宵崎奏には確固たる目的がある。
 それは本来聖杯戦争というかたちに拘るものではないが、今となっては関わりが無いとも言えない。
 奏が目指すものは『どんな人でも救える曲』の完成だった。
 そして彼女の世界には今、新たに発生した未知の存在がある。

 キャスターのサーヴァント、夏油傑
 呪術なるものを用い、人を憎み誹りそして殺すもの。
 世界の非情さを目の当たりにし、苦悩の果てに外道に堕ちた人。
 奏の住む世界では決してあり得ないかたちの悲劇を背負った彼。

 物理法則さえ異なるかもしれない別の世界の人を救うには、何が必要なのだろうか。
 奏のやることは変わらない、今もひたすら作曲のために自室に籠もり脳を働かせている。
 だがその短期目標が変わったことで、彼女は確実に刺激を受けていた。
 そして同時に、行き詰まりを感じてもいた。

 キャスターに対し見栄を切ったものの、奏は本当の意味で彼の『絶望』を理解できたわけではない。
 夢という形でその生涯を見た、というだけでは足りない。
 自分にとってはスクリーン上の映画でも、彼にとっては実際に辿ってきた人生なのだから。
 呪術という神秘の業、そこに内包される罪深さを本質的な意味で理解できていない奏の言葉は、彼には届かない。
 奏はずっと、彼を理解するための道を探している。
 誰も傷つけてほしくないという当然の善性を抱えながら、夏油傑という残忍を肯定するための方法を、探している。

「聖杯戦争……異界東京都、か」

 前奏を終えてようやく、彼女は今の『外』について思いを巡らせた。
 外の東京は、自分の知る東京ではないという。
 キャスター曰く聖杯は数多の世界の要素を収集し、この東京を形成した。
 大まかな地理は共通しているものの、彼の世界の渋谷では見られなかった施設がちらほら存在しているらしい。
 今までは、そんな現状を気にする暇もなく作曲に没頭していたが。

「……CDショップ、行ってみようかな」

 奏とて、完全無欠の引きこもりというわけではない。
 クリエイターである以上色々な場所からインスピレーションを受けることは必須だ。
 確かに極めて貧弱で不健康で日光に弱いという事実は覆しようがないが、それでも奏はこうして出かけることがある。
 今外がとても危険であることは理解しているが、奏にとっては『その程度』のことが作曲に必要なことを自粛することはない。

 ひょっとすると、元の世界にはなかった曲がここにはあるかもしれない。
 そんなある意味長閑な事を考えながら、奏はジャージ姿のまま外へと出て、

「う……眩しい……そして寒い……」

 当然のように日の光を浴びて狼狽え、冬の寒さに晒され猫のように身震いした。




「アハハハハハハ! タケミっちってマジで馬鹿だよね!」

「う、うるせー! 笑うなキャスター!」

 渋谷駅スクランブル交差点、ハチ公前。
 常日頃、昼夜を問わず大量の人がひしめくこの場所で、膝をついて項垂れる金髪の少年と、それを指さして笑っている銀髪の少年がいた。
 忠犬ハチ公を前に懺悔でもするようなみっともない有様は、周囲の通行人も近くを通るのを避けるほどだった。

「だから言ったじゃん。今をときめく大悪党、関東卍會の総長マイキーくんとやらが昼間から渋谷マーク下なんて無造作にうろついてるわけないってさあ。
それなのにタケミっちは通行人の目撃証言なんかにホイホイついていって……」

「しょーがないだろ、オレはこうやって足使うことしかできないんだし……それに今回は大勢の人がはっきり『見た』って言ってたし!
オレ悪くないよなあ!? 今回はオレ悪くねえよ!?」

「まあ確かに。実際いたもんね『写真の男』は。『写真の男』はね……けどさあ……ぷ、くくく」

「チクショウ誰だよ『赤城門次郎』って……何だよ『東大卍會』って!? 紛らわしいわボケェ!」

 タイムリーパーであること以外は悲しいほどに普通の少年花垣武道くん。
 それでも彼は彼なりに必死にマイキーを探し、時に関東卍會の構成員に襲われるもキャスター五条悟の手を借りて辛くも撃退し。
 ようやく見つけた有力な目撃証言がただの『そっくりさん』であったことに打ちひしがれ恥ずかしさに悶えていた。

