Session9 "COFFEE"
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導入
コーヒーの原産地であるエチオピアでは、人々が、殻がとってあって、乾いたコーヒーの豆を噛んで、深い平なべで挽いて、牛乳とバターで煮るというコーヒーの儀式がある。コーヒーの準備ができると、儀式に参加している料理と人々は祝福をうけ、数粒のコーヒー豆が地面へとまかれると同時に祈りをささげる人は「この世に平和が続きますように、人々が健康でいられますように」という。
この儀式の名前は、「虐殺されたコーヒー(slaughtered coffee)」と訳されるだろう。(mightの訳がわからんちん)。虐殺しているコーヒーという考えは、野蛮に聞こえるかもしれないが、この儀式は深い意味がある。我々は人々が他の生き物を殺さずに生きることができないということを覚えていなければならない。「殺生」が牛を虐殺すことであれ、ジュースのためにブドウを搾ることであれ米や小麦のような穀物をまくために地球を掘ることであれ、人間の飲食はいつも殺生によるものである。このエチオピアの虐殺の儀式はコーヒーでさえ人々が虐殺しなければならないことに気づいていることを示している。それは地球への感謝の気持ちを表す必要性をもまた示している。
コーヒーを入れて飲むことの実践は人間の文化の歴史に長々と編みこまれている。アラブのことばのkahwa(coffee)のひとつの解釈として、その語は、「謙遜(modesty)」を意味する語に由来するのではないかというのがある。コーヒーを飲むということは、意味のない暴飲暴食と同様に虚栄心や不必要な社会化を反映した宗教的集団で元来発展してきた。イスラム世界中へととても早く広まったコーヒーを飲むやり方は、さまざまな世界的動向と関係していた。16世紀には世界市場における革命が起こったときに、もともと東洋世界とよく貿易をしていたアラビアの商人は、自分たちが重大な危機に瀕していることに気がついた。しかし突然、まさにその瞬間に、新しいコーヒーの商品がアッラーから授けられた贈り物のように現れた。カイロの大商人はすぐにこの新しいものをつくり、販売して自分たちが力を取り戻せるような方法を理解した。しかし最初のうちは、コーヒーの広まった消費を助長するために彼らはその社会的地位を上げる必要があった。彼らのアプローチは大都市のもっとも繁栄している区域に豪華な「コーヒーハウス」を設立することだった。
イスラム世界における、この方法に基づくカフェは近代西洋諸国において大きな役割をはたしている、というのもそれはコーヒーハウスという概念だけでなくイスラム世界のコーヒー豆も輸入するからだ。しかし、コーヒーが世界的なものになるにつれて、コーヒーといまだにエチオピアのコーヒー虐殺儀式においてあがめられるその起源との関係はだんだんと弱まっている。今日コーヒーが消費されている国々に住む、販売者と消費者は主に価格と品質に興味がある。彼らは、自分たちの前にあるテーブルの上のコーヒーが、地球から、人々から、地球の他の場所の水から実際にその命が手に入れられたものであり、どこからともなく現れたものではないということに気づいていない。
最初に現れたときからずっと、コーヒーは人類と自然との変わり続ける関係に光を当て続けている。今日、いったいどんなことを我々は尋ねているだろうか?地球温暖化はコーヒーを挽くのといったいどう関係しているのか?コーヒー豆を綺麗にする過程は、土壌や水の汚染にどう寄与するのか?コーヒー畑が広がるのと森林破壊はどう関係しているのだろうか?
