横浜の空は青いか

 2002年1月2日、6:30。

 あの日、私は墓前で桜花作戦が成功したことを聞いた。
 それは同時に、墓前の中に多くの仲間が、戦友達が入ったことを意味した。

 悲しい―――

 気心が知れた仲間が、この一ヶ月で両手で数え切れないほど死んでいった。その中には、CPである姉が入るのは、なんの因果なのか。
 戦場で戦う私が一番命を落とす確率が高いのに…何故、後方の姉が早くに亡くなるのか。
 胸が張り裂けそうになる。
 でも、私は泣けない。泣くことは………許されない。
 笑って、笑顔で胸を張って仲間の、中尉や大尉達のことを後のみんなに話す。
 それが衛士の………いや、私の義務だ。

『涼宮、追跡機の準備が整ったわ。始めて頂戴』
「了解」

 網膜投影に上司の顔が表示され、イヤホンからよく聞く声が響く。
 制御モードを『高速機動』に変更させ、フットペダルを軽く踏み込む。
”8つ”のロケットモーターに火が入り、それは急速に機体を動かせるだけの推力を生み出していく。

「不知火による試作跳躍ユニットの飛行実験、開始します!」
『追跡機各機、移動開始せよ。繰り返す、追跡機各機、移動開始せよ』

 CP将校の声が響くと同時に強く踏み込んだ。瞬間、正面から暴力的なGが私を襲う。
 今までに感じたことの無い衝撃に、私は自分の意識を手放さないようにするので精一杯だった。


「日本人が開発した物にしては、随分ぶっ飛んだ代物でしょ?」

 香月 夕呼博士はプロジェクターに新型の跳躍ユニットの概略図を映しながら、そう云った。

「武御雷の輸出が決まった富嶽重工業が、その地盤を確固たるものにするために割り込ませた跳躍ユニットなワケだけど…気に入ってくれたくれたかしら?」

 本来戦術歩行戦闘機―――戦術機の推進装置、跳躍ユニットは機体のデザイン、重量バランスを考慮して形状が決められている。そのため、基本構造は同じでも殆どの跳躍ユニットに互換性は無く、あるとすれば上位互換機か日本のように一定のデザインがされているか………くらいなものである。
 例外的にE-15・ACTVの新規デザインの跳躍ユニットがあるが、この場合は機体全体のバランスも変更しているためあまり参考にはならないだろう。
 その中で「跳躍ユニットのみを新型にする」計画は、他の国からしても異常な行為と言えた。
 そしてそれは当然、涼宮を含むA-01の面々…………というより、涼宮も同じ意見であった。
 A-01には今現在、涼宮 茜以外居ない。暫定的に入隊していた社 霞はすでに期限が過ぎて香月の下に戻っている。

「それじゃ試作跳躍ユニットがどんなものかを経験したところで次はそれの説明に入りましょうか」

 そう切り出し、香月は映し出されている概略図をポインターで指差しながら説明を始めた。

 まず、有り得ないほどの加速。燃費は良いとは云えないが、その加速性能は以前見せられたF-22A(ラプター)を軽く上回る。
 次に機動性。接続部は既存の部分と変わりないが、背中を中心とするように放射状に伸びた8つの跳躍ユニットにより、肩部スラスターを搭載していない不知火でも前以上の機動性を獲得した。
 だがそれは、通常の操作を超える速度を機体に与える………ということを意味していた。
 8つの推進装置で一つの跳躍ユニットになっているのではない。8つの跳躍ユニットが付いた一つの跳躍ユニットなのだ。計8つ分のロケットモーターが一度に点火されようものなら、あっと言う間に最高速に達するだろう。
 それで変則機動を行おうものなら、機体には大きな負荷がかかる。それこそ、機体が分解してしまうほど。

「いくら凄くても、制御できない物じゃ使いようがありません」

 茜の主張はもっともだ。如何に最高性能を持っているとは云え、それを制御できなければ使い道はない。
 実戦主義の軍人はそういった不確かな物を嫌う傾向にある。自分の命を預ける物である以上、それは仕方の無いことではあるが。
 いくら実験兵器のテストも手がけるオルタネイティヴ第4計画直属戦術機甲部隊A-01の隊員であるとは言え、そこは他の軍人と同じであった。
 そんな茜の主張はどこ吹く風と云わんばかりの態度で、

「それを使えるようにするのがアンタの仕事よ」

 と、いつもの”あの笑み”を向ける。人を試すような、あの笑みを。

「今現在セットされている制御メソッドは初期の開発段階で組まれた物よ。所謂、机上の計算。
 それがそのまま現実で通じるかどうかを今回試してみたんだけど………案の定だったわね」

