤い巨人の主タスク・シングウジは間合いを測っている黒い獣のほうに集中する。
死にはしないだろうが、さっきの巨大ドッスン落としで行動不能にできると見込んでいたのだが、そう甘くはなかったようだ。
「さーて、始めますかビッグデュオ」
タスクの呼びかけに応じたのか、赤い巨人……ビッグデュオはその目を光らせた。
【タスク・シングウジ@スーパーロボット大戦OGシリーズ 搭乗機体・ビッグデュオ】
参戦時期:OG外伝終了後
パイロット状態:良好
機体状態:良好
現在地:E-2
1:目の前の黒い獣型ロボットに対処する
2:殺し合いには乗らず、仲間と合流して主催者を打倒する
3:うっかり人(カズマ)を踏みつけないように注意する
【エルピー・プル@機動戦士ガンダムZZ 搭乗機体・ガイアガンダム】
参戦時期:最初にジュドーと出会った直後くらい
パイロット状態:タスクの乱入に少し混乱
機体状態:後背部に多少の損壊、行動に支障なし
現在地:E-2
1:目の前の赤い巨人に対処する
2:なんでもいいのでおうちに帰る(正直帰れれば何でもいい)
※名簿は見てなく、ジュドーがこちらにいることに気づいてません
【カズマ・アーディガン@スーパーロボット大戦W 搭乗機体・なし】
参戦時期:中二病が治ったあたり
パイロット状態:背中に打撲、疲労大、なんとか行動可能
現在地:E-2
1:とりあえず一旦邪魔にならないように逃げる
2:どうにかプルを止めたい
3:殺し合いには乗らずに主催者を打倒する
※名簿やマニュアルをまだ見てません
※持っている刀はヴァンの蛮刀で、使い方にまだ気づいてません
【1日目 06:50】
最終更新:2010年02月21日 17:27