コーヒーは単なる飲み物ではない。コーヒーハウスは単なる建物ではない。コーヒーとコーヒーハウスは糸のようなもので、歴史から社会学、心理学から人間の言語行動、ビジネスとしての(?)医学から環境の研究や環境破壊の研究までにわたる全ての学問分野をに網をはっている。もしあなたが自分の目にあなたの次の1杯のコーヒーからあがる快くカールした何本もの幹を追うのを許せば、あなたは人間社会を形作る新たな相互に影響する力の新たな配列を見始めるだろう。
この儀式の名前は、「虐殺されたコーヒー(slaughtered coffee)」と訳されるだろう。(mightの訳がわからんちん)。虐殺しているコーヒーという考えは、野蛮に聞こえるかもしれないが、この儀式は深い意味がある。我々は人々が他の生き物を殺さずに生きることができないということを覚えていなければならない。「殺生」が牛を虐殺すことであれ、ジュースのためにブドウを搾ることであれ米や小麦のような穀物をまくために地球を掘ることであれ、人間の飲食はいつも殺生によるものである。このエチオピアの虐殺の儀式はコーヒーでさえ人々が虐殺しなければならないことに気づいていることを示している。それは地球への感謝の気持ちを表す必要性をもまた示している。
コーヒーを入れて飲むことの実践は人間の文化の歴史に長々と編みこまれている。アラブのことばのkahwa(coffee)のひとつの解釈として、その語は、「謙遜(modesty)」を意味する語に由来するのではないかというのがある。コーヒーを飲むということは、意味のない暴飲暴食と同様に虚栄心や不必要な社会化を反映した宗教的集団で元来発展してきた。イスラム世界中へととても早く広まったコーヒーを飲むやり方は、さまざまな世界的動向と関係していた。16世紀には世界市場における革命が起こったときに、もともと東洋世界とよく貿易をしていたアラビアの商人は、自分たちが重大な危機に瀕していることに気がついた。しかし突然、まさにその瞬間に、新しいコーヒーの商品がアッラーから授けられた贈り物のように現れた。カイロの大商人はすぐにこの新しいものをつくり、販売して自分たちが力を取り戻せるような方法を理解した。しかし最初のうちは、コーヒーの広まった消費を助長するために彼らはその社会的地位を上げる必要があった。彼らのアプローチは大都市のもっとも繁栄している区域に豪華な「コーヒーハウス」を設立することだった。
イスラム世界における、この方法に基づくカフェは近代西洋諸国において大きな役割をはたしている、というのもそれはコーヒーハウスという概念だけでなくイスラム世界のコーヒー豆も輸入するからだ。しかし、コーヒーが世界的なものになるにつれて、コーヒーといまだにエチオピアのコーヒー虐殺儀式においてあがめられるその起源との関係はだんだんと弱まっている。今日コーヒーが消費されている国々に住む、販売者と消費者は主に価格と品質に興味がある。彼らは、自分たちの前にあるテーブルの上のコーヒーが、地球から、人々から、地球の他の場所の水から実際にその命が手に入れられたものであり、どこからともなく現れたものではないということに気づいていない。
最初に現れたときからずっと、コーヒーは人類と自然との変わり続ける関係に光を当て続けている。今日、いったいどんなことを我々は尋ねているだろうか?地球温暖化はコーヒーを挽くのといったいどう関係しているのか?コーヒー豆を綺麗にする過程は、土壌や水の汚染にどう寄与するのか?コーヒー畑が広がるのと森林破壊はどう関係しているのだろうか?
コーヒーは単なる飲み物ではない。コーヒーハウスは単なる建物ではない。コーヒーとコーヒーハウスは糸のようなもので、歴史から社会学、心理学から人間の言語行動、ビジネスとしての(?)医学から環境の研究や環境破壊の研究までにわたる全ての学問分野をに網をはっている。もしあなたが自分の目にあなたの次の1杯のコーヒーからあがる快くカールした何本もの幹を追うのを許せば、あなたは人間社会を形作る新たな相互に影響する力の新たな配列を見始めるだろう。
Coffee and Globalization
あなたはプラハで“カフカ”というカフェやロンドンで“ヴィクトリア”という喫茶を見かけても特に何ともおもわないでしょう。しかし、ハンス・ディートリヒ・ゲンシャーが元ドイツ連邦共和国の外務大臣だったことを考えると、ザグレグに“カフェ・ゲンシャー”があることに驚くだろう。しかし、実はクロアチアには相当数のカフェゲンシャーが存在し、それには納得のいく理由がある。ユーゴスラビアが1990年代に民族紛争に巻き込まれたとき、世界中が反対していたにもかかわらず、ゲンシャーはクロアチアを独立へと導くことに成功した。カフェは感謝の意を示すおもしろいショウである。クロアチアを訪れたとき、私はこういったカフェでコーヒーを飲む事もあった。