「びっくりするぐらい清々しいパチモンで笑えたわ。『赤門をくぐるために生まれてきた男』『二浪のモイキー』……あっやばい夢に出てきそう、ぷくく」

「危うく謎のサークル活動に巻き込まれるところだった……なんとか脱出できたけど何かお土産に揚げ物持たされちまったよ」

「入ればよかったのに東大卍會。ねっ、ミチタッケ」

「タケミっちって呼べよ! それ語呂悪すぎるんだよ!」

「このネタ定期的に擦るわ。ウケる」

 チェック柄のTシャツをズボンに入れた眼鏡のマイキー。そしてそんな謎のギャグマンガ時空の存在に絡まれ唐突にミチタッケ呼ばわりをされる武道。
 東大に憧れる浪人生共の宴に巻き込まれた武道は、彼らが揚げ物を大量摂取して腹を壊している隙きに何とか脱出してきたのだった。
 そして何故か脱出直前に唐揚げを押し付けられた。
 キャスターはその間霊体化しながらずっと指さして笑ってた。

「はーやれやれ。じゃあそろそろ真面目な話をしようか」

「あ? なんだよ」

「マイキーくんの居場所なら概ね検討は付いてるんだよね。ちょっと前から」

「……は!?」

 ひとしきり笑ったキャスターは、突然武道にカミングアウトを行った。
 予選中東京を駆けずり回り、不器用ながらも自分にできることを精一杯行ってきた武道。
 しかしキャスターは、彼が欲してる情報を既に把握していたという。

「どういうことだよそれ!?」

「東京の中心にでけえ『領域』が出てきたんだよね。十中八九俺みたいなキャスター、あるいはそれに準ずる魔術系のサーヴァントの仕業。
今まではコツコツ土台作りに勤しんでたみたいだけど、まあ完成したってところか。あそこまでデカけりゃ高位の術師の英霊なら区をまたいでも流石に分かる。
俺はキャスターだし、目も良いんでね。んで、そっから関東卍會の連中が出てきてんの。ここまで来りゃもう決まりでしょ」

「知ってたんなら言えよ!? いや……なら今すぐにでもそこに」

「案内はまだしませーん。何故なら最強の俺はともかく雑魚一番星のオマエは踏み入った瞬間ミンチになることが目に見えてるから」

「俺が弱いなんてそんなこと分かってるよ! だからオマエに」

「良いから聞けよ」

 詰め寄る武道の額に、キャスターの指が微かに触れる。
 ただそれだけで、武道は身動きが取れなくなる。
 キャスターの口調は先程までのふざけたものではなく、厳かなものだった。

「サーヴァントってのは、基本的に『聖杯戦争の存在する世界』を基礎にコンバートされている。だから俺の解釈が全部正解とも限らないんだけど……
いいか、そこにあるのは『領域』って呼ばれるモン、あるいはそれに類する何かだ。
パンピーにも分かりやすいように言えば結界とか陣地とか、とにかく術師のトラップが満載の本拠地なわけ。
要は毒ガス満載の密閉空間と思いな。俺は最強だからそんなのどうってことないけど、タケミっちじゃ一吸いでアウト。
これは例えでもなんでも無くマジ。あのレベルの領域を展開できる術師なら、領域内に必殺必中レベルの術式を常に展開できてると思った方がいい」

「領域……それって、キャスターでも壊せないのか?」

「『出来たはず』だけど、『今は出来ない』」

 キャスターは億劫そうに髪の毛をいじる。
 極めて不本意だという態度で、その内訳を語る。

「領域への対処法で最も適切なのは、別の領域をぶつけることで相手の領域を中和、上書きすることだ。
その上で、僕は『領域』の宝具を持ってる。発動さえできれば勝ちに行ける、最強の領域をね。
けどさあ……僕の領域、この霊基じゃ使えねえんだわ! 今の霊基、大人になった『僕』じゃなくて少年時代の『俺』だから! はー、マジで聖杯ってクソだわ」

 それは五条悟の特殊な来歴故か、そもそも通常霊基における限界点なのか。
 ともかく、彼は自身の最強宝具である『無量空処』を封じられここにいる。
 もし仮にこの宝具が使用可能であったのなら、すぐにでも関東卍會の根城に殴り込みを行うことも出来たかもしれないが。

