能無しの一歩

【マブラヴ・オルタネイティヴ~暁の空へ~ 番外編 能無しの一歩】




私にはなにもなかった。
恵まれた体格、溢れる才能、支えてくれる家族、心を許せる仲間、自分への自信。
BETAの東進で家族を失ってから、衛士になるための努力はしてきたつもりだった。
この小さな体でも出来ることは有るはずだ、なにもない私でも護れるものがあるはずだ、と……。
そして私はここに呼ばれた。嬉しかった。努力が認められたのだと思った。
でも違った。集められたエリート達。その中で私はやっぱり“護られる存在”だった。




今日も氷室教官の怒声がグラウンドに響く。ランニング中に疲れ果て、倒れてしまった私を罵倒する声が聞こえてくる。
「立て、松浦!貴様、こんなところでお寝んねとはいいご身分だな!何様のつもりだ!」
「す……すみま…せん…」
再び走り出す葵だったが、すぐに倒れてしまう。
「なぁ松浦。今は何の時間だ?言ってみろ!!」
地に伏す葵を教官が冷徹な目で見下ろしながら問うてくる。
「い…まは…、訓練の……時間で…あります……」
「そうだな…。では、ここで寝ているお前はなんだ?言ってみろ!!」
葵はフラフラと身体を揺らしながらもなんとか起き上がる。
「自分は…自分は…衛士として…最低の……体力も無い……能無しであります…」
屈辱的な言葉だった。今までの自分の努力の全てを無に帰すような。しかし、教官は追及の手を緩めない。
「聞こえない!!もっと大きな声で言ってみろ!」
「自分は、衛士として最低の体力も無い能無しであります!!」
「よし…わかっているではないか…。だったら走れ!おい中原!何を見ている?貴様は仲間が倒れそうになったとき、見殺しにするつもりなのか?」
は、はい――――という声と共に分隊長である渚が葵の傍により肩を貸す。
(また…護られてる――――)
朦朧とする意識の中、葵はそんなことを思っていた。




私にはなにもなかった。訓練兵の中では体力は無い方、A分隊の都さんは自分よりも体力が劣っているかもしれないが、そのぶん座学で驚異的な成績を残している。でも私は違った。特筆できる才能なんか無い。
私にはなにもない―――――。




「隣、いいですか?」
PXで昼食を食べていた葵にそう断りを入れ、返事を待たずに座ってきたのは先ほど肩を貸してくれた渚だった。
「さっきは大変でしたね。もう大丈夫ですか?」
「え…?う、うん。もう全然大丈夫ですよっ!ありがとう渚さん」
葵は少し無理をしながらも少々大げさに明るく振舞う。自分のせいで周りの空気を悪くするのは嫌だったし、他人に弱みを見せたくなかった。
「そう。それならよかったです。午後は近接の格闘訓練みたいですよ。頑張りましょう」
「そうだね。さっきの汚名返上だよっ!」
そのあと二人は他愛も無い話で盛り上がりながら昼食をとった。渚は先ほどのことに触れてくることはなかったが、席を立つ際に一言呟いた。
「特技が無いなら作ればいいんですよ。一歩引いて物事を見ればいろんなことが見えてくると思いますよ」
「え――――――?」
葵が頭を上げたときには、すでに渚は歩き出していた―――――。
(『一歩引く』…?物事の全体を見ろってことなのかなぁ?)



午後の格闘訓練。中岡に手ひどく負けた葵だったが、突如始まった悠希と中岡の対戦を食い入るように見つめていた。多くの訓練兵の中にあって、彼女だけは二人の対戦を違った観点で見ていた。
(次はああ動くから…こうかわして…。この動きはこう繋げて…。えっ?二刀流?でもそれなら刀の機動はこうなるから…こうだよねっ!!ほらっ!やっぱり!)
葵は先ほど渚に言われたことを実践してみていた。『一歩引く』という言葉をそのまま実行するという単純な行動だったが、彼女にはそれがしっくりきたようだ。
悠希と中岡の動きに合わせてピョンピョンと跳ねる葵を、渚が後ろから優しい視線で見守っていた―――――。



それからの葵は常に周囲の様子を観察するよう心がけていた。そうすることで渚の言った通りさまざまなものが見えるようになった。雫のコンプレックスから、久我の殴られるタイミングまで。
総戦技になんとか合格し、戦術機に乗るようになってからはさらに“周りを見る力”が要求された。戦術機によって体力面での差がなくなった葵は積極的に前に出た。もう護られるのは嫌だった。前衛として動きながらも常に部隊全体を見渡せるよう努力を重ねた。自分は能無しだという自覚があった。ならば、努力は人一倍に。葵はレバーを握る手に血豆を作りながらも、前線を駆け続けた。今度は彼女が仲間達を護るために。

葵たちがこの基地に来て数ヶ月。ついに彼女たちは衛士となった。葵は襟元の階級章の重みと、その小さな体にかかる期待を噛み締めていた。
「さて任官式も済んだことだし、部隊編成を発表しよう――――」


結局訓練兵たちは皆、同じ部隊に配属された。彼らが集められた理由を考えれば当然のことだった。
少し拍子抜けした葵だったが、共に頑張ってきた仲間達と同じ部隊になれたのは素直に嬉しかった。
「―――以上が中隊の構成メンバーだ。次に中隊ごとのポジションを発表する。これは訓練の結果を見て暫定的に決めたものだ。とはいえ、当然これからの動きによって随時変更していく。希望のポジションになれた者も、そうでない者も、鍛錬を怠るな。それでは発表するぞ。まずは前衛四人。森上 悠希勝名 澄子、齋藤 綾華――――」

葵の心臓がドクリと跳ねる。
なにもなかった自分から変われただろうか?失うだけだった自分は、これから何かを得られるのだろうか?得ることの出来た心を許せる仲間達を“護る”ことが出来るだろうか?チラリと渚の方を見る。そこにはいつもと同じ笑顔を浮かべた渚がいた。
(うん。きっと大丈夫!!)
葵はこれからさまざまなものを手に入れるだろう。仲間達と共に――――。

「もう一人は――――――――――――」


番外編 能無しの一歩 End

最終更新:2009年03月22日 22:17
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