私はクロアチアの専門家ではなく、クロアチアについてあらかじめ知っていたことと言えば、そこはネクタイが発明された国であり、2000年のサッカーワールドカップで日本と対戦した国であるということだ。戦争の傷が残る国だというイメージを持っていたことを別にすれば、そのときはこれくらいしか私がクロアチアについて語れることはなかった。しかし、一度ザグレブとタルマツィア海岸沿いの古都であるドゥブロヴニクを訪れた後は、私が思ってきた国のイメージはなんと不適当だったのか気づいた。確かに見える形で戦争の傷は残っていたが、とても安全で訪れる価値があるように思われた。海岸要塞の都であるドゥブロヴニクは古代ギリシャの時代からアドリア海を見下ろす位置に建っている。それは平静と平和な雰囲気によって威厳のある都市であった。そしてもちろん、そこにもコーヒー屋はあった。要塞のパイルゲートの右隣に、私は良いコーヒー屋を見つけた。今回は、カフェゲンシャーではなく、インターネットカフェであった。
ドゥブロヴニクのインターネットカフェは、その町全体と同じように気前よく世界に開けていた。どのコンピュータの前に座ってもすぐにウィンドウズのシステムによって世界の情報があふれる仮想世界へ導かれる。同時に、カフェの窓はアドリア海の水に向けて開いていて、その海の向こうには東の地中海やアフリカ、、そしてアメリカがある。そう、そのとき世界の注目はニューヨークに向けられていた。ハンガリー製コンピュータで埋め尽くされたインターネットカフェの一角にはドイツ製のTVがニューヨークのワールドトレードセンターの映像を映していた。その日、世界はさらに小さくなったように感じた。そして、クロアチアはただの国際通信ネットワークのもう一つの部分に思われた。実際に、そのときクロアチア国営電話会社がドイツテレコム社に買収されそうになっていた。
今は世界化の時代だ。でも地方的なことがもはや重要でないというわけではない。人間はまだとても地方的に存在している。
だからおそらく本当は、人々が言うように今はグローバリゼーションの時代なのではなくグローカリゼーション、すなわち世界的、地域的という両極の状態が同時に至る所で共にしっかりと混ざり合った時代なのだ。世界経済がどのようになろうとも、地域的なレベルでは経済はあらゆる所で低迷している。多国籍企業だけが見事なまでに国際的なやり方で急速に力をつけ続ける。それに比べて、国民国家には本質的に地域的な存在しかない。国民国家の基盤は人民と税である。しかし多国籍企業は国民国家とは違う空間に存在していて、安い労働力と低い税を探し出すために事業の中枢を世界中自由に動かすのだ。石油に次いで2番目に世界で取引されている世界的な必需品であるコーヒーが世界化の本質を極めてよく実証している。ハンス-ディートリヒ?ゲンシャーの話に戻って、ドイツのコーヒーを例にとってみよう。ドイツのスーパーで売っているコーヒーが500グラムで4ユーロするというのを考えてほしい。それは約500円だ。その4ユーロのうち、たった約0.8ユーロ(100円)がコーヒーの栽培者にわたる。それに対して、1.2ユーロ(150円)がドイツ政府にわたることになる。コーヒーを生産している国のほうがそれを消費している国よりもお金を少ししか得られないのはおかしいのだが、これが世界市場が動く仕組みである。1995年、ドイツ政府はコーヒーの関税で11億5000万ユーロ相当を得た。2003年、ドイツ政府が発展途上国援助に当てた予算は35億であった。言い換えれば、ドイツ政府がコーヒーから得ている収益は同政府が海外援助にあてている予算の約3分の1に等しい。ドイツが発展途上国を援助する理由としてあげているのは「貧困を根絶すること」で、中央アメリカや南部アメリカのコーヒー栽培者の中には確かにひどく貧困に苦しめられている人もいる。しかし、ここで問題となっているのは、海外からの発展援助が直接コーヒー栽培者のためにはなっていないということである。
今は世界化の時代だ。でも地方的なことがもはや重要でないというわけではない。人間はまだとても地方的に存在している。
だからおそらく本当は、人々が言うように今はグローバリゼーションの時代なのではなくグローカリゼーション、すなわち世界的、地域的という両極の状態が同時に至る所で共にしっかりと混ざり合った時代なのだ。世界経済がどのようになろうとも、地域的なレベルでは経済はあらゆる所で低迷している。多国籍企業だけが見事なまでに国際的なやり方で急速に力をつけ続ける。それに比べて、国民国家には本質的に地域的な存在しかない。国民国家の基盤は人民と税である。しかし多国籍企業は国民国家とは違う空間に存在していて、安い労働力と低い税を探し出すために事業の中枢を世界中自由に動かすのだ。石油に次いで2番目に世界で取引されている世界的な必需品であるコーヒーが世界化の本質を極めてよく実証している。ハンス-ディートリヒ?ゲンシャーの話に戻って、ドイツのコーヒーを例にとってみよう。