「前も言ったけど、雑魚のお守りをする気はない。カチコミ中ずーっとオマエの側で『無下限』しながら戦えって? ゴメンだねそんなの。
というわけで、雑魚のタケミっちが大手を振ってあの領域を練り歩けるような何かを見つけるまでマイキーくんへの挑戦はお預けってことで」

「そんな……クソッ」

「最悪令呪何画かを犠牲に、不完全な形の領域を最初から中和目的で発動することなら何とか出来るかもしれないけどね。
ただ俺の世界の領域は使用直後は術式が焼き切れるんだ、だから基本的に使う以上必殺である必要がある。
一先ず落ち着けよ。この先は『俺だけ強くても駄目』なんだ」

 武道の手からパックに入った唐揚げを一つ奪い取り頬張る。
 かつての失敗がキャスターの脳裏をよぎる。
 最強であることを常に誇示し、己の証としてきた。
 すべてをなぎ倒し、へし折り、その称号を欲しいままにしてきた。
 しかし、己の『最強』は親友の心さえもへし折った。
 最強であることは、彼を救うことは出来なかった。
 それは遠い未来の記憶、一癖も二癖もある生徒たちを導く道を選んだその未来は、少年の姿の彼にとっては朧気なものだが。
 それでも、その道が間違っていなかったことを覚えている。

「……『俺だけが強くても駄目』、か。確かに、そうかも」

 武道はそんなキャスターの言葉に感銘を受けた。
 彼は弱い、それは自他ともに認めていることだ。
 だからこそ、武道は自分より強いものたちの事をよく知っている。
 その武力、その信念、その眼差し、その言葉。
 そして――そんな強いものたちでさえ、挫け負けてしまうということを、よく知っていた。

「マイキーくんだって、ドラケンくんだって、あんなに強くてカッコよくても、折れちまうことはあるんだ。
一人じゃ勝てないものがあるんだ。けど、ここには俺の知ってる皆はいない……オレとキャスターだけだ。
オレはずっとオレがなんとかしなきゃって思ってたけど、でも……」

 未知の世界に放り出され、検討さえもしていなかった可能性が浮上する。
 ここには相棒も、かつての仲間たちもいない。けど、それでも。

「オレは……ここでもう一度、オレなりの『東京卍會』を探すべきなのかも――」

「――下がれタケミっち!」




 直後、暴虐の風が吹き荒れた。
 武道はわけも分からずもんどり打って、キャスターに首根っこを押さえられる。
 轟音、耳鳴り。いや、それは本当に音だったのか。
 なにか現実のものとは思えない、音のような何かが、今自分の中にある根源的な何かを削り取ろうとしてきた。
 そんな恐ろしいなにかの襲撃を、武道は10秒ほど呆けた後にようやく認識する。

 周囲を見れば、交差点内の人々は皆一様に悲鳴を上げ、その場に倒れ込んできた。
 目に見えぬ攻撃、奪われてはいけない何かを奪われたゆえの昏倒。
 何故自分は無事なのか、それは――

「広範囲への魂喰い……ったく、雑魚のお守りはしないって言った側からこれだ。俺から離れるな、タケミっち。『吸われる』ぞ」

 キャスターがその呪術によって彼を守っているからに他ならない。
 よってキャスターと武道だけは魔力を奪われず、そしてそれ以外の通行人は皆倒れ伏した。

「な、なんだよこれ、ひでえ……誰だよ、誰だ! こんなことしやがったのは!」

「おー臭え臭え。相変わらずプンプン臭うなテメエはよ」

 武道の怒りに応えたのは、交差点の向かいから悠長に歩いてくる男だった。
 傍らに大鎧の騎士を連れた、両頬に特徴的な傷を持つ男。
 その姿を、武道は知っていた。
 この聖杯戦争に招かれる前、その姿は今の姿よりも十二も年をとった姿だったが。

「手土産はもう十分。だから後は関東卍會の下っ端でも絞めて、さっさとマイキーのもとに馳せ参じようと思ったんだがよ。
見つけちまったんだからしょうがねえよなあ? なあ花垣武道、いつまでもマイキーに纏わりつくヘドロゴミクズがよォ!」