 プロジェクターに墜落した不知火が映し出される。
 最大出力状態…所謂アフターバーナーを点火した途端、機体が暴れだし、制御がままならぬまま地面を削るように激突した………というのが事の顛末。衛士に大きな怪我が無いのは不幸中の幸いと言うべきか。少々鞭打ちにはなったが。
 今のところ、墜落の原因は制御メソッドのフリーズで意見が一致している。要するに、8機もの跳躍ユニットの出力を一定値で安定させれるほどの演算能力はあっても、そこから戦術機動を制御できるだけのリソースが足りなかったと言うことだ。
 既に予備機の一つを地下の90番格納庫で噴射実験を始めている。暫くはこの実験を繰り返すことになるだろう。
 この実験の意味は、跳躍ユニットの出力設定を獲得するためと、擬似的に戦術機動を行いどのような場合フリーズ、またはOSとの衝突が起きるかを調べることにある。 

「今後の予定だけど、涼宮はしばらくシミュレーターで戦術機動制御のサンプル作成に従事してもらうわ。
 実機は一応事故機扱いになってるから暫く動かせないけど、整備が終わり次第実機での機動制御のサンプル作りに入ってもらうから」

 そう云うと、プロジェクターの電源を落とし、香月はブリーフィングルームから出て行った。
 敬礼はない。「そういう無駄なことはするな」と、香月副司令からの直々のお言葉を頂いているから。もっとも、その事に対しては生真面目な涼宮自身はあまり納得していないのだが。
 一人、だだっ広いブリーフィングルームに取り残される。つい4ヶ月前なら、ここにはもっと多くの仲間がいたのに、今は涼宮一人。
 この寂しさには、正直慣れない。機密性が高いためか、ここにはろくに補充が来ない。そのため、この4ヶ月もの間、ブリーフィングと云えば香月博士とのマンツーマンに終始していた。
 寂しいわけではない。でも、悲しい気持ちは今でもある。
 泣くことは許されないが、今はまだ一人。なら、少しだけ泣いても…

「……ぅ…」

 つぅ…と、涙が目尻に溢れ、耐え切れなくなった一部が頬を伝い流れる。
 4ヶ月経ってもなお、こうしてたまに泣きたくなる。このままでは速瀬中尉や姉だけでなく、神宮司軍曹や伊隅大尉に怒鳴られる。
 それでも、涙は止まらない。

「おや、会議はもう終わったのか?」
「もう少し時間がかかるかと思ってましたが」
「え!?」

 突然の”聞き覚えのある声”に、声のする方に振り返った。
 そこには、ここ暫く見なかった人たちの姿が。
 12月29日を最後に、見ることの無かった人たちの姿が。
 もう復帰は望めないだろうと言われた人たちの姿が。
 そこにあった。

「宗像中尉に…風間少尉…!?」

 あまりに突然の、予想もできてなかった出来事に、涼宮 茜は思考が停止していた。
 だが、その顔には、喜びの色が強く溢れていた。


「問題点は3つある!」

 横浜基地地下20階にある技術者用の会議室。そこにオルタネイティヴ第4計画によって集められていた技官が集まっていた。無論、香月博士もそこにいる。
 プロジェクターに映し出されているのは例の試作跳躍ユニットと、複数の何かを示しているグラフ。

「既存の跳躍ユニットとは比べ物にならんほどの数の噴射パルスの同期がまったく取れていないこと!
 既存のCPUがまったくもって使えないこと!そして制御用のソフトが全く出来上がってないことだ!」

 頭が少しだけ禿げた中年技官がプロジェクターに映し出された映像を叩きながら叫ぶ。

「既存の跳躍ユニットでは数も少なく、片方に合わせて出力調整が行われていたが、この新型跳躍ユニットではそんなことをしていたら人類が滅ぶ!手間がかかりすぎる!1機で4機分の手間がかかる兵器など誰が採用するか!
 そこで、我々はコンピュータ側でそれを制御しようという結論に至ったわけではあるが、今度はそのコンピュータの演算処理能力が足りない!もっともここは、XM3と同じものを使えば解決できるという香月博士より意見をもらったのでここはなんとかできる!
 だがしかし!」

 一度、強く教壇を叩く。よほど熱が入っているのか、ただでさえ白い手がより白くなり、震えている。むしろ、全身が。

「データが足りんのだ!肝心な、制御するためのベースサンプルが!こればっかりは我々の英知を駆使したところでどうなるものではない!
 何故富嶽の連中はここまで作っておいてそのまま放置していたのか!あいつらがちゃんとデータを収集していればこんな地道な苦労をせずに済んだのに!」