ドイツのスーパーで売っているコーヒーが500グラムで4ユーロするというのを考えてほしい。それは約500円だ。その4ユーロのうち、たった約0.8ユーロ(100円)がコーヒーの栽培者にわたる。それに対して、1.2ユーロ(150円)がドイツ政府にわたることになる。コーヒーを生産している国のほうがそれを消費している国よりもお金を少ししか得られないのはおかしいのだが、これが世界市場が動く仕組みである。1995年、ドイツ政府はコーヒーの関税で11億5000万ユーロ相当を得た。2003年、ドイツ政府が発展途上国援助に当てた予算は35億であった。言い換えれば、ドイツ政府がコーヒーから得ている収益は同政府が海外援助にあてている予算の約3分の1に等しい。ドイツが発展途上国を援助する理由としてあげているのは「貧困を根絶すること」で、中央アメリカや南部アメリカのコーヒー栽培者の中には確かにひどく貧困に苦しめられている人もいる。しかし、ここで問題となっているのは、海外からの発展援助が直接コーヒー栽培者のためにはなっていないということである。
19世紀中ごろの間、ドイツは中央アメリカ、特にグアテマラとコスタリカの高地にコーヒー農場を作ろうと大変努力をした。それらの国々の高地に作られた巨大なプランテーションは土着の文化と言語に壊滅的な打撃を与えた。
そして、19世紀後期に、大成功をおさめたドイツのコーヒー農園主がメキシコへと標的を移した。このように国境を越えることは世界化へのまさに最初の一歩である。今日、メキシコはコーヒー生産で世界第4位に位置づけており、また、グアテマラやメキシコを含む地域でナウマンコーヒー団体が結成された。ナウマンコーヒー団体は今日ハンブルグの本社から、世界のコーヒー取引の10パーセントを支配している。
そして、19世紀後期に、大成功をおさめたドイツのコーヒー農園主がメキシコへと標的を移した。このように国境を越えることは世界化へのまさに最初の一歩である。今日、メキシコはコーヒー生産で世界第4位に位置づけており、また、グアテマラやメキシコを含む地域でナウマンコーヒー団体が結成された。ナウマンコーヒー団体は今日ハンブルグの本社から、世界のコーヒー取引の10パーセントを支配している。
ナウマン社とドイツは印象的な組み合わせである。世界的に見てドイツはコーヒー輸入量にいおいてアメリカについで第2位である。そして、(コーヒー豆の)生産地でいられた豆には高い関税がかけられるのでドイツのコーヒー輸入の圧倒的大多数は生の豆である。ハンブルグに拠点を持つナウマン団体がこれらの豆がドイツに届けられてからいることを担当する。一包みのコーヒーに4ユーロかかるという先ほどの例に立ち戻ってみると、4ユーロの半分以上(2.2ユーロ)が貿易業者、輸送業者、豆をいる業者に(これらの人々はすべてナウマン団体に属するが)行くということがわかる。つまり、これは国と会社との間のすばらしいコラボレーションなのである。そのうえ、さらにいっそう逆説的なことにドイツはコーヒー豆を作ることができないのにこの課程の結果、いたコーヒー豆の世界でもっとも大きな輸出国の1つになのである。世界規模の市場は確実に不可思議な地理的状況を生み出す要因となっている。
我々はザグレブの"カフェGenscher"で、有名なドイツ人と、いっぱいのコーヒーとともに開始した。我々は、さらに有名なドイツ人と予言とともに、メキシコで結した。かつてカールマルクスは、その進んだ機械と高い技術力で世界市場を支配するような資本は、土壌と肉体労働の尊厳の価値を下げるだろうといった。この予言はいくらかの真実を含んでいただろう。というのは、たとえどんなに多くメキシコにジャーマニアやシュワルツワルドといったドイツの名前が、それらとともに豊かな自然の移植されたイメージをともなっていようとも、これらのコーヒー農園が、人類が土壌とともに仲良く働いていけるような土地とは、いかなる風にも理解されないであろうからだ。かつて有能な人間の手によりなされたものは今となってはどんどん進んだ機械によって引き継がれている。地方の人々は機械のできないようなたぐいの仕事しか今となってはしない。アジア通貨危機の一年前の1994年にはペソの危機がメキシコを襲った。メキシコのコーヒー農場の主は、暴動を起こした。ヨーロッパに本部があり、税金の安いガテマラに登録してあるような、地方の支配的な多国的ビジネスは、ポストモダンでポスト産業主義の未来の世界に存在するようだが、それらのメキシコの労働者たちは、まるで前近代的で、全産業主義の粗暴な労働の世界で身動きがとれなくなっているかのように扱われている。この意味で、我々が世界化を1杯のコーヒーの生産により展開されたものとして見るとき、我々は世界化の一例というよりむしろ植民地主義とぽすと植民地主義、前近代と近代が恐ろしくひとつに混ぜ合わされてようなやり方で、世界の人と地方の人を一緒に崩壊させていくようなグロテスク化になっていくのを見るだろう。