「オマエ……三途、くん? そっか、あの時いたのって……!」

 三途春千夜との因縁は、本来辿るはずだった未来においてはこれから結ばれるものだ。
 今はまだ、武道にとって彼は東京卍會五番隊副隊長であったこと以外を知る由も無い。
 ただ、明確な脅威であると。
 この惨状を行った敵であると、否が応でもその意識に刻まれることになった。

「オマエ、何やってんだよ!? こんなことを……」

「ガウェインの『魔力喰い』は便利な武器だ。何の前準備もなしにその場で口を開けるだけで行える魔力の簒奪。
生前は令呪だろうと問答無用で食っちまえたらしいが……ま、今の性能でも十分すぎる。
オイ、花垣以外にターゲットはいたか?」

 無差別な殺傷、たとえそれを行ったのがサーヴァントだとしても、命じたのは春千夜だ。
 しかし春千夜は武道の叫びをまるで聞こえていないかのように、自らのサーヴァントに呼びかける。
 首尾はどうか、と。

「……ああ、いたぞ。あの少女だ」

 鎧の女騎士は、交差点前のCDショップの入口に倒れている一人の少女を指さした。
 それを聞き、春千夜の口角がニヤリと上がる。
 それはまるで、獲物を前にした鮫が牙を見せたかのようだった。

「オイオイマジか? サーヴァントが出てこねえってことは余程のボンクラか、負け犬がふらついてるだけか。
何にせよ――手土産が増えたな」

 春千夜はゴルフバッグから日本刀を取り出し、鞘から抜き放つ。
 そして指し示した少女へと近づいていく。
 最早何をしようとしているのかは明白だった。

「オ、マエ、やめろ……やめろッ!」

 武道が叫ぶ前に、既にキャスターが弾丸のように飛び出した。
 しかしキャスターは立ち塞がるセイバー、要聖騎士ガウェインに阻まれる。
 その巨躯から振るわれる剣が、キャスターの足を止める。

「タッパのデカい女がタイプとかじゃないんだよね、僕。どきなよ」

「出来ない相談だ。このガウェインもまた、聖杯戦争に参加するサーヴァントである故に」

 キャスターの拳とセイバーの剣が拮抗する。
 その拳が纏う『無下限』に、セイバーの剣は威力を殺され、そして。

「術式反転――赫」

「む――!?」

 膨大な斥力が、セイバーを弾き飛ばした。
 無下限の反転、収束する力を転じ外に向けることによって、セイバーはいくつものビルを貫通し吹き飛んでいく。

「タケミっち、行け!」

「! あ、ああ!」

 キャスターに背を押され、武道は走る。
 向かうは何故か少女を殺そうとする三途の背だ。
 例え、この世界が作りものだ何だと言われても、武道はその横暴と残酷を許しはしない。
 そして、セイバーと対峙することを選んだキャスターはというと。

「……無下限が揺さぶられた」

 セイバーの剛力を受け微かに震える手を、眉をしかめ見つめていた。
 キャスターは『赫』を使用せざるを得なかった、無下限を破られるかもしれないと判断したからだ。

 五条悟の無下限術式は強力無比なスキルだ。
 彼が身に纏う『無限』は、そこに触れたものの速度を減衰し、やがて停止させる。
 しかし、サーヴァントというフォーマットによって規格化されたことにより、そこにはいくつかの対抗策が生じている。
 例えばそれは『必中』『無敵貫通』に類するスキルであるとか、『固有結界』であるとか。
 そして、今しがた立ち塞がったセイバーのステータスと、ある特異性をキャスターは宝具『六眼』で粗方看破していた。
 彼の眼はスキルや宝具を看破する類のものではないが、それでも『人に属するものではない』という存在そのものに付随する特異性を。

「妖精……『世界のルール』側に立つ存在。存在そのものが領域と言い換えてもいい神秘そのもの。
なるほどね。こいつは――」

 そして貫通したビルの向こう側から、数多の『黒い犬』を連れたセイバーが逆襲の風となって飛来する。
 弱肉強食の理を『妖精』から『人間』という絶対的な立場をもって押し付けるスキル『ワイルドルール』。
 そして強固な護りの領域をごく自然と権能として発露するスキル『ファウル・ウェーザー』。