 逆恨みだ。この上なく、純粋な逆恨みだ。
 しかしそのことを指摘する技官はここにいない。全員が彼の言い分に賛同している。

「今現在、地道にデータを収集してはいるが、それをまとめ、使えるようにするには最低でも一ヶ月はかかる!一ヶ月もだ!一ヶ月も!大事なことだから3回云ったぞ!?それだけ重大なことなのだ!
 さらに云えば、もっと問題がある!これを使う側、戦術機の問題だ!
 先の墜落事故は機体にも問題があることを掲示していた!解りやすくいうなら関節の強度が試作跳躍ユニットに適していない!不知火は仮にも接近戦用機だ!少なくとも米国産のその物よりは頑丈にできてる!不知火で悲鳴を上げるということは、まず現行機では積むことは不可能になる!」

 香月はこのノリが嫌いだった。学者というのは自分の趣味になるとやたらハイテンションになる。それは自分もそうだから否定できない。だが、ここの連中は、良くも悪くもノリが良すぎる。
「オルタネイティヴ計画によって召集された」と言えば聞こえはいいかも知れないが、要は厄介払いの口実に過ぎない。ここにいる連中全員が、一癖も二癖もある天才なのだ。自分も同じ穴のムジナなので、その事で多く云う権限はない。
 それだけに、厄介で嫌いだった。
 特に今正面に立つ中年の男は酷い。わざわざ安全圏であるオーストラリアから進んで最前線であるここに来た頭の悪い男。なんでも学生の時にF-4ファントムを間近で見た途端一目惚れし、今まで学んでいた生物学をスパッとやめ機械工学に転がり込んだという。生物学でもそこそこ才能を見せていただけに、教師らは一様に嘆いたとも聞く。

「このままでは、当初に予定していたオーバーブーストの搭載は夢のまた夢!そんなことで良いのか、諸君!?」
「言い訳が無かろう!」
「折角の予算を無駄にするわけにもいかんぞ!」
「エンジン出力を全体的にもっと上に上げてみると云うのはどうだ?」
「それだと各ユニット間の保持強度が不安になるな」
「だがそうでもしないと安定した出力を維持できなくなる!」
「いっそ通常出力の場合は一まとめにして、最大出力にした場合にのみ8個全てが展開すると言うのは?」
「それだともっと保持強度が必要になる!出力を下げる気か!?」
「ふざけるな!そんなこと誰がするか!」

 彼らの頭に”下げる”や”減らす”という言葉は無い。
 出力がバラけているなら低くして安定させるということも出来るハズ。だが、彼らの頭の中にはそんなものはない。
 ない―――と言うより、眼中に無いと言った方が正しいか。
 何のために8機もの跳躍ユニットがついているのか、なんのために無駄に高い出力になっているのか。出力を落として既存の跳躍ユニットよりも”ちょっとだけ良い”物を作る気は無い―――そんな思考の連中なのである。
 その結果が、先の墜落事故なワケであるが。
 あちこちで討論が始まり、会議室が俄然騒がしくなる。最初は普通に聞こえていたのが、周りの声がうるさくて自身の声を張り上げ、その周りが負けじと声を張り上げ―――洒落にならない怒声が響く。会議室の前を通りかかった作業員が「またか…」と溜息を吐く。

「今後の方針を下す!」

 前に立っていた男が、拡声器を取り出して討論を静止する。慣れているのか、全員がピタリと止まる。

「跳躍ユニットは現在のデータ収集を維持!また、実験用のTYPE-94は関節を中心に強化を実施!
 ついでに富嶽の連中に叩きつける抗議文の作成!これでいいか!?」
『異議無し!』
「以上、解散!」

「………ホント、使い難い連中」

 ゾロゾロと会議室を出て行くのを、香月は思いっきり呆れた顔で眺めていた。




 富嶽重工業第6兵器開発室の室長は、送りつけられた文章を読んで憤慨した。
 それはもう、長年彼の下で働いていた者達でさえ驚くほどの憤慨っぷり。 
 書かれていた文章は主に抗議の内容。特に新型跳躍ユニットに関するデータ不足についての罵詈雑言………に留まらず、データ不足から生まれた欠点の数々を列挙されている。
 ふざけるな!と叫び出したいのだが、指摘されている部分は彼らでさえ解らなかった部分も多く、素直に怒ることができない。そのことが、室長をより怒らせていた。
 この抗議文の主な目的は、抗議文に書かれている部分のハードウェア的な部分の改修をこちらでやらせること。ついでにこっちでも出力データの採取をすること…
 なのだが、妙に納得できない。
 そもそも勝手にこちらが開発していたものをオルタネイティヴ計画権限で半ば泣き崩しで持っていった物だ。しかもそれはもう1年近く前のこと。それが今更…

「良いだろう…指摘された部分は全部解消してやる…!
 ただしっ!出来上がったモノはこっちでも使わせてもらうからなぁ…!」

 抗議文をバリバリと食い千切りながら、室長は自分の決意を部屋全体に響き渡らせるのであった。
最終更新:2010年01月22日 19:02
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