「久々に、楽しめそうだ」

「人間の魔術程度で、私は揺らぐことはない」

 妖精騎士ガウェイン、もとい黒犬公バーゲスト
 彼女は五条悟の無下限の護りをごく自然と破壊することを可能とするサーヴァントの1騎である。




「やめろ、三途!」

「ちッ」

 少女に刀を振り下ろそうとしていた春千夜は武道のタックルを受け飛び退いた。
 武道は息を切らせながらも春千夜と少女の間に立ち塞がる。

「何やってんだよ、こんなただの女の子に……!」

「ただの女の子ォ? おいおい、そいつの右手を見てみろよ」

「右手?」

 倒れる少女を武道は見やる。
 苦しそうに呻いているのはまだかすかに意識があるからだろうか。
 しかし、その右手にある紋様は既にジャージの袖の外へと露出していた。

「令呪!?」

「せーかい! おら死ねえ!」

「うおッ、あぶなッ!?」

 後ろを見た瞬間を狙い斬りかかってくる春千夜に対し、地面を転がりなんとか事なきを得る武道。
 ここまでくると武道にも状況が把握できた、何故春千夜がこの少女を狙っているのか。

「敵のマスターをぶっ殺すのは当然だろ? テメエだって聖杯戦争の参加者じゃねえか、間違ってるとは言わせねえ」

「――間違ってる!!!」

「――あ?」

 春千夜の主張する正当性を、武道は食い気味に、堂々と否定する。
 少女の令呪を見て尚、その姿勢を崩さない。
 こいつは、この男は、仮にも予選を突破した身でありながらそんなことをのたまうのか。
 この予選中、ひたすらその姿勢を貫いたまま生き残ってきたとでも言うのか。

 何一つ変わることのない、中途半端な光。
 春千夜の眉間の血管は、爆ぜた。

「あー。あーあーあー、そうかよ。もういいや。テメエはそういうやつだった。ウゼ。
マイキーの闇にへばりつくきたねえ油汚れが……」

 ブチギレながらも冷静に状況を横目で見る。
 セイバーとキャスターは拮抗しており、状況は完全にサーヴァント同士、マスター同士の戦いに分かれている。
 ならば簡単なことだ、このヒーロー気取りと令呪持ちの馬鹿二人を自分が斬り殺してしまえばそれで終わる。
 武道を勝手に処刑したことでマイキーの勘気を買うかもしれないが、例えそれで殺されても本望だ。
 マイキーの歩む闇の覇道に、こんな薄汚い光は、いらない。

「死ねよ花垣。テメエさえ死ねば全部解決するんだ。死ね、死ねェッ!」

「うるせェ! 何が闇だよ、マイキーくんはそんなんじゃねえ! ぶっ飛ばす!」

 刀を振り上げる春千夜、拳を振りかざす武道。
 一方は殺すために、一方は打倒するために。
 そんな戦うことでしか何かを解決することが出来ない男たちの背中を見つめる視線があった。

「あ……」

 少女、宵崎奏は薄れゆく意識の中、彼らを見つめていた。
 CDショップに入店しようとした瞬間発生した魔力食いは魔力に対する抵抗力を持たない彼女の魔力を体力ごと奪い取っていた。
 しかしマスターの一人として、枯渇するまでには至っていなかった。

 彼らは何故、戦っているのだろう。
 闇という言葉を暴虐の象徴とする鮫のような少年のどす黒い殺意は、今も倒れている奏に向けられている。
 そレを全身で感じながら、絶望と言うにはあまりに狂い捻れ果てた情念を、全身で遮ろうとする少年の背中もあった。
 刀という狂気を前に震えを隠さず、しかし決して後退することなく奏の盾となるように奮闘する見ず知らずの少年。

「ひかりと、やみ……」

 命をかける理由。
 奏はそれを、ぼんやりと感じ取っていた。
 まだそれが何なのかは分からない、けれど奏は動かない体で、その背中に手を伸ばしていた。

 彼らは何故、戦っているのだろう。
 今はただ、それが無性に知りたくて。


「ギャハハハハハハ! 女に刀で襲いかかってるってことはヨォ~、テメエはぶっ殺していい悪者ってことだぜ!
そして救いのヒーローである俺は女から感謝のチューを貰えるって寸法だ、勿論マウスチューマウスでなァ! ヒャッホウ!」

「えっ」


 突如乱入した誰かの一切誤魔化しのない欲望全開の理由に、奏はついつい意識を手放してしまった。




「チェンソーマン、参上!」

 頭がチェンソーのバケモノだった。
 春千夜も武道も、サーヴァントという規格外を知って尚その荒唐無稽な存在を前に、一瞬大口を開けて固まった。

「チェンソーマン、だあ……? テメエ、まさか巷で噂のチェンソーの化け物……」

「え、なになに、どういう状況なのこれ」

「ハッ、花垣とそこの女に続いて『三匹目』が釣れたってわけだ。寄り道にしてはとんだ入れ食い――」

「死ねェ!」

「うおあぶねッ!?」

 それは先程の春千夜と武道の焼き直しのように、問答無用でチェンソーを振るったチェンソーマンに対し、春千夜は地面を転がることで事なきを得た。

「なんだてめーその口元のサメみてーなマークはよ~。テメエみてーな悪者野郎がサメの真似をしてると思うと無性にムカついてくるんだよ!」

「何だこいつラリってんのか……?」

「ラリってんのは女の子に手をあげるテメエだろうが!」

「突然の正論!?」

 人殺しに躊躇いのない春千夜も思わずドン引く支離滅裂さ。
 しかしそんな支離滅裂の中に見えた常識的な発言に、武道は光明を見た。

「な、なあ! チェンソーの人……いや、サーヴァントか? とにかくあいつをぶっ倒すのに協力してくれねえか!?」

「うるせえ男は帰って死ね! いい香りのする女の子に生まれ変わってから出直せ!」

「ええー!?」

 最早何が何だか分からなかった。
 二人の間に突如乱入したあまりに物騒な第三者。
 これを無視することは誰にもできず、混沌が広がっていく。

「……チッ、興が覚めた」

「え?」

 そんな中、春千夜は現状に見切りをつけた。
 刀を納めゆっくりと後退していく。

「命拾いしたな花垣。テメエを殺すにはもっといい機会がある……そういうことで納得してやるよ。
テメエはマイキーの下に引きずり出し俺の手で処刑する。関東卍會に来な、そこで改めて相手してやるよ」

「なッ、待てよ三途! ここまでのことをしておいてお前!」

「あァ~何だ逃げようってのか? オイオイじゃあ落とし前としてタマ置いてけよ。もうすぐ新年だしお年玉置いてけよ!」

 無論、そんな春千夜の勝手を認める理由は武道にもチェンソーマンにもない。
 不利と見て撤退するというのならこちらにとっては好機でしかない。
 まあ、チェンソーマンは武道の背中ごと春千夜を切り刻みそうな気配がしているが……先程の発言は聞かなかったことにして。
 しかしそう言って飛びかかろうとする二人を前に、春千夜は悠々と令呪の刻まれた手を掲げた。


「――令呪を以て命じる。バーゲスト、俺を連れて撤退だ」


 黒犬の波が、春千夜を浚う。
 令呪によって底上げさせたセイバー・ガウェインの敏捷に追随できるものは、この場にはいない。

「三途!」

「アァ~!? 何だこりゃ何も見えねーぜ!?」

 Aランクを凌駕するスピードでの撤退に、その場の面々はそれを見送る他無かった。
 こちらも令呪を切って追撃するべきかどうか、その判断もおぼつかず、そうして渋谷の戦端は終わりを告げる。
 その場から、争い合う音は一先ず消えた。
 あとに残るは倒れ伏す人々と、静寂。

「うわ、こんなに沢山の人が倒れてる……これどうしよう」

「どーしようもないでしょ。死んじゃいないし警察に拾ってもろて。俺らも撤収すっぞタケミっち」

「あ、キャスター。良かった、無事だったんだ」

「そりゃ最強ですから、と言いたいところだけど。こっちもさっき数で有利になったもんで、もうちょっとで押し込めそうだったんだよね。
ほらあのオニーサン、敵の黒い犬を乗りこなしたまま銃ぶっ放したりやりたい放題でさあ」

 キャスターが顎で示す先にいたのは、これまた巨大な剣を背負った青年だった。
 キャスターと同じ銀色の髪を短く刈り詰めた欧風の顔立ちの色男は武道に軽く手を振ると、その横を通り過ぎていった。

「よおデンジ、首尾はどうだ?」

「完璧だぜ、命を狙われてる女の子を救っちまった! こんなのもうカップル成立だろ~。そっちは?」

「生憎頭からまるかじりされそうなレディ相手だったんで鉛玉をプレゼントしてきたよ。で、その子が?」

「おーよ。俺の恋人(予定)な。見ろよ、すげえカワイイぜ……」

「最初はフリーハグくらいにしとけよ」

 やがて、チェンソーマンの頭部と突き出たチェンソーがどろりと液状化する。
 その内側からは、武道とそう年の離れていない少年の顔が出てきた。

「うわッ、人間!?」

「は? 人間以外の何だっつーんだよ。けど俺人間でも悪魔でもないって言われてたわ。まあどっちでもいいよな!」

 デンジは驚く武道から早々に視線を切ると、倒れる奏を抱え持ち上げる。
 大して力を入れないままに、軽い体は片腕でひょいと持ち上がった。

「オイオイセイバーやべーよ、この子超軽いぜ……地上に舞い降りた天使かもしれねえ」

「変な抱え方すんなよデンジ。お前にはエスコートの経験が足りてねえ、何なら代わろうか?」

「はァ~~~? さては俺から天使を奪い取るつもりだな……させねえぜ!」

「お、おい。ちょっと待ってくれよ!?」

 流れで解散、ということになる前に、何とか武道は声をかける。
 どう見ても無茶苦茶な存在だが、この糸を離してはならない、となんとなく直感したからだ。
 そもそも倒れた女の子をどこに連れていくというのだろうか、その時点で見過ごす訳にはいかない。

「その子どこに連れて行くんだよ!? 俺もついていくぞ!」

「はァ~!? 男はいらねえって言ってんだろ――」

 その時、デンジの腹の音と、武道のポケットから何かが落ちる音が重なった。
 一仕事終えて空腹なデンジの前に転がり落ちる、ほのかなスパイスと肉と香り。
 デンジは目の前に落ちたそれを見て。

「――おい。『ソレ』、俺にくれんならついてきていいぜ」

「え、これ? いいけど……」

「おいおいデンジ、マジかよ」

「何この流れ、ウケる」

 そうして、2組の主従と1人の気絶したマスターは一時的に連れ立つこととなった。
 果たして一体何が、デンジの興味を惹き同行を許したこの状況の決め手になったのか?
 そう――それは、東大卍會の飲み会で押し付けられた唐揚げである。


【渋谷区・ハチ公前スクランブル交差点/一日目・午後】

【花垣 武道@東京卍リベンジャーズ】
[状態]:疲労(小)
[令呪]:残り3画
[装備]:
[道具]:唐揚げ(取られた)
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:マイキーをぶっ飛ばす
1:今のままじゃ関東卍會に殴り込みをかけられないことは理解した
2:それはそれとして何だこの状況!? とにかくついていこう……
3:東大卍會って……何……?
[備考]
異界東京都に東大卍會が存在することになりましたが特に気にすることはありません。
もしモイキーを使いたい方がいればどうぞ。

【キャスター(五条悟)@呪術廻戦】
[状態]:疲労(小)
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:タケミっちの戦いに協力する。協力はするがお守りはしない。
1:本戦初っ端から無下限を抜いてくるやつか。妖精、いいね。
2:あの銀髪のセイバーもまともな人間じゃないな、悪魔?
3:チェンソーはなんかおもしれーから(どうでも)いいや。
[備考]
宵崎奏が夏油傑のマスターであることには現状気づいてはいません。

【デンジ@チェンソーマン】
[状態]:健康、空腹(小さい)
[令呪]:残り3画
[装備]:
[道具]:唐揚げ
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:聖杯戦争しつつ皆にチヤホヤされたい
1:マキマさん……俺、彼女ができたぜ(できてません)
2:唐揚げくれたし話くらいは聞いてやっか。こいつの名前なんて呼ばれてたっけ……ミチタッケ?
3:あの鮫野郎は殺す
[備考]
右手に奏ちゃんを、左手に唐揚げを手に入れてご満悦のようです。

【セイバー(ネロ)@DEVIL MAY CRY5】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:デビルハンターとして仕事をこなす
1:通りがかりに事件に遭遇とは、この出会いがどう転ぶか
2:デンジが女の子を持ち帰ることに関しては状況からギリギリ許してるが変な方向に行ったらぶん殴る
3:あのガウェインって女は斬る
[備考]
気分は引率のお兄さん。

【宵崎 奏@プロジェクトセカイ】
[状態]:疲労(小),気絶
[令呪]:残り3画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:元の世界に帰る。キャスターを救う曲を作る
1:彼の絶望を本当の意味で理解するには……
2:あの光と闇の行方が、無性に気になってしまった
3:なにあのちぇんそー
[備考]
気絶状態でデンジにお持ち帰りされていますが夕方~夜には目覚めるでしょう。
魔力食いにより魔力が消耗していますが、奏のこの状況を夏油が認知しているかどうかは後続の書き手さんに一任します。




「意外だな。貴様がこのような戦術的用途に令呪を用いるとは」

 渋谷から大きく離脱し新宿の裏通りに着地したガウェインは、春千夜を放り出しそう言った。
 とてつもないスピードをその身に受けた春千夜はふらふらと地面に座り込むが、その表情は尚も不敵だった。

「オレが令呪を使うのはお前に暴れさせる時だけ、とでも思ってたか?」

「ああ。貴様はそういう男だろう。暴力意外に悦を見出すことのできない外道だ」

「ま、そうだな」

 ガウェインの言い分については、春千夜も認めるところだ。
 実際、予選までの彼ならばそのような用途に使用していただろう。
 しかし、今は違う。

「言ったろ、事情が変わったって。マイキーがいる以上、オレの行いはすべてマイキーのためのものだ。
あの寄り道で、3組の主従を把握した。1組はサーヴァントなしの負け犬かもしれねえが……それでも、令呪1画の価値はある」

 あの時、致命的な一撃を受ける前に、距離を詰められる前に、三途は極めて適切に令呪を切った。
 結果、渋谷にて3人のマスターの所在があぶり出され、春千夜はその情報を関東卍會へと流すことが出来る。

「オレはこの情報を関東卍會に持ち帰り、マイキーの判断を仰ぐ。
オレを殺していいのはマイキーだけだ。オレはマイキーのために死ぬ。オレがオレのために死ねる時間は終わったんだよ。
ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒ」

「…………」

 不気味な男だ、とガウェインは思う。
 ともすれば、故郷の妖精騎士たちを思い出す、人間とは思えない精神性の男。
 我欲と忠義が混在し、深い混沌の中で奇妙な調和を見せている。
 そのような在り方を、ガウェインは認めるわけにはいかなかった。
 彼女は騎士を志し、騎士たらんとするもの。
 円卓の騎士の名を拝命し、妖精の邪悪な本能を克服してみせると誓ったものだ。
 しかし、それでも。

 忠実な騎士を貫くことは、果たして主君の外道を否定することと矛盾するのではないか。
 己の在り方に苦悩しながらも、ガウェインはサーヴァントであり続ける。
 聖杯戦争において勝利を目指すことは当然のことであると、己を納得させながら。


【新宿区・裏路地/一日目・午後】

【三途春千夜@東京卍リベンジャーズ】
[状態]:健康
[令呪]:残り2画
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:マイキーに会いに行く
1:思いがけず手土産が増えた、マイキーに会う前に残った主従探しに魔力喰いを続けるのもいいかもな
2:花垣武道……テメエには誰も救えねえ
3:あのチェンソー野郎、マスターとはな……
[備考]
マイキーを認知したことにより令呪を撤退に用いることが選択肢に入りました。

【セイバー(バーゲスト)@Fate/Grand Order】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとして務めを果たす
1:私は二度と魔犬に堕ちはしない
2:無下限……結界ではなく存在しない虚無を叩くというのは未知の感覚だった。だが次は砕く。
3:あの銀髪の男……私のブラックドッグたちに跨がったことを後悔させてやるぞ……!
[備考]
食人衝動はまだ発生していませんが、本戦が開始した以上時間の問題でしょう。

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000:空白と逆光 宵崎奏
000:空白と逆光 花垣武道
キャスター(五条悟)
000:空白と逆光 デンジ
セイバー(ネロ)
000:空白と逆光 三途春千夜
セイバー(バーゲスト)

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最終更新:2022年12月16日 18:51